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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24
Name: G3104@the rookie writer◆58764a59 ID:565cb8bc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/10 04:48
 宵闇が天球を染め抜いた丑三つ時。私達はようやく家に着いた。
 今宵の風は生温く、不穏な空気を運んでくるようだ。まるでこれから先に待つ困難を告げる予兆のよう。

「嫌な、空気だ。魍魎のざわめくような……」
「そうね。何にせよ、もう迂か迂かしてられないわ。直ぐに作戦会議よ」

 私の呟きに答えるように小さく、だが強い意志を込めた凛の言葉が返る。

「…………」

 私を間に挟んで凛と反対側に位置取り、ずっと私の傍らについてきた小さな救助者は、帰路の道中ずっと黙して語らず。その赤い瞳には悲しみの雫を光らせていた。

「どうしました、イリヤスフィール?」
「……なんでもないわ。そう。此処がお兄ちゃんの、城、なのね」

 何処か物憂げに、しかし何か尊い物でも見るかのように見上げ、そう口にする。

「ははは、城って程、上等なモンじゃ無いけどな。痛ってて」
「バカ。傷は癒えてるみたいだけど、体は消耗しきってるんだから大人しくしてなさい」
「はは、悪い。」

 私と凛がそれぞれにセイバーと士郎を支えながら、衛宮邸の門を潜る。
 慣れ親しんだ温かみの有る空気を肌に感じ、その優しさに心を潤されてか、士郎から小さく安堵の吐息が漏れる。

「凛、とりあえずこの子達を寝室へ。作戦会議も必要ですが、まずは休息を」
「そうね。もう夜明けも近いから少しでも回復しとかなきゃ。セイバーの事もあるしね」
「済み、ま、せん……」

 私の背に力なく背負われたセイバーは声を発する事すら辛そうに眉を顰めながら呻く。
 今、彼女は肉体の維持を最優先とする為、鎧一切を除装して魔力の温存に努めている。

「喋らないで、余計に魔力を消耗します」

 背中からこくりと小さく頷くセイバーを背負いながら、私達は屋敷へと入っていった。




第二十四話「小隊は白雪姫に翻弄される」




 静寂が横たわる寝室の中で、カチコチと正確に時を刻む時計の音と、苦しそうに喘ぐセイバーの呻き、私が洗面器でタオルを絞る水音だけが室内に響く。
 士郎とセイバーの部屋を仕切る襖を外し、大きな一部屋としたこの寝室も、今は5人全員が詰めているため多少手狭だ。誰も、一言も口にしないまま、時間だけが過ぎてゆく。
 場の沈黙を破った声は、士郎からだった。

「……なあ、あの、さ。セイバーの事、なんだけど」

 その声を待っていたかのように、全員がその声に反応し視線を向ける。
 だが、誰も答えない。その視線を代表して、私が口を開く。

「はい、判っています。このまま魔力が供給されなければ、彼女はもってあと三日。それも戦闘しなければの話です。一度でも戦闘になれば、恐らく半日で力尽きます」
「そ、そんなに酷いのか!?」
「残念ながらアリアの見立て通りよ、士郎。セイバーは今、魔力切れを起こしかけている。
 それを回避するには、貴方からどうにかしてラインを繋げるか、彼女に人を襲わせて魂を食わせるか。他に方法は無いわ」

 私の説明を凛が補足し、狼狽える士郎を諭す。

「まだサーヴァントは一騎も消えていません。この状況で彼女を失うのは非常に拙い」
「え……死んだんじゃないのか、バーサーカーは?」

 がば、と布団をまくり上体を起こそうとする士郎を手で制し、布団を戻しながら答える。

「解かりません。泥に飲まれた英霊は正統な英霊であればあるほど、真逆の属性である泥に染められ、自由を奪われる。そのまま完全に飲み込まれ消化されるか、反転して泥に使役されるか。彼がどうなるかは奴の思惑次第……」
「じゃあ、ライダーは?」
「あの時、私の攻撃がアーチャーに迎撃された為、ギリギリで直撃は免れたのでしょう。
 あの後、間桐慎二の持っていた本は蔵硯によって燃やされたのを確認しています」
「つまり、ライダーがあの時死んでいたなら、その時点であの本は燃えてなきゃおかしいのよ。それが蔵硯に燃やされたって事は、ライダーの主が本来の桜に戻る事になる」

 凛は私の少し後ろで、足を崩して後ろ手に体重を預けながら、やや口惜しそうに語る。
 桜が再びマスターとなる。それは彼女にとっても決して望まない事。

「それに、ライダーが倒されたかどうかは、彼女に聞けば判りますよ。そうでしょう、イリヤスフィール? いいえ、聖杯の器、と呼ぶべきでしょうか?」
「!?」

 凛や士郎、そして苦しそうなセイバーまでもが私の言葉に驚きの相貌を見せる。

「ど、どういう……そうか! そういうことなのね」
「そういう事ってどういう事なんだよ遠坂、説明してくれ!」
「せ……説明を頂けますか」

 三者三様の反応を見せ、その視線は凛、私、そしてイリヤスフィールへと注がれる。

「ええ、確かにライダーの魂はまだ回収していないわ。そんな事より、どうして貴女達は私を助けに来たの? セイバーがこんなになる事は予想が付いた筈よ」
「それは、貴女が聖杯だからですよ。アインツベルンに作られし、聖杯を顕現させる器」
「ソコだよ、ソコ、どういうことなのか説明してくれ、アリア!」

 士郎が今度こそ布団を跳ね除けて起き上がる。

「ええと、なんと説明すればよいか、要するに彼女は唯の人間ではないのです。
 アインツベルンによって生み出されたホムンクルス、人造人間とでも言いましょうか。
 つまり、彼女は聖杯戦争で倒れたサーヴァントの魂が注がれ、満たされる事で完成する聖杯の入れ物なのです」
「「な!!」」「成る程ねえ」

 驚く士郎達と、一人納得する凛。そんな中、私へと強い猜疑の眼差しを向けてくる瞳が一対。イリヤスフィールのものだ。

「ご名答。そこまで判ってるならもう自己紹介の必要も無いのかしら。……ソルジャー、アリアって呼ばれてたかしら、私をどうする気?」
「どうもしませんよ。あの場で貴女を放っておけば泥に吸収されていたことでしょう。それだけはどうしても避けたかった。本当はバーサーカーも逃がせればよかったのですが」
「……! バーサーカー……う、ぐすっ」

