<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

TYPE-MOONSS投稿掲示板


[広告]


No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:28e7040d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/23 13:35
「全く、人の食事の邪魔をするなんてマナーが悪いですよ貴女!」

 罵声と共に投げ付けられた釘剣をファイティングナイフで弾き飛ばし、自身も飛び退く。

「それは失礼。モラルは持ち合わせていますが何分育ちが悪いものでしてね。か弱い人間が毒蛇の餌にされるのを黙って見過ごせなかっただけですよ!」

 売り言葉に買い言葉。言い放つと同時に全長十五センチ程の小さなスローイングナイフをライダー目掛けて投擲する。最初に若い女性に遅い掛かる寸前だった彼女と女性の地面に突き立てた一投と同じ代物だ。

「ふんっそんなもので!」

 ライダーは小賢しいとばかりに釘剣に繋がる鎖を一振り撓らせ、空を切るスローイングナイフを弾き落としてくる。畝る鎖に引っ張られ釘剣が跳ね踊り字面や壁に火花を散らす。

「小細工ごときでこの私を倒せるとお思いですか……確かアリアと名乗っていましたか?
でもそれは偽名。ふん、クラス名が判らぬと何と呼んでいいか困りますね」
「アリアで結構ですよ、ライダー」
「戯けた事を。クラス名さえ明かさぬ気ですか貴女はっ!」

 言葉と共に怪力と俊足に任せた壁伝いの三角蹴りが襲い掛かる。
 その断頭斧のような回し蹴りを地面に寝転がるように一気に体を沈ませ避け、その勢いのままに下半身を蹴り上げ、飛び込んできたライダーの背を蹴り飛ばす。
 足の甲がヒットするが、元々飛び込んできた方向と蹴りの方向が同じである為、威力は殆どが彼女を押し出す力に変わってしまう。丁度流れる水を漕ぐような物。
 ただ彼女を背後に蹴り飛ばしたに過ぎず、大したダメージにはならない。

「さて、その方が戦略的に有利ですしね。あら、ご不満ですか?」

 即座に立ち上がり対峙する。ライダーは蹴り飛ばされるままにビルの壁に張り付き、封じられた双眸に些かの苛立ちを込めて此方を睨んできた。

「っ。貴女は騎士としての誇りさえ無いのですか」

 ライダーとしては此方が騎士道精神に縛られた人間であって欲しかったようだ。英雄でない、反英雄的な存在のライダーならば、英雄としての矜持、正々堂々という騎士道精神、そこに付け込み感情を逆撫でして心を乱させるぐらいはやるだろう。
 だが残念ながらそれは今の私には通用しない。私は既に騎士では無いし、この身もまた貴女程ではないが、人の世に説く語られる“英雄”という偶像からはかけ離れた存在だ。

「フ。生憎と、私は騎士ではありませんのでね。貴女ほどではありませんが」

 挑発するように口端を上げて皮肉を飛ばし、片手を前に指先だけでおいでおいでする。
 真名どころかクラス名さえ名乗らず、掛け引きの材料にする。こんな態度、セイバーが見ていたらきっと激怒されることでしょうね。
 だが、それが今の私の戦い方。地力で圧倒的に不利な私が形振りに構う余裕など無い。
 今の私に騎士の誇りという行動の物差しは無い。卑賤な非道は憎むが、己の信ずる理念に反せぬならどんな手も使う。それが私の兵法だ。

「英雄が聞いて呆れますね、アリア!」
「ええ、まったくです!」

 皮肉で挑発している心算が逆に挑発され、痺れを切らしたらしい。ライダーが口上と共に襲い掛かる。さあこいライダー。お前の相手はこの私だ!




第二十二話「小隊は戦場を奔走する」




 逆手に持った釘剣で串刺しにしようと襲い掛かるライダーの両手、両足を柔の理で捌き、即座に飛び退いて雑居ビルの谷間を駆け上る。途中、幾度かスローイングナイフを投げ付けるが悉く避け、また鎖で弾かれる。
 確かに小細工は通用しない。勿論そんな事は百も承知だ。

「逃げようと言うのですかアリア?」
「まさか。足で貴女に敵う筈がないじゃありませんか」

 密集した雑居ビルの屋上に戦場を移す。
 先程からライダーの攻撃は主にミドルレンジからの釘剣と鎖、ショートレンジの打撃技の組み合わせ。だが実の所、私が距離を置くように動くから追撃の為に釘剣を投擲してくるだけで、彼女自身は常に接近戦に持ち込もうと距離を詰めてくる。
 彼女はロングレンジに対する手段を持ち合わせていないから当然だろう。だがあの釘剣を最も活かせるのはショートレンジよりも寧ろミドルレンジの筈なのだ。
 だが彼女は敢えて近距離、いや、リーチの短い私にとってショートレンジなだけで、彼女にとってはクロスレンジだろうか?
 ともかく、彼女が近接戦闘に持ち込もうとしている事は明白だ。これはひょっとして、私の銃を警戒しての事だろうか?
 彼女はアーチャーと同盟関係にある。私の能力を幾らか知っていてもおかしくは無い。
 左手にナイフ、右手は空手。そのスタイルのまま、釘剣を逆手に構えながら此方に警戒を放っているライダーと対峙する。

「如何しました? もう鬼ごっこはおしまいですか」
「さて、終わりと言えば終わりかな。でも、お望みでなくとも気まぐれに再開しますよ?」

 此方の出方を窺う彼女からの問い掛けに、肩を竦めてはぐらかす。相手に此方の心理を読ませてはいけない。身体能力は明らかにあちらが上なのだから。

「軽口の多い人ですね貴女は」
「お褒めに預かりどうも。足を止めたのは単に、貴女が先程から随分と接近戦に執着しているように見えたからですよ。そんなに取っ組み合いがしたかったのですか?」
「――――! 巫山戯ているかと思えば、ちゃんと気付いていましたか」
「ええ。私に距離を取られるのがそんなに怖いですか?」
「フッ。まさか。ですが、確かに貴女の能力は聞いていますよ。なんでも無数に連射の効く銃という飛び道具を持っているとか。それでアーチャーではないと言うのですから、巫山戯たサーヴァントも居たものです」

 やはりアーチャーから聞いていたか。ライダーはてっきり上層を制圧して上からの高速一撃離脱戦法で襲ってくるかと思ったが。もっとも、あの時とは状況も地形も全く違うのだから、ライダーが同じ戦略でくる可能性のほうが小さかったのだが。

