(思ったほどでもない)
それが私のランサーに対する評価だった。
正対した時の獣のような圧迫感を考えれば、この程度の者とは思えなかったが彼は本調子ではないようだ。
それがマスターの力量不足か、彼自身の事情かはわからないが、油断は禁物だ。 なにしろ彼はアイルランドの大英雄”クーフーリン”。 その魔槍は因果の逆転により”必ず心臓を破壊する”というもの。 私の”約束された勝利の剣”のような破壊力はないものの、こういった一騎打ちにはうってつけの宝具だ。
対して私の”約束された勝利の剣”はこのような狭い場所では使えない。 戦いが終わった後に、瓦礫の中からマスターを掘り返さなくてはならない事にでもなったら目も当てられない。
早くシロの元に向かいたいものの焦りは禁物。 彼に宝具を使わせる隙を与えず、且つ槍を存分に使えないよう多少強引にでも前に進みながら一手一手相手を追い詰めていく。
(私が行くまで無理をしないで下さいよ、シロ)
私は小柄で無鉄砲で正義感溢れる少女を思いながら、再び聖剣をランサーに叩きつけた。
『剣製少女 第五話 5-5』
時間と共にあたし達は次第に言峰を追い詰めていた。
元々格闘訓練で二人掛かりの戦い方は経験していたが、今はあたしの魔術を思う存分使える事で更に優位に戦いを進められていた。
特に投影は攻撃だけでなく、防御にも効果を発揮することに気付いてからは、凛にも余裕が出てきた。
「どうしたの綺礼。 息が上がってるじゃない」
「ふ、無駄口を叩くのは止めを刺してからにするんだな」
凛の脇差での突きを左足を軸に身を捻って交わしざま、後ろ回し蹴りを出す言峰。 あたしはその蹴りに投影した刀を並べて壁を作って威力を殺す。
もっとも、言峰も強化された足でその壁を蹴り破ってしまうのだが、凛は刀を壁にして自分の攻撃の瞬間を隠したまま、破壊された刀の残骸を越えて脇差で言峰の足を刺しに行く。
あたしの投影したモノは破壊されると瞬時に魔力に戻ってしまうので、こういった無茶もできる。
もしこれが本物の刀だったら、破片が飛び散ってしまって凛にも怪我を負わせてしまうのだろうけど、破壊される傍から魔力に戻るのであればそういった危険を気にする必要もない。
言峰は凛の脇差を膝の動きだけで跳ね上げ、そのまま狙いを凛の顎に変え逆足で蹴りにいく。
凛は脇差を交差させて蹴りを受けるが、その蹴りを受けた脇差はガラスが割れたような音を立てて砕けてしまう。 あたしはすぐに新しい脇差を凛の手元に投影したが、これで投影した脇差はそろそろ二十本に届こうかというほどになる。
神秘が全く篭っていないただの脇差じゃ、言峰の強化された蹴りには到底適わない。
それは判っていたことだけど、いい加減きりがない。
とは言え、このままでいけば間違いなく言峰を倒せる。
言峰は心臓の機能が低下している所為で、かなり持久力が落ちている。 消極策かも知れないけど持久戦にすれば、必ずあたし達が勝てる。
……持久戦に持っていければだけど。
「どうした詩露。 辛そうだな」
挑発のつもりか、言峰は凛の脇差での突きを素手で掴んでこちらに笑いかける。
「くっ……」
(詩露、大丈夫なの!?)
