『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-1』
聖杯戦争から一年。 これといった事件もなく、あたし達は日常を謳歌していた。
凛は相変わらずだったけど、キャスターの授業でメキメキ実力をつけているらしく、第二魔法はともかく”遠坂の宿題”である宝石剣の完成にはかなりの自信をみせていて、自身の代……それが叶わなくても次の代で確実に届くだろうと豪語している。
桜は最近肉体的に成長著しい。
背は元々年の割には高い方だったけど、最近は特に女らしさに磨きが掛かってきて目のやり場に困ることもしばしばだ。
バゼットは義手のリハビリが済むとすぐに海外へ出かけていくようになったが拠点は冬木に定めたのか、ちょくちょく衛宮邸に顔を出しては一緒に食事をするようになった。
とは言え、工房は郊外の洋館に設けたらしく、食事時以外はそこで過ごす事の方が多いのだけど。
そしてイリヤは……
「ねぇ、シロ。 一緒にお風呂入ろ」
「ちょ、ちょっとイリヤ! 抱きついちゃ駄目だってば!」
「もう、最近冷たいんだから。 お姉ちゃん悲しいな」
「う……」
そう云いながら、胸を押し付けないでほしい。
土蔵で鍛錬をしていると、白いワンピース姿のイリヤがやって来て背中に抱きついてきた。
この一年でイリヤは急に背が伸びた。 遅れていた成長期が今さら来たとかいいながら、三十センチも伸びるのは成長期で済む問題なんだろうか。 と、疑問に思わなくもない。 ……本音では五センチでいいので分けて欲しいと、羨ましく思ってるだけだけど。
背が伸びた事に合わせて体も顔つきもグッと大人びて神秘的な容姿と相まって、今ではライダーやキャスターに引けを取らないほどの美人になってしまった。
正直、もう一緒にお風呂とかは恥ずかしくって勘弁してほしいんだけど、藤ねえとは普通に入っているのが悔しいのか、女の武器(涙)を使って何度となく攻めてくる。
でも、藤ねえは……ねぇ?
「ね、いいでしょ? 背中流してあげるから」
「で、でも、恥ずかしいから……」
あたしを横抱きにしながら見下ろしてくる赤い瞳。 その瞳を縁取る長い睫が、月明かりに照り返され仄かに光を帯び、白くて長い髪がサラサラと肩を流れ一房零れ落ちてあたしの頬をくすぐる。
「ん?」
再度あたしの返事を促すように微笑むイリヤ。 綺麗な薄紅色をした形のいい唇がくっと持ち上がり、優しげに微笑むその姿はとても艶やかで、見ているだけで息が苦しくなるほど胸が高鳴る。
そのまま直視し続けることが恥ずかしくなって顔を背けるが、頬に手を添えられ、そっと撫で付けられた後、頭の後ろに手をまわされ再び顔を向き直させられた。
そうして、暫くあたしの顔を覗き込んでいたイリヤが、今度は顔を近づけ、おでこに頬を押し当てながらあたしが逃げられないように、……でも優しく抱きしめる。
あたしの頭はイリヤの胸と顔によって完全に包まれていて、気が付くと体全体から力が抜けていた。
「ね、お風呂」
「はぁ……はぁ……うん…………」
あたしの目に触れそうなほど近くにあるイリヤの唇から漏れた吐息が鼻腔をくすぐる。
なんだか息苦しくて、酸欠になったように頭がぼ~っといているのに、体全体がお風呂上りのように火照って、下腹部からくるチリチリとした痛みを我慢する為、無意識に足をきつく閉じていた。
「じゃあ、入ろうか。 それとも……もう少しこうしてる?」
「も、もう少し……」
考えるより先に答えていた。
恥ずかしいけど気持ちいい。 そんな気がしてこのままイリヤから離れるのが勿体無くって、あたしは無意識にイリヤの腕を掴んでいた。
イリヤは一度強く抱きしめると、あたしの目やおでこにキスをしだした。 それは普段の”おはようのキス”とは違って、触れるか触れないかの微妙な感触で一回一回が酷く長くて、くすぐったいような気持ちいいようなよくわからない感触だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫?」
あたしから顔を離して見下ろして聞いてくるイリヤ。 その表情は心配しているというより、楽しそう……いや、むしろ嬉しそうだ。
あたしはもう体に力が入らないし息も絶え絶えで頷くのがやっとだった。 それを見たイリヤの指があたしの唇をなぞりながら、
「もっとしたい?」
と聞いてきた。 ここで頷いたら、次はたぶん口にされる。 それを意識するとイリヤの腕を掴んでいる指が震え始めてしまったけど、それでも意を決して
「いえ、そろそろお風呂に入って欲しいのですが」
「きゃっ!」
「あだっ!」
い、痛い!! ガンッ! って、ガンッていった!
