大聖杯へ向かうあたし達は、これまで同様アーチャーのみ霊体で先行して警戒に当たっている。
ただし、今回はギルガメッシュを警戒してそれほど距離を離していない。
なにしろギルガメッシュの相手ができるのはアーチャーだけな上、彼は遠距離攻撃をしてくるのだから、対峙した時にすぐ相手が出来ないとセイバーはともかく、あたしと凛は瞬殺されてしまうかも知れないからだ。
『剣製少女 第四話 4-1』
「それにしても、柳洞寺に大聖杯があるなんて全く気が付かなかったわ」
「凛はここへ来る事自体なかったからね」
「アンタは気付かなかったの?
藤村の家の用事とか、柳洞くんに会いに時々来てたんでしょ?」
「全然気付きませんでした」
「へっぽこ」
「くっ……」
やっぱり言われちゃったよ。
そんなこといっても、あたしの構造解析はまだ範囲が狭いし、魔力感知なんてできないのは師匠である凛が一番良く知ってるじゃないか。
……なんて言ったら、 「開き直るな!」 って怒られるんだろうけど。
「あ、ここの小川だ。
この先に……あ、あった、あった。
あの洞窟の奥に丘みたいになった場所があって、それが大聖杯に……」
「シロ!」
あたしがイリヤから見せてもらった記憶を頼りに洞窟が見える場所まで行き凛に説明していると、横にいたセイバーが突然前に立ちはだかって不可視の剣を横に凪いだかと思うと、甲高い金属音を響かせて火花が散った。
夜の暗闇に街灯もない森の中、何が起こったのか一瞬わからなかったけど、どうやら飛来してきた何かをセイバーが弾いてくれたようだ。
「ありがとうセイバー」
「いえ、それよりも気をつけてください。
敵は何らかの投擲武器を使ってきたようです」
……投擲武器。 やっぱりギルガメッシュは消えてなかったってこと?
言われたあたしは弓矢を投影して周囲に気を配る。
しかし、続く攻撃はなく、意外なことに姿を現して声をかけてきたのは、臓硯だった。
─Side Sakura─
「イ、イリヤちゃん」
「なに?」
「お茶いりますか?」
「いいわ、いらない」
「そ、そうですか」
……気まずいです。
姉さん達が出発してから、イリヤちゃんはずっとソファーに座ったまま呆っとしています。
時折、爪を噛んだり溜息をついたりしてイライラしているようだけど、……わたしの所為じゃないですよね?
そ、それともわたし、イリヤちゃんの気に触るようなこと何かしちゃいましたか?
昨日この家に来たばかりのイリヤちゃんは、もっと人懐っこい感じだと思ったんだけど……
「あぁ~もぅ~!!」
「ひっ!」
「ど……どうしたの、サクラ?」
「あ、いえ、なんでも……」
イライラが爆発したのか、ソファーに座ったまま両手を振り上げて不満げな叫びをあげるイリヤちゃん。
わたしは、驚いたせいで思わず悲鳴が出ちゃったけど、そんなわたしをイリヤちゃんは怪訝そうに見ています。
……や、やっぱり、わたしの所為なんでしょうか?
「待ってるだけって、なんでこんなにイライラするのー!
やっぱりわたしも一緒に行くか、こっそり後をつけて行けばよかった……。
そうだ! 今から追いかけちゃおうか?
サクラも一緒に行く?」
「だ、駄目です!
姉さんに怒られますよ?」
「別にリンに怒られたって平気よ。 リンなんて怖くないもの。
それに、やっぱりシロをリンに任せておくのは心配なのよね」
「詩露ちゃんも怒ると思いますよ?
「ちゃんと約束したのに」って」
「うっ……」
夕食の席で、イリヤちゃんが付いて来ないか詩露ちゃんが心配していたのを思い出します。
夕食の前に既にお留守番の約束はしていたみたいですけど、詩露ちゃんを心配するイリヤちゃんはなんとか付いて行けないかと頑張っていましたが、それでも詩露ちゃんは、イリヤちゃんの為だからと付いてくることを許さず、”ゆびきり”で約束をすることになってイリヤちゃんは異国の風習に喜んでいたんですけれど、言葉(お呪い)の内容に
「日本って怖い国ね……」
と驚いていました。
「はぁ~しょうがないわね。
シロが帰ってくるまで我慢するしかないか。
もっと傍に居れば、共感知覚で状況がわかったのにな~」
そういって、バフッっとわたしの膝に寝転ぶイリヤちゃん。
わ、わ、ど、どうしよう!
いいのかな? わたし、膝枕なんてしていいのかな?
