本作は、作者の過去作である「トリッパーメンバーズ」と一部同じ設定・キャラを使用しています。
別に上記作品を知らなくても読むことに特に障害はないので、未読の方も既読の方も、どちらとも安心して本作を是非一読してくれますようお願いいたします。
また、どうせだし過去作にも目を通してやるかと思ってくれました方には、平に感謝を申し上げます。
以下、「トリッパーメンバーズ」h抜きURL。
ttp://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=5944&n=0&count=1
ある時から、インターネット上にとある一つのサイトが存在するようになっていた。
魔術、妖怪、吸血鬼、退魔など、そういったオカルト関係の言葉をキーワードに検索することで、そのサイトは表示の片隅に埋もれる様にしてヒットされる。
そして最初のページにて、黒い背景をバックに、装飾のない白い大きなサイズのフォントを使い、日本語で大きく画面中央に次の様なサイト名が表示されるのだ。
『系譜殺し』と。
そしてそのページを下にスクロールしていくと、以下の様な文章が表示される。
『本サイトでは吸血鬼、幻想種、混血などといった、神秘に連なる存在を対象とした退治及び駆除などの依頼を承っております。この説明に該当する内容の依頼をお持ちの方は、ページ最下部に設けてあるリンクをクリックし、依頼が最低限の範囲で欺瞞ではないかを確かめるためのパスワード入力をクリアしてもらってから、当サイト内へとアクセスしてください』
サイトに訪問した者たちの多くはその文章に惹かれ、特にその“依頼”などというものを持っていなくとも、好奇心に任せてリンクをクリックする。
だがしかし、そうしてクリックした者たちの前には次の様な問題が出題され、どうしても回答することが出来ずリンク先のページへとアクセスすることは叶わなかった。
『死徒二十七祖の第二位の名を答えよ。ただし解答は英単語三つ、半角アルファベットで入力すること』
『魔道元帥が製作した愉快型自立魔術礼装の名称を答えよ。ただし解答はカタカナで入力すること』
『魔術理論、○○○による心象世界の具現。この固有結界について述べる一文の空欄部分に当て嵌まるものを答えよ。ただし解答は漢字で入力すること』
『死徒二十七祖第十位のネロ・カオス。彼が死徒となる前の人間であった頃のフルネームを答えよ。ただし解答はカタカナで入力すること』
このように、パスワードの内容はクリックする毎に様々な内容がランダムに現れ、そのいずれも意味の分からない問題内容ばかりであったのだ。
訪問者はその出題に対して適当に答えを入力してみるも、当然そんなものでクリアできる筈もない。
まさか本当に化け物退治などしている訳じゃないだろうに。多くの来訪者たちはそう思い、会員制か何かのサイトだと思って引き返していく。
サイト自体の趣旨もよく分からず、さらにネットでの検索からも引っかかり難いというその存在。そもそもにまともなサイト運営を行う気がないとしか思えなかった。
よってそのサイトの存在は、ネット上の一部において謎として語られているのであった。
日本という国の、一地方一都市一ビルの中の、その一室にて。
片付けられもせずに物が散乱している、その部屋。その中に置かれている場違いに立派なソファーに、男が一人ごろりと仰向けに寝転がっていた。
手が届く範囲に置かれているテーブルの上には、飲みかけのコップや開封されて中身が残ったままのスナック菓子などが置かれており、寝転がったまま時折、男はその手を伸ばしてお菓子を摘まんでいる。
男の姿はだらしなく、乱雑に放っておかれている髪の毛はぼさぼさとなり、服装もよれよれとしたシャツとズボンを着るだけ着ているといった様子だった。
その何もかも退廃的としか言いようのない空間の中で、なお際立っていたのはその男の目である。
男の目はまさしく、ドブ川に浮かぶ魚の目をしていた。
「また貴方は、だらけた生活をして」
