「それじゃあ、桜とアーチャーはちょっと私の部屋に来て。
詩露は今のうちにお風呂入っちゃいなさい」
「了解」
『剣製少女 第二話 2-3』
凛が部屋で何をするつもりなのか気になったが、あまり踏み込むのも憚られるので深くは考えないことにした。
単に昔話ってこともあるし。
「じゃあセイバー、悪いけど……」
「お風呂ですか?
わかりました、場所は何処です?」
「あ、先入る?
いいよ、場所は……」
「いえ、ご一緒します」
「……はい?」
「ですから、一緒に入るといったのです」
「え……と」
いかん。 先日耳掃除したばかりの筈なのに幻聴が。
いや、耳が遠くなったか?
「ごめんセイバーよく聞こえ……」
「一緒に入るといいました」
……なんでよ?
「え……と、あたしは一人で入れるっていうか、一人で入りたいって言うか……」
「そうですか、私はシロが一人で入れると考えてません」
「なんでよ?」
「まだ魔力が回復していません。
そのままでは溺れる危険があると判断します」
「……」
どうしよう。 顔は笑顔なのに有無を言わせない迫力が……。
なんであたしの周りは笑顔の時のほうが怖い人ばかりですか?
というか、これはセイバーなりのお仕置きなんだろうか?
だからといって一緒に入るのはまずい。
こんな綺麗なお姉さんとお風呂だなんて無理。
だって、お風呂ってことは裸ってことで、裸ってことは色々まずい。
「さ、さっさと入ってしまいましょう。
そうそう、先ほどの事で少々お話があります。
湯船にゆっくり浸かりながらどういうつもりだったのか聞かせて頂きましょう」
「う、や、ちょ、待ってセイバー!」
「待ちません」
こうしてあたしはセイバーに抱えられながらお風呂場に連行されていった。
桜は私の私室で簡単な身体検査を受けてもらっている。
とはいっても、主にアーチャーがその特異な解析能力で内部を診ているのだが。
(どう、アーチャー?)
(思った通りだ。 聖杯戦争が早まったせいで聖杯の欠片はまだ桜の体に馴染んでいない。
そのせいで臓硯も、桜を使う気にならなかったのだろう。
”破戒すべき全ての符”を使えば、全ての刻印虫の摘出も可能だ。 ただし……)
(摘出は皮膚を割いて直接ってことね)
”破戒すべき全ての符”の説明は予めアーチャーから受けている。
あらゆる魔術を破戒する短刀。
これを使えば聖杯の欠片が埋め込まれた刻印虫も元の欠片と刻印虫に戻せるし、神経に同化してしまった刻印虫も同化する前の状態に戻せる。
もちろん使い魔としての機能も失わせられる。
ただし、あくまで体内に残ったままなので直接切開、摘出が必要になるけど。
(ああ、その際、活性化した刻印虫に桜の体が蝕まれる)
(大丈夫、意識を刈り取ってしまうから魔力を足してやりながら、手早くやっちゃいましょう)
(説明は君から?)
(いいえ、貴方がやって。 あたしは桜を落ち着かせるように声をかけるから)
(了解した)
念話での会話が終わったところで桜が目を開ける。
桜は私のほうに顔を向けながら、
「姉さん……私の体……気持ち悪いでしょ?」
泣きそうな顔でそう言ってきた。
「ばかね、そんなわけないでしょ?
でもそうね……」
いい淀んだ私に桜が身を竦めて強張る。
わたしに拒絶されるのが怖いのか、視線を合わせようとしない。
だから私は、
「少し痩せ過ぎかな?
アンタ、まさかその年でダイエットなんてやってないでしょうね?
もしそうだとしても家の料理人は凄腕だから、絶対我慢できずに太るわよ?」
そういって、おどけながら桜の頬を摘んでやる。
まぁ、実際詩露の料理は美味しいんだけど、カロリー計算させてるから早々太る心配はないんだけど。
「姉さん……」
桜は頬の痛みというより、自分の体のことを知っても受け入れて貰えたことに感激したのか今度こそ本当に泣き出してしまった。
全く、私がこんなことでアンタを拒絶するわけないってわかんないのかしら?
なにしろ八年も我慢してたんだから、もう絶対手放すもんですか。
「ほら、今から説明するんだから泣き止みなさい」
「はい……」
そういって、まだ鼻をぐずぐずと鳴らしながら桜は笑顔で答えた。
洗われてしまった。
隅から隅まで綺麗にされてしまった。
王様の手で。
しかも結構気持ち良かったし。
「うぅ、セイバー酷い」
「酷いものですか。 大人しくしていなかったシロが悪いのです」
「そんなこといったって……」
羞恥心ってものがないのか、セイバー?