「ですが妙ですね。貴女は先程からその短剣一本しか得物を持っていない。時折小さなダガーを投げてくる程度。貴女の本領はその銃とやらでしょう? 本気を出してこないとは舐められたものですね」

 俄かに殺気を込めて、実力を出せ、手を隠すなと圧力を掛けてくる。
 そうして此方の戦闘意欲を煽ろうというのか。

「それは失礼。別に貴女を舐めてなどいませんよ。銃を使わなかったのは理由が有っての事です。まあ、この辺りならもう良いでしょう。お望みどおり、全力でお相手しますよ」

 既に周囲は事務所らしき雑居ビルばかりになってきている。ビルの窓にも明かりは殆ど無く、人気も無い。この辺りまで移動してこれば、もう銃声を気にする必要も無いだろう。
 状況を鑑みて妥当と判断し、ウェストコートの端に切り込まれたスリットから覗く、腰のアップサイドホルスターに手を伸ばし、ナイトホークを抜く。

「やっと本気になりましたか」

 私の手に握られた黒い鉄と合成樹脂の塊を見て、ライダーが少し満足げに口端を上げる。
 実は最初から此処に具現化していたのだ。使わなかったのは単にあの場が人気の多い繁華街の真っ只中だったから。銃声程この国のごく普通な雑踏にとって異質な音も無い。
 一度響けばあっという間に騒ぎになる。だがサプレッサーは取り回しに些か支障が出る。
 それに、実はサプレッサーという代物はセミ・オートハンドガンにとってあまり好ましい装備ではない。長さ故の取り回しの悪さは近接戦闘の際やはり邪魔になる。
 また、障害物に引っ掛かってしまった場合、バレル(銃身)先端のロック部分に掛かる応力に対する強度の問題、そして掛かる応力によってバレルに歪みも生じ兼ねない。
 当然、そんなサプレッサー付きの銃を鈍器として使うなんて事も論外だ。そして何より、大半のセミ・オートハンドガンはバレルがスライド(遊底)より僅かに遅れて数ミリ後退する“ショート・リコイル”という作動方式を取る。
 その作動方式故に、装着されたサプレッサーがバレル、及びスライドの後退スピードを阻害してしまい、結果ジャム(作動不良)を引き起こしてしまう可能性があるのだ。
 ただ薬莢が跳ね飛びきらず、まるで煙突のようにポートに挟まってしまうスモーク・スタックならまだしも、ダブル・フィードやフィーディング・ジャムのような、空薬莢や次弾が機関部に噛み挟まってしまった場合、詰まった薬莢を排除するのに手間が掛かる。
 そもそもジャムは発生したその時点で、致命的なまでの隙が生まれてしまうのだ。
 隠密行動ならまだしも、こんな苛烈な戦闘に使用するのはリスクが大きすぎる。

「此処なら存分に使っても騒ぎにならないでしょうからね。貴女と違って、私はルールを守っているだけですよ」

 軽口を叩きながらゆっくりと構えを取る。銃口は前、彼女へと向け、順手でナイフを持つ左手は右手を支えるように下に添え、クロスした形に。

「フン、減らず口は此処までです。落ちなさいアリア!」

 釘剣を胸の前に構え、一気に距離を詰め襲い掛かるライダー。速い、今までより一段と加速してきた!

「っ!」

 速い。正確に狙いを付けている余裕は無い。だけど幸い標的との距離は一桁。弾道の落差修正や移動見越し修正をする必要は無い。
 狙点に集中する手間を省き、ただ銃口の直線状に敵影を捉えるだけでいい。逡巡する暇など無い。そう。それが俗に言うポイントブランク、つまり“直射”。
 本来は仰角を付けずに撃つ事を指す艦砲射撃用語だが、転じて広義では至近距離でサイトに頼らず感覚で、ただ前方目掛けて撃つ事を指す事もある。
 拳銃でも同様に“真っ直ぐ銃口を向ける”だけからだ。
 幾多の修羅場を越え研ぎ澄まされた状況判断能力が瞬時に脳を活性化させ、アドレナリンが全身を駆け巡り、神経は昂ぶるが精神は裏腹に冷たい鋼の如く揺るがず、心をざわつかせる焦りを排除する。この瞬間、私は人間ではなく、意志を持った銃の一部と化す。
 長年培った経験と勘に導かれてマズルは紫の残像を残して迫るシルエットの中心へと向く。その瞬間を頭でなく体で理解し、脊髄反射の速度でトリガーを絞る。

「っ!? くっ!!」

 自身にマズルが向けられた事を察知し、ライダーは本能か第六感かでその危険を感じ取り、即座に身を捩り射線上から逃れようと横へ跳ぶ。
 ――だが遅い! タタンッと乾いた二連の破裂音が大気を震わせ、亜音速で空気を切り裂き飛ぶ小さな鉛の弾頭が、避けようと身を捻ったライダーの右脇腹と太腿を深く抉る。

「あう゛っ!」

 右半身に被弾し、ショックでバランスを崩しながらも私の横を掠める瞬間、彼女は釘剣による反撃の一閃を放つ。

「ぐっ!!」

 擦れ違い様にざっくりと、二の腕を派手に切り裂かれた。鮮血が視界に飛沫を上げる。
 くっ、拙いな。動脈をいかれたか? やや出血の勢いが強い。
 振り返り再び構える。彼女の方も辺りに血飛沫を撒き散らしながら屋上を転がり、飛び起きるように跳躍すると空調の室外機の上に着地する。
 逃がさない。その眉間へと照星を向けた瞬間、遠くで何かの爆発音が轟いた。

「!?」

 一瞬何が起こったか理解出来ず、だが瞬時にその原因に思い当たった。
 ――――アーチャーの矢だ!!
 内心そこに考えが行かなかった自分に歯噛みする。逡巡は一瞬。後悔に心を焼かれながらも、何とか平静を維持してライダーへと三連射を見舞う。
 だが負傷したのが右腕だったのが災いした。少しでも心が乱されてしまったのも一因か。
 激発の瞬間、狙点はぶれ、弾丸はライダーの足元、室外機の外装に着弾痕を残す。

(凛、凛!? 大丈夫ですか!!)