退廃的なその空間に、場違いに清楚な声が響いた。
ちらりと、男が視線を部屋の隅にある扉へと移すと、そこには今まさに扉を開けて部屋の中へと入ってきた少女の姿があった。
少女は可憐だった。
濡れ羽色のように見事で目を惹き付けて止まない、芸術品とすら言えそうな、その腰まで届くサラサラとした長髪。男を見つめるその瞳は少女の強い意志を現して煌めき、覗く肌は白絹のように穢れを知らぬ様子で周囲に晒されている。ほっそりと伸びた腕や足といったパーツは身体全体の黄金比を取って彩り、その身がただの大量生産された服を纏っていながらも、少女の美しを一片たりとも欠けさせることがなかった。
まさしく、下劣な妄想すら抱かせることを拒む、素晴らしき“美”の概念が少女を覆っていた。
「可憐ちゃん、君はよく毎日毎日真面目に出てくるねぇ。言わなかったっけ? そんなに馬鹿真面目に通わなくていいって。一週間に一度でも、なんなら一ヶ月に一度でも、それぐらい間を置いてくれても全然構わないんだけど、自分?」
「冗談を言わないでください。仮にその通りにでもしたら、次に私がこの事務所に来た時は一面ゴミの山になっているじゃないですか。私はそんな不衛生な環境に通う気は一切ありません。そういう台詞はもう少し、自己管理が出来るようになってから言ってください」
「うわ、酷い。誤解だよ、それ。別に自分は整理整頓が出来ない人間って訳じゃないし。必要性を感じたら片付けるって」
「ゴミ屋敷を作る人間は、いつもそんな言い訳をするんです。早く起きてくれませんか? 片付けますから」
「横暴だね、鬼だね。さすがリアル退魔士。鬼を狩るにはまず自分も鬼になるという訳ですか」
「我が家の家伝には修羅にまつわる業など伝わっていません。いいから退きなさい、怒りますよ」
のっそりと男は動き出し、片手にコップを掴んでソファーから移動する。少女は男が退くなり、すぐさま慣れた手つきで部屋の隅にある棚から袋を取り出し、散らかった部屋の中を片付け始めた。
男は少女のことは放置し、窓際に置いてある机に向き直って椅子に座る。
机の上にはパソコンが一台置かれていた。それなりに新しい、性能の高い代物である。
男がマウスを動かすと、動いていたスクリーンセーバーが解かれて画面が表示された。そのままパチパチと操作を繰り返し、目当てのページを表示させる。
その内容を確認して、へぇへぇと男は頷く。
そして男は掃除を着々と進めている少女へと向けて、コップに口を付けたまま喋りかけた。
「可憐ちゃん。依頼が来てるよ、珍しいことにさ」
「本当ですか? 珍しいですね」
「や、自分で言っといてなんだけど、無条件で同意されるのは悲しい」
少女は持っていた袋をいったん置くと、男の元へと近付き横からパソコンの画面を覗きこむ。
ふわりと、男の鼻に少女から良い匂いが漂ってくる。香水を付けてきているなと、前と異なったその変化に気が付く。
殺したい人間でも出来たのかねぇ。男はそう思い、ありゃと思い出す。
それって自分じゃん。あれ、殺されちゃう? 自分?
「それで、どんな内容の依頼なんですか?」
「んー、吸血鬼退治。まぁ死徒だね、死徒。真祖ではないよ? 残念だけど」
「何が残念なんですか。真祖って、そんなもの相手だと殺されますよ、貴方。戯言はいいですから、細かい内容について早く教えてください」
「はいよ。依頼主は不明、まあどうせ歴史の浅い三流魔術師かなんかでしょ。大穴で教会関係。で、場所は外国。ヨーロッパの方にある、よく分からん小さな国の小さな町。どうも死徒が町に裏で蔓延ってる状態、要するに死都になってるらしい。それを全部退治して解決してくれってさ。あー、こりゃやっぱ教会関係はないかな。絶対これ証拠隠滅か何かだ。たぶん教会に見つかる前に始末付けて、そんでとんずらでもする気なんだろ」
「そうなんですか? 渡来の化生や諸国の事情に関してはそれほど詳しくないので、私には分からないのですが」
「まあ、ぶっちゃけ勘? 外れても知らね。そんなことよりも報酬だよ報酬。これ見てみ?」
