「じゃあ、夕方にもっかい集合でいい?」
「そうね、ついでだから詩露は学校の道具持ってらっしゃい。
そうすれば今日泊まっていけるでしょ?」
結局あのままお茶を飲みながら、学校のこととか桜のことなんかを話していたんだけど、やっぱり気になっていたのか”遠坂に滞在しているお客さん達”に会うなら早い方がいいだろうということで夕飯を一緒に摂る事になった。
まぁそれはいいんだけど、何時の間にあたしは泊まることになってるの?
「姉さんはあたしにここまで制服で来いと?」
「久しぶりに会ったんだからいいじゃない。 それに、詩露の制服姿って可愛くってお姉ちゃん好きだよ?」
あたしが半眼になってそっけなく言うと、腕を振り回しながら威嚇してきたかと思ったら、最後には顔の横に手を揃えて体をくねっと曲げだした。 ……やめなさい、二十○歳。 本気でちょっと可愛いのがなんかヤダ。
「はぁ、わかった。 制服と鞄持ってくるよ」
「うん、寝巻きは飛び切り可愛いのにしてね♪」
……なんでよ。
『剣製少女/午睡休題 第一話 1-3』
「シロの姉上にですか?」
遠坂邸に戻ってお昼を食べながら衛宮邸であったことと、この後の打ち合わせをすることになった。
「そ、みんな夕飯までにそれぞれの役割を決めて演じられるようにしといてちょうだい」
思わず食事の手を止め顔を見合わせるセイバーとライダーとは対照的に、アーチャーとバゼットは落ち着き払っている。
「二人は大丈夫なの?」
「えぇ、私は仕事柄幾つかの職業を偽ってきた経験がありますから。
今回も”個人経営の古物商”という肩書きがありますから、それをそのまま使おうかと。
それから、こちらに滞在している理由は……そうですね、商取引に遠坂邸に訪れて怪我をしたので、回復するまでお世話になっている、というのはどうでしょう?」
「そうね、でもそれなら怪我の原因はこちらの所為ということにしましょう。 その方が説得力が増すわ」
凛の追加の設定に無言で頷くバゼット。
なんでもバゼットは執行者の仕事の時に有名企業の人間に扮していたこともあるとか。
当然現在は協会のバックアップはないから使えないが、当時は名刺も持っていたし、連絡先に電話をされてもきちんと従業員扱いされてたそうだ。
「なんで今回はその企業じゃなかったの?」
「こんな一地方都市に有名企業の人間がやってくる理由がありませんから」
そういって、既に食事を終えているバゼットが苦笑で答える。
確かにそれもそうか。
東京とかの都会だったらわかるけど、こんななんの特色も無い土地に海外の有名企業がわざわざ人を寄越すなんて不自然だ。
逆に古物商だったらどんな土地に行こうが、取引相手に不自由しない。 確かに便利な肩書きかも。
「アーチャーは?」
「私も生前の経験があるからな、日系二世の刀匠兼鑑定人とでもしておこう。
滞在理由はそうだな、玉鋼の買い付けと、ここで見つかった日本刀が祖父の作ったもので、後学の為に検分に来ているというのはどうだ?」
「……そうね、それだったら衛宮邸について行くこともウチのお客様ってことで納得がいくわね」
こちらも手馴れたものとでもいうように、特に考えることもなく偽りの身分を決めたアーチャー。
そんなアーチャーの考えに顎に手を当ててしばらく考えていた凛だったけど、アーチャーの考えに納得したように頷いた。
まぁ、アーチャーだったら古今東西の刀剣知識があるんだから、刀匠兼鑑定人ならなんの不都合もないか。
しかし、玉鋼の買い付けか。 確か玉鋼っていうのは日本刀の材料で、出雲で一括して作ってるから日本中の刀匠が買い付けに集まるってことだったような? 正月に雷画爺さんが酔った時、そんなことを言ってたような気がするけど呂律が回ってなくってよくわかんなかったんだよね。
問題は途方にくれている二人のサーヴァントだけど……
「二人はどうする?」
「正直何も思いつきません」
「私も自分になにが向いているかもわかりません」
やっぱり。
二人とも大聖杯のバックアップもなくなって、知識を引き出すこともできなくなったせいでこの二ヶ月は現代に順応するのに精一杯って感じだったもんなぁ。
「そんなことだろうと思って、二人に関してはわたし達で考えてあるんだけど内容に文句を言わないようにね」
