海浜公園に隣接する場所に広がる倉庫街。
夜ともなれば人っ子ひとり寄り付かないような寂しい区画。
そんな倉庫街に一人の男がひとり寂しく佇んでいた。
「あー、あー、あー、ランサー君。まだかな?」
念話でパートナーに訊ねる。
『今しばらく……。相手もマスターを連れての移動ですので』
「そうか。わかった、行儀よく待ってるよ」
ランサーに対して、街に出てサーヴァントを誘い出す命を与えたケイネスは、人気のない倉庫街で孤独感を味わっていた。
もっとも、どのサーヴァントが引っ掛かるか。
その後どのような状況になるか。
諸々の現実的な予想をたてているケイネスにとって、ランサーからの連絡にあった女二人連れの正体も確信していた。
だが、ある程度の未来を知っているケイネスでも心休まることはない。
何しろ寡黙な暗殺者たちにいきなり狙撃される可能性もあるのだ。
少なくとも狙撃できるポイントを事前に把握し、それらのポイントからは死角になるよう立ち位置に気を付けてはいるものの、それだけで安心するなどあり得ないのが今のケイネスだった。
何しろ、相手は正真正銘の殺し屋である。注意してし過ぎることなどない。
そして無人の大通りをこちらに向かって堂々と歩いてくる二人組みを確認するとランサーもケイネスの前に立ち、実体化する。
ケイネスは大通りの脇に避けて、すぐ側に立つ倉庫に背をあずけてハードボイルド風味な衣装と表情で敵の到着を待つことにした。
通常の視覚で二人組みの女を確認するとケイネスは、心の中でほっと胸を撫で下ろしていた。
事前に魔術協会で他のマスターたちの情報を集めていたため、ある程度は予想が合っていることは知っていた。
しかし、実際に自分の目で確認するまでは、もしもということもあった。
そうしてやってきたマスターとサーヴァントは、男装の少女が前に出てあり得ないファッションの女性がその後に立つ。
ランサーと10mほどの距離を置いて真っ向から対峙している。
相手は、ランサーが持つ長短のニ槍を見てそのクラスをすぐさま認識する。
ランサーのニ槍を尋常ではないと相手が思っていることを知るケイネスは苦笑する。
ケイネスにとって、ニ槍の戦士という者は対して珍しくなかった。
今でこそ、超一流の魔術師であるロード=エルメロイの器に収まっているが、その正体はどうしようもない低俗な二十歳を超えぬ少年なのだ。
そしてこの第四次聖杯戦争と十年後の第五次聖杯戦争とその後のことまでほぼすべてを網羅する情報を有している存在でもある。
その非常識な知識の中には、娯楽の方面に特化している部分もあり、ニ槍使いの存在に殊更驚きを感じることはなかった。
始めから色々と知っているというのは、面白みに欠けているが、そんなことを思えるような世界でないことも今のケイネスは心得ている。
実際に、血生臭い行いになれて居ない今のケイネスでも前もって心の準備をしておくことでなんとか現状に耐えている。
ここに立つまでにケイネスは、魔術協会では手に入らない数々の品を世界中から秘密裏に集めた。
その中に強力な英霊を呼び出す触媒がなかったのは、愚かとしかいえない。
もっともソラウの幸せを願いの一つとするケイネスにとってディルムッド以外のサーヴァントは選べなかった。
幾つかのすれ違いが重なったことによってウェイバーにイスカンダルの触媒を奪われなければ、イスカンダルが良かったとも思っていたようだが……。
とにかく、魔術に関わることのない人間を駆使することで魔術関係者には一切の情報が洩れていないことはプラスである。
この今回の聖杯戦争はひとりの男を除いてそういった現代社会の恩恵を受けようとしない。キャスター組は範疇外。
一般人の裏ルートでは、金さえ出せば大抵の物は入手できる。
魔術師のルールの外で動く人間を使えば、魔術師に知られていない特殊なアイテムを確保できる。
現に今のケイネスの懐には、金に物を言わせて特注で拵えた10.5インチもの超大型回転式拳銃がある。
弾丸も50口径のマグナム弾を入手していたとある素材で加工した特別なものを装填している。
