柳洞寺の離れを訪れたわたし達は、上機嫌なキャスターに招き入れられた。
とはいえ、それほど広くは無い和室に六人の客は多すぎるということで、アーチャーを縁側に、ランサーを廊下に出した状態での歓迎ではあったが、
「私にむさいマッチョを持て成す趣味はないの」
と凄くいい笑顔で言われてしまっては仕方ない。
そんなキャスターにアーチャーは警戒する上で挟撃できる分都合がいいと考えたのか、一言も文句を言わなかったけどランサーはあからさまに詰まらなそうな顔をして、
「けっ、俺だってオバさんに持て成して貰っても……いでぇっ!」
なんて文句を言った瞬間、キャスターに雷撃を食らっていた。 ……なにやってんだか。
『剣製少女/午睡休題 第二話 2-2』
「それで、用件というのは何?」
「そうね、まず確認させてもらいたいんだけど──」
一つしかない卓袱台を挟んで、わたしがキャスターの向こう正面、右隣のやや後方にセイバー、その脇に詩露、詩露の背中にへばりつく形でイリヤが座っていた。
キャスターはわたし達用にお茶やお茶請けを出そうとしてくれたけど、用心の為に断ったらイリヤ達を見ながら少し残念そうにしてはいたけど、気分を害した様子は無い。
どちらかというと、セイバーが残念そうにはしてたけど、状況を考えて敢えて文句を言うようなこともなかった。
そんな状態で回りくどくしても意味が無いので、わたしは早速本題に入ることにした。
柳洞寺に行く途中詩露に話したように、キャスターがマスターを殺したであろう事、そして自身の現界の為に柳洞寺の霊脈……池からか、大空洞から魔力を汲み上げているだろう事を指摘。
「当然魔力の搾取は管理者(セカンド・オーナー)であるわたしに対する宣戦布告。 領地争いを仕掛けているということになるから徹底抗戦してもいいし、上手くわたし達を排除できたとしても、協会に属していない上に只の人間でもない貴方は協会から追われて、”英霊のサーヴァント”として捕縛される危険もあるわ」
「あら、現代の魔術師なんかに私が遅れを取ると思ってるの、お嬢ちゃん?」
わたしの脅しにキャスターは動じることなく、手にした湯飲みを玩んでいる。
まぁ実際、キャスターの実力なら防衛戦に徹すればかなり上手く立ち回ることが出来るだろう。
陣地作成のお陰で魔力を霊脈や冬木の住人から湯水のように得られることは勿論、現代では失われた”高速神言”を自在に操るのだ。 例え同程度の実力を備えた魔術師であろうとも、一工程(シングルアクション)で起動させられる彼女にとっては、大魔術を魔術刻印を使って発動する程度の時間しか要さないのでは勝負になんてならない。 それもわたしの”ガンド”みたいにちゃちなものじゃなくって、Aランク魔術を連発できるのだ。 普通に考えて協会が喧嘩を売るのは割に合わない。 でも……。
「葛木さんが狙われるかも知れなくっても?」
「っ!」
わたしの一言にそれまでの穏やかさをかなぐり捨てて、混じりけの無い殺気と魔力を吐き出すキャスター。
正直、バーサーカーのような恐怖は感じなかったが、”魔術師”であるわたしには彼女の恐ろしさと実力が嫌でもよくわかってしまった。 だけどここで怯むわけにはいかない。 わたしも相手を挑発するような笑顔ではなく、あくまで真剣な表情のままキャスターの気迫を受け流す。
「もしそんな事になったら、狙った人間は生まれてきたことを後悔することになるでしょうね」
「そうね」
鬼気迫るキャスターに対してここで初めて笑顔で応える。
わたしの対応に一瞬呆気にとられたキャスターだったけど、自分の本気が伝わったのがわかったのか、満足気に、でも凄惨に微笑み返してきた。
「と、いうわけで妥協案。 わたしを弟子に取ってもらうわ」
「は?」
わたしを除く全員が呆気に取られた。 勿論、あのキャスターですら目を見開いて呆然としている。
「貴方、何言ってるの?」
「聞こえなかった? わたしの師匠になってもらうって言ったの。 それとも、三騎士を相手に領地争いして徹底抗戦する?」