突然現れたライダーに驚いたイリヤがあたしから手を離した所為で、土蔵の床に頭ぶつけちゃったよ!
余りの痛さにのたうち回っちゃったけど、お陰で体の力が戻ってきた。
「イ、イリヤ~……」
「ご、ごめん、大丈夫!?」
慌てたイリヤがあたしを抱き起こして優しく頭を撫でてくれる。
それにしてもビックリした。 ライダーってば急に現れるんだもんなぁ。 まさか気配遮断のスキルを身につけたとか?
「では伝えましたので」
「う、うん、ありがとう」
「今度はもっとタイミング考えてね」
ニッコリ笑っているのに、なんでか怖いイリヤ。
ライダーもいい笑顔になって、
「はい、ですので、一番いいタイミングを選びました」
と云って睨みあう。 まるで蛇とマングース……じゃなかった、人魚姫。
え……っと、それはもしかして覗いていたとか云いますか?
あたしはさっきまでの事を思い出して、顔が熱くなるのを感じて飛び出すように土蔵を逃げ出した。
「じゃ、じゃあ、お風呂入ってくる!」
「あ、ちょっと、シロ一緒に……もう! 今日こそと思ったのに、ライダーの所為なんだから!」
湯船に浸かりながら、土蔵でのことを思い出す。 それだけで熱くなる頬にお湯をかけて、火照りを誤魔化すと少しだけ気持ちが落ち着いた。
……危なかった。 いくらなんでも、あれは雰囲気に流されすぎだよね。
イリヤは元々可愛かったけど、大きくなったら神秘的な雰囲気が増して信じられないぐらいの美人になってしまった。 しかも、あまりにも急激に成長したものだからこっちが慣れるだけの猶予もなかった所為で、どうしても女性として意識してしまっていたけど、泣き落としから色仕掛けに作戦を変更してくるとは。 さすがアインツベルン、侮れん。
むぅ、と腕組みしながら唸ってみたけどこんなことしてても事態は好転しないし、今度から気をつければいいよね。 ……どうやって気をつければいいのかわかんないけど。
お風呂から上がって居間に行くと、みんなが集まってなにやら盛り上がっていた。
「お風呂上がったよ~」
「あぁ、じゃあ次はわたしね」
「いえ、私が」
「ライダー、マスターを差し置いてそれはないんじゃない?」
「ではシロのサーヴァントの私が」
「従者は一番最後ね。 姉の私が入るわ」
この家の一番風呂はいつもあたしだ。
この中で一番体が小さいし、湯船に浸かるにも体を洗うにしてもお湯をあまり使わないで済むからというのが理由なんだけど、二番風呂はいつもこうして大人気だ。
まぁ、後になればなるほどお湯も汚れてくるからわかるんだけど、いつも揉めてるんだからローテーション決めればいいのに。
それはともかく、凛帰って来てたんだ。
今日はキャスターの授業の日だったし、最近忙しそうにしてたからてっきり泊りかと思ってた。
「おかえり、凛。 今日は泊りじゃなかったんだ」
「ただいま。 わたしも泊りになるかと思ったんだけど、なんとか目処が立ってね」
そういった凛には若干疲労の色が見えてはいてもかなり晴々とした表情をしていて、授業の進み具合が順調なのが窺われる。
「それから明日、アインツベルンの城で大掛かりな実験するからアンタも付き合いなさい」
「実験? それってどんな?」
かなり上機嫌な凛が宣言した実験内容とは、
「平行世界からの波の観測! ”宝石剣のミニチュア” ……のミニチュアよ!」