この拳銃はとにかくデカイ! 重い! 扱い辛い!の三重苦で通常の人間ではコレクターぐらいしか喜ばないであろうサイズである。
だが、これを扱う者が魔術師ならばその限りではない。
このモンスターモデルとでも言うべき魔銃を使うためにケイネスの右腕には特殊なブローブが腕全体に装着されている。
もちろん、これを使ってケイネスが戦う事はまずない。
今のケイネスの技術では戦いの最中にこの魔弾を当てることができないからだ。
故に、この魔銃と魔弾はいわば保険。
実用性で言えば、服の内側に着込んでいる防弾服の方が数倍上である。
だからこそ、ケイネスの魔術行使の合間、ここぞという場面でのみ撃ち放つまで温存される。
これがなくともケイネスの用意した面白アイテムはまだまだある。
もっともそれらを使うタイミングはよく考えなくては、想定外の事象が起きてしまい、ケイネスにとってとんでもなく不都合な事態になりかねないので、使わないにこしたことはない。
「よくぞ来た。その清開な闘気……セイバーとお見受けしたが、如何に?」
ランサーの朗らかな低い声が対峙するサーヴァントに問う。
「その通り。そういうお前はランサーに相違ないな?」
鉄を打つような明快な声で応じるセイバーもまたランサーに問う。
「いかにも。――フン、これより死合おうという相手と尋常に名乗りを交わすことも侭ならぬとは。興の乗らぬ縛りがあったものだ」
ランサーの言葉にセイバーもまた表情を弛めて同意しているようだ。
「是非もあるまい。もとより我ら自身の栄誉を競う戦いではない。お前とてこの時代の主にその槍を捧げたのであろう?」
「フム、違いない。――だが。俺は、栄誉ある勝利で魅せよ、とも命じられているのでな」
涼しげに言うランサーの言葉を受け、セイバーが倉庫に背をあずけているケイネスの方をちらりと見る。
視線を向けられたケイネスは内心では兢々、表情ではランサーと同じく涼しげな微笑でセイバーの視線を受け止めた。
「なるほど。随分とマスターに恵まれているようだなランサー」
刹那ほどの憂いもなしに言ってのけるセイバーだが、心の中では自分の本当のマスターを思い出していた。
そんなセイバーの内心を予想するケイネスは苦笑を隠さなかった。
そして、互いの意を酌み合ったサーヴァントたちはそれぞれ自慢の宝具を構える。
ランサーはそのニ槍を自然体に構え、最良の敵を見据える。
セイバーもまた、男装のダークスーツ姿を魔力で編みこんだ白銀と紺碧に輝く甲冑姿に変える。
二人のサーヴァントが放つ闘気と緊張に張り詰めた空気が無人の倉庫街に異様なプレッシャーを撒き散らす。
「……ランサー。敵の実力は自分自身で測れ。宝具の使用も君に任せる。君の誉れ……ここで魅せてくれ」
「はっ! 我が主に、必ずや勝利を」
視線を合わせることもなくランサーを激励するケイネス。
セイバーも後に控える女性とニ、三会話を交わすとランサーに向かって始まりの一歩を踏み出して来た。
ランサーは自分から吶喊することなく、セイバーが間合いに入るのを待つ。
両者共に騎士であるこの勝負、できれば尋常な場であって欲しいと願うケイネスだが、それが叶えられないのもまた現実だった。
眼前で繰り広げられる英霊同士の決闘。
その様にケイネスもアイリフィールも驚愕に息を呑んだ。
様相こそ異なるものの互いに鎧を纏い、槍と剣という原始的な武器での対人戦。
己が技を最強と誇る騎士が競り合っている。
だが、それはすでに人の戦いの域を超越して久しい。
両者から迸る魔力、剣戟により飛び散る熱は空気を焦がし、大気を震わせる。
人の視力を無視した超高速の戦闘。
魔力を通した視力をもってしても全容の把握は不可能。
だが、それでいいのだとケイネスは悟った。
戦いが始まる前は、サーヴァントという存在がどれほどのものかを、英雄というもの決闘がどういうものかを見たいと思っていた。
しかし、始まってしまえばそれはすべてが認識外の猛威だった。
技のキレ、一撃の重さ、一足の間合い。
