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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:28e7040d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/19 14:59
 スコープの先を睨みながら、その目標までの正確な距離を測る。レーザー測距で測定出来る距離を軽く越えていた為、スコープのレティクルに刻まれたMOAドットを目安にして測るしかない。手頃な対象物と照らし合わせて、標的までの距離を求める。

「……目算で、凡そ八二〇メートル……か」

 私の素の腕では到底狙撃なんて出来ない程の距離だ。この距離で的を外さない自信は、正直言って欠片も無い。如何に一千メートル以上先でさえ、命中させられる精度を持つ銃を握っているとしてもだ。使う私に、ソレを使いこなせるだけの技量が伴っていない。

「あれを使うしかない」

 懐から取り出したPDAのディスプレイ開けて床に置き、私はK教授に命令を下した。




第二十三話「小隊は暴君に遭遇する」




「アルゲス・システム、モード・バリスティクス・アシスタント起動!」
“了解。バリスティクス・アシスタント起動、全ビット・リンク・オールグリーン”

 K教授が命令を復唱し、画面にシステムが立ち上がる。アルゲス・システム。これは本来、敵や戦場の様子を把握する為の索敵ツールだが、私のコレだけは、そうではない。
 本来備わっていない機能である“バリスティクス・アシスタント”。その目的は遠距離射撃の苦手な私を補助する為の、予測弾道を導き出してくれる射撃補佐ツール。
 そう。私がアーチャーに成れない本当の理由。それはきっと“狙撃”の腕の無さだろう。
 聖杯戦争でアーチャーに選ばれる条件は、何も弓の使い手である必要は無い。投射武器を持つ者なら誰でもその条件に合致する。
 その意味では私は間違いなくアーチャーとなる資格があった筈。だが、弓や投射武器を持つ英雄なら、皆それなりに弓の腕とて立つ、才覚ある者達である筈だ。
 私は、弓なんてボウガンぐらいしか扱った覚えが無い。元々、私は近距離専門の人間なのだ。それを猛訓練でどうにか銃を手足のように扱えるようには成れたが、元のセンス、才能だけはごまかし様が無い。
 三百メートル程度までの、アサルトライフル位までの有効射程ならまだいい。それに自動小銃の利点は連射、弾幕による制圧が主で、精密射撃など余りしない。
 グルーピングがどうにか人間大のサイズに収まればいい。比較的距離が開かない市街地戦等では、もっぱら百から二百メートル以内での狙撃が殆どと言って良い。
 HUDグラスに新たなウィンドウが現れ、次々と情報を載せてゆく。新都の地図上に立ち上がる簡易な立体地形図上に、光点で示される各ビットの位置と、その地点での風速、風向き、気温、湿度と言った情報が細かく数値と、視覚的な方法で表示される。
 風向きは矢印、風速は矢印の数や移動スピード、気温や湿度は色、といった具合だ。
 それらは現在、リアルタイムで変化し続けるその場所の環境だ。その地図の中心が、私。
 PDAに内臓されたGPSによって、誤差一メートル以内で自分の現在地点を把握出来る。そしてPDAのキーボードを操作して、地図上にターゲットの位置を手で入力する。
 本当は定点三箇所からレーザー測定でもして、正確な位置を割り出す方がより確実性が増すのだが……贅沢は言ってられない。

「よし」

 全データの入力が終わったPDAから、M82A1ライフルに装備された大型スコープにケーブルを繋ぐ。このスコープもまた、只の狙撃用スコープと言うわけではない。
 実は只のレンズを使った光学スコープではなく、電子回路とCCDを内臓したカメラスコープであり、接眼レンズ部はモニター画面。つまり電子機械の塊だ。
 何故そんな大仰な代物を使うのか。その答えはPDAを繋いだ時に出る。

“ホーク・アイ、オンライン確認。アルゲス・システムとのリンク開始”

 鷹の目と名が付いている理由は、このスコープがプロカメラマンも驚くような画素数を誇るCCDを搭載している為だ。人間の視細胞の数に対して、鷹のそれが七倍以上もあることに由来している。
 その画素数故にズームレンズによる望遠でなく、デジタル画像拡大によるズームであっても鮮明な像を得られる為、その名を冠する。
 つまり、鷹の目の構造に非常によく似ているのだ。そして、このスコープを使う利点がもう一つある。それは、対物レンズがモニター画面だからこそ出来る事。
 スコープ視界に、アルゲス・システムが観測した数値を元にして、弾道計算ソフトから弾き出された予想弾道、着弾地点をガイド表示する事が出来る。
 つまり、私に無い熟練のスナイパーが長年の経験と勘で瞬時にやってのける弾道の“読み”に近いものを、このアルゲス・システムとホーク・アイが補ってくれるのだ。

「これでどうにか、八百メートル先でも撃ち抜ける」

 とはいっても、コレだけのサポートをもってしても、トリガーアクションによるブレ、激発時の反動による微細な銃身のブレといった、シューター本人の技量による要因までは補助出来ない。私の腕ではピンヘッドショットなんて望めない。
 だから、私が狙うのは泥。あの大きな常闇の水溜りだ。魔力を込めた弾薬を具現化しそのマガジンをライフルに装填する。ボルトを引くと、初弾がエジェクションポートから覗く。416Barrett。それがこのM82A1のチャンバーに送り込まれる弾薬。
 この銃本来の仕様は50BMGだが、より弾道低伸性のあるこの口径用のバレルに換装してある。これでより命中精度は上がる筈だ。

「もっとも、現状では気休めにしかならないでしょうけど……」

 奴は言ってみればダムだ。大量の水だ。銃弾程度では焼け石に水でしかない。私が奴を葬り去るには、全身全霊。それこそ自分の全てを使い切る必要がある。悔しいが、私の力では相打ちにしか持っていけない。守護者としてはそれで十分だが。

「余計な事を考えるな、集中しろ」

 自己に暗示を掛けるように、呟く。余計な雑念を消し、思考と視界がクリアになる。
 そしてレティクルの先に泥を捉え、静かにトリガーを引き絞る。
 直後、耳を劈くような轟音と共に、銃身先端の鏃のような形をしたマズルブレーキから特大の砲火と爆風が吹き荒れる。
 発射された弾頭は一秒足らずで泥に着弾し、アスファルトの破片と共にその箇所の泥を派手に吹き飛ばした。そのまま間髪入れず、十発全弾撃ち込む。

「これは!? アリア、貴女ですか!?」
(どうする気、アリア!?)

