お茶菓子は、アーチャーお手製のカップ・ケーキだった。
種類も、プレーン、チョコ、ドライフルーツ・ミックス、ストロベリー&クリーム、モンブランと5種類もあり、数も相当数用意されていてちょっとしたお店のようになっている。
あたしは元々和風贔屓で、お茶は緑茶、お菓子はどら焼きってタイプだったんだけど、ここ一年、凛に合わせてるうちに洋菓子も結構口にしてきたけど、これだけ美味しいものはちょっと食べた覚えがない。
特にこのモンブランは絶品だ。
うん、これだったらさっきの大笑いも帳消しにしてあげよう。
『剣製少女 第二話 2-6』
「で、詩露、モンブランを気に入ったのはわかったから、そろそろ話を聞かせてもらえる?」
「ん?」
「は・な・し!」
「だから、収穫なしだってば。
もう一個いい?」
「あ、じゃあ詩露ちゃん、私のあげます。
はい、あ~ん」
「え、い、いいよ、恥ずかしいし」
「そんなこと言わずに、ほらほら、あ~ん♪」
「え、う……あ、あ~……」
「詩露ちゃ~ん、いい子だからお姉さんのお話もちゃんと聞いてね♪」
後少しでモンブランが! というところで、凛に顎を掴まれて コキャッ! と回された。
「あだっ!! たたた……わ、わかった、ちゃんと話すから」
「よろしい、で? 柳洞寺に葛木がいないっていうのは聞いたけど、学校のほうはどうだったの?」
「特に問題なし。
噂も聞いてみたし欠席の生徒も確認してみたけど、いつもサボってる連中以外は欠席者もいなかったよ」
そういいながら、口ではしっかり桜ちゃんからもらったモンブランを堪能している。
ん~、あとでアーチャーにレシピ聞いとこ。
ちなみに、欠席生徒に関しては生徒会のコネを使って各先生に聞いて回ったので、時間はかかったけど間違いない。
これは、隠れたマスターがいないか? ということと、犠牲者がでていないか? という両面の確認の為にやっとくようアーチャーに言われていたことだったんだけど、どうやら杞憂に終わったみたいだ。
「そっちは? 言峰に確認取れた?」
「……えぇ、揃ってるわ」
「うそ!?」
「本当。 サーヴァントはもう全部揃ってるわ」
一瞬信じられなかった。
何しろ聖杯戦争が始まってまだ二日と経っていないのだ。
外来の魔術師だったら移動だけでそのくらいの時間がかかるだろうし、拠点を見つけるのだって簡単ではないはず。
それがたった二日弱であたし達を除いた四名が冬木にやって来て、さらにサーヴァントまで召喚済みというのはちょっと信じられなかった。
「言峰が騙してるってことはない?」
「アイツは信用ならない奴だけど、嘘はつかないわ。
知ってることを黙ってることはあるでしょうけど」
「ん~……じゃあ、あたし達に知らせたときには、既に何体かのサーヴァントは召喚済みだっとか?」
「その可能性が一番高いわね。
他のマスターは予めサーヴァントを召喚しておいて、霊体化させてこっちに来たのかも知れないし」
「冬木じゃなくっても召喚ってできるの?」
「らしいわよ、綺礼に言わせれば」
「あぁ~、じゃあ、あの手は使えないのか……」
あたし達の目的は聖杯でも勝ち残ることでもなく、聖杯戦争のシステムと聖杯の中にいるアンリマユを破壊することなので、二人で手分けしてサーヴァント全てを召喚してしまい事実上聖杯戦争そのものを回避して大聖杯を破壊してしまおうと思っていたのだ。
ただし、これにはサーヴァントが一体も他の術者に召喚されていないことが絶対条件になる。
サーヴァントはその特性上魔術師から魔力を得ることで力を発揮する。
つまり、一人の魔術師が複数のサーヴァントを従えるということは、それだけ一体のサーヴァントの力を弱めるということになる。
