凛が着替えに行ったので、配膳はアーチャーに任せてあたしはイリヤと桜ちゃんを起こしに行った。
「ほらイリヤ、朝だよ? 起きて」
「ん~……、あぁ、おはようシロ。 ちゅっ♪」
「う、うんおはよう。 ちゅうぅ」
『剣製少女 第四話 4-5』
昨日の教訓というと大げさだけど、昨日みたいに大騒ぎするとイリヤは悪戯心が刺激されるのか、よからぬ事を企んでくるのでなるべく冷静にキスを済ませた。
加減がわからなくってちょっと長く吸いすぎちゃったけど、なんとか上手にできたかな?
「ふふ、ありがとう。 もうちょっと愛情が篭ってると嬉しいかな?
精進するように」
「……はい」
駄目だしされちゃったか。 でも、こっちはまだそんな余裕がないからしょうがない。
まぁ、その内慣れて上手にできるようになると思うけど……上手なキスってなんだろう?
イリヤは寝起きがいいようで、凛と違って起きてすぐ着替えだしたのであたしは桜ちゃんを起こしに行こうと思ったら、戸口にその桜ちゃんが呆然としながら立っていた。
「あ、おはようさくらちゃん。 今起こしに行こうと……」
「お、おお、おはようございます!」
「……どうしたの?」
「い、今の……」
「今の? ……あ!」
しまった。 キスしてるとこ見られちゃったか。
うぁ、どうしよう。 桜ちゃん真っ赤だよ。 って、たぶんあたしも同じように真っ赤になってるだろうけど……。
「あ、あれは朝の挨拶っていうか、ほ、ほら、イリヤって外国の出身だからしょうがないっていうか!」
「そ、そうですよね!」
「ちょっとシロ、しょうがないっていうのはないんじゃない?
おはよう、サクラ」
「あ、おはようごさいます、イリヤちゃ……」
ちゅっ♪
「……え?」
「ふふ、サクラにも朝の挨拶」
「あ、ありがとうございます!」
いや、そこはお礼いうとこなの? なんか、あたしの感覚と桜ちゃんの感覚はちょっと違うらしい。
「あ、あの詩露ちゃんは?」
「え!? あ、あたし!?」
そう言いながら上目遣いではにかむ桜ちゃん。
いや、そこであたしに振られても……。
「そうよう、シロもしてあげれば?」
「だ、駄目だよ! だって桜ちゃん女の子なんだから、キスなんてできないよ!」
「でもイリヤちゃんとは……」
「イ、イリヤとは姉妹だし、外国人だから……」
「だ、大丈夫です! わたしも姉さんもクウォーターだから外人さんみたいなものだし、わたし詩露ちゃんのこと本当の妹みたいに可愛く思ってますから!
だから遠慮なくドーンと来ちゃって下さい!」
いや、あたしの方が年上だし……。 というか、
「桜ちゃん達ってクウォーターだったの?」
「はい。 あまりちゃんと覚えてないんですが、確かそう聞いてます。
詩露ちゃんは姉さんから聞いてないんですか?」
「うん、初めて聞いた」
実際凛とは一年以上一緒に暮らしてきたっていうのに、まだまだ知らないことってあるんだな。
でも、言われてみれば確かに凛の容貌は日本人離れしたとこあるな。
……あれ? でもそうなると、この家にいる生粋の日本人は、あたしとアーチャーの二人だけってことにならない?