(へ、平気。 凛は気にしないで……)
言峰の声に凛は振り返ることなく、念話で気遣ってくれるけど強がっておいた。
正直魔力不足で息が上がってきたし、頭痛が酷かったけどここは正念場。 泣き言なんて言ってられない。
(馬鹿、強がってんじゃないわよ。 辛いんだったら無理せずに、わたしから魔力を持って行きなさい)
距離が近すぎる所為で有効打が出せない凛が、魔力を持って行けと言ってくれるがそれはできなかった。
彼女のサーヴァントであるアーチャーは今ギルガメッシュと戦っている真っ最中。 固有結界を維持するのにどれだけの魔力が必要なのかわからないが、彼が生前戦った時は展開するだけで凛の魔力の大半を持っていったそうだ。
ギルガメッシュとの戦いが長引いた時のことを考えると、凛から魔力を持っていくことは得策ではない。
本来だったらあたしの魔術回路は固有結界に特化している上、投影はその固有結界から漏れ出た魔術。 その上アーチャーの聖杯戦争当時と比較しても魔力量は多いのだから、この程度の投影で魔力が足りなくなることなんてない筈なんだけど、武器を飛ばす魔力放出は全くあたしの属性とは関係ない。 これだけ連発していれば、魔力も足りなくなるというものだ。
でも
(本当に大丈夫。 それより言峰も息が整ってきてる。 畳み掛けるよ)
(ええ、でも無茶すんじゃないわよ)
(了解)
あたしは返事と共に矢を三本投影して、言峰の足元から上に向けて射出した。
しかし言峰は靴の裏で三本共払うようにしてあっさりかわしてしまった。
駄目だ。 やっぱり言峰にはこの程度じゃ威嚇にもならない。
刀でさえ有効打になっていないのに、矢での攻撃じゃ話にならない。
いくら重量がない分魔力放出の負担が少ないとは言え、これじゃ魔力の無駄遣いだ。 やっぱり多少無茶でも刀での攻撃じゃないと意味がない。
(シロ、魔力が足りないなら私から持っていきなさい)
あたしがそう決意したところで、イリヤが念話で呼びかけてきた。
どうもあたしのラインを通して状況を確認していたようだ。
(イリヤ? ……ありがとう。 でも大丈夫なの?)
(私にはサーヴァントがいないし、魔術を使うわけでもないんだから気にしないで持っていきなさい)
確かにイリヤの魔力は人間と比べたら桁違いだし、バーサーカーを従えていない今なら何のリスクもない。
それにセイバーとランサーの戦いに魔術で介入することもできないのなら、あたしが魔力をもらったとしても問題ないのかも知れない。
(わかった。 ならちょっと貸してね)
(ふふ、その代わり全部終わったら一緒にお風呂入ろうね♪)
等価交換のつもりか、交換条件を出してきたイリヤ。
うぅ、また悪戯されそうで嫌なんだけど、
(……ほ、他の条件じゃ駄目?)
(ダ~メ♪ 楽しみにしてるから)
ま、背に腹は変えられない。 お風呂を一緒に入るだけで魔力を分けてもらえるなんて、普通の感覚で言ったら破格の条件なんだから、ここはイリヤの好意に甘えておこう。
(わかった。 その代わり遠慮なくもらっていくよ?)
(大丈夫。 シロの魔力貯蔵量なら何人分持っていっても問題ないわ)
それはそれでなんか情けなくなってくるけど、確かにイリヤとあたしの魔力貯蔵量じゃ比べるべくもない。
だったらお言葉に甘えて!
「ふぅー……」
イリヤとのラインを通して魔力があたしの体を満たしていく。 魔力が満ちると共にさっきまでの頭痛や倦怠感、息切れは嘘のように消え、代わりに体中に活力が満ちていく。
「さて、綺礼。 詩露の魔力も心配なくなったみたいだし、絶体絶命ね。
大人しく降伏したほうがいいんじゃない?」
ラインを通してか、あたしの魔力を感知したのか、凛はあたしの状態に気付いて言峰に揺さぶりをかけている。
確かに魔力の心配がなくなれば勝負は決まったようなものだ。
これで持久戦に持っていくのになんの心配もないし、持久戦になれば今の言峰に勝ち目はない。
「無駄口を叩くのなら止めを刺してからにしろ。 そう言った筈だろう」
パンッ! という乾いた音が三回続いて洞窟の中に鳴り響く。
凛は膝から崩れ折れ、そのまま力なくうつ伏せに倒れた。
「え?」
倒れた凛の体から赤い液体……が溢れ…………言峰の手に……アタシヲ…………リン……が……。
「魔術師だからといって、銃を使うとは思わなかったか?