男が画面を操作し、指で直接ある一点を指し示す。
少女がそれを見てみると、その綺麗な顔の上で眉を顰めた。
「少なくないですか? これだけ遠出して、しかも死都となっているのでしょう。とてもじゃないですが、割に合わないと思いますけど?」
「やっぱり? 自分もそう思う訳よ、この報酬額には。さて、ではそこで可憐ちゃんにはこっちの方も見てもらいますか」
机の引き出しを引っ張り、男は棚の中からごそごそとある物を取り出した。
それは何の細工もない、ただの普通の預金通帳であった。
ぱらりと男は通帳の中身を広げて、最新の残高が書かれたページを少女の目の前に突き付ける。
少女は突き付けられた通帳を手に取ると、じっくりとその数値を眺めた。
「…………なんですか、この金額は」
「今現在における自分の全財産。転じて、この事務所の活動資金」
「違います、そんなことを聞いているんじゃありません。なんで、残っている額が、こんなに、少ないんですか!」
少々興奮したのか、少女は言葉を区切りながら荒々しく喋り、男の顔に通帳をペチンと叩きつけた。
顔に叩き付けられた通帳を、きちんと引き出しの中に仕舞い直しながら男は言う。
「いやさぁ、前の仕事の報酬使って便利屋に戸籍とか身分証とか、その他諸々をいい加減買い揃えたんだけどさ。それが予想以上な出費になってね。ありゃボッたくられたかな? いまさらだけど。という訳で状況が厳しいから、この依頼は受けとかないと不味い。何が不味いかというと、可憐ちゃんの給料とかが今月から払えなくなる」
「給料については別にどうでもいいですけど、どちらにせよ選択肢はないみたいですね。それにしても戸籍すらないなんて、本当に貴方は今までどういう生き方をしてきたのですか? 裏に徹して生きてきたにしては、全然こちらの方に慣れた様子がありませんし。その癖、誰も知らないような知識を持っていたり………」
「秘密、ヒントはエロゲー。もしくはキノコ」
「戯言は止めてください。怒りますよ」
「潔癖だねぇ。さすが可憐ちゃん、やっぱり可憐ちゃん。まぁ、エロゲーには手を出さない方がいいよ。君はまだ未成年だし」
「怒りますね」
「あ、ごめんなさい。ふざけ過ぎましたすみまギャプッ!?」
しばし後。
男はキーボードを操作して、その依頼に対して返事を送信した。
『ご依頼承りました。詳しい待ち合わせ場所と日時について、次の連絡先に送ってください。***************』
そして数日も経たぬ内に、男の元へと詳細な日時と場所について記された一枚の手紙は届いた。
かくして、男は新しく買ったばかりのパスポートを使い、少女を伴って飛行機に乗り込んだのであった。
その飛行機の目指す地は、遠くヨーロッパ。その中にある小さな国の、その中にある小さな町の、その外れ。
いざ、吸血鬼退治へ。
「ハロー、センキュー、ナイストゥミートゥーユーイッツァクレイジー・ダイヤモンド?」
「すみません。言葉が分からないのなら黙ってくれませんか? 恥ずかしいです。通訳なら私がしますから、お願いですから黙っていてください」
「や、酷いね可憐ちゃん。そりゃ通訳を頼んだのは元々自分だから、その言葉は願ったり叶ったりだけど。ちょっと傷付いたよ自分」
「知りません。そんなこと」
ヨーロッパに到着し適当に異国の地を見てから、少女と男は目的地である小さな国の、そのまた小さな町へと向かい移動を始めた。
空港の職員に話を聞き、目的地への行き方を確かめ、タクシーを確保して出発する。
これら作業は、全て少女―――丹羽清江が行った。
男は日本語以外一切話せず、とてもではないがその作業を任せられなかったからだ。
清江だって英語をなんとか操れる程度で万全ではなかったが、それでも男に任せるよりは断然に良かった。
日が空の上から柔らかな日差しを送る。
時刻は昼。辿り着いた遠い異国の地は、温かみのある包容を清江に与えてくれていた。
「センキュー、センキュー、グッバーイ、アディオース」
清江の隣で男が怪しい言葉を使いながら、ここまで自分たちを運んでくれたタクシーの運転手へ別れを告げていた。