 自分の戦闘に全神経を集中させていた為気付くのが遅れたが、共有していた五感が伝えてきていた。凛はあの爆発の真っ只中に居た事を。

(だ、大丈夫。吃驚させられたけどダメージはないわ。貴女はライダーに専念しなさい!)

 彼女にも私の状況が見えているからか、そういって私の失態を責めようとしない。

(すみません、凛……)

 本当に、なんて失態だ。彼女をみすみす危険に晒させてしまったなんて。
 右腕の痛みが更に自分の力不足を嘲笑う。くっ……この程度の痛み、なんてことは無い。
 だが、彼女を危険に晒した自分の不甲斐なさが痛かった。その痛みが現実の痛みと共に
心を削り、抉りぬいてゆく。

「ぐ、うっ……」

 這い蹲るようにして室外機の上に張り付いているライダーが小さく呻く。撃たれた傷の痛みを堪えながら私を警戒し、室外機の上に張り付き構えを取る。
 その行動に私もまた警戒を緩めず、照星の先をピタリと彼女の眉間にポイントする。油断など論外。後悔の念を無理矢理心の奥底に沈め、蓋をする。
 私も彼女も、一歩も動かない。互いに相手の出方を伺って睨み合い、膠着状態のまま、ただ時間だけが埃っぽい風と共に流れる。

「アリアから、彼は宝具を投影出来ると確かに聞いていましたが、まさかこんな使い方をしてくるとは、思いもよりませんでした」

 そんな時、ふとセイバーの一言がイヤホン、凛の聴覚の両方を通して聞こえてきた。
 心の底に封じ込めた心算だった後悔の念が呼び水に喚起され、蓋に僅かに出来た亀裂を砕き、むくむくと湧き戻ってくる。

(御免なさい凛、説明を忘れていました。まさか彼が貴女に向けてアレを放つとは思っていなかったので。今の技は……)

 そこまで言いかけて、彼女に制される。

(いいわよ、アイツの技については大体判ったから。それよりもアルトリア、貴女は自分の戦いに集中しなさい! 気を抜いて懸かれる相手じゃないでしょう)

 私が負傷した事を知ってライダーの力量を見誤っていたと感じたのか、凛はしきりに私を気遣う言葉をかけてくれる。まるで凛を心配してばかりの私を咎めるように。

(……判りました。凛、彼の奥の手はまだ有ります。気を付けて!)
(オッケー。気を引き締めてかかるわ)

 念話から彼女の何時も通りの強気な姿勢が伝わってくる。彼女は強い。この程度の逆境などものともしないだろう。彼女がマスターで私は心強い限りだ。
 だがそれでも、やはり彼女を危険に晒してしまった自分が不甲斐ない。

「くっ、思った以上に遣りますね。アリア。まさかあの踏み込みに反撃されるとは」

 後悔の念に苛まれていても此方の事情など相手には関係ない。ライダーの声で私の心は即座に現実に引き戻される。今は悔やんでいる暇は、無い。
 ライダーはじっと室外機の上から動かない。機動力である足を撃ちぬいた為か、私の方も利き手をやられ、射撃精度が落ちているのを見透かしての事かは判らないが。

「ふ。拳銃というのは本来近距離で使われる物です。素人ならまだしも、達人が持つ拳銃は実質刃物となんら変わらない。覚えておく事です」

 右腕の激痛を堪えながら銃口を向け、表面上は顔に笑みを作ってそれに答える。
 そう。急所を一撃で撃ちぬけというなら難しくなるが、ナイフや剣を斬り下ろす動作、突く動作といったアクションに対し、銃はトリガーを絞るだけ。
 拳銃の利点は片手でも容易に扱える事。例え手が届くような至近距離であろうと、逆にエイミングに殆どタイムラグが無い状況では、銃は刃物以上に危険な武器となる。
 例え致命傷にならずとも、その一撃が与えるダメージは十分な脅威になりうるからだ。
 そして更に恐ろしい点、それは追撃にかかる空白が極端に小さいという事。
 残弾が有る限りトリガーを絞ればコンマ一秒単位で二撃目、三撃目を撃てる。
 拳銃の難しい所は、少しでも銃口角度が悪ければ数メートル未満でも外れてしまう事。
 だが練達の人間がそんな間抜けなミスを犯す事は殆ど無い。
 そして、そんな練達はまず間違いなく、近接格闘においての達人でもある。つまり刃物のように銃を扱うのだ。

“良いかアルトリア。拳銃ってのは本来、近距離用の武器だ。重さ一キロを超える鉄の塊だという事を忘れるな。弾が入っていないからといって油断するな。ナイフの方が早い、なんてのも幻想だ。至近距離なら尚更銃は危険だ。狙う必要も無いんだからな。ナイフで下手に突き刺すよりも早い。ただ拳を前に向けてトリガーを引くだけで良いんだからな”

 それが私にこの技術を教授してくれた鬼教官の言葉だ。彼の実力は本当に凄かった。鬼教官とはよく言ったもので、その実力はまさに鬼の如し。
 多様な武術を修練し、剣術では負けた事が無かった私でさえ、最初は一瞬で落とされた。
 手も足も出なかった。本当に未知との遭遇だったのだ。完全に動きを読まれ、捌かれ、身体の自由を奪われた私の眼前に、ピタリと銃口を向けられたあの瞬間は、弾が入っていないと判っていても死の恐怖を覚えたものだ。

「…………ふむ」

 斬られた箇所に手をやり、負傷の程度を見る。傷は肘上から肩まで縦に走っている。
 範囲が広いだけに出血も多かったが……大丈夫。動脈までは達して無い。神経も腱も無事、かなり筋を絶たれて動かし辛かったが腕は動く。
 鞘の加護も働いている。痛みはまだ相当強いが、もう切断された組織は殆どが修復され始めている。この鞘には前世から助けてもらってばかりだ。
 まったく、ダム・ド・ラック(湖の貴婦人)には頭が上がりませんね。

「驚いた。もう回復しているのですか。いくらサーヴァントだからとはいえ、そのスピードは異常でしょう」
「おや、アーチャーから私の能力を聞いていたのでは無かったのですかライダー?」
「伝え聞くのと実際に見るのとでは全然違います。貴女のそれは外面を繕うだけでなく、完全に“傷”そのものが癒えている。サーヴァントの自動修復では表層はともかく、完全治癒なら最低でも数時間は掛かる筈の傷だったのに」