「はぁ~……、シロ早く帰ってこないかな~」
「大丈夫、みんなすぐ帰ってきますよ」
そういって、つまらなそうに剥れるイリヤちゃんの髪を撫でてあげました。
詩露ちゃんもそうだけど、イリヤちゃんも小っちゃくってこうして密着しているとなんだか癒されます。
しかも、詩露ちゃんは恥ずかしがってあまり甘えてくれないけれど、イリヤちゃんは甘え上手なのかわたしが髪を撫でていても嫌がるどころかもっとして欲しそうに、嬉しそうに微笑んでくれます。
詩露ちゃんの恥ずかしがって緊張している姿も堪らないものがあるんですけど、やっぱりイリヤちゃんのように素直に甘えてくれると、嬉しいものです。
いつか詩露ちゃんも素直に甘えてくれるようになって、
「お姉ちゃん、もっと構って♪」
なんて言われた日には、
「ふふ、ふふふふふ」
「な、なに、サクラ?」
「あ、いえいえ、なんでもないんですよ」
そういって、不審気にこちらを見るイリヤちゃんを宥めるように再び髪を撫で付けます。
それにしても、イリヤちゃんの銀髪は一本一本が細く艶々で、まるでシルクみたいな触り心地が癖になりそうな……。
……って、あれ? わたし何で仰向け?
「サクラ! しっかり!」
「……はぁ、はぁ、イ、イリヤちゃん?」
さっきまでイリヤちゃんに膝枕していたはずのわたしが、今は仰向けになってイリヤちゃんが覆い被さっています。
イリヤちゃんの表情はすごく必死で、ちょっと怖いくらい。
「ははははははっ! 王を迎えるのに跪くとは、人形の割りに中々礼儀を弁えているではないか。
だが、我を迎えるのであれば、頭(こうべ)をこちらに向けるべきだったな」
突然聞き覚えのない声がかけられます。
部屋の外、庭から聞こえているはずなのに凄く通る声で……、あれ? なんで部屋の中なのに外の声がこんなにはっきり聞こえるんでしょう?
不思議に思って体を起こそうと思った瞬間、体中に痛みが走りました。
「うっ」
「駄目よ、寝てなさいサクラ。
今、治してるから」
目の動きだけで自身の体を確かめると、手足と言わず至る所から血が滲んでいました。
それどころか、庭に面した部屋の壁がなくなっています。
「な、何これ?」
「ギルガメッシュよ。
覚えてる? アイツがいきなり現れて襲ってきたの」
多分わたしは、襲われた瞬間イリヤちゃんに庇われて守られたんでしょうけど、意識が一瞬飛んでしまったのか全然思い出せません。
「ありがとう、イリヤちゃん」
「気にしないで。
今はバーサーカーとライダーが相手をしてるから、今のうちに逃げるわよ。
……っと、これでよし。
ごめんね、時間かかって。
ホムンクルスだったらもっと簡単だったんだけど」
あれ? でも、ギルガメッシュさんがここにいるって事は……。
「じゃ、じゃあ、姉さん達はどうなったんですか!?
あの人がここにいるってことは……!」
「落ち着きなさい。
タイミングから考えて、シロ達と行き違いになった筈よ。
だから、わたし達もここから逃げて、シロ達に知らせないと」
思わず起き上がってイリヤちゃんの胸倉に掴みかかってしまいましたけど、イリヤちゃんはそんなわたしを落ち着かせるために、真っ直ぐに目を覗き込んでわたしの手を握ってくれました。
そ、そうだ、こんなところでうろたえている場合じゃない。
こんな小さなイリヤちゃんがしっかりしてるのに、わたしが足を引っ張ってたらいけない。
そう思って外を見ると、バーサーカーと思われる黒い巨人が信じられないほど大きな剣を振り回し、ライダーがその周りを飛び回りながら鎖のついた杭のようなものを細身の男性に投げつけています。
男性は特に避けることもせず、周りから現れる様々な武器が勝手に男性を守るように動き、そのままバーサーカーとライダー目掛けて飛んで行きます。
しかも、男性の周りの武器は時間と共にどんどんその数を増していき、今ではありえないほどの数が空間を埋め尽くしています。
いけない、このままじゃすぐにバーサーカーもライダーもやられてしまう。
「わかりました、わたしはどうすればいいですか?」
「そうね、わたしのバーサーカーで防いでいる間にライダーの宝具で一気に逃げ切りましょ」
「はい! ……って、イリヤちゃん、その腕」
「これはバーサーカーを使役することの代償みたいなものよ。
わたしのことはいいから、早くライダーに伝えなさい」
「は、はい!」
─Side Sakura End─
「くくく、やはり来たか、遠坂の」
「臓硯!」
「左様、よもやあの程度で儂がやられたとでも思うてか?」
