「ふぅ」
「大丈夫ですか、シロ?」
「ん、ちょっと緊張してるかも」
そういってこちらを心配そうに見やるセイバー。
初めての実戦ってことで緊張はしているが、それでも笑顔で答えられる自分は結構図太いのかも。
『剣製少女 第二話 2-2』
夜の街を、あたし、凛、セイバーが間桐邸目指して歩く。
アーチャーは屋根の上を一人先行して警戒にあたっている。
サーヴァントに対する警戒もそうだが、あたしの狙撃ポイントを探しているらしい。
あたしの有効射程距離は200メートル。
初陣で動く標的ということを考えれば半分でも当てられないだろうが、こちらの安全を確保しつつ牽制ができる距離としては、150メートルがぎりぎりだろうとアーチャーは言っていた。
そして、見知らぬ洋館の前で凛とセイバーが立ち止まる。
「ここがそうみたいよ」
顔を上げるとアーチャーが屋根の上に屈みながらこちらを手招きしていた。
アーチャーとセイバーによって、音もなく屋根の上に上がる。
屋根の傾斜に併せて体を隠しながら眼下の間桐邸を見るが、思ったよりも遠い。
「狙うのは間桐邸の門だ。
あそこまでで約150メートルになる。
私が誘導するからサーヴァントに照準を合わせるのではなく門を狙ってタイミングを合わせろ。
いいな?」
「ん」
アーチャーはあたしの肩に手を置き、空いた手で門を差しながら説明する。
あたしはパーカーを脱ぎ、帽子の鍔を後ろに回しながら聞いている。
気持ちを落ち着ける意味も込めて、練習で使っていた弓を投影してみた。
「トレース・オン」
よし、完璧。
現れた弓は昼間と寸分違わぬ姿であたしの手に収まる。
「ふむ、多少は落ち着いたか。
弓兵の仕事は待つことだ。 今からそんなに気負っていては、もたんぞ?」
「わかってる。 今のでちゃんと落ち着いたよ」
「いいだろう。 では、これから私は桜をさらって来る。
状況は念話で凛に逐一報告するから、注意しておけよ?」
「わかった」
「待って、アーチャー。
これを持って行って。
それでたぶん話が簡単になるから」
そういって凛は腰のポーチから一本のリボンを取り出す。
……あれ? 凛ってあんなリボン持ってたっけ?
「そうか。 では行ってくる」
そういってリボンを受け取ったアーチャーは、すぐに霊体化した。
あたしは矢を番え、セイバーは屋根の縁に手を掛けいつでも飛び出せる姿勢で、凛はポーチに手を入れたまま息を殺してジッと待つ。
こういう時はジッとしてるほうが落ち着かないものなんだな。
(凛、サーヴァントの気配は?)
(感じられないそうよ)
(じゃあ……)
(ええ、でも油断は禁物よ)
(わかってる)
間桐はまだサーヴァントを召喚していないということか?
だとしたら、桜ちゃん救出は簡単に済むはずだ。
魔力で水増しした目にアーチャ-の実体化した姿が映る。
アーチャーは素早い動作でそのまま実体で館の窓から侵入した。
予定と違う?
(凛、今のは?)
(間桐の結界のせいで霊体のまま侵入できなかったらしいわ。
それよりも、そろそろ出てくるわよ?)
(了解)
アーチャーが侵入してからまだ数分だが、話は付いたようだ。
ギリッ と弓を引き絞る。
狙っているのは門だが、視界はアーチャーが侵入した窓を中心になるべく広くする。
(出てきた!)
