あたし達は衛宮の家に向かう途中、公園で待ち合わせたイリヤ達と一緒に買い物する事にしたけれど、衛宮の家には冷蔵庫はあっても食材は勿論、調味料の類も一切無いので大量に買い込んでから行くことにした。
「よおチビ助、いくらなんでもこりゃ買いすぎなんじゃねえか?」
買い物袋を両手一杯に抱えたランサーが、呆れたように文句を言ってくる。
アーチャーも同じような状態なのに、こっちは文句を言わず重い荷物を両手一杯に抱えて黙々と歩いているけど、アーチャーの場合、こういう状況は生前いくらでもあったからか今さら文句を言う気も起きないのかも知れない。
「じゃあ、ランサーは夕飯なしね」
「バ、バカ言ってんじゃねー! タダ働きかよ!」
あたしの冗談に本気で慌てるランサー。
ランサーはバゼットとは対照的に、人生を楽しむ事に全力を傾けている節があるので、食事にかける情熱は並々ならないものを持っている。 ……実際美味しいお店とか一杯知ってるし。
セイバーも食事に関してはかなり拘るから、やっぱり昔の食糧事情と比較すると現代の食事って相当魅力的なのかも知れない。
「じゃあ頑張って運んで。 あたしは着替えとかで既に両手塞がってるし、他は女の子なんだから」
「「いや、おめえ(貴様)も女だろう(が)」」
「あ……」
『剣製少女/午睡休題 第一話 1-4』
衛宮邸での食事は完全にあたし一人で作ることになった。
藤ねえは食事の準備の間に面談をしてしまおうと考えたようで、そうなると普段一緒に作ってくれているアーチャーも、一人抜けてあたしを手伝うわけにはいかないからだ。
こういう時、鍋物だったら簡単だったんだけど流石に初夏に鍋では我慢大会にしかならない。
まぁ、藤ねえはそれでも面白がりそうだけど、暑さに弱いイリヤなんかは下手すると倒れかねないから、ここは一つボリューム重視で手早く作れ、それなりにバリエーションのあるものということで、お蕎麦と付合わせにエビ天を筆頭に各種天ぷら、とろろ。 薬味にネギ、ワサビ、茗荷、紫蘇を用意して、メインのお肉はチャーシューが良かったんだけど時間的に無理だし、ボリュームに欠けるかな? と思ってピリリと辛いねぎソースをかけた鶏肉揚げにすることにした。
正直揚げ物ばかりでカロリーが凄いけど、お蕎麦があっさりしてることと、大食漢が多いからこのくらいのボリュームにしないと満足してもらえないだろう。
それにしても暑い。 IHとかだと涼しいんだろうけど、初夏とはいえガスコンロでの揚げ物は地獄だ。
額や胸は勿論だけど、背中の方まで汗でびっしょりになってしまって、キャミなんか肌に張り付いててもの凄く気持ち悪い。 あぁ、食事の前にシャワー浴びたいかも。
「おい、大丈夫か?」
「あ、アーチャー」
殆ど流れ作業のようにしてテンプラを揚げていると、後ろからアーチャーが声を掛けてきた。
「手伝おう」
「向こうはいいの?」
「あぁ、藤ね……藤村さんも大変そうだから手伝ってやって欲しいそうだ」
そう聞いたあたしが居間の方を振り返ると、話が弾んでいるようでみんな楽しそうに談笑している。
この様子だったら上手くいくかな?
「向こうの様子はどう?」
「最初の内はお互い緊張していたが、凛が間に入って上手いこと取り持っていた。 問題ないだろう」
そっか、良かった。 藤ねえがいきなり 「ほ、本日はお日柄もよく……」 とか言い出したときにはどうなることかと思ったけど、元々藤ねえは人見知りするタイプじゃないし、逆に人とすぐ仲良くなれるタイプだから大丈夫だと思っていたのに、やってきたお客さんが揃いも揃って美形だったものだから、雰囲気に飲まれたのか取り乱していたようだ。
逆に強面ばかりのほうが、お兄さん達で慣れてる分まだ緊張しなかったのかも。
「ほれ、汗を拭いて少し涼んで来い。 下着が透けてるぞ」
「あ、ほんとだ」
アーチャーと揚げるのを交代して、渡してくれたタオルで顔と首筋、キャミの裾を巻くって中をごしごしと拭いていく。
透けているといっても、キャミが柄物の所為でそれほど目立ってないけど、これが白無地だったら完全に透けてたな。
「ブラ脱いで来ちゃおうかな?」
「まぁ貴様の体系なら目立たないだろうし、私もランサーも気にしないが女性陣が気にするだろうからやめておけ。
実家から着替えを持って来い。 それまでは私がやっておいてやる」
「ん、じゃあ頼むね」
キャミの襟口から中を覗きながらアーチャーの申し出に答える。
とはいえ、実家に下着の替えまであったかな?
