「ねぇねぇエヴァちゃん」
「師匠と呼ばんか」
ソファーに寝転んで凛とチェスをしているエヴァちゃんのスカートを引っ張って呼んだけど、振り向いてすらくれない。
「なんであたしの服だけこんなにフリフリなの?」
「私の趣味だ」
「……」
師匠っていう生き物は、弟子にフリフリ服を着せなくてはいけない決まりでもあるんだろうか?
凛、キャスター、エヴァちゃんとみんな揃って人のことをおもちゃにしてくれちゃって。
「それが嫌だというのなら、後はボンテージに……」
「い、いえ! これで結構でございます!」
あ、危なかった。 あの格好だけはいけない。 お尻がほとんど見えてるのもマズイけど、あの格好をすると凛と二人揃って「ワンと鳴け」とか、人としてすら扱ってくれなくなる。 あの格好だけは何があっても避け……
「そうだな、暇つぶしにまた調教してやるか」
そういって暗い目であたしの体を舐め回すように見つめ、ゆっくりと体を起こすエヴァちゃん。
「ひぃっ! い、いやーっ!!」
『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-1』
──そんな夢を見た。
あたしは自分の叫び声に驚いて眼を覚ますと、荒い息を整える為深呼吸をした。
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、悪夢だ……はぁ~」
胸の動機がなかなか収まらない。 なにが悲しくて、見た目自分と大して変わらない少女に調教されなくちゃならないのか。 そんな趣味はないっていってるのに、二人とも全然やめてくれないし……って、ここ何処?
周囲を見回してみても、アインツベルンの三階。 凛との実験に使っていた部屋でないことは一目瞭然だった。 というか、屋内ですらない。
自然豊かではあるもののアインツベルンの森とも違って開けていて、あたしは斜面の上に座っていた。 下方に川が流れているから何処かの土手のようだ。
「なんでいきなり外に……って、あたしまた着替えてるし!」
寝起きにあたしが着替えている事はよくある。 みんな人が寝ているのをいい事に、勝手に思い思いの服を着せて遊んでいるらしいんだけど、今回は桜とキャスターじゃないことだけは確かだ。
何しろ、二人が着替えさせたんだったら、アンダーが相当際どいものになっている筈だから。 お尻に食い込んでたりするから、脱いで確かめるまでもなくすぐわかる。
……ちなみに、ライダーだと穿いてないことすらあるけど。
「エプロン・ドレス? 凛かセイバーかな?」
こういうフリフリ系はみんな好きみたいだけど、エプロン・ドレスは二人の可能性が高い。
衛宮の家に移ってからメイド服を着なくなったのが寂しいのか、寝てる間にエプロン・ドレスを着せられていたことが何度かあり、そういう場合高確率で二人の機嫌がいい。
人一人着替えさせるなんて結構な重労働な筈なのに、みんなして何やってるんだか。
立ち上がってざっと自分の格好を確認したけど、赤の半袖ワンピースに襟、袖、エプロン、膝上のハイ・ソックスが白で、靴がダーク・ブラウンのローファーと、特に変わった格好ではないみたい。
……こういう格好が変わってないと思えるようになるなんて、あたしも変わったなぁ~。
「にしても、みんな何処にいるんだろ?
凛は失敗したって云いかけてたみたいだけど、そうするとここは……」
「やれやれ、遅くなっちゃうわ!」
「……イリヤ!?」
あたしが今の状況をどう判断したものかと腕組みしながら考えていると、バニー・ガールの格好をしたイリヤが目の前を駆けて行った。 ご丁寧にハイ・ヒールで。 しかも七センチぐらいありそうなピン・ヒール。
「ちょ、ちょっとイリヤ! 何処行くの? っていうか、ここ何処? みんなは……」
あたしが大声を出しながら追いかけているというのに、イリヤは全然気付いた様子を見せずに駆けて行き、途中ベストのポケットから懐中時計で時間を確認すると更にペースを上げて、そのまま垣根の下の大きな穴に飛び込んでしまった。
「垣根? なんで家もないのにこんな処に。 大体、人一人入れるような穴が空いてたら、垣根の意味ないんじゃ? ……あ!」
そうだ、これはきっとアインツベルンの脱出用の非常口なんだ!
よくお城にはいざという時の抜け穴があるっていうし、イリヤが通って行ったってことはここがアインツベルンのお城への近道!
