「どうかな? 今日のは結構自信あるんだけど」
そういってシロが獅子の仔のような純真な目で私と、私の手の中の鞘を交互に見比べます。
正直この期待に満ちた眼差しというのは、見ていて胸が苦しくなるほど愛しく思うのですが、今からこの眼差しを絶望に塗り替えなくてはならないというのは、我が領地を犠牲にしてきたことに匹敵するほどの苦痛を感じてしまうのですが……。
『剣製少女/固有結界 第一話 1-5』
「シロ、少しお待ち頂いてよろしいでしょうか」
「え、うん……」
「キャスター、それからリンとイリヤスフィールにもお話があります」
私はシロの師とされている者達を連れて部屋を後にしました。
これから話すことはシロに聞かれてはいけない。 場所を変えて内密に話せるようリンの私室へ向かうことにしましょう。
「どうしたのセイバー」
私の態度を怪訝に思ったリンが部屋に入室するなり問いただしてきました。
いいですよね、貴方は。 シロのあの目を絶望に変えることなく後で慰めればいいだけなのですからお気楽なものです。
ですが私はもう堪えられそうにありません。 何度シロに絶望を味合わせてしまったと思うのですか! と、叫びたい衝動を必死に堪えて冷静に話を進めなくては。 間違っても声を荒げてシロに聞かれるようなミスを犯すわけにはいかないのですから。
「シロの投影のことです。 鞘の復元に関しては完璧です。 もう偽る必要はないのでは?」
「だからそれは、貴方が詩露の傍にいるための口実として……」
「ですから、それは私がシロの傍に居続けると云えば済む事ではないですか。
何も投影が成功したからといって彼女の傍を離れなくてはいけない理由にはならないはず。
なにより私はシロのサーヴァントなのですから傍に居続ける理由はあります」
「それで詩露が体内から鞘を出して貴方に持つよう云われたらどうするの?
というか、あの子なら”本来の持ち主はセイバーなんだから、セイバーに返しておく”って云い出すと思うんだけど」
確かにリンの云う事ももっともです。 シロはいい子ですから拾ったものを届ける為だったらどんな労力も厭わないでしょうし、自分の命に関わることであってもその信念は曲げないでしょう。 今回の鞘のように。 ですが……
「大丈夫です。鞘はシロが死ぬその時まで預けておけばいいだけです。彼女の体力を考慮してと云えば、彼女も無碍には断らないでしょう」
というか、もうシロを偽ることが苦痛で仕方在りません。 正直限界なんです。
「ねぇ、アーチャーは子供が生まれた時どう思った?」
みんなが出て行って、部屋に残ったのは男だけ。 ……って、あたしは見かけ女だけど、気持ちの問題という事で。
「唐突だな。 まぁ普通に嬉しかったが」
「そっか。 ……そうだよね。
後さ……そういうことをしようと思ったのって、どうして?」
「……何が云いたい?」
あたしの疑問に怪訝そうに眉を顰めるアーチャー。
う、うん。 まぁ遠回しに聞いてるからわかりずらいっていうのもわかるんだけど、ここは大人として察して欲しい。
「え、い、いや、あの……」
「なんだチビ助。”そういう事”に興味津々か?」
あたしが顔を赤くしながら云い淀むと、ランサーが面白そうにニヤニヤと笑いながら突っ込んできた。 しかもそれが正解なものだから、こっちとしては返事に困ってしまってつい押し黙ってしまう。
「はぁ、まぁ貴様の実年齢を考えればわからなくもないが、そういった話題は凛とでもしていろ」
「で、できるわけないだろ! 女の子相手にそんな話!」
アーチャーの言い分に思わず恥ずかしさのあまり叫んでしまった。
り、凛とそんな話題とか絶対無理だって! イリヤや桜、綾子たちともこんな話題話すことできるわけないじゃないか!