ブラって吸水性はあっても、なかなか乾かないから時間が経つと肩とか背中とかが痒くなったりするんだよね。
しかもあたしのブラって胸が小さいくせに布面積が無駄に多いから、こういう時って余計に暑く感じる……って、これはブラが凛の趣味の所為か。 あたしはもうちょっとシンプルな方がいいんだけどな。
それはともかく、一応藤ねえに一声かけてから行こう。
「姉さん、あたしちょっと実家に行って着替えとって来る」
「ん? どうかした……って、アンタなんて格好してるの! ちょっとセタンタさん、顔背けて! 見ちゃ駄目ーっ!!」
顔を手で煽ぎながら居間に入ると、突然顔を真っ赤にした虎が吼えた。
あたしはあまりの剣幕に呆然としてしまったけど、藤ねえはなんとかランサーの眼を塞ごうと手をぶんぶんと振っている。
ちなみに、サーヴァントに関しては偽名として生前の名前や、知り合いの名前を使うことにしているが、アーチャーだけはこの時代出身なので下手に知り合いの名前を使うと、後々問題が出るかも知れないという事で適当な偽名を使ってもらっている。
セイバーはアルトリア・ペンドラゴン、アーチャーは弓塚 士郎、ランサーはセタンタ・フーリン、ライダーはステンノ・エウリュアレとそれぞれ名乗っているが、藤ねえは特に疑問に思わなかったようだ。
「い、いいから、お姉ちゃんが行ってくるからそんな格好で表歩いちゃ駄目よ!
いい? アンタはシャワーでも浴びて待ってなさい。 バスタオルだったら四、五枚はあった筈だから」
そういって藤ねえはランサーとあたしの間に割って入って、そのまま脱衣場まであたしを隠すようにして引き摺って行った。
あたしが藤ねえの剣幕に圧倒されてしまい、ただコクコクと頷いてシャワーを浴びる為服を脱ぎ出すと、藤ねえは激しい足音を立てながら実家へと向かって慌てて駆け出した。 ……というか、なんで藤ねえが慌ててるんだろ?
シャワーを浴び終わっても藤ねえは戻っていなかったので、バスタオルを巻いて居間に行くとみんなは相変わらず楽しそうに雑談していた。
「藤ねえまだ戻ってない?」
「アンタまたそんな可愛い……じゃなかった、だらしない格好でこんなトコに居たら、お姉さんが吼えるわよ?」
あたしが扇風機の前に陣取って涼んでいると、凛が顔に手を当てながら呆れたように言ってきた。
「ん~? 平気だよ。 あ゛ぁ゛~……」
「にしても、おめえの姉ちゃん面白えなぁ」
あたしが扇風機に向かって声を出しながら遊んでいると、テーブルに肘を付いてだらしない格好をしたランサーがニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
今日は面談という事で猫を被るのかと思っていたけど、そんなこと俺には関係ねえとばかりに普段通りに振舞っていたランサーの事を藤ねえも気に入ったようだ。
元々ランサーは豪快な性格をしてはいるものの、義侠心溢れる気のいいお兄ちゃんって感じだから、殊更藤ねえとは相性がいいみたいで、雑談している時も二人の笑い声がよく聞こえていた。
それはともかく、藤ねえほどではないものの、イリヤもランサーがあたしを見るのが気に入らないのかランサーの眼をその小さな手を翳して塞いでいる。
「ちょっと、見ちゃダメなんだってば!」
「な、なんだよマスター」
ランサーは最初こそ鬱陶しそうに避けていたけど、その内面倒くさくなったのか口をへの字に曲げながらイリヤの好きなようにさせることにしたようで、今は大人しく目をイリヤの手で塞がれている。
別に見られて困るようなスタイルしてないし、ランサーもアーチャーも別に意識してないんだから周りが気にすることないのに。
「私も彼女のあり方には好感が持てました。 彼女のように人に偽らず、人に騙されない人柄は稀です。 詩露の素直な性格も彼女の人となりによるところが大きいのでしょうね」
