ちなみに、あたしのおへそを凝視しているのは桜ちゃんとライダーだ。
あたしはちょっと恥ずかしくなってなるべく自然な感じに手で覆い隠した。
え~い、この似た者主従め!
『剣製少女 第三話 3-1』
「これだったら胸当て使わずにすむかなって思ったんだけど、どう?」
「ふむ、確かに強化しておけば問題なかろう」
あたしの格好はデニムのハーフ・パンツに赤いビスチェ、その上から厚手の白シャツをボタンを閉めずに羽織って、頭にはカチューシャではなく、昨日と同じ野球帽を被っている。
このビスチェが凛からの借り物で、今回胸当ての変わりに使えないかと考えたものだ。
もちろん、凛とは胸のサイズも胴回りも違うけどこのビスチェは背中を紐で絞るタイプなので、割とその辺は融通が利く。
まぁ、あたしが着ると凹凸が少ないから格好よくは着こなせないけど、普通の人に見られたときに胸当てつけて歩いているよりマシかと思って選んでみた。
「じゃあ行ってくるから、桜とライダーは留守番お願いね」
「それなんですけど、姉さん私も……」
「駄目よ。 アンタはまだ体調が万全じゃないんだからちゃんと休みなさい」
「そうだよ桜ちゃん。 ライダーを召喚したばかりなんだし無理しないでゆっくり休んでね」
凛が言っているのは、本当は間桐の呪縛を解いた事なのかもしれないけど、嫌なことは思い出したくないだろうからなるべくそこには触れずに桜ちゃんに休息を薦める。
それに召喚で魔力を失っているのも本当のことだろうし。
「詩露ちゃん……。 はい、わかりました!」
「なんか、私のいうことより詩露のいうことを聞くっていうのがむかつくわね」
「そ、そういうわけじゃ」
あたしの言葉に元気良く頷いた桜ちゃんにムッとした表情で威嚇する凛。
そんな凛に慌てて弁解する桜ちゃんだったけど、単に嫉妬してるだけなんだから別に慌てることないのに。
なんか微笑ましいもの見せてもらったなぁ。
「なにニヤニヤしてんのよ」
「別に。 ほら、さっさと行こ」
「ふん、まぁいいわ。 じゃ行ってくるけど、敵が襲ってきたら無理せずさっさと逃げるのよ?」
「はい、姉さんたちも気をつけて」
こうしてあたし達は桜ちゃんとライダーに見送られて、柳洞寺へと向かった。
柳洞寺に向かうとき、昨日同様アーチャーは霊体化して先行していた。
索敵はもちろんだけど彼は遠距離攻撃が可能なため、こちらに何かあってもすぐ援護できるだけでなく、自身の位置を察知されずらいため奇襲にもなるからだ。
「柳洞寺にアサシンとキャスターがいた場合どうするの?」
「まずは事情を説明してみないと何ともいえないわね。
ただし、向こうが素直に話し合いに応じなければ、力ずくでも話を聞かせるわ」
「ま、そうなるか。
でも、柳洞寺にいないとしたら何処にいるん・・っ!!」
柳洞寺へと続く道を歩いているとき、それまで感じなかった強烈な威圧感が突然現れた。
あまりにも唐突で尚且つ桁外れの圧迫感に一瞬勘違いかと思ったほどだったけど、完全武装に変わったセイバーがあたし達を庇うように前に出たことで勘違いではないと実感させられた。
「こんばんわ。 私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。 お姉ちゃん達の名前を教えてもらえる?」
そういって現れたのは鉛色の巨躯を持つサーヴァントを従えた銀色の少女だった。
少女は場の雰囲気に似合わない優雅な礼をして見せながら、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
後ろの巨人がいなければ、ここが路上ではなく舞踏会の会場じゃないかと勘違いしそうなほどその礼はとても洗練されていて、儚げな外見と相まってなんだか現実感がなかった。
それにしても、彼女がイリヤ。 切嗣の本当の娘。
アーチャーが言っていたあたしにとっての義理の姉か……。
「ふ~ん、貴方がアインツベルン。
話に聞いていたよりも小さいのね。
