『剣製少女 Epilogue』
気が付くと遠坂邸の自室に寝かされていた。
今の時間は……そう思って、寝惚け眼で枕もとの時計を確認してみると、昼の十時だということがわかった。
「気が付きましたか、シロ」
不意に掛けられた声に驚いてベット脇を見てみると、セイバーが椅子に座ってこちらを見つめていた。
「お早う、セイバー」
笑顔でそう挨拶をしたが、セイバーは苦痛の表情で目を逸らしてしまう。
「どうしたの?」
「すみません、貴方を守る筈の私が不意を打たれたなどと言い訳にもなりません。
どのような罰も受ける覚悟は……」
「ちょ、ちょっと待った!」
なんか、話の方向がおかしなことになっている。
あたしがアサシンの宝具か魔術で倒れたのは、自業自得の筈。
しかも、アサシンには”気配遮断”のスキルがある上に、あの大聖杯のあった場所は濃密なマナによって普通のサーヴァントの気配すらわからなかった。
そして極めつけにセイバーはあたしの怪我の治療の為に、あたしの体内の鞘に集中していたんだ。 これでセイバーが悪いというのはちょっと無茶だと思う。
「いえ、そのような事は言い訳にもなりません。
幸い鞘のお陰で最悪の事態は避けられたとは言え、私の非は否めません」
あぁ何というか真面目なセイバーらしい考え方だけど、そのセイバーのお陰で命が助かったのだから、差し引きゼロでいいような気もするんだけど、それじゃ納得しないんだろうな。
仕方ない、此処はお咎めなしにしないで敢えて罰を与えることで、セイバーにも納得してもらおう。
「わかった。 なら、あたしが倒れた後の事を教えて。 それを罰にしよう」
「シロ。 お気持ちはありがたいのですが、それは罰になっていません」
う、やっぱりダメだったか。 まぁ、方便みたいなものだから、納得しないかな? とは思ってたけど。
「じゃあ、取りあえずあの後のことを聞いて、それから罰を決める。 それでいいでしょ?」
「わかりました。 しかし、そういう事でしたら話は後にしましょう。 皆も心配していました。 話は昼食の後に皆とすることにして、まずはお風呂に入ってはどうでしょう? シロは気付いてないかもしれませんが、あれから丸々二日寝ていたのですよ」
「ふ、二日!?」
気付かなかった。 特に床擦れとかもなかったし、少し体がだるかっただけだったから、てっきりあの日の翌日なのかと思ってた。
ってことは、今は土曜の昼なのか。
「そっか、そんなに寝てたんだ、あたし。 ん、ならお風呂入っちゃおうかな」
そういってベットから起き上がろうとしたら、腕が軽く震えていた。
なるほど、確かに体は弱っているようだ。 これは髪洗うのがちょっと億劫かな? と思っていたら、おずおずという感じでセイバーが、
「それでですね、まだ体調が万全ではないでしょうから私が一緒に入ったほうがよろしいかと」
セイバーは負い目があるからか、初日のように強気に行かず、でもはっきりと言ってきた。
でもそんなこと言われたってなぁ。
「え……っと、全然よろしくありません」
結局、体力が回復していないと言う事でセイバーに髪を洗ってもらって、お仕着せに着替えてからキッチンに行くと、アーチャーが朝食の支度を終えていた。
「起きたか。 体の調子はどうだ?」
「うん、体力がガタ落ちになってる以外は調子いいよ」
調理の手を休めず聞いてくるアーチャーに、力こぶを作るポーズで答える。
まぁ、あたしに力こぶはないんだけど、気分の問題ってことで。
「そうか、なら無理はせずに座って待っていろ」
「え、でも……」
それは悪いんじゃないか? と思ったけど、アーチャーは追い払うように手を振って調理に戻ってしまった。
まぁ、調理っていってももう殆ど終わっていて、後は盛り付けをしていくだけみたいだからいいか。
何もやらせてもらえそうもないので居間に行くと、みんなから熱烈な歓迎を受けてしまった。
特に桜ちゃんは半べそをかきながら抱きついてきて、「よかった、よかった」と頭を何度も撫でられてしまった。
なんだか照れ臭くもあり、嬉しくもあって居間の雰囲気はちょっとしたパーティーのようだった。
朝食のメニューはバナナジュースとシチューとパン、メインはチーズオムレツで胃の弱っているあたしにも無理なく食べられるものだった。
ちなみに、オムレツは中が半熟とろとろでチーズも余熱で柔らかくなっていてかなりの絶品だった。
食後のお茶をしながら早速本題となった。
正直食事の時も好奇心が刺激されて我慢するのが大変だったんだけど、折角の料理が冷めても勿体無いので一心不乱に食べていたのだ。
「桜には既に話してあるから、アンタが気を失った後の事からでいい?」
そう言って凛が一同を見回すと全員が頷いていた。
しかし、期待していたあたしとは裏腹に、話の内容自体は至ってシンプルなものだった。
結局あたしはアサシンの宝具によって心臓を破壊されたが、聖剣の鞘によって一命を取り留めた。
アサシンはランサーの宝具によって倒され、臓硯は遅れてやってきたアーチャーの剣群によって殺され、大聖杯はイリヤとラインを繋いだセイバーの宝具によって破壊されたということだった。
勿論詳しい説明は受けたのだが、なんだかあたしには自分が参加したという現実感のようなものが感じられなかった。