そういって微笑むセイバーにそんな大層な性格じゃないんだけどなぁとは思いつつも、自分の姉が褒められるとやっぱり悪い気がしないから不思議だ。
それに比べて凛は面白くなさそうに、
「師であるわたしの影響って事は考えなかったわけ?」
と、例の怖い笑顔でセイバーのことを問い詰めている。
「考えるも何も、凛は生粋の魔術師(メイガス)です。 詩露の性格とは正反対でしょう」
「あぁ、確かにこいつの性格はまだまだ魔術師とは言い難いわよね」
なんでか話の矛先があたしのほうを向き始めた。
セイバーは苦笑いで凛の質問に答えたが、その答えは凛にとっては褒め言葉にすぎず、ついでに言えば魔術師……というか、魔術使いのあたしにとっては、問題点でもある。
魔術は日常とは相容れない。 魔術と日常は切り離して考えるもの。
そういった凛は確かに猫を被ることで完全に切り替えてるけど、あたしの場合、魔術が手段だからか全然切り替えできてないもんね。
「先輩、髪拭きますね」
「あ、ありがとう桜」
タオルを持った桜が後ろからあたしの髪を撫で付け始める。
桜はあたし達と同じ学校へ通うようになって、上級生を相手に”ちゃん”付けで呼ぶのはさすがにマズイと思ったのか、あたしの事を”先輩”と呼ぶようになった。
それに合わせる様にあたしも”ちゃん”付けを止めたんだけど、桜にとってはより親密になったと感じられたのか、とても喜んでくれている。 ……でも、時々変なスイッチが入って”詩露ちゃん……”とか言って、うっとりしながら抱きしめてくるけど。
「先輩の髪って綺麗ですよね」
「そう? 桜なんてツヤツヤストレートだし、凛なんて軽くウェーブ入ってて動きがあるし、二人の方が綺麗な髪してるんじゃない?」
「いえ! 先輩の髪って色も綺麗だしキューティクルも整ってて枝毛はないし、触り心地も抜群だし、何と言ってもいい匂いがするんですよねぇ~」
「うひっ!」
なんか、言いながら段々手つきが怪しくなってきたなぁ~と思ったら、終いにはあたしを抱きしめて首筋に顔を埋めてクンクンと鼻を鳴らし始めた。
桜の息というか感触がくすぐったくって思わず身を竦めてはみたものの、全然離すつもりはないらしい。
「あ、サクラずるーいっ! 私も~♪」
「うおっ!」
っと、今度はイリヤがランサーから手を離して、嬉しそうに横から抱きついてくる。 ……それはいいんだけど、あたしバスタオル一枚だから足が開けないしバランス取れないんですけど。
そんなあたしの状態にお構いなしに、満面の笑顔で期待の眼差しを向けてくるイリヤ。
「ねぇねぇシロ。 私の髪は? 私の髪も綺麗?」
「もちろん。 イリヤの髪も色艶共に綺麗だよ」
答えと一緒に、それが本心であることを示すようにイリヤの髪を撫でてあげると、大きな目をキラキラと輝かせて大喜びするイリヤ。 なんだか、ファンファーレか協会の鐘の音でも聞こえてきそうな喜びようだ。
「でも一番はシロだよ」
「そうですね、詩露ちゃんの髪が一番です」
「あはは……二人ともありがとう」
なんというか、身内贔屓もここまでくると笑うしかない。 恥ずかしいやら照れくさいやら嬉しいやらで、顔が赤くなるのを抑えられそうもない。
「ただいまー。 詩露着替え……って、あれ?」
「あ、姉さん戻ってきたみたいだから、あたしちょっと行って来るね」
玄関の方から慌しい足音が聞こえてきたかと思ったら、脱衣所の扉を開ける音が聞こえたのであたしが藤ねえの処に向かうと、浴室の扉を開けて中を覗いている藤ねえと鉢合わせした。
「ありがとう姉さん。 何持ってきて……」
「……っ! アンタ、なんて格好で歩き回ってるのよぉーっ!!」
一瞬あたしのことを呆然とした様子で見つめた藤ねえが、 ガオー! と虎の幻影を背負いながら着替えを握り締めて吼えた。
「い、いや、だって、藤ね……じゃない、姉さんがあんまり遅いから!」
「わたしが遅いからってそんな格好で歩き回ってたら、着替え取りに行ってる意味がないでしょう!