わたしの笑顔に対してキャスターは苦々しげに睨みつけてくる。
でもこれだけじゃ済まさない。 とっておきのカードはまだ残されているのだ。
「あぁ、それから冬木の管理者として、一般人の葛木さんには手を出さないから安心して。
その代わり、”マスター殺し”をするような人の傍に置いておくのは危険すぎるから、事情を説明してこっちで保護してあげる」
「ちょ、ちょっとーっ!!」
やっぱりキャスターは葛木さんに”マスター殺し”を言っていなかったのか、こちらの言葉に明らかに動揺している。
正直、さっきまでの揺さぶりなんかよりも効果覿面で面白いぐらいオロオロしてて、今ならどんな契約でも結べそうだ。
このままでも十分落とせそうだけど、更にキャスターとの関係を強固なものにするため、わたしは新たなカードを切る。
「勿論師匠になってくれるって言うんだったらちゃんと報酬は払うわよ。
現界する為の魔力は勿論だけど、戸籍を用意して葛木さんと”正式な夫婦”になる手伝いをしてあげる」
「え……」
わたしが強調した”夫婦”という言葉にキャスターが顔を真っ赤にして、動揺とはまた違った呆然とした表情をする。
面白いぐらい食いついたわね。
それから暫く……、十五分はかかっただろうか? キャスターは一人葛木さんとの新婚生活を夢想して、わたし達の呼びかけに一切答えることが無かった。
「凛、いいの?」
「弟子入りの事? 当然じゃない。 神代の魔女の力を全てとは言わないわ、一端でも自分のものに出来るんだったら安い代価よ」
夢見るキャスターを尻目に詩露が心配そうに聞いてきたけど、わたしは余裕を持って答えた。
何よりキャスターみたいな生粋の魔術師は追い詰めて暴走されるよりも、こうして篭絡して自身の手の内に納めてしまったほうが、断然危険度が低い。
しかも、こちらが役に立つとわかっているのなら尚更だ。
「い、いいでしょう。 そのお話受けてあげるわ」
コホンと咳払いの真似をして冷静さを取り戻したキャスターが現実に戻ってきた。
キャスターと交わす契約は、遠坂の一族に危害を加えないこと、魔力は霊脈以外から取らないこと、わたしに魔術を教えること、戸籍を用意して葛木さんと結婚できるようにすることに加えて、彼女の宝具”破戒すべき全ての符”をこちらに預けるというものだった。
どれだけ強制力のある契約を結んでも、”破戒すべき全ての符”を使われては元も子もない為の保険だったのだけど、わたしが彼女の宝具を知っている事でかなりの警戒心を呼び起こしてしまったようだ。
「どうして私の宝具を知っているの?
いえ、それ以前に何故貴方達は私のことをサーヴァントと気づいたの?」
キャスターの気配がサーヴァントのそれと違うのは、彼女の作った魔力殺しを使っているかららしい。
確かに魔力で実体を作り出しているサーヴァントが魔力殺しを応用して使えば、完全に魔力を隠すことができなかったとしても、サーヴァントとしての気配は誤魔化せる。
それなのにわたし達がキャスターの存在に気が付いた事を今まで彼女が聞かなかったのは、なんらかの探索魔術か特異なスキルの所為だと思っていたらしい。
だが、宝具のことまで知っているとなると話は別だ。 それでは彼女がサーヴァントだと見破った説明が付かない。
そこでわたしはアーチャーのことを簡単に説明することにした。
ここで煙に巻いてもキャスターの信頼は得られないだろうし、セイバーの対魔力やアーチャーの特異な投影能力、生前の経験をぼかしながらでも説明しておけば、戦う前にその戦意を削いでおけるという思いがあったからだ。 ……まぁ、彼女が心からこちらを信頼することは絶対ないのだろうけど。
「なるほどね、そういうことだったの。
いいわ、その条件で契約しましょう」
諦めと納得がいったのか、キャスターはローブの懐から歪な短剣を取り出して柄をこちらに向けて差し出した。
わたしはキャスターがここまであっさりと”破戒すべき全ての符”を差し出した事に、かなりの衝撃を受けていた。 正直”破戒すべき全ての符”を差し出すという条件だけは、絶対飲まないと思っていのに。
