「ぜえ、ぜえ、ア、アーチャー、あと幾つ?……」
「残り二つだがその前に休憩を挟もう」
「はぁ……私なら大丈夫……だから」
「ばか者。 そんなに息を切らして何をいっている。
桜の傷は君が塞いでいるんだ。 痕が残ったらどうする。 いいから少し休め」
『剣製少女 第二話 2-4』
アーチャーと私で桜の中の刻印虫を摘出して二時間が経った。
始末した虫はそろそろ二桁に届こうか? という程度なのだが、アーチャーの宝具は燃費が悪く彼の魔力だけでは連続使用ができないため、私の魔力もラインを通して使ったのだがそれでも足りず、宝石に溜め込んだ魔力を使ったが、数が足りるかどうか心配になってきた。
幸い、まだお父様から受け継いだルビーのペンダントには手をつけていないし、残り二つならなんとか手付かずで終わらせられそうだけど。
「ほら、水だ」
「あ、ありがとう」
んぐ、んぐ、んぐ…………ぷっは~!
「それにしてもアーチャー。 アンタのその宝具、燃費悪すぎ!」
「仕方あるまい。 これは神代の魔女、コルキスの皇女メディアが使っていたものだ。
効果が大きい分消費魔力もそれなりだ」
一息入れたもののまだ息が上がっていた私は愚痴りながら話題を振ってみたが、それに対しアーチャーは宝具の来歴を教えてくれた。
確かに来歴と効果を考えれば当然か。
まだマナが世界に溢れ、大魔術を使いこなしていた魔女の宝具なのだ。
この程度の魔力消費、彼女であれば平然と使いこなして見せるのだろう。
でも……なんかムカツクわね。
「ふん、私だって使いこなしてみせるわよ。
さぁ、続きといきましょ」
「了解だ」
そういって私たちは再び桜の施術に戻った。
夢を見ていた。
夢の中であたしはライオンの子供になってセイバーと一緒に草原で遊んでいた。
時折セイバーから隠れたり、わざと彼女の服を噛んでじゃれ付いたりするが、最後は彼女に抱きかかえられて優しく撫でられた。
なんかすごく……
「気持ちいい」
「そうですか?」
「……セイ…………バァアアー!?」
あたしが目を覚ますと目の前にはセイバーの胸が!
慌てて飛びのいたけど、どうやらあたしは寝惚けてセイバーに抱きついていたらしい。
「ご……ごめん、セイバー! わざとじゃないんだ。 寝惚けてたみたいで、本当に……」
そういってなんとか無実……いや、過失だったと身振り手振りで説明しようとしているあたしに、セイバーは不思議そうな顔をしていた。
「何を慌てているのです、シロ? 気にすることなどありません。
私もシロの可愛い寝顔を見れて役得でした」
「あ……う……ふぁ……」
ぼひゅっ! っと顔が熱くなる。
今までも可愛いと言われたことはあったけど大抵クラスメートや凛がからかってたり、男からだったりで気にも留めてなかったけど、こんな美人にこんなに嬉しそうに言われては流石に恥ずかしい。
なんて返したら良いかもわからず、意味不明な声が勝手に口から漏れてしまった。
「さあ、着替えて食事にしましょう。
今日は学校に出かけるのでしょう?」
「あ……うん、そうだった。
すぐ用意するね。 あははは……」
あたしは恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら手早く制服に着替え、キッチンへと向かった。
もちろん、着替えの間恥ずかしくてセイバーの方を一度も見ることはできなかったが。
ところが、キッチンではすでに赤い男が鍋を振るっていた。
しかも鼻歌交じりに実に楽しそうに。
「起きたか。 そろそろ起こしに行くか考えていたところだったのだが、杞憂だったようだな」
「ん、おはよう。
ってかアンタ、凄く楽しそうに料理するんだね」
「バカを言え。
単に作る者がいなかったから、仕方なくだ」
絶っっっ対嘘だ。
いつも仏頂面のこの男がにやけてたってだけでびっくりなのに、鼻歌まで歌ってたんだから相当料理が好きなんだな。
まぁ、あたしも「凛に言われて仕方なく」なんてよく言ってるけど。
それにしても凄いな、あんな大きな中華鍋を片手で振り回せるなんて。
あたしがあの鍋使うときは身体強化をするか、五徳の上で滑らすように使うって言うのに軽がると振ってやがる。
いいなぁ~……。
「おい、何をしている?」
「いや、いいなぁ~これ……」
「だからといって揉みしだくな、気色悪い!」
むにむにとアーチャーの腕を揉んでいたら振りほどかれてしまった。
いいじゃんか、男だったらそれはあたしの物だったかも知れないんだから。
「とはいえ、本当に細いな貴様」
「言わないでくれ、マジ凹みする……」
「ちゃんと食ってるのか?