数枚の500ユーロ紙幣をその運転手の胸ポケットに入れてやっており、両者ともに笑顔のままサムズアップし明るい雰囲気のまま離れていく。
男はタクシーが視界から消えると、こきこきと身体を鳴らしながら辺りをぐるりと見渡す。
その目はいつも通り、ドブ川に浮かぶ魚の目をしていた。
「んじゃ、行こうか。待ち合わせの場所は多分すぐ近くだ」
「分かりました。って待ちなさい。待ち合わせ場所の詳細については地図が渡されていたでしょう。当てずっぽうで動こうとする前に確認してください」
「いいじゃん? めんどいし。観光ついでに見て回りながら探せばいいさ」
「怒りますよ?」
「地図はこれだね。場所は、えーと? このまま直進して二つ三つの角を曲がった先にある喫茶店らしい」
二人は動き始めた。
異国情緒溢れる町並みが、目の前に広がっていく。
地方の都市というだけあって、それほど近代的な発展がされているという訳ではなかった。しかしその分歴史を感じさせる、清江にとっては好ましい町であった。
コンクリートではなく、石畳に覆われた道路の上を歩きながら、二人は角をくるりくるりと曲がって行く。
そうして、男の言葉通り図らずとも観光を果たしながらも、清江の目の前に目的地の姿が見えてきた。
それはオープンテラスの、小さな喫茶店であった。人も少なく、静かでのどかな雰囲気が漂うシックな店である。
男は特に迷う素振りもなく扉を開いて中に入り、清江もそれに追従した。
からんと扉の鈴が音を鳴らし、来客を店主へと知らせる。
いらっしゃいと、店主のおじさんが言う。もちろんそれも英語である。清江の隣で男が手を振りながら言葉を返した。
「ハッピーバースデごふッ」
「黙ってください」
素早い肘打ちが人知れず、男の脇腹を抉った。
清江は怪訝な様子で二人の外国人を眺める店主に対し、可憐な愛想笑いを浮かべて誤魔化しつつ、男を引っ張り席へと着く。
適当にメニューの中から紅茶を選んでオーダーしておき、注意が離れたのを見計らって清江は男に話しかける。
「それで、依頼主とはどうやって会うのですか? そもそも、待ち合わせは何時から?」
「あれスルー? 可憐ちゃんスルー? それって酷くない? 可憐ちゃんじゃなくなってるよそれ? ああ、まあいいや。なんだっけ? 会う方法? 大丈夫だよ、周り見てみ。日本人どころか黄色人種なんて、自分ら以外誰もいないじゃん。依頼主には男女のペアの日本人が行くって伝えてあるから、来たら向こうから声かけてくるって。時間は昼辺りって言われてるから、まあ待ってたら来るんじゃない?」
「そうですか、ならいいです」
疑問が解消されれば、清江が特に言いたいこともない。
注文した紅茶が届き、店の雰囲気に合わせて紅茶を含みながら、ゆったりとくつろぐ。
男も特に暴れる訳でも文句を言う訳でもなく、大人しくだらりと全身を弛緩させたまま、だらしのない姿で椅子の背に体重を傾けていた。
相変わらずドブ川に浮かぶ魚の様な目をしながら、その店の雰囲気にそぐわぬ視線を開放されてるテラスから通りに注ぐ。
そうして時間を過ごすこと、しばしの間。
からんと、また店の扉の開く音がした。
清江が視線を向けると、入口には恰幅の良い、しかしどこかただの人々とは異なる匂いを感じさせる、白色人種の男性がいた。
一目見て、清江は気が付いた。男性は自身と同じ側の人間だと。世界の裏、神秘という科学とは相反するものに手を染める輩だと。
男性は店内に視線を彷徨わせると、すぐに清江と男のいるテーブルに目を止める。
ツカツカと、近くにまで歩み寄ってくる。
男がそれに気が付き、男性に視線をやった。その目を変えぬまま、片手を上げて口を開く。
「ハロー」
「貴様らが『系譜殺し』か?」
男性は男の挨拶を無視し、率直に尋ねてきた。
男はそれに、へえと声を漏らす。男性の発した言葉は日本語であった。
「意外だね、日本語が使えるんだ?」