 目の前で己を庇って泥に飲まれた彼を思い出したか、赤い宝玉のような双眸から大粒の雫が零れだす。彼女にとって、彼はそれほど大切な従者だったのだろう。

「彼を奪われた事は私の失態です。でも、だからこそ、貴女まで奴の餌にさせる訳にはいかなかった。それに、他のマスターに聖杯である貴女を渡す事も。
 誰が聖杯を得るにせよ、それはあの泥がこの世に生まれ出る手段を与える事になる。
 それだけは何があっても阻止しなければならない。それが理由です」
「……そう。そっか、貴女は霊長の抑止力として、此処に居るのね」
「はい。ご理解頂けましたか」

 成る程、どうりで……等々、ぼそぼそと小さく呟きながら、イリヤスフィールは判ったわと答えた。

「さて、それではイリヤスフィール、これからは私達と一緒に行動して貰います」
「仕方ないわね。まあ、リンが居るのが気に入らないけど、お兄ちゃんも居るし。
 いいわ、保護されてあげる。その代わり、ちゃんと勝ち残らないと許さないんだから」
「んなっ、そんなこと言われなくても勝ち残ってやるわよ。見てなさい!」

 僅かに元気を取り戻すイリヤスフィール。その尊大な態度が凛の癇に障ったようだ。
 やれやれ、この二人はこれからも衝突しそうですね。

「そういえば、私、おにいちゃんの名前知らないんだけど」

 ふと、キョトンとした顔でイリヤスフィールが問う。

「ん?ああ、俺は衛宮士郎。好きに呼んでくれ」
「エミヤシロ? なんか言いにくい。変わった名前だね」
「ハハ……俺もそんな発音で言われたのは初めてだ。士郎が名前だよ。衛宮は苗字」
「なんだ、シロウか。シロウ、うん、シンプルだけど響きは合格。孤高な感じでいいわ」

 弾むような声で答えるイリヤスフィールに、むず痒そうな顔でそうか、と軽く返す士郎。
 その緊張感の解けた顔を睨む凛の表情がさらに険しくなる。

「そろそろ話を戻すわよ。セイバーの魔力回復だけど」
「ああ、そうだ。そっちをナントカしないと。だけど、セイバーに無理矢理人を襲わせるなんて事、俺には絶対に出来ないぞ……」
「誰もそんな事はさせませんよ。ご心配なく」

 八方塞だと頭を抱える士郎だが、そんな必要は無いし、私がさせない。

「まあね。貴方とセイバーはちょっと特殊で、肉体的にもパスが通ってるのよ。だから魔力を提供するだけなら、特に難しい魔術も必要ないの」
「え? どういうことだよ、遠坂?」
「ただねー、その、方法がね……」
「え、ええ。なんというか、その……」

 凛と二人そろって、つい顔を赤らめてしまう。

「……? どうしたんだ、二人とも。歯切れ悪いな、俺に出来る事だったら何でも言ってくれ。それでセイバーが元気になってくれるならどんな事だって構わない」
「え、ええ……」
(えーっと、アリア、貴女達の時もやっぱりそうなの?)

 凛が念話で問うてくる。そう。その方法とは、肉体を重ねる事。
 魔術師の精は魔力の塊なので、それを摂取する事によっても我々は魔力を補給できる。
 
(……はい。私達の時も、同じです。ただ、実はその時、凛が手助けを)
(ええっ私!?)
(そうです。あの時は時間も猶予も無くて、シロウも私も初めてで如何していいか……)
(そんなの私だって初めてだけど……ああ、よっぽど切羽詰まってたんだろうなあ私)

 そんな事を念話でやり取りしていると、やにわに予想外な所から声が上がる。

「何をそんなに躊躇ってるの? そんなの簡単じゃない。まぐわっちゃえばいいのよ」
「まっまぐ!?」
「「えっ、ちょっ、イイイリヤスフィール!?」」

 凛と二人仲良く同じ台詞を重唱してしまう。声の主はイリヤスフィールだった。

「呼びにくかったらイリヤでいいわよ。で、皆何でそんなに驚いてるの?」
「い、いや。だってお前、子供がそんな事口にしちゃ駄目だろ!!」
「なんというか、これが非常時だったら、私も全く躊躇せず提案しましたけどね……」
「まあ、魔術師としては性交による同調なんて基本だけどね……」

 なんというか、僅かにでも躊躇ってしまった私達が馬鹿みたいに思えてしまう。
 本当にこの子は善悪の観念というか、倫理観というものがまるで無いというか、すっぽり抜けてしまっているというか。
 言葉使いや口調の端々に見られる言い回し、論理的な思考から、魔術師としての倫理観というものは在るのだろう。だが、人としての倫理観はどうやら欠落している。
 否、善悪の価値観同様、教育されていないのか。

「はは、は。ええっと遠坂サン、アリアサン、ボクにハどういう事なのカ、状況が掴めナいんダが……モウ一回説明シテもらエませんカ?」

 士郎が突然の性的発言にしどろもどろになってパニックを起こしてしまっている。
 無理もない、まだ高校生という思春期にある彼にはあまりに刺激の強い問題だ。

「だからー、セイバーとまぐわっちゃえばいいんだってば。セックスよ。えーと、コッチの言葉では秘め事って言うんだっけ?」
「だからそうポンポンと刺激の強い言葉を言ってはいけませんイリヤスフィール!
 年齢(とし)相応の男の子なんですよ士郎君は!!」
「あのねイリヤ……確かに魔術師としては当たり前の事なんだけど、もうちょっと慎みってもんを持ってもらえるかしら」
「何言ってるのよ二人とも。そんな詰まんない事に拘っていられる状態? セイバーを回復させたいんでしょ、だったら方法はソレしかないわよ。それとも人を襲わせる?」

 う、と凛が呻き口を噤む。確かに反論は出来ない。何れにせよ、今は士郎にセイバーを抱かせるしか彼女を回復させる手段はないのだから。

「仕方はありませんね。いいですか士郎君?」
「え、ああ。何とか、ええっと、詰まり、俺はどうしたら?」
「落ち着いて聞いて下さいね。セイバーと貴方には既にパスは通っています。なので、後は貴方から直接、物理的に魔力を補給させます」
「物理的に?」
「はい。つまり、性交による精の提供という事です」
「え、ええええええええええええええ!? な、なんで!? やっぱりそうなのか!?」