 銃撃に驚いたセイバーと凛から声が上がる。

「凛、セイバー! 落ち着いて聞いて下さい。一か八か、バーサーカーを逃がします。普通のサーヴァントならもう駄目でしょう。ですが、彼なら或いは……!」

 最後の一発を撃ち終えると迅速に空マガジンを外し、次のマガジンを装填する。

「ですが……もし駄目ならば……セイバー!」
「はい!?」

 ゴッドハンドを、十二も命を持つ彼ならば、まだ逃れられる望みはあるかも知れない。
 事実、体中をその呪いに蝕まれながら、その膝元まで泥に飲み込まれ始めていながら、未だ彼はその枷から逃れようともがき暴れていた。
 何という肉体、そして精神力。あそこまで蝕まれていながら、それでも尚動けるのか。
 流石はギリシャに名を轟かせた大英雄、ヘラクレス。だが、如何に彼とて……実際その望みは……正直な所かなり分が悪い。

「もし彼が力尽き、泥に完全に呑まれそうになったなら……貴女の宝具で止めを!」
「…………」

 喋りながらも手はボルトハンドルを操作し、初弾をチャンバーに送り込み、トリガーを引き絞る。一連の動作は別に頭で考えて行っている訳ではない。
 手はまるで別の意志でも在るかのように動き、正確に作業をこなせる。何故なら、訓練や実戦で何千、何万回も行った工程だ。体が覚えているのだ。だから射撃動作の為に逐一考えて動く必要は無い。
 再び周囲に轟くやかましい銃声と爆炎。マズルブレーキから噴出す凄まじいブラストが周囲の砂埃を巻き上げる。

「貴女の聖剣ならば彼に通用する! 一度だけで良い、この後貴女に遣わせはしない。だから今回だけ、今回だけでいい。その時が来たら、その剣を使って下さい、セイバー!!」
「…………!!」

 私の言葉に声を詰まらせるセイバー。

(……英雄アーサー王の象徴。聖剣、エクスカリバー……ね)
(そうです。私の時は、投影されたカリバーンがその役を果たしました。ですが、今の士郎君に同じような投影はさせられませんし、不可能です)
(カリバーン……。貴女が抜いたという、選定の剣ね)
(はい。あの投影されたカリバーンでも、彼を七度殺す事が出来ました。ならば、全力でのエクスカリバーなら、もしかしたら十二の命に届くかもしれません)

 一撃で彼を葬れれば、彼も泥に囚われ傀儡とされる屈辱は味わわずにすむ。彼のような難敵を手駒とされては厄介だ。彼に適うサーヴァントなど殆ど居ないのだから。

 再び空になったマガジンを捨て、新しいマガジンを装填する。装甲車さえ貫ける弾丸の釣瓶打ちは高い破壊力を持つ。劇的にではないが、流石にあの泥も無傷とはいかないのだろう。銃撃を受けるたびに怯んだように蠢く。
 決して効いていない訳じゃない……! でも、確実なダメージでもない……。

 ――焦るな、アルトリア。無駄じゃないんだ。今出来る限りの事を確実にやろう――

 判っていますよ。……ただ、歯痒いだけです。切り札も……直接本体に叩き込めなければ無駄撃ちに終わってしまう。今私に出来る事がこんな事しかないなんて……。

 ――今は待て。奴を滅ぼせる機は必ず訪れる。今はじっと我慢するんだ――

 そうですね。そう彼の言葉に胸中で頷く。気を取り直して、残りの弾丸を全て泥に叩き込む。そして三度目のマグチェンジをしようとした、その時だった。
 バーサーカーが、怯んで弱まった泥の中から逃れようと飛び出した、その瞬間――

“I am the bone of my sword.(我が骨子は捩れ狂う)――”
“――偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!”

 ――突然に大気ごと空間を捻じ切る竜巻の矢が放たれ、今まさに泥から跳び退かんとしているバーサーカーへと襲い掛かった!

「「「なっ!?」」」

 私、セイバー、凛の声が重なる。

「しまっ……!!」
“ブロークン・ファンタズム!!”

 カラドボルグがバーサーカーの頭部に命中した瞬間、その刀身が眩い閃光を放ち、大爆発を起こす。轟く爆音と熱風、大気を押し退ける衝撃波。そして魔力。たちどころにバーサーカーの体が炎に包まれる。

「危ないっ!!」
「きゃあっ!?」
「ぐうっ!!」
「くっ――Es ist Hindernis(障壁よ)!! ぐっ……うあっ!?」

 凄まじい爆発の余波と砕け散る瓦礫が、近場に居た凛達を襲う。凛は辛くも魔術で防ぐ事が出来たが、十分ではなかったらしく吹き飛ばされた。直後、頭でもぶつけてしまったのか、気を失ったらしく感覚共有の魔術が解けてしまった。慌ててスコープで彼女の姿を探すと、少し離れた所に倒れていた。レイラインは問題なく繋がっているし、良く見れば呼吸で肩も上下している。目立った外傷は無い。凛の無事を確認し、ホッとする。
 セイバーも大丈夫だろう。だが、問題は士郎だった。

「ぐああっ! 痛っ……痛てて……ぐうっ!?」
「シロウ!?」

 士郎は無防備に突き立っていたイリヤスフィールを咄嗟に庇い、ブロークンファンタズムの爆発によって飛んできた瓦礫の塊に背中を直撃されていた。

「お兄ちゃ……なんで」
「ぐ……なんで、も……クソも、あるか。……助けなきゃ、駄目だろ。男、なんだから」
「シロウ! 大丈夫ですか!? ああっ!!」

 士郎の背中には大きなアスファルトの破片が深々と突き刺さっていた。並みの人間なら下手をすれば死んでいても可笑しくない怪我だ。その光景をスコープを通して見つめ、思わず口を吐いて感情が漏れる。

「なんて、こと……」

 自分がもっとしっかりと、戦況を把握していれば、この事態を予測できていれば……。
 士郎に、彼に傷を追わせる事などなかったろうに。私のミスだ……。悔しさと悲しさ、そして申し訳なさが私の全身を我が物顔で駆けずり回る。
 スコープの先には上半身を吹き飛ばされ、泥の中に沈んだバーサーカーの躯があった。
 Aランクの宝具、それも真名を開放した一撃に、駄目押しのブロークンファンタズム。
 鋼鉄の肉体を誇るバーサーカーと言えども、碌に防御も出来ず急所に直撃を食らってはどうしようもなかったか。如何にバーサーカーが十二の命を持っていたとしても、流石に殺された状態では、泥から這い出る事は適わない。
 既に蘇生は始まっているが、彼が回復するより、泥に飲み込まれる方が早いだろう。

