(ちぃ! 鬱陶しい!)
白装束の連中は三人一組になりながら四方を一定の距離に保ったままこちらの動きに併せて陣形を変えてくる。 しかも──
「おらぁ──っ!」
神速ともいわれる俺の槍を受けてもお構いなしだ。
一人を狙えば残りの二人掛りで槍の軌道を逸らし、狙われていた奴がダメージも考えねぇで距離を詰めえてきやがる。
そのまま人海戦術で残った三組の奴らも飛び掛って来やがるもんだから、間合いを潰されちまって槍を振るうことすらままならねえ。
『剣製少女/固有結界 第三話 3-2』
元々槍っつーのは乱戦には向いてねえ。
剣と違って致命傷を与えられる部分は穂先に限定されちまうし、懐に入っちまえばどうしてもその長さが逆に仇になる。
勿論、狭い間合いでも扱えるだけの技量は持ち合わせているが、これだけ四方を囲まれちまったら振り回すしかねえんだが、
「はっ!」
弧を描くように凪いだ槍を通して骨の砕けた感触が伝わってくるが、こいつらはそれだけじゃ止まらねぇ。
神速と云われる俺の槍捌きも、刺突ならともかく薙ぎはどうしても動きがデカイ。
薙いでる間に他の連中がまた槍に群がってきやがるもんだから、鬱陶しいことこの上ない。
(恐怖心どころか痛覚もねぇーってことかよ)
それだけじゃねぇ、コイツらの着ている服もそれなりの礼装らしく、本来だったら今の一撃で胴体を真っ二つにしてやれると思ったんだが骨を砕くので精一杯だ。
俺が着ていたスーツも着心地だけじゃなくって、防御としての加護がついてたから別段不思議じゃねぇーんだが……まさか鈍器に対する加護とかついてねぇだろうな? だとしたら、かなり面倒だぞ。
(しくじったぜ。 これならアーチャーの野郎に剣でも借りといた方がよっぽど手っ取り早かったじゃねぇーか)
一、二体吹き飛ばした程度じゃこの包囲は突破できねぇ。
どっか一箇所でも穴開けられりゃそっから陣形崩すことは訳もねぇんだが、生憎アーチャーはマスター達の援護で手一杯らしい。
(それにしてもコイツらの動き、てっきりライダーを追い駆けるもんだとばかり思っていたが、俺を足止めしてやがるのか?)
「だったら早いとこマスター達のトコに行ってやらねぇーとな」
俺は懐からルーンの刻まれた石を取り出しながら、槍に周囲の魔力を吸い上げさせた。
(おかしい、明らかにヘラクレスの威圧感が小さい)
シロの家で感じた威圧感は並み以上、最低でも私に匹敵するほどのものだったというのに、今目の前にいるヘラクレスから感じる威圧感はどう考えても並み……いや、それ以下にしか感じない。
私自身は魔術師ではないので、平時であればその程度に感じたとしても不思議ではないのですが、戦闘中である現状ですらここまで威圧感が抑えられているというのは納得がいきません。
まさかこの期に及んで私を侮っているとも思えませんし、手を抜いているというわけもないでしょうが……。
「はぁぁあ──っ!」
大上段からの袈裟切りをしっかりと受け止めながらも、僅かに後退するヘラクレス。
剣技にしてもそうです。 歯応えが無いとはいいませんが、かの大英雄というには明らかに技量がお粗末だ。 まさかアーチャーとして呼び出された為に、剣技に対してなんらかの補正を受けている?
確かサーヴァントとは、その高すぎるポテンシャルを”クラス”という殻に閉じ込めることで召喚を可能にしていると聞きました。
私は元々セイバーとしての適正しかありませんし、セイバーのクラスは制約が高めに設定されている。 その為選ばれる英雄が限られるということもありますが、そのお陰で受ける制限も少なくて済む。
しかし、今のヘラクレスはアーチャーというクラスに収まるように召喚されているはず。
ならば、これ以上飛び道具を使わせないよう間合いを詰めたまま一気に勝負を決めさせて頂きましょう!
そう判断して足に魔力を集め、魔力放出を伴って体当たりをするように一気に間合いを詰める。
(詩露、大丈夫?)
(平気。 凛こそ無理してない?)