 その通りだ。私にも備わっているサーヴァントとしての自己修復力では、治るのに最低でも半日は掛かろう。治療の為の魔法陣に入っても、こんな短時間には不可能だ。
 セイバーにも驚異的な自己治癒能力があるが、私の鞘はそれ以上の“傷を拒絶する概念”そのものだ。この鞘が完全にその真価を発揮すれば、そもそも傷を負う事さえ無い。

「ええ。貴女とは違うということです。その足、まだ治っていないのでしょう?」

 彼女の方も傷は既に跡形も無い。だが内部にはまだ銃弾による永久空洞や瞬間空洞による損傷の跡が、癒えずに残っている事だろう。特にホロー・ポイントは大きな瞬間空洞を体内に生み出す。肉体組織に与える損傷とショックは相当に強い。

「ふ。この程度で私の足を封じられると思ったら大間違いです」
「なら、試してみましょう!」

 見得を切るライダーへと再び銃口をポイントし、撃つ。だが宣言通りその瞬発力で室外機の上から消える。コンマ何秒のズレで彼女の居た空間をブレットが虚しく駆け抜ける。
 屋上の空間から消えたライダーは既に向かいのビルの上。そのシルエットを追い。更に追撃の連射を浴びせる。

「フッ。当たりませんよ、そんなノロい弾じゃ」

 屋上を足場に常人では想像もつかないスピードでビルの間を飛びまわるライダー。何発撃っても、僅かにミリ何秒遅くライダーの体に命中させられない。
 流石にアーチャーじゃない私の腕では、あれほどの俊足の相手に当てるのは難しい。しかも距離がある。距離が開けば開くほど、発射から到達までの猶予は伸びる。
 亜音速の45ACPでは五十メートル以上離れた相手に届くにはコンマ二秒程掛かる。
 それだけあればライダーなら避けるぐらい造作も無い。ライダーはそのままビルの広告塔の陰に消える。

「追ってこい、という事ですか」

 追走劇の役が逆転する。今度は私が追う側。だが足は明らかに逃げる彼女の方が上だ。
 さてどうするか。45口径程度じゃ距離を開けた彼女には通用しそうに無い。

「FN・P90」

 ならば、此方も足の速い弾薬を使うのみ。取り回しの事も考えて小型なP90を選ぶ。
 センサテック製の冷たすぎないストックを握り、私も彼女を追い隣のビルへと跳躍する。

「っ!!」

 ビルの陰に逃げ消えるライダーを追い、雑居ビルを幾つか渡った所だった。次のビルへ跳ぼうとした私の目の前を横手からライダーが掠め跳ぶ。奴め、此方の動きを読んで回り込み、待ち伏せを仕掛けてきたか。幸い直前に嫌な気配を感じブレーキをかけた為、彼女の凶刃は私の鼻先数センチを掠め空振りに終わった。

「ふう、危なかった」
「ちい。勘が良いですね貴女」

 道路向こうの大きな広告看板の下に着地したライダーが悔しげに言う。

「特殊部隊出を余り舐めないほうが良いですよ」

 私は言うより早くP90のダットサイトに彼女を捉えトリガーを絞る。声に重なり辺りに軽量高速徹甲弾の高く乾いた咆哮を上げ、一気に数十発という牙が放たれる。

「!! ぐうっ、ぅああっあああっ!?」

 今度のは先のドングリ弾とは訳が違いますよライダー。秒速七百メートル強、実に音速の二倍を超えたスピードで襲い掛かる弾丸の雨だ。
 跳び逃げようともこの弾幕から逃れるのは簡単な事ではありませんよ!
 逃れようと跳躍する彼女を追って狙点をずらし、広がった弾幕が獲物を絡め取る。
 これには流石のライダーも避けきれず、全身に弾丸を浴びて闇夜に赤い花を撒き散らす。

「……くっ! まだそんな手を隠し持っていましたか」
「っ! 逃げられたかっ」

 だがあれでもまだ致命傷にはならず、辛うじて弾幕から逃れ夜空に舞い跳ぶライダー。
 ジグザグにビルの間を跳躍し、ライダーは周囲で一際高いビルの看板の上に跳ね登る。
 手足だけでなく胴体にも数発は命中した筈だが、それでもなお跳んで逃げられるとは大したしぶとさだ。ランサーといい、俊足の英霊達を撃ち落とすのは相当骨が折れる。

「ぐふっ……! ちっ、臓腑まで……。まったく、やってくれますねアリア。こうなっては、奥の手を出すしかないじゃ……ゲホッ……ありませんか」

 彼女は看板を自身の血で汚しながら、釘剣を手に妖しげな冷笑を浮かべていた。

「この子を出すには結界を解除する必要が有る。手間暇掛けて張ったというのに、ばれたらマスターに何を言われるか……まったく手を焼かせてくれますね貴女は」
「ふ。別に解けとは要求していませんよ。貴女を屠ればあれも消えるのだから」

 ダットサイトの光点の向こうで無防備にその身を晒すライダー。今撃てば確実に仕留められる。だが、それが下策に思えてならない。自分の手で最悪の結果を引き出す事になりかねない。彼女はアレを出す気だ。今までの彼女が嘘に思えるほど、彼女の魔力が高まっている。もう結界は解かれたらしい。拙いな。今の私にアレが耐えられるか。

「そう釣れない事を言わないで。喜んで。私は貴女の強さを認めたという事です。貴女は私の誘いに乗って手の内を見せてくれたのだから、私も全力をもって挑まなければ貴女に失礼というものでしょう?」

 フフフと自信に満ちた妖しげな笑みを浮かべながら朗々と語る。ライダーめ、私の耐久力では彼女の愛馬には敵わないだろうと見透かしてくるか。

「……良いでしょう。見せてみなさいライダー。貴女の本気という物を!」

 幸い、此処はあのビルの天辺とは違う。縦にも横にも逃げ場はある。後は脚力勝負だ。

「では見せましょう。冥土の土産にこれを見納めて逝きなさい!!」

 雄雄しく口上を謳い、ライダーが自らの首を釘剣で掻っ切る。その首から迸る鮮血と全身から流れ続けている血が空中に固着、丸く円を描き始め、血の魔法陣が彼女の前に展開されてゆく。魔法陣の中心にギョロリと見開いた目が現れた瞬間、カッと眩い光が辺りを包みこんだ。
 ――拙い!! 理性より先に本能が回避行動を四肢に下していた。咄嗟に隣のビルへと跳び退いていたお陰でなんとか直撃を避ける。私が直前まで居た場所は所々が焦げつき煙を上げ、一瞬で無残に破壊されてゆく。
 その光景を視界の隅に捕らえながら、ビルの谷間へと放り出された体は重力に引かれ、真っ逆さまに路地へと吸い込まれる。