「くっ……!!」

 少し前から、バーサーカーが泥に囚われ始めた辺りからアーチャーの狙撃は止んでいた。
 もう目的を達した為だろうと思っていたが、私が一縷の望みに掛けて泥を狙撃した事で、バーサーカーにも僅かだが、脱出出来る可能性が生まれかけた。
 それを阻む為に、彼は三射目のブロークンファンタズムを撃ってきたのか。

「まだ、それほどの余力があったのか。アーチャー……」

 読み切れなかった。彼の力を。あれ程の威力を持つ大技だ。魔力の消費量にしても、容易に連発出来るような代物ではなかった筈なのに。それをこの短時間に計三発。
 完全に……読み誤った。現状の、彼の戦力を。

「くっ……! よくも、やってくれたな、アーチャー!!」

 その声にハッと我に返る。

「……!! セイバー!?」

 百鬼さえ恐れ慄かせそうな程の怒りを濃密な魔力と共に全身から発しながら、セイバーがアーチャーへと飛び掛ってゆく。
 セイバーの膂力の源は類稀な規模の魔力放出によるブースターだ。そのリミッターが完全に外れている。膨大な魔力の噴射による余波に倒れていた凛の長い髪が翻弄される。

「はああああああああ――――っ!!」

 蒼銀の弾丸と化したセイバーが、その突進力を上乗せした渾身の力で斬り付ける。だがアーチャーは紙一重のところでするりとその剣筋を避け、間合いを開けるように歩道橋から跳び下りた。
 そこへ入れ替わるようにしてアーチャーが陣取っていた場所にセイバーが盛大な着地音と共に降り立ち、間髪入れずアーチャーを追って跳び出す。
 路上に下りた両者はそのまま剣戟の応酬を繰り広げながら、広い道路の上を右へ左へと跳び回る。見えない剣に対し、白と黒の双剣を手にして舞うようにその剣筋を弾き、逸らし、掻い潜るアーチャー。対し、防御ごと叩き崩して斬り伏せんとするセイバー。
 だがアーチャーは真正面から彼女と対決する気は毛頭無いらしく、防戦一方で逃げ回る。
 
「逃げるなアーチャー!!」
「ふ。悪いが私の目的は既に果したのでな。今日はもう撤退させてもらう」

 繋がったままのセイバーの電話から、彼女らの遣り取りが聞こえてくる。まったく、何をやっているのですかセイバー! そんな事をしている場合じゃないって言うのに!!

「させません!! シロウを傷つけた報いです。貴方は此処で討ち取らせてもらう!!」
「ふん。良いのかな? そんな余裕があるとは思えないが。それ、見てみろ。放って置くとあの泥に食われるぞ」

 その通りだ。事実、スコープ越しに確認した泥はうぞうぞと蠢きながら、じわりじわりと士郎達の方へと滑り寄ってきている。先程のブロークンファンタズムの爆発は泥自身にもそれなりのダメージを与えていたが、泥にしてみれば多少身を焼かれた程度。
 大したダメージにはならなかったようだ。寧ろダメージで失った魔力を補わんと、今は逆に貪欲に食べ物を探している。士郎達は空腹の獣の前に居るようなもの。
 このままじゃ拙い――!! 咄嗟に脳裏に過ぎった危機感が私を突き動かす。途中で止まっていたリロードを済ませ、レティクルの先に全神経を集中させてトリガーを引いた。

「冷静になりなさいっ!!!!」

 荒療治だが、セイバーとアーチャーが鍔迫り合いをしているそのど真ん中を狙撃する。
 三九六グレインの弾丸は丁度二人の足元に着弾して派手にアスファルトの路面を穿ち、その破片を撒き散らす。

「「!?」」

 セイバー、アーチャー、双方が驚きに息を呑む音がイヤホンから聞こえるが、構っている余裕は無い。そのまま間髪入れず、次の標的を狙う。

「寄るな……!」

 士郎達や、倒れている凛に近づこうと地面を這う黒い沼の先端目掛けて、出来る限界の速射を叩き込む。高速徹甲弾の釣瓶打ちにあい、悶え蠢く泥。
 撃たれた箇所が怯むように後退する。奴にとってみれば蜂に刺された程度の物だろうが、幸い効果はあるらしい。重畳だ。士郎や凛には触手一本触れさせはしない!
 鳴り響く轟音と灼熱のガス、それに舞い上げられる砂煙。それらが私の耳を、手を、顔を、目や鼻、喉を襲う。反動だって馬鹿にならない。
 元々、連射に向いている銃器じゃない。だがそんな事、微塵も構ってなどいられない。
 私の大切な人達が窮地に居る、危険に晒されているのだ。少々の熱さ、反動を受ける肩の痛みや息苦しさなんて忘れろ!

「あ、アリア!?」

 突然に撃ち込まれた弾痕と、直後の私の銃撃の火線を追って泥の方を見比べ、セイバーが困惑した顔で私に説明を求めてくる。

「落ち着きなさいセイバー!! 今はアーチャーに構っている場合じゃない! 周りを良く見なさい。士郎達に泥が襲い掛かろうとしています!!」

 撃ち尽くして空になったマガジンを捨て、弾薬を再装填しながら彼女を叱咤する。

「あっ……」
「そうれ見ろ。君の主がピンチだぞ。さっさと助けに行くが良い。君とは何れ、時が来れば対決する事になるだろうさ。我々はサーヴァントなのだからな」
「……アーチャー」

 セイバーの声に、怒気は既に無い。彼の言葉に何かを感じ取ったか、違う感情が感じられた。当惑、憐憫、それとも無念? 複雑に混ざり合ったそれは、既にアーチャーの正体を知ってしまった故だろうか。何れにしても、今の私に考えている余裕は無い。
 再びリロードしてボルトを操作し、スコープを覗いた瞬間、背筋が凍りついた。

「なっ…………!!」

 バーサーカーの躯の先に浮かび上がった影。それはまるで立体感が無く、存在感も希薄。
 されどその場の何よりも異質な物。黒い、真っ黒な夜の闇よりも深い闇の色をした、まるで海月のような異形の姿だった。

「拙いっ――セイバー!!」
「はいっ!? ――な。何ですか、あれは!?」
「もう出てきたか……。ちい、此処に居ては拙いな」

 アーチャーが苦虫を噛み潰したような顔でその場を離脱する。

「悪い事は言わん。急いでマスター達を連れて逃げる事だ」
「何!?」
「セイバー! アレは泥そのものです。かなり拙い。一刻も早く三人を救出して!!」
「わ、判りました!!」

