「り、凛、落ち着いて」
「や、やぁ~ねぇ~、わたし落ち着いて……おち……オチツイテ…………って、落ち着けるかーっ!!」
『剣製少女 第四話 4-2』
ギルガメッシュが遠坂邸に現れたと聞かされたあたし達は急いで戻っていたんだけど、ちょうど森を抜けたところで天馬に跨ったライダー達と合流することができた。
合流した時点で、再び大聖杯へ行こうとイリヤは提案してきたけど、ライダーが肩を怪我してたり、言い出したイリヤ自身もバーサーカーの使役でまた体が傷だらけになっていたりということで、結局遠坂邸へと戻ってきた。
もっとも、戻ってきた遠坂邸はギルガメッシュの攻撃で一階の居間がめちゃくちゃに破壊されていて、外からでも室内が丸見えになっている上、家具も原型を留めている物が殆どない状態だったけど。
「アーチャー、これ直しといて」
「君な……」
「なによ、文句があるの?」
「当たり前だ。
なにが悲しくてサーヴァントになってまで、君の小間使いをしなくてはならんのか……」
「いいじゃない、どうせ生前も散々やってたんでしょ?
なら、今さら文句いわない」
「くっ……、了解した、地獄に落ちろマスター」
「あら、酷い。 じゃ、よろしくね♪」
「あたし手伝おうか?」
「アンタがいたって邪魔なだけよ。
それより、桜とイリヤに詳しいこと聞かせてもらうんだから、アンタも聞いてなさい」
「わ、悪いアーチャー」
「構わん。 お前は精々凛の機嫌を取ってろ」
そういってアーチャーは外套を翻しながら、外壁や家具の補修に向かった。
あたし達は吹き曝しの居間からキッチンに場所を移して、お茶を飲みながらイリヤと桜ちゃんの話を聞くことになったんだけど、アーチャー一人働かせてあたし達だけお茶してるのってどうなんだろ……?
後で、何か差し入れでも持って行って上げよう。 余りにも不憫だ。
「じゃあ、ギルガメッシュはアンタの心臓が目的だったのね?」
「ええ、アーチャーから聞かされていた通り聖杯を手に入れようって魂胆だったみたいよ」
「バーサーカーは?」
「ダメ、助けられなかったわ。
あの鎖が見えた瞬間、霊体に戻そうとしたんだけど、間に合わなかったわ」
そっか、結局バーサーカーは倒されちゃったのか……。
あれだけのサーヴァント、しかも、ライダーと二人掛りだったっていうのに圧倒するって、本当に反則的な強さなんだ、ギルガメッシュって。
「そう、でも貴方達が無事でよかったわ。
よく逃げ切れたわね?」
「あ、それはイリヤちゃんが令呪を使えって言ってくれて……」
「ええ、ライダーが”ハルペー”で威嚇されたせいで、竦んじゃってね。
令呪を使って無理やり逃げ出したのよ」
「申し訳ありません」
「ううん、ライダーのせいじゃないわ。
気にしないで」
「サクラ……」
申し訳なさそうに俯くライダーに、優しく微笑む桜ちゃん。
ライダーにとって、”ハルペー”っていう武器は生前自分を殺した武器なんだから、竦んでしまっても仕方ない筈。
なにしろ召喚されるサーヴァントは伝承によって、存在そのものが左右されるんだから、最悪”ハルペーを持ったものに殺される”という部分が影響して、全く抵抗できずに殺されていたかも知れないんだ。
令呪を使ったといってもよく動けたと褒めるべきなんだろうなぁ。
「それで、その傷は”ハルペー”でつけられたの?」
「いえ、これはその後飛んできた剣群の一つです。
”ハルペー”ではないので、その内回復するでしょう」
既に塞がっている傷口を触りながらも、痛みはそれほどでもないのか平静に告げるライダー。
確か”ハルペー”は不死殺しの概念があって、傷口が回復しないって伝説があったような?
多分ライダーはそのことを言っているんだろう。
そういう意味では、確かに”ハルペー”で傷つけられなかったのは、不幸中の幸いってやつかな?