「はっ!」

 向かいのビルを蹴り、ビルの間を三角跳びで駆け下り、路地へと着地する。
 上空を見上げれば、そこには青白い光跡を引いたペガサスに跨ったライダーが、余裕の表情を浮かべ浮んでいた。

「ほう、間一髪避けましたか。意外に良い足をしていますね、アリア。大した物です。ですが、何時まで避けられますか!!」

 再び追っ手と獲物が入れ替わる。また私は彼女から狩られる側になった。
 再びライダーが滑空を開始する。こんな狭い路地目掛けて、上空から一気に駆け下りてくる白い彗星。まともに食らったらひとたまりも無い。

「避けるしかないでしょうっ!!」

 吐き捨てるように答えて足に目一杯魔力を回す。魔力放出のブースト効果を相乗させて瞬発力を高め、身を投げ出した。地を転がり横手に伸びる細い路地へと身を躍らせる。
 直後、後ろの路地を駆け抜ける光の奔流と熱、爆風。膨大な熱量に蹂躙された路地は窓という窓が割れ、標識などの柱や配管は拉げ曲がり、コンクリートの壁面も擦り削られたように抉られ、ひび割れた傷跡は焼け焦げ煤だらけ。見るも無残な光景となっていた。

「っ……。デタラメなエネルギーですね、まったく」

 彼女の死角を縫うように路地をジグザグに走る。彼女の方は位置を特定しやすい。何せあれ程の魔力と光、熱量を発しながら飛んでいるのだ。
 そして死角からビルの壁面を駆け上がり、屋上へと登る。狭く逃げ道の少ない路地よりはまだ見つかっても自由に逃げられる上に居る方が安全だ。
 横道の無い場所で見つかって特攻されたら命は無い。上に逃げようにも容易く軌道修正して撥ね飛ばされるだろう。あれだけの魔力の塊だ、決して長時間の行使は出来ない筈。
 彼女の宝具ベルレフォーンによる最大級の特攻。あれを凌げさえすれば、後は何とかなる。問題は、それまでは私の武器が殆ど役に立たないという事だ。
 相手は時速数百キロで飛び回り、あっという間に距離を離され、有効射程外へと逃げられてしまう。擦れ違い様に撃てれば当たりはするだろう。
 だが、ライダー単身ならまだしも、膨大な熱量の塊となって突進してくるペガサスが相手では、無謀な自殺行為にしかならない。詰まる所、避けるだけで精一杯だ。
 それにペガサスの加護により防御力も高められているらしく、恐らく小銃弾程度では蚊が刺した程度にしかならないだろう。
 歩兵用の小銃弾程度では、戦闘ヘリに殆ど通用しないのと同じ。流石に生身で航空戦力と遣り合うには、一歩兵の武器では辛い。

「ん? 待て……光と、熱?」

 そこで閃く。有るではないか。高速で飛び回る彼女を確実に落とせる唯一の武器が!
 ライダーの滑空を辛くも避け、ビルの屋上を飛び石のように渡りながら私の支援AIに指示を飛ばす。

「K教授! タイムシークェンス三十七秒前プラマイ五秒のゴーグル・アイ画像表示!!」
“了解、表示”

 私のヘッドセット、サングラス型のHUDのブリッジ部分に搭載されている小さなCCDカメラの映像記録から、先程のペガサスに乗ったライダーの画像を抜き出す。

「これだ。この光るシルエットを切り抜け。もっとトリミングして、もう一段!」
“了解。コレで構いませんか?”
「よし、十分だ! それをスティンガーGのリプログラミングデータに追加ターゲットシルエットとしてアップデートファイル作成!」
“了解、ファイル作成完了。FIM‐92Gリプログラムアプリケーション起動。FIM‐92の起動が未確認です。本体メインシステムの電源を起動して下さい”
「今出す!!」

 私が実際実戦で使った事のあるスティンガーミサイルを具現化し、肩に担ぐ。
 だがコレはこの時代の同じFIM‐92とは違う。陸自が持つ91式の優れたCCD画像認識システムを取り入れた発展型のG型。私の時代には主力となっている物だ。
 画像赤外線シーカーの他にCCDによってターゲットの像を捉え、追尾する事が出来る。
 人間のように複雑で動いてシルエットが変わりやすい標的は認識しにくいが、ペガサス、あのくらいシルエットがはっきりとしていれば、追尾用CCDセンサーが認識できる筈。
 その認識用の雛形画像データを今K教授に作らせたのだ。
 そして膨大な熱量を放出しているペガサスは、それだけで十分夜空の中ではくっきりと赤外線画像に浮かび上がる。当然赤外線シーカーはそれを捉えられるだろう。
 本体のBCUユニットを起動させ、メインシステムの電源をオンにする。ピッと小さな電子音を奏でてスティンガー・ミサイルの電子機器が眠りから覚める。

“チェック……メインフレーム、スタンバイ……O.K. 追加ターゲットアップデート”

 AIが無電で電子機器と通信し、新しい標的のデータを電送していく。

“……アップデート完了”
「IFFは切れ、今は意味が無い!」
“了解、IFFシステム、オフリンク。何時でもどうぞ”

 兄譲りなのか、小粋な口調でそう告げてくるK教授。
 よし、準備は整った。後は迎え撃つだけだ!