「もう、いいから早くキスして上げなさいよ、シロ」
「そうです、そういう訳で全然遠慮とかいりませんから!」
「いや、遠慮とかじゃ。 って、何後ろから押さえてるの、イリヤ!」
「ほらほら、じっとしてればすぐ済むから」
「ちょ、ちょっと待って桜ちゃん!」
「う……もしかして、詩露ちゃんはわたしとするのがイヤなんですか?」
あぁ、そんな泣きそうな顔しないで~。 切嗣の教育(呪縛)のせいか、女になったとはいえあたしは女の子の泣き顔に弱いんだから。
「違う! 違うから泣かないで! そうじゃなくって、女同士でこういうのって変じゃない?」
「全然変じゃないです! 可愛いものを抱きしめたり、頬擦りしたり、キスしたりって誰にでもあると思います!」
あぁ、なんとなくわかってきた。 昨晩の凛もそうだったけど、二人ともあたしのこと男としてとか女として見てるわけじゃなくって、単に可愛い物……人形とかヌイグルミみたいな感覚で見てたのか。
ははは、なんか自分の存在意義ってものに疑問を感じてきちゃったよ。
それはともかく、だから二人とも恥ずかしいとか思わないんだな。 でもそれだったら桜ちゃんの方が、あたしなんかよりよっぽど可愛いのに。
「それにわたし、ライダーとは違いますから!
だから安心して……」
「サクラ、それはあんまりかと……」
「うぇ! ラ、ライダー!?」
あたし達が大騒ぎしていると、戸口の向こうからかなり落ち込んだライダーがこちらを伺っていた。
あちゃ~……。 最悪なタイミングだ。
「ち、違うのライダー! これは言葉の綾っていうか、ライダーの趣味を否定したわけじゃなくってね?」
「ですから、私も別にそういう趣味なわけではありません。 それより朝食の用意が整っているそうなので、早めに来て頂けますか?」
「あ、うん、ごめんね、ライダー……」
「大丈夫、怒ってなどいませんよ」
そういって桜ちゃんに笑いかけるライダーは本当に怒っていないのか、全然棘のない笑顔で応えた。
「ただ、先程のお話から、私もキスを受ける権利があると思うのですが?」
……ライダー、本当にそういう趣味じゃないの?
怪しく光るライダーの眼鏡の奥の目が、あたしにはやらしく微笑んでいるように感じて仕方がなかった。
朝食の後、場所を居間に移してお茶をしながらの作戦会議になった。
「まず状況を整理しましょう。
現在確認できているサーヴァント……いえ、確認できていないサーヴァントはキャスターのみ。
そしてアサシンはアーチャーが知っている聖杯戦争とは全く違う奴が召喚されている。
それからギルガメッシュも現界していて、聖杯であるイリヤの心臓を狙っている。
ここまではいいわね?」
凛が腕を組みながら指を一本立てて見せながら、あたし達を見回して確認する。
それに対してあたし達は特に発言することなく、首肯することで答えた。
「次に大聖杯は本来の聖杯戦争よりも三年早く起動している。
しかし、霊脈の乱れなんかは特に感じられない。
……イリヤ、大聖杯はアインツベルンの人間以外にも外部から干渉することはできるの?」
「無理だと思う。 というか、そんなことアインツベルンの人間にもできない筈よ。
できてたら、遠坂の霊脈が枯れるのも気にしないで抜け駆けしようとしてた筈だもの」
「まぁ、その発言には色々言いたいことはあるけど、今はいいわ。
となると、どこからマナを持ってきたか? ってことが、最大の謎になるわ。
もし、人間の魔力や生命力で補おうとしてもとても足りるとは思えないし、アーチャーが言ってた様な新都での昏睡事件も起きていない。
そうなると、鍵を握るのはキャスターってことになると思うんだけど、アーチャーは何か思い当たることはない?」
それまで、腕組みをして神妙な面持ちで話を聞いていたアーチャーは、顎に手をやって思案するように目を閉じたが、しばらくすると目を開け諦めたように
「私の知っているキャスターに関しては、思い当たる節はない。
それどころか、此度の聖杯戦争でのキャスターが私の時と同じだという自信もない」
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。
