「なんてこと、弱ったわ! どんどん遅くなってしまう!」
枯葉の山に落ちたあたしが体を起こすと、目の前をイリヤが駆け抜けていった。
「あ、ちょっとイリヤ! 待ってよ!」
イリヤを追い駆ける前にダイナが怪我をしていないか確かめようとしたら、何処にも見当たらなかった。
もしかしたら、さっきの衝撃に驚いて逃げてしまったのかも知れない。 ……可哀想なことしちゃったかな?
『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-2』
イリヤの後を追い駆けていくと、天井の低い長い広間に辿り着いた。 広間は天井から下がった一列のランプで照らされており、周囲の壁には広間をぐるりと囲むように幾つもの扉があった。
「お城の地下……かな?」
決して絢爛豪華な感じはしないけど、非常口用の部屋だから敢えて質素にしているとか?
とういことは、この扉も本物は一つだけで残りは防犯用の罠って可能性が高いな。
そう結論付け全ての扉を解析していく。
扉はどういうわけか一つしか解析できず、残りは扉だけでなく、向こうがどうなっているかもわからなかった。
「ん~やっぱりアインツベルンの魔術で解析……というより、魔術が妨害されているってことかな?
でもそうすると、解析できる扉が一番危険ってことになりそうだけど」
とはいえ、解析した限り罠はない。 やっぱり開けるとしたらこの扉しかないか。
「投影(トレース)、開始(オン)」
投影した針金を使って、四十センチほどしかない扉の鍵穴を弄って開錠してみると、扉の向こうは拳大の小さな穴しか開いていない。 これではいくらあたしが小さいからといって、中を通っていくことは不可能だし、何よりイリヤがここを通って行ったとは考えられない。
「通路の向こう側は庭園になってる。 ってことは、少なくとも人の手が入れられているってことだよね」
どうしたものか。
どちらにしても、この大きさじゃ通ることは出来ないし。
「まぁ、イリヤなら謝れば許してくれるだろうし、いざとなったら魔術で直せばいいか。
ごめんね、イリヤ」
ここには居ないけど、一応イリヤに謝って大量の日本刀を射出するべく投影した。
「って、ちょっとアノ馬鹿! 鍵を使わなかっただけじゃなくって、薬も飲まずに壁を破壊する気じゃないでしょうね!」
「いや、そのつもりでしょ?」
わたし達が見守る中、詩露は二十を越える数の刀を投影して今にも射出しようとしている。
そんな詩露をイリヤは気にした様子も見せずに見守っているけど、この子事態がわかってないのかしら?
「アンタね、このまま詩露がストーリー滅茶苦茶にしたら、ここから出られないのよ?」
「じゃあどうするの? 兔と猫が声を掛けたってストーリーは壊れるんだから、私たちは見守ることしかできないじゃない」
「そりゃそ……って、詩露、ちょっと待った!」
「詩露、ちょっと待った!」
「え?」
あたしが投影で作った日本刀を射出した瞬間凛の声が聞こえた気がして振り返ると、ねこ耳カチューシャを着けた凛が見えた気がした。 ……気のせいかな?
とにかく、無理矢理広げた通路を匍匐全身で進んでいくが、これは狭い。 しかも、天井から時々土が落ちてきたりするから、崩さないよう気をつけて進まなきゃ最悪生き埋めになりかねない。
しばらくそうして進んでいくと、視界が日の光に照らされる。
「よいしょ。 出れたぁ~……あ?」
通路を抜けて庭園に出れた……いや、出れる筈だったのに、目の前は鉄格子が塞いでいた。
……なんでよ?
「あら、お目覚め? さ、腕を出して頂戴」
「凛?」
なんでか黒のローブを身に纏った凛が、格子越しにあたしを見ていた。
というか、あたしまた服着替えてる? 今度は茶のパンツに白のゴワゴワした半袖シャツに黒のベストだった。
「ねぇ凛。 パーティーは? もしかして、ここが会場?」
「い、いいから腕を出しなさい」
よくわからないけど、あたしの腕にご執心な様子の凛。 令呪のある方でいいのかな?