 慌ててセイバーが跳び戻ってゆく。だが海月もただじっとしていてはくれない。ゆらゆらとただ揺れているだけかと思うと、士郎達の姿を見つけて触手を伸ばす。

「「っ――――!!」」

 私とセイバーの舌打ちが重なる。反射的に私は引き金を引き絞り、怪物の咆哮と共に撃ち出された弾丸が海月の胴体に大きな風穴を開けた。
 触手は士郎達に届く手前で、大きく仰け反った海月の本体に引っ張られ宙を跳ね回る。
 その触手を、風となって士郎達の前に躍り出たセイバーが斬り刎ねた。

「う……せ、セイバー?」
「申し訳ありません、只今戻りました。シロウ、私の後ろから離れずに」
「あ、ああ。すまん。ほら、イリヤもこっちに」
「う、うん……」

 よろよろと辛くも起き上がり、イリヤを側に引き寄せる士郎。よし、後は凛だけだ。

(凛、凛!! 起きてください凛! 目を覚まして!!)

 気を失ったままの凛に念話を送り、意識を呼び覚まそうと試みる。

「う、ううー……ん。…………あ、あれ?」
(大丈夫ですか、凛? 気をしっかり!)
(あ、うん。大丈夫。ゴメン、私、気を失ってたみたいね)
(早くそこから離れてください! いえ、セイバーの後ろへ!!)
(な、何、如何したの? って、何あれ!?)
(アンリマユです。説明している時間が無いんです。早く!)
(判ったわ)

 まだ足元がおぼつかないのだろう、よろよろと立ち上がってセイバーの後ろへと歩く。

「セイバー、貴女も気をつけて! あの触手に囚われたら最後です!!」
「判っています!」

 漆黒の影は既に元通りの姿形を取り戻している。私が撃ちぬいた胴体の風穴は何処にも見当たらない。人間相手なら胴体を真っ二つにしてしまうほどの破壊力を持つ弾丸だ。
 実際影の胴体を真っ二つにしそうなほどの大穴を空けていた。かろうじて皮一枚でつながっているような感じだったというのに、あっという間に修復してしまったらしい。

「くっ……!!」

 あまり効果が無いと判っているが、それでもひたすら、影に弾丸を撃ち続ける。ボンッ、と派手に身体の彼方此方を幾度も破裂させてゆく徹甲弾の雨。
 だがその身体は、撃たれる度に弾けては何度も再構成されてゆく。……際限が無い。

「……私の銃では、駄目だ。奴を退けられるのは、貴女の剣以外にありません……!」
「…………」
「セイバー、使ってくれますか」
「……判りました。鞘を開放します。私が構えに入るまで、援護を頼みます、アリア」
「了解!! お任せあれ!!」

 彼女が終に応じてくれた。よし、彼女の剣ならば確実にアレを退けられる。士郎達が助かる。……だが、エクスカリバーは強力だ。あの影は決してアンリマユ本体ではない。
 その正体は……桜。そう、桜だ。あれは彼女の抑圧された内面の闇と同化したアンリマユの触手。如何にあれとて、エクスカリバーの直撃であれば滅せよう。最悪、滅ぼせずとも、かなりの深手を負わせるはずだ。
 だが、そうなった時、表裏一体となっている彼女はどうなる? 何らかの悪影響は当然負うだろう。最悪、命を落としてしまうかもしれないのではないか?

「もう、どちらかしか、選べないのか……」

 小さく、呻くように口から漏れた。士郎や凛、彼らを取るか、桜を取るか。そんな事、判っている心算だった。考えるまでも無い事だ。
 今確実に護れる彼らを護らずに、この先救えるかもしれない僅かな可能性があるだけの彼女。勿論、私は両方とも救いたい。だが、彼女を救う為に、今エクスカリバーを撃たなければ、彼女によって士郎達が飲み込まれてしまう。
 士郎も、凛も、イリヤスフィールも、セイバーさえも、皆一呑みにされて、この世から跡形も無く溶かされ、消されてしまう。そんな事、認められない。

(御免なさい、桜。もう……貴女を救えないかもしれない)

 胸中で一人、詫びる。胸の中に広がる無念が、身体中を灰色の石くれのように感じさせてゆく。ざらざらとした口内はきっと巻き上げられた砂埃の所為だろうが、まるで自分が石像にでもなってしまったかのように思えてしまう。
 そんな心中でも、身体は、指は正確に動作を繰り返し、容赦無く無慈悲に、正確に弾丸を海月の身体へと撃ち込んでゆく。今、私の身体は銃の一部となっている。
 心、意識とは無関係に、ただ命令通りに正確に動作する一つの“機械”となっているのだ。銃と共に行動し、銃を自分の手足のように扱えるようになってくると、多くの人が同様の経験をするという。
 我々のような兵士ともなれば、既に射撃は殆ど脳を介さない脊髄反射行動の域に達している。お陰で心がどんなに荒れ、沈もうと、任務はまっとう出来る。
 気を取り直して、ちらりとセイバーの方を覗き見ると、彼女は風王結界を解いてゆく最中だった。荒れ狂う烈風が周囲に吹き荒れ、植え込みや街路樹の枝葉を蹂躙していた。

「地上で使うと、周囲にも影響が出ますが……そうも言ってられないのでしょうね」

 イヤホンからセイバーの呟きが聞こえ、徐々に光り輝く黄金の刀身が姿を現し始める。
 その眩いばかりの、特上の神秘に危険を察知したのか、漆黒の海月は突然、一際大きく躍動した。

「!!」

 街が、いや街路樹が、植栽やそこに集まる虫達が死ぬ。奴の周囲に居る全ての生命から、生気が吸い尽くされてゆく。その様が、間抜けだが何故か水風船を連想させた。

『とうとうそこまで膨らんだか紛い物よ。よもやアレに届きそうな程に育つとはな』

 何処からとも無く響き渡ったその声と共に、無数の銀光が影を撃つ。それは無数の剣、槍、斧、その全てが宝具だった。

「何!?」
「な……ギルガメッシュ!?」

 思わず口を吐いて名が漏れる。忘れもしない。嘗ての柳桐寺境内での戦いを。己の身で受けたあの技を。“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”の宝具投射。
 古代ウルクの英雄王、ギルガメッシュ。まさかこの場に現れるとは……。
 串刺しにされた影が悶えるように蠢き、更に激しく脈動する。

「拙い、もう限界です。セイバー!!」
「ええ!!」

“約束された(エクス)――――勝利の剣(カリバー)!!”

