「ねぇ凛、そろそろ一緒に寝るのやめない?」
「なんで? いいじゃない別に」
「いや、ほら、凛も大分背が伸びたし、そろそろベットが狭くなってきたと思わない?」
「思わない」
「……」
『剣製少女 第四話 4-3』
結局あのまま寝ることになったあたし達だけど、いつものように抱き枕にされたままっていうのが恥ずかし過ぎるのと疚しいのとで、何とか逃げられないかと話題を振ってみたけど、一刀両断にされてしまった。
うぅ、このまま寝たら、正義の味方になる前に性犯罪者になりそう。
あたしは凛が寝付いた後に何かしてしまうんじゃないかと、自分自身が信用できそうもないので、なんとか理由をこじつけてこの危機的状況を脱しようと、あれこれ考えていた。
「え~っと、じゃあ、あたしの寝相が悪いから……」
「悪くないわよ?
どっちかっていうと、いい方じゃない?
……というかさっきから何なの、一緒に寝るの嫌なの?」
「い、嫌って言うか恥ずかしいっていうか……」
今も話しながら背中に感じてる凛の感触と体温の所為で、あたしは必要以上に汗をかいてしまったり、息苦しさっていうか、居た堪れなさっていうのを感じていて、正直気持ち的に落ち着けないでいる。
なんというか、電車の女性専用車両で女装して電車に乗っている痴漢のような、体が女になったことを悪用しているような、そんな罪悪感と、凛に対しての羞恥心みたいなものが綯い交ぜになってて、どうにもならない。
「大体、凛はあたしが元男なのに恥ずかしくないの?」
あたしは寝返りをうって凛の方へ向き直り、思い切って核心ともいえる部分について聞いてみた。
「ん~そうねぇ~……。
でもわたしはアンタが男の子だったって言うのはアンタの記憶でしか知らないし、出会った時にはもう女の子だったから、今さら男の子として意識しろっていうのは難しいわね」
「そっか……」
そう言えばそうだった。
凛はあたしが女になってから知り合ったんだから、男としてのあたしなんて全く知らない赤の他人みたいなもんなんだろうなぁ。
「ふ~ん」
「な、なに?」
「いや、詩露ちゃんもお年頃ってやつ?」
なんて、実に嫌な笑い方で面白そうに聞いてきた。
うぅ、やっぱりからかってきたよ、このいじめっ子。
「そ、そうじゃなくって、あたしは中身が男なんだから凛みたいな美人はもう少し気を使ってくれないと、変な気起こすかもしれないでしょ?」
「……起こしたとして、どうする気よ?」
「え? どうって……そ、それは…………」
……あれ? どうするんだろ?
いやいや、いくらあたしでも中学にもなれば、男と女の関係ぐらい知っている。
もちろん、殆どが知識だけで具体的な場面なんて見たことないけど、今のあたしには決定的に足りないものがある。
そしてそれは、男に戻れない現状どうにもならないことだ。
ってことは……
「あれ? どうにもならない?」
「まったく、何を言い出すのかと思ったら、そんな事考えてたの?」
あたしが俯きながら自分の考えに没頭して出した結論に、凛は心底呆れたというような表情で抱きしめてきた。
「だ、だって、だってさ……」
「はいはい、わかったわかった。
アンタがいくらわたしに変な気起こしたって、何もできないんだから安心しなさい。
仮に何かしようと思ったって、アンタわたしより弱いんだから返り討ちにしてあげるわよ」
そういって凛は、得意げに笑いながらあたしの髪を梳いてきた。
そうだった。 あたしは格闘訓練で凛に勝ったことがないんだ。
「でも、完全に寝てたら何かしてもわかんないでしょ?
そういう時に、変な気起こしたらって心配になって……」
「あぁ、確かにそれはあるわね。
わたしもアンタにキスしてるけど、全然バレてなさそうだし」
「「…………」」
「あっ……」
「……はい?」
一瞬の沈黙の後、あたしが凛を見上げると凛は慌てて目を逸らした。
慌てて凛の腕を振り解いて馬乗りになって覆い被さったけど、凛は顔を背けてあたしを見ようとしない。
「どういうこと、凛?」
「え、いや、……ははは」
「笑って誤魔化さない!」
凛の引きつった笑いを聞きながら、顔を掴んでグイッとこっちに無理矢理向ける。
「で? 何か言うことは?」
「ご、ごめん。
いや、……っていうか! アンタが悪いのよ!」
「な、なんでよ!?」
「アンタが無防備にぐ~すか、ぴ~ひゃら寝てるのが悪い!」
「ぴ~ひゃらなんて寝てない!
