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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:1eb0ed82 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/15 20:04
 居間を離れて数分が経つ。和室に布団を敷き、藤ねえを寝かせて、一息ついた俺達はそのまますぐ居間には戻らず、今は俺の部屋に居る。

「シロウ、如何したのですか? 何かを取りに寄った訳でも無さそうですが」
「ん、ああ。ちょっとな。ここらで俺達だけで話をする機会を作ってもいいんじゃないかなって思ってさ。大丈夫、アリアならコッチの意向は汲んでくれるさ」
「そうですか。それは妙案です」

 正確には、俺の方が彼女の事を気遣って二人だけの時間をあげようと思ったんだけどな。
 何しろ、夕方に聞いた話は余りに突然過ぎたし、余りにも彼女の内面に立ち入り過ぎた内容だったからだ。以前言ってたけど、遠坂はアリアの正体も過去も知らないらしい。
 それなのにその秘密を自分のマスターに明かすより先に、俺達にまで同時に明かしてしまうなんて事になったら、遠坂の立場がなくなってしまうと思ったから。

「それで、如何いった話をしましょう。敵サーヴァント達に対する考察などでしょうか」
「ああ、いや。それは皆でしたほうがいいだろう。そういうことじゃなくてさ、そうだな……セイバーってさ、生前どんな生活してたのかとかさ」
「生前の生活……ですか?」
「うん。いやさ、考えてみたら、俺、セイバーの事何にも知らないだろ? だからちょっと気になって。悪い、つまんない事聞いちまったか?」

 特に込み入って話したい事が有った訳じゃないから、つい咄嗟に思いついた事を聞いてしまった。いや、確かに気にはなってたんだけど。

「いえ、そうですね。私はずっと剣に生きて来ましたから、そう特に人に聞かせて、楽しんでもらえるような華やかな事は無いと思いますが……」
「ずっとって、何時から?」
「物心付いた時には、既に。私は生まれた時から剣を与えられた騎士ですから」
「じゃあ、ずっと今みたいに騎士として生きてきたってのか、女の子として普通に過ごした事も無く?」
「はい。私が女だという事は常に隠して生きてきました。最も、戦乱の世です。強ければ私が男だろうが女だろうが、そんな事は誰も気にも留めなかった」
「なんだよ、それ……セイバーは誰が如何見たって女の子だ。世が世なら、絶対男達を虜にしてるくらいの……」

 反論してるうちに自分がとんでもない事を口走ってる事に気付いて、顔から火が出そうになった。

「? 良く判りませんが、私には性別を偽り、男として振舞う必要がありました。ですから女として生きる事など、不可能な事です」
「確かに、伝説に聞く騎士たちは皆大体男だもんな。セイバーみたいに女の子が騎士として戦っていたなんて、あんまりピンと来ない」
「そういうことです。事実、当時も私のようなケースは他に聞いた事は無い。恐らく私だけだったのでしょう」
「そうか。苦労、してたんだな」
「苦労だと感じた事は有りません。私にとってはそれが当然の事でしたから」

 事も無げに淡々とそう告げるセイバー。
 そんな彼女の姿に何を感じたのか、胸の奥に何かがチクリと刺さるような痛みが走った。
 だが、それを追求しても、今の彼女と俺ではきっと永久に平行線なんだろう。

「そうなのか。まあ、その話はここまでにしよう。……と、そうだ。一つ聞き忘れていたんだけど、良いかな」
「はい。なんでしょう?」
「うん、セイバーは聖杯を求めて、この戦争に参加しているんだよな。いや、聖杯に興味が無い俺が聞いて良い事じゃないかもしれないんだけど、セイバーはどうして聖杯を求めているのかなって」

 そう、ずっとドタバタしててちゃんと聞いたことは無かった。

「聖杯を求める理由、ですか? ただ欲しいから、ではいけないのでしょうか。聖杯は万能の器と聞きます。手に入れればどんな願いだろうと叶えられる。それを求める事にそれ以上の理由などありません」
「いや、――――違う。そうじゃなくてだな……セイバー、判ってて誤魔化してるだろ」
「え、ぁ――――」
「万能だから欲しい? それはセイバーが求める理由じゃなくて、目的の為に聖杯を選んだ理由だろ。セイバーがその万能の聖杯に、何を望んでいるのかが知りたいんだ」
「シロウ、それは……」

 俺に指摘されて言い難そうに口ごもる。
 しまったな、セイバーを問い詰めたい訳じゃ無かったんだが。

「セイバーが話したくないなら言わなくて良い。人それぞれ事情はあるだろうし、自分の願いなんて、人に聞かれたくない物だってあるだろうしさ」
「――――――――」

 そう取り繕うが、セイバーは気まずそうに口を閉ざしてしまう。

「シロウ、それはマスターとしての命令ですか?」

 不意に、伏せていた顔を上げて、真剣な眼差しで彼女は問いかけてきた。

「え? い、いや違う。ただ気になっただけだ。変な事聞いて悪かった」
「……いえ。確かにサーヴァントとして、主に忠を誓うならば当然の事。貴方には己の望みを話しておかねばなりません。そういえば私だけでしたね、聖杯に願いを持つ者は」

