慌てて居間を飛び出し庭に行ってみると、セイバーとアーチャーが戦っていた。
だが、手にした武器はお互いの宝具ではなく、ごく有り触れた木刀だった。
……いや、有り触れたっていうのは間違いか。 確かにセイバーが持っている木刀は普通の物だけど、アーチャーが持っているのは小太刀と呼ばれる刀身の短いものを模した木刀だ。
『剣製少女 第四話 4-4』
構え方もお互い普段と違っている。
セイバーは普段下段構えなのに今はオーソドックスな正眼の構えになっているし、アーチャーは両手をだらりと垂らした自然体ではなく、左手を前に出して刃が顎を守るように、半身になって右手で心臓を守るように刃を構えている。 ……どちらかと言うと、剣術の構えというより言峰とやってる格闘訓練のときのような構えのような気がする。
足元を見ると、先程までの戦いの様子を伺わせるように様々な跡が残っていた。
セイバーの側には激しい突進を思わせる穴のような跡と直線的な跡が残っていて、アーチャーの側にはすり足でセイバーの攻撃を避けた半円状の跡が残っている。
そして二人を中心に不自然に開いた小さな穴が幾つか。
なんだろう? ……二人の稽古に驚いたモグラかな?
あたしが二人の状況を見ていた間も場の緊張感はどんどん高まっていき、無意識に鼓動が早くなっていくのを感じていると、突然木刀を大上段に振り上げたセイバーがアーチャーに突進した。
「おぉぉ──っ!!」
「くっ!」
気合の雄叫びを上げながら木刀を振り下ろすセイバー。
その太刀筋は、小手先の業など全て打ち砕くという気迫のようなものが感じられるが、対するアーチャーも木刀を交差させてしっかりと受け止め、すぐ左の足を軸に体を入れ替えて受け流そうとする。
しかしセイバーはそのまま体が流されることもなく、右の肩をアーチャーに叩きつけるように寄せすぐさま木刀の柄でアーチャーの脇腹を突きに行った。
上手い! 窮屈な間合いはアーチャーの武器の方が有利な筈なのに、柄を使って上手く牽制した。
アーチャーはその柄を左の肘で流し、そのまま左手でセイバーの木刀を押さえたまま右手に持った木刀でセイバーの首を突きに行くが、セイバーはそれを僅かに首を逸らしただけで避ける。
が、そのセイバーが突然アーチャーの正面に回りこむように飛び退く。
ん? セオリーとしては、後ろに回りこむものなのに、何で前に?
と思ったら、いつの間にか現れた木刀が、セイバーの脇を掠めて飛んで行った。
なるほど、セイバーはこれを避ける為にアーチャーの前に回り込んでいたのか。
……というか、今の木刀何処から飛んできたの?
ところが、避けたセイバーには既にアーチャーの右手が振り下ろされていた。
セイバーとアーチャーの身長差は三十センチ以上。 打ち下ろしの攻撃は短い間合いと相まって、受け流すのはかなり難しい。 それでもセイバーはアーチャーの攻撃を左手を峰に添えることでしっかりと受け止めた。
そして、動きの止まったセイバーに残った左手での突きで勝負を決めに行くアーチャー。 しかし、セイバーはその攻撃を半歩下がって柄を打ち下ろすことで逸らし、そのまま木刀を一気に振り抜いてアーチャーの体を押し戻す。
うわ、本当に凄いな……。 突きを柄で逸らすなんて初めて見た。 それも、あんな近い間合いで。
でも、なんでセイバーは敢えてあんな窮屈な間合いで戦ってるんだろう?