ってか、逆切れしないでよ!」
「逆切れじゃない!
アンタ自分の寝顔見たことないでしょ!?
すんごい可愛いのよ!?
アレでキスされないで済むなんて思ってんじゃないわよ!」
「自分の寝顔なんて見れるわけないじゃない!
ってか、なんであたしが怒られてんのよ!
悪いことしたの凛でしょ!?」
「だから謝ったじゃない!
いいじゃない別に! 舌入れたわけじゃないんだから!」
「いいわけないでしょっ!」
ぜーぜーとお互い肩で息をしながら、取り合えず言いたいことは言えたからか、少しすっきりした。
それにしても、人が寝てると思って好き勝手してくれちゃって。
こっちは凛にドキドキしてるだけで、なんだか疚しい気持ちになってたっていうのに、人が寝てる間にキスまでしてたなんて……。
「凛ってライダーと同類だったの?」
「そんなわけないでしょ?
アンタが可愛過ぎるだけよ」
「ふーん……」
あたしは凛から降りて再び横になりながら呆れ気味に聞いてみたら、凛は言い訳にもならないような言い訳をしてきた。
なんだか痴漢か結婚詐欺師みたいなこと言ってる。
「ほ、本当だって!
アンタだって覚えがあるでしょ?
何でも屋で手伝い申し出たって結局簡単な仕事しか頼まれないじゃない!
アレみんなそうなんだから!」
くっ、確かにあたしが手伝いを申し出ても大抵重労働とかは遠慮されてしまう。
去年水泳部がプールの掃除をすると聞いて手伝いに行ってみれば、プールサイドの掃き掃除とホースの蛇口回す仕事しかさせてくれなかったばかりか、その後お礼と称して部室でお姉さん達にお茶とお菓子をご馳走になったり、体育祭の準備で陸上部がやっていたハードルや高飛びのマット出しを手伝おうとしたら、高飛びのポールとスタート用のピストルしか運ばせてもらえなかったり……。
あれ? あたしって、もしかして役に立ってない?
いやいや、それより
「あれはみんなが優しかっただけで、別にあたしが可愛いとか思ってるわけじゃないん……」
「詩露、”守ってあげたい子No1”って知ってる?」
「何それ?」
「誰が始めたか知らないけどね、この間学校でそういうノートが回ってきたのよ。
ノミネートされた子には見せないようにしてたみたいだけど、アンタ男女とも三学年通して断トツ一位だったわよ」
「なっ!?」
「ちなみに、理由は”可愛くって華奢なところ”っていうのが一番多かったわ。
部活や委員会の組織票も多かったけど、中には告白めいたこと書いてる物もあったのよ?」
「…………」
なんでか凛が上機嫌に語っている。
ってか、何でそんなに凛が自慢げなんだか。
そんなことより、”守ってあげたい”って何!?
あたしは誰かを守りたいんであって、守られたいなんて思ってない。
確かに昔から背は小さかったし、女になった所為か男の時みたいな筋肉もなくなってしまったけど、誰かに守られるばかりなんてもう嫌なのに。
なんかもう、情けなくって泣きたくなってきた。
「……なんて顔してるのよ。
大丈夫、アンタが強い子なのはわたしがちゃんとわかってるから、落ち込むんじゃないの」
「だけど……」
「いいじゃない、今は守られるばかりだったとしてもこれから変われば。
アンタが頑固で、一度決めたことをやり遂げる子だっていうのはわかってるから、これから守れるように頑張ればいいのよ」
「……ん、ありがとう凛」
─Side Rin─
結局詩露はあの後すぐ眠ってしまった。
よっぽど考え込んでいたのか、精神的に結構疲れてたみたいね。
あぁ~、それにしても失敗した。
この子があのノートのことを知ったらどう思うかなんてわかってたのに、熱くなってうっかり言っちゃったわ。
傷つけたかな?