バニー・ガールの格好をしていたのも凛の実験成功おめでとうパーティー用の仮装で、時間を気にしてたのもそろそろパーティーが始まろうとしているからだったんだな。 なら、あたしも急がないと。
結論が出てみればなんてことはない事だった。
実験の失敗であそこまで飛ばされたであろうあたしをみんなが心配しているかも知れないし、パーティーに遅れたら大変だ。 あたしも急いで帰らなきゃ。
そう思って穴を潜ったんだけど、当然日の光なんて全く届かず、中は完全な闇に閉ざされていた。
イリヤは多分魔術を使ってここを抜けていったんだろうけど、あたしには光を出す魔術なんて使えないから、解析で穴の形を確認してゆっくりと進む。
しばらく真っ直ぐ進んでいた穴だったんだけど、次第に下り坂になってくる。
「ふ~ん、もしかしてお城の地下に繋がってるん……って、ちょ、ちょっと待ったー!」
下り坂になっていた道が急に角度がきつくなる。
後ろに重心を傾けてゆっくり歩いていたのに、あまりにも急過ぎて足の踏ん張りが利かずに駆け足のようになりながら坂を下っていく。
マ、マズイ。 これってもしかして侵入者用のトラップに掛かっちゃったのかも!
本当は途中に横穴があって、そっちを進まなきゃいけなかったとか?
「ト、ト、ト、トレ、投影(トレース)、開始(オン)!」
ほとんど垂直になり始めていた坂に脇差を投影して地面に突き刺し、なんとか止まろうとしたけどすぐに砕けてしまう。 投影を繰り返して六本目でやっと止まれたけど、あたしは壁にぶら下がっているような状態で身動きできなくなっていた。
「び、びっくりしたぁ~……」
もしかしたらこのまま進むと竹槍とかがあって、ぷすって刺さってたのかも。 さすがアインツベルン。 セキュリティーも抜かりがない。
とにかく、こんなところでぶら下がってても仕方ない。 投影を使って足場を作らな……
「へ?」
上に戻る算段を考えていたら、突然手の中の脇差の感触が軽くなる。
柄はしっかりとした手応えを返しているものの、あたしの体重を支えていた筈の脇差が壁からすっぽ抜けていた。 いや、抜けたんじゃない。 壁が消えてる!
解析したのに、自分の周囲はなにもない空間が広がっている。 しかも、
「う、うわ、うっぷ! ちょ、待って!」
いつの間にか落下し始めていたあたしは、スカートがバッサ、バッサと捲くれてしまって顔にかかり、視界を覆っている。
「う、ちょ、な、なんでよ~!」
慌てて足を閉じてスカートの前を押さえたものの、そんなことをしてもお尻の方は捲れたまま。
後ろを押さえようとして、また前が捲れてきたので両手で前と後ろを押さえても、横からめくれてしまう。
「なんなのこれ~!」
誰に向けるでもなく怒りが湧いてくるけど、叫んでいても事態は好転してくれない。
なんとか気持ちを落ち着けて前を足の間に挟んで、後ろを足を折り曲げてスカートの裾を挟みこむ。
なんか、空中で正座みたいな格好してるのって、凄く間抜けだ……。
とはいえ、これでなんとかスカートが捲くれる心配だけはなくなったと、落ち着いて周囲を確認してみると、戸棚や本棚、絵や地図が掛けられている。
「なんで灯が……というか、落下速度が遅い?」
凛やイリヤならともかく、あたしに重力制御の魔術なんて使えない。 無意識に何か使ってるってこともない様だし、アインツベルンの魔術と考えるのが妥当かな?
