あのお泊り会以降も綾子は何かとあたしや凛と遊ぶようになったが、学校の中ではそれほど一緒にいることはなかった。
彼女は弓道に入れ込んでいたし、昼や放課後は部活の面子と忙しそうに、でも楽しそうに過ごしていたから、自然と一緒に過ごすのは休日の部活のない日に限られた。
代わりに仲良くなったのが氷室鐘。 偶然出席番号が一番違いで、シャーペンの芯の貸し借りや、プリントの内容を確認したりということをしているうちに、いつの間にか打ち解けていた。
『剣製少女/固有結界 第一話 1-2』
「なに?」
「いや、詩露は絵になると思っただけだ」
時々あたしの事をジッっと見つめることがある鐘に、思い切って聞いてみると思いもよらない事を微笑みながら云ってきた。
鐘は絵を見るのが好きらしく、自ら絵画の目利きに関してかなりの自信を持っていて、休み時間にその薀蓄を披露してくれたりもしていた。
その関係か高校に入学したら美術部に入ろうと思っていたらしいが、楓の強引な勧誘によって陸上部に入部することになってしまったとか。 楓は家が贔屓にしている呉服問屋の子だけど、確かに藤ねえに通じるものがあるしね。 あの勢いで迫られると、きついものがあるんだろう。
それにしても、あたしが絵になるって……。
「そう? そんなことないと思うんだけど」
「まぁ私の主観だからな。 気にするな」
あたしの答えにニヒルに微笑む鐘。
なんというか、あたしの周りにいる子はかっこいい子が多いような気がする。
凛もそうだけど、サーヴァントのみんなは死線を潜り抜けてきた貫禄みたいなものがあるし、綾子や鐘もしっかりとした”自分”っていうものを持っていて、そこからくる自信というか、信念のようなものが感じられてかっこいいなと、あたしは思う。
「はは、ありがとう。 鐘は美術部に入れば良かったのにね」
「そう思っていた時期もあったのだがな。 意外に性に合っていたようで、今では私自身楽しんでいる」
鐘のこういう処は大人だと思う。
あたしはどちらかと云うと流されてしまうタイプだけど、鐘はしっかりと見極めてその上で選択している。 きっと自分に合わないと思っていたら、無理に続けず美術部に入部していたんだろう。
「そうだ、たまには一緒に昼食でもどうだ?」
「うん、いいよ」
凛に確認してないけど、折角のお誘いだし。 突然ではあったけど、たまにはいいかと思って誘いを受ける事にした。
(アンタ……)
(え、なんかマズかった?)
あたしが昼食を鐘達と一緒に摂ることを告げると、凛は表面上にこやかにしてはいたものの、ラインを通じて溜息混じりに苦情を云ってきた。
(わたしも三枝さんに再三誘われてたんだけど、断ってたのよ)
(なんで?)
凛が三枝さんに誘われていた事も知らなかったけど、さらにそれを断っていたとは。 ……もしかして、三枝さんのこと嫌いとか? あたしはよく知らないけど、三枝さんってあの大人しそうな子でしょ。 なんで断ってたんだろ。
(なんか三枝さんって相手の気を緩めるっていうか、警戒心持たせないから”地”が出そうなのよ)
あぁ、確かに。 彼女はどっちかって云うと癒し系だもんね。 凛としては、ついうっかり本性晒しちゃうのが怖いのか。
(じゃあ三枝さんには悪いけど、あたしが引き付けておくよ)
(頼んだわ。 わたしは氷室さんと蒔寺さんの相手しておくから)
なんてやり取りとしている脇で、陸上部三人娘は盛り上がっていた。
「よかったな、由紀香」
「う、うん。 鐘ちゃんのお陰だよ。 あ、わたし変じゃないかな?」
「大丈夫だ由紀っち。 由紀を可愛くないなんて云う奴がいたら、あたしがとっちめてやる!」
楓はいつも通りとは云え、もしかしてこの状況は鐘に嵌められたのか?