 狼狽え素っ頓狂な叫び声を上げる士郎。そりゃあやっぱり突然すぎて、心の準備も出来ませんよねえ。でも、もう遣ってもらうしかないのです。

「そ、そんな事言っても、ソレはセイバーにも聞かなきゃ駄目だろ!?
 そんな大変な事、俺一人の意見で強要なんてさせられない!!」
「私、は……構いません……シロウ」
「ええっ!?」
「……それで、再、び……シロウを守れるようになるのなら……どうか、お願いします」
「セイバー……」

 その言葉でもう十分だったろう。士郎も覚悟を決めた顔になった。
 私達は邪魔になるだろうからと、部屋を出ようとした時だ。

「あら駄目よ、その様子だと初めてなんでしょ? 同調の為には、ちゃーんと二人とも感覚を共有して一緒に果てなきゃだめなんだから。手伝ってあげよっか?」

 なんて、とんでもない爆弾を投下してくれる、ませた白雪の妖精。
 士郎もセイバーも流石にその想定外の進言に目を丸くさせて硬直してしまっている。
 多分、私も。

「ちょちょちょ、ちょおおおおっとまったあああああ!!」
「何よリン。貴女に用は無いわ」
「幾らなんでも、貴女じゃ幼すぎるってもんでしょう? そりゃ大問題よ何処のロリペドだっつうの!! いいわ、仕方が無い。私が変わったげるから、イリヤ、貴女はアリアと一緒に向こうで大人しくしてなさい。判ったわね!?」

 慌てた凛が間に割って入る。すみません凛、今回は貴女に頼るしかありません。

「えーっなんでよー! 私こう見えても実は十八なのよ!?」
「うっさい! 信じられるかそんな事っていうか、実年齢がどうだろうと関係ないのよ、この幼女!! 流石に小児性愛は私の倫理観が許さないわ!」
「お、俺も流石に、イリヤに事を見られるのは恥ずかしくて適わん。いや、それは遠坂でもなんだけど。うん、それがイリヤだったらもっと堪えられない。
 悪いけど、それだけは勘弁してくれないか、イリヤ?」

 凛も士郎も、イリヤスフィールの参加だけは認められないと頭を振る。

「むぅーっ。シロウまでー。判ったわよ、しょうがない。悔しいけど、お兄ちゃんの頼みじゃ聞かない訳にはいかないし。今回はリンにあげるわ。でも次は無いからね」
「言われなくてもこんな事今回だけよっ!!」

 がぁーっと赤い気炎でも吐くかの如き気迫でイリヤスフィールを追い払う凛。
 だが、その気迫も何処吹く風とばかりに涼しげな顔でかわす雪の少女。まあ、なんとか彼女も諦めてくれたようなので一安心だ。
 凛が二人の手伝いを買って出てくれたのだから、主の頑張りに応えるべく、彼女の相手は私が引き受けよう。

「じゃあ、イリヤの面倒はお願いね、アリア」
「はい。お任せ下さい、凛。申し訳ありませんが、二人の介添え、宜しくお願いします」
「オッケ。まあ、こんなの一種の儀式みたいなもんよ。なんて事無いわ」
「それじゃあイリヤスフィール、居間にでも行きましょうか」
「ハイハイ。どうせなら、何かお話してくれると嬉しいかな」
「いいですよ。でも声は落としてください。寝てる人もいますからね」

 そうして、私達は寝室を離れ、居間に着く。イリヤスフィールは初めて見る日本家屋の居室なのか、色々な物に興味を示しては、私を質問攻めにしてくる。
 その仕草や表情は、どう見ても外見相応の幼い少女そのものだった。
 本当にこんな小さな子が聖杯戦争のマスターであり、聖杯として作られたホムンクルスの子なのだろうかと疑問さえ沸きそうになる。
 小柄なその体から発する常人ならざる魔力の波動、体中に刻まれた魔術刻印の気配。
 それらが無ければ、の話ではあるが。

「アハハ、何これー? おもしろーい。遠見の魔術みたい」
「それはテレビという物です。科学的に遠くの映像や音を見聞きしたり再現したり出来る、遠見を可能にした機械、とでも言えば良いでしょうか。まあ、そのようなものです」
「へー。こんなのアインツベルンのお城にも、コッチの別荘にも無かったから新鮮だわ」

 無邪気な好奇心を全身で余すことなく表現しながらテレビを弄る白雪の少女。

「そういえば、ありませんでしたね。切嗣があの城に持ち込んだ機材には、確かモニターらしき物もあった気がしますが……きっとすぐ廃棄されてしまったのでしょうね。
 アインツベルンは科学技術を忌み嫌っていましたから」
「やっぱり……なんでそんな事知ってるの貴女? 平行世界の聖杯戦争経験者だから? 
 ううん、違う。そんなんじゃない。貴女、一体何者なの?」

 私の言葉に、イリヤスフィールが瞳に興味と疑惑の色を浮かべ、問うてくる。

「さて、私の言葉に偽りはありませんよ。ただ、平行世界の前世の私は、人ならざる者でしたけどね。其れがヒントです」
「――!! そういう事。貴女、セイバーだったのね」

 それだけの説明ですっと理解したらしい。流石に神秘方面への理解力は高いようだ。

「察しが早いですね。聡明さはアイリスフィール譲りでしょうか」
「そっか、セイバー、一旦は英霊やめたんだ。って、可能なのそんな事?」
「私は――彼女も、ですが、英霊となる条件が聖杯を得る事であった為に、彼女等は未だ死の間際にあり、肉体ごと、この聖杯戦争へと送り込まれてきたのです」

 私の説明に、イリヤスフィールの大きな目が殊更大きく見開かれる。 

「うそ!? そっか、だから零体化できなかったり、あんな面倒な事になっているのね」
「そうです。それがどういう因果か、転生出来て、再び世界と契約せざるを得ない危機に遭いましてね。奇跡の代償として私はこの身となった。その事に後悔は在りません」