「だとしたら、ルートはこっちで正解だったのかな?」
周囲にあるものを眺めながら地表に届くのを待っているんだけど、一向に終わりが見えてこない。 視力を魔力で水増ししても底が見えてこないって、どれだけ深いんだろ。
そんな状態が十分も続いただろうか。 本当は着地に備えて緊張していなければならないんだろうけど、あたしは次第にウトウトとし始めた。
「にゃ~」
「うおっ!」
急な猫の鳴き声に驚いて目を覚ますと、あたしは猫と手を繋いで歩いていた。
猫は長毛種の白い子でなかなか可愛い顔をしていたが、なんでか二足歩行をしている。
「え? あれ? お前何処の子?」
手を繋いだまま猫を見下ろすがさすがに猫が返事をするわけもなく、黒い縦長の瞳が黄色い眼に囲まれてあたしをジッと見上げていた。
「ふふ、可愛いね。 よいしょ、迷子かな?」
あたしは猫を膝に抱き上げ頬擦りしてみたけど、猫は嫌がる素振りも見せずに大人しくしていた。
ん~温かい♪
「「いやいや、可愛いのはアンタ(シロ)だから」」
詩露が満面の笑顔で猫……”ダイナ”を抱えているのを見て、思わずわたしとイリヤの声が重なる。 ダイナはアリスの飼い猫で、今は詩露の飼い猫という設定だ。
ここは「不思議の国のアリス」の世界。 わたしの魔術の失敗で、アインツベルンの城を中心に全ての可能性が引き寄せられてしまった所為で作られた世界だ。
わたし達はそれぞれこの世界で与えられた役割を演じ、この物語を終える事でこの世界を脱出する事ができる……筈。
ちなみにわたしは”チェシャ猫”。 イリヤが”白兔”。
イリヤは全身白のバニー・ガール姿に黒のベストを着ているけど、わたしはノースリーブの膝丈ワンピに、襟、裾に加えて肩にファーが付いていて、頭にはご丁寧に猫耳カチャーシャまでついている。
「ふふ、こらくすぐったいってば」
「「やぁ~ん♪」」
わたし達は今劇には関係ない。
どれだけ大きな声を上げようと詩露に触れたり話しかけたりしなければ、彼女に認識されることがない。 それを利用してこうしてこっそり覗いていたら、目の前の詩露はダイナを気に入ったのか、すっかり夢中になって戯れ始めた。
さっきのスカートが捲くれて慌ててる姿も可愛かったけど、そうやって猫と戯れている詩露は、微笑ましいと同時になんだかとても愛しく感じてしまう。
「リン、私シロの傍に行って猫ごと抱きしめてきたい!」
「馬鹿! アンタが今行ったらお話が滅茶苦茶になっちゃうでしょ。 我慢しなさい。
大体アンタ、猫嫌いじゃない」
「いいのよ、アレはシロの可愛さを引き立てる為のオプションなんだから!」
オプションときたか……。
全く、嫌いなものすら克服させてしまうなんて、詩露の呪いも大したものね。
まぁ、こうして感染者同士で一緒にいるから余計……
「あ、こら。 そんなことしちゃ駄目だって」
「「くっはー!!」」
なんて考えていたら、ダイナが詩露の胸を前足で押し始め、わたしとイリヤはその場でのた打ち回ってしまった。
なんでも猫のマッサージは、仔猫がおっぱいの出を良くする為にやる行為と一緒で、甘えの一種だとか。
されている詩露も、困ったような、恥ずかしいような顔で頬を赤くしながら、でも嫌そうにはしていない。
「もう無理! リン、私行くわ!」
「だから、行くなって! ほら、薬上げるから」
スカートのポケットから包装紙に包まれた、消しゴムの半分くらいの塊をイリヤに渡す。
イリヤがそれを受け取って中身を確認すると突き返して、
「イチゴじゃなくって、レモンがいい」
「我がままねー」
というので、仕方なく付き返されたほうを自分の口に入れ、新しくポケットから出したレモン味の薬を渡すとイリヤは大人しく口に入れた。
これはキャスターから渡されている薬で、自分の理性に自信が持てなくなったら舐めるよう云われているアメだ。 なんでも一時的に詩露の呪いの症状を緩和してくれるとかで、一種の精神安定剤のようなものらしい。 ……最近は効きが悪いけど。
「あ! キ、キスした! くぅ~猫の癖に生意気な!
私だって最近、”おはようのキス”以外させてくれないのに!」
「……猫に嫉妬してるんじゃないわよ」
とはいえ、この状態は何時まで続くんだろう。
薬のお陰で落ち着いてはいるけど、あんな風に猫と戯れている詩露を見ているだけっていうのは、結構精神的に辛いものがあるわね。 イリヤじゃないけど、二つ揃ってお持ち帰り……じゃなかった。 撫で回したくなるわ。
「あ、首輪してる。 へぇ~、お前”ダイナ”っていう……」
詩露がここでやっと猫の名前に気が付いたが、全てを云い終わる前にバスンという音を立てて枯葉と枯れ枝の山に落下した。
ふぅ、これでなんとか次に進めそうね。
「ほら、そろそろアンタの出番でしょ。 早く行きなさい」
「ちぇ、シロに追いかけられるのはいいんだけど、どうせだったらそのまま捕まりたかったな」
なんて、口を尖らせていたイリヤだったけど、大人しく云われた通りに役を演じる為舞台へと上がっていった。
まぁ、わたしの出番はまだ先だから、もう少し観客として楽しませてもらいましょうか。