あたし達以外で召喚したマスターが考えに賛同してくれる魔術師だったらいいけど、もし向かってこられたらいくらサーヴァントの数が勝っていようとも全く歯が立たなくなってしまうのだ。
もちろん、サーヴァントを呼び出した傍から令呪で自殺させるっていう手も考慮済みではあったけど、あたし自身はその考えに反対だったので、少しほっとした面もある。
「まぁ、元々綺礼がランサーを召喚するだろうことはわかっていたんだから、当てにできる作戦ってわけじゃなかったんだけどね。
それでも既に揃ってるってことは、他の何組かとも交戦する覚悟が必要になったわ」
「可能な限り戦闘は避けたかったけどね」
特に市街地で襲ってくるような非常識な奴がいないことを祈るばかりだ。
それにしても当てが外れた。
何体かは召喚されるだろうと思っていたけど、なるべく少ないうちにかたを付けたかったのに、こうなってくると最悪、他のマスター全てと交戦する可能性がでてきたわけか……。
「言峰はランサーを何時召喚したのかな?」
「さぁ? 鎌かけてこっちが何か知っているっていうのを感付かれても困るから特に探りはいれなかったけど、電話の感じではいつも通りで特に変わった感じはしなかったわ」
あたしの問いに凛は肩を竦めてそう答えた。
「そっか。 それで、アーチャーは大聖杯の位置を思い出したのか?」
「……詩露」
「ん?」
「貴方アーチャーと話すときは気をつけなさい。 地が出てるわ」
「え、うそ?」
思わず自分の口元を押さえたけど、後の祭りだ。
「やっぱり気付いてなかったか……。
昨日の昼はしょうがないとしても、アレ以降アーチャーと話すとき何度か地が出てるわ」
そういって、はぁと溜息をつく凛。
「う……ごめん、気をつける」
「私の弟子なんだから、みっともない真似はしないようにね」
「は~い……」
「でも、詩露ちゃんの男言葉も可愛いです」
「桜、甘やかさないの」
「あ! はい」
しまった、あたしのせいで桜ちゃんまで怒られちゃったか。
本当に気をつけなきゃ。
「まぁそうはいっても、多少は仕方ないだろうな。
同じ起源の魂同士、ある程度は影響を受けてしまうのだろう。
私のときも、当初アーチャーに対して説明のつかない反発感を抱いていたからな」
「そんなものかもね。
でもね、一年以上かけて教育したものがたった一日で無駄になったら悔しいじゃない!」
そういってアーチャーは腕を組んで昔を思い出しているのか、目を閉じて疲れたように言い、それに対して凛は八つ当たりをするようにカップ・ケーキに思い切り噛り付いた。
それにしても、あたしと違ってアーチャーの時のアーチャー (……ややこしい) とは仲悪かったんだ。
「あぁ、それから大聖杯の位置については期待してくれるな。
私が座の記憶で覚えているのは”家族”に関係したことに限定されている。
それですら全てというわけにはいかないのでな」
「ふ~ん、何か意味があるの?」
「う……ま、まあな」
アーチャーが言い淀むなんて珍しい。
まぁ、言い辛いことみたいだし追求するのも悪いかな?
「となると、どうやって大聖杯を探すかだね」
「知っている人間としては、アインツベルンか間桐。 可能性として言峰といったところか。
もっとも間桐に関しては、あの爺は行方がわからず、慎二は知らんだろうしな……」
そういったアーチャーがチラと桜ちゃんを見るが、桜ちゃんも知らないと首を振る。
こうなってくると、あの時臓硯を逃がしたのが益々悔やまれる。 ……あたしの所為だけど。
「家に文献が残ってたら良かったんだけど……」
「というか、始まりの御三家なのにわかんないって……」
「わ、私のせいじゃないわよ!
