マンションに帰宅後藤ねえと夕食を食べながら、遠坂との同居の話を切り出す。
「駄目よそんなの! 二人とも子供なんだから。
大体詩露、体のこととか考えたら……って、もしかしてアンタ、バレちゃったんじゃないでしょうね!?」
「大丈夫、そういうわけじゃないから」
遠坂が考えたシナリオはこうだ。
あたしが休学していたのは病気療養ということになっている。
そして遠坂も貧血が酷く何度か医者に罹ったこともあり、特に朝晩が辛く一人暮らしということでとても心細いが、頼れる親戚も居らず人を雇うような余裕もない。
そこで、あたしが居候すれば安心だし家賃もタダでいいと。
ちなみに、たかが貧血と思うなかれ。
無理をすれば階段から転落することもあれば、場合によっては意識障害にだってなる。
「それに、ルームシェアっていっても持ちつ持たれつだから。
彼女の具合が良くなったら戻ってくることもできるし、雷画爺さんの好意に甘えっぱなしってわけにもいかないでしょ? 藤ねえだって今年教育実習で忙しいんだからちょうどいいじゃん」
「家のことはいいのよ。 切嗣さんにも誓ったし、詩露はもう家の子なんだから」
「ありがとう、そういってくれるのは嬉しいけどもう決めたから」
「……はぁ、士郎は詩露になっても変わらないか。
わかった。 でも一度私にも会わせて。
それから、いくら忙しくっても定期的に顔を見せに来ること! いい!?」
「わかった、ありがとう藤ねえ」
こうして、ボストンバッグ一つの引越しは終わった。
『剣製少女 第一話 1-2』
「あほかー!?」
遠坂邸初日の夜、あたしに宛がわれた部屋はベット,箪笥、机以外なにもない部屋で、その部屋を使って早速魔術講座を受けることになったけど、いきなり殴られた。
「毎回魔術回路を作るって、アンタの師匠は何教えてたのよ!」
「むっ、切嗣が悪いんじゃない、あたしに才能がないだけなんだから」
そう、あたしの才能のなさは切嗣もはっきり指摘していた。
遠坂からしたらあたしのやり方は初歩の初歩なのかも知れないが、このやり方しかできないのだから仕方ない。
「……はぁ、才能云々以前の問題なんだけど、ま、いいわ、死んだ人悪く言ったってしょうがないし、一から教えていけばいいんだし。
まずはスイッチを作りましょうか?」
「スイッチ? 具体的に何すんの?」
「はい、これ」
あたしをベットに座らせて何やら宝石を取り出す遠坂。
「また契約?」
「今回のは別。 ほら、あ~ん」
「あ~」
ゴックン
う、今回のはちょっと大きいな。
飲み込むのにちょっと苦労した。
しかも、喉がひりひりして痛い。
「気をしっかり張ってなさい」
「え? ……ひっ!」
ドクン と心臓が跳ねた。
「あ……かはっ……ふ、く……~っ!」
だ、駄目だ、体が弾けそう。
「はっ、ひっ……」
「気をしっかり持ちなさい。
すぐスイッチができて楽になるから」
遠坂に抱きしめられながら必死に息を吸い込む。
でもこれ、魔術の制御に失敗したときと一緒だ。
「だ、大丈夫なの……これ?」
必死に遠坂に縋り付きながら聞く。
「あら? もう喋れるなんて意外。
自分の制御には長けてるのね。
大丈夫よ、すぐスイッチのイメージができるから」
感心してくれるのは嬉しいんだけどこの状況は絶対ヤバイ。
大体イメージって……
「……あっ」
「ん? なにかできた?」
頭の中になんの脈略もなく突然映像が浮かぶ。
「もしかしたらなんだけど」
「ちょうどいいわ、試してみなさい」
「ん――全工程(トレース)、完了(オフ)」
さっきから頭にちらつく拳銃の戟鉄を戻すイメージで、呪文を唱える。
「うん、上手くいったみたいね。
これからはもう一々回路を作らなくても平気だから」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう遠坂」
さっきまであった背骨や内臓を苦しめていた痛みは消え、今は体が熱っぽく少しぼーっとする。
「今日の講義はここまでだから、もう休みなさい。
さっきの宝石で普段より魔力量が多いから、体がだるいでしょうけど一晩休めばよくなるわ」
「ん、おやすみ、遠坂」
あ、なんか、安心したら一気に気が抜けたからか、次の瞬間、あたしは気絶するように眠りに落ちた。
明けて翌日。
遠坂の言った通り体のだるさは抜けていた。
そして、目の前には遠坂の寝顔が……。
「なんでよ?」
結局あの後一緒に寝ちゃったのか?
っていうか、なんで部屋に戻らず、わざわざ一緒のベットに寝てますか?
