『剣製少女 第一話 1-1』
「士郎~、ごはん~!」
土蔵に敷いた布団に倒れこむようにして眠っていた俺は、藤ねえの声で眼が覚めた。
元々留守がちだった親父が死んで数ヶ月。
いつもは朝食の支度をするためそこらの大人より早起きなのだが、今日は藤ねえが来るまで寝てたってことはかなりの寝坊だ。
「悪い藤ねえ、寝坊した。 今日は朝飯なしだ」
居間でだらしない格好でTVを見ていた藤ねえに、顔だけ出して挨拶し急いで風呂場に向かおうとしたところで後ろから藤ねえに肩を掴まれた。
「ちょっと、ちょっと、あなた何処の誰ちゃん? なんで私のこと知ってるの? 士郎はどこ?」
「なに言ってんだ、藤ねえ? まだ寝ぼけてるのか? というか、早く風呂入っちゃいたいんだけど?」
「あなたこそ何言ってるの? 士郎のお友達? 駄目よいくら小学生だからって、女の子が男の子の家でお風呂だなんて、……って、まさかあの子、お風呂が必要なことしちゃった!? 今の子は進んでるって聞いてたけど、お姉ちゃんはそんなこと許しませーん!!」
激しく人聞きの悪い誤解で吼える虎。
というか、女の子なんて何処にいるって言うんだ? と、キョロキョロしていると。
「で、あなたは誰ちゃん? 士郎はどこ?」
完全に捕食者の目でこっちに迫ってくるバカ虎。
明らかに先ほどの勘違いを脳内で真実と思い込んでるな、こりゃ。
「何言ってるんだよ、藤ねえ。 俺なら目の前に……」
そういったとき、窓に映った自分の姿に息が止まった。
誰だ、この女?
一見するといつもの俺なのだが、わずかに丸みを帯びた顔の輪郭。
寝巻きのせいか判りづらくはあっても、男にしては不自然に膨らんだ胸。
そして、驚きで大きく見開かれた目。
「ちょっと、あなた黙ってたら……」
「ふ、藤ねえ……、お、俺……俺……」
「え? ど、どうしたの、急に?」
ヤバイ、なんか頭がクラクラしてきた。
その後、藤ねえは学校を休んで雷画爺さんを呼びに行き、爺さんを交えた簡単な質問が始まった。
結果、理由はわからないが、俺が衛宮士郎の記憶を持っているというところまでは二人に信じてもらうことができた。
「さて、これからどうしたものかな? どうする、士郎坊?」
「ど、どうするって……」
どうしろってんだよ、こんなの。
元々の深い皺をさらに深くして爺さんが聞いてくる。
「取りあえずは検査受けてみよ? 何かわかるかも知れないし」
「そうだな、だが、その後のことも考えなきゃならねえ。
学校だっていつまでも休んでるわけにゃいかねえだろうし、戸籍の問題だってある。
何より、女の子ってことだったらこれまでみてえにネコんとこのバイトもやってけないだろうし、一人暮らしってえのも頂けねえ」
「それはそうだけど、何か考えがあるの?」
「一番考えなきゃなんねえのは、士郎坊が目立たねえようにすることだ。
こういったことにはどうしたって好奇の目ってやつが沸く。
場合によっちゃ、よからぬ目的で寄ってくる連中だっているだろう。
そういった連中から守ってやるには、目立たねえようにするのが手っ取り早いんだよ」
「わかった、で、具体的には?」
「まずは……」
こうして、俺が動揺して呆然としている間に爺さんと藤ねえによって色々と取り決めがされた。
雷画爺さんが言うよからぬ連中っていうのには裏表色々いるのだろうが、俺にも一つ心当たりがあった。
魔術師。
この状態がなんらかの魔術の結果ということもあり得る。
そういう連中からしたら、今の俺は格好の研究材料だろう。
それを考えたらなるべく俺が「元男」っていうことは、隠しておいたほうがいい筈だ。
二人の相談の結果、衛宮士郎は失踪扱いにして俺は孤児で藤村の家の養子ということになった。
正直、この判断が正しいのか? 最良なのか? はわからないが、
「今回みたいにある日突然男の子に戻ったときにこの方が都合がいいだろうし、士郎が嫌だったら、大人になったとき家とは絶縁してもいいんだから、大丈夫だよ」
今は、そういってくれた藤ねえと爺さんを信じるしかできなかった。
そして藤村の家に引き取られて三ヶ月。
「しろ~、一緒に洋服買いに行くよ~」
「しろ~、一緒にお風呂入ろう~」
「しろ~、一緒に寝よう~」
俺と藤ねえは藤村組の持ち物件のとあるマンションで二人暮らしをしている。
名前を「藤村 詩露(ふじむら しろ)」に変え、髪は伸ばして肩口で切りそろえている。
名付け親は、藤ねえで、
「私が呼び間違えても大丈夫なように、「しろ」って名前にしよ!