 そういって彼女は一拍置いてから語りだす。

「シロウ。私が聖杯を望むのは、ある責務を果たす為です。生前に果たせなかった責任を果たす為の力を私は聖杯に望み、欲している」
「責任を果たす……? 生前って、サーヴァントになる前って事か?」
「……はい。ですが、私にも本当の所は、良く判らない。……私はただ、やり直しがしたいだけなのかもしれません」

 真っ直ぐな瞳で語っていた彼女が、静かに目を伏せる。
 それが一瞬だけ、己に惑い、懺悔をする迷い子のように見えた。




第二十話「兵士は秘めし回顧録を紐解く」




 居間に戻ってくると、何故かアリアがマウントを取られて擽りの刑を受けていた。

「り、凛、もう勘弁して下さいぃ。あは、あはははっひいっ止めっ……お願いですから」
「ダメ、勘弁しない。吐くまでやめないからね。さ~あ観念なさい? そぉれこれでもか」
「あっ駄目っそこは!? あはっひぁっ止めて下さっ……あ!」
「な、何やってんだ、二人とも?」
「何かの罰ですか?」
「え? あ…………」

 俺達に気付いた二人は目を点にして固まってしまった。いや、目を点にしたいのは俺達のほうだと思うんだが……。




「えー、こほん。さっきのは気にしないで。主の言う事を聞かない不良従者に軽くお仕置きしてただけだから」
「あはは、はぁ……まあ、そうらしいです。はあ、苦しかった。まあ、それはさておき。それでは、本題に入ります」

 わざとらしく咳払いをする遠坂と、彼女の横で苦笑しながら話を始めるアリア。
 心なしか本当に苦しそうだった。余程長い時間、擽り刑を受けていたのだろうか……。

「まず、夕方の話に戻りましょう。柳桐寺にはキャスターが拠点を構えています。そしてあの山門はアサシンが護っている」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは確かなのですかアリア。何故貴女がそんな事を知っているのです?」

 突然の暴露にセイバーが驚く。

「確かにシロウの話には柳桐寺に敵が居るとありましたが、何者かまでは知りえなかった筈。なのに貴女はそれがキャスターだと断言した。その上アサシンの情報まで」
「それだけではありませんよセイバー。彼らの他にも、ランサー、ライダー、アーチャー、バーサーカーの正体、そしてこの戦争の真実まで私は知っています」
「な!? そ、それはどういう……」

 セイバーの驚きはもっともだ。俺自身、アリアに秘密を明かされなければ同じように驚いていただろう。
 あ、という事は俺も今は一緒に驚いておかないと拙かっただろうか。
 今からでもフォローすべきだろう。そう考えて口を開く。

「一体何故そんな事まで知ってるんだ、アリア?」
「それを説明するには少々長くなってしまいますが、ちょっとした昔話をしましょう」
「昔話?」
「貴女の、よね?」

 セイバーがピクリと眉を動かし怪訝な顔をする。遠坂はアリアの言おうとする事が判っているようで、特に驚くことも無かった。遠坂はアリアの秘密は知らない筈だが、この様子だとさっき大まかにでも聞いたのかも知れない。よかった、二人っきりにしたのは正解だったかな。

「はい。今から私が喋る事は余りに突拍子も無く、普通に聞けば説得力の欠片もない出鱈目に思える事と思います。ですが、とりあえずお聞き下さい」

 そう前置きして、彼女は語り始めた。
 彼女の物語を。


**************************************************************


「私がサーヴァントやこの聖杯戦争の顛末を知っている理由。それは、私が嘗て、貴方達と共に、この第五次聖杯戦争を勝ち抜いたからです」
「「「なっ!?」」」
「……どういう事? 第五次って今よ、矛盾しちゃうじゃない」
「ちゃ、ちゃんと説明してくれ」

 私の暴露にとりあえず全員が驚きの声を上げる。だが、一際大きな声を張り上げ、本当に驚いていたのはセイバー唯一人。
 私の正体を知る凛や、ある程度の事情を知った士郎は見かけ上は驚いたふりをして続きを促してくれているにすぎない。

「そうですね。どう説明したものか、凛。貴女は平行世界という概念をご存知ですね?」
「ええ、勿論よ。遠坂の悲願は第二魔法、大師父シュバインオーグの辿り着いた平行世界の運営だもの」
「平行世界の、運営?」

 士郎が聞き慣れない言葉を凛に聞き返す。

「ええ。この世界には現状、魔術士にとって魔法と呼ばれている物が五つあるのは知ってる? 遠坂の悲願は、その第二の魔法。平行世界に干渉し、運営する術なのよ。それで、その平行世界っていうのは、今この世界と全く同じ、寸分違わないような無数の世界の事。それがこの世界と同時に複数存在しているの。その数は無数の可能性の数だけ存在する」
「ど、どういうことか、もうちょっと判りやすく頼む」

 凛の説明を受けるが、早くもちんぷんかんぷんだと目を回しそうになる士郎。
 その様子に小さくため息を付きながら、凛は宛ら学校の教師のように人差し指を立てて説明を続ける。