 ただ事実を淡々と、自らが辿った経緯を説く。その道程に、一欠片の後悔も未練も無い。
 在るのはただ、探し続けた半身を得られた幸福と、守りたい物を守れた万感の喜び。
 生前に流した血も汗も涙も、苦痛も悲哀も、決して否定しない。全て、私が自らの意志で歩んできた道を形作る物。それを否定するのは全てを否定する事と同じ。
 私は自分の人生を決して否定しない。だから、私は全てを受け入れ、満ち足りている。
 故に、今の私が持つ願いとは、嘗ての私のような、彼女の持つ妄執とは違う。
 唯一つ、一つだけ心残りがあった。生前では遂げられなかった、たった一つの願い。
 その小さな、されど強い願いがこの世界へと、この聖杯戦争へと私を導いた。

「貴女も物好きね。一度は解放されたというのに、自ら抑止の輪に飛び込んだなんて」

 イリヤスフィールはさも呆れた声で私をそう評価する。その不思議なモノを見つめる瞳を受けて、どう反応してよいかわからず、僅かに苦笑しながら彼女の言葉を待つ。

「ま、それが貴女らしさなのかしら。お世辞にも余り頭の良い在り方とは思わないけれど、割と好きよ、そんな不器用な在り方。根は物凄くお人好しなのね、貴女」
「ふふ、そうですね。否定はしません」
 そこで話が終わってしまった為か、イリヤスフィールは座卓の横で足を投げ出し、上体を後ろに傾け、両足をぶらぶらと持ち上げて一人遊びを始める。

「ね、ソルジャー。ええっと、アリアって呼ばれてたけど、それってまさか真名?」
「まさか。唯の愛称ですよ。偽名として使えるので、そう呼んで頂いているだけです」
「そうなんだ。じゃあさ、私も貴女の事、アリアって呼んでいい?」

 ぶらぶらと宙を泳がせていた足を止めて、上目遣いにやや恐縮しながら問うてくる彼女。

「どうぞ。いいですよ」
「ホント? ありがと、アリア。それじゃ、私のこともイリヤって呼んで」
「判りました、イリヤ」

 そう答えを返すと、雪の妖精のような少女は満面に朗らかな微笑みを浮かべて向き直る。

「うん。あはは、私、お兄ちゃんだけじゃなく、お姉ちゃんまで出来ちゃったみたい」
「この短い戦争の間しか私はこの世に居られませんが、その短い間でも良ければ」
「え、いいの?」

 おずおずとイリヤスフィール、否、イリヤが問い直してくる。

「ええ。貴女には魔術師としての倫理観はあっても、人としての倫理観が備わっていない。
 私も、それを貴女に学んでもらいたいですし。私はこの戦争で消えますが、貴女にはこれからも続く未来がある。きっと士郎君たちと深く関わり続けるでしょうから」

 そう。私はこの戦争が終わればお役御免だ。あの泥を滅ぼせば、私の役目は終わる。
 あの泥を破壊するためには、私の全てをぶつけねばならないだろう。この世に留まる余裕など、きっと残らない。だから、今、私に出来ることは全て遣っておきたい。

「……成る程ね、うん。そういう事なら、遠慮しないよ?」
「ふふ、遠慮する気があったのですか?」
「え? そりゃあ、その……。うー、アリアって結構意地悪ねっ。誰の影響かしら」
「さて、誰でしょうかね」

 可愛らしい顔を膨らませて皮肉を零すイリヤがおかしくて、思わずくすりと笑って返す。
 きっと今ごろ寝室で誰かさんがくしゃみでもしている事だろう。

「ん? なんか変な音が聞こえたような」
「プッフフッ。おやおや。風邪引かないでくださいよ」

 思わず噴出してしまい、寝室のほうを見やり呟く。本当にくしゃみが聞こえてきたのには、流石に失笑を堪える事が出来なかった。

「ふう、何かお腹減っちゃったな」
「あら、御免なさい。私とした事が気が付かなくて。お茶にしましょう。確かお茶請けが何か残っていた筈……」

 うっかりしていた。流石にこの時間ともなれば小腹も空いてくるだろう。
 台所へと向かう私の背にイリヤから注文が届く。

「あ、ありがとう。出来たら私、紅茶がいいな」
「いいですよ。緑茶は苦手ですか?」
「んー、私飲んだ事ないから良く判んない」

 人差し指を顎先に当て、宙を見上げながら答えるイリヤ。

「そうですか。試してみてはどうです?」
「そうね」

 紅茶と緑茶、両方とお茶請けを用意し、私達はその後も軽い雑談を交わし続ける。
 家の外では東の空からまだ昇らぬ朝日が、ゆっくりと夜空の群青を溶かし始めていた。


**************************************************************


 薄暗い室内に篭る熱気と、鼻腔を掠める甘ったるさの中、布団に沈み込んだ体をなんとか起こす。うん、窓を見やれば、外は既に薄明るい。
 どうやら疲労の余り、そのまま眠ってしまったようだ。辺りを見回せば、私のすぐ横には先ほどの自分と同じように、布団に沈み込んで眠っている士郎とセイバーの裸体が二つ。
 ……まて、何、裸体?

「え、ちょっまって、なんで!?」

 思わずパニックになりそうな頭を何とかフル回転させようと記憶を引っ張り出す。
 確か、セイバーの魔力供給の為に、何故か私がこの二人を介添えさせたんだったか。
 ああ、確かそうだ。うん、思い出してきた。こんなの二人で好きなように遣らせとけばよかったのに、どういうわけか、私が手助けに入らなきゃいけなくなったんだった。

「あんの白いアクマめ、アイツのお陰でなんか訳判んない事になって、こんな事に!」

 まあ、確かに初めてじゃ上手く効率的に魔力提供出来ないだろうから、魔術に詳しい者がサポートしてやったほうが良いのは間違いない。
 だけど、それは効率の問題だけだから、別に絶対必要ってもんでもない。なのに、どうしてこんな事になったのよ。
 見れば、私も服は脱ぎかけ、下着も乱れっぱなし。二人をサポートしていた時の格好そのままだ。下手をすると全裸よりも見っともない。
 ふと、壁かけ時計を確認する。五時半、少し前か。子一時間位は寝てたのかしら。
 流石に、夕べ何時頃から行為に及んだのかまでは記憶に無い。