「何をする心算か知りませんが、無駄な足掻きはおよしなさい!」
「おっと!?」

 横手から猛スピードで彗星が体当たりしてくる。間一髪で避けられたが、危うく轢かれる所だった。スピードが付き過ぎていた為か、かなりの距離を通り過ぎて行く。
 だが今までと違い今度は旋回して戻ってくる事は無く、そのまま大きく弧を描き上空千メートル以上、雲の上まで上って行く。
 おそらく次で決めに来る。あの飛翔はベルレフォーンを使い加速するべく、上空からの滑走距離を稼ぐ為だ。
 私もライダーを迎え撃つべく、小高いビルの屋上へと上がる。上空へと昇ったライダーはそのまま大きく弧を描き旋回し続けている。特攻のタイミングを計っているのだ。
 此方もどの方角から特攻されても対処出来るよう、視界は広く取れるほうが良い。
 そうして上がったビルの上から、遥か遠方に丁度アーチャー、そしてその向こうにバーサーカーの姿が見て取れた。丁度此処は最初の交差点からオフィス街へと向かう道路側の市街地で、緩く曲がって伸びる大通りに対し、此処は道路をその進行方向に真っ直ぐ見渡せる位置にあったようだ。手前にアーチャー、その奥に凛達とバーサーカー。
 そしてその手前にセイバー。向こうにいる全ての役者が此処から一望できる。

「おお? 此処は意外に……!」

 思わず唇から澄んだ音色が響く。軽く口笛を吹きたくなる程に好条件だったのだ。
 射線軸上周囲に障害物無し。射角も程々。問題なのは距離が八百メートル前後とやや遠い事だけ。それ以外は絶好の狙撃ポイントだ。

「此処からなら彼女達を支援出来るかも知れませんね」

 そんな事を思っているうちに上空で動きがあった。旋回を止め、ペガサスが滑空を開始したのだ。駆け落ちてくる白光の彗星は一際その輝きを増し、一気にスピードに乗る。

「騎英の(ベルレ)――――」

 声など聞こえる筈が無い高さから――

「――――手綱(フォーン)…………!!!!!」

 聞こえる筈の無い真名を開放する“声”が木霊する。

「来いライダー。この一射、避けられるものなら避けてみろ!!」

 私は真っ直ぐ落ちてくる白光の流星をサイトスコープのレティクルに捉え、ミサイルのシーカーが標的を捉えた事を示す電子音と、赤く光るレティクルと、レンズ上に表示されたLOCK・ONの文字を確認し、躊躇う事無くトリガーを引き絞る。
 ボシュ! と発射ガスを後方に噴出し、勢い良く約十メートル前方に飛び出したミサイルのロケットモーターが点火し、一気に音速の壁を超えて更に加速する。
 スティンガーの画像赤外線シーカー、CCDは的確に天馬を捉え、真っ直ぐに彗星目掛けて夜空を駆け昇ってゆく。

『!?』

 感じる筈の無い、ライダーの息を呑む音さえ聞こえる錯覚。その直後に、真っ直ぐ落ちてこようとしていた彗星の軌道が、強引に横へと捻じ曲げられる。
 無駄だ、もう逃げられはしない。飛翔するミサイルは軌道を曲げた彗星に反応して、即座に自身の軌道を修正する。伊達で“ミサイル”と呼ばれている訳では無い。
 スティンガーの最高速度はマッハ2.2に至る。本来が航空機や戦闘ヘリを撃墜する為に作られた個人携行用『地対空ミサイル』なのだ。
 天馬が如何に駿馬と言えど、その特攻速度は目算でも、精々時速五百キロ強といったところ。旧式のレシプロ戦闘機並のスピードでは、その四倍以上のスピードで追尾する超音速の猟犬を振り切る事など出来はしない。
 担いでいた発射器を下ろし、後はミサイルが彼女を撃墜するまでを見届ける心算で居たその時だ。深い深海のような青い夜空に白煙の軌跡を描いて、逃げるペガサスに後鼻先僅かで届こうとしたスティンガーを、突然彼方から飛来する紅い光跡が貫いた!

「なっ!?」

 あと数十センチも無い程にまで肉薄していた、そのギリギリの所で何者かの迎撃を受け、スティンガーは派手に爆炎と光、熱、衝撃派を破片と共に放ち四散する。
 直撃はさせられなかったが至近距離での炸裂だ。ライダーの姿はペガサス共々、スティンガーが生み出した爆炎の中に消えた。例え生き延びられたとしても瀕死の重傷は免れないだろう。それよりも、今のインターセプターを放ったのは……!?
 考えるまでも無い。そんな真似が出来る者など、この戦場には彼一人しか居ない。

「アーチャー!」

 即座にアーチャーの方を振り返る。遥か八百メートル先で空目掛けて矢を放った弓をいまだ掲げたまま、残身の体勢を取っているアーチャーの姿がそこに有った。

 ――今のは、“赤原猟犬(フルンディング)”だろう。超音速で飛ぶミサイルを後から追撃してあの短時間で撃ち落とせる一射となると、あれぐらいしかない――

 私の鞘の中から彼がそう説明してくれる。彼が持つ宝具射撃の中でも、最大威力では現代の戦車砲さえ軽く超える破壊力を持つ宝具。その初速は優にマッハ11を下らない。

「!! こっちを睨んできた……」
 ――奴め、敵愾心向き出しか、まったく。君が誰なのかも知らずに――

 彼が鞘の中からそう毒づいたのとほぼ同時だったか。
 殺気を隠しもせず、ぐるりと体を回してバーサーカー達の方へと向き直り、再び弓を射掛けだした。だが、その矢は只の矢ではなく、また、標的もバーサーカーでは無かった。

「――――っ!!」

 甲高い轟音を奏でてアスファルトに深々と突き刺さる“矢”。
 それは凛達とイリヤスフィールを分けるように、彼女らの足元へと突き立てられた。

(え、なっ……!)
(ちょっ!? 嘘、ヤバッ――逃げて!!)

 今までの彼の砲撃じみた一射からすれば、明らかに着弾の破壊力が地味すぎるというのに、凛もイリヤスフィールも、また、その場に合流していたセイバー達も、その“矢”そのものに本能的な危険を感じてか、咄嗟にその場から逃げ出してしまった。
 無理も無い、そこに突き立ったのは矢ではなく、剣。それは紛れも無く宝具。音に聞くような伝説の剣の一つだったからだ。彼の奥の手であるブロークンファンタズム。
 先程その威力を目の当たりにした凛は勿論の事、その光景を見ていたであろうイリヤスフィールもまた、目の前に爆弾と化す剣を突き立てられれば、その危機に戦慄を覚えずには居られないだろう。

「なっ、駄目っ――――!!」

 思わずそんな声が口を吐いて出る。だが、魔術で感覚共有をしている凛は兎も角、イリヤスフィールにまで私の声が届く筈も無い。彼女らは遥か遠方に居るのだから。

(ブラフです、凛!!)
(ちぃっ、……してやられた!!)
(早くあの子を!)
(判ってる!!)