「例えばね、士郎は今から台所に行こうとする。またはお風呂を沸かしに行く。今から取る士郎の行動によって、お風呂にむかった士郎はうっかり滑って怪我をした、でも台所にいった士郎は何事も無くご飯を作っていられた。といった風に違う行動を取った場合にはまた違った結果となる未来が、実は幾つも存在するのよ。それが平行世界。私達が今居るこの世界と平行して、そういった無数の可能性によって枝分かれした同じような世界が幾つも存在するのよ」
「そ、そうなのか……なんだかややこしいな」
「パラレルワールドって単語、聴いたこと無い? 簡単に言えばそんな感じなんだけど」
「ああ、映画や小説なんかであるな。自分とそっくり同じ人間や世界があって、そこに迷い込んだりする話」
「お話では簡単に遣られちゃってるけど、平行世界への移動なんてはっきりいって魔法の域だから、可能なのは大師父シュバインオーグぐらいのものだけどね」
「そうなのか」

 凛の説明にようやく納得したらしいものの、士郎には現実味の無い話だからか、実感が無く呆けたような顔になっている。

「話を戻しますが、私はその平行世界の一つ、この世界とは少し違った可能性を辿った世界において、第五次聖杯戦争を経験したのです」
「一体どうやって……? 確かに、守護者は輪廻の輪から外されるとは聞いていますが、召喚されるのは本体の分身のようなもので、その記憶は直接次に受け継がれる事は無いはずです。前回の記憶を持っている私のような例外もあるようですが」

 セイバーが異論を唱えてくる。

「ええ。私は貴女とは違い、確かにこの戦争が終われば唯消え去るだけ。私の記憶は次に召喚される私に直接受け継がれる事は無く、私の座に“記録”として残るだけでしょう。ですから、私が経験したのは生前です」
「生前!? つまり、貴女はこの時代の人間だったという事ですか」
「そうなりますね」

 それは嘘だが、今はこの嘘を吐き通させてもらおう。流石に彼女に私の真実を突き付けるには、まだ時期尚早に思えるから。

「聖杯戦争を勝ち抜いた後、私は軍属という道を選びました。そして、ある理由から世界と契約し、守護者となった。それが今の私です。私がソルジャーというイレギュラー枠に填め込まれた理由は、恐らく生涯を唯の一兵卒として生きたからでしょう」
「そうはいっても、結構な軍歴だったんじゃないの、アリア?」
「ふふ、そうですね。軍属だった頃の最終階級は少佐でした」
「少佐って、立派に士官クラスじゃないか。何処が一兵卒なんだよ」

 何か納得がいかないような顔でそう小さく抗議してくる士郎。まあ、確かに卑下しすぎたきらいはあるかもしれませんが、私自身、そう軍の中で力を持っていた訳でもない。
 士官職と言えど、それは軍という大きな組織を動かす歯車の一つでしかない。
 この時代の中央集権型司令構造から幾分、下部指揮官まで作戦の決定権が与えられた分散並列型を最終的に中枢が統括する相互ネットワーク型司令構造に変わった私の時代でも、それはそう変わらなかった。
 特に私が生きた時代は、国同士が存亡を掛けて地獄と化すような巨大な戦争は無かった。
 現代でさえ時代は既に国家対国家ではなく、国家対テロリズムへと推移している。
 私の時代は既にそれが主流となっており、そんな中、英国SASの対テロ活動部署であるSP(スペシャル・プロジェクト・チーム)に所属していた私は国内外問わず、散発的に続く中規模の紛争地帯、その様々な戦場に兵士として赴いた。
 そう、私は所詮一兵卒に過ぎなかった。軍の歯車の一つでしかなかったのだ。
 それは紛れも無い事実なのだから。

「はは、そう自慢できるような階級でも無いでしょう。将官でもなければ、せめて大佐位まで上っていればまた違ったかもしれませんけれど。それに、私は現役時代は最後まで第一線に身を置いていましたから。軍という巨大な組織の中ではただの中堅。指揮官と言えど一兵士に過ぎません。それに、階級が上がれば逆に、作戦指揮官として参謀本部や作戦本部で机に縛られてしまう。それは私の意とする所では有りませんでしたし。それが現代の軍隊と言うものですよ。士郎君」
「む。……そうなのか」
「残念ながら。そういう理由もあって、現代ではアーサー王の円卓の騎士のような、中々心躍るような英雄譚は生まれ難いのですよ」
「――――」
「いや、まあ。アリアの言いたい事は判るよ」

 苦笑しながらそう私はそう締め括る。その言葉に少しだけセイバーが反応していた事には、彼は気付いていなかった。

「話が脱線しすぎましたね、本題に戻りましょう。この聖杯戦争と全てが同じとは言いませんが、私は自分が経験した聖杯戦争の顛末を知っている。だからこの戦争で共通している事柄は全て知っている。つまりそういう事です」
「ですが、私達の世界では生前の貴女らしき人物は見かけていませんね」
「ええ。恐らく私とは違って、ここ日本を訪れなかったのでしょう。私は旅行でこの地を訪れた際、サーヴァント達の戦闘に巻き込まれ、貴女達に助けられた」
「じゃあ、別にマスターだったわけじゃないんだな」
「ええ。何も知らない、唯の小さな子供でした」