特にライダーは”ハルペー”との因縁が深いんだから、浅い傷でも伝承の所為で致命傷になってたのかも。
「「で、姉さん(リン)、いつまでそうしてる(の?)んですか?」」
「何が?」
「「詩露(シロ)ちゃんから離れ(なさい!)て下さい!」」
「いいじゃない。 わたしが弟子をどう扱おうと」
「「横暴(よ!)です!」」
二人が何を憤っているかというと、今あたしが座っている場所に問題がある。
今あたしは、凛の膝に横座りさせられて頭を肩に乗せるようにして抱きしめられていて、二人はそのことを非難してくれている。
凛は凛であたしを抱きしめたり、髪を三つ編みにしたり解いたり、指をくるくる回しながら髪を絡めたりと好き勝手に弄っている。
あたしは昼間イリヤが言ってたことの所為で、凛のことを女の子として意識してしまって腕に当たる胸の感触や、頬を撫でる指の動きなんかにドキドキしちゃって、下手に身動きできなくなっている。
「大体、詩露が文句いってないんだからアンタ達が文句いうことないでしょ?」
「詩露ちゃんだって迷惑な筈です!」
「シロ、こういうことは、はっきり言わなきゃダメよ!」
「どうなの、詩露?」
「え……いや、あたしは……」
正直ドキドキしすぎで、胸が苦しいです。
……なんて言う事もできず、顔を赤くしたまま俯くことしかできなかった。
「ほら、文句言ってないじゃない。
大体このくらい、いつも寝るときしてるんだから気にするわけないのよ」
そう、寝るときのことを考えれば確かにこのくらい当たり前だ。
……よく考えれば、凛みたいな美少女と毎晩同衾ってすごいことしてたんだな、あたし。
「じゃあ、こっちで何があったのかも説明しときましょうか?」
話題を逸らすつもりなのか、凛は唐突に話題を変えた。
そのとき、更にギュッとあたしを抱きしめてきたので、腕に伝わる感触や、首筋から香る凛の匂いに頭がくらくらしてきた。
凛は話を進めながら、肩に乗せたあたしの頭を撫でたり、腰に回した腕でお腹を撫で回したり……。
うぅ、一度意識しちゃうとどうにもならないよ。
どうしよう、このまま、抱きしめられてるのって、なんか凄く疚しい事してるような……。
だからって、拒絶するのも変だし……、いや、女同士でこんなこと考えてるあたしの方が変なのかな?
「そうですか、お爺様が……」
「えぇ、アサシンを呼び出したって言ってたわ。
嫌かも知れないけれど、覚悟は決めなさい」
「覚悟?」
「そう、臓硯と対決してアイツを殺すことになるかも知れない。
その覚悟よ」
「こ……殺すって……」
あたしが考え込んでるうちに、凛は説明を終えていた。
桜ちゃんは、凛に言われた覚悟に顔を青ざめて途方にくれてしまった。
……本当に優しい子なんだな、桜ちゃんって。
あたしは詳しいことを聞かされてないけど、虐待紛いの扱いを受けていたって聞いてたのに、その恨みを晴らすチャンスとか考えるんことがないんだ。
まぁあたしも、実際に人を殺したことなんてないし、臓硯と対峙したとしても殺せるかはわからないけど、少なくともやり合うことに躊躇したりはしないだろう。
「まぁいいわ、今すぐ覚悟を決めろとは言わないし、最悪桜は自分の身を守ることに徹してくれれば、後はわたし達がなんとかしてあげる。
わたしは桜と違って、身内に手を出した奴に手加減してやれるほど、優しくないってことを思い知らさせてやるわ」
そういって、再びあたしを強く抱きしめた凛は桜ちゃんの代わりに覚悟を決めたようで、なんか凄惨な表情をしている。
「凛は本当に桜ちゃんが好きなんだね」
「「……なっ!」」
凛を見上げながら言ったあたしの言葉に、凛と桜ちゃんが同時に驚いた。
なんでよ?
「な、何言ってるのよ、アンタは!」
「し、詩露ちゃん……」
「あれ? あたしなんか変なこと言った?」
おろおろとし始めた凛と桜ちゃん。
でもあたしは思ったことを言っただけで、別に悪いことを言ったつもりはないんだけどな?