そんな遠坂を起こさないようそっとベットから出て、昨日の感覚を思い出すように魔術回路を開く。
「――同調(トレース)、開始(オン)」
うん、問題ない。
「よし! 朝食の準備しよ。
昨日の礼も兼ねて気合入れて作るぞ!」
あれほど時間のかかっていた作業が、一瞬でできるようになった喜びから気分が高まる。
自然作業の手も進んだのだが、朝食の準備が終わっても遠坂は起きてこなかった。
しかたなく部屋まで起こしに来たわけだけど、
「遠坂、もう朝。
朝食作ったんだけど、どうする?」
「ん~……、今日って休日でしょ?
なんでこんなに早起きなのアンタ」
「習慣だからかな?
それより、早く起きなって」
「ん~……、朝食いらないから、もう少し寝かせて」
「わかった、寝てていいから起きたらちゃんと食べな。
キッチンに用意してあるから」
「ん~……」
終始夢の中といった感じの遠坂だったが、最後のほうは既に意識はなかったようだ。
あたしはキッチンに戻って久しぶりに一人の朝食を摂る。
せっかく頑張ったのに少し拍子抜けしたが、お互いの生活習慣もわかってないんだし、まぁ、こんなもんか?
朝食を終えたあたしは、居候兼弟子として部屋の片付けを始めた。
まず最初に気づいたのはキッチンの惨状だった。
洗物が溜まってるってわけじゃないんだけど、雑然としている。
そして、賞味期限切れの調味料が大量に見つかった。
片付けのできない人間の特徴は、物が捨てられないことにある。
使わない物でもいつか使うかもしれないと、なんでもかんでも取って置くのだ。 ……ウチの虎のように。
キッチンの状態はまさにそれだった。
(……これは、やり甲斐のある仕事になりそう)
そうしてキッチン、バス、物置状態のいくつかの客間を片付け終わった頃、遠坂が起きてきた。
「へ~凄いわね。 見違えたわ」
「使用頻度の高いものを手前の目線の高さに。
使用頻度の低いものを棚の奥や目線より高いところ、足元近くの低いところに置いてあるから。
あ、ストック関係は全部低いとこね」
「ん、ありがと。 じゃ、ご飯もらえる?」
「あぁ」
そういって、すっかり昼になってしまった食事を摂る。
「ん、合格。 これなら食事は任せて大丈夫そうね」
一通り口をつけた遠坂から合格をもらう。
まぁ、自炊暦長かったしそれなりの自信はあったが、遠坂の表情を見るに満足いくものが作れたことに安堵する。
「そりゃよかった。 ところで、これからどうする?」
「そうね、まずは体の確認しましょうか。
性転換しちゃった原因を探すのも、契約の内だしね」
「わかった」
そういって、あたしの自室に連れて行かれて裸にされた。
もちろん自分で脱いだんだけど見られながら脱ぐのは相当恥ずかしかった。
そして、ベットに横になるよう言われ検査が始まった。
「じゃ、少し体触るけど我慢しなさい」
「ん」
「ちょっと、照れないでよ。 こっちも恥ずかしくなるじゃない」
「わ、わかってるんだけど……」
いくら女同士といってもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかもこっちは、つい数ヶ月前まで男だったわけで遠坂みたいな美少女に裸を見られるっていうのは……。
「じゃ、始めるわよ?」
「ん」
「まず、魔術回路を起動して」
「わかった。 ――同調(トレース)、開始(オン)」
遠坂の指が色々なところを触ってくる。
時に強く押したり撫でるように触ったりと色々なんだけど、全体的に凄くくすぐったい。
「んっ!」
「ちょっと、変な声出さないでよ」
「だ、だけど……」
「いいから我慢しなさい」
「はい……」
グニッ
「ひゃっ! だ、駄目駄目! そこは駄目!」
「ちょっと、ジッとしてなさい! すぐ済むから」
「あ……う、動かすのは……んあっ」
「はい、終わり。 もう、なんて声出すのよ」
「ひ、人のヘソに指突っ込んどいて言うことは、それだけか!?」
呆れたように言う遠坂に思わず腹が立って食って掛かった。
だというのに、なんでか遠坂のほうが青筋を立てて、
「詩露ちゃ~ん」
「え? あ、あだだだだだだだだだだだだ、ギ、ギブ、ギブッ! 降参!!」
「男言葉禁止! わかった?」
「は~い……」
と、制裁を受けた。
ちくしょう、なんであたしの周りは乱暴者ばっかりなんだ。
しかも、足裏マッサージってなんで的確に人の急所を攻めてくる!?
野生の感か?
「で、診断の結果だけど十中八九魔術が原因ね」
「ほんと!?」
今まで全く原因がわからなかった事を思えば、それだけでも格段の進展だ。
この調子なら元に戻るのも夢じゃないかも!