私はどれだけ時期がズレようと、マスターが変わることはないものと思っていた。
当然、マスターが変わらなければ、呼び出されるサーヴァントも変わることはない筈だと。
だが、実際には臓硯がアサシンを呼び出し、自らがマスターとなった。 これは私にとっては予想外だ。 だとしたら、もう一人ぐらい本来のマスターとは別のマスターが出てくるということも有り得るのかも知れん」
そういってアーチャーは再び思案するように目を閉じた。
そういえばアーチャーはキャスターの本当のマスターを知らないんだっけ。 とはいえ、それは葛木さんが魔術回路を持たない一般人だったからということで立てた、アーチャーと彼の世界の凛が出した推測でしかないそうだけど。
確か彼は魔術教会から派遣されていて、そのまま消息不明になったとか……。
「と、なると、本来アサシンのマスターであるキャスターが別のサーヴァントだったからアーチャーの知るアサシンは呼び出されず、その穴埋めに臓硯が収まったってこと?」
「そうだ。 あくまで可能性の域をでないがな」
そこまで話した時点で、全員が黙り込んでしまった。
といっても、あたしは予想が立てられるほどの知識がないし、他の面々もそれは大差ない様で黙ってはいてもこれといって悩んでるようでもない。
どちらかというと、主に魔術に詳しい凛と、既に別の聖杯戦争を体験しているアーチャーの考えを邪魔しないように静かにしているという感じだ。
「ねえ、それってそんなに大事?」
「はぁ!? 大事って、一番問題になることでしょうが!」
退屈になったのか、あたしの膝に寝転んできたイリヤが凛に向けて疑問を投げかけると、問いかけられた凛は驚きのあまり怒っているかのように答えた。
「だって今の状況じゃ、どう考えたってわかんないと思うよ?
だったら、キャスターを捕まえる方法か、キャスターを無視して大聖杯を壊す方法を考えた方がいいんじゃない?」
「私もイリヤスフィールに同感です。
キャスターに対する警戒は必要でしょうが、全く情報がない今対策は立てようがない。
ならば本来の大聖杯破壊の段取りを進めて、キャスターが現れたらその場で対処する以外ないと思います」
「ん~……」
イリヤとセイバーに言われた凛は、納得いかない様で二人の意見に唸っているけど、あたしも同感だ。
行き当たりばったりなんて危険でしょうがないとはいえ、こっちはサーヴァントは一流でもマスターは揃って半人前。 潜在能力でいえば凛やイリヤは一流だったとしても、あくまで中学生、まだまだこれからの存在だ。
そんなあたし達が、魔術のエキスパートであるキャスターを出し抜いて探し出すことや、対策を立てようったって恐らく無理だろう。
凛も理性ではわかってはいるんだろうけど、感情的には不明な部分……この場合で言えば、キャスターの存在と大聖杯が満たされた理由っていうのを放っておくのが我慢できないんだろうなぁ。
「ま、どちらにしても、キャスターのクラスで召喚されるようなサーヴァントだったら大聖杯がなくなればすぐわかるだろうし、そうなれば事態の確認の為に姿を現すでしょうからその時聞けばいいじゃない。
もっとも、本当にキャスターが大聖杯を満たしたんだったら、大聖杯のすぐ傍にいるでしょうけど」
「はぁ、問題を棚上げするのって気持ち悪いけど、しょうがないか。
わかった、切り替えましょう。
それじゃあ、大聖杯の破壊についてだけど今夜は全員で行く?」
そういって再びあたし達を見回す凛。
昨夜はイリヤと桜ちゃんを残した所為で、ギルガメッシュに間隙を突かれた形になってしまったから、今度は全員で行くことでフォローし合おうっていうことなんだろう。
「すいませんが、私とサクラは残るか何処か別の場所に避難しようと思います」
「ライダー?」
「すいません、サクラ。
ですが、私の戦い方では狭い空間ではその真価を発揮できないのです」
「確かに洞窟ではライダーにできることは限られてくるな」
「そうなると、わたしはシロ達と一緒に行くべきね。
また残ってたらギルガメッシュがこっちに来ちゃうかも知れないし」
「はい、あの者以外であればそうそう遅れをとることはありません」
「決まりね。
じゃあ、桜は残って他は全員で大聖杯に向かいましょう」