「はい」
「ふん、まだまだガリガリね。 もっと太ってからじゃないと食べられないわ。 ほらお食べ」
あたしの腕をムニムニと撫で回した凛は失礼な事を云ってから、鉄格子の下にある隙間から食事を差し入れてきた。 痩せてるの気にしてるって知ってるくせに。
メニューはお得意の中華で、ヤキソバ、酢豚、ワンタンスープだ。 でも……
「凛、あたしこんなに食べれないよ」
「う……、い、いいから食べなさい!」
あまりの量に困って凛に抗議すると、凛も一瞬怯んだものの不機嫌に食べるよう薦めてくる。 もしかしたら、あたしがパーティーに遅れたことに怒った罰とか? いやいや、凛もあたしも罰に食べ物は使わない。 そんな勿体無いことするぐらいだったら、直接体に制裁するもんね。
「い、頂きます」
凛の意図がわからないけど、中華は冷めたら不味くなる。 せっかく凛が作ってくれたんだ、頑張って三分の一ぐらいは食べないと。
……とはいえ、これってセイバーが食べるような量だから、絶対食べきれないよね。
「よしよし、後の事はグレーテルに任せるから頼んだわよ」
グレーテル? そんなお客様まで来てたのか。 挨拶してないな。
ヤキソバを咀嚼していると、凛が聞きなれない名前を告げる。
アインツベルンは千年続く魔術の大家。 きっとお客様も頻繁に来たりするんだろう。 イリヤが恥をかかないように、後できちんとご挨拶……
「あぁ、任された。 ところで、凛……いや、ご主人様。 皿は洗ってしまって構わないのだろう?」
「んぐ、んぐ、んっ……ぶふぁ!!」
め、目の前に……女装した…………アーチャーが。
凛と入れ替わるように現れた大柄なスカート姿の人物がしゃがみ込むと、それはアーチャーだった。
ご丁寧に頭にリボンを付け、スカートもエプロン・ドレス風のヒラヒラしたものなのに、服を引き裂かんばかりに盛り上がった筋肉の所為で全然可憐じゃない。 それどころか、普通スカートを穿けばシルエットは三角形になる筈なのに、アーチャーの場合スカートにも関わらず広い肩幅の所為で逆三角形になってるし。
もう、やだコイツ。 やっと色情魔の疑いが晴れたと思ったら今度は女装とか。 あたしは自分の将来を真剣に亡き者にしたくなってきた。
「く……小娘、貴様…………。 いや、今はまぁいい。 手を出せ」
「げ、げほ、かはっ! ア、アンタ……けほっ…………それ似合うと思ってやってるのか?」
頭からあたしの噴き出したヤキソバを垂らしながら、苦々しげに命令してくるアーチャー。
また手か。 でも今はそれよりアーチャーの精神を確かめるほうが先だ。 もし本気でこの格好を似合うと思ってやってるんだったら、凛には悪いけどアーチャーをここで葬っておかなくては。 こんな未来、あたしはいらない!
「き、貴様には……私が望んでこの格好をしているように見えるのか?」
奥歯を食いしばりながら、歯の隙間から搾り出すように声を出すアーチャー。 顔も怒りの為か羞恥によるものか、青筋を浮かべながら真っ赤になっている。 というか、服がミシミシいってて破けそうだ。
でも良かった、まだまともな精神は持ち合わせていたようだ。
「ええい、いいから手を出せ! そうすればこの茶番も終わらせられるんだ!」
「茶番?」
あたしの疑問に明らかに狼狽するアーチャー。
あぁ! アーチャーもパーティーに遅れて罰ゲームを受けているのか!
なるほど、だからこんな格好させられたのか、可哀想に。
「いいよ、さっさと終わらせよう。 はい」
あたしが鉄格子越しに手を出すと、アーチャーは溜息をついてその手を握った。
「はぁ、いくぞ? ”お兄様ご安心下さい。 すぐに私がここから出して差し上げますから”」
お兄様って……。 あたし今女なんですけど。
アーチャーはあたしの手を握りながら、やる気のなさそうにそう告げるとあたしの手を離し、何かを待っているように黙った。
「あのさ、開けるだけだったら簡単じゃない?
だってほら、こうすれば……」
「あ、馬鹿者! 貴様……」
アーチャーから離された手で鉄格子を掴み、”わざと”強化を失敗させて破壊する。
鉄格子はパキッという音を立てると、あたしの手で引っ張っても簡単に外れるぐらい完全に破壊されていた。
「ほら、こうすれば……って、アーチャー?」
あたしが破壊した格子をアーチャーに確認させようとしたら、いつの間にかアーチャーが居なくなっていた。
なんで? もしかして壊しちゃいけない物だったとか? ……あたしを置いて逃げた!?
ってことは、あたしもこのままここに留まっているとイリヤか凛に怒られるとか。
最近のお仕置きはセクハラだからなぁ~。 ……あたしも逃げよ。
決断すれば後は実行のみ。 残りの格子も破壊して、一目散に扉を潜って逃げ出した。
と、途端、あまりの重みに耐えられず、その場に座り込んでしまった。
「な、なにこれ?」
あたしはまた着替えさせられていて、今度の格好は大鎧。 兜を着けていない武者姿だった。
「な、なんで? というか、さすがにこの格好は一瞬で着替えさせられないでしょ!?