 無論、それも嘘だ。正確にはまだ私はこの時点でこの世に生を受けてもいない。いや、正確には母の胎内か。
 どんな偶然か、私はあの離別を経た朝に産声を上げたのだそうだ。尤も、イギリスでは時差の関係で此方は二月の十六日でも、向こうはまだ十五日の夜中だったが。
 人間の魂が何時赤ん坊に宿るのか、私は知らない。だが、もし受精の瞬間から人の魂が宿るのなら、あの時、私の魂はこの世界に二人。
 セイバーと、母の胎内にいた自分が同時に存在していたと言えるのかもしれない。
 だが、ふと疑問に思う。それは世界にとって齟齬とならなかったのだろうか?
 尤も、仮にも英霊として召喚されたゴーストライナーの私と、実体として生を受けようとしている赤子の魂である私は、世界にとっては異なる存在と認識されて何の問題も無いのかも知れないし、世界が私の魂を認識するのは生まれ落ちてからなのかもしれないが。
 何れにせよ、私が過去のセイバーとしての自分と同じ時の流れを、母の胎内で経験した事は間違いない。
 ひょっとしたら、この世界でもまだ生まれぬ私が、母さんのお腹の中で誕生の時を待っているのかもしれない。
 だとしたら……彼女もまた、私と同じ道を歩む可能性もあるのだろうか。そして、その魂は彼女、ここに居るセイバーの魂なのだろうか……?

「……アリア? 如何したのですか、私の顔を見詰めて」
「え? あ、いえ。何でもありません。御免なさい、話を中断してしまって」

 いけない。つい物思いに耽ってしまったようだ。
 私が幾ら考えたところで詮無い事、答えなんて出る訳が無い事だ。無駄な事は頭から締め出せアルトリア。

「まあそういう訳で、どんな因果か、守護者となって再びこの聖杯戦争に召喚された私は、半ば反則的に他のサーヴァント達の情報を持っています。尤も私の知る限り、ですが」
「それって、つまり貴女を助けた私達がこの聖杯戦争に勝ったって事よね、アリア?」
「はい。私を助けてくれたのは凛、貴女と士郎君。同盟を組んだお二人にです。そして、全てのサーヴァントを打ち破り、聖杯戦争に勝利した」
「そこ! 重要よ。つまりあのバーサーカーにも勝てたのよね、貴女達は」
「ええ、まあ。アレは半ば奇蹟に近い、ギリギリの戦いでしたが」
「それに、ちゃんと勝利した!」

 凛の瞳が殊更大きく見開かれ、蒼い二つの宝石が煌く。
 さて、どうしましょう。平行世界の自分達は勝利したという事にとても喜んでいるようですが、彼女の顛末を知ったら、がっかりするでしょうか。

「ええ。ただ大変心苦しいのですが、私の世界の貴女はサーヴァントを失い負傷し、最終的に決着をつけたのは士郎君とセイバーでした」
「ぐっ……それ、本当の話?」
「はい……残念ながら」
「くっ…………」

 俄かに握りこぶしを作って悔しがる凛。

「ぁ、ですが、無理も無い事だったんです、アレは。でも心配しないで下さい。私の時とこの世界は違う。貴女は絶対に私が護り、必ず勝利に導いてみせます!」
「え、ええ。そうね。期待してるわよ、アリア」
「勿論です!」

 胸を張り、力強く答える。
 と、その時、セイバーが真剣な顔で私を睨んできた。

「アリア、今の話は本当ですか?」
「え? はい」
「では、私が最後まで残り、私は聖杯を手にしたのですね!?」

 ああ、そこに食いついてきましたか。
 さて、如何したものでしょう。聖杯に付いては、真実を突き付けるべきでしょうね……。
 でも、彼女はそれを如何思うだろう。

「聖杯は、貴女自身の手で、破壊されました」
「なっ……!? ど、如何言う事ですそれは、アリア!?」
「……如何言うも何も、言葉通りの意味ですよ、セイバー。貴女にとっては非常に残念な事でしょうが、この地に降りる聖杯というものは、泥に汚染された、歪んだ願望機でしかなかったのです」
「歪んだ、願望機……だと?」
「はい。……手に入れた者の願いを破壊という力でしか具現出来ない、呪いの壷。アレは既に、“この世全ての悪”によって汚染されてしまっていたのです」
「「「!?」」」

 私の暴露に、今度ばかりは全員が驚き、絶句する。
 誰も口を開けぬ静寂に居間を支配される。その静寂を破り、私は徐に言葉を紡ぐ。

「十年前、この地で何があったか、士郎君。貴方は良く知っていますね?」
「……あ、ああ。忘れようも無いさ。一面真っ赤な火の海だった。家も両親も焼け落ちて、その中で死に瀕していた俺を切嗣が拾い、救ってくれたんだ」
「!!」
「気付きましたか、セイバー? 彼が経験した十年前の新都の火災。それは紛れも無く、貴方が切嗣によって命じられた、聖杯の破壊によって溢れた泥が引き起こした物」
「…………!」
「な……セイバーの前回のマスターって、爺さんだったのか」

 驚愕を顔に貼り付け、俄かに立ち上がるセイバー。微かに震える拳。
 彼女の動揺が手に取るように判る。

「……はい。すみませんシロウ。息子の貴方には伝えるべきだったかもしれません。それに、貴方は私が引き起こしてしまった火災の被害者だった……私の所為で、貴方は多くのモノを失ってしまった……」
「ぁ、いや――――」

