そのまま飛び掛っていきそうなアーチャーをなんとか宥め、あたしはセイバーを伴ってキャスターと思しき人に声をかけに行くことにした。
勿論、キャスターのことはアーチャーからみんなに伝えておいてもらうことは忘れていない。
「あの……良かったら向こうで一緒に屋台の食べ物食べませんか?」
キャスターと思われる人物は、眼鏡を掛けた痩身の男性と静かに語り合っていたが、あたし達が近付くと僅かに緊張した面持ちで身構えていた。
その緊張につられたのかあたしも声が少し上ずってしまったが、それを聞いたキャスターは少し思案するような素振りを見せたものの、
「いえ、せっかく可愛い子達に誘われて嬉しいけど、遠慮しておくわ」
と断った。
笑顔のまま答えたキャスターだったけど、あたしにはこの人がサーヴァントだとは信じられなかった。
アーチャーのいうことを疑うわけじゃないんだけど、なんというか雰囲気が普通の人でサーヴァント独特の気配を感じられない。 それはセイバーも同様なのか、表情に出さないようにしているけど、視線であたしに確認しているあたり、若干戸惑っているようだ。
「あたし達の連れが貴方達の知り合いみたいなんです、キャスターさん。 それとも、メディアさんと呼んだほうがいいですか?」
ほとんど鎌掛けと同じだったけどそこまで言われて遂に観念したのか、キャスターは深い溜息をついた。
「……わかった、ご一緒させて頂くわ」
『剣製少女/午睡休題 第二話 2-1』
座敷では残りの面々も緊張した面持ちで、あたし達のことを待ち受けていた。
とはいえ、殺気だっているのはアーチャー一人で残りは軽い緊張はあるものの、敵意は上手く隠している。
取りあえずこんな人の多い場所で戦い始めても困るので、この場は休戦ということにしてお互いの状況を説明しあうことになった。
「……とまぁ、そういうわけで冬木の聖杯戦争は終結し、今後再開することはなくなったわ」
「そう、やっぱり聖杯は失われたのね」
あたし達の説明はバゼットにしたものと同じで、表向きの聖杯戦争の説明だったが、キャスター自身大聖杯からのバックアップがなくなった為、冬木の聖杯システム自体が崩壊していたことは勘付いていたらしいし、現在は柳洞寺に居候していることから聖杯が得られなくなったことは予想がついていたようで、特に驚いた様子も無い。
「それで、そっちは聖杯戦争中どうしてたの? これからどうするつもり?」
冬木の管理者(セカンド・オーナー)である凛にとって、聖杯戦争中のことも気になってはいても、これからどうするかはもっと大事なんだろう。 それまでの冷静な態度とは裏腹に、何か問題を起こす気があるのなら今すぐ排除するという意思を含んで、かなり露骨にキャスターを威嚇していた。
「そんなに怖い顔しないで頂戴。 私は別にここで何かしようなんて気は無いんだから」
そういって苦笑いで凛に答えるキャスターは、凛の威嚇を軽くいなしている。
まぁ、こう見えてもただの美人じゃなくって神代の魔女。 いくら凛が凄い魔術師だからといっても、年季と経験してきた苦労が違うということなのかな。
「そうね、それから聖杯戦争中の事だったわね」
そういって静かに目を閉じたキャスターは語り始めた。 ……マスターとの惚気話を。
正直、さっきまでの大人な雰囲気は演技だったんじゃないかっていうほど延々と語り続けていて、こちらとしては呆気に取られてしまった。
「それで宗一郎様ったら頼りがいがあってね……」
頬を染め、手にした缶を玩びながら延々と語るキャスターは、どこの女子高生だ! と突っ込みたくなるほど幸せそうで、アーチャーから聞いていたイメージとはかなりかけ離れている。
「凛、これいつまで続くの?」
「知らないわよ」
最初こそまともに聞いていたあたし達も、いい加減うんざりしてきたせいもあって、みんな好き勝手に雑談しながらキャスターの話を聞き流していた。
その中で意外だったのが、葛木さんとランサーが思いのほか馬が合っていることだった。
なんというか、寡黙な葛木さんと陽気なランサーっていう正反対の組み合わせは結構以外だと思ったんだけど、話を聞いてみると柳洞寺でも零観さんと仲がいいらしいから、結構陽気な人との相性はいいみたい。
それはともかく、キャスターの話を要約すると、キャスターは前のマスターに見放されて魔力の流れを辿って柳洞寺に辿り着いたらしい。