そういって困り顔で告げる凛だったけど、二人ともあっさりと納得してしまった。
まずセイバーはイギリス出身の十六歳。 ただの旅行者ということにしておいた。
下手に学歴とかを詐称して大学生とかにするとそこからボロがでるかも知れないし、現代知識に乏しく、見た目の幼いセイバーに飛び級とかで高学歴をつけてもいいことがないからだ。
そしてセイバーは不慣れな日本で困っていたところをあたしに助けられて、その恩を返すことを誓ってあたしの傍にいると。
こうしておけばサーヴァントとして振舞ってもボロが出にくいし、あたしが”鞘”を投影できるようになって、急にいなくなったとしても不自然に思われにくいだろうと思ったからだ。
もっとも、十六歳の少女が恩を感じたからといって相手の家に居座るという部分は不自然なので、”騎士の家系”で家訓に従っている為、親公認で恩を返すまで帰れないということにしている。
騎士として振舞うということであればセイバーにとってはお手の物。 説得力を持たせるまでもなく、生前のように振舞えばいいと聞いて彼女も安心していた。
……それにしてもこの設定、雷画爺さんが聞いたら大喜びしてセイバーのこと気に入りそう。 恩義とか忠義とか大好きだもんな。
一番困ったのはライダーだ。
何しろ外見的には就労年齢に達している外国人なのに無職で、縁も所縁も無いはずの日本に滞在し、中学生ばかりの家に居候しているのだ。 警察に職務質問でもされようものなら、言い訳のしようもないほど完璧な不審者だ。
そこで一番最初に考えたのは、日本に職探しに来たというもの。
だがこれはちょっとマズイ。 なにしろライダーは日本語を流暢に操るのだ。 観光ガイドから翻訳家、上手くいけば商社にだって勤められるだろうアドバンテージを持っていて、わざわざ不慣れな日本で働く理由が無い。
かと言って留学生ということになれば、セイバー同様現代に不慣れで学が無いのが不自然になる。
そこでしかたなく、”遠坂の恩人で良家の娘”ということにした。
これだったら遠坂邸に居座っていても不自然ではないし、仕事や学校に行っていないのも”結婚するまでの道楽”と言い訳することができる。
まぁ、着ている物が庶民的過ぎるので、変装用の衣装が必要か? という意見もあったんだけど、本当は質素な方が好きで、折角実家を離れているのだから好きな服を着ているということにすればいいだろうということで、話がついた。
「ま、こんなところかしら?」
「そうですね、それぞれの特徴を生かした無理の無い設定ではないかと」
凛の確認にセイバーが納得しライダーも頷く。
一番心配だったセイバーとライダーが納得しているんだ。 後は現場でそれぞれの演技力に期待するだけだろう。
「イリヤには連絡した?」
「うん、なんかノリノリで自分も参加させろって言ってきた」
「はぁ、遊びじゃないんだけどね」
食後のお茶を楽しんでいた凛が、呆れながら溜息をつく。
イリヤの経歴は殆ど実際のものと変わらない。 ”遠坂”の知り合いで現役のお嬢様、現在郊外の別宅で使用人達と暮らしていて、時折あたし達と遊ぶ為に遠坂邸を訪れているというものだ。
その後、夕飯前に商店街で買い物をしてから衛宮邸に行くことを確認して打ち合わせは終了となった。
アーチャーは洗物をするため食器を持ってキッチンへ戻って行ったが、みんなはそれぞれ自室に戻ったり居間でくつろぐ為に食堂を後にした。
あたしは一番最後にテーブルを台拭きで拭いてから、箸やナイフ、フォークを持ってキッチンへ向かった。
キッチンでは既にアーチャーが洗物を始めていたので、あたしも急いでエプロンを着けて手伝う為に流しに並んぶ。
「そう言えばアーチャーは生前、他にどんな経歴装ったことがあるの?」
洗物のついでに雑談のネタを振ってみた。
アーチャーは水を張った食器カゴで、食器の汚れを洗剤を使わないで下洗いしながら、生前の事を思い出す為ん~……と唸りながら顔を上げて視線を彷徨わせている。
「ほとんどバゼットと同じで協会が用意したものを使っていたが、自前で用意したときは旅行者か密入国だったな」
……聞くんじゃなかった。
自身の未来が色情魔の上に密入国者なんて、全然正義の味方っぽくない。
とはいえ、切嗣の話にも似たようなことをしていたものがあったから、”正義の味方”といってもそんなものなのかな?