 心の底から自責の念に駆られたか、セイバーは俯き、謝罪の言葉を紡ごうとする。
 士郎が困惑しながらセイバーをに声を掛けようとして、どう掛けていいのか判らず言葉に詰まってしまった。
 ふむ、此処はきっちり決着を付けさせねばいけないな。

「いいえ。誤解しないで下さいね、セイバー。アレは貴女の所為じゃない。あの火災は、アーチャーのマスターとなった言峰が願った物。聖杯の泥がその願いを叶えただけです。あの時貴女が聖杯を破壊していなければ、あの聖杯がその力を解放していれば、冬木どころか、この世界そのものが危うくなっていた事でしょう。我々霊長の抑止力が発動し、それこそ原因となる全てを破壊しつくし、地上は地獄と化す所でした」
「――――それは、そうですが……」
「ちょ、まって、今さり気なくとんでもない事言わなかった!?」

 セイバーはただ私の言葉に立ち尽くすのみ。その横から凛がずい、と身を乗り出し、私に詰め寄ってくる。

「言峰神父の事ですね?」
「そうよ、ソレ! おかしいのよ、確かアイツは真っ先にサーヴァントを失って、早々に脱落したって。そんな最後の方まで残ってたなんて聞いてないわ」
「それについても、順を追って説明します。そもそも凛、貴女は彼に騙されている」
「――――! どういうこと?」

 凛は私の言葉に息を呑み、ごくりと固唾を呑み聞いてくる。

「彼は今もまだマスターであり、そして今回もまた、マスターとして暗躍している」
「なっ……あ、っんにゃろ!!」

 多少驚きはしたものの、驚きよりも怒りの方が大きいのか、彼女は青筋まで立てて怒り出した。

「然程驚きませんね、凛? もっと憮然とするかと思いましたが」
「ったりまえよ!! だって代行者遣っていながら魔術師に指示するなんてダブルクロスを平気でやるような破戒神父だもの……実は黒幕でした、なんて言われたってあんまりに似合いすぎてて驚きもしないわ!」
「その様子なら大丈夫ですね。私の世界の貴女は彼に不意を突かれて怪我を負いましたが、貴女にそんな真似は私が絶対させません」
「ええ、お願いね」

 どっかりと逞しい動作で腰を下ろす凛。この彼女ならこの先も大丈夫だろう。危なっかしい部分は私が補助すればいい。決して彼女を危険になんて晒させはしない。
 さあ、後残る問題はセイバーだ。

「セイバー、貴方にとって、切嗣の命令は辛く憎らしいとさえ思えたでしょう。ですが、どうか理解してあげて欲しい。彼は貴女を裏切って、絶望させる為に聖杯を破壊させたのではない事を。……彼の在り方もまた、酷く歪ではありましたが……その判断は間違いではなかったのです」
「…………はい。……正直、心は複雑ですが、聖杯の正体を知らされては納得せざるを得ません。私も、そのような邪に染まった聖杯など欲しくは無い。……切嗣は、正しかったのですね……」

 些か意気消沈し、声にも力が無いが、私の苦言はきちんと受け止めてくれたようだ。
 大丈夫だ。彼女には持ち前の真っ直ぐさは己の非を認め、乗り越える強さが必ずある。

「じゃあ、アリア。とりあえず他のサーヴァントについて詳しく教えてくれない? 今から作戦会議と行きましょう」
「そうですね。……と、そうだ。後一つ、重要な事を教えておかなければ!」
「何?」

 私の言葉に全員の瞳が此方を向く。

「この聖杯戦争にも私達正規のサーヴァント以外に、前回から残っているサーヴァントが居るはずです」
「なんですって!? 前回から居るっていうの?」
「ええ」
「それは、まさか……」
「そうです、セイバー。貴女には不愉快な事でしょうが、あの男が残っています」

 私は一呼吸置いて、その名を口にした。

「アーチャーのサーヴァント。貴女に求婚を迫った男です。現マスターは言峰綺礼」
「!! まさか、本当に奴なのですか!? ……そんな、一体どうやって……」

 ぴしり、と音でもしそうなほどに硬直し、全身から鋭い殺気と嫌悪感を放出する彼女。
 セイバーの殺気に当てられた士郎達がたじろぎかけている。
 気持ちは判らないでもない。私とてあの男に対する嫌悪感は変わりない。
 あの尊大で自身の不遜と傲慢さで国を滅ぼした王。その在り方は、王でなくなった私であっても相容れようの無い物だ。彼の価値観の中には、国も財も、人さえも自身の所有物なのだ。そのような在り方だから、己が法だと、自身の価値観だけで人の生き死に、その人生の価値さえ容易く蹂躙する。そのような在り様を、ただひたすら愛しき人々を護り、救う事を己の全てとしてきた自分がどうして認められようか。
 彼とて英雄、不遜で傲慢で自身が法だと豪語する破天荒者とはいえ、その価値観にも多少は人の世に普遍的な“正しさ”と共通する部分はあろう。
 だが、あのような者は、私は認めない。たとえ天地開闢の神々が認めようと、私は認めてなどやるものか。
 これは意地だ。『アルトリア・C・ヘイワード』としての揺ぎ無い信念だ。

