「うあぁ~……、頭いてぇ~…………」
「はい蒔寺さんお水」
「おぉ、悪い……」
目が覚めた綾子達は一様に頭痛と吐き気を訴えていた。
勿論、本当の二日酔いなわけじゃないんだけど、暗示で二日酔いのような症状を感じさせているだけ。 ついでに云えば昨日の誘拐に関しても思い出せないよう魔術で細工をしている。
本当は”こっち”の世界の事件に巻き込んだ手前、わたし達の方が謝らないといけないんだけど、さすがにそれはできないので心の中だけで謝っておいた。
『剣製少女/固有結界 第三話 3-4』
「で、藤村は?」
「家の事情で朝から出かけてるわ」
綾子は朝食の席にいない詩露を気にしていたようだけど、わたしの言葉に納得いったのか、胃のムカつきに耐えながらお味噌汁に口を付けるが、そんな綾子とは対照的に詩露の名前を聞いた途端、セイバーの表情が強張った。
わたしの懸念通り、セイバーは夜中にこっそり抜け出して詩露を助け出しに行こうとしたらしい。
それを屋根の上で見張りをしていたアーチャーが見つけ、戦力の分散、セイバーが向こうに手を貸すよう仕向けられた時のこちらの不利を説いてなんとか説得したらしい。
(まぁ、あの子を心配する気持ちはわかるけど、綾子達の前でそんな明ら様に深刻な表情しないでよ……)
幸い綾子達は自身の体調不良に手一杯で気付いた様子はなかったけど。
そんなセイバーに影響されたのか、考えないようにしていたわたしも、つい詩露の安否を心配して溜息をついてしまう。
本当に……無事でいるかしら。
「どうした、遠坂嬢も二日酔いか?」
「え? あぁ、わたし朝はちょっと苦手なんです」
目敏くわたしの様子に気付いた氷室さんに慌てて笑顔で答える。
いけない、いけない。 セイバーにつられて、わたしまで落ち込んでたら何かあったのかと勘ぐられてしまう。
暗示まで掛けてせっかく偽装してるのに、こんな事じゃ意味がない。 せめて彼女達が帰るまでは優等生の仮面を被っていないと。
とはいえ、これは今までで一番大きな猫を被る必要がありそうだわ。
「それでね、お姉さまと一緒に寝てたんだけど……」
「あ、あのさユスティーツァ」
「ん? ユティでいいってば」
「あ、うん。 ユティ」
「なぁに?」
「胸触るのは程々にして欲しいんだけど」
「?」
いや、そこで不思議そうな顔しない。
あたしが起きた後、ユティは止まることなく話し続けている。 それはいい。 それはいいんだけど、なんでか話しをしている間ずっとあたしの胸を触り続けていて、離してくれる様子が全く無い。
まぁ彼女は見た目は昔のイリヤぐらいだけど、生まれてまだ一年という話しだから乳離れできていないのかも。
……ホムンクルスに乳離れがあるのかは甚だ疑問だけど。
「だって気持ち良いんだよ?」
「いや、理由になってないから!」
嫌がっているあたしが面白かったのか、身動きできないのを良い事にユティはさらに突付いたり頬擦りしながら抱きついてきた。
なんでもユティは、イリヤからあたしの触り心地がとても気持ち良いと自慢げに話されていたらしく、機会があったら是非堪能してみたいと思っていたそうだ。
イリヤも余計なことを……。
それにしても、さっきから彼女の話は自分の事やアインツベルンの生活というより、イリヤとの話しばかりだ。
話しの内容もそうだけど、話してる様子から本当にイリヤが好きだというのが伝わってくるんだけど、そんな彼女がイリヤに怒られて尚、綾子達を攫ってまで冬木の土地に拘っているのが疑問だったので、聞いてみることにした。
「だって……」
「もしかして、お家の人に強要されてるとか?」
云い難そうにユティは、抱きついたまま俯いて逡巡している。
桜が虐待されていた事を考えると、もしかしたら彼女は望んでもいないのに、アインツベルンの人間に無理強いさせられているのかも知れない。 もしそうだったら、あたしが助けて上げないと。
そう思っていたのに、彼女が告げた理由というのが凄く納得できると同時に、子供らしい傲慢さに満ちたものだった。
「それで、シロの救出はどのような作戦で?」
フラつく綾子達が帰った後、もう耐え切れないという風で勢い込んだセイバーが尋ねてきた。
綾子達は迎えにきた氷室さんのご家族の車で帰っていったけど、その時の氷室さんはかなりバツが悪そうだった。
そりゃそうよね。 飲酒して酔いつぶれた上二日酔いなんて、家族に知られて体裁のいいもんじゃない。
「ライダーと桜を留守番にして、残ったサーヴァントで正面突破」
簡単明瞭な作戦に勢い込んで頷くセイバー。 彼女は既に心ここにあらずといった風で、今にも駆け出して行ってしまいそうだ。
彼女は王として幾つ物戦線を戦って来たはずなのに、いざ戦いとなると正面突破のような強攻策を好む傾向がある。
それは強い騎士団を従え、高いカリスマを備えていたから当然なのかも知れないが、わたしとしてはそんな事でよく戦ってこれたものだとも思うけど……それとも、作戦は他の家臣が決めてたのかしら?