宝具とは英霊を象徴するもの、いわば英霊の半身といっても差し支えないものだ。
セイバーの”約束された勝利の剣”を例に挙げるまでも無く、彼ら英霊にとっての誇りであり、自身がもっとも信頼する切り札。
それをこうもあっさり渡すとは……、いや、あっさりじゃないんだ。 彼女にとっては宝具よりも葛木さんとの生活の方が大事というだけなんだ。 生粋の魔術師であるキャスターにとっては、欲しいものを手に入れるために代償を払うのは当たり前。 彼女にとっては、宝具を失う事で葛木さんとの生活を手に入れられるのなら、躊躇う必要がないんだ。
「……安心して、これは大事に預かるから」
「そうして頂戴。 それは私にとっての拠り所のような物……だったのだから」
「それが今は葛木さんというわけね」
わたしの言葉にキャスターはこちらが羨ましくなるほど清々しく微笑んだ。
契約はすんなり終わった。 お互い納得尽くだったし、手順は予めわかたっていたから。
「それで、早速で悪いんだけど貴方の実力が知りたいの。
詩露、いらっしゃい」
わたしとキャスターの話しに退屈していたのか、イリヤと小声で話しながらじゃれていた詩露が、突然名前を呼ばれキョトンとしながら自身を指差している。
「そうよ、アンタよ。 早くいらっしゃい」
「なに? もう終ったんじゃないの?」
セイバーとは反対の左隣に座りながら怪訝そうな顔を向けてくる詩露。
「この子実は元々男の子なの」
「は?」
「ちょ、ちょっと凛!」
わたしの突然の告白に、キャスターは驚いて、詩露は慌てている。
まぁ当然の反応よね。 でも、詩露を元に戻すつもりなら、キャスターの力は大きな物になるはず。
この機会を逃す手はないわ。
そう思ってキャスターにこれまでの経緯を話し、わたし達が立てた予想……但し、詩露に教えたほうの予想を聞かせる。
「それで、貴方にも詩露のことを調べてもらって、元に戻る方法が無いか考えてもらいたいのよ」
わたしの話に何か考える素振りをしていたキャスターが、
「いいわ、ここに寝て」
といって詩露を優しく手招いた。
詩露はキャスターの笑顔に一瞬怯んで苦笑いになっていたけど、言われた通りにキャスターの脇に寝転んで手を組んで不安そうにキャスターを見上げている。
「大丈夫よ、なにも痛いことも怖い事もないから。 ちょっとの間眠ってなさい」
キャスターが優しく声をかけ詩露の頬を撫でると、詩露は全身から一瞬にして力が抜けそのまま眠りに落ちた。
キャスターは詩露の寝顔を優しく見つめながら、
「それで、さっきの予想は何処まで本気なの?」
「あ、やっぱり気付いてた?」
「当たり前でしょ。 あんな予想を本気で考えてるんだったら、弟子入りの件考え直さなくちゃいけないところよ。
まぁ、この子は本気にしてるみたいだったから、聞かれないように眠ってもらったんだけど」
と、呆れたように言ってきた。
そりゃ、あんな予想を信じるなんてこの子ぐらいなものよね。
そこでわたし達は本当の予想をキャスターに聞かせた。
その間もキャスターは詩露を調べていて、時折小さく”高速神言”を唱えながら詩露の頭を抱えて何かを確認していたが、一瞬険しい顔をした後大きく溜息をついて体を起こした。
「それでどう?」
「そうねぇ、……やっぱりこの子は可愛い子わねー」
そういってキャスターは満面の笑顔で詩露に頬擦りしだした。
わたしはさっきの険しい顔のこともあって、何か目新しい事でも見つけたのかと思ったのに、肩透かしを食らって一気に脱力した所為で盛大な溜息をついてしまった
「ちょっと、真面目にやってよ」
「ふふ、真面目にそう思ってるのよ」
そんなこと聞いてないっての!
まぁ、詩露は確かに可愛い子だけど、わたしに言わせれば見た目の可愛さよりも性格の良さがそれを引き立ててるのよね。
そんな、傍から見たら身内贔屓なことを考えていると、
「概ね貴方達の予想には賛同できるんだけど、二つ見落としている部分があるわ」
真剣な表情に戻ったキャスターが聞き捨てなら無い事を言ってきた。