「で、アンタはユスティーツァの仲間ってことでいいの?」
「仲間じゃないわ、本人よ」
セイバーとアーチャーに身柄を抑えられているというのにユスティーツァは全く動じることなく、わたしの言葉に答えた。 この娘、もしかして自分の立場わかってないじゃないでしょうね……。
『剣製少女/固有結界 第二話 2-6』
「ならさっきの小さい方はどうなの?
あっちもユスティーツァって名乗ってたけど?」
「あっちもわたし。
そんな事より、どうするの?
ほんとに友達を助けられると思ってるの?」
謎掛けのつもりなのか、こっちに揺さぶりをかけてるつもりなのか、ユスティーツァはわたしの質問に答えることなく、逆に質問を返してくる。
ほんの僅かでも不審な動きを見せればすぐにでも首が飛ぶか、心臓を刺されるというのに、ユスティーツァはそんなこと問題ないと云わんばかりに余裕の態度を崩さない。 なんかムカツクわね。
「そっちこそ今のうちに謝ったほうがいいんじゃない?
アヴァロンを使えばいくらヘラクレスの宝具が強力といっても、勝負にならないことぐらいアンタでもわかるでしょ」
「確かに全員がアヴァロンを使えるっていうのは予想外だったけど、こっちにはまだ人質が……」
「見苦しい真似はやめなさい、ユティ」
ユスティーツァの言葉を遮るように全く同じ声音で、居間の入り口から声が掛かる。
驚いて振り返ってみると、鍔の広い帽子を被って白いロングコートを纏ったイリヤが、腰に手を当ててユスティーツァを鋭い視線で見つめていた。
「お姉さま……」
「お帰りイリヤ」
「ただいまシロ」
ユスティーツァはイリヤの姿を呆然と見つめた後、叱られたことに腹を立てたのか唇を引き結んで俯いて、先程までの勢いは何処へ行ったのか急にしおらしくなって黙ってしまった。
対して詩露はイリヤの無事を確認できてホッとしたのか、あの娘にしては珍しく自分からイリヤに抱きついて、イリヤも嬉しそうにシロを抱き返した。
「ユティ、アインツベルンとも在ろう者が領地争いに神秘に関係ない者を巻き込むなんて恥ずかしいことなのよ?」
「だって……」
「だってじゃないの。 確かに魔術師である以上いかなる犠牲も厭わないというのはわかるけど、こんなやり方したら神秘が漏洩しちゃうじゃない。
今ならリンだって許してくれるだろうし、謝るのが恥ずかしいなら私も一緒に──」
「お姉さまの意地悪! もぅ知らない!!」
厳しい目でユスティーツァを睨みつけ、かなり強い口調で諭していたイリヤだったが、最後は宥めるように優しく声を掛けたというのにユスティーツァは癇癪起こした子供のように叫ぶと、そのまま気絶してしまったのか完全に脱力して後ろに倒れこんだ。
「あ! ……全くあの娘ったら逃げたわね」
「どういうこと?」
突然ユスティーツァが気を失った事に驚きつつもイリヤに確認してみたが、彼女は特に驚いた様子も見せずに呆れたように溜息をついていた。
「ね、ねぇイリヤ。 そろそろ離して……ひゃ、ん」
「なによ~。 さっきはシロの方から抱きついてきてくれたくせに~」
ユスティーツァが倒れた後、イリヤはユスティーツァの体になんらかの魔術を施すと、乱暴にユスティーツァの体を隣の和室に放り投げた。
その扱いがあまりにも粗雑だったので、見ているこっちが驚いたほどだ。
「それにしても、今度は本物でしょうね?」
「う……ん! 間違いないよ」
イリヤの手が妙な所を触ってくるので変な声が出ちゃったけど、なんとか平静を装って凛に答える。
「よくわかるわね、アンタ。
わたしには全然区別がつかないわ」
「愛だよね~、シロ。
お姉ちゃんへの愛で見分けがつくんだよね?」
「いや、こっちのイリヤはあっちの偽者と違ってラインが繋がってるから」
あまりにも現実的な理由にイリヤはがっくりと項垂れてしまったが、凛はなるほど、と納得していた。
あたしがさっきセイバーに云われて確認したことというのが、イリヤとのラインの繋がりだった。
確かに偽者の姿も声もイリヤそっくりだったからあたしも騙されちゃったけど、さすがにラインの繋がりまでは真似できなかったのか偽者とのラインは全くなく、魔術的には一目瞭然だった。 当然セイバーもイリヤとラインが繋がっているので、あたしより先に気付いたという訳だ。
「ちょっとイリヤ、詩露で遊んでないでいい加減説明しなさいよ」
どんどんエスカレートしていくイリヤを見かねた凛が、助け舟のつもりか半眼で睨みながら声を掛けてくれるが、あたし”で”遊ぶってなに!?