「彼は貴女によって破壊された聖杯の中身、あの泥を浴び、サーヴァントでありながら現世に肉をもって再生されたのです。故に、今の彼は実体を持つ」
「ちょ、その聖杯ってそんな事も可能なの!?」
「ええ。ですが、大抵のサーヴァントはあの泥に触れれば、たちまち飲み込まれ、溶かされ、その性質を反転させられてしまいます。彼のように正気のままで居られる英霊は、まず存在しないでしょう」
「……一体何処まで計り知れないんだ、あの男は……」
「それは彼の正体を知れば、自ずと判ります。……彼の真名はギルガメッシュ。古代ウルクに君臨した、世界最古の英雄王です」
「な……! 世界最古の……」
「英雄、王……」
「ちょっと……そんなの相手じゃ、どんな英雄だろうと分が悪過ぎない……!?」

 セイバーに士郎、そして凛。三者三様の反応が返ってくる。

「はい。彼の宝具はその宝物殿の鍵、“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”。嘗て世界中の財宝を蒐集したと逸話にあるように、彼はあらゆる伝説に残る宝具の原典を湯水の如く持つ。それが彼の驚異的な強さの正体です、セイバー」
「なんと……難敵だとは判っていましたが、そこまで桁違いな相手だったとは」
「そして、彼にはもう一つ。彼しか持たない恐ろしい宝具がある。確か彼は“乖離剣(エア)”と呼んでいましたか。天地を開闢させた神々の剣だそうです。あの剣の前には、貴女の宝具でさえ、歯が立たなかった」
「私の……ですか!?」

 その衝撃の事実に些かの不服を含めた表情で呻くセイバー。だが如何せん、嘘ではない事は私の態度から理解している。それが余計に失意を増幅させているのだろうが。

「はい。手強い相手です。ですが、我々にとって、彼を倒す事は決してゴールではない。私の時とは違い、我々には最終的に、あの集団失踪を引き起こした元凶を滅するという困難な仕事が待っています。あれを引き起こしたのは、十年前の火災を引き起こした元凶である黒い呪いの泥、“この世全ての悪(アンリマユ)”です」
「!! この世全ての、悪……」

 凛が上ずるように口にする。

「はい。古代は拝火教、ゾロアスターの教えに登場する悪神、アンリマユ。その本質は人間が抱く“この世全ての悪性”という概念。実はこの地の聖杯も、最初は純粋な魔力の釜だったらしいのです。ですが前々回、第三次の聖杯戦争において、アインツベルンが禁忌を犯した。あろう事か、アンリマユなる反英霊を召喚してしまったのです」
「まさか、悪神そのものを呼び寄せちゃったっていうの!?」
「いいえ。呼び出したのは恐らく、アンリマユとして祭られた何者かでしょう。召喚されたアンリマユ自体は非常に非力で、真っ先に敗退したそうですから。ですが、仮にも“悪神”として祭られた反英雄。その性質は人々にそうであれと願われた『人の世全ての悪性の源』。それは本来英雄として召喚されるはずの無かった“穢れた想念”です。そして、その“穢れ”が敗退し、聖杯に注がれた。それまで無色透明の純粋な力だった聖杯にたった一滴混じってしまった黒。無色なそれはほんの一滴でさえ、一度混ざればその色に染まる事から逃れられない。そのたった一滴の“穢れ”が、聖杯を黒く染めてしまったのです」

 私の説明に、誰の口も堅く引き結ばれたままとなる。

「そして、如何いう訳かこの世界では、この呪いの泥が人々を次々と食い荒らし始めています。あの失踪事件を引き起こしたのは、間違いなくあの泥です。まだ完全には解き放たれてはいませんが、アレは今も染み出た僅かな一部から少しずつ魂を食い養分にして、聖杯の力でこの世に産まれ出ようとしている。そうなれば、如何なると思いますか?」
「そんなの……拙いなんて物じゃないわ。それこそ本当に“抑止力”が働いちゃう」
「その通りです。ひょっとしたら、あの異常な滅亡の兆しこそが、私という“守護者”を此処に呼び寄せた因果の元、なのかも知れません」

 本来、聖杯が召喚するサーヴァントは七騎しか存在しないはずだ。それなのに、此度の聖杯戦争には、私というイレギュラーが存在した。
 では本来の七騎から何かが欠けたのかといえば、答えは否。
 私というイレギュラーな八騎目がなんの異常も無く召喚されたのだ。そこに何らかの因果が絡んでいないと如何して思えよう。

「あと、アンリマユの破壊はお任せ下さい。私達の本領はアレの消滅です。サーヴァントの枠に縛られたこの身では産まれ出てしまってからでは厳しいが、産まれ出る前ならば必ず滅ぼしてみせます」
「勿論私も力添えします、アリア」
「有難う御座います。ですがこれから先、もし黒い泥が出てきたなら、細心の注意を以って離脱してください。アレの呪力層には我々サーヴァントは抗えない。特に正英雄であればあるほど、真逆の性質であるアレは天敵となる。だからセイバーがもし取り付けれてしまえば、忽ちに飲み込まれてしまいます」
「む。敵前で退かざるを得ないのは騎士として口惜しいですが、了解しました」
「オーケー、一先ず整理しましょ。一度に色んなサプライズニュースを聞かされて、頭がこんがらがっちゃいそうだわ」