私は遠坂凛。
こっちは弟子の藤村詩露よ」
そういって凛はふてぶてしいとも言える態度で自身とあたしを紹介した。
しかし、凛も後ろのサーヴァント……アーチャーから聞いていたバーサーカーに気圧されているのか、普段に比べ声が上ずっている。
当然だ。 あたしだってあんな存在見ているだけで竦んでしまう。
あれは明らかに異常な存在だ。
「そう、貴方がトオサカの当代。
で、セイバーはリンのサーヴァント?」
「貴方に教える義理はないわ」
「それもそうね。
いいわ、セイバーを倒した後色々聞かせてもらうから」
「なっ! ちょっと待ちなさい! こっちの話も……」
「行きなさい、バーサーカー!」
そうイリヤが命じた瞬間、なんの予備動作もなくバーサーカーは持っていた巨大な剣をセイバーに向けなぎ払っていた。
それに対してセイバーは見えない何か……恐らくは剣を翳して受け止めたが、衝撃でアスファルトは陥没し膝をつきそうになる。
「二人とも早く下がりなさい!!」
バーサーカーの剣を支えながらあたし達を叱責するセイバー。
駄目だ。 ここに留まってたらセイバーはあたし達を守るため、剣を受け流すこともできずに全てを受けきらなくちゃいけなくなる。
あたしは呆然としている凛の腕をとって、力任せに引っ張って行くが凛はまだ正気に戻っていないのか足元が覚束ない。
「凛! 走って!!」
「え、あ、う……うん」
「あら、サーヴァントを見捨てて逃げちゃうなんて、マスター失格ね」
あたし達の背に嘲笑うような声をかけるイリヤ。
しかし、その声を掻き消すように剣戟の音は激しさを増していた。
あたしは十分な距離を走った後立ち止まり周囲を確認したが、未だバーサーカーの相手はセイバーのみでアーチャーからの援護がない。
(凛、アーチャーは!?)
(ランサーと交戦中よ!)
(な!? い、いつの間に! 何処で!?)
(柳洞寺の石段傍らしいわ。
バーサーカーが出たことを知らせたら向こうもランサーを見つけたから足止めしてるって)
……最悪だ。 戦う相手の相性が完全に逆じゃない!
バーサーカーの宝具は”十二の試練”。
Aランク以上の攻撃以外は全て無効化し、十二回殺さなければ倒せない。
しかも一度受けた攻撃は二度と通じないとなれば、セイバーの宝具で一度殺せたとしても、すぐに復元してしまう。
こういうサーヴァントこそアイツやあたしの剣製のほうが相性いいっていうのに。
逆にランサーの宝具”刺し穿つ死棘の槍”は、セイバーならなんとか避けることが可能らしいし、宝具ではない普通の攻撃でも十分に通用するっていうのに!
(セイバー、アーチャーの援護は当てにできないから無理に倒そうとしないで時間を稼いで!)
(承知!)
あたしの指示でそれまでバーサーカーの攻撃を受け流していたセイバーは、動きが大きくなる代わりに避けることに専念する。
あれだけの攻撃だ、受け流すだけでも相当のダメージを受けてしまう。
どちらにしてもセイバーの攻撃では宝具を使わなければダメージが与えられないのだから、受け流して反撃を試みるよりも体力を消費してでも大きく避けた方が懸命だ。
周辺に対して被害は広がるが、幸い道の左側は円蔵山の森だし右側は特に民家もないから、人的被害はでないですむはず。
それでも徐々にセイバーは追い詰められていた。
バーサーカーというクラスの所為で剣技などない力任せの攻撃のはずなのに、振り下ろされる腕の動きがどんどん早くなり離れているあたし達にまでその剣風が届く。
避けきれなくなり、再び受け流し始めたセイバーも腕だけでなく、体ごと右に左に揺さぶられる。
そしてついに、横なぎの一撃がセイバーの持つ見えない剣ごとなぎ払い木へと叩きつけた。
「セイバー!!」
あたしが思わずセイバーに加勢しようと駆け出したとき、ズシャッという音と共に突然イリヤが倒れた。
今までバーサーカーに気を取られて気付いていなかったが、見れば何故かイリヤは血だらけになっている。
どういうこと!?