 眩き光の奔流が手前に沈むバーサーカーごと影を絶つ瞬間、影もまた一気に破裂した!

「「―――――――!!」」

 影は四方八方へと縦横無尽に弾けて、怒涛の黒い本流となってあたりを駆け抜ける。同心円状に爆裂した魔力の並。それはあの影の本能的な防衛反応だろうか。
 サーヴァントはおろか、生在るもの全てにとって猛毒でしかない呪いの爆風が当たり一面を襲う。その爆発に切り込まれた眩い楔。それが唯一の安全地帯。
 エクスカリバーの光跡が黒い本流を真っ二つに割り裂き、セイバー達の両脇を黒い爆流が猛烈な勢いで吹き抜けてゆく。濁流は士郎達には掠りもしない。
 そして爆風の反対側まで突き抜けた光の筋は一直線に道路を駆け抜け、数ブロック先のビルを爆砕させた。

「…………ハァッ! ハァッ、ハァッ…………」
「……やった、の?」

 エクスカリバーを撃ち終えたままの姿勢で、激しく肩で息をするセイバーに、周囲を見回しながら凛が恐る恐る聞く。

「……は、い。ハァ、ハァ……恐らく、は……ハァ、グッ……」
「ちょっと!? 大丈夫……って、凄い熱! 貴女、もう殆ど空っぽじゃない!!」

 ふら付いて後ろに倒れそうになったセイバーの肩を抱きとめて、彼女の容態を確認した凛が驚き慌てる。今の彼女は意識を保っているだけでも重畳だろう。
 本来なら急激な魔力消費によって、サーヴァントの身体が過負荷を避けるために、一時的に全機能を強制停止させられていた筈だ。

「宝具を……使い、ましたから……」
「すまない、セイバー……俺が全然、魔力を与えてやれなくて……」
「気に、しないで、下さい……それは、シロウの所為では……ないのですから」
「喋らないで、辛いでしょう」

 凛が背中を支えながら、ゆっくりとセイバーを地面に横たえさせる。

「い、いけません、凛。まだ……彼が近くに居ます……。油断しては……」
「あ、駄目! そんな身体でどうする気よ!」

 満身創痍の身体で尚も立ち上がろうとするセイバーの肩を抑え諌める凛。

「その通りだぞ、セイバー。その心構えは良いが、その身体では満足に戦えまい」
「「「!!」」」

 突然、何処からとも無く響き渡る声に皆が驚く。ギルガメッシュだ。

「くっ……アーチャー……」

 凛達が振り向いた先を私もスコープで追う。だが、私の位置からでは彼の姿を見つけられない。どうやら此処からでは死角のようだ。凛との五感共有が切れた事が悔やまれる。
 私は直ぐ様アルゲスシステムから周囲のIRカメラを駆使して彼の居場所を探す。だが、
生憎と索敵可能域の死角に居るらしく、近場のカメラには一台も姿が映っていない。

「くそ、何処かのビルの屋上あたりか……。IRは主に通りの地上側を向いているから」

 そもそもの目的が対犯罪用であるIRカメラの仰角では、余り周囲のビルの屋上までは見え辛い。そこには明確な死角が存在していた。判っていた事ではあるが。
 仕方が無い。一刻も早く彼女達の元に戻るしかない。セイバーが倒れている今、彼に太刀打ち出来るのは私しか居ないのだから! 
 そう決心し、バーレットライフルをマナに戻す。こんな嵩張る物を持ったまま移動する訳には行かない。スピードを重視して武装を解き、無手でビルを飛び出した。
 丁度その時だ。懐にしまったPDAが突然電子音を奏でる。豊田三佐からの通信が飛び込んできたのだ。

〔何です!?〕
〔おおっと、落ち着け姐さん。あの金ピカ野郎の場所を知りたいんだろ?〕
〔補足しているのですか!?〕

 屋上伝いに跳びながら豊田三佐の話を聞く。

〔おうよ! ずっと監視だけはしてるからな。嬢ちゃん達の目の前の交差点を右に入った二つ目のビルの屋上だ。さっきの姐さんの位置からじゃ死角になってる〕
〔判りました、有難う!!〕

 場所は判った。だが、既に狙撃は選択支に入れられないだろう。再びポイントを探しだし、狙撃体勢を整える時間が惜しいし、何より頼みのセイバーが動けないのだ。
 あの場で彼の攻撃を受ければ、確実に全員殺される。彼らを護れるのは私しか居ない。
 幸い、現場まではあと少しだ。今から狙撃体勢に移るよりは早く着く。

「何とか持ち応えて。今すぐ向かいます!!」

 念話と肉声で彼女達に答えながら、彼女達の元へと街を駆けた。


**************************************************************


「久しいな、セイバー」

 黄金の甲冑に身を包んだサーヴァントが地上へと飛び降りてくる。

「……アーチャー。いや……ギルガメッシュ」
「ほう。漸く我の真名を見抜いたか。褒めて遣わすぞ、騎士王よ」
「…………」

 私の腕の中にいるセイバーはただ無言でギルガメッシュを睨み返す。その視線を受けてもどうとも思わないのか、ギルガメッシュは徐に辺りを見回すとぼそりと口を開く。

「フン。奴め、逃げたか。まあいい。何れ我が直々に裁定を下してやるまでだ」

 何の事か良く判らないが、この英雄王もあの影を敵と認識しているのだろうか。

「それで、どうだ騎士王よ。改めて聞くぞ。あれから十年だ。いい加減、我のモノになる決心は付いたか? いや、お前にとってはほんの少し前にすぎんか」
「な…………」

 思わず、口が開いてしまった。黄金の英雄は一人尊大に自らの都合だけで話を進めてゆく。まったく、話には聞いていたけど、本当に求婚していたのか。
 それも、こんな無遠慮でデリカシーの欠片も無い、傲慢で尊大な態度で。

「……くどいぞ、ギルガメッシュ。以前にも、言った……筈だ。私は……貴方の軍門に、下る気は……無い!」

 声を出すのも辛いだろうに、セイバーは気丈に振る舞い、ギルガメッシュを拒絶する。

「ふっははははははは! 我の正体を知った上で尚歯向かうか! 良い、実に良いぞセイバー!! そうでなくてはな、それでこそ我の認めた女よ」
「…………」
「だがそんな様で如何する。聖剣を使い、魔力切れを起こしかけているお前に、我に一太刀でも浴びせられる力が残っているとは思えんが?」
「くっ……」

 的確に弱みを突かれ、悔しそうにセイバーが小さく臍を噛む。

「大人しく我のモノになれ、セイバー」

 がちゃり、と黄金の甲冑を擦り鳴らして英雄王が此方へと歩き始める。彼の力は既に先程思いっきり見せ付けられた。一つ一つが破格の宝具、その絨毯爆撃じみた一斉射撃。
 防げない。耐えられない。アリアは側に居ない。セイバーがこんな状態の今、あんなのを喰らえば私達なんてひとたまりも無い!