どれをとっても人間には到達できない奇跡の業。
魅せられる、とは何もすべてを観戦するだけではない。
その場の空気に呑まれる。予想を遙かに超える力と力の激突の余波に肌を震わせる。
この戦いは目で見るものではない。魂で感じるものなのだ。
女のアイリスフィールがどう感じているかケイネスには分からないが、ケイネス自身は心が揮えていた。
男というイキモノであるのなら誰もが憧れるものがそこにはあった。
自分の磨き上げてきた技と力がその存在意義を、生き様を魅せ付ける。
到達できないからこそ憧れ、夢に見る。
そして、幾度の激突があったのか。
倉庫街の一角がすでに無惨な様相を呈している中で二人のサーヴァントは睨み合う。
互いに疲弊はなく、油断などもとよりない。
「賞賛を受け取れ、セイバー。ここに至って汗一つかかんとは、女だてらに見上げたやつだ」
ランサーは、ニ槍の切先に漲る殺気はそのままに涼しげな眼差しでセイバーに語りかけた。
大気を纏った不可視の剣を構えたままのセイバーも戦場での笑みをみせる。
「無用な謙遜だぞ、ランサー。貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞……私には誉れだ。ありがたく頂戴しよう」
時代も国も越えて会いまみえた二人の騎士は、両者とも心に通ずるものを感じていた。
だが、この英雄たちが真に決着をつけるために必要な要素が足りない。
それは、サーヴァントが必殺とする概念の結晶。
“宝具”
英雄が英雄たる証でありシンボル。
ひとたび解き放てばその威力たるや想像を絶する奇跡を現代に蘇らせる奇跡。
「どうやら技での決着は付けられんようだ。――だが俺は、主に我が栄誉を捧げねばならんのだセイバー」
「ほう。ならば、均衡を崩してみせるというのか」
「ああ。ここからは殺りに行かせてもらう」
ランサーは悟っていた。
真っ向からの白兵戦ではセイバーの守りを崩しきれないことを。
であるからこそ、自らの秘策を出し惜しみするランサーではない。
その様からセイバーがどれほどの誉れをもつ英霊であるかを想像することは難しくない。
故に、自らの宝具を魅せる相手として不足などあるはずがなかった。
マスターであるケイネスは、すべてのサーヴァントの正体を知っていると言っていたが、決してその真名をランサーに告げなかった。
それは本来であれば愚の極みである。
だが、ランサーにとってそれは紛れもないケイネスからの信頼の証だった。
これほどの相手の正体を事前に知っていれば、心にしこりを残して戦うことになっていた。
もし、そうであったならば先の競り合いですでに手傷を負わされていたに違いない。
セイバーと対峙したことで、ランサーは真に騎士としての誉れを懸けて戦うことが出来る。
相手もその戦いを望んでいる。
ならばここで宝具の使用を躊躇う必要もない。
ランサーは左手に持っていた短槍を放り捨てる。
そんなランサーの行動に驚きながらも隙を見せないセイバー。
そして右手に持った長槍に巻かれていた呪符が剥がされていく。
現れた長槍は、真紅の槍。それまでとは桁違いの魔力が蜃気楼のように揺らめいている。
と、宝具を解放したランサーはまっすぐにセイバーへと一直線に突き込んだ。
それは先ほどまでの変幻自在な槍捌きとはまったくことなる愚直さだった。
警戒しながらも、大した脅威も感じずにランサーの槍を己が剣で打ち払うセイバー。
その時、槍と剣が触れた場所を中心に突然の烈風が吹き荒れた。
「な!?」
突然のことに驚愕するセイバー。
その後で見守っていたアイリスフィールも同様に信じられないものを見たような表情だ。
「晒したな。秘蔵の剣を」
してやったりと得意げに呟くランサー。
セイバーも何が起きたのかを瞬時に理解する。
「刃渡りも確かに見て取った。もう見えぬ間合いに惑わされることもない」
もはや探りなしというように裂帛の気合とともに激烈な刺突を繰り出すランサー。
