「あ、あのね、イリヤ。 痛いからそろそろ……」
「ん~、ちっちゃいけど本物っぽいな~……。 手術? 注射?」
「そんなわけないでしょ!」
『剣製少女 第三話 3-2』
言うに事欠いて、あたしのことをどんな風に見てんのこの子は!
それにしても、なかなか離してくれない。
まさか、この年になって乳離れできてないってことはないだろうけど、今は揉むというより撫でたり押したりしてて、……って、これはもしかして感触を楽しんでる?
確かにブラは付けてないけど、あたしの胸は小さいから別に楽しいもんじゃないと思うんだけど……。
にやぁ~。
……実にいやらしい笑顔で笑いかけられた。
今確信した。 この子は天性の苛めっ子。 絶対凛の同類だ。
「ちょっとアンタ。 いつまでそうしてんのよ?」
「えぇ~、だって女の子の癖に自分をエミヤシロウだなんていうんだから、ちゃんと確かめないと♪」
「ちょっと!」
凛が引き剥がそうとしたものの、逆に引き剥がされまいとしがみ付いて来るイリヤ。
しかも、今度はあたしの胸に抱きついて頬擦りまでしている。
さ、さすがにそれは恥ずかしいって! しかも
「ぬ、脱げる、脱げちゃうから!」
そう、肩紐がないせいでイリヤが動くたびにどんどんビスチェがずり落ちてきている。
いくら元が男で胸が小さいとはいえ、さすがにストリーキングは勘弁して欲しい。
そして、必死にビスチェを上げてて気が付いた。 この子、背中に回した手でずり下げてる!
「だ、駄目だってイリヤ! 下げちゃ駄目!」
「何がぁ~?」
くそ~、絶対わかってて惚けてる!
「はぁ~、何を遊んでいるのです。
大聖杯のことを聞くのではなかったのですか?」
「「あ……」」」
心底呆れたというようなセイバーに言われて思い出す。
そうだ、あたし達は大聖杯の在り処をアインツベルン……イリヤに聞かなきゃいけなかったんだった。
凛もすっかり忘れていたようで、顔を覆い隠しながら落ち込んでいた。
あたしも完全にイリヤのペースに飲まれてたもんな~。
「イリヤ、士郎の居場所は教えたんだから大聖杯の在り処を言いなさい。
等価交換よ」
「じゃあ、先にお姉ちゃんが本当にシロウだって証拠を頂戴。
でなきゃ教えない」
べぇ~っと凛に舌を出しながら改めてあたしに抱きつくイリヤ。
「でも、証拠って例えば?
切嗣の話でもすればいいの?」
「ん~、キリツグの話も聞きたいけどそれが作り話やシロウから聞いた話ってこともあり得るじゃない?
だから記憶をみせてくれればいいよ」
「駄目よ。 アンタが詩露に何かしないって保証がないもの」
なんかややこしいことになってきたな。
でも、確かに元々の”衛宮士郎”を知らない人に性転換したあたしを”衛宮士郎”だと納得させるのは、記憶でも見せないと無理だよね。
士郎しか知らないはずのエピソードとか話しても、それをイリヤが知らないんじゃ意味ないし。
「……わかった、じゃあ、あたしの記憶を見て」
「「なっ! 詩露(シロ)!」」
「でもここじゃ駄目。
遠坂の家でよければあたしの記憶を見ていいよ。
どうする?」
「……そうね、それでいきましょ。
ただし、私の身の安全はシロが保障してね♪」
「ん、絶対イリヤに危害は加えさせないから。
その代わり、イリヤもあたしが士郎だと納得できたら大聖杯の場所をちゃんと教えてね?」
「うん。 約束ね、お姉ちゃん♪」
そういってイリヤは再び抱きついてきた。
つまりこれは、お互いにリスクを負うことで対等の状況にしようという駆け引きなわけだ。
あたしはイリヤに記憶を覗かせるかわりに、記憶の改竄とかをされる危険がある。
でも場所を遠坂邸にすることで、イリヤも身の危険にさらされる。
何しろ魔術師の家というのは要塞に例えらることもあるように、いざとなったらそれなりの攻撃と防御ができるよう備えられていて、それは遠坂邸に於いても例外ではない。
しかも、今の遠坂邸にはライダーもいるからサーヴァントが三人もいる。
そんな処になんの準備もなく単身乗り込むのだから、普通だったら相当無謀な行為だろう。
そして、あたしとイリヤは腕を組んだまま遠坂邸へと向かった。
凛はかなり不機嫌な様子で念話を使って、
(ちょっと詩露! どういうつもり!?)
(ごめん、勝手に家使うことにしちゃって)
(バカ! それはいいのよ。 なんで自分が”士郎”だって名乗ったのよ!?
しかも、記憶を見せるってどういうつもり?
アンタが性転換したってことが協会にバレたら、アンタ封印指定にされるかも知れないのよ?
