「お前が立てた予想は大筋では合ってるんだが、前提が間違ってるんだよ」
「前提?」
「そう、お前はアノ大火災で士郎が”本来”擬似”神経である魔術回路を本物の神経に置き換える事で命を繋いだ”と予想していたが、魔術師としての訓練を受けていなかったコイツに、そんな芸当できるわけねぇだろ」
「うっ……」
確かにそうかも知れない。 大体詩露は、わたしが教えるようになるまでスイッチすら作れていなかったんだ。 いくら火事場の馬鹿力とはいっても、そんなことできないか。
『剣製少女/固有結界 第四話 4-4』
「じゃあどういう事なの?」
「その前に質問。 なんで綺礼の泥は心臓の代わりをしたのに、切嗣の泥は呪いとして奴の心身を侵して死に至らしめたのか?」
相変わらず皮肉げに、そして遠回しに説明するアンリマユだったけど、それに関しては予想がついている。
「それなら綺礼がギルガメッシュと契約してたから汚染されなかったんじゃないの?」
「確かに汚染を免れたのはその通りだ。 いくら俺の呪いでもアイツ(ギルガメッシュ)は汚染できねぇからな。
でもそれじゃ、心臓の機能の代わりをした説明になってねぇぞ?」
あ! 確かにその通りだ。
綺礼が”汚染”されなかったのは三分の二神であるギルガメッシュとレイラインに寄って繋がっていたからだけど、心身を破壊するだけの泥に肉体の機能を補うなんてこと本来ならできない。 じゃあ……
「どういう事なの?」
「つまり、俺は綺礼の死の間際の願いを叶えてやったのさ。 そして切嗣の願いもな」
「切嗣さんの?」
「そう、アイツ……切嗣はアノ大火災の時に願ったのさ。 ”誰か一人でも生きている人間がいてくれ”ってな。
だから俺が救ってやったんだよ、この小僧……今は小娘をな」
そういって語りだしたアンリマユによると、あの時泥を被った切嗣さんの願いにより、彼(アンリマユ)はあの火災現場で唯一魔術回路を持っている士郎の回路を操り神経の変わりをさせることで、士郎の命を救ったらしい。
本来なら他人の魔術回路を操ることなんて不可能な筈なのに、英霊の魂すら改竄できるアンリマユにとって子供の、しかも全く訓練されていない回路を操るなんてこと、造作もないことなんだろう。
「なるほど。 つまり俺は本当の意味で爺さんに救われたってことなんだな」
「直接救ったのは俺だけどな」
感慨深げに呟いたアーチャーに揶揄するように突っ込むアンリマユ。
でも、確かにそれなら辻褄は合う。
綺礼が泥を浴びても生きていたのは死んでから蘇生したのではなく、死の間際に死にたくない、もしくはまだ死ねないと願ったからアンリマユがそれを叶えた。
そして魔術師としては半人前どころか、回路を起動したことすらなかった士郎が生き延びたのも、同じく泥を浴びながらも生存者がいる事を願った切嗣さんの願いだったから。
「なら、何故もっと多くの人間を……いえ、貴方なら死んだ者とて助けることができたのではないのですか?」
「いくら俺だって死者の願いは叶えられねぇし、消し炭になった人間の肉体を補うほどの力はねぇよ。
肉体の蘇生はあくまで”全て遠き理想郷”がやったんだしな」
アンリマユの後ろにいたセイバーが義憤に駆られているのか、険しい目付きでアンリマユに詰問するが、彼は堪えた様子も見せずに軽薄な笑いを浮かべたままどうでもよさそうに答える。
しかし、わたしの意識はそんな二人のやり取りに気をかけていられるほどの余裕はなかった。
アンリマユはわたしに云った。
”コイツの魔術特性はな~んだ?”、”綺礼から受けた泥”、”固有結界”そして士郎を救ったのは魔術回路を操った自分(アンリマユ)だと。
それらを総合すると、何故アンリマユが今、詩露の身体を乗っ取れたのか予想することができた。
「どうしたの、リン?」
「なるほどね。 アンタが云いたいことがわかったわ」
「聞かせてもらいたいね」
イリヤの問いには答えず、アンリマユを見据えたままわたしが予想を立てられたことに興味を示すアンリマユ。
周りのみんなも興味を持ったのか、わたしの方に視線を向けて注目している。
わたしの立てた予想というのはこうだ。