「サイトの説明からパスワードの入力まで、全てを日本語で対応しておいて良く言う。日本語が使えない者以外ではそもそも依頼が出来ない作りになっているだろう」
「翻訳家雇えばいいじゃん。仕方ないでしょ? 自分、日本語しか使えないし。まぁ何にせよ、日本語が通じるなら面倒がなくていいわ。んじゃ、本題入っとく?」
「っち………いいだろう。こちらとしても時間を無駄に費やしている暇などない」
男性は椅子を引いて、同じテーブルへと座り男と向き直った。
真っ向から向かい合って、堂々と裏に関する話をしようとする二人を前に、清江は眉を顰めて間に入る。
「ちょっと待ってください。こんな開けた場所で何の対策もなくそちら側の話などして、問題があるのではないのですか?」
「大丈夫でしょ。今時の世の中、表通りで大声で魔術だとか吸血鬼だとか話していようが、真面目に信じる輩なんていやしないって。そもそも自分らが今話してるの日本語だし、ここヨーロッパよ? 問題ないない」
ひらひらと手を振って清江の疑問を、あっけらかんと男は払拭する。
男性側も同じ見識らしく、清江が納得したのを見てつまらなそうに鼻息を鳴らしながら口を開き始めた。
「単刀直入に言わせてもらうぞ。死徒の正体は我が師である魔術師だ」
「師? 師弟関係なんぞ結んでたの? 魔術師が?」
いきなり明かされた衝撃の事実だが、しかし清江が思わず驚き固まったそれに動じもせず、男は普通に聞き返した。
その反応に不満気に顔を歪めながら、男性は会話を続ける。
「そうだ。だが師はある実験の結果、吸血衝動に駆られる薄汚い吸血種へと成り果ててしまったのだ。衝動に突き動かされる今の奴は、もはやただの獣だ。早急なる討伐の必要がある。すでにかなりの数の死者も出ている。このまま放置していれば、そう時間もかからず数日後にはこの町は滅びるぞ」
「あっそう。それで、報酬は? 言っとくけど前払いでよろしく。後払いはなし」
地獄が出来るという男性の発言に、男は特に関心もなく報酬について要求する。
ことごとく予想とは違う対応をされたのか、その眉を顰めながら、男性は告げる。
「半分だけだ。残りは依頼が達成された時に払う」
「ボツ、論外、話になりません。認められるのは全額前払いだけ。そうじゃないならこの話はなしだ、自分たちは帰らせてもらうよ?」
男は男性の発言にあっさりと駄目押しすると、無造作に言ってのける。
その言葉には何の重みもなく、ゆえにこそ次の瞬間、本当に呆気なく席を立って帰りそうな様子でもあった。
っちと派手な舌打ちをし、男性は苛立ちを隠そうともせずに話しかける。
「調子に乗るなジャップが。先に全額報酬を払うだと? 危険を伴う依頼で、どこにそんな契約を結ぶ奴がいると思っている。交渉の基本も知らないのか? 半分だ、それで我慢しろ。この薄汚い小島の猿がッ」
「好き勝手いてくれるなぁ。ぶっちゃけ調子乗ってるのはそっちでしょ、依頼主さん。まぁ、そっちの言ってる台詞はもっともだけど。そりゃ普通ならそんな契約結ばないわな、持ち逃げされるのがオチだし」
凄んで見せる男性の姿はその体格の良さと合わさって、それなりの威圧感を出していた。
清江は密かに身体を緊張させ何時でも動かせるようにするも、やはり男は変わらない様子のまま会話を続ける。
その胆力はどこから来るのか。清江は思わずそう思うも、すぐに無意味だと考え直した。
そう。この人に対して常識の測りなんてものは、意味をなさない。
狂っている人間を、まともな杓子で測れる筈がないのだ。
「ふん、分かっているのなら話は早い。ならさっさと仕事に取り掛かってもらおうかジャップ」
「だが断る、って言わせてもらうよ。こっちも一応商売だし。仕事終えた時に依頼主がいないって分かってて、そんな無駄働きする訳にはいかないのよ」
「ッ!?」