「ふふふ、二人して慌てちゃってそんなに照れることないのに」
あぁ、そういうことか。
イリヤに言われて、二人が何をそんなに慌てているのかわかった。
思わず出た愛情の発露をあたしに指摘されて、二人とも照れちゃったのか。
「そ、そんなことはどうでもいいのよ。
ほら、情報交換したんだから、これからの方針を決めるわよ!」
「そ、そうですね、姉さん。
これからのことが問題です!」
本当に似た者姉妹だな~。
「ふふ」
「ちょっと、なに笑ってるのよアンタは?」
「え、あ、な、なんでも……」
思わず笑いが漏れてしまったあたしに、渋い顔をする凛。
ただ、こっちを見るときに顎を指でクイッと持ち上げられて、なんだかキスする瞬間のような態勢になってしまって、またドキドキしたのは内緒だ。
ばれたら凛のことだ、絶対からかってくるに決まってる。
「ん~? なんかアンタ、今日ちょっと変じゃない?」
「ヘ、ヘンジャナイです」
「顔も赤いし、静かだし。
……熱でもあるの?」
「っ!」
あたしの目を怪しそうに覗き込んでいた凛が、御でこが頬に当たるように顔を押し付けてくる。
あたしの目線の先にはちょうど凛の唇があって、ちょっと動くだけで当たってしまいそうで……。
うぁ、ドキドキが止まらない!
どうしよう~! 変だ! 今のあたしは絶対変だー!!
「はぁ、しょうがないわね。
詩露が調子悪そうだから、続きは明日にしましょう。
ライダーは回復に専念して、セイバーはアーチャーの代わりに夜警を頼める?」
「はい」
「わかりました」
「あ、あたしなら大丈夫だから……」
「ダメよ! アンタの大丈夫は酔っ払いの酔ってない以上に信用できないんだから、今日はお風呂も止めてすぐ寝なさい」
「ほ、本当に大丈夫だから、お風呂は入りたいんだけど……」
そう、お風呂は入っておかないと。
何かあったときに 「汗臭い」 とか言われたら、ちょっと立ち直れないし……。
……って、違う!
”何か” って何よ!?
何もない! 凛とあたしは師匠と弟子で間違ってもそういうことはない!
「そ、そう? 頭痒いの? じゃ、湯冷めしないように気を付けるのよ?」
「う、うん。 じゃあみんな、お先で悪いけどお風呂いってくるね」
あたしが変なこと考えてた所為で、ぶんぶんと頭を振ってたら凛は頭が痒いのと勘違いしたみたいだけど、これ以上妙な墓穴掘ってもマズイのでとっととお風呂に行くことにした。
はぁ、どうしちゃったんだろ、あたし?
お風呂から上がって部屋に戻ると、凛が先に部屋で髪を梳かして寝支度を整えていた。
うぅ、部屋が凛のシャンプーの香りでいい匂いになってる……。
「あぁ、上がった?
随分ゆっくりだったのね」
鏡越しに凛が話しかけてくる。
「う、うん、凛も風呂上り?」
「えぇ、あんまり遅いから、寝てるんじゃないかって心配になってきたところよ」
「そ、そっか、ごめん」
凛が椅子に座ってるから、あたしはベットに座りながら髪をタオルで拭いていく。
しばらく無言でお互い髪を手入れする。
な、なんか、普段通りなのに静寂が痛いというか、何か会話しないといけないような……。
「よしっと!
ほら、詩露、乾かしてして上げる」
「い、いいって」
「わたしがやりたいの。
いいから貸しなさい」
そういって、あたしからタオルを取り上げる凛。
こういう時の凛は何を言っても聞く気がないから諦めるしかないんだけど、今のあたしは凛を女の子として意識しちゃってるから、凄く照れくさい。
しばらくは学校休んでる所為で、授業の遅れを取り戻すのが大変だとか、桜ちゃんがまだ小さくって家に居た頃の話なんかを聞かされていたけど、あたしは生返事ばかりしていた。
どうにも凛の指先を意識しちゃって、話の内容に集中できない。
「ん、終わり」
「う、うん、ありがとう」
そういって背中から抱きついてくる凛。
うわ~もうっ! どうしよう! どうしちゃったんだろ、あたし?
もう、どうしていいかわかんないよー!!
「ふふ、御でこ上げると本当に幼くなるわね、アンタ」
「悪かったね~だ」
「ふふ、拗ねちゃって、かぁ~わいい♪」
そういって、あたしの髪を後ろから掻き上げて頬を突付いてくる凛。
「きょ、今日は一緒に寝るの?」
「えぇ、アンタなんか熱っぽいし夜中に容態悪化したら困るでしょ?
イリヤも強がってたけど、バーサーカーを失ったのが堪えたのか一人で寝たいみたいだから、わたしがね」
「そ、そっか……」
あぁ~、本当にどうしよう。
あたし今日ちゃんと寝れるのかな……?