はぁ、全くもうちょっと女の子としての危機感とか恥じらいってものを持ってくれないと、お姉ちゃん心配だよ」
そう言いながらも、あたしのバスタオルを脱がして浴衣を着付けてくれて、髪まで簪でまとめてくれる藤ねえ。 まぁ、まとめてるって言っても、捻った髪を簪に絡めて項の辺りに差してるだけなんだけど。
一通り終わってちょっと離れて衿の辺りを細かく弄った後納得したのか、藤ねえは満面の笑みで大きく一つ頷いた。
「え……っと、ありがとう。 あと、ごめん」
「ホント、気をつけなさい。 アンタ可愛いんだから、そっちの趣味が無い人でもその気になったら困るでしょ? あんまり隙を見せちゃだめよ?」
「ん、気をつける」
頭をよしよしと撫でる藤ねえに、頷いて答える。
まぁ、アーチャーもランサーも特殊な趣味じゃないから、あたしに興味を持つことは無いとは思うけど、周りが心配するみたいだからこれからは気をつけるようにしよう。 ……面倒くさいけど。
居間に戻るとテーブルの上には料理が並べられていて、凛と桜も運ぶのを手伝っていた。
もっとも、都合十名分の料理を並べるには居間のテーブル一つでは足りなかったようで、土蔵からでも持ってきたのか見慣れないテーブルも並んで置いてあった。
「あぁ、来ましたね。 出来上がったので食事にしましょう」
「あ、すみません。 お客様なのに結局殆ど作ってもらっちゃったみたいで」
「いえ、私も料理は好きですから気になさらないで下さい。
それに、揚げ物に関しては殆どやってありましたし、蕎麦の茹汁は詩露さんには重くて捨てるのが大変だったでしょうから、ちょうど良かったですよ」
アーチャーの余所行きの笑顔に恐縮してみせる藤ねえ。
そんな二人の大人なやり取りを傍で見つつ、あたしはアーチャーに”さん”付けで呼ばれると色々な意味で居心地が悪いなぁ、とか関係ないことを考えていた。
そして食卓は戦場と化した。
セイバー、ランサー、アーチャー、藤ねえ、バゼットが一つのテーブルで、あたし、凛、桜、イリヤ、ライダーがもう一つのテーブルだ。
セイバー達のテーブルは、気を抜けば箸に持っているものすら奪い取らんという勢いで料理が次々と消えていき、こっちの倍はあった筈の料理が足りなくなって、急遽アーチャーがお蕎麦を追加で茹でなくてはならなくなったほどだった。
幸い、料理は全て大皿や笊に盛られていたので給仕の必要はなかったけど、これで味噌汁とかご飯があったら給仕で手一杯になって、自分が食べてる余裕もなかったかも。
結局、ランサーと藤ねえによる大食い大会と成りかけた夕飯も大騒ぎの内に終わり、みんなが帰宅をする時間になって藤ねえは、
「みんなも泊まっていけばいいのにー」
などと言いながら腕をぶんぶんと振っていたが、凛と桜は学校もあるんだしここで暮らすようになれば、何時でも泊まれるんだからと言い含めて今日のところはお開きとなった。
「詩露~、一緒にお風呂入ろうか?」
「あたしシャワー浴びたじゃん」
藤ねえがTVを見ている横で、明日の授業の予習をしていると藤ねえが顔だけこっちに向けて話しかけてきた。
あたしは凛と同居するまで、そこまで熱心に勉強してなかったんだけど、「私の弟子が成績悪いなんて許さないわよ」といい笑顔で言われてからは、不出来なりに頑張っている。
まぁ、成績がいいことよりも、成績がいい事で周りの評価が良くなることを知ってからは、凛の思惑がよくわかったような気がしたけど。
「あれは汗流しただけで洗ってないんでしょ? だったら一緒に入ろうよぉ」
「はいはい。 わかったから抱きつかないように」
あたしの肩に顎を乗せて、甘えるように背中に抱きついてくる藤ねえ。 重いって。