「くっ………」
「じょ……冗談じゃない」

 その時だ。彼の前に立ちはだかったのは、士郎だった。

「士郎!?」
「シロウ!!」

 背中にまだ生々しい傷跡が残っている。そんな身体でまたコイツはこんな無茶をする!
 くそう、こんな時に限って、アリアとの感覚共有は切れちゃってる。彼女に今の状況が伝わらない。こんなに切羽詰ってるってのに!!

(何とか持ち応えて。今すぐ向かいます!!)
「!?」

 その声はセイバー……じゃ、ない。アリアだ。アリアが念話を送ってきたんだ。
 もうすぐアリアがここに着く。お願い間に合って!!

「セイバーはモノじゃない。俺達の仲間だ。セイバーが動けないなら、俺が護る!」

 だからほら、この馬鹿! また誰が考えても無謀な事を躊躇もせずやろうとして……!!
 もうすぐアリアが着てくれるんだから、それまで辛抱しなさいっての!!

「同調、開始(トレース・オン)!」

 手に握る木刀を強化して構える士郎。駄目、そんな毛が生えたようなモノじゃ何の役にも立たない。余計に奴を刺激するだけ。

「駄目だシロウ! 貴方が、敵う相手じゃ、ない!!」
「その通りよ士郎、早まっちゃ駄目!!」
「判ってるさ、嫌って程……それでも、今お前を護れるのが俺達しか居ないんじゃ、他に方法無いだろ!?」

 そう言って一人駆け出す士郎。駄目っアリアがもう直ぐ来るのよ。
 それまで待てって言ってるのに!!

「フッ、痴れ者めが。雑種如きが我の前に立とうなど、千年早いと教えてやる」

 ギルガメッシュがパチンを指を鳴らし、虚空に突然現れた大槌が士郎に襲いかかる!
 その瞬間、士郎の前に一瞬なにか青い影が吸い込まれたように見えた。

「シロ――!」
「ぐあっ――!?」
「ああっ!!」

 その大槌に吹き飛ばされ、士郎の身体が宙を舞った。そのまま数メートルの距離を飛び、私達の目の前に二人の身体が倒れこむ。え、二人?

「シロウ!!」
「士郎!!」
「いっ……ててて……。あれ?」

 無事かと駆けつけた私達――セイバーが動けない為、縺れて膝で這う様にだが――が目にしたのは、士郎を庇ってかわりに大槌を受け止めたアリアだった。

「「「アリア!!」」」
「う、ぐっ……。はは、間一髪。何とか間に合いましたね」

 しこたまダメージを食らっている筈だろうに、心配させないよう、引き攣った顔で無理矢理笑顔を作りながら軽口を叩くアリア。まったく、彼女らしいというか……。

「っ馬鹿! また無茶な事して!! ホント、もう……」
「フフッ、すみません。余りに余裕が無かったもので」

 これ以外に方法が思いつかなかったと釈明してくる彼女。よろりと立ち上がるが、大槌を受けた両の手の骨は砕け、だらりと垂れ下がったままだ。
 その姿が十分すぎる程にダメージを物語っている。

「ご、ゴメン、アリア。また助けられた」
「お気になさらず。それが私の使命です」

 朗らかに笑顔で士郎に軽く笑いかける。だが、再び構えた時にはその手に銃とナイフを持ち、見惚れる程凛々しく勇ましい歴戦の英雄の顔になっていた。砕けていた筈の腕も既に治っている。

「三人とも、私の後ろから動かないように」

 アリアは私達を後ろ手に護るように下がらせ、ギルガメッシュと対峙する。

「…………なんだ貴様は。……む!? 貴様……赦せん! 我の決定を拒むだけでは飽き足らず、こともあろうに雑種風情にまで身を堕としたか!!」

 突然の乱入者を値踏むように怪訝な眼差しをジロジロとアリアに向けて放っていたギルガメッシュ。それが突然、何に気付いたのか、猛烈に激怒し出した。
 そしてその激情であたかもアリアの存在を全否定するような言葉を吐き散らす。

「……貴方に何と思われようが構いません。私は私の望んだ結果として、この身となったまで。その過程にも結末にも、何一つ恥じる物など無い」

 だが、その侮辱としか思えないギルガメッシュの言葉に対して、アリアは一切動じる様子も、臆する様子も、怒り逆上する様子も無い。まるで何処吹く風、とばかりに冷静だ。
 否、冷静というより、“冷徹”といった方が良い。
 激烈な英雄王の言葉はそれ自体が強制(ギアス)の魔術でも掛かっているかのように、聞くものの魂を威圧する。普通の人間なら“死ね”と言われればそれだけで恐怖に慄き、言われるとおりに自害しかねない。それほどの強大な存在感、威圧感を感じる。

「私は私として、こうある事をただ望み、その結果を認め、受け入れている。そう、守護者と成り変わろうと、それは決して変わらない。それが私の矜持だ、英雄王」

 だと言うのに、そんな巨大なプレッシャーを前にしてアリアは堂々と対峙し、その言霊に真っ向から立ち向かい抗っている。いや、最初から相手にしていない。
 英雄王の言霊であろうと、何者にもアリアが誇りとする信念、信条は傷付けられない。
 彼女の意志の強靭さは私が一番良く知っている。きっと名高き英雄達の中でも、意志の強さだけならきっと右に出るものは居まい。
 ソレだけが、否、ソレこそがアリアの本当の強さ。とてつもない腕力や脚力、体力、超常的な特殊技能、信じられないような奇跡の武具。
 そんな英雄らしい物を全然持たない彼女が何故ここまで戦えるのか。きっとその強靭な意志が彼女の強さの本質なのだと思う。

「囀るな雑種! 堕ちてもその気の強さだけは更に磨きが掛かったか!!」

 真っ向から言葉で貴様など相手にしていないと手袋を叩きつけたアリア。どれ程言葉で貶めようとも、全く意に介さないどころか反撃さえする彼女の態度に英雄王が激昂する。

「まあいい……興が削がれたわ。堕ちた貴様なぞに興味は無い! 今日の所は見逃してやる。弱ったそこのセイバーを連れ、その見窄らしい穢れた姿を我の前から消すがいい!!」