もしかして、さらにサーヴァントがいるってこと?
そう思って、あたしは弓を投影して周囲を警戒してみたが特に不審者も見られず気配も感じられない。
そのままあたしは、警戒しながら動かなくなったバーサーカーの脇を抜け、慎重にイリヤに近付いていく。
(セイバー無事?)
(はい……。 すみません、失態を……)
(いいから回復に専念して。 バーサーカーのマスターが攻撃を受けたみたい。
周囲にサーヴァントの気配は?)
(いえ、感じられません)
(わかった。
凛、バーサーカーのマスターを確認してくるから、そっちも注意してて)
(気を付けなさいよ?)
(ん、了解)
そしてあたしはイリヤの傍まで来たが、その間バーサーカーは一度として動くことはなかった。
クラスの所為で自立した意思がないのか、あたしがマスターの傍に弓を持って近付いているというのにそれを邪魔することもない。
「ねぇ、大丈夫? しっかりして」
そういって、イリヤを揺すりながらも目は周囲を確認する。
そしてイリヤの傷を横目で確認するが、傷はカマイタチにでもあったかのように無秩序でどこから攻撃を受けたのかも判断できない。
もしかしたら実際風の魔術でカマイタチを受けたか、セイバー達の剣風でカマイタチでも起こったのかも知れない。
「う……」
「気が付いた? 状況はわかる?」
「貴方……。 っ!? バーサーカーッ!」
「■■■■■───ッ!!」
そういって彼女がバーサーカーに命じた瞬間、ブシュ! という音と共に彼女の腕から血が噴出した。
イリヤに命じられたバーサーカーは、雄叫びを上げながらこちらに振り返りその巨大な剣を振り下ろす。
あたしは、イリヤを守るように覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめたがいつまで経っても衝撃がこない。
恐る恐る目を開けてみると、
「セイバー……」
「本当に貴方は無茶ばかりをする。
そんなことで、バーサーカーの一撃に耐えられると本気で思ったのですか?」
そういってセイバーがバーサーカーの剣をしっかりと受け止めていた。
……た、助かった~。
それにしてもこの子の傷、もしかしてバーサーカーに命令をするたびに負ってる?
ってことは、イリヤはバーサーカーを制御しきれていないってこと?
「ありがとうセイバー。 助かった」
あたしの言葉にセイバーは剣を下ろしながら笑いかけてくる。
どうやらバーサーカーは、さっきの一撃以上動くことはなさそうだ。
「う……ぅくっ!」
「あ、ちょっと、大丈夫?
凛!」
「何よ?」
「この子の治療お願い」
「バカいわないで、治療したらまた襲ってくるでしょうが!
そのまま拘束して、大聖杯のこと聞き出せばいいじゃない」
こちらに小走りで近寄ってきた凛にイリヤの治療を頼んだら、怒られた。
とはいえ、こんな苦しそうにしてるのに放っておくことなんて……。
「平気よ……このくらいの傷……すぐ治せるん……だから」
「そんな辛そうにしてるのに……」
「アンタね、形は小さくても魔術師なんだから痛みぐらい自分で制御できるわよ。
そうでしょ?」
「当たり前よ」
そういって気丈に振舞うイリヤだけど、明らかに無理をしている。
あたしには治癒の魔術は使えない。 せめて止血だけでもと思って取り出したハンカチで額の傷口を押さえて驚いた。
傷口がない!