そしてあたしの叫びを聞いたアーチャーとランサーは何やら目配せをしてからあたしに近付いて、肩に手を回して顔を近づけてきた。 な、なに? 近いんですけど。
「で、お前はどこまで知ってて聞いてんだよ」
「そうだな。 それがわからないことには一から教えなくてはいけなくなるのだが?」
「え、いや、どこまでっていうか。 ど、どんな感じなのかな~とか?」
悪巧みでもしているかのように声を潜めながら、二人はあたしを真ん中に肩を組むんでくる。 とはいっても体格差が凄すぎて、あたしが正座してるのにランサーはヤンキー座り、アーチャーが胡坐をかいているのに頭一つ以上の差があるけど。
そしてランサーは面白そうにニヤニヤしてるし、アーチャーは神妙な顔をしながらも口の端が心持ち上がっていて面白がっているのがわかる。
でもこういう話って他の人としたことないからちょっと嬉しいっていうか、楽しいな。
修学旅行でも女子部屋だったから、話についていけなかったもんね。
「まぁ、女の体のお前にゃわかんねぇだろうけど、いいもんだぞ」
「そ、そうなの?」
「相手の意外な一面と自身の知らなかった一面を見ることもあるしな」
「おお!」
なんか凄いドキドキする。 アーチャーもランサーも大人だ!
「そ、それで、それで!?」
「まぁまぁ、落ち着け少年……じゃなかった、チビ助」
焦らすなよー! と叫びたくなるけどここはグッと我慢だ。 経験豊富(そう)なランサーの話を聞き漏らすわけにはいかない。
そう思ってあたしが顔をぐぐぐ……とランサーに近づけたところで、ランサーとアーチャーの体が前方へ飛び込むように吹き飛んでいった。
「へ?」
逆にあたしの体は後方へと凄い勢いで引き込まれ、顔の周りが温かくて柔らかい感触に包まれた。
「アンタ達、よりにもよって詩露相手に猥談って何考えてんのよ!」
「そうよ! シロが穢れるじゃない!」
「二人には後で灸を据える必要がありそうですね」
三者三様にアーチャーとランサーを攻め立てるが、話題を振った張本人としては居た堪れなくなる。
「あ、あの、みんな。 そうじゃなくって……」
「大体アーチャー! 詩露はアンタにとって半分はアンタの娘と同じなのよ! なのに何やってんの!」
「ちょっと待て! 本人というところは百歩譲って認めたとして、娘は関係ないだろう!」
「アンタこそ何云ってるのよ! アンタの娘だって遺伝子の半分はアンタのものだったんだから、よく見れば似てるはずよ!」
ほら! といってあたしの顎を掴んでズイッとアーチャーに見せ付けるように差し出すと、暫く困惑気味にあたしを見ていたアーチャーが急に項垂れだした。
「す、すまない。 お父さんが悪かったからそんな目で見ないでくれ……」
「ちょ、ちょっとー!」
あたしはただ見ていただけのつもりだったんだけど、なんだかアーチャーのトラウマに触れてしまったようで、いきなりブツブツと呟きながら懺悔をしだした。 なにやらかしたのアーチャー。
そのまま屍と化したアーチャーとランサーは正座させられたままマスター・コンビにお説教を受けていたが、あたしはセイバーから鞘の合格をもらうことができて舞い上がっていた。
「ほんと!? 本当にちゃんと機能する!?」
「えぇ、これなら私の鞘といって問題ありません。 頑張りましたねシロ」
セイバーはあたしを抱きしめながら耳元で囁くように褒めてくれた。
ついにできたんだ! ……でもこれで、ついにセイバーとはお別れなんだ。 ちょっと寂しいけどセイバーの為なんだし、我侭云っちゃダメだよね。
「ありがとう。 時間かかってごめんね、セイバー」
「いえ、私達は時間に縛られない存在。 どれだけ時間がかかっても、シロが気に病む必要はありません」
「うん、じゃあこれ」
セイバーから体を離して鞘を渡そうとしたけど、セイバーは首を振って受け取りを拒んだ。 え、なんで?
「それはもうシロの物でもあるのです。 ですから今はシロがお持ちください」
「ダ、ダメだよ、そんな。
これはセイバーの物なんだし、聖杯戦争で得られなかった聖杯の代わりの報酬なんだから。 受け取ってくれなきゃ」
セイバーに押し付けるように鞘を差し出しているというのにセイバーは全く意に介さず、微笑むばかりで受け取る素振りを見せない。 困ったな。 これじゃ本当に受け取ってもらえそうにない。
「大丈夫です。 最後にはしっかり受け取ります。 ですからその時までシロが預かっておいて下さい。
サーヴァントとして貴方に仕えるという契約はまだ有効なのですよ。 ですから従者として、貴方の身の安全の為にも鞘はシロが持っていて下さい」
セイバーが鞘を持っているあたしの手に手を重ねて微笑む。
「それともシロは私と一緒にいるのは嫌ですか?