「その頃ってまだ”正義の味方”目指してたんだよね?」
「あぁ、”正義の味方”を諦めたのは娘が生まれて……」
「娘!? アンタ娘がいたの!?」
「な、なんだ突然」
何気なく言われた衝撃発言に、食器を落としそうになりながらアーチャーを凝視してしまった。 アーチャーもあたしの大声に驚いたのか、あたしの事を何事かと見つめている。
あ、でも色情魔だったんだから、娘どころか息子とかもそこらじゅうに何人もいたのかも。
それを言ったら、
「……お前はどういう目で私のことを見ているんだ。 凛が言ってたことは誤解だといっただろう」
と悲しそうに言われてしまった。
そうはいっても、あたしは凛がどういう誤解をしているかはっきりと知らされてないんだから、本当に誤解かどうか判断しようがないんだけだな。
それを聞いたアーチャーは用心深く辺りを確認した後、あたしの方に心持ち顔を近づけて声を潜めて凛の見た夢の話を始めた。
「つまり、凛は自分の未来の姿でアーチャーと……その、変なことしてた夢を見てしまったと?」
「そうだ、しかも感覚まであったらしい」
うわ、聞いてるこっちの顔が熱くなってくる。
しかし、アーチャーはあたしの様子に気付いた様子もなく、困り果てた顔のまま食器を洗う手を休めることなく淡々と洗い続けた。 その手つきは機械の様に正確で、既に職人の貫禄すら漂わせている。
ん? ……皿洗いの職人って、下っ端歴が長いってこと?
それにしても何というか……。 中学生には夢だけでも刺激が強すぎるのに、感覚までとは凛も気の毒に。 そりゃ殴りかかりもするってものだ。
「それから誤解の無いよう言っておくが、私が生涯関係を持ったのは凛……いや、”遠坂”だけだ」
ぶっきらぼうに、でも少し誇らしげに告げるアーチャー。
それを聞いたあたしは、不覚にもアーチャーのことを一途でちょっと可愛いと思ってしまった。
「凄く凛のことが好きだったんだね」
「んぐっ……」
あたしの一言にアーチャーは息を詰まらせたような音を立てて口角を下げ、半眼でこっちを睨んでくる。 色黒で判りづらいけど、心持ち顔も赤くなっているようだ。
それを見てあたしは自分の顔がニヤけるのを抑えることができなくなってしまった。
「全く、そんな所ばかり似てくるんだな」
「何が?」
「いや、今の笑い方はまるっきり凛のようだったぞ」
「あたしはあんなに意地悪じゃない」
ふっと鼻で笑いながら洗物に再び専念するアーチャー。
思わずあたしは反発してしまったが、よく考えればそんなこと当たり前か。 何しろ一年以上一緒に暮らしてずっと傍にいるんだから、仕草とかだって似てきてくるというもの。
「へぇ~、誰が意地悪ですって?」
「えっ!!」
いきなり背後から声が掛けられた。
あたしは驚いて振り返ったが、アーチャーはいつから気付いていたのか全く動揺する素振りを見せず、あたしが落としかけたお皿を受け止めた。
「詩露ちゃん酷いわ~、お姉さん、か、な、し、い、な!」
「う、うぐぐ、だ、駄目駄目、凛! お腹絞めたら口から溢れちゃう!」
手が濡れてて身動きできないあたしを後ろから抱きしめて、凄くいい笑顔のままお腹を締め付けてくる凛。 お昼を食べたばかりということもあって、口から中身が出てきそうになる。