イリヤは本当にこの僅かな時間で傷を痕も残さず塞いでみせたのだ。
「すごいね、本当にすぐ治せるんだ」
そういいながら微笑んで、顔や手足についた血を拭ってあげる。
水で洗い流すことができないせいで綺麗にとはいかないけど、とりあえずこれ以上服や髪を汚すことはないかな?
「ん、なに?」
「お姉ちゃん変わってるね。
敵の魔術師に優しくするなんて馬鹿なの?」
「えぇ、そいつ馬鹿なの」
「……二人とも酷くない?」
不思議そうにこっちを見ていたイリヤが酷いことを言ってきたと思ったら、凛が止めを刺しにくる。
セイバーも苦笑いで積極的ではないものの、二人の意見に賛成のようだしここにあたしの味方はいないらしい。
「そんなこといったって、傷だらけの女の子放っておくわけにもいかないでしょ?」
「「「はぁ~……」」」
うっ、言い訳したら余計呆れられちゃった。
「まぁいいわ。 それでどういうつもり?
私を捕虜にでもしたつもりかしら?」
「捕虜っていうか、色々話したいことがあったの。
聞いてくれる?」
「しょうがないわね。
ハンカチ一枚分の時間ぐらいは付き合ってあげる。
ただし、等価交換。 私も聞きたいことがあるから答えて」
「いいよ」
そういったイリヤはあたしの手を取って立ち上がり、バーサーカーを消すと腰に手を当てあたしを見上げた。
といっても、あたしと彼女はせいぜい十センチぐらいしか変わらないんだけど。
(ところで凛、アーチャーは?)
(ランサーと痛み分けにしたみたい。
今はこっちを視界におさめられる場所で警戒してるわ)
(了解)
その後、あたしは聖杯の中身とその危険性をイリヤに説明したが、既にイリヤはそのことを承知していた。
「当然じゃない。 アヴェンジャーを呼び出したのは他ならぬアインツベルンなんだから」
「アヴェンジャー?」
「アンリマユのクラス。 復讐者のことよ。
それで、お姉ちゃんたちは大聖杯を見つけ出してどうするつもりなの?」
「もちろん破壊するわ。
そんな物騒な物、冬木の管理者として野放しにしておけるわけないじゃない」
「そう? 汚染されているとはいっても、根源の渦への穴だったらちゃんと開けられるのよ?」
「根源!? どういうこと?」
「あら、それは知らなかったのね。
でも教えない。 それより今度は私の質問に答えて頂戴」
「まぁいいわ、アンタの質問の後できっちり答えてもらうから」
「私からの質問はエミヤシロウの消息を知っているかどうか? よ。
特にお姉ちゃん。 貴方に答えて欲しいの。 セイバーのマスターさん♪」
そういってイリヤはあたしに抱きついてきた。
やってることは無邪気なんだけど、その表情は全然無邪気じゃない。
抱きつかれたというより、逃がさないために捕まえられたような気分になる。
さて、どうしたものか……。
本当のことを教えてもいいんだけど、信じてもらえるかどうか。
確実なのは凛の時みたいに記憶を見せることなんだけど、この子の表情見てると何されるかわかんないって心配があるな~、でも……。
「どうしたの、お姉ちゃん? 何か知ってるの?」
そういって微笑むイリヤの笑顔は意地悪な時の凛のようだ。
「はぁ~……。 信じてもらえないかも知れないけど、あたしが衛宮士郎なの」
「……へ?」
「ちょ、ちょっと詩露!」
あたしの言葉に、イリヤは驚きのあまり大きな目をさらに見開き、凛は慌てている。
だってしょうがないじゃん。
誤魔化しても良いけど、イリヤからこれ以上情報を引き出そうと思ったら、こっちもそれなりに情報出さないと難しいし、なにより……
「ひゃあっ!」
「……女の子じゃない、貴方」
なんて考えていたら、ビスチェの上からムニムニと胸を揉まれた。
何してますか、このお子様は!!