「あ゛~~~、畜生。それもこれも、皆全部あの小娘の所為だわ」

 額を抱え、どうしてくれようかしら、なんて思っていると、私の独り言が五月蝿かったのか、二人も目を覚ました。

「……ん、ぁ? お、おはよう遠坂……」
「ん、もう、朝ですか……?」

 まだ寝惚けた頭のままらしい士郎達が私を見やり話かけてくる。まだ士郎は私が半裸のままだという事に気付いていない。私もそこまで思考が回っていない。

「……って、え!? うわっななな、なんで遠坂、裸なんだ!?」
「きっきゃああああああああっ!! 見るなっこの変態っ!!」

 咄嗟に乱れた胸元を隠し、手元に転がっていた枕を投げつける。
 ぼふっと士郎の顔面に直撃して吹っ飛ぶ枕。

「ぐはっ。ちょ、ちょっとまってくれ遠坂、不可抗力だ! 見てない、見てないからッ」
「嘘付けっ! 思いっきり見てたでしょ!!」
「す、すまんっ! だけどこの状況でどうやって見ないように出来るんだ」
「り、凛、落ち着いてください!」

 騒ぎですっかり目が覚めたセイバーが間に割って入る。

「あ、セイバー。良かった、魔力は無事回復できたようね」
「はい。貴方がたのお陰で」
「もう大丈夫なんだな、セイバー?」

 背後からかけられた言葉に、くるりと振り向き答えるセイバー。

「はい。魔力はかなり回復しました。完全回復とまではいきませんが、出力を抑えれば、宝具の使用も可能です」
「そうか、それは良かった……って、うわわ、セイバー、服、服を!!」
「はっ!? は、ハイッ!!」

 振り向いた彼女の裸体を見てまた取り乱す士郎。自分が裸だった事に気付いていなかったセイバーも慌てて自分の服を手繰り寄せる。そんな二人を尻目に私も自分の服装を正す。
 私も昨夜の事を思いだしてしまうのは拙い。羞恥で悶絶しそうになる。
 うっかり士郎の裸を見てしまわぬよう、明後日の方向に顔を向け、平静を装う。

「貴方もよ士郎。早く服着なさい」
「あ、そうだった。すまん遠坂」

 三人とも無言でいそいそと服を着直し、一先ず落ち着く。といっても、昨日の服のままなので、汗臭かったり湿ってたりして、着心地はお世辞にもよくは無いのだけれど。

「ふう、とりあえずこれで。無事にセイバーも直ったし、昨夜の事は忘れるから二人は気にしないでいいわよ」
「い、いや、俺もそうするよ。でないと、この戦いに私情を持ち込みそうになる」
「はい。私も。部屋を出たら、今までどおりの私達に戻りましょう」

 誰からともなく、立ち上がり、一人ずつ寝室を後にする。最初に私。次にセイバー、最後に部屋の主である士郎。それぞれが各々の思うように行動し、バラバラに散会した。
 私はとりあえず、この汗臭い服を着替えたいので、自分の部屋へと戻る。
 クローゼットから新しい服と下着を取り出し、着替えようとして思い立つ。

「あ、そうだ。シャワーでも浴びなきゃ。着替えるだけじゃ汗落とせないじゃない」

 着替えを抱えてお風呂場へと向かう。その途中、居間の襖が少し空いていたので中を覗いてみると、そこにはイリヤを膝枕に乗せ、優しく頭を撫でているアリアの姿があった。

「あら、おはようございます。凛」
「あ、おはよう。御免ね、待ちくたびれたでしょう」

 出来れば直ぐにでもシャワーを浴びたかったが、アリアに見つかってしまった手合い、無視するのは気拙い。挨拶がてら、襖を開けて、中に少しお邪魔する。
 昨夜、私達を振り回してくれた当人は、今はアリアの膝の上ですやすやと穏やかな寝息を立てている。この姿だけを見てしまえば、この幼子が、私達を殺そうとした敵マスターだった少女と同一人物だと主張したとしても、誰が理解してくれるだろうか。

「やれやれ。色々とトンデモナイ子だけど、眠ってる姿は歳相応の少女ね」
「そうですね。本当は貴女とそれほど歳は違わない筈なのですが」
「え、この子本当に十八なの?」

 アリアの口から予想外の言葉を聞き、つい聞き返した。

「ええ。確か十年前の聖杯戦争の時、八つだったかと。切嗣がこの子をあやしていたのを見た事があります」
「そう。そういえば、貴女には前回の経験もあったんだっけ」

 はい、とアリアは頷く。イリヤの透き通るような白く綺麗な髪を指で梳かしながら。
 アリアの近くに座り、私も少女の寝顔を眺める。

「この子は、ホムンクルスの母親から生まれた子です。生まれる前から此度の聖杯となるべく、あらゆる施術を受けていたのでしょう。
 故に、寿命も短く、身体はこれ以上の成長は見込めない。それが凛の結論でした」
「そう……。貴女の時も彼女を保護したのね」
「はい。そして、再開した時には、この子は既に……」

 白磁のようなイリヤの肌をそっと指で触れながら語るアリア。彼女はいつもの穏やかさの中に、僅かに哀しみの色を滲ませた眼差しでイリヤの寝顔を見下ろしていた。
 それで十分すぎるほど、この子の未来は見えてしまった。

「……やりきれないわね」
「そう、ですね……」

 静かな居間にやや重い沈黙が横たわる。この子に残された時間は余り無い。元よりこの聖杯戦争の為だけに生かされてきた命だから。そう私の親友ともいえる従者は云う。
 魔術の名門中の名門ともいえるアインツベルンなのだから、その倫理観は間違いなく魔術師の典型。当然のように、そこに人間的な、一般的社会通念や倫理観は無い。
 寧ろ、多くの魔術師にとってはそのほうが当たり前、普通の事であり、それが常識。
 だけれど、本当にそれでいいのだろうか。そんな疑念が胸を刺す。私とて、魔術の家系とはいえ、人の子として生きてきた。
 だからだろうか、この痛みは。やはり人として避けられない痛みなのかもしれない。
 ふと、アリアの顔色を窺う。彼女はやっぱり、感情は極力顔には出さぬよう、控えめに微笑みを浮かべている。だが、その瞳にはさらに哀しげな色が濃く現れていた。
 本当に、何処までもお人好しで、何処までも優しいんだから。
 
「さて、話は変わるけど、これから如何する? この子が聖杯の器なのは判ったし、保護するのも異論はないわ。けど、現状は、障害が一つ減っただけ。それも本当に減ったかどうかは判らないと来てる。じゃあ此処から、次の行動計画を立てなくちゃ」
「そうですね……」