字は「詩露」がいいな♪
可愛いでしょ!」
ってことらしい。
まあ、こっちとしては素性を隠せれば正直なんでもよかったので、藤ねえの好きにさせている。
衛宮の姓を名乗れないのは心残りだったが、切嗣の意志は確かに俺の中にあるんだ。 名前ぐらいじゃ変わらない。
それにしても、最近藤ねえは調子に乗りすぎている。
妹ができたのがそんなに嬉しいのか、四六時中一緒にいたがって鬱陶しくなってきてもいるんだが、そのことをいうと本気で泣くので手が付けられない。
「藤ねえ、せっかくベット二つあるんだから、一人で寝ろよ……」
「しろちゃ~ん」
「はっ! あ、あだだだだだだだだだだだだだ!! ご、ごめ、間違えた、いででででで!!」
「寝ろよ、じゃなくって、寝なよ、でしょ!?」
顔はにっこり笑いながら、拳で人の頭をぐりぐりと締め上げていく。
あ、穴が開く! 頭に穴が開く!!
この三ヶ月、藤ねえは俺……いや、あたしが男言葉を使うと制裁を加えるようになった。
せっかく素性を隠してるのに、変なところで目立つことしてたら意味がないからということらしい。
言ってる事は判るんだがこの制裁、本気で痛い。
そのうち頭が陥没するんじゃないかと、本気で心配になってくる。
ちなみに学校には行っていない。
お……あたしが女の子の振る舞いができないというのもあるが、体育の着替えなんかで慌ててしまうかも知れないということで、中学までは自宅学習という形にしてある。
女の子の体ということで最初の一ヶ月は色々戸惑ったが、慣れてしまえばどうってことなかった。
とは言え、その最初の一ヶ月はもの凄い大変だった。
特にトイレは行く度にどきどきしていたが、一週間もしたら慣れたし風呂も藤ねえと一緒に入って色々教わったのだが、藤ねえの裸より自分の裸のほうが恥ずかしかった。
スカートや下着っていうのも着るときの抵抗感は凄かったが、着ている姿は鏡を見ない限り意識することもないので、意外に気にしないで済んだ。
藤ねえに言わせると、
「二次性徴前だったから順応しやすかったのよ。 これが中学生になってからだったらもっと大変だったわよ、きっと?」
って、ことらしい。
そんなもんかな? よくわかんないけど。
そして、小学校の卒業式を経験することなくあたしは中学生になった。
中学は元々行くはずだった学校ではなく、別の学区に通うことになった。
マンションが違う学区にあるということもそうだが、小学校時代の人間がなるべく少ないほうを選んだというのが主な理由だ。
小学校時代、これといった親しい友人はいなかった。
中学でも特に変わることはないと思っていたが、二人の友人ができた。
一人は柳洞 一成。
たまたま一成の兄が、藤ねえの同級生で知り合うことになった。
柳洞寺という禅寺の息子で、真面目で几帳面、なかなかの堅物だ。
もう一人が、遠坂 凛。
クラスメートということもあるが、なぜか一成と仲が悪くよくじゃれあっていて知り合いになった。
あたしには品行方正で文武両道な美少女って印象なんだけど、一成に言わせると彼女は「女狐」らしい。
そして、この遠坂凛とは一生切っても切れない関係になってしまった。
きっかけは学校でのことだった。
クラスメートが、階段から落ちそうになったとき咄嗟に魔術で身体強化を行ったのを遠坂に見られてしまったのだ。
相変わらず発動に時間はかかるし失敗のほうが多いあたしの魔術だが、この時は、これまでの鍛錬の中でも最高のできだった。
人を救えた達成感と、魔術が実際に人助けに使えた喜びに浸っていたとき
「藤村さん」
と、遠坂に、にこやかな笑顔で話しかけられた。
珍しいなぁ、遠坂から話しかけるなんて。
「なに?」
「今日、放課後お時間よろしいかしら?」
「いいよ、何? 季節外れの大掃除で人手が欲しいとか?」
「ふふふ、面白いこというのね、藤村さん。
ちょっと個人的に相談したいことがあるだけです」
あれ? 何で? 怒ってる?
「わ、わかった。 じゃ、一緒に帰ろうか?」
「ええ」
帰り道、色々と話しかけてみたが、遠坂の反応は今ひとつ。 よっぽど深刻な問題を抱えているってことだろうか?
遠坂の家は坂の上の洋館で、お嬢様っぽい遠坂のイメージにぴったりだな。
「はいお茶」
「あ、ありがと」
おぉ~、紅茶だ。
家では日本茶ばっかりだから、なんか新鮮かも。
ずず~……
う~ん、紅茶の良さってわかんないけど香りといい渋みといい高そうだ。
「ちょっと……」
「あ、悪い、相談だっけ?」
「そうじゃなくって、なんで紅茶をそんな男前に飲んでんのよ?
寿司屋じゃないんだから」
「……ごめん」
って、そんなこといっても紅茶の飲み方なんて知らないしな、しょうがない目の前の遠坂を手本に……。
と、そこまで考えた瞬間、意識が突然途切れた。
気が付くと見知らぬ洋間の部屋で、椅子に座らされ縄でぐるぐるに縛られていた。
試しに解析してみようとした時、後ろから声がかけられた。
「気が付いた、詩露? いえ、衛宮士郎君っていったほうが、いいかしら?」
「!?」
背後から聞き覚えのある声で藤ねえと、雷画爺さんしか知らないはずの秘密が暴かれる。
だが、頭が朦朧として誰だか思い出せない。
「だ、誰だ?」
「あれ? まだ薬の影響抜けてない?」
く、薬? 何飲ませやがったコイツ!