「全然っ!」
ラインを通じた会話から肉声に切り替えて、それをそのまま気合に変えてホムンクルスに切りかかる凛。
その動きに始めの頃の精彩さはなく、振り下ろされた小太刀も相手の腕を僅かに切りつけたに過ぎない。
あたし達は今、わくわくざぶーんの建設予定地に建てられた鉄骨の上で、イリヤを真ん中に挟むようにして戦っている。
土台となる地面は、深く掘り下げられているので此処から落ちたらただじゃ済まないかもしれないが、魔術師であるあたし達ならなんとかなる高さだ。
それより問題だったのは、数の優位をどう覆すか? という問題だった。
確かに”全て遠き理想郷”は防具として完璧なものだが常時展開など不可能だし、闘いを終わらせる為にもホムンクルス達を倒していかなければならない。 その点、鉄骨の上なら足場が狭いので一度に相手にする数が限られてくるので、取り囲まれる心配がない。
最初は数の多かったホムンクルス達もあたしの“偽・螺旋剣”とイリヤの魔術で相当数を減らすことができた。
ここまでは予定通り。 ホムンクルスの数が予想以上だったけど、なんとかこちらが考えている範囲内の誤差だった。 ところが、実際の戦闘が思った以上に長引きだした所為で、予定以上の負担を各々が被ることになった。
まず”全て遠き理想郷”の消費魔力が以上なほど大きいということ。
あたしとセイバーにとっては負担というほどの消費にならなかったからまだよかったんだけど、同じく前線で戦っている凛にとっては深刻な負担となっている。
ホムンクルス相手にも使ってしまうし、セイバーも頑張ってくれているようだけど、時折飛来するヘラクレスの宝具を防ぐ手立ては、”全て遠き理想郷”以外持ち合わせていないため、否応無く使用せざるを得ない。
凛は二年前の聖杯戦争で虎の子の宝石の殆どを使ってしまっていた。 僅かに残った宝石と、新しく溜め始めた宝石を攻撃や防御に使うことなく、直接魔力として取り込んでいるというのにそれでもかなりの消費になっているようで、先程からホムンクルスに対する攻撃に精彩さを欠き始めている。
幸いあたしの投影と魔力放出でフォローできるからまだいいんだけど、今度はあたしの負担が増えてしまった。
魔力に関してはイリヤからもらえるお陰で枯渇するような危険はなかったけど、回路に掛かる負担が尋常じゃない。 さっきから頭が割れるように痛みだしていて、正直投影をするための集中力を保つのが精一杯で、周囲に対する警戒がかなり疎かになっている。
「くっ! ――“偽・螺旋剣”(カラド、ボルク)!」
鉄骨という直線的な戦場である為、ある程度ホムンクルスが集まると“偽・螺旋剣”を投影して真名の解放で一気に数を減らそうとするが、敵もただ呆然と食らってはくれない。
幸いこの宝具、空間をも引き裂く力がある所為か直撃しなくても相手の手足を破壊する程度だったら十分可能だ。 後は飛び上がって逃げた連中をあたしとアーチャーの弓で各個撃破して、広い空間に逃げた連中には”壊れた幻想”を使ってまとめてダメージを与えていく。
その時、偶然奇妙なものを見てしまった。
あたしとアーチャーの攻撃を受けていない筈のホムンクルスが、突然倒れて動かなくなったのだ。
「イリヤ、見た?
「えぇ、急に倒れたわね」
「もしかしてユスティーツァはこれだけの数を制御しきれていないんじゃない?」
「ちょっと待ってね。
……あぁ、違うわ。 制御できていなかったからじゃなくって、あのホムンクルスはユティの”外付け”の魔術回路だったようよ。
魔力枯渇で一時的に機能停止したみたい」
なるほど、使い魔として使役するだけじゃなくって、その魔術回路……ひいては、魔力まで使えるってことか。 だとすると、ユスティーツァの魔術師としての力って状況によってはイリヤすらも凌駕するかも知れないんじゃないか。
とその時、背後の凛がホムンクルスの攻撃を小太刀で受け止めた姿勢のまま膝をついて座り込んでしまった。
「凛!」
「ふふ、結構頑張ったみたいだけど、まずは一人……」
あたしが慌てて宝具を投影しようとすると、勝者の笑みから一転して動揺したユスティーツァが顔を蒼白にしながら信じられない物を見る目で凛を見つめながら叫んだ。
「ウソッ! ラインが切れた? なんで!?」
あたしがその視線を辿ると、しゃがみ込んでいた凛がホムンクルスの体を地面に投げ捨てながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ~。 本当はアンタに直接叩き込んでやろうと思って隠してたんだけど、もう出し惜しみはヤメ!