それでなくっても今日は藤ねえに締め上げられてるんだから、これ以上傷めつけられたら本気で堪ったものじゃない。
「ふ、こんなポヨポヨなお腹じゃ、本当に戻しかねないから今日のところはこのくらいで勘弁してあげるわ」
「ちょ、やめ、く、くすぐった……あはは」
締め上げるのを止めてくれた凛が、今度は服の下に手を入れてあたしのお腹を撫で回す。
運悪く今日はキャミソールなせいで、簡単に捲り上げられてしまった。 ……というか、何このセクハラ。 もしかして足裏代わりの新しいお仕置きですか?
「仲がいいのは微笑ましいのだが、何か用かね?」
食器を洗い終わったアーチャーが、エプロンで手を拭きながら呆れながら問いかける。
「あぁ、忘れてた。 詩露、わたしのルビーのペンダント知らない? 今日衛宮の家に行く時持って行こうとしたら、見当たらなかったから探してるよ」
あたしのお腹に手を回したまま、後ろから覗き込むようにして聞いてくる凛。
その時あたしの体を横に動かすようにした所為で思わずよろけてしまったが、凛がしっかりと抱きとめてくれた。
「また? 凛の部屋に無いんだったらあたしの部屋じゃない?」
「はぁ、やっぱりそうか。 ちょっと探すの手伝って」
あたしの肩に凭れ掛かって項垂れる凛。 彼女の散らかし癖は今尚健在で、時々余りにも思いもよらない場所から探し物が出てきたりして、笑い話のネタにされたりしている。
特にペンダントは毎日持ち歩いているにも関わらずよく無くしているので、最終的には魔術で探したことすらあるほどだ。
「ん、いいよ。 ……って、いつまで抱きついてるの?」
「いや、お腹の感触が癖になりそうで」
「……癖にしないように」
部屋でペンダントを探し始める時、一番始めに探すのは枕の下と布団の中だ。
寝惚けた凛が、ポケットに入れておいたペンダントをそのまま手近な場所に置くことがあり、この二つの場所は一番気付きにくい上によく置いてある場所でもある。
一度など、あたしの寝巻きに入っていたことがあって、「くれるの?」と聞いたら慌てて引っ手繰られた。
そんなに大事なら決められた場所にしまっておけば良いのにと思うんだけど、それができれば苦労はしないんだろうな。
「あ、そういえば聞いてみたかったんだけど、衛宮の家に住むのって何時決めたの?」
ベットの上でゴソゴソやってるあたしは、後ろでクローゼットをゴソゴソやってる凛に聞いてみた。
正直こういう話の展開は考えてなかったから、凛が何時衛宮の家に行くことを決めたのか気になってたんだよね。
「ん~……、桜が魔術から足洗うって決めた時かな?
遠坂の家だと魔術を秘匿する必要がないから、あの子だけ疎外感感じちゃうかもって心配になったのよ。
その点、一般人が出入りする衛宮の家だったら普段から魔術の話題が飛び交うことも無いだろうし、最悪アンタと一緒に藤村の家に厄介になるように話をもっていければいいかな~って。
……可笑しいわね、ここにも無いじゃない」
人のショーツを引っ掻き回している姿はなんだけど、あたしはちょっと凛に感動してしまった。
本当に凛は、桜が大事なんだね。