それに記憶を見せるって事は、アンタの魔術の異常性だってバレるじゃない!?
それを協会にバラされたら絶対に封印指定受けるのよ? わかってんの!?)
(ごめん。 でも、彼女には本当のことを知っておいて欲しかったの。
義理とはいってもあたしの姉なんだから……)
と、かなり強い口調で怒られたが 凛はそれ以上は何も言うことなく怒っているとも呆れているともとれる溜息をつくだけだった。
……そう、イリヤは藤ねえとは違うけど、もう一人のあたしの姉なんだ。
だったら、出来る限り嘘や秘密は持ちたくない。
本当はこんな体になったことで心配している藤ねえにも、魔術のことを明かして少しでも安心させたかったけど、それはあたしの身だけじゃなく藤ねえの身も危険に晒すことになるからできないでいる。
いつか男に戻って安心させてあげられればいいんだけど……。
そんなことを考えているうちに、あたし達は遠坂邸に到着した。
「みなさんお帰りなさい。
随分早かったんですね?」
帰宅した瞬間桜ちゃんに満面の笑顔で出迎えられた。
彼女はあたし達が心配だったのか、夜遅い時間にも関わらず寝ずに待っててくれたようだ。
「ただいま、桜。
ちょっと、予定が狂っちゃってね」
「起きて待っててくれたんだ、桜ちゃん」
「はい、何も出来ないんですがやっぱり心配で。
それで、こちらは?」
「こんばんわ、私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。
イリヤでいいわ」
「あ、アインツベルンの……。
初めまして、イリヤちゃん。
遠坂桜です」
桜ちゃんは小さなイリヤがアインツベルンのマスターだと知って驚いたようだけど、すぐ気を取り直して笑顔で挨拶した。
イリヤもそんな桜ちゃんを気に入ったのか、笑顔で答えている。
「さ、上がって頂戴。
一休みしましょ」
凛がそういったときには既に居間に向かっていて、あたしもイリヤの手を引いて居間へと案内した。
居間に着いたとき、それまで霊体化していたアーチャーが実体化したのだが、その左腕は鮮血に染まっていた。
「その傷どうしたのアーチャー?」
「凛から聞いていなかったか? ランサーにやられた」
そういえば、痛み分けっていってたっけ。
ということは、ランサーも手傷を負っているのかな?
「大丈夫なのですか?」
「ああ、外側はもう塞がっている。
奴の獲物の特性で治りが悪いが朝までには完治する」
「ふ~ん、これが凛のサーヴァント?
あまり強そうじゃないのね」
そう言って、イリヤはアーチャーの周りをぐるぐると回りながら品定めするように眺めているが、アーチャーはそんなイリヤの言動に苦笑いのまま好きにさせている。
……なんか意外だ。
アーチャーってこういうとき、ムキになるか嫌味の一つでも言うものだと思ってたのにイリヤには甘いのか、それとも自分が経験した聖杯戦争で守れなかったことを気にしてるのかな?
そして、腕を怪我したアーチャーの代わりにあたしが入れたお茶で休憩している間、あたし達が体験したバーサーカー戦の話をしていたのだけど、バーサーカーのマスターであるイリヤの手前あまり詳しい話もしずらく、結局は客観的な内容に終始した。
ただし、ライダーは話よりもあたしと、あたしにちょっかい出してるイリヤが気になって仕方なかったようだけど……。
「じゃ、そろそろ始めましょうか?」
そういって話し合いの間大人しくしていたイリヤがあたしに声をかけた。
「いいけど、何処でする?
凛の工房かあたしの部屋?」
「シロの部屋には興味があるけど、今はここでいいわ。
どうせリンが監視したいんだろうから、見せ付けてあげましょ♪」
そういってまた抱きついてくるイリヤ。
……見せ付けるって、どんなことされちゃいますか、あたし?
「へ、変なことしないよね?」
「記憶を見るだけよ♪」
不安になって確認してみたけど、ふふふと怪しく笑われて余計不安になってきた。
イリヤは見た目が幼いとは言え、あたしより年上ということでかなり積極的というか、変なところで大人っぽいから困ってしまう。
ま、まぁ、信用するしかないよね。 ……信用していいのかな?
イリヤは今のあたしの体が女だって、ちゃんとわかってるよね?