 おや、少しばかり一気に打ち明けすぎてしまったようですね。
 凛が一端情報を整理しようと場を取り仕切る。

「はは、そうですね。すみません、余り急に彼是と突き付けてしまって。本当はもっと早くに、貴女達に明かすべきだったのでしょうけれど……」
「良いわよ、別に。ある日突然、知りたくても知るはずの無い情報をこんなにいっぺんに齎されれば誰だって怪しむし、頭がこんがらがっちゃうものね。伝えたい、でも説明するには余りに多くを一から丁寧に説明しなきゃ理解してもらえない。ましてや相手からすれば自分は真っ赤な他人。貴女の葛藤も何となくは理解出来るわ」
「気にしなくて良いさ。情報は無いより有るに越した事ないしな」
「そうですね。兵法にも有るように、敵を知り、己を知れば百戦危うからずでしょう」
「これから挑む相手は、泥を別としても、それでも勝てるか危うい相手ですけれどね」

 つい苦笑しながら答える。

「そんな弱腰でどうするのですかアリア。貴女達はあのアーチャーにさえ勝てたのでしょう? ならば我々にだって勝てるはずです! なにより、生身だった貴女の過去と違って、今の貴女は英霊なのですから!」

 卓上をばんっと叩きそうな勢いで身を乗り出し、セイバーが私を鼓舞してくれる。
 その論理には彼女の与り知らぬ破綻が潜んでいるのだが、それは言うまい。

「……ふふっ、そうですね。大丈夫、別に悲観している訳ではありませんよ。ただし、油断は禁物です。慢心は全てを無に返します」
「その慎重さはアリアらしいな」
「そうね、頼もしいじゃない」
「はは、私には強引な力押しは出来ませんからね。慎重にならざるを得ないだけですよ」

 本当はもっと強引に、多少の不利も気合と誇りで切り開いてやる、というぐらいの勇猛さが有った筈ですが、あの頃のような無尽蔵な力を失ったという現実は、私をここまで変える程の要因だったという事だろうか。胸中で自嘲めいた笑いが漏れる。
 本当に“らしくない”でしょうね。昔の私から見たら。

「とりあえず、現状新しく判った事は、アリアが聖杯戦争に対して一番詳しい事。聖杯は万能なんかじゃなく、人類全てを呪うモノ、なんて呪いに汚染されていた事。それと第四次のアーチャー、ギルガメッシュがまだ残っていて、監督役の綺礼がまだギルガメッシュのマスターでいる事。そして、最重要項目。何があってもアンリマユの誕生だけは阻止しなければいけない事。こんな所かしら?」
「そうですね」

 私が頷くと満足げに胸の前で拍手を打つ凛。

「オッケー、おさらい終わり! それじゃ次は各サーヴァントの情報を教えて、アリア」
「はい。まずランサーはクー・フーリン。これはセイバーも見抜いていますね」
「はい。彼の宝具“刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)”は強力かつ、危険です。私は持ち前の予知直感と強運が功を奏して急所は外せましたが」
「私が食らえば、まず殺されるでしょう……防ぐ手立てが全く無い訳ではありませんが」
「相当にヤバイの、アリア?」
「防げたとしても、かなり分が悪いですね」

 因果の逆転の呪いに勝る神秘、若しくは槍の概念を覆せる神秘でもなければ、あの槍は防げない。後は、呪いじみた強運か。
 竜の因子を持たぬ私にはセイバーのような桁外れの幸運は望むべくも無い。

「そう、判ったわ。使わせたらアウトって事ね」
「彼は本来、協会に派遣された魔術師に召喚されたのですが、言峰の闇討ちに遭い腕ごと令呪を奪われ、現在は言峰のサーヴァントとしてスパイ役をさせられています」
「じゃあ何、アイツってば、二体もサーヴァントを従えてるって言うの」
「そういう事になります」
「ちぃっ。厄介ね」

 言峰綺礼という男……直接対峙した事は一度しかないが、それだけでも十分にあの男が食わせ物である事は嫌というほど理解させられた。
 人を生きながらに殺し続け、あのギルガメッシュを繋ぎ止めていた男。
 私にシロウを殺して聖杯を取れなどと唆してきた、許し難い背徳者。
 だが、今後私達の前に立ちはだかるのは恐らく、マキリの妖怪だろう。
 マキリの妖怪に背徳者……私達が挑まなければならない相手は共に癖者だ。

「全員、言峰には常に気をつけていて下さい。彼はあの“泥”をこの世に溢れさせようと企んでいる。最終的にアンリマユを護らんと私達の前に立ちはだかるのは、恐らくあの男でしょう」
「なっ……アイツ……確かにいけ好かない神父だと思ったけど」
「何考えてんのよ、アイツ!?」
「さあ、あの男の考える所なんて、恐らく誰にも理解出来ないでしょうね。この世を地獄に変えることに喜びを見出すような異常者です」