「そっち、自分たちに仕事を依頼した後は、さっさと準備してこの町からか国からか、とにかくどっか遠くへ逃げる気でしょ? じゃなきゃわざわざドマイナーなうちに依頼なんぞ寄こさないだろうし。真剣に始末を付けたいって言うなら、教会の方に連絡入れてやればすぐ済む話だしな。教会を避けるにしたって、もっと別の有名どころはあるだろうし。なんかその師匠の残した遺産だか資料だか、まあ何でもいいけどそういった他人に知られたら不味い類のものを持ち出すための時間を、自分たちが死者を退治して回って稼いでほしいんじゃないの? つまりぶっちゃけた話、そっちにとってこの町がどうなろうと知ったこっちゃない。それが本音。だ・か・ら、自分たちが依頼に成功しようが失敗しようがどうでもいい。だって結果が出ている頃には、自分はもうこの町にはいないから。当然、報酬も払われない。だって払う本人がいないし」
立て板に水、というべきか。一気呵成に男は男性に向かい、言葉を放った。
清江はその内容を横で聞きながら、男性の表情が硬直していくのを見た。
図星を突かれた。そう分かり易くも、男性は語っていた。
清江は男性から目を離し、次は男の方へと目を向ける。
男は変わらず、ドブ川に浮かぶ魚の目をしていた。そんな目を男性へと向けたまま、だらしのない姿を晒し続けていた。
いつもと変わらないというその姿に、清江は怖気が背筋を走るのを感じ取る。
「納得した? んじゃ、全額前払いよろしく。それとも断る?」
男は固まったままとなった男性へと、やはり何時もと変わらぬ声色、調子のまま尋ねた。
男性は、喫茶店から去った。
テーブルの上には、小さな小包が置かれていた。その中身は宝石である。事前に確認していた通りの報酬の全額分、確かに中には収められていた。
男性は男の要求通り、全額を前払いすることに同意して報酬を置くや否や、すぐに店を出て行ってしまっていた。
男は小包を掴むと、ぽいと無造作にカバンの中へと放り込んでチャックを閉じ、そのままカップを掴んで紅茶を飲み始める。
清江はそれを傍で観察しながら、胸にある疑問をそのまま男へと吐き出した。
「あの、すみません。貴方に尋ねたいのですが」
「んー? なに可憐ちゃん。便利屋への分け前の件? 仕方ないじゃん。そりゃ報酬の三割取られるのは自分でも暴利だと思うけどさ、こっちには換金ルートとか、そんな非合法な手に関するコネもやり方も全然ないし知らないんだから。仕方ないって、仕方ない」
「いえ、その件ではありません。私が尋ねたいのはさっきの件についてです。なぜ、あの依頼主のことをあそこまで見抜けたのですか? 情けない話ですが、私には彼が考えていたあの謀りについて、全く分かりませんでした。後学のためにも聞いておきたいのですが………」
「いや、あれただの勘。当てずっぽう。場のノリ」
「…………………………………は?」
ぽかりと清江の口が開き、呆然とした顔が男へと向けられる。
男はそれを綺麗綺麗と見ながら、片手を振って言葉を続ける。
「だって、基本魔術師ってのは外道だし? まともに報酬払うかどうか不安だったから、最初から半額と後払いじゃなくて纏めて一気に全額前払いの方がいいなぁって思ってた訳。だから適当にそれっぽいこと言って煽って見たら、まあ予想外に的中してたみたいだったと。いや正直な話さ、半額前払いって言い張られたらこっちに断るなんて手段はなかったんだよ? だって貯金がないし。なけなしの残りも今回の旅費で飛んでるから、例え半額だろうが逃げられようが、少しでも報酬は手に入れる必要があったと、まぁそんなオチ」
「そうですか………」
「いいじゃん、上手いこと運んだんだからさ? 結果オーライ、万事順調」
「もういいです。静かにしてください」
頭が痛そうに押さえながら、清江は自分のカップを手に取り口を付けた。
紅茶は、もう冷めていた。
―――やがて、夜が来る。
死者が蔓延り、魔が踊る夜が来る。
生者が眠り死者が蠢く、そのヨーロッパの小さな国の小さな町にて、『系譜殺し』は活動を開始し始めた。
―――あとがき。
これは文章量を少なくして如何に話を面白く、スピーディに展開できるかを試し上達することを目的としているSSです。
自身の悪癖を直し文章力を上達させるため、頑張らせてもらいます。
前編後編の二話構成の短編です。
感想と批評待ってマース。