凛を上手く誘えない三枝さんの代わりに、鐘があたしを誘うことで凛を引き込んだのかな? だとしたら、意外と侮れないな、氷室鐘。 結構な策士だ。
「へぇ~これ三枝さんが作ったんだ。 料理上手なんだね」
「ううん、藤村さんのほうが凄いよ。 わたしこんな美味しい和食、お店でしか食べた事ないもん」
「そんな事ないって。 あ、あたしは詩露でいいよ」
「じゃあ、わたしも由紀香で」
ほにゃっと微笑む三枝さん、改め由紀香。
いいなぁ、由紀香。 思わずつられて微笑んじゃったよ。 癒しだ。
凛との打ち合わせ通り由紀香に積極的に話しかけていたんだけど、あたしと凛のお弁当の内容が同じだったことから料理談義になった。
そのままお互いのおかずを交換したり、レシピの話をしている内に由紀香の料理の腕がかなりのものだということがわかった。
しかも味だけじゃなくって、献立とか配置とか凄く気が利いていて、最後まで飽きささせず、彩りも綺麗で目でも楽しめる。
うん、今度参考にしよう。 あたしのお弁当って和食中心だから、どうしても彩りに欠ける所があるんだよね。
「これじゃあ遠坂さんが毎回お昼こっそり食べるのわかるよ。 みんなの前で食べたら絶対とられちゃうもん」
「そんなこ……とないよ」
由紀香はこっちを見ていて気付いていないようだけど、あたしの目の前では実際楓が凛のお弁当からおかずを強奪してたりするんだけど、見なかったことにしよう。 凛のゲージがどんどん上がっていっていて、いつ爆発するかと正直心臓に悪い。
「由紀香の料理も美味しいよ」
「そ、そんな、わたしなんて……!」
「まぁ、料理の苦手な私からすればどちらも甲乙つけ難いレベルで、これだけ作れれば大したものだと思うがな」
あたしが褒めると、由紀香は慌てて両手を振りながら謙遜してきたけど、本気で由紀香の料理は美味しいと思う。
そして、そんなあたし達の話に鐘が入ってきたが、そっか。 鐘は料理が苦手なのか。 なんとなく、イメージで和服に割烹着が似合う気がしていたんだけど。
それにしても由紀香は可愛いなぁ~。 なんというか、雰囲気が小動物っていうか、草食動物みたいで兎や小鳥のようだ。
「詩露ちゃんって可愛いよね。 なんか仔猫みたい」
こっちをジィ~ッと見ていた由紀香が突然あたしの事を褒めてきた。
あたしの考えていた事を読まれたんじゃないかってタイミングだったから、思わずドキッとしてしまったけど、可愛いのは由紀香の方だと思うな。
「そうだな。 活動的ではあっても蒔の字のように煩いこともなく、線の細いところが彷彿とさせるな」
そっか。 あたしのイメージってそんな感じだったのか。 自分のことって意外にわからないもんだな。 まぁ、あたしが可愛いっていうのはお世辞として。
「そんなことないよ。 由紀香のほうが兎みたいで可愛いよ」
「え! そ、そんな! わ、わたしなんて……」
顔を真っ赤にしながらワタワタと照れてる由紀香。
ん~やっぱり可愛い! 今なら桜の気持ちもちょっとわかるかも!
ぎゅ~ってしたい。 あ、でも身長差考えたら逆になっちゃうか。 でもそれもいいなぁ~♪
「「へへ」」
思わず由紀香と笑顔が重なる。 ん~癒しだ! この笑顔の為だったら、あたしなんだってしちゃうよ!
「なにこの癒しの空間」
「そうだな。 見ているだけでα波出まくりだ」
「いいわね。 それと蒔寺さん。 それ以上持っていったらさすがに怒りますよ?」
「う……お、おう。 遠坂ってこえぇ~んだな」
なんか、凛達だけじゃなくって外野がざわついてるけど気にしない。 今は由紀香の笑顔を堪能するほうが大事だしね!
「わたし弟はいっぱいいるけど、妹はいないから詩露ちゃんみたいな妹が欲しかったな~」
「あたしも由紀香みたいな姉が欲しかったよ……」
せっかく癒されていたのに、一気に現実に引き戻された。 あたしの姉って、あの二人だしね。
いや、二人には二人のいい所があるんだけど、世間一般でいう”姉”っていうのとはちょっと違うというか、一緒にいると楽しいんだけど落ち着けないっていうか……。
そういえば由紀香みたいなタイプってあたしの周りには居なかったな。
一番近いといえば桜なんだろうけど、由紀香は桜と違って優しいだけじゃなくって頼りがいがあって、本当にお姉さんみたいな感じだ。
うん、凛には悪いけどまた一緒にお昼をするのもいいかな。
そんな感じで学校にも慣れてきた頃、もうすぐ夏休みという時期にとんでもない知らせが入った。
「に、妊娠!?」
「そう。 まだ男の子か女の子のどっちかわかってない……というより、知ろうとしていないんだけど、二ヶ月よ」
う、うそー! だ、だってサーヴァントが妊娠ってできるの!?