 ふむ、と即座に意識を切り替えたアリアが顎に手を当て、思案に耽る。

「その話の前に、お聞きしたい事があります」

 やにわに後ろからかけられた声に少し驚き振り向くと、そこにはセイバーの姿があった。
 いつもの彼女とは何かが違う。その違和感の正体を探して、見つけた。
 どうやら風呂上りらしい。まだ起きてから三十分も経っていない。
 恐らくさっと汗を流しただけで出てきたのだろう。普段は結い上げられている髪が下ろされ、しっとりと湿り気を含み、上気した頬は赤く、まだ湯気が立ちそうなほどだ。
 だが、その相貌に宿るのは何かを思い詰めたような険しい視線と、真一文字に締められた唇。湯上りの開放感に寛いだ表情ではない。

「なんだ、セイバーか。ああ、お風呂だったのね」
「はい。凛も昨夜はお疲れになられたでしょう。汗を流されるといい」
「そうね。その心算よ」

 そう答えて、足元に下ろしていた着替えを持ち上げて示す。セイバーはそれで納得したのか、もうその話題には特に触れず、アリアへと視線を投げ掛ける。

「セイバー、聞きたい事とは?」

 その視線を受けてか、アリアの方からセイバーに質問を促す。恐らく、彼女の正体についての事だろう。ひょっとして、さっきの私達のやり取りも聞かれてしまっただろうか。

「……率直に聞きます。貴女は、何者ですか?」
「…………」

 やっぱり、その話だったか。たちどころに居間の空気が変わってゆく。先ほどまでの何処か切なく、されど暖かみのある空気から、ピン、と糸が張り詰めるような硬い物へと。

「……これは、おちおち汗も流しに行けそうには無いわね」
「いいえ、どうぞお構いなく。これは私とアリアの問題です」
「そうも行かないわよ。アリアの問題だと言うなら、それは彼女の主である私にも無関係な事じゃないわ。私には見届ける義務も権利もある」

 厄介事に首を突っ込むような真似をしたくなければ、そそくさとこの場から退散するが吉だろう。だけど、この問題は駄目。これには私にも深く関わりがある。

「どうぞお好きに。アリア、答えて頂きたい。貴女は以前、私に覚悟があるかと聞いた。
 これが答えです。さあ、答えてください。もう私は、貴女の話術に屈しはしない。
 今日という今日は、答えてもらいます!」

 決意を胸に秘めた顔で、そう啖呵を切るセイバー。

「……知る覚悟は出来たようですね。いいでしょう。ならば、お話しましょう」

 鋼線の芯でも通ったような引き締まった声で、アリアの口からそんな言葉が紡がれる。

(いいのね、アリア?)
(はい。もう、私も覚悟を決めました)
(そう。判ったわ。しっかりね。私がついてるから)
(有難うございます、凛)
 
 アリアはそっと膝枕に乗せていたイリヤの頭を下ろし、眠っているイリヤを抱き上げ、部屋の隅へ寝かせ、自分のウェストコートを毛布代わりにかけてやる。
 すっと立ち上がり、私達からは背を向け、やや横顔が見て取れるかという姿勢のまま、アリアが口を開く。その声音はやや低く、重さと誠実さを含んでいた。

「私は、嘗て貴女だった者です」

 そう彼女は、打ち明けた。

「――! アリア、それは……本当なのですね?」
「嘘偽りなく。私は、この世界とは別の可能性を辿ったこの聖杯戦争に召喚された貴女の、成れの果て。そういった者です」

 ゆっくりと振り返りながら、そう説き明かすアリア。
 その瞳には、自らの全てを明かすという、彼女の決意の光が宿っていた。

「で、ですが……貴女は私とは違う! 外見だけはよく似ている。だが貴女には、貴女には私に在るべき物が何も無い! 剣も、鎧も、私を私足らしめる龍の因子すら、貴女には無い。一体、貴女に何があったと言うのですか……!?」
「つまり、転生したのよ」
「!?」

 あっさりと説明してくる声だがその声の出所がおかしかった。当然に、今のは私の声ではないし、アリアのでもない。その声の主は、アリアの後ろで寝ていた筈のイリヤだった。
 流石にこれには私もセイバーも、アリアですら後ろを振り返り驚いている。
 もっとも、セイバーの驚きと私達の驚きは理由が違うだろうけれど。

「い、イリヤ!? なんで貴女が知ってるのよそれを!?」
「え? そんなの、アリアから教えてもらったにきまってるじゃなーい」

 何時の間に起き上がっていたのか、無邪気さを全身にまとってくるくると踊りながら、悪びれもせずそういってのける白い子アクマ。

「ちょっと、どういう事なのよアリア?」
「あはは、申し訳ありません、凛。先ほど、貴女達を待ちながらこの子の相手をしている時に、この子から同じ事を聞かれたもので。聖杯の器であるこの子にはどうにも、私というサーヴァントの不可思議さが気になって仕方が無いという顔をしていましたので……」

 申し訳ありません、と念話で何度も謝罪してくるアリア。まったく、しょうがないにも程があるってものよ?
 どうせ貴女の事だから、そうして先に自分で既成事実でも作って自分を追い込んで、本番への覚悟を無理矢理つけようとでも思ったんでしょう。

(あら、バレバレですか……)
(当ったり前でしょ。何日貴女とこうして密度の濃い日々を過ごしてきたと思ってるのよ。
 それに、貴女にとってはイリヤも赤の他人じゃない。彼女にも嘘偽りない、ありのままの貴女として接したかったんでしょう? 貴女の性格を考えれば、すぐ察しは付くわよ)
(あう……今のやり取りだけでそこまで看破されてしまいましたか、凛。本当に、貴女には適いませんね)

 顔を真っ赤に上気させて恥じ入るアリア。やっぱり彼女はこういうところが可愛らしい。
 いつも何でもテキパキとこなし、いざ戦場へと出れば一瞬で歴戦の猛者へと変貌する彼女の見せるこうした意外な一面が、彼女のとても愛らしい性格を物語る。

「まったく、しょうがないわね。まあいいわ。どの道、その子は私達の保護下に在るんだから、貴女の正体が外に漏れる訳でもなし。
 まあ、万が一漏れても大して不利な事にはならないだろうけど」
「凛、それはどういう事ですか?」