御先祖様の誰かが伝え忘れたか、間違って文献を捨てたかしたせいなんだから!」
「わかってるって。 別に凛を責めたつもりはないよ」
「ふん!」
そういって凛はまたカップ・ケーキに噛り付いた。
……もしかして、やけ食い?
「場所としては、ここ遠坂邸、柳洞寺、言峰教会、新都の中央公園が臭いんだっけ?」
「そうだな。
聖杯が現れるとされているのがその四箇所ということを考えれば、大聖杯もそのどこか。 もしくは、その四箇所にそれぞれ要となるものがあることになるな」
これでもし、大聖杯の基盤といえるものが冬木の土地全体に広がるものだったら手に負えないな。
まさか、冬木の土地全てをひっくり返すわけにもいかないんだし、そうじゃないことを祈るだけかな……。
「……やっぱり召喚されたサーヴァントは、アーチャーの時とは違うのかしら?」
凛はカップ・ケーキを食べ終え落ち着いたのか、紅茶に口を付けながら誰ともなく呟いた。
「可能性としては有り得るのだろうが、私はそうは思わない」
「「?」」
「運命というと大袈裟だが、こういった重要な出来事は多少の誤差はあれ大筋で似たような状況になるものだ。
私がそうであったように、君達が第五次聖杯戦争に参加するのにはなんらかの意味があるはず。
そしてそれは、君達以外の参加者にとってもだ」
なんか、悟りを開いたお坊さんみたいなこと言ってるな~。 一成と気が合いそう。
でも、もしそうならマスターとサーヴァントの情報を事前に知っている分、多少は対策が取れるかな?
まぁ、呼び出されるサーヴァントがアーチャーの時と一緒でも、一番厄介なのはやっぱり言峰とギルガメッシュに変わりはないだろうけど。
アーチャーがマスターとして聖杯戦争に参加したときの話では、桜ちゃんの兄で慎二というのが言峰に唆されてギルガメッシュのマスターとなっていたそうだ。
もっともギルガメッシュの本当のマスターは言峰だったらしいのだが、アーチャーは実際その時の会話には参加しておらず、アーチャーの時の凛が聞いた情報からの憶測らしい。
その他にも自身は動かずサーヴァントを利用して何かと聖杯戦争をコントロールしようと動いていたり、 純粋な強さに関してもあたしと凛は格闘訓練を言峰から受けていて未だに勝つことが出来ないし、教会の代行者だったことを考えても面倒な相手だ。
そしてギルガメッシュはその宝具の特性から、サーヴァントに対して絶対的な優位を持っている。
何しろ全ての宝具の原点を持っていて、どんなサーヴァントが相手であろうと必ず弱点か優位となる宝具を持っているのだから相手としては厄介極まりない。
しかも、それらの宝具を雨霰と撃ってくるというのだから、これはもうサーヴァントを相手にしているというより戦場で単身戦っているようなものだ。
「それで、結局この後の方針はどうするの?」
「大聖杯を探すことに変わりはないんだけど、どうやって探すか? よね。
後は言峰とギルガメッシュ、ランサー、それにキャスターと葛木の対策か……」
「所在の知れている言峰はともかく、柳洞寺の安全を確認するのが先決だ。
あそこは城としてはかなり厄介な上、兵糧攻めもできないときては陣地作成のスキルを持つキャスターに立て篭もられた場合かなり面倒だ」
「いっそ、あたしがセイバーと一緒に先に陣取ってこようか?
あそこの人達だったら知り合いだし、適当な理由をつけて聖杯戦争の間ぐらいは居座れるけど?」
そこまで面倒ということは、こちらが先に取って置けばそれだけ有利ということだと思って提案してみたが、アーチャーは首をふりつつ、
「いや、戦力の分散は極力避けよう。
キャスターとランサーはともかくギルガメッシュにはお前たちでは歯が立たないだろうし、二人いっぺんに相手をする状況にでもなれば、逃げることすら難しくなる」
そっか、この中でギルガメッシュとやりあえるのはアーチャーだけなんだっけ。
そう考えると確かにマズイかも。
「ならいっそ、皆で柳洞寺に厄介になる?