「その間にわたしとイリヤは魔力殺しを使って気配を隠して城内に潜入して、詩露を助け出してくるわ」
今のわたしとイリヤは魔力がかなり減っている。
サーヴァント同士の戦いということで元から戦力外ではあったけど、こんな状態じゃホムンクルスの相手だって難しいだろう。
だけど、その低い魔力のお陰で魔術師であるユスティーツァから発見されにくくもなっている筈。
とはいえ、詩露とのラインはアインツベルンの森の方向に向かっている。 ということは、詩露はアインツベルンの城にいるんだろうけど、あの森には結界が張られているから、普通だったら足を踏み入れただけで感知されるんだろうけど、
「結界に関しては私が誤魔化してあげる」
と、本来の主であるイリヤがこちらにいる為、細かい情報は悟られないはず。
「でも、私が結界の制御を奪えば、ユティには私が来た事バレちゃうんだけどね」
困ったように云うイリヤだったけど、それでもこちらの人数や居場所を掴めない様にできるだけで大違いだ。 なにしろ、わたしとイリヤの役目は戦いではなく奇襲、伏兵として動く事なのだから。
「だが実際制御を奪うなどできるのかね?」
腕組みしながら、片目を開けて問いかけるアーチャーだったけど、イリヤは自信有り気に微笑んで、髪をかき上げながら
「いくらユティが凄いっていっても、ホムンクルスとしての性能だったら私のほうが上だもの」
それがわかっているから、最初の誘拐の時に綾子達を城に監禁しなかったのだろうということだった。
確かに、いくら人質をとったといっても、城の防御をイリヤに奪われたら地の利がなくなってしまう。
それではせっかく人質を捕ったといっても、自身の優位が保てない。
「んじゃあ、なんで今度はチビ助を城に連れ込んだんだ?」
「やはり暗示でシロを我々に立ち向かわせようということでしょうか?」
「その可能性もあるだろうけど、結局はサーヴァントを連れて潜伏できる場所で、尚且つ私達からの奇襲があった場合、あそこ以上の場所を思いつかなかったっていうのもあると思うわ」
確かにイリヤが云うように昼間にわたし達が襲ってきた場合、迎え撃つのに罠を張るような余裕が無い以上多少でも地の利を活かしたければ、アインツベルンの城以外場所がないだろう。
それにあそこなら城の上にヘラクレスを配置して、地上に黒いセイバーを配置しておけば、上下で迎撃できる。
周囲にいくら大きな木があって、こちらにもアーチャーがいるとはいっても、新都の時のようにこちらが頭上を取るのはかなり難しいだろう。
「出発は?」
「当然今からよ」
ライダーの問いに不敵に笑いながらわたしは答えた。
「だって、この儀式が成功したら、お姉さまが”六人目”になれるじゃない?」
「”六人目”?」
「そう。 魔法使いとしてお姉さまが”六人目”になるのよ」
あたしに抱きついていたユティが顔を赤くしながら上目遣いで答える姿は、好きな人に告白しているかのようで大変可愛らしいんだけど、今はそんなこと云ってる場合じゃない。
「イリヤはこんなやり方、望んでいないと思うよ?」
思わず口をついて出た言葉に、ユティは急に日本語が理解できなくなったかと思うような怪訝な表情になった。
「シロってば変なこと云うのね。
魔術師に”こんなやり方”なんて考え方ないわ。
魔術師にあるのは、”どんなやり方だろうと結果を出す事”。 それが全てでしょ?」
確かにユティが云う事は一般的な魔術師にとっては”当たり前”のことだ。 何しろ人体実験に良心の呵責を感じないのが、普通の魔術師のあり方なんだから。
イリヤも昔のままなら同じことを云っただろうけど、冬木で過ごすようになって、凛や桜、藤村組のみんなと接するようになった今のイリヤは、決してこんなやり方望んではいない筈。
それに対してユティは、お母さんのお手伝いをしたくて仕方ない子供が、母親の気持ちも考えずに自分が良いことだと思ったことをしているだけに過ぎない。
これじゃイリヤがいくら云っても聞かないのも無理はないのかも知れない。
「ふふ、シロってば本当に魔術師らしくない考え方するのね」
彼女の中ではあたしが魔術師らしくないのはイリヤから聞いていたのか、あたしの考え方を嫌悪することなく面白がっているようで、ご満悦な表情であたしに抱きついてきた。
ん~……これは説得するのは難しそう。
イリヤだって急に考え方が変わったわけじゃなくって、あたし達と過ごすようになって徐々に変わっていったわけだし、この場で納得させるのは無理なのかな?