「ほ、他には何かわからないか?」
「はいはい、興奮しないで。
言葉遣いが戻ってるわよ」
そういってスカートから眼鏡を取り出してかける遠坂。
「あれ? 遠坂って、目悪かったの?」
「これ? 雰囲気作りよ」
「…………」
「で、続きなんだけど、詩露の体には肉体再生の礼装があるわ。
貴方の生い立ちを考えると養父だった衛宮切嗣という人物が、火事で焼けどを負った貴方に使った可能性が高いでしょうね。
それから、性転換してしまった経緯を考えるとこの礼装は本来女性限定の物だった可能性が高いわ。
魔術の暴走で普段より高い魔力が加えられたこと、破損した肉体を再生しようとしたことで性転換してしまったと」
「あ、あり得るのか、そんなこと?」
なんか、話だけ聞いていると魔術の域を超えているような……。
「可能性だけだったらね。
ただ、もしこの可能性が正しかったら、衛宮士郎という人物は実質的にはもう死んでるのと一緒よ。
一度死んで再生された。 その時、遺伝子レベルの性転換なんて魔法の域だもの。
戻ることは絶望的だと思ったほうがいいわ」
希望から一気に絶望に叩き落された気分だ。
死んでるってなんだよ。 男に戻れないって、そんな……。
「ごめん、もう少しソフトに教えてもよかったんだけどあくまで最悪の可能性として覚えておいて欲しかったの。
まだ、この可能性が正しいと決まったわけじゃないわ。
もっと情報を集めて、あらゆる可能性を網羅して取り得る最良の選択をしましょ。
その為にも、この程度で動揺しない!
貴方はもう遠坂の系譜なんだから、しっかりしなさい」
「……あぁ、そうだな、わかったよ遠坂」
「よろしい。
で、詩露ちゃ~ん……」
「え?」
「言葉遣いが悪い!」
「あたたたたたたたたたたたたた!! ご、ごめん、いや、ごめんなさ……いたたたたたたたたたたたたた!!」
「ふぅ、気をつけなさいよ!」
「……はい」
くそ~、この乱暴者め!
っていうか、なんでそんないい笑顔してますか?
「はい、着替え」
「……冗談でしょ?」
「本気よ?」
検査が終わった後、遠坂から手渡された着替えはメイド服だった。
いくら、弟子として身の回りの世話をするっていっても、何が悲しくてこんなひらひらしたもの着なきゃならないのか。
遠坂しかいないとはいえ、あたしは見世物になるつもりはない。
「断る」
「あら、私の期待を「裏切る」気?」
「うぐっ! はっ……はっ……んっ」
その瞬間もの凄い嘔吐感と酩酊感に襲われた。
それこそ立っていられず、蹲って口元とお腹を押さえて小刻みに体を震わせる。
「どう? 着る気になった?」
「はっ……はっ……わ、わかった」
そういった瞬間、さっきまでの気持ち悪さが嘘のように楽になった。
「い、今のは?」
「契約の代償よ。
教えておいたでしょ?」
「あんなに凄いとは……」
「当たり前じゃない。
絶対的な強制力はないけど、抵抗力奪う程度にはなるでしょ?」
「結構悪質だと思う」
正直あれは酷い。
思い出すだけで内臓が口までせり上がってくる感じだ。
「そう? 後遺症もないし肉体的にはなんの問題もないんだから、呪いとしては良心的よ?」
「呪いって……本当に肉体的に問題ないの? 油汗が凄い出てるんだけど」
「ええ、それより、着替えの前にシャワー浴びてらっしゃい」
「はぁ、わかった」
着替え終わった後、居間で紅茶片手に今後のあたしの教育方針とか雑談なんかをした。
その中で、このメイド服は元々いたお手伝いさんの物だった事がわかった。
「それにしても、思った以上に似合ってるわね。
大き目のサイズを無理に着てるって言うのがまた堪らないわ」
「堪らないって……」
「いや~可愛い可愛い♪」
ご満悦な表情の遠坂が、ギュッと抱きしめてくる。
あたしは愛玩動物か!
くそ、絶対サイズ直ししておこう。
これ以上遊ばれて堪るか。
そんなことを一人決意していると、
「詩露ってモテそうよね?」
と、唐突に切り出してくる。
「いきなり、何?」
「いや、ちっちゃくって可愛くって、料理上手で献身的。
男の理想なんじゃない?」
「そうかな?」
自分が男だった時の事を考えると、遠坂のような綺麗でしっかり者な女子のほうが好きなんだけどな。
……胸もあたしよりあるし。
それをいったら、そっぽ向きながら
「あたしは駄目よ、可愛げないもの」
「そんなことない。 遠坂は十分可愛いよ」
「え……あ……うっ……」
顔を赤くして視線を泳がせる遠坂。
あれ? 怒らせちゃったか?
「はぁ、ま、いいわ。
女二人で褒めあっても虚しいし。
さ、夕食の準備して頂戴。 期待してるわよ?」
「了解、師匠」