 念話で凛に激を飛ばす。だが、彼女もいったん跳び退いて体制が崩れたままで、即座に彼女を連れ戻しには戻れない。
 
(わっわっ、えっ? きゃあ!?)
(駄目っ、戻ってイリヤ!!)

 凛が叫ぶも、既に遅かった。アーチャーの矢は逃げる彼女を追うように、次々に彼女の足元を射抜きアスファルトを抉ってゆく。それは彼女の逃げ道を狭めて、後方へ後方へと逃げ惑う彼女を誘導してゆく為だ。
 絶え間無く射ち込まれ続け、冷静な判断力を取り戻す暇も無く、イリヤスフィールはまんまと、泥が触手が容易く届くクライシスエリアの深部へと追い詰められてしまった。

「いけない、駄目――――!!」

 目の前にのこのこ現れた美味しそうな餌を、泥が見逃す筈も無い。忽ちに黒い水溜りから漆黒の蔓が無数に伸び、彼女に襲い掛かる。
 だが、彼もまた、彼女がそんなものに襲われる事など、黙って見過ごす筈が無い。

(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!!!)

 凛の耳を通して聞こえる怒号。そう、バーサーカーの咆哮だ。彼がイリヤスフィールの前に飛び込み、彼女を庇い救った。だが代わりに、彼自身がその触手に全身を蝕まれる事になってしまった。そう、それこそがアーチャーの狙いだったのだ。

「くそっ……!! なんて事……バーサーカーが奴に取り込まれる!」

 米神が引き攣るのを感じ、思わず頭を抱えて顔を顰める。拙い事態になってしまった。
 なんとしてもこの事態だけは避けたかったのに!

「ちぃっ――――バーレット!!」

 慌てて腕の中に対物ライフルを具現化させる。バーレットM82A1。対人用として使うには余りに苛烈過ぎる威力故、アンチ・マテリアル・ライフルと呼ばれる代物。
 蘇った約十三キロの鉄の塊をバイポッドで屋上パラペットの上に懸架させ、その場に低く構える。焦る心を強引に捻じ伏せて、私は標的をスコープのレティクルの中に捉えた。

「くっ……」

 レンズの向こうには、泥の蔦によって手足は愚か、全身を侵される巨人の姿があった。


**************************************************************


 突然背後の方で大きな魔力を感じ、振り返ったその先に居たのは、天馬だった。
 私の居るここからではその姿は唯の光る点にしか見えないが、アリアの目を通してその圧倒的な存在感を放つ姿がその正体だと判る。

「なんて、出鱈目な神秘の塊……」

 既に現代では存在さえ確認出来ない程現世とかけ離れてしまった幻想種。美しいと溜息さえ零れそうなその翼を持つ白亜の馬、ペガサス。
 アリアから聞いてはいたけれど、実際に目にするとその存在感には心奪われるものがある。幻想種とは良く言ったものだわ。
 ただ、ペガサス自身は決して幻想種の中では高い神格ではない。しかし、今上空を舞うアレは此処からでもその魔力の強さを感じ取れる。
 恐らくは軽く千年を超える年月を超えた個体。その神格は幻想種の頂点たる竜種に届かんとしている……! それはつまり――

「アリアが……危ない!?」
「――いけません、凛!!」

 突然の怒声と迸る魔力の余波。セイバーが咄嗟に飛び込んで私を護り、泥の触手を斬り飛ばしてくれたのだ。

「ご、ごめん、セイバー」
「余所見をしている暇はありませんよ! アリアならきっと大丈夫です」
「ええ、そうね。あの泥め、魔力の塊とみたら見境無しだものね」

 そう。私達が援護に駆けつけた事で、逆に私達も奴の標的にされたのだ。特に破格の魔力の塊であるセイバーや、魔術師である私、そしてバーサーカーを御しきるポテンシャルを持つイリヤスフィール。この三人は常にあの泥から狙われている。
 私達にはアリアやアーチャーのように遠くから攻撃出来るような術を殆ど持っていない。
 ガンド程度では利きもしないし、遠距離攻撃に向く魔術もあるけれど、泥の方も触手は意外に射程が広く、私も魔術の射程の関係上、あまり大きく離れる事も出来ない。
 格闘戦が主体のセイバーなど尚の事。何より、強情を張るイリヤスフィールを無理矢理にでも逃がす為に、私達は一度彼女の側まで踏み込まなければならなかった。
 結果、私達は今、全員が泥の射程範囲内。つまりもっとも危険な領域に居る。
 だけど、一人だけ妙なのが士郎だ。魔力もそこそこで大して魅力的でもないだろうに、何故か彼もまた私達と同じ位に狙われている。
 お陰で対した防御策も無い彼を護る為に、セイバーが護衛に付きっ切りとなるしかない。

「く、おっ! このっ!!」
「いけない!!」
「戻って!!」

 今もまた、セイバーが抜けた事で士郎が触手に襲われようとしている。

「はああああっ!!!」

 セイバーが気勢と共に士郎に襲い掛かる触手を一刀に伏す。切り払われた触手は千々に砕けて宙に溶けて消えていった。
 セイバーは巧みに地面の黒い滲みを避けながら、バーサーカーに襲い掛かるアーチャーの矢を次々に弾き飛ばしてゆく。

「バーサーカー……早く、早く逃げるのぉ!」
「ちぃっ――喰らえDer vierte, der fünfte,bewirken Sie Multiplikation(四番、五番、効果相乗)!!」

 イリヤスフィールの悲壮な声に急かされて、取って置きの宝石の内の二個を黒い水溜りに叩き込む。尚も続くアーチャーの妨害射撃で、バーサーカーは中々離脱出来ずに居る。 
 セイバーはずっとアーチャーの狙撃を防ぎに回っているけれど、自身のみならず、士郎まで泥に狙われている。そのため防戦に回らざるを得ず、矢の迎撃に専念出来ない。
 その穴を埋める事が出来るのは現状私だけ。アーチャーの矢は私には防げない。だから私の役割は泥の迎撃。けど、ちょっとやそっとの攻撃じゃ焼け石に水。
 結果、取って置きの宝石を使うしかない……くそう、散財だわよまったく!
 泥も決してじっとしていてはくれない。知恵など無い、本能の向くままに活動しているだけの筈だろうが、その動きは嫌に的を得ていてやりづらい。
 バーサーカーだけでなく私達にまで襲い掛かってくる為、泥の方も常に移動している。