貴様の養父につけられた傷、今度はそっくりそのまま娘のお前に刻んでやろう」
「言峰! テェメーッ!!」
俺は投影した刀を言峰が持つ銃口目掛けて射出する。
言峰はそれに反応し切れなかったのか、銃が言峰の手から弾かれるように後ろへと飛んでいく。
しかし、それを気にした風もなく俺に向かって突っ込んできた。
「よくも凛を!」
「馬鹿が!」
俺の突きに左手を添えて体ごと左に体を捌いて膝を繰り出してくる言峰。
その言峰に自分の背中から三本、脇の下から言峰の膝に向けて一本、言峰の背中から二本を投影して射出する。
言峰は俺の手を握って前方に引きながらしゃがみ込んで刀をやり過ごそうとするが、それはもう予測済み。 既に凛との戦闘で見ている。
俺は言峰の力に逆らわず前方に体を投げ出して、膝に向けて射出した刀を掴んで起き上がりざま切り上げる。
しかし、言峰はその刀を自身の体を腕一本で支えて体を浮かせながら蹴り砕く。
まずい、一対一じゃ言峰を攻めきれない。
俺の魔術回路は二十七。 投影と魔力放出を同時にやろうとすると、それぞれを魔術回路一本に割り当てても十三本の投影が限界だ。
しかも投影にかかる時間も考えると、十三本全てを同時に使ってしまうとその時点で言峰の反撃には耐えられない。
そして最悪な事に、魔力放出での攻撃だけでは言峰を捉えきれないということだ。
(イリヤ! 凛がやられた! こっちに来れないか!?)
(わかってる! でもこっちも戦いが激しくなってて、とても動けないのよ!)
兎に角凛の怪我だけでもなんとかしないと、と思ってイリヤに念話で助けを頼んだけど、向こうは向こうはで大変なようだ。
これでは当然セイバーを令呪で呼ぶこともできない。
凛には魔術刻印がある。 そうそう死ぬようなことはないと信じたいけれど、銃創の場合どうなるかわからない。
なんとか言峰を倒して、早くイリヤに凛を診てもらわないと、
「どうした、手詰まりか?」
くそ、凛と戦ってた時と違って、言峰はかなり余裕が出てきている。
投影だけだったら負ける心配がないって事かよ。
「早くしないと凛が死んでしまうぞ」
焦るな。 コイツはこうやって俺を追い詰めて楽しんでいるだけだ。
まだ凛は間に合う。 助けられる。
「諦めろ。 お前では凛は助けられん。 せめて男のままだったのなら結果は違っていたかも知れんがな」
手はある。 俺の魔術特性を考えればできる筈。
問題は俺と奴の体格差だ。
身長にして四十センチ以上。 腕の長さ(リーチ)だけを考えても三十センチは差がある筈。
折角思いついた手も、これを克服しないと話しにならない。
「さて、諦めはついたか? これが最後の訓練だ。 師の技で逝けることをせめてもの慰めと思え」
「逝くのはテメーだ!」
何が慰めだ! コイツだけは絶対俺の手で決着をつけてやる!
とにかく頭だ。 頭を守って言峰に向かって突進して行く。
「ふ、最後の手が只の特攻とはな。 貴様に教えてきた時間は無駄だったようだな」
腰を落として迎え撃つ言峰。 左手は拳を握っているが、右手は貫き手の構えを取っている。
狙っているのは恐らく目、喉、心臓、鳩尾のどれか。 そして強化した貫き手なら、何処に当たろうが俺の体なんて紙を裂くように打ち抜けるだろう。
「うおぉぉ──!!」
「ふっ!」
言峰の貫き手が俺の心臓を打ち抜こうと迫る。
「投影(トレース)、開始(オン)」
しかし奴の貫き手は俺まで届かない。
「くっ!」
言峰の指先には俺が唯一投影できる礼装、アゾット剣が強化されて投影されている。
アゾット剣自体は特に力の強い礼装でもなんでもなく、只の剣の形をした魔杖だ。
但し、アゾット剣は所持者の魔力を増幅し、魔術行使を補助・強化する特性からこれまでの日本刀のように一撃では簡単に砕けないで済むだけの強化をできるというわけだ。
そして驚愕している言峰の腕を回り込むようにして体全体で言峰に抱きつく。
言峰は元々一撃は耐えてカウンターを入れようと思っていたのか、俺はすんなりと懐に潜り込めた。
「何の真似だ? この状態で剣を撃ってきたとしても無駄なことぐらいわからんか?」
「あぁ、撃ったとしても無駄だろうな。 でもこうしたらどうだ!」
──投影(トレース)、開始(オン)