コイツで片っ端からアンタの玩具をただのガラクタにしてやるわっ!」
そういってユスティーツァを指差す凛の手には、歪な形の短剣が握られていた。
「”破戒すべき全ての符”……?」
あたしは凛の手に握られている短剣を怪訝に思いながら見つめた。
なんで凛がソレを持っているの? あたしもアーチャーも投影なんてした覚えがないのに。
そんなあたしの視線に気付いたのか、凛があたしのほうを一瞬振り向きながら口の端を上げて笑った。
「オリジナルよ」
あたしの疑問がわかったのか、凛が種を明かすマジシャンのように楽しそうに答えた後、再びユスティーツァに向き直った。
「イリヤからアンタの能力を聞いてピンときたのよ。
アインツベルン製のサーヴァント・システムとも云えるホムンクルスを操る技術。 なら、本来のサーヴァント・システムすら破壊するこの剣を使えばアンタを無力化できるんじゃないかってね」
確かにユスティーツァの力はアサシンの”自己改造”を流用したとはいっても、あくまで”自己改造”はスキルであって宝具じゃない。
魔術の原則である”神秘はより強い神秘に打ち消される”ということで考えれば、宝具ではないユスティーツァの能力は”破戒すべき全ての符”で無効化できるわけだ。
「幸いある伝手でこれを手に入れてたから、わざわざ用意するまでもなくこうして持って来たってわけ」
そういって、腰に手を当てながらほとんど勝利宣言に近い形でユスティーツァに微笑む凛。
それにしても、ある伝手も何もキャスターと契約した時手に入れたものなんだから、そりゃ用意するまでもないよ。
全く、こんな切り札用意してたんなら予め教えておいてくれればよかったのに、一瞬凛に何かあったんじゃないかって心配しちゃったじゃないか。
と、そこまで考えたところで落下していくホムンクルスが魔力の粒子になって消えていくのが見えた。
凛もそれに気付いたのか、呆気に取られた表情で手に持った”破戒すべき全ての符”と消え行くホムンクルスを交互に見比べている。
「……あ、そうか! アンタ達ホムンクルスは魔術(錬金術)で作られた存在だから、”破戒すべき全ての符”(これ)を使うと存在そのものを維持できないんだわ!」
といって、うんうんと腕を組みながら納得している凛だったけど、ソレを聞いたイリヤとユスティーツァは顔を蒼くして後退ってしまった。
そりゃそうだ。 自身にとっての究極宝具を持っているとわかった上、使った本人にその自覚がないとわかれば恐怖も感じるだろう。 ……これじゃ、なんとかに刃物じゃないか。
というか、こんな形で”うっかり”を発動しないで欲しい。 突き刺してからじゃ遅いんだから。
「な、なんて凶悪なもの持ってるのよ、貴方!」
「ふ、ふん! まだアンタに使ったわけじゃないんだし、人質なんて取るような奴にはこれくらいでちょうどいいのよ!」
自分でも思った以上の効果があったことに内心動揺しているのか、ユスティーツァだけでなく凛まで取り乱している。
「さ、どうするの? これでアンタの勝ち目は本当になくなったわよ?」
なんて余裕の態度を取ってみせるが実際にはそれほどの余裕、今のわたしになかった。
流石に中学時代に使った時に比べれば負担は少ないが、結局魔力の消費はかなりのものだ。 ”全て遠き理想郷”よりマシとはいえ、それでもこの数のホムンクルスを相手に”破戒すべき全ての符”を使えば、持ってきた全ての宝石を魔力として使ったとしても半分も倒せないだろう。
それでもここはハッタリで如何にも勝負がついたような態度を見せる。
頭上では星の煌きとはまた別の煌きをセイバーとヘラクレスの剣が作り出している。
ホムンクルス達は主の動揺を表すかのように微動だにしないが、自立した意識を持っているサーヴァントは己が主の勝利の為に戦いを止める気配がない。
そして剣戟の音だけが響く中、ユスティーツァは下唇を噛み締めながら悔しそうに眉を歪ませている。
正直この子はこういういった判断をするのに相応しくない。
これが優秀な司令官ならこんな自体になる前に撤退して作戦を練り直すだろうし、交渉の上手い人間ならそもそも戦いなど仕掛けずに、第三者……協会などを取り込んで最小限の支出で最大限の権利を主張するだろうし、こういった相手の優位な状況になっても自身の損失が最低限に収まるよう考える。
だけどこの子は違う。
最初から最後までただ喚き散らして、自身が持っている力を振り回すだけで相手と自分の状況も鑑みれない。
まぁ結局、生まれついての知識があるとはいっても、まだまだ子供と変わらないってことなのよね。
「さ、諦めてホムンクルスとサーヴァントを引きなさい。
今ならアンタにも悪いようには──」
「凛!」
そこまで云い掛けたところで、突然詩露に突き飛ばされた。
そのまま地面へと落下していきながら突き飛ばした詩露を見ると、彼女は五枚の光る花弁を掲げながら、夜空よりも尚暗い一条の闇に飲まれてしまった。