「じゃあ、みんな。 今からイリヤが魔術を使うけど、何が起こっても絶対危害を加えないでね?」
そういって、最初の約束通りみんなに念を押す。
他の面々は頷いていたけど、凛だけは
「でも、不審な行動をしたらすぐ邪魔するからそのつもりでね?」
と、イリヤに確認する。
「えぇ、それで構わないわ。
でも、危害を加えられたらシロにもそれなりの報復をするからそのつもりでいてもらうわよ?」
と怖いことをいってきた。
当然のこととは言え、やっぱり早まったかな~……。
「さ、あたしの眼を見て」
イリヤは両手であたしの顔を包んで御でこを合わせ、ジッとあたしの目を覗き込んできた。
あたしはその赤い目を見た瞬間、視界がぐるぐると回って徐々に意識が遠のいていった。
気が付くと、あたしにとっての始まりの地獄に立っていた。
全てが赤く、全てが死に絶え、僅かばかりにある生命も次々に消えていき、怨念の輪に加わっていく。
そして救いの笑顔……。
そうだ、切嗣はこんな風に笑ってたんだよね。
次に見えたのは切嗣との生活。
何をやっても不器用な切嗣に代わって、あたしが家事をしている。
でも、それも最初の数ヶ月だけ。
あたしが一人でもやっていけるとわかると、すぐに切嗣は海外に行くようになった。
そして一人だけの武家屋敷での生活が始まった。
時折藤ねえが来る事もあったし、たまに帰ってくる切嗣の土産話を楽しみに、基本的にはあたし一人であの広い屋敷で生活している。
そんな生活が数年続いた後の切嗣の死。
藤村の人達に助けられながらの葬式は、自分でも忘れていたようなことまで鮮明に思い出せた。
そしてある日の夜。 いつも通りの鍛錬の時に起こる突然のノイズ。
気が付くとあたしは”士郎” から”詩露”になっていて。それからの生活は、ほとんど凛とのものだった。
その後は記憶を行ったり来たり。 時間の流れに関係なく飛び飛びに色々な場面が現れては消えていく。
その中でも特に長く見ていたのは、あたしが一人でいる時のものだった。
なんでこんな退屈なものを? とは思っていたけど、こうして傍から見てみると本当にあたしって無趣味というか、面白みのない生活をしていると思った。
(一人ぼっちにしちゃっててごめんね……)
(イリヤ?)
(うん。
じゃあ約束通り今から大聖杯の場所を教えるね)
そんなことを考えていたら、突然イリヤの声が聞こえたが、またすぐ消えて新しい映像が現れた。
それはあたしの記憶ではなく、見たことのない辺境で三人の男達が集まり、何かの相談をしていた。
あたしは誰かの視線を借りているようで、その三人と何かを話している。
あ、三人のうち一人は着物だ。 ってことはこれ、辺境じゃなくって昔のことなんだ。
映像は柳洞寺の裏にある小川から洞穴? 鍾乳洞? の中を通って行き、小高い丘を登って行く。
丘の頂上は抉れていて、その中心部から広がるように何か有機的なものが脈打っている。
(わかった?
あれがシロ達の探してる大聖杯だよ)
(ありがとう、イリヤ。
これで聖杯戦争の被害を最小に食い止められるし、アンリマユも倒せる)
(じゃあ、起こすね?)
「うん」
あ、肉声だ。
目の前には泣き笑いであたしを見るイリヤの目が。
イリヤは自分の涙を拭いながら、あたしの頬を撫でる。
あれ? あたしも泣いてる?
「ごめんね、シロ! 独りぼっちにしちゃってて!
これからはお姉ちゃんがずっと、ず~っと傍にいてあげるからね!」
「うわ!」
そういってイリヤは再びあたしに抱きついてきた。
でも、今度は勢いがあり過ぎてそのままあたしを押し倒して、また胸に顔をぐりぐりと押し付けてきた。
「だから、なんで脱がそうとするの!」
「お姉ちゃんの愛情表現よ! わからないの!?」
「そんな愛情いらなーいっ!」
「酷いシロ! やっぱり、リンなんかに教育されたせいね! 今からわたしが再教育してあげるから安心して!」
「ちょっと、なに人の教育にケチつけてんのよ!」
「お、落ち着いて。 みんな落ち着いて下さい!」
「や~め~て~!!」
なんでか遠坂邸は間違った方向で阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。
……特にあたしにとって。
「でもその様子なら、詩露に関して口止めする必要はなさそうね」
「当たり前じゃない。 シロはあたしの物なんだから、シロが危険になるようなことするわけないでしょ?」
「ちょっと待ちなさい。 なんで詩露がアンタの物なのよ! 詩露は私の弟子なんだから、私のものよ!」
「そっちこそバカ言わないで! シロは私の妹なんだから私の物よ!」
なんでかあたしの所有権争いに発展している。
っていうか、あたしの人権ってないのかな?
「いっそ、両手を持って引っ張ってみるか?」
「バカ言わないで。 この二人じゃあたしが引き千切られちゃうってば」
せっかくのアーチャーのアイディア(大岡裁き)だけど相手が悪い。
この二人じゃ絶対手を離すなんてことはなく、本当にあたしを引き千切りかねない。
結局二人の所有権争いは決着がつかず、後日に持ち越されることになった。
もちろん、その間あたしの意見なんて一度も聞かれませんでしたよ。