まず大火災で瀕死の重傷を負った士郎は本来なら他の人同様そのまま死に絶える筈だった。
ところが泥を浴びた切嗣さんの願いに寄って、アンリマユが士郎の魔術回路を使って命を繋いでいる間に切嗣さんに発見され、”全て遠き理想郷”で一命を取り留める。
ところが、この回路を操っての延命の際に士郎は泥を被った時の汚染同様、精神を破壊されアンリマユに”無”という形で憑依されてしまった。
「根拠は詩露の魔術、固有結界よ。
これは本来何代も歴史を重ねた魔術の家系ぐらいしか使うことのできない大禁呪。
それを魔術師としては初代である筈の詩露が使えるってことは、あの子の魔術である”固有結界”は生来のものではなく、悪魔であるアンタが取り憑いて魔術回路を操った所為って事なんでしょ?」
「正解だ」
わたしの出した答えに、嬉しそうに、でも目を見開き凄惨な表情になって答えるアンリマユ。
ここまで答えれば後は簡単だ。
「つまり、今アンタが詩露の肉体を操れているのは、アーチャーより多く泥……というかアンタに汚染され、尚且つ”固有結界”っていう本来はアンタ達悪魔が持っている能力を魔術として使っているからってこと。 どう?」
「さすが凛。 ヒントだけで答えに辿り着いたな」
嬉しそうにケラケラと笑うアンリマユだったけど、わたしとしては褒められても全然嬉しくなかった。
それってつまり、詩露は”正義の味方”っていう願いだけじゃなくてって、唯一の特技ともいえる”固有結界”ですらアンリマユからの借り物で、彼女本来の力じゃないってことじゃない。
しかも、アーチャーはそれ程の汚染じゃなかったから固有結界を使っても意識は保てたけど、詩露は汚染の度合いが大きい所為で固有結界を使えば間違いなくアンリマユに精神を乗っ取られる。
これではとても”自分の力”とは云えない。
「それで、元に戻るんでしょうね? それともずっとアンタがその身体を乗っ取っているつもり?」
「まさか! そんな面倒こっちとしても御免だね。
今はコイツが寝ちまってるから使ってるだけさ」
アンリマユは御免だと云った時、心底嫌そうな顔をしていたから本心なんだろうけど、それを聞いたわたし達は一様に安堵の溜息をついた。
ということは、詩露が目覚める時にはコイツもまた元の状態に戻るってことか。
ならそれまでに聞いておきたいことを聞いておこうかしら。
「ねぇ、アナタを取り除くことってできないの?
それと、アナタを取り除いたらシロは固有結界を使えなくなる?」
わたしと同じ事を考えていたのかイリヤがアンリマユに質問しているが、その姿はなんとか妹を救いたいという必死さが見ているわたし達にも伝わってきた。
「そいつは難しいな。
俺はこいつと同化しちまってるから、”破戒すべき全ての符”じゃ剥がせねぇだろうし。
それと、固有結界に関しては安心しな。 俺がいなくなっても一度変えた属性っていうのは生半可な方法じゃ直しようがないからな」
そういって、一瞬桜を見るアンリマユ。
確かに桜は間桐の属性に無理矢理変えられ、魔術から足を洗った今現在でも属性は遠坂のものへと自然に戻ってはいない。
その証拠に、桜の髪も目も生来の色とはかけ離れたままだ。 まぁ、それはそれで綺麗な色だからいいんだけど。
「まぁ、死んで英霊にでもなれば座に登録される時、嫌でも取り除かれるけどな」
「死んでからじゃ意味ないじゃない!」
ケラケラと笑い茶化しながら云うアンリマユに怒るイリヤだったけど、今聞き捨てならないことを云ったわね。
「ちょっと、それってどういうことよ?」
「どうもこうも、アーチャーが云ってたじゃねぇか。 アーチャーの時の聖杯戦争に出てきたアーチャーは死んで”無”から開放されて磨耗したって。
座に登録されるってことは英霊の魂を純粋な状態で保存するってことなんだから、”無”が俺(アンリマユ)である以上余分な俺は剥がされるってこった」
なるほど、それなら納得できる。
「で、詩露が固有結界を使えなかったのもアンタが邪魔してた所為って訳ね」
「そういうこと。 コイツのことだから、俺みたいなのが取り憑いてるなんて知ったら、最悪自殺しかねないと思ってね」
確かにこの子ならやりかねない。