湯船の縁に腕を乗せて、それを枕に項垂れながら恨み言を言ってみたが、我関せずと自分の体を洗っているセイバー。
こっちは恥ずかしさでなんとか逃れようと必死だったって言うのに、セイバーの方はお構いなしに体を触ってきたり、押さえつけようと体をくっつけてくるし……。
はぁ……。
まぁセイバーは王様だったから、人に体洗われることに慣れているのかも知れないけどこっちは堪ったものじゃない。
中身は男だっていっても全然聞いてくれないし。
……鼻血が出なくて本当に良かった。
思わず令呪の使用も考えて脅しでちらつかせてみたが、やれるものならやってみろと逆に居直られてしまった。
なんだかマスターとサーヴァントの関係が間違っている気がする。
「さて、シロ。 先ほどの事の弁明を聞かせて頂きましょうか?」
「うっ……いや、その……」
体を洗い終わったセイバーが、後ろから覗き込みながら聞いてくる。
すぐさま顔を背けて直視しないようにしたとはいえ、ここは狭いユニットバス。
逃げ出そうものならまた押さえ込まれてしまう。
というか、色々当たっていて正直まともに頭が働かない。
逃げようと離れると腰を抱いてきてがっちりホールドされてしまう。
「セ、セイバー! とりあえず離して!」
「? 話すのはシロです!」
そうじゃねぇーっ!!
……日本語って難しいね。
とりあえずこんな状態じゃまともな話はできないと説得して、話は着替えて居間に帰ってからということにしてもらった。
あたしは普段着ているパジャマだけど、セイバーは着替えがあの服しかないと気付き凛に借りようかとも思ったんだけど、アーチャー、桜ちゃん共にまだ戻ってきていなかったので仕方なく、あたしの浴衣を貸すことにした。
これなら丈が合ってなくってもどうにか着ることだけはできるし。
雷画爺さんありがとう。 思わぬ役にたったよ。
まぁ、金髪美人なセイバーが浴衣っていうのは結構違和感あるけど、セイバーも気に入ったみたいだから良しとしよう。
「さて、先ほどのことですが」
「わ、わかってる、ごめん。 軽率だった」
「そうですね。
義憤は大いに結構ですが、それで自滅してしまっていては何にもなりません。
マスターが自殺願望を持っていては、いかに私といえども守りきることはできないということを、忘れないように」
「うん、もう絶対しないから」
「約束しましたよ?」
「うん」
こちらの目を覗き込みながら確認してくるセイバー。
そうだ、あたしのあの行動は、あたしだけじゃなくってセイバーも危険に晒してしまったんだ。
もう絶対繰り返すわけにはいかない。
「そういえば、結局あの宝具はセイバーが弾いてくれたの?」
「いえ、そのつもりでしたが、それより早くアーチャーが投影を破棄してくれたのです」
「そうだったんだ。 じゃ、アイツにも後でお礼いっとかないと」
「そうですね」
その後、お茶を飲みながら凛達を待っていたけれど一向に戻ってくる気配がない。
明日は学校もあるし今からなら四時間ぐらいは仮眠ができるだろうってことで、あたし達は先に休むことにした。
「じゃあセイバー、部屋は……」
「シロと一緒でお願いします」
……またか。
どうする? 何か良い言い訳はないか?
なんて考えていたら、
「マスターを守る上で一緒の方が都合がいいのです。
昼間のようにアーチャーが屋根で監視をしているわけではないので、なるべく傍を離れないようにしておきたいのです」
と、まともに返されてしまった。
まぁ、お風呂よりはいいか?
「わかった。 じゃあ、今日のところは一緒に寝ようか?」
「はい」
というわけで、一緒のベットで寝ることにした。
まぁ、セイバーだったら凛みたいな寝相の悪さもないだろうから、安心して寝れるかな? って思いもあったんだけど。
……で、寝るのはいいんだけど、なんでセイバーにまで抱き枕にされていますか、あたしは?
絶妙な力加減で、腰と胸の前を斜めに横切るようにして肩を抱かれている。
強くもなく弱くもない、ほどよい圧迫感が逆に気持ちいい。
「なんか安心する」
「ふふ、私もです」
まどろみながら、この年になって一人寝できない子供みたいなことを言ってしまって、ちょっと恥ずかしかったけどセイバーも同じように思ってくれていたようだ。
「きっと、あたしの中の鞘がセイバーを懐かしく思ってるんだね」
「そうかも知れません。
ですが、私としてはシロの抱き心地が気に入りました。
リンが手放さないのも頷ける」
「……」
なんだか聞いてはいけないことを聞かされた気分だけど、今は気にしない。
魔力が足りないせいか、セイバーに抱きしめられているからか、とにかく眠い。
セイバーはさらに腕に力を入れ密着を増してきたが、あたしは気にすることもなくそのまま眠りについた。