あまり気にしないでくれるといいんだけど。
でも、この子がわたしに対して意識してるなんて思ってもいなかったわ。
しかも、どうする気? って質問に、どうにもならないっていうのはこの子らしい答えよね。
女同士でも、どうにかできるでしょうに、そういうことには疎いのよね。
まぁ、わたしも詩露のことどうこう言えるような経験があるってわけじゃないけど。
それにしても、もしあのまま迫られてたらわたしはどうしてたのかしら?
…………なんか、危ない結論になりそうだわ。 考えるのやめよ。
気分転換ってわけじゃないけど、詩露の寝顔を眺めながら髪を撫でてあげる。
眠りが深いのか、結構無遠慮に撫でてるはずなのに一向に目を覚ます気配がない。
薄い胸が規則正しく上下する以外ピクリとも動かない詩露は、幼い顔立ちも相まって本当に可愛い。
わたしだけの至福のひと時だ。
まったく、さっき寝てる時にキスしたって言ったのに、また無防備に寝てるわね。
頬を突付いたり、僅かに開いた唇を指でなぞったりしてるのに、まったく起きる気配のない詩露を見ていると、いけない、いけないと思いつつもついつい悪戯心が湧いてくる。
まぁ、悪戯しすぎて起こしちゃっても可哀想だし、わたしも寝るとしますか。
おやすみ~……ちゅっ♪
…………ふふふ、今度起きてる時にしてみようかしら?
この子どんな反応するのかしら?
─Side Rin End─
目を覚ますと、普段の二割り増しぐらいで凛が絡み付いていた。
こりゃ、なんか嫌な夢見てるな。
寝起きの機嫌悪そうだから、朝食は凛の好物用意しといたほうがいいかも。
なるべく凛を刺激しないようにそっと起き上がる。
セイバーが起こしに来た時みたいに不用意に動くとしがみ付いてくるから、なるべくベットを揺らさず、尚且つあたしの体の変わりに掛け布団を身代わりに置いていく。
この時気をつけないと髪がボタンに絡まったり、凛の髪を踏んで起こしてしまうから、注意が必要だ。
しかも、時々凛が悪戯してあたしの髪と自分の髪を三つ編みにしたり、あたしの寝巻きのボタンを自分の寝巻きに留めて上着を筒状にしてたりなんて、トラップまであるから性質が悪い。
……もう慣れたとは言え、なんであたしは毎朝こんな緊張感を強いられてますか?
見事凛から脱出したあたしは、普段は制服に着替えるところを、休日のようにメイド服に着替えた。
多分今日も聖杯戦争の準備で学校には行けないだろうし。
早くなんとかしないと、藤ねえが心配して怒鳴り込んで来そうだなぁ。
アーチャーの話だと藤ねえはキャスターに人質にされたらしいから、今はとにかく会うわけにも遠坂の家に来させるわけにはいかない。
なんとか今日中にケリがつくといいんだけど。
着替え終わって自分の格好を確認した後、ふと凛の寝顔を見てみる。
……何よ、凛の寝顔だって綺麗じゃん。
寝顔にキスしてたなんて爆弾発言してくれた挙句、人の事散々可愛い可愛いなんてからかったくれたんだ、仕返しにあたしもキスしてやろうかな?
そう思って凛に覆い被さってみたけど、そこから先に進まない。
大体、イリヤ相手にだってあんなにドキドキしたのに、凛みたいな同年代の美少女相手にキスなんてできるわけがない。
それに、寝顔見てるだけでこんなに顔が熱くなってくるのがわかるのに、キスなんてしたら起きた時凛の顔がまともに見れそうもない。 やっぱりやめとこ。
キッチンへ向かう途中居間を覗いてみると、昨日の惨状が嘘のように元通りになっていた。
これは……ちょっと凄いかも。
家具は勿論のこと、外壁から窓に至るまで全てが元通りになっているだけでなく、補修した筈の跡すら見つけられなかった。
ん~……、後でアーチャーにどうやったのか聞いてみよ。
少なくとも今のあたしにはできないし、覚えておけば何かの役に立つかも。
そんなことを考えながら色々見ていると、庭のほうから何やら騒音が聞こえてきた。
なにこれ? 鳴子? いや、もっと重い音……。
リズムも鳴子みたいに連続したものじゃなくって、リズミカルではあってももっと単発で何かを叩いて……。
誰かが戦ってる!?
うそ! こんな朝っぱらから敵!?