 私の言葉に何か気になる所を見つけたか、セイバーが尋ねてくる。

「どういうも何も、言葉どおりの意味よ。アリアの正体がバレたところで、彼女は既に貴女とは違う英霊だし、貴女の真名を知る参考にはならないわ。彼女は未来の英雄だもの。
 この時代には彼女はまだ存在すらしない。だから彼女の真名は知られようがない。また知っても何の役にも立たない。どんな英雄かすら誰にも解らないんだもの」
「な……未来の!? 私でありながら、現代ですらないと?」
「だから、転生したんだってば。さっき説明したでしょ、セイバー?」

 余程予想外すぎたのか、セイバーは驚きを隠せずにいる。そこにイリヤが駄目押しとばかりに突っ込みを入れてきた。この子、なかなかに悪魔っ子ね。

「て、転生といわれましても……確かに私は死の直前で送り込まれてきた、英霊見習いのようなものですが。でも、私は聖杯を手に入れる事を条件に世界と契約した。
 その可能性があるなら何度でも、私はその可能性のある場所へと送られる」

 困惑しながらセイバーは自分の素性を説明する。そうか、最初から妙な英霊だとは思っていたけど、まさかまだ死人じゃなかっただなんて。
 そりゃあ零体になる事も出来ないし、肉体的にもパスが通っていた訳だわ。

「そこで私の望みが叶えられれば、その時点で世界との契約によって私の魂は輪廻の流れから外され、英霊の座へと送られる。そうなれば転生など出来る筈も……まさか!?」
「そのまさか、ですよ。セイバー」

 動揺し声が上擦るセイバーとは裏腹に、アリアは抑揚を抑え、落ち着いた声音で静かに告げる。ゆっくりと、だが確かな響きを持つ声量で。

「言った筈です。私の正体を知れば、貴女は、貴女が抱える問題に直面する事になると」
「そんな……。それでは……それでは貴女は、聖杯を諦めたというのか!?」

 まるで、そんな事は信じられないと言わんばかりの感情が込められた、セイバーの叫び。

「――そうです。私には、聖杯に望むべき願いなど、本当は在りはしなかった」

 一呼吸置き、真摯な声で、アリアは告げる。その言葉に、嘘偽りの響きは一切無い。

「嘘だ!! そんな事は無い! 貴女が本当に私だと言うのなら、絶対に、聖杯に望む願いがあった筈だ!!」

 セイバーは激しく頭を振り、アリアの言葉を否定する。それはそうだ。何故なら、それは彼女がこの聖杯戦争に、召喚に応じた動機そのものの筈だから。
 英霊はなにも一方的に呼び出される訳じゃない。呼び出される英霊の側にもまた、聖杯に、或いはこの聖杯戦争に求める何かが、願いがあるからこそ、召喚に応じる。
 彼女は今、その動機そのものを否定されようとしている。己が今此処に居る理由、存在意義、それら全てが根底から突き崩されんとしているのだから、反発しない訳が無い。

「ええ、確かに。私にも在りました。ずっとそれだけを願い続けて戦った。戦い続けた。
 ですが、その願いは、己を見失っていた私が犯してしまった、拙い過ちだったのです」
「――何っ!?」

 アリアが突きつけた告白が抜き身の白刃となり、セイバーの胸を貫く。それはセイバーの動機である、彼女の願いとやらを根底から全否定する、残酷な一言だった。
 その無慈悲な言葉に、セイバーの目が見開かれる。その相貌は既に憤怒の形相となり、今にもアリアに襲い掛かりそうな気配すら漂い始める。

「今すぐに理解しろ、とは言いません。ですが、貴女も本当は判っている筈だ。ずっと、その心の奥底では、何度も何度も、繰り返し自問し、迷い続けているのですから」
「…………っ!!」

 激昂するセイバーを見かねてか、それまで神妙な面持ちのままだったアリアだが、その眼差しを穏やかなものに変え、遭えて突き放すように言葉の短刀を締めくくる。
 それは、軟らかいむき出しの心を何度も剃刀で弄ばれるようなもの。セイバーはさらに渋面を濃くその端整な顔に刻み、辛そうにアリアから視線を逸らし、俯き目を伏せる。
 おぼつかない足取りで踵を返し、居間を去ろうとする彼女。
 その後姿があまりに小さく、か細くて、まるで迷子になった幼子のように危なげに見えて、つい意識せず声を掛けてしまう。

「セイバー……?」
「……少し、一人にさせて下さい」

 そう小さな声で呟いて、彼女は廊下に消えてしまった。

「セイバー……」
「…………」

 二の句が継げずに、ただその名を繰り返すしか出来なかった。アリアもまた、黙して語らない。背中越しの彼女がどんな表情をしているのかは見えないが、私には判っていた。

「やれやれ。中々に鬼よね、アリアって」

 唐突に、そんな事を飄々と言ってのけたのは、彼女の横に立つイリヤだった。

「貴女がそれを言いますか」

 振り向くと、苦笑しながらアリアがイリヤスフィールの頭を撫でている所だった。
 イリヤもまた、わざと撫でられやすいよう彼女に持たれかかり、甘えたように頭をわき腹にグリグリとこすり付けている。
 皮肉を吐きながら、アリアに甘えて自分に構わせようという心算らしい。
 そうして彼女の気を紛らわせようとしている。きっと、彼女なりの気遣いなんだろう。

「ぶー、そりゃ言うわよ。セイバー、今にも泣き出しそうだったよ? いいの、彼女あのまま放っておいて?」
「ええ。私の役目は此処までです。これは、彼女が自らの手で解決すべき問題ですから」
「ふーん。冷たいのね、アリア」

 澄まし顔をして、さも興味は失ったといった態度をとるイリヤ。ぴょんとアリアの胸元から離れ、子供らしい仕草でくるりと踊りながら襖をあける。

「私眠くなっちゃったから、寝室借りるね」

 そのまま廊下に消えようとする寸前、ふいに此方へと目配せをしてきた。
 まるで、後は貴女がアリアを元気付けなさい、とでも言いたげな視線を向けてくる。
 言われなくて判ってるわよその位。人一倍繊細で優しい彼女が、セイバーの心に土足で踏み込むような真似をして気を病まない訳が無い。例えそれが嘗ての自分だとしても。

「イリヤ……」
「まったく、意外とお節介焼きね、あの子」

 軽く肩を竦めながら、あの子が開けっ放しにした襖を閉めに向かう。
 アリアはといえば、その場に縫いつけられたように動かない。イリヤが消えた襖の向こうを、やや思いつめた面持ちで見つめている。
 そんな彼女の姿が切なくて、つい抱き締めたくなってしまう。