そう凛が行ったときには、アーチャーは既に地面に着地してこちらに向かってきていた。
セイバーもアーチャーの動きに併せ屋根を跨いで屋根の影から出て、いつでも飛び出せる体勢をとる。
それにしても早い。
サーヴァントっていうのは、人一人抱えてあの速度で走れるのか。
もし単独だったら接近戦の距離でも当てられるかどうか……。
そんなことを考えているうちに、アーチャーは屋根に飛び上がっていた。
「姉さん!」
「桜!」
アーチャーの腕から身を乗り出し、凛に抱きつく桜ちゃん。
「姉さん、姉さん!」
「も、もう、しょうがない子ね。 大丈夫、もう大丈夫だから泣かないの」
「会いたかった。 ずっと、……グス、ずっと……会いたかったんです!」
「私もよ。 ごめんね、遅くなって。 もう大丈夫だから、一緒に帰ろう?」
桜ちゃんはわんわん泣きながら凛にしがみ付いているし、凛も困ったような顔をしながら嬉しそうに桜ちゃんの髪を優しく撫でてあげている。
良かった。 これでもう桜ちゃんは……
「ほう、誰かと思えば遠坂の小娘か。
これは一体どういうわけかの?」
あたしが二人を見てほっとしたその瞬間、隣の家の屋根に一人の老人が現れた。
背は低く、和服姿に杖を持った姿はただの老人の筈なのに、何ともいえない不気味な威圧感を醸し出している。
(セイバー、あれサーヴァント?)
(いえ、ですが油断しないように。
あの者は人間ではありません。
なにか、不吉な気配を感じます)
(わかった)
そういってあたしは再び矢を番える。
セイバーはあたしの前に立ち、アーチャーは凛と桜ちゃんの脇に控えて二振りの短刀を構える。
「お……お爺さま……」
「どうもこうも、桜を返してもらいにきたのよ」
老人の出現で怯え始めた桜ちゃん。
どうやら、アイツが桜ちゃん虐待の元凶のようだな。
桜ちゃんは凛の腕の中に隠れようとするかのように身をすくめ、先ほどよりきつく抱きつく。
そんな桜ちゃんの手を取って安心させるようにしっかりと握ってあげる凛。
「ほう、不可侵の盟約を破棄すると?」
「違うは、そっちが盟約を破ったからよ。
臓硯、貴方外道に落ちたわね?
自身の延命のために人を食っているでしょう?」
「なっ!」
あたしが聞いていたのは確か、桜ちゃんが虐待を受けているという話だった。
それが人を食うって一体……。
「むっ、それをどうやって……いや、それはまぁよい。
それで、桜を取り返しワシをどうするつもりかの?」
「冬木の管理者として貴方を殺して、間桐は取り潰しとするわ。
どうせ、慎二には魔術回路がないんだし、桜は元々遠坂の魔術師なんですからね」
「可々! サーヴァントを手にしたとはいえ、随分大きく出たの!?
お主にそれができるかの?」
「当然だ」
臓硯の問いにそうアーチャーが答えたときには既に事は終わっていた。
アーチャーが持っていた短刀を臓硯目掛けて投げつけたのだ。
短刀は臓硯の首を落としてそのまま弧を描いて再びアーチャーの手に収まった。
恐らく臓硯は何が起こったかわからなかっただろう。
離れた位置にいるあたしですら臓硯の首が飛んでから、短刀の存在に気づいたのだから。
「ひっ!」
「大丈夫、もう終わったわ」
グロテスクな光景に目を背け、凛の胸に顔を埋める桜ちゃん。
それを庇うように抱きしめる凛は、臓硯の死体から目を背けずに厳しい表情のままだ。
殺された臓硯の死体はそのままずるずると屋根を滑っていき、地面に落た瞬間嫌な音を立てた。
呆気ない。
さっき感じた威圧感からもっと手強い相手かと思ったんだけど……。
それともアーチャー、いや、英霊っていうのがそれだけ規格外の存在ってことか?
そう思ってアーチャーを振り返ったが、アーチャーはまだ緊張を解いていなかった。
「可々! さすが英霊、首が落ちるまで全く気付かんかったわい」
「ぬっ!」
何処からか臓硯の嘲笑うような声が響く。
アーチャーは周囲に目を配り、セイバーはあたしの前で両手を広げて壁になろうとしている。
屋根の下にある筈の臓硯の死体がいつの間にかなくなっている!?