繰り出される刺突は勢いを増し、苛烈で狙いすました突きはセイバーに間合いを取ることを許さない。
ランサーの攻撃を躱しきれなくなったセイバーは刺突を己が剣でもって打ち払う。
不可視の黄金の剣の姿はすでにランサーの目に捉えられている。
だが、ニ槍の変幻自在さから一本槍の良く知る順当な槍術にセイバーは迂闊にも“狙いの甘い一撃”を見逃すという“愚”を犯してしまった。
唸りをあげて擦過した真紅の槍に血の赤が加えられていた。
地を転がりつつランサーの追撃を逃れ、アイリスフィールに治癒を施されるセイバー。
「やはり、易々とは勝ちを獲らせてはくれんか……」
致命傷を与えられなかったことをぼやきつつもランサーの表情に落胆の色はない。
むしろセイバーの端倪すべからざる危機回避行動に素直に感心しているようでもある。
そして、ランサーの長槍の能力を理解したセイバーは自ら纏っていた白銀の鎧を散らした。
ランサーの槍を前にして、魔力で編まれた護りなど意味はない。
ならば、護りにまわしていた魔力を攻撃に転じさせる方が何倍も良い。
セイバーの保有するスキルのひとつ『魔力放出』があるからこその思い切った判断だった。
鎧を除装したことで、セイバーのパワーとスピードは割り増しされている。
ランサーの“破魔の槍”に貫かれる前に一撃必殺の斬撃を喰らわせる。
それがセイバーの考えだった。
「その勇敢さ。潔い決断。決して嫌いではないが……。この場に限って言わせてもらえば、それは失策だったぞ。セイバー」
セイバーの捨て身の構えに挑発めいた言葉を贈るランサー。
互いに、必殺を確信した瞬間。
先に動いたのはセイバーだった。
自らの剣を不可視にしていた『風王結界』の応用で、劇的な加速を得たセイバーは先の超高速戦闘をさらに超えた神速の突進で空気の壁すら突き破り、無防備なランサーに迫る。
そして――セイバーは自分の失策に気付く。
最早迎撃不可能な突進のセイバーに向けて凄絶な笑みを向けるランサーは、爪先で砂利ともども一本の棒を蹴り上げた。
棒は巻かれていた呪符を解かれた黄色い短槍だった。
その切先は、自らでも急停止することのできない速度に達しているセイバーの喉笛を刺し貫こうと禍々しく狙い済ましていた。
散った鮮血が交錯する。
立ち位置を真逆にして互いの戦果を確かめる。
回避不可能なタイミングで目の前に現れた短槍を左腕に受けながらも回避したセイバー。
強引な回避行動に鈍った剣先が切り裂いた左腕から血を流すランサー。
両者ともに浅い一撃。
勝負を決するには到底及ばない。
「つくづく、すんなりとは勝たせてくれんのか」
自らも血を流す左腕を意に介した様子もなく言うランサー。
その傷は、傍らで見守るケイネスの治癒魔術により見る見るうちに塞がっていく。
しかし、セイバーの傷はアイリスフィールの必死の治癒魔術にも関わらず治ることはなかった。
「我が『破魔の紅薔薇』を前にして、鎧が無為であると悟ったまでは良かったな」
一度発動すればもはや隠すまでもない。
ランサーは、自慢のニ槍の力を発揮したことで自らの宝具の真名を堂々と口にする。
セイバーに修復不可能な傷を負わせた黄色い短槍を拾い上げたランサーは再びニ槍の構えを取戻す。
「が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『必滅の黄薔薇』は防げたものを」
ついにその真名を晒した宝具を両翼の如く広げ、完全な構えをなす槍兵。
「成る程。もっと早くに気付くべきだった……。フィオナ騎士団、随一の戦士……“輝く貌”のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
傷を負わされてようやく相手の真名に思い至ったセイバーは、奇策による攻撃をディルムッドの技と認め、それで光栄であると言う。
だがそれはセイバーに限ったことではない。
真名を看破されたランサーは、むしろ清々しいほどの面持ちだ。
「誉れ高いのは俺の方だ、セイバー。かの名高き騎士王と鍔競り合って、一矢報いるまでに至ったとは――フフン、どうやらこの俺も捨てたものではないらしい」