そこで偶々柳洞寺を訪れていた葛木さんに助けられたが、匿ってくれた葛木さんの家は別に優れた霊脈というわけではなかった為、回復するだけでもかなりの時間を要してしまったので、聖杯戦争に参加できるほどに回復した時は既に終結してしまっていたらしい。
「間抜けな話ね」
「そうね、でもお陰で宗一郎様と余計な邪魔が入ることなく過ごすことができたわ」
そういって微笑むキャスターは、こっちが羨ましくなるほど幸せそうだ。
「ところで、お嬢ちゃん。 ちょっとこっちにいらっしゃい」
そういって、あたしを手招きするキャスターに立膝で近付いていこうとすると、後ろからセイバーに抱きとめられた。
「いけませんシロ。 今は敵対していないとは言えあの者はサーヴァント。 無防備すぎます」
「え……でも」
「大丈夫よ、ほら、口にソースが付いてるわ」
あたしがセイバーに止められた為キャスターの方から近付いて来て、浴衣の袖から出したポケット・ティッシュを使ってあたしの口を拭ってくれた。
ライダーも美人だけど、キャスターはライダーとはタイプが違ってなんというか大人の色気みたいなものがあって、これだけ距離が近いとどきどきしてしまう。 ……なんかいい匂いするし。
「それに私が何かしようとしたら、貴方達も私のマスターに何かするんでしょ? だから今は安心なさい」
あたしとセイバーを見ながら微笑むキャスターは本当に邪気が無いのか、それ以上何かをする素振りも見せずにあたしの脇に座ったまま缶ビールを傾けた。
「それに、貴方達みたいな可愛い子達に酷いことするわけないじゃない」
いや、それは嘘だ。 アーチャーから聞いた聖杯戦争では、セイバーを奪ったキャスターはセイバーを無理矢理着替えさせた上で縛り上げたりしていたらしいのだから。
でもそれは敵対してたからなのかな? こうして聖杯戦争が終わった今、普通に優しいお姉さんって感じしかしないし、もしかしたら敵対しないで接する分にはいい人……
「ふふふ、本当に可愛いわよ。 貴方達」
じゃない! 絶対この人危ないよ! なんでそんな妖艶な笑い方でこっち見るの!? 今背中がぞわぞわってしたってば! ……もしかして、この人ライダーの同類!?
というか、昔の人って性差による倫理観ってゆるゆるなのかも。
そう思って距離を取ろうとしたら、あたしが動く前にセイバーに引っ張られるようにして距離を取っていた。
(な、なにセイバー?)
(この者は危険です。 何がどうというのは上手くいえないのですが、私とシロによからぬ感情を抱いています)
むぅ、セイバーの直感に引っかかったんだったら、まず間違いないんだろう。 というかセイバーがここまで緊迫感持ってるのって、聖杯戦争以来久々かも。
「ちょっと、シロに変なことしないでよ!」
後ろで桜達と話していた筈のイリヤが、あたしを庇うようにあたしの前に出てキャスターに背中を向けながら抱きついてきた。
「あら、可愛い子が増えたわ。 ふふ」
だから怖いって、その笑い方!
イリヤも何か感じたのか、一瞬肩をビクンと震わせたかと思うとそのまま逃げるようにセイバーの後ろに隠れ、
「ア、アンタなんて怖くないんだから!」
と威嚇してるけど、明らかに怯えてるよね。
凛は呆れているのか顔を手で覆って溜息ついてるし、アーチャーは自身が知っているキャスターとのギャップに戸惑っているのか、警戒してはいるものの何処か脱力しているし。
結局真面目な話はこれ以上無理と判断したのか、みんなで軽い宴会を続けた後お開きとなった。
とはいえ、聞き出したいことが残っていたのか凛は、
「明日柳洞寺に話を聞きに行きたいんだけど」
「荒事以外の用事なら大歓迎よ。 ただし、そこのお嬢ちゃん三人を一緒に連れてきてくれればね」
と提案していた。
キャスターもあたし達を気に入ったのか無碍にするつもりはないらしく、凛からの提案を受け入れている。
気に入ってくれたのは嬉しいんだけど、その笑顔は止めて欲しい。 背中が寒くなるから。
翌日。 まだ朝の早い時間にわたし達は柳洞寺へと向かった。
正直早起きは辛かったけど、夏の昼日中に山登りの真似事なんてしたくなかったからしょうがない。
「いつもこのくらい早く起きてくれるとあたしも助かるんだけど」
「うっさいわよ、詩露」
後ろから詩露の溜息交じりの抗議が聞こえてきたが、こっちは今それどころじゃない。
確かに木々に覆われたこの辺は街中に比べれば涼しいものの、慣れない早起きと山歩きで正直一杯一杯なんだから、そんな抗議をまともに取り合うつもりはない。
「それにしても、まだキャスターに聞きたいことなんてあるの?」