「え、ちょっ――!? 凛……」
「いいから、黙ってなさい」

 驚きと、気恥ずかしさからか、身を竦めて強張るアリアの肩を軽く叩き、頭を撫でて落ち着かせる。無造作に下ろされた金砂の長い髪はさらさらとして撫で心地が良い。

「辛い役目よね……でも、貴女は逃げなかった」
「凛……私、そんなに弱ってみえました?」
「弱ってってのとは違うけど、そうね。貴女の切なさは痛いほど感じるわ。別にマスターだからじゃない、これは親友として、ね。だから放っておけなくて」
「凛……」

 アリアは申し訳なさそうに、少し控えめに体重を預けてくる。それは私に心を許してくれた彼女からの意思表示。元々人に甘えを見せる事を善しとしない、人に迷惑を掛けたがらない、控えめで大人しい彼女の小さな我が儘。
 自制心の塊のような彼女が、それを他人にぶつけるなんて事はまずありえない。
 彼女が甘えられるとしたら、それは主であり唯一の理解者である私だけ。
 ならば、私は彼女の思いを分かち合いたい。それで彼女が少しでも楽になれるなら。

「忘れないで。例え誰が貴女を否定しようと、私は貴女を信じてる。私にとって、貴女は何者にも変えがたい大切な人だから」
「凛……! 有難う」

 アリアの両手が背に回り、緩やかに抱き締める。彼女が顔を埋める肩口に、何か暖かい物が染み込む。御免、また泣かせちゃったかしら。

「ふふ、アリアって結構泣き虫ね」
「む、貴女はやっぱり意地が悪いですね、凛。そんな人はこうです」
「ひゃっ」

 不意にぎゅっと強く抱き締められ、思わず情けない声が漏れてしまった。
 彼女の体がより密着し、彼女の温もりが私を包み込む。部屋が静かな所為か、トクントクンと、彼女の鼓動さえも肌を通して伝わってくる。温かくて、ほっと安らぐ音色。
 彼女の身体は魔力による仮初めの肉体だけど、その温かさや鼓動は紛れも無く本物。
 決して幻なんかじゃない。彼女はこうして、私の腕の中に居る。それで十分。

「さて、と。それじゃ、私も汗流してくるわ。……あ、御免ね、私、汗臭かったでしょ」
「え、い、いえ。そんな事気にする余裕も在りませんでした」

 それなら良いんだけれど。ともあれ、私もいい加減汗を流したい。廊下へと向かう私の後ろで、何かの気配を感じたのかアリアが驚きに目を丸くして、あっと慌てた声を上げる。
 彼女の怪訝な様子が気になって振り返ろうとした丁度その時、襖を開けて廊下から空腹の虎が飛び込んできた!

「おはよぉ~~~~~~~、ご飯まぁだぁ~~~?」
「ふ、藤村先生!?」

 いっけない、そういえば先生の事をすっかり失念していた! 今何時だっけ?
 彼女は普段どおりに起きて、学校へ出かける筈。慌てて時計を確認する。壁の時計は六時十五分を過ぎていた。もうそんなに時間が経ってたの!?

「た、大河さん。もうちょっとだけ待ってて頂けますか」
「ふぇー? まだなのぉアリアさぁん? そういえば士郎は? しろぉ~?」

 まだ寝惚けたまま、半開きの目を擦りながら愚図る虎、もとい藤村先生。

「今仕度しますから、そこで少しだけお待ち下さい。士郎君ならきっと土蔵です」
「あの子ったら、また土蔵で寝こけてるのかしら……全くしょうがないんだから」

 座卓に突っ伏しながら庭の方へと心配そうな声を向ける藤村先生。だけど、顔にはまったく心配そうな気配は見えない。

(凛、とりあえず此処は私がなんとかします。その間にシャワーを浴びて身支度を。そうだ、今日は学校は如何されますか?)

 パタパタと忙しなく朝餉の準備を始めたアリアが念話で語りかけてくる。

(え? いや、流石に今日は病欠でもしようかと……作戦会議も開きたいし)
(そうですか。では早めに戻ってきて下さいね。一応今朝の調理担当は凛ですから)
(う……忘れてたわ。御免、10分で戻るから)
(了解しました)

 念話を終え、急いで服を脱ぎ浴室へと滑り込む。時間もないし、ささっとシャワーで汗だけ流してしまおう。まだ考えなければいけない事は山ほどある。
 あの泥の事、蔵硯勢力、そして綺礼とギルガメッシュ。彼等の動向に注意して此方の出方を考えなければいけない。柳洞寺勢力は今も静観を貫いている。
 キャスターは相変わらず冬木市中から生命力を吸い上げているが、他の連中に比べればまだ死者を出す訳でもない分、幾らかマシな方。
 アリアによれば、今回のアサシンは何故か伝説の剣客だという。そして本来ならば諜報、暗殺が専門のクラスである筈なのに、彼は山門の門番でしかないのだと。
 この不可解な勢力がどう動くのかが、現状ではダークホース。まだ彼等のマスターについては何の情報も無い。用心に越した事はない。

「はあ、あれだけの大立ち回りをやってのけたのに、全然先に進めた気がしないわ……」

 変わった事といえば、アインツベルンが倒れ、イリヤが私達の保護下に入った事くらい。
 それも、バーサーカーは泥に呑まれ、手駒とされた公算が大きいときている。

「まあ、何も出来なかった訳じゃない。一歩ずつ、確実に進むのみよ」

 一先ず、今日は適当に理由をつけて学校を休もう。そして今日一日、丸々作戦会議だ。
 そうそう、アリアから例の協力者についても問い正さないとね。
 まったく、アリアってば結構独断行動が多いんだから。少し叱っておくべきかな。

「問題はセイバーか……。彼女、大丈夫かしら。なるべく早く立ち直って貰わないと困るんだけれど」

 身体中の泡をシャワーで洗い流しながら一人ごちる。まあ、なんとかなるだろう。セイバーはあのアリアの原点なのだから。
 アリアの心の強さは、彼女がセイバーと同じ悩みを乗り越えて取り戻した物。彼女に超えられた物がセイバーに超えられない道理は無い。

「うん。きっと大丈夫」

 つい、思いが口から零れた。ふと何気なく外の様子を伺う。
 窓の外は朝日が軟らかく降り注いでいた。


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