ここにようやく互いの名を確認しあった騎士たちが再び構える。
「さて、ようやく騎士として尋常なる勝負を挑めるわけだが――片腕を奪われた後では不満かな? セイバー」
「戯れ言を。この程度の傷に気兼ねされたのでは、むしろ屈辱」
二人とも必殺を誓った一撃を悉く外された。
相対するは真に誉れを競うに申し分ない好敵手。
セイバーの言葉に一切の虚勢はないのだ。
戦いが始まってから昂るその戦意はいくらも衰えはしない。
騎士である二人にとって、それは口にするまでもない厳然たる意志の形。
「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」
魔槍と聖剣。
間合いを、必殺を、呼吸を探り合うニ騎のサーヴァントが睨み合う――そして、虚空より轟く雷鳴によって機を逸する。
騎士同士の決闘に割って入ってきたのは逞しく美しい神に捧げられし牡牛に牽かれる戦車だった。
牡牛の蹄と戦車の車輪が空気を踏み潰す際に迸る紫電。
膨大な魔力を無遠慮に雷電と化して撒き散らす戦車がゆっくりと戦場に舞い降りると御者台に堂々と胸を張る巨体が姿を現した。
「双方、武器を収めよ。王の御前である!」
戦車の雷鳴にも劣らぬ大音量で吼えた大男はランサーとセイバーの対決が止まったことを確認すると再び高々と声を上げた。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
その場の空気が停止した。
聖杯戦争において戦略のもっとも基本的な部分である真名を自分からバラすような者がいるなど誰が予想しよう。
もちろん、ケイネスだけは苦笑をかみ殺しながら面白そうに状況を観察している。
イスカンダルという男を知っていて、この場面に立ち会えるというのはニヤける口元を押さえるなどできよう筈もなかった。
「何を考えてやがりますかこの馬ッ鹿はあああああ!!」
イスカンダルの巨体の影に隠れて姿の見えていなかった彼のマスターであるウェイバー・ベルベットが非常に可愛らしい駄々っ子っぷりを見せてイスカンダルの分厚い筋肉をポカポカ叩き始める。
しかし、そんなマスターのことなど気にした風もないライダーは、ランサーとセイバーを交互に見渡し、再び爆弾発言をする。
「我が軍門にくだり、余に譲り渡す気はないか?」
とのことである。
そんでもって一緒に世界を征服しに行きましょうと。
早い話が、自軍への勧誘であった。
唖然を通り越した何かが周囲の空気を見たいしていく。
「先に名乗った心意気には、まぁ関心せんでもないが……その提案は承諾しかねる」
苦笑しつつもセイバーとの決闘を邪魔したライダーを眼だけで威嚇するランサー。
それはセイバーも同じだったのか、こちらは苦笑する余地さえなく不快を露にする。
「戯れ言が過ぎたな征服王。騎士として許し難い侮辱だ」
ランサーとセイバーの容赦のない敵意にも怖じることのないライダーは暫らく唸った後、
「……待遇は応相談だが?」
「「くどい!」」
ライダーの考えた殺し文句もランサーとセイバーに一蹴される。
そしてセイバーの方は自らも王である故にライダーの言葉は許せなかった。
「重ねて言うなら――私「あっはっはっはっ!!!!!」……?」
セイバーの口上を塗り潰す笑い声が響く。
そして、この場のすべての視線を集めながらも腹を抱えて笑っているケイネスであった。
「ケ、ケイネス殿」
自分の主の突然の笑いに、ランサーはセイバーとの戦いでは決して見せなかった疲れた表情を作る。
「悪い悪いランサー。それにセイバーも。いや~、さすが征服王。生で見てもすっごいヤツじゃないか」
笑いすぎで頬っぺたが痛いのか両頬をコネコネしながら言うケイネス。
「おう、魔術師よ。何がそんなに笑えるのだ?」
この場で大笑いをかましてくれたケイネスに興味がわいたのか珍獣を見るような視線でライダーは訊ねた。