「聞きたいことというよりも、交渉ね。 アンタ昨日の話どう思った?」
後ろを振り向くこともせず、詩露に聞いてみる。
まぁ、素直なこの子のことだから、たいして疑う事もせず信じてそうではあるけど。
「ん~……アーチャーに聞いてた話と大分印象が違って、ちょっと変だけど思ったよりもいい人っぽい……かな?」
「アンタ昨日何聞いてたのよ……」
思わず頭痛がしてきそうな詩露の答えに我知らず溜息が出たけど、まぁ、そういう素直な所がこの子のいいところなんだからいっか。 魔術師としては問題だけど。
「いい、昨日キャスターはマスターから”見放されて”っていってたけど、そんなわけないのよ。
どれだけ力の弱いサーヴァントだろうと、サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけっていうのが大前提。
勿論、バゼットや葛木さんっていう規格外な人間も居るけど、そんな規格外のマスターだったらキャスターを手放したからといって、聖杯戦争に参戦していないわけがないじゃない。
だから、キャスターのマスターはキャスター自身の手で排除されている筈なのよ」
わたしが立ち止まって昨日のキャスターの説明の矛盾を説明すると、目を見開いて驚いている詩露。
ここまで素直に驚いてくれると、話してるこっちまで気分が良くなってくるわね。 なんか、タネ明かしするマジシャンとか、事件の真相を明かす探偵の気分だわ。
「それに今でも現界しているってことの説明は何もされていなかったわ。
アーチャーの記憶のように昏睡事件が起きてるってわけでもないんだから、多分大聖杯のあった場所から魔力を汲み上げてる可能性もあるわね」
そう、今日の話というより交渉の本題を告げる。
恐らくキャスターは葛木さんの手前、人の命に関わるようなことはしたくないし、しようとしていない。
アーチャーの生前の記憶によると、葛木さんは他人の生き死にに頓着する性格ではないそうだけど、それを知らないキャスターはなるべく穏便に、そしてマスターである葛木さんに悟られない方法で現界している筈。
なら、そこにつけいる隙がある。
「凛、なんか悪い顔になってるよ」
「いきなり失礼ね」
「いえ、そう言われても仕方がないかと」
詩露とセイバーが失礼極まりないことを言ってくるが、それも仕方ないだろう。 自分でも顔がにやけるのが抑えられないのだから、傍から見ればさぞ不気味に映ることだろう。
「また悪巧みか、遠坂」
「またって何よ! って、柳洞くん!?」
わたし達が柳洞寺の階段を上がっていると生徒会の同輩、制服姿の柳洞一成と鉢合わせしてしまった。
しまった。 コイツの家が柳洞寺なのをすっかり忘れてたわ。
「あ、お早う一成」
「うむ、朝も早くから大勢でぞろぞろとよく来てくれた」
「……ごめん、迷惑だった?」
うわぁ~、朝っぱらから柳洞くんの嫌味は利くわね。 詩露なんて恐縮しちゃってるじゃない。
「ちょっと、シロを虐めると許さないわよ」
昨日キャスターに圧倒されていたイリヤだったけど、相手が一般人の柳洞くんだからか、詩露の腕にへばり付いた状態で威嚇している。
「ふむ、そういうつもりはなかったのだがな。 不快に思ったのなら詫びよう」
柳洞くんは腰に手を当てたまま、心外そうな顔でイリヤの非難を受けているけど、傍で聞いてるこっちとしては、本当に悪いと思ってる? と言いたくなる。 まぁ今は関係ないからいいけど。
「それで、お山になんの用だ? それとも俺に何か用だったか?」
「違うよ、今日は柳洞寺にいる葛木さんかメディアさんに用事」
わたし同様イリヤを敵と見なしたのか完全に無視して、詩露、セイバー、アーチャー、ランサーのみを視界に納めて聞いてきた柳洞くんに詩露が答えると、一瞬顔を顰めた。
「宗一郎兄は出勤したがメディアさんなら離れに居たはずだ。 場所はわかるか?」
「うん、平気。 ありがとうね」
「あぁ、では俺はこれで失礼する」
そういって、手を振る詩露に一つ頷くと、セイバーとアーチャー、ランサーに会釈をして通り過ぎて行った。
制服姿ってことは、これから学校に行くんだろうけど、今日は別に生徒会の会合なんてなかった筈なのに、相変わらず勤勉なことね。 わたしにはちょっと考えられないわ。
※本編HA内で一成はキャスターと呼んでいましたが、「剣製少女」内ではクラス名ではなく本名もしくは関係者の名前で統一したいと思いましたので、キャスターのことは「メディア」と呼んでいます。