最初に肩を打ちつけた時から、終始アーチャーの間合いで戦っている。
セイバーの木刀の長さと突進力を考えれば、もっと離れた距離で戦う方が有利な筈なのに。
そして暫く二人が打ち合った後、今度はアーチャーの肩が当たりセイバーの体が後方に吹き飛ぶ。
こんな所でもアーチャーとの身長差が出ている。
セイバーの力はバーサーカーの一撃も受け止めるほどなのに、しゃがみ込むほど屈んだアーチャーに下から持ち上げるように押されては、足の踏ん張りが利かずに吹き飛ぶのは仕方がない。
そしてセイバーが宙に舞っている時、彼女の周囲に八本の木刀が突如現れ、それぞれが彼女に向かって飛んでいく。
しかし、セイバーは慌てることもなく、飛んでくる木刀を手に持った木刀と蹴りで叩き落としていった。 勿論、蹴っている足は木刀の側面か峰にしか当たっていない。
正直、踏ん張りが利かない空中であれだけの動きができるなんて信じられない思いだったけど、ああいうことができるからこその英霊なんだろうな。
セイバーが全ての木刀を叩き落し、バランスを崩すことなく着地した時点で、地面に刺さった物も含めて全ての木刀が光る粒子になって消えた。
「ここまでにしよう」
「そうですね」
二人とも素手になった状態になると、笑顔で応える。
あたしもふぅ~っと、詰めていた息を吐き出し緊張を解く。 ……というか、見てるだけでもの凄い緊張していたのを今になって気がついた。
「おはよう二人とも。 それと、凄いね。 訓練してたの?」
「あぁ」
「おはようございます、シロ。
アーチャーの提案でやってみたのですが、なかなか有意義でした」
「ふむ、有意義ときたか。
こっちは神経をすり減らす思いだったのだがな」
「それはこちらも同じです。
あのような戦い方を相手にしたことはありませんでしたから、思った以上に苦戦しました。
正直、複数の相手に連携を取られるよりも厄介ですね」
「そうだな。 しかし、結局ただの一撃も入れられなかった。
多少なりとも自信はあったのだが、改めて君の動きには驚かされたよ」
確かに一進一退って感じで、どっちが上って言い切れるものじゃなかった。
セイバーの戦い方はバーサーカーとの戦いで知ってはいたけど、初めて見たアーチャーの戦い方は投影した剣を打ち出して相手の動きをコントロールしながら、手数で勝負するって感じだった。
「それにしても、なんでセイバーはあんなに間合いを詰めてたの?
もっと離したほうが有利だったんじゃないの?」
「それはそうなのですが、間合いを離すと投影した木刀を射出されて一方的になってしまいますから。
あの距離ですら牽制に使われるのです、厄介極まりない」
「全て交わされていては意味がないがな。
しかも、実戦……とくにサーヴァント相手には宝具クラスの武器を使わねばならんことを考えると、完全に奇襲用で聖杯戦争での使い所はないだろうな」
「そうでしょうか?」
「事実、君に対しても初手以外は、完全に見切られていたからな」
確かに宝具をあんなに投影し続けてたら、いくら魔力があっても足りないよね。
しかも、木刀を飛ばすのにも魔力を使ってたみたいだし、真名の開放ができるアーチャーならあんな効率悪い戦い方する必要はない筈だ。
でも、宝具を持ってても真名の開放が使えないあたしには有効な手かも?
「…………ねぇ」
「なんだ?」
「さっきの木刀飛ばしてた技教えてよ」
「構わんが……」
「何? 等価交換?」
「いや、教えるのは構わんが朝食の後にしよう。
いい加減セイバーが限界だろう」
「アーチャー、先日も言いましたが私はそこまで意地汚くはありません」
「ふむ、そうだったか?」
「そうです!」
仲いいなぁ~、二人とも。
アーチャーの聖杯戦争の時もこんな感じだったのかな?
あたしとセイバーだと、セイバーの振る舞いは殆どお姉さんか保護者のようなんだけど、もしあたしがちゃんと男のままだったら、アーチャーのようにパートナーとして見てもらえたのかな?
そう考えると、つくづく女になったのが悔やまれる。
「何をぼぉ~っとしている?