今こうして話している分にはアンリマユに危険は感じないけど、将来どうなるかわからないなんて事になったら、詩露のことだ、躊躇せずに自殺してでも存在を消そうとするだろう。
「実際サーヴァント達は俺に気を許していないだろう?」
なんて皮肉げにセイバー達を見回すアンリマユだったけど、確かに反英霊であるライダーはそれほどでもないものの、抑止の守護者に属する残りの面々は緊張を解いてはいない。
それはガイアの側の抑止であるアーチャーも変わらないということは、アンリマユって存在は本来の力を発揮するような事態になれば、それだけの脅威となるということなんだろう。
「魅了の呪いだけでもなんとかしたかったんだけど……」
「そいつは無理だな。 諦めな。
あぁ後、その魅了の呪いでちょっと勘違いしてるみたいだから云っておくと、コイツに魅了されているっていうよりは、コイツで魅了されてるってことだからな」
アンリマユの言葉に全員が首を傾げる。
云ってることの意味……というか、違いがわからない。 どっちも同じことのように感じるんだけど。
「あぁ~つまりな。 コイツが可愛いから魅了されるんじゃなくって、コイツに理想像を押し付けて、それとがっちする部分を見つけることで魅了されるんだよ。
いわゆる偶像化(アイドルと)して見てるってこった」
うっ、確かにそれは否定できない。
中学の時の”守ってあげたいランキング”っていうのも、詩露に弱々しさを感じてついたランキングではなく、見た目の儚さからついたランキングだし、穂群原学園では三枝さん同様”彼氏作らせない同盟”なるものまで作られて保護されている。
ちなみにその筆頭が陸上部と弓道部っていうあたりで誰が首謀者かは云わずもがな。 綾子なんて彼氏を作る競争なんて覚えてませんとばかりに詩露の保護に力を注いでいるらしいし。
「凛だって、初めてコイツに会ったときに記憶の改竄をしないで弟子にしようとしたのは桜の代用ってことだろうし、イリヤの場合だって切嗣の代わり、妹としての家族を求めた結果だろ?」
「ちょっと、失礼ね。 別に代用なんて……!」
「そ、そうよ! ちゃんとキリツグとシロは分けて考えてるわよ!」
と否定はしたものの、確かにそういった面が全くなかったとは云い切れない。
弟子として面倒を見ることを決め、スイッチを作ったあの初めての晩、看病の為にほぼ徹夜をして気がついたら一緒に寝ていたのだって、桜と一緒に暮らしていたらこんな感じなのかなと考えての事だったのだから。
でもそれだってただの切欠。 今は一個人としての詩露をちゃんと見ている。
「ま、俺自身が悪魔に見立てられた存在だからな。 魅了するっていっても、何かに見立てる形でしか再現できなかったってこった」
普通なら自嘲するような場面なのに、実に楽しそうに笑うアンリマユ。
「で、アンタのその性格もその見立てに関係してるってことね」
「そ、何しろこちとら悪魔だからな。 人が嫌悪するような性格をわざと演じてる……というか、こういう振る舞いしかできねぇんだよ」
自身を”無”だといい、詩露の肉体を乗っ取っているというのにここまで性格が違うとしたら、それしかないだろう。
人として生きた生前の性格というのではなく、ただわたし達が悪魔といって思いつくような性格を振舞っている。 ……というわりに、悪魔っていうよりただの不良みたいなのは恐らく詩露の想像力が多大な影響を与えてそうだけど。
「それにしても、固有結界は術者の心象風景を現実に侵食させる魔術と云う割りに、貴様は小娘の固有結界を使っているのだな。 それも見立てに関係が?」
押し黙ったまま腕を組んで目を閉じていたアーチャーが、片目だけを開けて問いかけたが、
「いんや。 本来の俺の固有結界は全く別物だ。 例えば──」
「そこまでだ! 全員動くな!!」
「きゃっ!」
アンリマユの話の途中、突然窓を割って一人の人物が飛び込んできた。
わたしは自身の周りに結界を張っていたから彼女が飛び込んで来る前どころか、この家に近付いた時点で気がついたけど、魔術師としても武芸者としても訓練されていない桜は小さく悲鳴を上げ驚いていた。
それにしても、今頃になって一体なにやってんのよバゼット。