洗い場で姉妹揃って体を洗っていると、藤ねえはかなりご機嫌な様子で鼻歌交じりにあたしの方を覗き見た。
「なに?」
「ふふ~お姉ちゃんが背中流してあげる」
「ん、ありがとう」
「任せて~♪ お爺様の持ってる日本刀以上にピカピカに磨き上げて見せるから!」
いや、それはなんか痛そうで嫌だ。
一緒に入れるのが嬉しいのか、さっぱりして気分が乗ってきたのか、藤ねえの機嫌は今や天井知らずに上がっている。
あたしは背中を向けてスポンジを肩越しに渡すと大人しく洗われていたんだけど、突然脇の下から腕を入れ抱きすくめられた。
「うおっ! な、なに?」
「いや~アンタ相変わらず小っさいなぁって」
「小っさい言うな」
全く、みんなして人のこと小さい、小さい言ってくれちゃって、言霊もせいでこれ以上縮んだらどうしてくれるんだ。
「毎日ちゃんと好き嫌いせずにたくさん食べてるかー? ちびっ子」
突然藤ねえの声が優しくなったかと思ったら、頭に顎を乗せて聞いてきた。
「うん、相変わらず男の時に比べたら量は減っちゃってるけど、ちゃんと食べてるよ。 あと、ちびっ子言うな」
「そっかぁ~。 アンタ女の子になってから余計華奢になった気がして、お姉ちゃん不安になることがあるよ」
「そんなに華奢かな?」
藤ねえの言葉に腕や足、お腹の辺りを見下ろしてみるけど、確かに男だった頃に比べれば筋肉がなくなった分細くなったかな。
とはいえ、女は男より筋肉が付きにくいらしいから、これはあたしの鍛錬が足りてないんだろう。
「そうよう、肩幅なんてお姉ちゃんの胴回りぐらいしかないんじゃない?」
「いや……それはさすがに大袈裟…………でもないか」
藤ねえに言われて自分の肩を振り返って見たけど、確かに抱きついてる藤ねえの脇の下ぐらいしかなくって、否定することができなくなってしまった。
うわぁ、もしかして肩幅だけだったら男の時より狭くなってないか、あたし。
「まぁ、相変わらず病気とは無縁だからそれだけが救いよね。 これで病弱だったら、実家から離れて暮らすなんて許す気にならなかったもの」
「えっ!? それって……」
何気なく言われた言葉に驚いて振り返ると、藤ねえはいたずらっ子な笑顔であたしを見下ろしていた。
「うん、あの人達とここで暮らしていいよ。 その代わり、お姉ちゃんも時々泊まらせてね」
「も、もちろんだよ。 みんなまだ日本に慣れてないからそうしてくれれば心強いし、みんなもきっと喜ぶよ」
ぎゅっと抱きしめてくる藤ねえに、背中を預けるように凭れ掛かりながら見上げて答えると、藤ねえもニッコリ微笑んだ。
「でも、なんで許してくれる気になったの?」
「ん~ホームステイみたいで詩露の教育にもいいかなぁって思ったのもあるんだけど、みんなしっかりしてるし、いい人達みたいだし、なんといっても詩露があの人達のことを好きで、信用してるって感じたからかな?」
なんとなく天井を見上げながら、許してくれた理由を自分でも考えながら上げていく藤ねえだったけど、結局はあたしの我侭に答えてくれたったことなのかな? なんというか、士郎の時からそうだったけど、本当に藤ねえには頭が上がらないな。
「それに”可愛い子には怪我させろ”っていうじゃない?」
「……いや、”旅”だから。 怪我させてどうするの? ”千尋の谷”と混ざった?」
それを聞いた藤ねえは目を見開いて、あたしのことを驚いたように見つめている。
「や、やーねー冗談よー」
なんていいながら笑ってるけど、普通に勘違いしてたな、こりゃ。
「はぁ……、でも、ありがとう、嬉しいよ。 お礼に今度はあたしが背中流してあげる」
「お、嬉しいなぁ。 じゃ、CDの盤面みたいにピカピカにして頂戴!」
……どんな背中よ、それ。