「いいじゃない。 一月ぶりのシロの感触楽しませてよ。
あぁ~気持ち良い~。 お肌すべすべ、程よい弾力とぞくぞくするぐらい華奢な体。 そして鼻から腰に抜けるような甘い香り。
んー! 最高ーっ!!」
あたしの体を撫で回しながらソムリエのようなことを云い出すイリヤ。
くすぐったいし、恥ずかしいし、気持ちい……じゃなくって、とにかくイリヤはあたしを思う存分堪能しているようだ。 嬉しくないけど。
それにしても、鼻から腰に抜けちゃいけない気がする。 なんか色々と。
「はぁ、今は時間がないの。 詩露を堪能しながらでもいいから説明しなさい、アインツベルン!」
家名で呼び捨てられたことにカチンときたのかイリヤも一瞬険しい顔をしたが、凛の剣幕に観念したのか肩を竦めて話し始めた。
あたしとしては、玩具にされてる状況もなんとかして欲しかったけど、ここでずるずる話しを延ばしても綾子達のこともあるので、ぐっと我慢することにする。
「あの娘、ユスティーツァ・フォン・アインツベルンは私の後継機として生み出されたの。
もっとも、私の存在はほとんど偶然、奇跡みたいな確率を引き当てた結果だから、あの娘はただのホムンクルスなんだけど、かなり完成形に近いわ。 その代わり……」
なんでもアインツベルンは、イリヤを成長させた技術とアサシンの”自己改造”の技術を独自に研究。 ホムンクルスに転用することを考えていたそうだ。
特にアインツベルンの魔術特性は力の流動、転移。 伝来の魔術は物質の練成と創製で、貴金属の形態操作では他の追従を許さないと云われているらしく、かなりオリジナルに近づけただけでなく、ホムンクルスへの転用も実用段階に至ったそうだ。
「そうして生まれたのがあの娘よ。
あの娘は意識のないホムンクルスを自身の肉体同様に扱えるの」
元来アインツベルンにはホムンクルスをサーヴァントのように使役する術(すべ)があったそうで、リズさんもそういったホムンクルスに分類されるそうだけど、リズさんの場合イリヤと繋がったことで自我のようなものを得たそうだ。
「でも、あの娘の場合”支配”に特化しているのか、繋がったホムンクルスに自我が生まれることはなかったの。
そうやって使役したのがさっきの”アレ”」
といって、襖越しに転がっているイリヤもどきを指差す。
「リンも使い魔を使役することがあるからわかると思うけど、あれをもっと複雑に、精巧に操れるってことよ」
「なるほどね。
でも自我が目覚めなかったのは、”支配”に特化しているっていうよりはアンタが特別なホムンクルスだからって気もするけどね」
「まぁ、その辺は調べてないからわからないけど、どっちでもいいわ」
なんて肩を竦めながら投げやりに応えるイリヤ。
「じゃあやっぱり小さい方が本物のユスティーツァだったの?」
「そうよ、あの娘自身は生まれてまだ一年弱だったかな?
まぁ、私と違って生まれた時からある程度の知識は持ってたけど、まだまだ幼いことに変わりはないわ」
あたしの言葉に苦笑いで 「そこが可愛いんだけどね」 なんて応えるイリヤ。
そして、アインツベルンが領地争いを仕掛けてきた経緯やランサーの事なんかはユスティーツァが説明してくれたことと一緒だった。
「じゃあランサーは本当に……」
「えぇ、でも戦って散ったんだから文句はないだろうし、後でまた呼び出すからいいんだけどね」
「へ?」
思わず漏れたあたしの間抜けな声にイリヤがクスクスと笑っている。
「忘れたの? 私は聖杯に頼ることなくバーサーカーを呼び出したの。
それに彼の魂はまだ”ココ”に残してあるんだから、触媒さえ用意できればすぐにでも呼び出せるし、記憶の引継ぎも可能なのよ」
そういってイリヤは自分の胸に手を当てた。
元々サーヴァントは”座”と呼ばれる場所から呼び出される。
そして、この世界に呼び出されるサーヴァントは”座”にいる本体とは別のコピーのような存在なので、完全な同一人物を呼び出すことも、また魂が残っていればイリヤとのラインを通じて記憶を共有することも可能だそうだ。
まぁ、アーチャーに至っては、生前ラインが繋がっていない未来の自分と記憶の共有なんて現象が起こっているんだから、不思議はないんだけど。
「じゃあなんですぐ呼び出さなかったのよ。
触媒だって、ランサーの当時の持ち物はともかく、現代で使ってた物なら用意できたでしょうに」
イリヤの言葉に凛が怪訝そうに問いかける。
「あのね、アインツベルンの追っ手から身を隠しながら逃げ回ってて、それどころじゃなかったの。
バゼットが途中まで一緒に居てくれたけど、彼女も撹乱と協会に報告しに途中で別れちゃったんだから、リンみたいに野蛮じゃない私には極力魔術を使わないようにして、見つからないようにしてなきゃならなかったのよ!」