「ちっ……こっちもあっちも、まったく厄介な相手よね」

 誰に言うでもなく、一人ごちる。脳裏に流れるアリアの視聴覚が彼女の状況を伝えてくる。はっきり言ってキツイ……防戦一方じゃないの。
 でも……ラインから感じる。彼女の心に諦めや絶望なんて微塵も無い。

「向こうが頑張ってるんだから、こっちも負けちゃいられないわよね!」

 ポケットから三番の宝石を取り出して、投げる。

「祖は稲妻の鉄槌(Es ist ein Hammer des Blitzes)!」

 投げた宝石から雷光が奔り、辺りにはまるで小さな落雷のごとき轟音が轟く。真っ直ぐ横に伸びた不可思議な稲妻がセイバーの背後に回ろうとしていた触手を撃ち貫く。

「感謝します、凛!」
「絶対全員で切り抜けるわよ、セイバー!」
「はいっ!!」

 そう励ましながらバーサーカーの援護に戻ろうとしたその時だ。
 上空で一際大きな魔力を感じた。

「!? ……あれは」
「ライダーの宝具ね」

 私の後ろでイリヤスフィールがぼそりと答える。そうか、あのペガサスを見て、既に宝具を使用しているものと勝手に思っていた。

『ベルレ――――フォーン!!!!』

 マスターだからなのか、距離的に聞こえるはずの無い声が耳に届く。

「ベルレフォーン! やばい、アリア!?」

 でもそれは勘違いだった。まだライダーは宝具を使っていなかったんだ! 今まででさえ、アリアは防戦に徹するしかなかったっていうのに……それ以上でこられたら……!?
 思わずアリアが居る筈の方向を望み見る。と、その瞬間、脳裏にアリアの声が反響する。

(来いライダー。この一射、避けられるものなら避けてみろ!!)

 遠くに見える小高いビルの上から、何かが白煙を引いて夜空に駆け上がる。アリアの目を通して、ソレが何なのか理解した。ミサイルだ。

「アリア……!」

 瞬く間に上空高く駆け上がるミサイル。それに気付いたライダーが逃れようと急旋回するけれど、追尾性能を持つミサイルは空中で軌道を変え、逃げる天馬に肉薄する。
 あれなら……いける!?
 そう確信しかけたその時だ。後一歩と言うところで、突然に大きな魔力を感じた。

『赤原猟犬(フルンディング)!!』

 響き渡るアーチャーの声。真名開放の言霊がビル街に木霊する。直後、一筋の赤い光が奔り、ミサイルを撃ち貫いた。閃く閃光、直後に轟く轟音が私の心臓を揺さぶる。
 まるで花火。いや、そんな心地良い音じゃない。花火よりも遥かに強い破壊力を持つ爆発。その音は騒々しく、破壊の凄まじさを物語るかのような爆音だった。

「なっ!?」
「何だ!?」
「うわっ!?」
「ひゃっ!!」

 その耳を劈くような爆音に、この場にいた全員が何事かと驚いた。そう、私だけじゃなくイリヤスフィールや、セイバーまでも。
 セイバー達が触手に警戒を払いながら私の近くまで駆け寄ってきた。

「凛、状況を。今のは一体?」
「今のって、アリアのか?」

 迎撃された。……信じられない。ミサイルはライダーの特攻よりも遥かに速いスピードだったのに。いとも容易く後から迎撃された。

「そうよ、アリアのミサイル攻撃。だけど、アーチャーに迎撃された」
「何だって!?」
「直前だったから、ライダーは爆発に呑まれたようだけど……直撃じゃなかったから、完全に倒せたかどうか……」
「そうですか……」

 そう落胆の色を滲ませながらセイバーも爆煙の名残を見上げる。替わりに私の方は視線を下に、アーチャーの方へと下ろした。と、ほぼ同時だった。

「!! なっ!?」
「!?」

 空気を切り裂き、一瞬で私達の足元へと、何かが突き刺さった!

「え、なっ……!」
「くっシロウ!!」
「ちょっ!? 嘘、ヤバッ――逃げて!!」
「え、あ……」

 私達の足元に刺さった物。それは矢ではなく、剣だった。

(これはアーチャーの投影宝具……!! やばい、爆発するっ!?)

 多分、この場に居た誰もがそう思った。思ってしまったんだろう。私が逃げてと口走ってしまう前に、全員が逃げる体制をとっていた。セイバーも、咄嗟の事で士郎を庇う事しか出来なかった。ただ、この中で只一人、イリヤスフィールだけが僅かに逃げ遅れた。

「しまっ……!!」

 拙い。イリヤスフィールは純粋に魔術師としては桁違いな実力者だけど、その分身体能力的には外見相応だったらしい。
 私達に一瞬遅れて飛び退くも、年相応かそれ以下しかなさそうな筋力では満足に逃げ切れない。そんな彼女の足元に、追い討ちするように矢が飛んでくる。

(ブラフです、凛!!)

 突然、アリアが念話で叫んできた。

(ちぃっ、……してやられた!!)

 そうか、コレは私達をあの子から引き剥がす為のフェイント! 奴の目的はあの子を餌に使ってバーサーカーを釣る事か!!

(早くあの子を!)
(判ってる!!)

 次々と逃げる足元、飛び退こうとする先へと矢が射ち込まれる。イリヤスフィールはその矢の誘導に巧みに操られて、どんどん泥の方へと誘き出されてゆく。

「わっわっ、えっ? きゃあ!?」
「駄目っ、戻ってイリヤ!!」

 かろうじて叫ぶも、既に遅い。既に彼女は泥のすぐ側まで追いやられていた。泥の触手が彼女へと向けられる。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!!!」

 巨人の咆哮が轟く。バーサーカーがイリヤスフィールを庇い、泥の前に立ちはだかった。
 彼女目掛けて襲い掛かる触手が、バーサーカーの巨体に突き刺さる。

「ば、バーサーカー!!」

 イリヤスフィールが悲痛な声を上げる。終わった。バーサーカーはもう駄目だ。見る間に黒い呪いに汚染されてゆくバーサーカーの巨躯が、ただ巌の如く立ち尽くしていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.035562038421631