ほら、朝食の支度だ。 行くぞ?」
「あ、うん」
「う、うわきゃー!」
キッチンに向かっていると、あたしの部屋から凛の悲鳴が聞こえた。 と思ったら、バンッと勢い良く扉が開いて中から凛が駆け出してきた。
その形相は寝起きということを差し引いても恐ろしく、乱れた髪と吊り上った目も相まって、正に鬼のような形相だった。
「え? な、何? あたし? な、何が……ひ、ひぃーっ! ご、ごめんなさ……」
「何見せてんのよ! この! 色ボケ色情魔ぁぁ──っ!!」
「ぐはぁっ!」
あたしが涙目になりながら身構えていると、凛はあたしの脇を抜け後ろにいたアーチャーの脇腹に捻りこむように拳を叩き込んだ。
受けたアーチャーもあまりの衝撃に蹲っている。
……確かサーヴァントって神秘の篭っていないものでダメージ受けないって聞いてたけど、素手でアーチャーを沈める凛って何者?
「ちょ、ちょっと凛、落ち着いて!」
「おち、落ち着いていられるかー! 世の為にもこんな性犯罪者をのさばらして置くわけにはいかないのよ!!」
「何を言っているんだ、君は! いいから落ち着け!」
「うるさい、うるさーい!!」
「だ、駄目だって凛! 魔術刻印を止めてよ!」
「……ふ、ふふふ。 そうね、刻印なんか使わなくったって、令呪があったわね。
覚悟はいい? アーチャー」
「ちょっと待てぇー! 俺が何したっていうんだよ!」
「はぁ、食事はまだ掛かりそうですね……」
結局、あたしが食事の用意をしている間アーチャーは居間で正座させられて、お説教を受けていた。
生憎キッチンまでは聞こえてこなかったけど、なんとか凛も落ち着いたのか最後は平静を保っていた。
「いい、次はないからね!」
「……わかった。 わかったがこっちではどうすることもできん。 今度からは寝る前にきちんとラインを閉じてくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「凛、食事できたから着替えてきてよ」
「……そうね、そうさせてもらうわ」
「で、結局何が原因だったの?」
「アンタには十年早い!」
「は、はい!」
凛は自分が寝巻きのままだったのを思い出して部屋へと戻ろうとしたので、 あたしは凛に聞こえないようこっそりと、アーチャーに耳打ちするように凛の不機嫌の原因を聞こうとしたら、怒られてしまった。
というか、十年早いって何よ? 本当に一体何があったの?
「セイバーは原因知ってる?」
「ええ、ここで話を聞いていましたから」
「何だったの?」
「え~……、シロにはまだ早いかと」
凛が部屋に戻って着替えている間に聞いてしまおうと話題を振ってみたが、苦笑いのまま凛と同じようにはぐらかされてしまった。
なんだろう、早いって?
「何が早いの? 身長?」
「いえ、年齢的なものです」
「ん? 凛も同じ年だよ?」
「ええ、凛にもまだ少し早いのですが……」
なんだろう、益々謎が深まってしまった。
「ねぇアーチャーなんだったの?」
「はぁ、ラインを通して凛が私の過去を見ただけだ」
それだけで、あんなに怒るかな?
それに色情魔とか言ってたし……
「もしかして……エッチな夢見せたとか?」
「……見せたわけじゃない。 向こうが勝手に見ただけだ」
それを聞いたあたしは思わず距離をとってしまった。
「ちょっと待て! 私が見せたわけじゃないぞ! 偶々だ! 偶然だ!」
「う……うん、でも元を辿れば生前の悪行が原因なんだよね?」
「悪行など何もない!」
うわぁ~ヤダなぁ~。 自分の将来が色情魔って聞かされるなんて最悪だ。
あたしも昨日凛にどきどきしちゃってたし、本気で気を付けなきゃ。
「ちょっと待て! だから悪行などなかったと言っただろうが! なんだその汚物を見るような目は!」