「遠坂凛よ、わかる?」
遠坂? 遠坂がなんだってこんなことを?
っていうか、 薬ってさっきの紅茶か!
「落ち着きなさい。 その縄、魔術で強化してるからちょっとやそっとじゃ解けないわよ。
意識のほうも薬で朦朧としてるかも知れないけど、すぐ回復するわ」
遠坂の言葉通り意識ははっきりしてきた。
でもなんで後ろから話しかけるんだ?
というか、魔術でって遠坂も魔術師ってことか!?
「女の子に対する扱いとしては酷いかも知れないけど、魔術師に対してはこれでも丁重なほうなんだから、差し引きゼロってことで納得して頂戴。
で、相談っていうのは貴方が学校でやって見せた魔術のことよ。
ちなみに、貴方が意識を失っている間に貴方の記憶、色々と見せてもらったわ」
なるほど、それで俺の秘密を知ってるってわけか。
「それで、どうする気なんだ?」
「貴方に選ばせてあげる。
私の弟子になって私に仕えるか、魔術に関わる一切の記憶を失うか」
げっ! どっちも、どっちだ。
っていうか、仕えるって何させる気だよ。
「あ、どっちも嫌っていうのは、なしね。
その場合、可哀想だけど死んでもらうわ」
さらっと、凄いこといってくれる。
「もう少し細かいこと聞かせてもらえない?」
「そうね、まず弟子になったら魔術を教えることと、性転換しちゃった原因究明に協力してあげる。
その代わり、住み込みで私の身の回りの世話をしてもらうわ。
労働で、対価を払ってもらうってこと、どう?」
む、それだったら破格の条件といってもいいか?
何しろこっちは何の知識も伝手もない状態なんだから、他の魔術師から得られるっていうは大きい。
「ちなみに、遠坂は何代目なんだ?」
「私? 六代目よ。
ちなみに、大師父はあの”宝石の翁”よ」
「へ、へぇ~……、宝石の?」
「……アンタ、まさか魔術師のくせに魔法使いの事も知らないなんて言わないでしょうね?」
「すまん」
やばい、相当殺気立ってる……。
とにかく、遠坂の家は魔術師としては新興なのかも知れないが、六代も続いていると。
それなら、それなりの知識が期待できるな。
しかも、大師父が魔法使いっていうならなおさらだ。
「はぁ~……、まぁいいわ。 その辺も弟子になったら徹底的に叩き込んであげる。
で、どうするの?」
「わかった、弟子になるよ」
「そう」
どこかほっとしたような声で答える遠坂。
よかった。 遠坂自身も俺を殺したり、記憶を消すのは不本意だったらしい。
この年でそういったことに躊躇しない奴だったら、何とか逃げ出す方法を考えなきゃならないところだった。
「なら、これを飲み込んで」
「それは?」
「契約の証ってところかしら」
そういって、後ろから手だけをあたしの口元へ持ってきて、赤いドロップのようなものを差し出してきたので、ゴクッと飲み込む。
味はないが飲み込めないほど大きい物ではなかったからか、楽に飲み込めた。
「じゃあ、契約の内容を確認するわよ?
Anfang(セット)!
一つ、私の命を脅かさない」
「そんなの当たり前でしょ?」
「余計なことは言わなくっていいの。
わかったかどうかだけ、答えなさい」
こ、怖っ。
「わ、わかった」
「よろしい、じゃあ次。
一つ、自身の不利益より私の利益を優先しなさい」
「わかった」
「一つ、私を裏切らないこと」
「わかった」
「以上の契約をもって藤村詩露を遠坂の系譜とする」
そういって、縛られていた椅子からやっと開放された。
「ふう、うわ、痕付いちゃったよ」
「お疲れ様。
さっきの契約忘れないでね」
そういって、にっこり微笑む遠坂。
そりゃ、遠坂に比べたら、たいしたできのお頭じゃないけど、そんなに信用ないかな?
「大丈夫、そこまで忘れっぽくないよ。
ところで契約を破るとどうなるの?」
「もの凄い吐き気に襲われるわ」
「そっか。 気をつけなくちゃ」
「じゃあ早速だけど、今日からここに住み込んでもらうわよ」
「えっ!? そんな急に!」
「当然、特に心構えができてないアンタみたいなのは、早急に教育が必要だからね」
確かに心構えなんて教わってないからな。
生粋の魔術師である遠坂からしたら、情けなくはあるんだろうけど。
「そんなこといっても、藤ねえがなんていうかな~?」
「がんばってね、貴方がなんとかできなかったら私が魔術使わなくっちゃいけなくなるから」
「うっ、が、頑張るけど一緒に暮す理由考えてよ」
「そうね、じゃあこんなのはどう?」