「ま……魔法ってあの魔法?」
「そう、”天の杯”、またの名を”ヘブンズフィール”。
アインツベルンがかつて辿り着きそして失い、追い求めている魔法よ」
『剣製少女 第三話 3-4』
知らなかった。 アインツベルンが聖杯に取り付かれているって話は聞いてたけど、それが実は第三魔法のことだったなんて。
あれ? ってことは……
「昨日言ってた根源への穴が開けられるって意味は……」
「そう、本来アインツベルンは聖杯なんてどうでもよくって、大聖杯を使って根源に至ろうってことで聖杯戦争に参加しているの。
もちろん、戦争に勝ってその権利を独占するつもりだから、負けるつもりもなかったんだけどね」
「で、そこまで明かすアンタは今回の聖杯戦争をまともにやるつもりがなくなったってこと?」
「……まだ決めてない。
チャンスがあれば使いたいけど、大聖杯が満ちるってことはアンリマユが生まれちゃうし、そうなったらシロが死んじゃうかも知れないし、わたしはシロのお姉ちゃんなんだからあの子を置いて行くわけにもいかないし……」
この子本気で詩露を気に掛けてるんだ。
殺すつもりだったと言ったかと思えば心配して見せたり、極端な子ね~……。
「そんなことよりシロよ!
なんで魂まで女の子なの!?
魂が男の子のままなら人形を用意して移し変えちゃおうと思ってたのに!」
「そんなのわたしに聞かれたってわかんないわよ。
アンタはどう思ってるの?」
「わかんないからリンに聞いたんでしょ?
大体、記憶と魔術回路は魂に備わった機能なんだから他人に移植できるものじゃないし、可能だとしたらさっき言った”転生無限者”以上の存在ってことになるけど、シロはあくまで人間だし……」
「詩露の魂を人間の女の子に移し変えたせいで、魂が変化したってこともないわけでしょ?」
「当たり前じゃない。
さっきも言ったけど、魂は書き換え不可能な情報なんだから器が変わっただけで一々変わってたら、使い魔の知性だって保てないし、身代わりを用意するときも人間以外使えなくなっちゃうわ。
それに、そんなことしたら肉体と魂を繋ぐ精神に異常をきたしちゃうわよ。
……まぁ、魂が女の子になっててくれたお陰で精神は安定してるんだけど、シロはそれが二次成長前だったからって思ってるみたいだから、そのまま勘違いさせておいたほうがいいと思うわ」
「そうね」
それにしても、イリヤのお陰で詩露の情報が増えたのは嬉しいけど、なんか余計分けわかんなくなってきたわね。
わたしは魂に関しては専門外だし一般的なこと以上わからないけど、結局詩露は肉体が変化したことより、変化不可能な筈の魂が変化したってことのほうがよっぽど大問題ってことか。
これは、肉体の変化を解明するより、魂の変化を先に究明しないと根本的な解決にはなりそうもないわね……。
「それにしても、キッチンでわたしに喧嘩売ってきたのは、この話がしたかった為の小芝居だったってわけ?」
「そ、シロに聞かれたらショック受けちゃうかもしれないでしょ?
昨日だってシロに気付かれないように、体触る振りして回路を確かめたり、お風呂で頭洗う振りして魂の確認したり、悪戯しながら精神の安定確認したりしてたの。
そしたらすごく可愛い反応しちゃって、止められなくなちゃったけど。 ふふふ」
昨日の叫び声はそのせいか。 可哀想に……。
「アンタやりすぎると嫌われるわよ?」
「大丈夫。 わたしはシロのこと愛してるから!」
「いや、そういうことじゃないって……」
「リンは? リンはどうやって詩露を調べてるの?」
「わたしは大したことしてないわよ。
最初は裸にして回路や肉体的な異常がないか調べて、今はラインを繋いで一緒に寝ることで夢で詩露の過去を見て原因を探せないか試してるだけ。
もっとも、ラインを繋いでるだけじゃ効果が薄いから、寝るとき密着してるけど」
「えぇーずるい! わたしはシロとライン繋いでないのに!」
「……繋げばいいじゃない」
「そうね、体液交換で……」
「やめなさいって。 泣くわよ、あの子」
全く、あの子もとんでもない子に気に入られちゃったわね。
イリヤは時折 「ふふふ」 と邪悪な笑みを浮かべながら、ラインの繋ぎ方にあれこれ考えを巡らしているようだ。
せめて貞操が守れるようにセイバーに一言いっといたほうがいいのかしら?
「話し合いの最中悪いが……」
「何、アーチャー?」
いきなりアーチャーが室内に現れて驚いた。
一瞬ノックがなかったことを咎めようとしたけれど、アーチャーの真剣な表情を見て後回しにすることにした。
「桜が倒れた」
「な!」
「熱を出してな。 今は……」
「ばか! 早く言いなさいよ!」
そういって、わたしはアーチャーの言葉を最後まで聞かずに居間へと駆け出した。
「リンってシスコンね」
「それを君が言うかね?」
食事の後、洗い物を手伝ってくれていた桜ちゃんが突然倒れた。
幸い、アーチャーが咄嗟に支えたから頭を打つようなこともなかったが、顔が赤かったので熱を計ると三十八度五分もあった。
今は居間のソファーに寝かして頭と首筋に冷却シートを張ってあげているんだけど、早く部屋に運んだ方がいいんじゃないのかな?