「……って、何下着脱がしてるの!」
「えー! だってシロは着せ替えして遊んでいいんでしょ?」
「そんなわけないでしょ!」
イリヤからあたしの間違った扱い方を聞いていたユティは、この機会を逃すことなくあたしを玩具にするつもりらしい。
なんとか脱がされないよう足をきつく閉じて抵抗してはみたものの、そんなことで抵抗仕切れるわけもなくスルスルとショーツを脱がされてしまった。
途中あたしを拘束している縄が邪魔だったからか、足の拘束を少し解いてくれたので蹴り飛ばしてでも逃げ出そうとしたのに、膝の上に馬乗りになって押さえ付けられて結局動けなかった。
「わっ! 可愛い可愛い♪」
あたしのスカートを捲り上げて、着せ替えたショーツをみながら手を叩いて喜んでいるユティ。
喜んでくれるのは嬉しいんだけど、スカートを捲くり上げられた状態は全然嬉しくない。
一頻りあたしにリボンを結んだり、頭を撫でて遊んだりしたユティは満足したのか、あたしに抱きついたまま、また話し始めた。
うん、なんというか人形の気持ちっていうのが良くわかる体験でした。
自由を奪われて好き勝手されるって、意外とストレス溜まるものなんだなぁ。
「ところで、アインツベルンのセイバーが黒いのはなんでなの?」
話しの合いの手のつもりのちょっとした疑問だったのに、あたしの言葉にユティはそれまでの朗らかな表情を硬直させて、泣きそうな顔になってしまった。
「それは……わたしが出来損ないだから…………」
声を震わせながら答えるユティに嘘を云っている様子はなかったけど、悪い事聞いちゃったかな?
「ごめんね。 嫌な事聞いた?」
「ううん、平気。
あのセイバーはわたしが出来損ないだからちゃんと召喚できなかったんだと思う。
アーチャーとアサシンはちゃんと召喚できたけど……」
「え? アサシン?」
ユティの思いがけない言葉に思わず聞き返しちゃったけど、ユティは明ら様に動揺した表情になって、視線が泳ぎ始めた。
「あ、う、うん。 二人の前にアサシンのサーヴァントも召喚したのよ。
今はもういないんだけどね」
なんでもアインツベルンは、ユティの力を更に高める為にオリジナルの”自己改造”スキルを持つアサシン──ハサン・サッバーハを召喚したらしい。
とはいえ、彼自身の力は戦力として当てにはできないということで、早々に”座”に送り返されたそうだけど。
「はぁ、なんだか話し疲れちゃった。
食事は後で運ばせるから、シロもゆっくり休んでね」
そういってユティはあっという間に部屋を去ってしまった。
本人は気にしてないような事云ってたけど、やっぱり悪いこと聞いちゃったかな。
……それにしても、ユティが云ってた事はどういうことなんだろう。
本人が出来損ないと云いつつ、ヘラクレスなんて規格外のサーヴァントはちゃんと呼べて、セイバー……アーサー王の召喚で失敗するなんてことあるのかな?
大体、セイバーは切嗣にすら召喚できていたんだから、爺さんより魔術師として才能があるだろうユティで失敗するのも変だ。
……もしかして、召喚の触媒である鞘があたしの投影だから失敗させちゃったのかな?
いや、だけど同じ投影品である”刺し穿つ死棘の槍”で召喚したイリヤはちゃんとランサーを召喚できてたしな……う~ん。
そんな事を考えてはみたものの答えは出せそうもないと諦めて、今度は此処から逃げる方法に頭を悩ませた。