「まぁよい。 どうせ失敗作の出来損ない。
此度の聖杯戦争では役に立たない物だ。
好きにするがいい」
「テ……テメエ!」
言うに事欠いて物扱い、しかも散々酷いことしといてなんて言い草だ!
「落ち着いてください、シロ!」
そういってセイバーが振り返るが、とても冷静でいられなかった。
さっきの言い方ではっきりわかった。
こいつは人の命を散々食い物にしてきたんだ。
桜ちゃんのことだけじゃない。
こいつにとって命って言うのは、自分の欲望のための道具でしかないんだ。
そんな奴絶対許せない!
「可々、そこの小娘はなかなか血の気が多いと見える。
遠坂の弟子と聞いていたが、まだまだ躾がなっていないようじゃの」
そういって挑発のつもりか臓硯は間桐邸の門の前にその姿を現した。
それを見つけたあたしは、弓を引き絞って
「偽・螺旋剣!!」
真名の開放をしていた。
一瞬、魔力の消費で気を失っていたようだ。
気が付いたのは左手の痛みのせい。
親指と人差し指が偽・螺旋剣の回転で抉られ無くなっていた。
弓が手のひらに食い込み骨を砕き、肘がありえない方向に曲がっていた。
右腕は筋肉が切れ、ギシギシという金属音を立てながら激しい痛みを伴って血を噴出している。
歯を食いしばっていてもあたしの握力じゃ握っていられず、ついに偽・螺旋剣を離してしまう。
弓は砕け幻想になり、方向性を失った矢が無軌道に跳ね回る。
跳ね上がった矢があたしの顔目掛けて向かってきているというのに、全く動けなかった。
死の瞬間を味わったことはあったが、こういう突発的な死は初めてだ。
よく聞くように、こういう死の間際って本当にゆっくりに見えるんだ……。
「シロ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、セ、セイバー?」
「……セイバーではありません! 何を考えているのです!!」
あ……生きてる。
いつの間にか、あたしはセイバーに抱きかかえられていた。
セイバーの手には目に見えない何かが握られていて、それが偽・螺旋剣があった場所とあたしの間を塞ぐように掲げられている。
「アーチャー、感謝します」
「それには及ばん。
未熟者に不相応なおもちゃを与えた私の責任でもある」
「シロ、大丈夫ですか?
意識ははっきりしていますか?」
そういって何かを掲げていた手を下ろすと、あたしの胸に手を当てる。
何か温かいものが体の中を満たしていく。
それと同時に体の痛みが嘘みたいに消えていった。
「シロ、しっかりして下さい。
いま、シロの中にある鞘に私の魔力を流しました。
怪我はすぐに治ります」
「うん、ありがとう」
「アーチャー、臓硯は?」
そんなあたしを尻目に凛は警戒を解かないままアーチャーに問いかける。
だが、アーチャーは首を振りつつ、
「すまん、逃がした。
と、いうより、門の前に居たのは実体ではなかったようだ。
この騒ぎの隙にかなり距離をとられたようで、気配が掴めん」
「そう、ならいつまでもここにいてもしょうがないわ。
詩露が回復したらすぐ動くわよ」
「あ、あたしならもう……ひぃいっ!」
凛の目が本気で怖い。
あたしを見ている目が捕食者の目付きになっている。
「そう……なら遠慮なく……あ、……ま、まぁいいわ。
帰ったらきっちり話しましょ?」
「ハ……ハイ」
凛はあたしに折檻しようと手を伸ばしたところで、桜ちゃんを抱きしめていることを思い出し、手を引っ込める。
ただし、「後で、しっかり覚えとけよ?」という意味の笑顔を忘れない。
……何されちゃうんだろう、あたし。
帰り道、あたしはセイバーと腕を組んで歩いている。
回復したばかりということで、抱っこされるか、負んぶされるか選ぶようセイバーに強要された結果の妥協案だ。
ちなみに、桜ちゃんも凛と腕を組んでいるが、これは純粋に離れたくないという意思表示の結果だ。
そんな中、あたしは気になっていたことを凛に聞いてみた。
「臓硯が外道に落ちたってどういうこと?