まぁ、その時のあたしは意識を失っていたのだから、現実感もなにもないんだろうけど、折角見た映画でクライマックスだけ見逃して、人から聞いたような空虚感を感じていることは確かだった。
「そっか、じゃあ聖杯戦争は本当に終わったんだ」
「そうね、事後処理はまだ色々あるけれど、冬木の聖杯戦争はこれで本当に終わったわ」
安心と後悔が綯い交ぜになったような複雑な表情の凛。
たぶん管理者としては安心できたけど、魔術師としては”根源”に至る手段を自らの手で潰したことに、ジレンマのようなものを感じているんだろう。
そしてちょっと聞くのが怖いけど、もう一つはっきりさせておかないといけないことがある。
「あの、さ……聞きたいことがあるんだけど」
あたしの聞き方で察したのか、凛とイリヤが目を合わせる。
「言峰が言ってた事だけど、あたしが性転換した理由っていうのは見当ついてるの?」
「それね……」
なんかさっきまでの話よりも重苦しい雰囲気になった。
やっぱり二人には見当がついていて、尚且つそれは元に戻れる可能性がない、もしくは低いってことなんだ。
「二人とも大丈夫、覚悟はできてるから話して」
「はぁ、わかった。 いいわね、イリヤ」
「シロがいいって言ってるんだから、私は別に……」
二人ともあたしに気を使ってくれてることが、痛いほどわかる。
それだけで十分だ。 後はあたしの気持ちの問題。 もし戻れないとしても、諦めなければなんとかなるかも知れない。
「わかった。 でも勘違いしないでね。 これはあくまでわたしとイリヤの推測ってだけで、これから調べていかないと、本当の事はわからないから」
そう前振りをしてから凛は話し始めた。
まず大前提として聖杯の泥は対象の心身を破壊するものだ。 切嗣もその泥の所為で僅か五年で命を落としている。
その泥をあたしにかけたからといって、体を破壊せずに別物に作り変えられることはありえない。
言峰が死なずに泥が心臓の代わりを果たしというのは、彼がギルガメッシュという三分の二神と言う特殊なサーヴァントと契約していたからではないかと凛は考えた。
だから、ギルガメッシュと契約していないあたしに泥を使った場合、切嗣と同じく心身を破壊され死に至る筈だった。
ところが此処で一つの要素が加わった。
”聖剣の鞘”だ。
聖剣の鞘は持つ者に不老不死を与える。
それはセイバーを見ればわかるように、彼女は聖剣の鞘の為、聖剣を抜いた当時の姿のまま王として十年近くの歳月を過ごしている。
そして、泥によってあたしは死に、根源に向かって徐々に魂を拡散させながら消えていくはずだったものが、聖剣の鞘によって復元されてしまったのだ。 女として。
ここからは確証がなく、完全に憶測でしかないと前置きをしながら凛は話を続けた。
恐らく一度死んだあたしは、魂が拡散してしまいその時性別を決定付ける要素を失った。
しかし、魔術回路が起動した状態で魂が根源に向かったため、聖剣の鞘が本来の力を発揮してあたしの体を復元しようとしたが、魂に欠落があり、その欠落した情報を本来の持ち主であるセイバーのもので補ったのだろうと。
その為、肉体の復元をしようとした時、魂の状態と齟齬が発生した。
そこで鞘は魂の情報を元に肉体を復元したため、泥に汚染された部分だけでなく男としての要素全てを作り変えてしまったのだろうと。
そんな事が可能かといえば、
「恐らく可能だろ」
と答えたのは凛ではなくアーチャーだった。
なにしろ彼は男の体のとき、身を持って擬似的な不死性を聖杯戦争の時に体験している。
ということは、鞘は男女の区別なく肉体の再生が可能だし、極端な話鞘が本来の力を発揮するのなら、肉片一つからでも全身を復元することが可能なのだろう。
「ってことは、初めて凛に言われた可能性が現実のものになっちゃったってことだね」
「まだ確証はないって言ったでしょ」
何となくだけど納得できたあたしは紅茶を一気に飲み干し、ほっと一息ついていると凛が念を押してきた。
とは言え、凛だけじゃなくイリヤも納得している理由なんだったら多分そう間違った考えじゃないんだろう。
「判った。 じゃあ、あたしちょっと出かけてくるから」
「は?」
あたしの唐突な話にキョトンとする一同。 ちょっと面白いかも。
あのアーチャーですら目を見開いている。
「ちょっと何処へ行くつもり?」
なんか真剣な表情に変わって問い詰めてくる凛。
「え……大聖杯のあった場所だけど」
「シロ、もしかして世を儚んで……なんて言い出さないよね?」
何故かイリヤが泣きそうになりながらあたしに抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと、何勘違いしてるか知らないけど、単に大聖杯見に行きたいだけだから」
そう、さっきの話で聖杯戦争が終わったって実感が湧かないあたしは、実際に破壊された大聖杯を見ることで、少しは実感が湧くかと考えたのだ。
「シロ、私もご一緒してよろしいですか?」
「あ、セイバーも一緒に行く? じゃ、帰りに夕飯の買い物もして行こうか」
あたしが立ち上がると、イリヤは自然と手を離したのでそのまま着替えるためにセイバーと一緒に部屋へと向かった。