一成がいるといっても、なんとかなると思うけど」
「そこまでするのならいっそ、柳洞寺の本殿と宿坊を破壊して僧達を追い出した後潜伏するほうがよっぽど安全だ。
ともかく、現状では柳洞寺と言峰教会に監視の目を設置して、アインツベルンのマスターから協力を取り付けた方が早く大聖杯の位置を掴めるだろう。
聖杯の事情を話せば大聖杯がなくなったとき、サーヴァントの方から契約を破棄していなくなる者もいるだろうし、戦争の被害も少なく済む」
なんか、すごく過激なこと言ってる気が……。
まぁ、お坊さん達がいないほうが彼等の安全も守れるわけだけど、その為にとはいえ柳洞寺を破壊するって無茶苦茶な発想だな。
「なら、今夜は柳洞寺と教会に私の使い魔を放って、問題がなければアインツベルンの森に乗り込むってことでいい?」
「あぁ」
「そうだね」
「にしても、アインツベルンの協力なんて得られるのかしら?」
「難しいだろうが、言峰や臓硯に頭を下げるより遥かにマシだと思わんか?」
「……それもそうね」
結局、話し合いの間一度も参加しなかったセイバーはただカップ・ケーキを食べ続け、ライダーはあたしをチラチラと盗み見しながら時折頬を染め、桜ちゃんはあたしの為にセイバーからモンブランを奪い尽くしていた。
「はい、詩露ちゃん、たんと召し上がれ♪」
「あ……、ありがとう」
山と盛られたモンブランを極上の笑顔で差し出してくる桜ちゃん。
でも桜ちゃん、せっかくの気持ちだけどあたしそんなに食べれないよ……。
「さ、詩露はそろそろ着替えてきなさい」
あれからさらに時間はたち、夕食を終えナプキンで口元を拭っていた凛がそう言った時、あたしはまだフリル服のままだった。
「えぇ~、着替えちゃうんですか? せっかく可愛いのに」
「アンタね、さすがにこの格好じゃ走るのも一苦労なんだから、仕方ないでしょ?」
「でも、スカートが捲くれて慌てる詩露ちゃんが見れるかと思って期待してたのに」
「「「…………」」」
不貞腐れるようにいう桜ちゃんに対して、さすがにセイバー、アーチャー、あたしは呆れてしまったが、凛はうんうんと力強く頷き、ライダーはなんだか夢見心地のようだ。
駄目だ、この姉妹。
性格は違ってても頭の中身が一緒だ。
今のうちに何とかしておいた方がいいのかも知れない。 主にあたしのために。
それはともかく、夕食も結局アーチャーに作られてしまった。
しかも、手伝おうとしたら
「馬鹿者。 そんなヒラヒラした袖で火元に近付くな。
引火して火傷するぞ」
と、追い出されたし。
くそ~、アーチャーの料理は美味しいけどその変わり、あたしが料理する機会がどんどん奪われてる気がする。
「ほら、早く着替えてらっしゃい」
「ん」
そんなことを考えていたら、凛に急かされた。
まぁ、せっかくこの責め苦から逃れられるのだから、とっとと着替えてしまおう。
ついでに、試したいこともあるし。
「凛、服借りたいんだけどいい?」
「いいけど何着るつもり? サイズも違うでしょう?」
「大丈夫。 じゃ、着替えてくるね」
そういって、あたしは自分の部屋から必要な着替えを持って凛の部屋へと向かった。
着替え終わったあたしが居間に戻ると、
「どうかな?」
「あら、似合うじゃない」
「はい、大変よく似合っています」
「「お……おへそ」」
「それで行く気か?」
と、それぞれに反応された。