あたし聞いてなかったんだけど?」
「そのままの意味よ。
無差別に人を襲ってその命を食い物にしてるってこと。
アンタに教えたらその場で向かって行っちゃうだろうから黙ってたんだけど、まさか向こうからでてくるとは……予想外だったわ」
「じゃあ、間桐の取り潰しって?」
「 ……遠坂が冬木のセカンド・オーナーっていう話は覚えてる?」
「あぁ。 あたしを弟子入りさせたのもそのせいだって言ってたから覚えてる」
「つまり、遠坂は冬木の魔術師を管理する義務があるの。
もし管理できなかった結果、神秘が一般人に漏洩するようなことがあったら、その隠蔽工作と魔術師の処理をしなくてはいけないわ。
ただし、臓硯は用心深く人を襲っていたから魔術協会の判断だったらお咎めなしになるだろうけど」
「確か協会は、事の善悪は問わずただ神秘が漏洩する危険があるか、ないかで判断するってことだったよね?」
「そう。 そういう意味では臓硯よりも、一年前のアンタのほうがよっぽど危険人物ってことになるわ」
「う……わ、わかってる。 もう、しないから」
そう、一年前にやった魔術行使の後、徹底的に叩き込まれた教えだ。
あたしも凛に殺人なんてやらせたくないから、もう絶対しないと誓っている。
これをいったら、
「”殺されたくないから”って理由じゃないところがアンタらしいわ」
と呆れられた。
いや、もちろん殺されるのも嫌なんだけど?
それからは、「やるなら絶対ばれないようにやれ!」が凛の口癖だ。
「ふん、まぁいいわ。
それで臓硯だけど、確かに遠坂と間桐は不可侵の盟約を結んでいるわ。
でもね、それはあくまで間桐の敷地でのこと。
冬木で何をやってもいいってわけじゃないの」
「つまり、凛が臓硯の行いを問題視すれば処罰する権利があると?」
「そ、遠坂は協会から冬木の管理を任されてるんだから、その権威を無視するような行動は協会に対する反逆ともいえるわけ。
正式な書類は無いけどこっちからの通達は協会に届いてる筈だから、後は煮るなり焼くなり好きに出来るってこと」
「だったら臓硯のことは協会に任せて、あたし達は聖杯戦争を……」
「そうもいかないのよ。
自分の領地を管理できないなんて事になったら、協会側に領地没収の口実を与えることになるもの。
あくまで自分の管理地なんだから、自分で処理しなくちゃ。
まぁ、遠坂は聖堂教会にもパイプがあるから、そう簡単に没収って話にはならないだろうけどね」
「なんか、協会って敵だか味方だかわかんないな」
「実際、敵でも味方でもないんだからしょうがないのよ……」
溜息混じりに呟く凛。
そんな話をしている間にあたし達は遠坂邸に戻ってきた。
「ふぅ、やれやれだわ。
サーヴァントがいなかったのに、なんでこんなに疲れてんだか」
「ご、ごめんなさい」
凛の台詞に恐縮する桜ちゃん。
「え、あ、あぁ、貴方のせいじゃないのよ。
殆どはあのバカ弟子のせいなんだから」
「うっ……ごめん」
「アンタはちゃんと反省しなさいよ?」
「わかってる」
「くすくす」
ありゃ、桜ちゃんに笑われちゃった。
まぁ、怯えているより笑ってるほうがずっといいから、こっちとしても悪い気はしないんだけど。
そう思って凛を見ると、凛も苦笑いしていた。
「さ、入って桜」
「あ、お、お邪魔します」
「ちっが~う」
「え?え?あれ?」
何が違うかわからずおろおろする桜ちゃん。
でも凛は機嫌よく
「”おかえり”桜」
「あ! はい! ”ただいま!”」
手を広げて呼びかけると、桜ちゃんも元気良く答えた。