酷い云い方だけど、サーヴァントは死者だ。 どれだけ人間のように見えても、その肉体は生命活動を行っているわけじゃない。
当然男性の精を受けたからといって、自分の体内で育むことができるとは思えないんだけど……。
で、でもこういうこと聞くのって気が引けるしなぁ~。 キャスターも凄くいい笑顔だし、水を差すのも悪い気がする。
「お、おめでとう。 もう名前は決まってるの?」
「ふふ、宗一郎様と私から一文字ずつ取って”メソ”って付けようと思ってるのよ。 可愛いでしょ」
一瞬にしてお祝いムードが吹き飛んで、みんな堅い表情のまま押し黙ってしまった。
め……めそ? え? どんな字? じゃなくって、……正気?
「え……っと、それ葛木先生も知ってるの?」
「いいえ。 ……あの、忌み言葉だったかしら? なんか反応が今一つなんだけど」
凛が動揺しながらも、遠回しにキャスターのセンスに疑問を投げかける。
キャスターも自信があったのか傷ついたような表情のまま、当惑しているけど、まぁ、彼女は日本人じゃないし、一文字ずつもらうっていうことの意味を理解していなかったんだからしょうがないとは云え、このままだと子供の将来が可哀想だ。
そう思ってあたしが説明すると、キャスターは落ち込みながらも納得してくれたようで、名前を変えることにしてくれた。
まぁ、今は大聖杯がないから知識を引き出すこともできないし、こういう勘違いはしょうがないよね。
「はぁ、せっかく良い名前思いついたと思ったのに……」
「いいじゃない。 まだまだ時間はあるんだから、なんて名前にするか考えながら過ごすのも楽しいでしょ」
落ち込んでいたキャスターだったけど、凛の言葉に頬を染めながら嬉しそうに頷いていた。
そうだな。 今度みんなで命名辞典でも贈ってあげよう。
「それにしてもビックリしたね。 キャスターのことだから何か魔術を使ったんだろうけど、まさかサーヴァントが妊娠なんてね」
キャスターが帰った後、夕飯を食べながら凛に聞いてみた。
今日は藤ねえが仕事で来れないから、堂々と魔術関係の話題も出せる。 そろそろ夏休みだから通知表の準備とかあるんだろう。
「え、えぇ。 そうね……」
「ん?」
なんと云うか歯切れが悪い。 あたしとしては、ちょっとした疑問ってだけだったのに、凛は視線が泳いでいるし挙動不審だ。 ……もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな?
でも凛はキャスターの弟子なんだし、何か知ってるかと思ったのに……いや、知ってるからこそ慌ててる?
「いいのよ、リン。 シロ、後で私が教えてあげる」
「イリヤが?」
凛をフォローするようにイリヤが割って入ってくる。
まぁ、イリヤも知ってても不思議じゃないんだろうけど、なんで凛はそんなに心配そうにしてるんだろ? 悪い知らせとかじゃないよね? みんなして意味有り気にされると不安になってくるんだけど……。
「い、いいけど、良くない話ってわけじゃないよね?」
「ふふ大丈夫、心配しないで。
そうね、じゃあ今日こそ一緒にお風呂入りながらっていうのはどう? お風呂に浸かりながら、色々教えてあげる」
しまった。 それは、あたしにとって良くない知らせだ。
というか、お風呂に入るだけでなんでそんな妖艶に微笑みながら云うんですか、マイ・シスター。 何教えるつもりのか心配になってくるんですけど……。
とはいえ、やっぱり気になるしなぁ~……。
「うぅ~、きょ、今日だけだよ?」
「やったー!」
いや、そこまで喜ぶようなこと?
そりゃイリヤの体系変わってから一度も一緒に入ってないから、一年半ぶりぐらいだけど。 そんなに喜ばれても、期待に応えられるような体系じゃないんだけどな~。