と、イリヤにしてはかなり興奮気味に叫ぶ。
そして暗い目をしてブツブツと呟きながら当時のことを語るイリヤによると、生ごみの中に埋まって隠れたり、牛舎の藁の中に隠れたりとプライドの高いイリヤにとっては数々の屈辱的な思いをさせられたらしい。 可哀想に。
「じゃあバゼットは無事なんだね?」
「多分ね。
まぁ彼女の事だから今頃協会に報告してるとは思うんだけど、協会が調停役を買って出るとは考えにくいし、精々適当な人間を派遣して神秘の漏洩が起こらないように監視するぐらいが関の山じゃないかしら」
本当に役に立たないなー魔術協会っていうのは。
そのくせ、凛の実験失敗の時みたいに何かあればすぐ封印指定をチラつかせて、利権を掠め取ろうとするし。
「それにしても、アインツベルンも落ちたものね。
領地争いに無関係な人間を巻き込むなんて」
「その考えには賛同したいところだけど、アインツベルンが形振り構わなくなったのはもうずっと前からよ。
でなければ、アンリマユなんて召喚しようとしなかったでしょうし、切嗣みたいなテロリストを身内に引き込むことなかったんだから」
自嘲気味に語るイリヤだったけど、確かに云われてみればそれもそうだ。
爺さん(切嗣)がテロリスト呼ばわりされたことはいい気がしなかったけど、手段と世間の評価を考えればそう称されても仕方がないことをしてきたんだから。
「ところでイリヤ。
ユスティーツァが連れていたサーヴァント、あれは本当にヘラクレスをアーチャーとして呼び出したものなのか?」
「そうです、私もそれが気がかりでした。
確かに並み以上の威圧感は感じたのですが、バーサーカーと比べると数段劣ると云わざるを得ない」
それまで黙って話を聞いていたアーチャーとセイバーは経緯に関して納得がいったのか、早速相手の戦力分析に入ったようだ。
そして、アーチャーに云わせると、いくら熾天覆う七つの円環が投擲武器に特化した宝具とはいえ、五枚までしか破損しなかったことに納得がいかないらしい。
「私の経験した聖杯戦争でランサーは 突き穿つ死翔の槍で当時のアーチャーの熾天覆う七つの円環を完全破壊して、本人にダメージを与えたといっていた。
私と奴の違いがあったとしても力量にそこまでの差はない筈なのに、熾天覆う七つの円環だけで射殺す百頭を完全に防ぎきれたことに納得がいかんのだが」
それを聞いていたイリヤは考え込むように顎に手を当てていたが、眉を顰めたまま首を振った。
「わからない。
確かにランサーも思ったより手応えがなかったと感じたみたいだけど、あの時は戦闘用ホムンクルスも動員されてたし、単純な力勝負ってわけじゃなかったから……。
ただ、ランサーは八本の矢は囮で、本命はたった一本だって感じてたみたい」
ランサーの記憶を探っていたのか、イリヤは随分具体的な答えをアーチャーに返していた。
とはいえ、それでアーチャーやセイバーの疑問に答えることはできないようだけど。
「まぁ、本来より強いっていうんだったら手に負えないけど、弱いっていうんだったら気にする必要ないんじゃない?
どうせ作戦に変更はないんでしょ?」
「あぁ、……そうだな」
納得はいってないのかアーチャーはイリヤの言葉を反芻しながら考え込んでいるようだ。
「じゃあ私はランサーを呼んでこようかな。
シロ、刺し穿つ死棘の槍投影してくれる?
あと土蔵も貸してね」
「いいけど、土蔵の魔法陣は召喚陣じゃないんじゃなかった?」
「まぁね、でもあの陣なら私との相性も良いはずだから」
キャスターに魔術を教わるようになって家の土蔵の魔法陣を確認した所、当初は召喚陣だと思われていた筈のものはなにやら別の物だと判明した。
アーチャーは死ぬまでこの陣がサーヴァントの召喚陣だと思っていたようでかなり驚いていたけど、実際にはこの陣はアインツベルン製のものらしい。
確かにそれならイリヤとの相性は心配ないかな。
「──はい」
あたしが刺し穿つ死棘の槍を手渡すとイリヤは受け取って土蔵に向かって行った。
「まだ考えてるの?」
「あぁ、力を出し惜しみした、もしくは手の内を隠したというだけならいいのだが、戦闘に不確定要素が絡むのは上手くない。
あらゆる事態に対応するつもりではいるが、予想が立てば対応策も練れるからな」
イリヤが居間を出て行った後もアーチャーとセイバーは難しい顔をしていたが、あたしはイリヤに撫で回された服を整え、桜はいそいそとあたしの髪をブラシで撫でて整えてくれた。
しばらくして土蔵から光が溢れ、お馴染みの戦闘スタイルに身を包んだランサーがイリヤを伴って現れた。
「よぉ、久しぶりだな」
そういって久しぶりに見たランサーは片手を挙げて槍を肩に担いだ、相変わらず飄々とした態度であたし達に笑いかけた。