腕など私の半分もないではないか」
「うん……食べてはいるんだけど燃費がいいっていうか、一度にたくさん食べるとなかなかお腹が空かないから、小分けにして食べたら余計痩せちゃったんだよね……」
ははは……、と空しく笑う。
本なんかでは、一度に摂取できる蛋白質は限られてるから、小分けに摂取するようにって書いてあったからその通りにしたらみるみる痩せてしまった。
凛はそれが羨ましかったらしく真似したらちゃんと筋肉がついたっていうのに……。
もちろん、そのあと凛はその食べ方を止めたけど。
大体凛はスタイルいいんだから、あれ以上痩せようとすることないのに。
「まぁいい。 私がトレーニング・メニューを作ってやる。 それを試してみろ」
「ホント!」
アーチャーって結構いい奴かも!
元、本人が作ったメニューだったら、あたしにも合ってる筈!
これは期待できるかも。
「ほれ、話がまとまったところで朝食だ。
これ以上セイバーを待たせると、暴れだすぞ?」
「アーチャー、私はそこまで意地汚くありません!」
「そうか? では、この昼食は余分だったか」
「い、いえ! 食べ物を粗末にするのは感心できません。
それは私が責任を持って処理します!」
そういってアーチャーが持ち上げたバスケットは、この家でも特大サイズのものだ。
それをセイバーは慌てて引っ手繰る。
「てかアーチャー、あたしの分があるとしても、さすがにそれは作りすぎ」
「彼女はそう思ってはいないようだが?
それから、あれは彼女だけの分で貴様のはこっちだ」
あたしがセイバーの方を振り返って見てみると、セイバーは嬉しそうにバスケットを抱えていた。
本気であれ全部を一人で食べる気か?
まぁ、余ったら夕食に回せばいいか、……中身見てないけど。
食事のとき、凛と桜ちゃんを待たなくていいのか気になったけど、
「二人はまだ寝ている。
昨日、間桐の呪縛を解くのに時間と魔力をかなり使ったからな、夕方まで休ませておく」
「ふぅ~ん……」
と、言われた。
間桐の呪縛とやらがどんなものか気になったけど、アーチャーの態度がこれ以上話すことはないと語っていたので深く聞けなかった。
それをあたしは、あたしの「契約の代償」みたいなものなのだろうと勝手に解釈しておいた。
そして、食事を終え洗濯機のスイッチを入れて学校へと向かう。
ここの洗濯機は全自動だから、いつも学校に行く前にスイッチを押しておいて帰ってきてから畳むようにしている。
もちろんアーチャーには声を掛けておくけど、畳まないよう注意もしておいた。
あたしのはいいけど、凛やセイバーは嫌がるかも知れないし。
「じゃ、行ってくるね」
「あぁ、普段と違う状況だ。 決して気を抜くなよ?」
「私が付いています、ご安心を」
「そうだな。 それと葛木とキャスターの確認も頼んだぞ?」
「あぁ、それが目的の登校だからな。
忘れないようにするよ」
それだけを言って、あたしとセイバーは学校へ向かった。
ただし、途中コンビニに寄ってあるものを買って来た。
「それはなんです?」
「これ? カチューシャ。
こうやって前髪上げるのに使うんだよ。
学校で弓使わなきゃいけない場合を考えてね」
そういって、買ってきたばかりの黒のカチューシャを頭に乗せて見せる。
「なるほど、いい心掛けです。
ですが、今は髪を上げておかないのですか?」
「う……実は髪上げると余計子供っぽくなるから……」
「……そうですか。
と、とにかく行きましょうか?」
「うん」
それでなくても背が低くて年より幼く見られがちなので、これ以上子供っぽく見られるのは正直勘弁願いたい。
そんなあたしの心情を察してくれたのか、セイバーもそれ以上追求してこなかった。