……もしかして、カ、カレイド・ステッキ!?」
凛から聞いたことがある。 幼少の頃の凛がそのステッキによって交友関係を破壊された忌まわしい杖。 かの宝石の翁が作り出したと云われる魔術礼装。 まさかあれが起動して、あたしのことをおちょくっている?
でもアレは確か”遠坂”でないと起動しないし、魔女っ子になるという話だった。 何より凛はその時体を乗っ取られていた筈。
今のあたしは状況は理解できてないけど、自意識はあるし体が乗っ取られている自覚はない。
ということは、これは……?
「ようよう、お前桃太郎ってんだろ?。 俺に黍団子よこせ。 そうすりゃ鬼退治に付き合ってやるからよ」
地面に座り込んでいたあたしを見下ろして、ランサーがいつの間にか現れていた。
ランサーは聖杯戦争の時を彷彿とさせる蒼い戦闘服に、愛槍である赤い槍を肩に担いでいる。
「なにやってんの、ランサー?」
「ランサーじゃねぇ、今の俺は”犬”だ」
「犬?」
「犬っていうんじゃねーっ!!}
「うおっ!」
自分のことを犬と云うのでそう呼んだら怒られた。 ……どうしろっていうの?
「いいから、さっさと団子よこせっての!」
「団子なんてあたし……」
あたしに手を差し出してくるランサーの剣幕に押され、持っているものを確認していくと確かに日本刀を差しているのとは反対側に、巾着袋に入れられた何かがあった。
中を確認してみると、確かにお団子らしきものが入っている。
「これ?」
「おぉそれだ、それ。 これでやっと……うげ、不味いな」
そりゃそうだ。 黍なんて今時食べる人そうそういない。 粟、稗ほどじゃないけど、お米みたいな糖度ないんだから団子にしたって美味しいものじゃない。
ランサーもそう思ったのか、ほとんど噛まずに飲み込んでしまった。 ……消化に悪そう。 お腹壊さなきゃいいけど。
「おら、とっとと立て。 行くぞ!」
「え、ちょ、何処行く気?」
あたしの腕を乱暴に掴んで立ち上がらせるランサーだったけど、あたしは鎧の重さによろけてしまう。
「何処って”鬼ヶ島”に決まってんだろ?」
「は?」
なんでここで鬼ヶ島? って、さっきそういえばあたしの事桃太郎っていってたっけ。 てことは、これ、パーティー用のイベントとか?
だったら、最後は鬼ヶ島のお宝でBINGO大会とか? あ、なんか楽しそう♪
にしても、わざわざ本物の大鎧使うなんて凝り性だな。 イリヤの演出っぽい。 ……でも、どうやって着替えさせたんだろう? ま、いいか。
「よし! そうとわかれば張り切っていこう!」
「お、なんだチビ助。 急に元気になりやがったな」
「チビ助じゃないってば!」
なんてじゃれ合いながら進んでいくと、今度は桜が現れた。
え~っと、順番的には犬、猿、雉だっけ? ってことは、桜は猿なんだ。 ……せっかく可愛いのによりにもよってな配役だなぁ。 イリヤ辺りの悪意を感じる。
「桃太郎ちゃん♪ 黍団子くださいな!」
「はいはい、桜も大変だね」
そういって黍団子を差し出しているのに、一向に受け取ろうとせずににこにこしている桜。
「……」
「…………」
「何?」
「あ~ん♪」
くそ、そうきたか。 最近色っぽくなってきた桜は、イリヤ同様構って上げていなかったからな。 ここぞとばかりに甘えてきたわけか。
まぁ、これぐらいはいいかな。
「はい」
「頂きます」
突然真剣な眼差しになった桜があたしの手を掴んで指をしゃぶり出す。
「い、いや! 駄目だって桜! ちょ、ほんとヤメッ!」
黍団子を口に入れたまま、ぴちゃぴちゃと音を立てながらあたしの指をしゃぶる桜。
くすぐったいような、気持ち悪いような何ともいえない感触が、指の先から掌まで伝っていく。
「……ふふ、詩露ちゃんの味がします♪」
……止めてそういうこと云うの。 それから、舌なめずりしながら妖艶な眼で見るのも禁止ね。
最近桜はキャスターと仲が良かったけど、こういうところは似ないで欲しい。 背中がぞわぞわして怖いから。