臓硯は洞窟の脇に立って杖をつきながらこちらを見やり、愉快そうに肩を揺らしている。
その姿はあの日の夜の焼き直しのようで、アーチャーから受けた傷も完全に回復しているようだったけど、あの日と決定的に違うことが一つあった。
それは真っ黒な装束に白の仮面を被った異様な風体の大男が、臓硯の脇に控えていることだ。
大柄とはいえ、バーサーカーとは違いその身は細身でバーサーカーのような重圧もなく、それどころか存在感そのものが希薄で目の前にいるというのに、実体があるかどうかすら疑わしくなるほどだ。
あたしは投影した弓を臓硯に向けるが、あたしの動きを凛が手で制してすぐに戦うつもりがないことを態度で示す。
「で、わざわざサーヴァントを用意して現れたってことは、ここでわたし達と遣り合おうってわけ?」
「いやいや、儂のサーヴァントはアサシンでの。
ヌシ達のようなまっとうな英霊と正面きって相手をするなどできよう筈もない。
儂はただ忠告をしてやろうと思っての」
「忠告?」
「左様。 ヌシ達は大聖杯を破壊しようと来たようだが、このような場所におっていいのか?」
「どういう意味?」
「なに、儂の使い魔の一つを遠坂の家の監視に当てていたのだがの、今その使い魔から面白いものが送られてきたのじゃよ」
「焦らさないではっきりいったらどう?」
「ふむ、その送られてきたものと言うのは、遠坂邸へ金髪赤眼の男が向かっているということよ」
「な、ギルガメッシュが!?」
「ほう、あの男は最古の英雄王なのか
なるほど、なるほど」
「くっ……!」
思わず口走った凛に愉快そうに肩を揺らす臓硯。
あたし達は、ギルガメッシュは大聖杯の傍に居ると思い込んでいたけど、遠坂邸に向かっているなんて……。
向こうに残してきたのは、戦力としては不安が残るイリヤと桜ちゃんしかいない。
臓硯の言ったことが本当なら、早く戻らないと。
「で、その情報が本当だって言う証拠は?」
「なに、元とはいえ孫のことが心配でな。
それに、ほれ、そろそろ敷地に入ろうとしておるわ。
敷地に入れば、ヌシにもわかるのではないかの?」
そういって、あたし達を嘲笑う臓硯を睨んでいた凛だったけど、次の瞬間ビクリと背を震わせた。
「いいわ、今回は見逃してあげる。
いくわよ!」
言い終わった時には既に凛は駆け出していた。
あたしも凛の後をすぐに追うが、肩越しに後ろを振り返ると臓硯が嘲笑いながらこちらを見送っていた。
「どう思う?」
「臓硯が言ったことは本当よ。
確かに遠坂邸にとんでもない存在が居るわ」
森を駆けながら凛に話しかけると、凛は臓硯の言葉を認めた。
と、いうことは、凛には離れていても遠坂邸に何かが居るって言うのがわかるっていうことか。
そして、臓硯と対峙している間、何処かに身を潜めていたであろうアーチャーが、実体になってあたし達と併走するように現れた。
「それより問題は臓硯の真意よ」
「どういうこと?」
「アンタまさか、臓硯の言葉を丸々信じてないでしょうね?
アイツが桜を心配なんてするわけないじゃない」
「そうだな、どちらかと言うと大聖杯を破壊させないためにわざわざ助言してきたと考えるべきだ。
だが、問題はもっと深刻だぞ」
「深刻って?」
「もしこの一連の流れが臓硯に仕組まれたことなら、我々は奴を侮っていたことになる。
結局奴は、なんの損害も出すことなく、また自身ではなに一つ動くことなく二対一という不利な状況を打破して、大聖杯を守りきって見せたのだ。
手段としては常套手段であったとしても、それを実現してみせるのは中々難しいからな」
そっか。 結局あたし達は目的だった大聖杯を破壊することも出来ず、結果としては臓硯の言葉に振り回されて戻っていくしかなくなっているんだ。
「じゃあ、臓硯と言峰が手を組んだってこと?」
「それはないわね。
アイツは最低な奴だけど、使徒紛いの臓硯と手を組むような奴じゃないわ。
それに、言峰はともかくギルガメッシュがアーチャーの説明通りのやつなら、臓硯みたいな存在は真っ先に殺そうとするはずよ」
……確かに。
唯我独尊を絵に描いたような奴ってことなら、まず手を組むって考えが浮かばないだろうし、そんな提案してきた日には「侮るな!」とかいって、串刺しにしそうだよね。
「アーチャー、マスター達を抱えていった方がいいのではないですか?」
「いや、臓硯の言葉が本当なら相手はギルガメッシュだ。
両手を塞いだ状態で向かうのは、得策ではない。
とにかく急ぐぞ!」
アーチャーの掛け声の下、あたしと凛は詮索を後回しにして自身に身体強化をして、走るペースを上げた。