「詩露ちゃん……」
辛そうではないものの、心細そうにあたしのメイド服のエプロンを掴む桜ちゃん。
あたしはその手をとって、しゃがんで少しでも安心できるよう声をかけることにした。
「大丈夫、桜ちゃん? きっと環境が急に変わったから疲れが出ちゃったんだよ。
後でアーチャーかライダーに運んでもらうから寝てていいよ」
「わたし、もう駄目かも知れません……」
「何言ってんの、このくらいの熱で」
「でも、詩露ちゃんが応援してくれたら頑張れるかも」
「え……、お、応援?」
「そう、”お姉ちゃん、頑張ってね♪”って言った……ったたたたたたたたたたた!
なんで!? 姉さん何してるんですか!?」
「アンタ結構余裕じゃない!」
「ちょ、ちょっと凛! 病人に何してんの!」
突然現れた凛が、信じられないことに桜ちゃんに足裏マッサージをしている。
あたしは間に入って凛を引き離すけど、時既に遅し、桜ちゃんは自分の足を持って悶絶している。
「もう、なんてことすんの、凛! 桜ちゃん倒れたんだよ?」
「わたしだって心配で飛んで来たけど、ただ自分の魔力に当てられただけじゃない。
心配して損したわ」
「魔力に?」
「そ、桜もわかってたんでしょ?」
「え……、あ、あはははは・・・」
な、なんだ。 病気じゃなかったのか、びっくりした。
(で、アーチャー。 これはやっぱり刻印中を摘出した後遺症なのかしら?)
(だろうな。 刻印中に食われていた魔力が体内に貯まったせいで当てられたのだろう)
(そうね。 本当だったら肉体の成長に合わせて体も慣れていく筈だったものが、突然体に貯まったせいで体に負担をかけているんだわ。
だったら……)
「桜、ライダーへの魔力供給量を増やしなさい」
「はい」
そういって桜ちゃんが目を閉じて少しすると、顔の赤みが徐々に引いていった。
「どう、桜ちゃん?」
「はい、だいぶ楽になりました」
「でも無理しちゃ駄目よ?
しばらく部屋で休んできなさい。
ライダー運んであげて」
「「はい」」
桜ちゃんが居間を出て行った後、凛は居間のソファーに足を組んで座りながら何かを考え込んでいた。
「どうしたの、凛?」
「桜は今夜連れて行くのよしましょう」
「そうだね、無理させても危険なだけだし、家にいるほうがライダーも守りやすいだろうからね」
あたしも凛の考えに同感だ。
最悪ランサーとギルガメッシュを同時に相手にするだけじゃなく、キャスターも相手にする可能性がある。
セイバーだったらともかく、ライダーだとどのサーヴァントが相手でも負ける可能性がある上に、桜ちゃんを守りながらとなれば持ち前の機動性も発揮できない。
だったら最初から遠坂邸にいて相手が襲ってきたら逃げに専念してくれたほうが、あたし達も安心だ。
「あ、そうだ、イリヤもお留守番ね」
「な、何言ってるのよシロ! わたしは一緒に行ってシロを守ってあげるんだから!」
「ダ~メ」
「何でよ! わたしのバーサーカーじゃ役に立たないっていうの!?」
「違うって。 イリヤはバーサーカーを制御しきれていないんでしょ?
一緒に行ってくれるのは嬉しいけど、また昨日みたいに血だらけになったイリヤを、あたしは見たくないよ。
それにバーサーカーの宝具は防御向きなんだから、ここで迎え撃った方が有利なんじゃない?」
「その通りだ。
バーサーカーの宝具は攻撃型ではなく防御型だからな、ライダーと組むことで遠距離と近距離を補えるぶん拠点防衛が容易になる」
「むぅ~……」
イリヤはあたしとアーチャーの言葉に剥れているが、言ってることの正しさがわかる分反論もできない。
あたしはイリヤが怪我するとこをみたくないだけだったけど、さすがにアーチャーはバーサーカーがライダーと組むことの有用性を説いてイリヤの反論を予め封じてしまった。
しばらく剥れていたイリヤだったけど、突然あたしに抱きついて、
「わかった。
ここでちゃんと待ってるから、シロも勝手にいなくなったりしちゃダメよ?
ちゃんと帰ってくるのよ?」
と寂しそうに言った。
あたしもイリヤを抱き返したけど、イリヤにとっては切嗣みたいに行ったきりになることが不安なのか、抱きついているっていうよりも縋りついてるようだ。
「うん、大丈夫。
朝までには全部終わらせて帰ってくるから」
「ん・・・」
なんか急に頼りなげになったイリヤが安心できるよう、あたしはイリヤの背中を優しく擦った。