「いやいや、ウェイバー君が聖遺物を持ち去った時はどうしようかと頭を抱えたが……。どういった立場でも征服王と相対することができて嬉しい、と思ってね。貴方の“逸話”は、実に面白いと思っていたんだよ」
まるで憧れの有名人にあったかのようにケイネスは満面の笑みで問いに応えた。
そんなケイネスの様子に、ライダーはまたしばらく考え込むように唸るとポンと手を打って答えを導き出した。
「なるほど。……おぬし、余のふぁんというヤツか?」
「あっははははははッ! そうだな。それかもしれない。あッ、握手してもらって良い?」
「ウム。余の信奉者とあらば、歓迎するぞ」
警戒することなく近づくケイネスが手を差し出すとライダーも気前良く手を差し出してその大きな手でケイネスの手を握り込んだ。
その様子にランサーは疲れきった表情で頭を抱え、その他大勢は呆然とする以外にリアクションが思い浮かばなかった。
ぶんぶんと腕が千切れんばかりにライダーとの握手を満喫するケイネスは、ライダーの影で縮こまる小さな影に笑顔を向けた。
「駄目だぞ、ウェイバー君。征服王のマスターとなった以上、もっと胸を張って堂々としたまえ」
ケイネスの言葉に隠れていたウェイバーはビクっと身体を震わせて反応する。
「なんだあ? おぬし、うちのチビと知り合いだったのか?」
隠れていたウェイバーを猫を持つように摘まみ上げてケイネスの眼前に突き出すライダー。
敵のマスターに自分のマスターを突き出すなど正気の沙汰ではない。
だが、今のケイネスもまた正気であるとは御世辞にも言えない男である。
「いやなに。ウェイバー君は私の教え子なんだよ。そうだよね、ウェイバー君?」
優しい笑顔で言うケイネスに、聖遺物を盗んだウェイバーに対する怒りはまったくない。
だが、ウェイバーはかわいそうなほど怯えている。
「ううう……」
ケイネスと一向に眼を合わせようとしないウェイバーは宙吊り状態で困惑する。
「あらら。やっぱり怒ってる、よね?」
「フム。なにやら込み入った事情があるようだな」
「いや、それほど込みいっているわけじゃないけど。ゴメンねウェイバー君。でも、私は君の論文を捨てたりなんかしてないんだ」
今のケイネスは、ウェイバーにとって気持ち悪いの一言である。
さんざん自分をこき下ろしていたあの傲慢チキのケイネスが一転して優しくなる。あり得ないことであった。
「そ、そんなこと言っても信じません!」
言うだけいってそっぽを向くウェイバー。
そう。これこそがウェイバーの怒りの種であった。
実は、今のケイネスがウェイバーの書いた論文を受け取ったのは、中身が入れ替わってすぐの頃だった。
故にそのころのケイネスは混乱期に有り、ウェイバーの論文に眼を通す暇がなかったのである。
そして時は流れ、論文を預かったことを忘れて過ごしていたケイネスは時たまウェイバーの視線を感じるようになっていた。
それは論文に関する“正当な評価”をしてもらうためであったのだが、ケイネスは「ウェイバーが私に熱い視線を送っている」と誤解した。
ああ、なんたるアホなすれ違い。
その後、散らかりっぱなしのケイネスの執務室で床に散乱する資料の中から自分の論文を発見したウェイバーは二度とケイネスに近づかなくなった。
そして、聖遺物を持っていかれた日。ようやくそのことに気付いたケイネスだったが、とき既に遅しであった。
「う~ん。私の落ち度は認めるから……」
「ぼ、僕は決めたんです! 聖杯戦争に勝って、貴方や時計塔のヤツラを見返すまで戻らないって!」
優しくなったケイネスに対しては、苦手意識はある物の口答えできるほどにはレベルアップしているウェイバーなのだ。
暫らくの間、なんちゃって師弟の痴話喧嘩のような口論が終るまでちゃんと出番を待っているその他大勢なのであった。
※若干修正
感想で、細かな理由や代案をいろいろ考慮してもらいましたが、ホッカイロの案は削除しました。
原作でもアサシンの存在があるため、切嗣たちは狙撃できませんでしたので……。
私の至らなさ故に読者様方に多大な迷惑をお掛けしましたことをお詫びいたします。