学校へは途中までセイバーと一緒に行ったが、生徒が増え始めた所から別々に向かった。
場所は制服を着た人間を追っていけばわかるし、レイラインも繋がっているから迷いようもない。
セイバーには悪いけど、授業の間屋上で待機してもらっておいて、下校後、途中で合流する手筈になっている。
聖杯戦争中とはいっても学校は普段通りで、特に不穏な噂とかも聞くことなくほっとした。
まぁ、始まったといってもまだ一日、サーヴァントの数も揃っていないだろうから、そうそう危険な状況になっていてもらっては、堪ったものじゃないんだけど。
そして放課後、生徒会室に向かったあたしはそこの主に
「お~っす、一成」
「藤村か。 飼い主はどうした?」
と、声をかけたのはいいけど、仏頂面で返されてしまった。
「飼い主じゃないってば。
それから凛は今日休み」
「ほう、鬼の撹乱という奴か。
珍しいこともあるものだ」
やたらいい笑顔で返してくる一成。
なんでそんなに嬉しそうなんだか……。
「仏罰が下ったとかは言わないんだ?」
「いくら相手が遠坂だからといって、人の不幸を悪し様にいうようなことはせん。
それよりもどうした? 今日は会合はないぞ?」
いつもは仏敵とか女狐とか色々いってるけど、こういうところはちゃんとしてるよな。
まぁ、堅物っていわれる所以でもあるんだけど。
「たまには一成にお山の話でも聞こうかと思ってさ。
ほら、最近遊びに行けてないでしょ?」
「……藤村、前にも言ったが、名前で呼ぶのは止めてもらえまいか?
俺のことも他の男子生徒のように、苗字で呼んでくれ」
「なんでよ?」
「ふむ、自覚がないところはお前らしいのだが、お前が俺を名前で呼ぶたび俺に向かってくる刺客が一人増える」
「……は?」
なにそれ? どんな呪い?
「っていわれてもな、あたしにとってはこの学校で一番付き合いの長い人間だし、今さら変えるのも違和感が……」
「あぁ、そういえばお前は院内学級の出身だったか」
そういってすまなそうな顔になる一成。
設定だけなんだけどね、それ。
とはいえ、女になってから一番付き合いが長いって言うのは事実だ。
前の学校の知り合いがいないわけではなかったけど、彼(彼女)らにしてみればあたしは見ず知らずの人間、前のように付き合うわけにはいかない。
その点一成は、藤ねえ経由で中学に上がる前に知り合ってるから、他の人達より多少気心が知れてると思ってたんだけど。
「俺としたことが迂闊だった、喝。
まぁ、そういう事なら無下にするわけにもいかんな。
それでお山のことで、何か気になることでもあるのか?」
「いや、さっきも言ったけど最近顔出せてないからね。
誰か新しい人でも増えたりしてないかな? って」
「お前も知っての通り、お山は年中行事以外は繰り返しの毎日でな、特に変わったこともない。
人も今年は特に増えていないし、予定もないな」
「そっか……」
やっぱり聖杯戦争が早まったせいで、葛木さんはまだいないのか?
「すまんな、気に掛けてもらったのに話題がなくて」
「いや構わないよ。
それじゃ凛の様子も気になるし、もう帰るね。
零観さんと和尚様によろしく言っといて」
「あぁ、零観兄も親父殿もお前が来てくれると喜ぶ。
伝えておこう」
ん~、収穫なしか。
それにしても一成はあたしのカチューシャに気付かなかったな。
いや、気付いていても一成なら別段話題にするようなこともないか。
あたしはそのまま昇降口に向かいながら、屋上のセイバーに念話で話しかけてみた。
(セイバー、これから帰るけどそっちは何かなかった?)
(いえ、特に不審な点はないようです)
(そっか。 こっちも収穫なしだったよ。
このまま一度帰るから途中で合流しよ)
(はい、わかりました)