とっとと元の時代に帰れと?」
「ち、ちがっ! そんなことないよ! セイバーと一緒に居られるならそのほうが楽しいよ。
でもいいの? セイバーは何か目的があって聖杯を求めているんでしょ? それを先延ばしにすることになるんだよ?」
「勿論です。 それに、先程もいいましたが私達に時間は関係ありません。 この時代でどれだけ過ごそうと、私達には一瞬の時間も経過しないのですから」
再び抱きしめられて諭すように囁くセイバー。
そうまで云われたら無碍にすることはできない。 だってこれはセイバーにとってとても大事なもので、それをあたしの為に預けてくれるって云うんだ。 だったらセイバーを、そして彼女の気持ちを大事にするのと同じように大切にしないと。
「わかった。 これはあたしが死ぬまで預かる。 それでいい?」
「はい」
「でも、身の安全の為っていうけど聖杯戦争が終わった今、鞘が必要になるような危険なことってそうそうないと思うんだけど」
苦笑しつつも過保護とも思えるセイバーの言葉に答えたけど、みんなが怪訝そうにこっちを見た。 え、なんで?
「シロは気付いていないかも知れませんが、貴方の無鉄砲ぶりは相変わらずです。 今のままなら一度と云わずこれから先も鞘の存在は貴方を助けるでしょう」
やや呆れながらそういうセイバーにみんな同じように思っていたのか、うんうん、と頷きあっていた。 ……失礼な。
その後、再び体内に鞘を戻した後イリヤから一つの提案というか、お願いをされた。
「鞘を投影して欲しい?」
「そう、できないかな?」
唇に指を当てながら小首を傾げるイリヤの姿は大きくなる前そのままなのに、今の姿でやるとなんでか妖艶な雰囲気になる。
「多分できると思うよ。 ――投影(トレース)、開始(オン)」
今見たばかりの鞘を投影する。 アーチャーの説明だと剣以外のものはまともに投影できず、防具に関しては通常の二~三倍の魔力を消費する筈なのに、下手な剣より楽に投影できた。
理由はわからないけどあたしと鞘の相性はいいようで、あんな短時間で投影したにも関わらず、精度までかなりのものと思われる。
「これでいい?」
「ん、どれどれ。 ……セイバーはこれが投影だってわかる?」
「私ですか? いえ、この精度であれば私には区別がつきません」
セイバーのお墨付きをもらったイリヤはご満悦のようで、鞘を抱きしめながらあたしのことを下から覗き込むようにして顔を近づけてきた。
「ねぇ~シロ。 これ頂戴?」
「え、うん。 いいけどどうし……」
「ありがとうー!」
「うわ、ちょっ!」
そのまま鞘ごと抱きしめられて押し倒してくるイリヤ。
なんでイリヤは一々押し倒すのー! というか、お風呂に一緒に入ってから、またイリヤのスキンシップが激しくなってきているような気がする。
嬉しいような恥ずかしいような。 正直どうリアクションしていいかわからないから、困るんですけどー!
「それどうするの、イリヤ?」
「アインツベルンに持って帰って、シロウの捜索に区切りを付けようと思って」
押し倒されたまま、あたしに覆い被さっているイリヤを見上げて問いかけると、意外な答えが返ってきた。
あ、そうか。 イリヤが冬木にいるのは、”衛宮 士郎の探索”ってことになってるんだっけ。 あくまで口実だったし、イリヤも捜索している素振りすら見せてなかったからすっかり忘れてた。
「そういえば、イリヤが大きくなってることに関してアインツベルンはどう思ってるの?」
お家のことってあまり聞いてはいけないかと思ったんだけど、アインツベルンでのイリヤの立場というのに興味が湧いて聞いてみた。
実際、今のイリヤは彼女個人では有り得ない状況のはず。 だとしたら、キャスターの存在もアインツベルンにも知られているんだろうか。 そして、肉体の性能を引き出したその知識と技術はどう思われているんだろう。