 このままでは問答無用でこのまま戦いになるか。そう思って覚悟を決めようとしていたのだが、この世の全てを手に入れていた王というのは、思考回路も何処か違うらしい。

「次に我の前に現れてみろ、貴様は一瞬で塵と還してやる。覚悟しておけよ雑種。……セイバーよ、おまえは我のモノだ。必ず手に入れてやる。おまえは決して此の愚か者のように我を失望させるなよ!!」
「…………!!」

 最後にそう吐き捨てる黄金の英雄王。その最後の言葉“お前は此の愚か者のように我を失望させるなよ!!”にセイバーが僅かに反応する。
 踵を返し、堂々と私達に背中を見せながら悠々と去ってゆく黄金の甲冑。だが、無防備なように見せておいて、その実、襲い掛かれば確実な死が待っている。
 それだけの力があるのだという自負あってこその態度なのだろう。そのまま英雄王は深夜の街の闇に溶け込んでいった。

「…………」

  全てが過ぎ去り、大戦闘に揺れた街並が静寂を取り戻す。その中心に居て、誰もが言葉を発せず、ただ沈黙が時の砂と共に流れて行く。
 アリアはただ黙して語らない。構えは解いても、まだその表情は硬く英雄王が去った方角に向けられたまま。セイバーの方は何やら難しく考え込むような渋面で、ずっとアリアに視線を注ぎ続けている。その視線に、アリアは気付いているのか、いないのか。

「……ふう。完全に撤退したようですね。ギルガメッシュは」

 ずっと警戒を崩さなかったアリアが、漸く張り詰めていた緊張の糸を解いた。抜き身の刀のような気迫がすうっと溶けて消えてゆく。
 構えていた武器をマナに戻し、無手に戻るアリア。だが、その表情は何処か物憂げに見えた。そのまま静寂に包まれた街を、いや、その上の夜空をぼうっと眺める。
 アリアにも、考えたい事があるのだろう。あの影の事、英雄王の事、そして、私達のこれからの事……。セイバーの事もある。どれも、彼女にとっては頭を悩ませる事ばかり。
 徐に辺りを見回すと、士郎もなんだか呆然と放心してしまっている感がある。イリヤスフィールはというと、そんな士郎に縋り付くようにべったりと引っ付いて離れない。
 ふと、アリアの方に目を戻すと、彼女は数ブロック先の一角を眺めていた。

「士郎、ちょっとセイバーをお願い」
「あ、ああ。判った」
「すみません、シロウ。貴方も怪我をしているというのに」
「気にするなよ。お互い様じゃないか」

 セイバーをシロウに任せてアリアの横に立り、彼女の様子を覗き見る。彼女はエクスカリバーによって出来た傷跡を少し辛そうな顔で眺めていた。

「あのビルが気になる? まあ、ちょっと前からこの辺り一体、人の気配は全然無かったし、今もあのビルには人の気配が全然無いのよね。人が居ればもっと騒ぎになるはずだし。楽観的だけど、きっと被害は建物だけよ。だから安心して」
「え? ……いえ。……すみません、気を使わせてしまって。そうですね。あの程度で済んで良かったと思うべきでしょうね」

 彼女の側まで行き、セイバーには聞こえないよう小声で話す。話題的に、セイバーに聞かせると絶対に気に病むだろうから。すると彼女もそれに合わせて小声で返してきた。

「そうなの?」
「ええ。エクスカリバーの威力がバーサーカーと影によって殺がれたから、この程度で済んでくれたのでしょう。でなければ、被害はもっと深く、後数棟ぐらいは全壊しています。周囲にも、もっと深刻な延焼の被害が出ていた事でしょう」

 アリアが冷静に被害を分析し、理由を推測する。

「……規模が桁違いね」
「ええ。昔、未遠川を干上がらせた程ですからね」
「それ、マジなの?」
「嘘を話して如何するんです」

 余りの威力にげんなりする私に、アリアがさらなる止めを刺してきた。こういうところでアリアは妙に気が効かない。いや、ひょっとしてわざとやっているのかしら。

「すみません……確かに、事実です」
「ひゃっ!?」
「っと、聞こえてしまいましたか」

 突然聞こえた声にちょっとビックリした。振り返るとセイバーは士郎に肩を借りて、何とかやっとといった感じで後ろに立っていた。どうやら聞かれてしまったらしい。
 アリアはどうも判っていた感があるが、苦笑してごまかしている。

「……それは、貴女の居た聖杯戦争で私に聞いたのですか? それとも……」

 セイバーが普段の彼女からは考えにくいほど積極的に問いかけてくる。やはり、アリアの正体に薄々、いや、かなり確信に近い所まで勘付いているんだろう。

「……それとも?」

 そんなセイバーの心理を知ってか、アリアはわざと惚けてみせる。その表情は何処か寂しげで、切なそうな……何処か全てに達観したような笑顔だった。
 そう、まるで……もう全てを知る覚悟は出来たのかと、そう問いかけるような……。

「…………。いえ、何でもありません」

 その、残酷にも感じられるほど優しさを称えた眼差しに、向けられたセイバーが耐えられなくなったか、絡んでいた視線を逸らしてしまった。

「……帰りましょう。何時までも此処に居るのは、得策ではありません。シロウ?」
「あ、ああ」

 セイバーに促されて、士郎がセイバーの肩を支える。そのまま此方を待たず、帰路に着くセイバー。アリアはそんな彼女の後ろ姿を、ただ寂しく見つめ続ける。

「意地が悪いですね、私」

 ぽつりと漏れたアリアの声に振り返る。彼女は切なげな笑顔のまま、その瞳は切なさに苦しんでいるように見えた。

「アリア。……そろそろ、良いんじゃない?」
「ええ、そうですね。後はいつ、彼女の準備が整うか。……私にとっても」
「やっぱり、恐い?」
「……はい。お恥ずかしい話ですが」
「そうね。……無理ないわよ」

 先程の遣り取りは、アリアにとっても賭けだったんだ。今、話さなければならなくなっていたとしても不思議じゃない。あれはそんな綱渡りの一言。
 決定的な問い掛けをされたなら、きっとアリアは打ち明ける。でも、理性では決意していても、中々感情は言う事を聞いてくれない。
 アリアもまた、自身の覚悟が十分じゃないと自覚している。だが、もし今、秘密を明かせとセイバーが迫っていたなら、彼女は必ず打ち明けていただろう。

「それはそうと、アリア。あの影って、まだ消滅したわけじゃないのよね? あの金ぴかも確かに“逃げたか”って言ってたし」
「……そう、ですね。エクスカリバーの直撃を受ける直前に弾けたように思われます。ダメージは与えているでしょうが、直撃ではなかったでしょうね」

 そう語るアリアの表情は意外にも少しほっとしているように見えた。

「如何したの? あんまり悔しくなさそうね」
「え? い、いえ!! 決してそういうわけではないのですが……」

 慌てて取り乱すアリア。珍しい。普段冷静なアリアがこんなに慌てるなんて。

「ですが、これからが厄介かもしれません。深手を負わせたことで、奴は空腹に喘ぎ、更に暴れだすかもしれない」

 アリアは、遣る瀬無さそうにそう語り、顔に渋面を浮かばせる。

「じゃあ、まだアンリマユは消滅していないと」
「はい。あの影は所詮奴の一部、触覚に過ぎません。奴の脅威を取り去るには、その大元を滅ぼさなければ……」

 眉間に皺を寄せ、難しそうに語るアリア。

「じゃあ、これからはその大元を探し出すのね?」
「いえ、場所は判っています」
「へ? 知ってるの!?」

 アリアから耳を疑うような言葉を聞いた気がする。

「はい。私の生前の経験と同じなら、間違いなく柳桐寺の山中、地下大空洞に。ですが、恐らく蔵硯が待ち構えている。アーチャーと共に。今回のアーチャーの行動は間違いなく、あの男の命令によるものでしょう。そう考えれば、彼の行動には説明が付きます」
「蔵硯……!? あの糞爺め……やっぱり暗躍してたか。って、じゃあアーチャーのマスターは蔵硯ってこと?」

 私の問いに、どう話そうか躊躇するように口ごもるアリア。それでピンときた。

「まさか、桜……なのね?」
「……恐らくは」
「じゃあ、あの子ってば、二体も召喚したっていうの?」
「確証はありませんが、蔵硯が召喚したと考えるよりは、可能性が高いでしょう」
「むう……そうね」
「その辺りについて、帰ってからお話します。もう貴女には、全てを話しておかないといけない。手遅れになってからでは、遅すぎますから」
「!! そう。話して、くれるのね。判った、私も心して聞くわ」

 私の言葉に、コクリと頷くアリア。彼女の目には決意の色が宿っていた。

「それじゃ、帰りましょう。綺礼が裏工作してるとしても、長居はしてられないわ」
「はい。……と、そうだ。忘れる所でした」

 そう言ってアリアは携帯電話を取り出し、何処かに掛け始める。

「どうしたの?」
「少し待って下さい。……豊田三佐? ええ、そうです……確かずっと全勢力の行確を続けてくれていましたよね?」

 電話の相手はどうやら例の自衛隊の男らしい。アリアは何か気になっていることがあるみたいだけど、一体何を尋ねているのだろうか。

「ええ、そう。……その少年です。彼は今もまだあそこに? …………えっ!? それは確かですか。…………そうですか、判りました。感謝します。……ええ、また後ほど」

 電話を終えた彼女の表情は優れない。どうやら余り吉報ではなかったようね。

「電話の相手は例の協力者ね。一体何を尋ねてたの?」
「はい、間桐慎二の事を。実はライダーと戦う前に、彼を催眠ガスで眠らせたのです」
「あ。そういえばそんな事してたわね、貴女」

 確か丁度、此方へと走って移動している最中だったな。私もアリアの視聴覚を通して、ちょっと吃驚したわ。まさかあんなものを使うとは思いもしなかったから。

「それで、彼が今どうなっているかを彼らに聞いてみたのです。ライダーが完全に倒れたなら、彼が持つ仮の令呪、偽臣の書が燃えて無くなっている筈ですから」
「成る程ね。それで?」

 アリアに続きを促すと、彼女は眉を顰めながら歯切れ悪そうに口を開く。

「……それがどうも、彼の前に蔵硯が現れたらしく……」
「えっ!? それって……つまり?」
「……はい。彼らからの話では、慎二は現れた蔵硯に起こされた後、偽臣の書を奪われ、その場で燃えてしまったらしいのです」
「令呪の書が蔵硯に燃やされた……って事?」

 気になった一点だけを問い直す。ライダーが消えれば自動的に燃えてしまう筈の本。それが燃えたのは勝手にではなく、蔵硯の手で燃やされたということは……。

「はい……恐らくは。ライダーはまだ、消滅していない可能性が出てきました」
「…………。となると、この先また?」
「その可能性も在り得ますね」

 思わず天を仰ぎ、こめかみに手をやって頭を振る。また頭痛の種が増えた……。

「はぁぁ、何だか頭痛くなってきた。一難去ってまた一難、か」
「……そうですね。ですが、今回の傷で暫くは目立った動きは出来ないでしょう。問題は、この後どう動くか、諸々の問題にどう対処してゆくか、ですね。ライダー自体はそう優先順位的には高くありません」

 そう語るアリアの表情には、思ったほど深刻そうな色はなかった。寧ろ、その既に何か考えがありそうな……アリアの瞳はそう感じさせるほど真っ直ぐ前を見据えていた。

「そうね。その辺も含めて、帰って対策を練りましょう」
「そうですね」

 気になることは山のようにあるが、アリアの顔を見て、きっと大丈夫だと自分を鼓舞する。何故なら、彼女の瞳に宿る意志の光はまったく揺るぎなかったから。
 大丈夫。何が来ようと、きっと彼女と一緒なら切り抜けられる。根拠は無いけど、彼女なら何とかしてしまえる。そう思える。

「ぉーぃ……ぉーい、遠坂~、アリア~ッ。何してんだよ、帰るぞー!」

 遠くで私達を呼ぶ士郎の声。とはいっても、士郎もセイバーも満身創痍の身体だから、足もそんなに早くない。だから距離はそれほど離れていない。
 こりゃ、私達が肩を貸さなきゃ、家に着く頃には夜が明けかねないな。

「さ、帰りましょう。今度こそね。ほら、あんまり遅いから士郎が呼んでるわ」
「おっと、いけませんね。急ぎましょう、凛」

 彼女の事だ。もう既に先の先まで対策を練り続けているに違いない。瞳を見れば判る。
 彼女は全く諦めてなんか居ない。なら、主の私が不安な顔なんてしていられないじゃないの。そう決意を胸にして、戦場となったこの場所を後にした。


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