 あの男は“あれは際限の無い呪いの塊だ”と理解していた。
 それにも関わらず、奴は“それは私にとって喜ばしい――人を殺す為だけの聖杯が存在し、ましてそれを扱えるなど――まさに天上の夢でもみているかのようだ”と、人を殺す泥を自身の手で解き放てる事がこの上ない悦びだと、愉悦に浸りきった顔で語っていた。
 人の世の善悪の彼岸を理解しながら、その悪性に悦びを見出す狂った価値観の持ち主。
 それがあの男の歪み。その歪みを理解出来る者が居るとしたら、同じように歪み狂った人間だけだろう。

「アイツめ、そこまでイカレてたか。判った、全員ヤツには要注意よ、いいわね?」
「了解しました」
「ああ」

 凛の言葉に頷くセイバーと士郎。
 少なくともこれで彼らがあの破戒神父に謀られる事は防げるだろう。

「では次に、キャスターとアサシン。キャスターについては私達も直接その正体を見抜けた訳ではありませんでした。ただし、神代の魔術とされる“高速神言”を使える事、あらゆる魔術的な契りを断ち切り無効化する契約破りの短刀“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”を持っている事から、推察される真名はコルキスの魔女メディアかと思われます」

 この推測も、本当は凛が導き出した物。
 彼女が見つけ出した、キャスターを呼び出したであろう魔術師の痕跡と、彼が召喚に用いた触媒が尤も大きな手がかりとなったことで正体をメディアに絞り込めたのだ。

「そして山門を護るアサシン、真名は佐々木小次郎。人の身でありながら、純粋な剣技だけで“多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)”の域にまで達した“燕返し”の持ち主です」
「は!? 多重次元屈折現象を剣技だけで会得したって言うの!?」
「ええ。恐ろしい技でした。彼はセイバーでも苦戦させられる程の剣豪です」
「ほう。それほどに剣の立つ者ですか。純粋に勝負してみたい気持ちになりますね」
「お気持ちは判りますが、今は極力リスクは避ける方向でお願いします、セイバー」
「わ、判っています! ただ、少しばかり剣士としての興味が沸いただけです」

 先程の重い話で些か表情に覇気が欠けていたセイバーだったが、騎士としての性が幸いしてか、アサシンへの興味で何時もの元気が戻ってきたようだ。

「本来ならばアサシンのクラスには必ず、『山の老翁(ハサン・サッバーハ)』と呼ばれる暗殺教団の歴代党首から一人が選出される筈なのですが、彼は間違いなく侍です。実在さえ確かではない、幻の剣豪と云われる佐々木小次郎。かの侍が何故に暗殺者として召喚されたのかは私にも判りません。また、彼のマスターも最後まで謎のままでした」
「ちょっと、正体は判ってても、他が謎だらけってこと?」
「はい。セイバーが一度は剣を交えたものの、その場は決着が付かず、再戦を挑む前に彼は何者かの手で倒されていましたので。情報を得る機会は有りませんでした」
「おそらくギルガメッシュでしょうね。幾ら剣技が凄かろうとそれだけでは、間合いの外から宝具の絨毯爆撃を受ければ一溜まりもないでしょう」

 セイバーが犯人を憶測する。私も大方は同意見だ。あの時彼以外にアサシンを倒せる者がいるとすればランサーか、彼の同盟相手であるキャスターか。
 だが最も可能性が高いのはやはりギルガメッシュだろう。

「うわ、なによソレ……ギルガメッシュってそんなえげつない攻撃方法持ってるの?」
「彼のクラスをお忘れですか凛。アーチャーなのですから、射出攻撃が可能なのは当然でしょう。だから危険極まりないのですよ」
「う……判ってるわよ」

 凛が何処か彼を誤解しているようだったので間違いを正しておく。

「次にバーサーカー……は、もう判っていますね。ギリシャ神話の英雄ヘラクレスです。その宝具は“十二の試練(ゴッドハンド)”。ランクA以上の攻撃でなければ傷一つ付かず、一度経験した攻撃は二度通用しないという、桁外れに反則紛いな性能です」
「同じ攻撃は二度通じないってのが辛いわね」
「ええ。彼を満足に殺しきれるのは無数の宝具を誇るギルガメッシュ位のものでしょう。セイバーの宝具でも、一度で十二の命を散らしきる事は難しいかもしれない」
「最大出力で打てば可能かもしれませんが……魔力を使い切る恐れがありますね」

 セイバーが思案顔で自身の宝具の威力と消費魔力を測る。だがそんなタイトロープをさせる心算は無い。

「今貴女に消えられては困ります、セイバー」
「そうなると、やはり難しい相手ですね」
「ご心配には及びません。私が五回か六回、最低でも三回は殺してみせます」
「何か手が有るのですか?」
「ちょっとね。何かまた仕込む気みたいなのよアリアってば」
「ええ。彼に通用する“弾”を作ろうと。あの概念武装を貫けるかどうかも保証は出来ませんが、やるだけやってみます。上手くいけばかなり彼のストックを削る事が出来る」
「なんと……貴女は底が知れませんね」
「ふふ、自身で勝てぬなら、勝てる“物”を用意するまでですよ」

 この会議が終わったら、すぐに土蔵で作業に掛かろう。敵は待ってはくれないのだから。

「後は、アーチャー。前回のではなく、今回のですね」
「…………」

 私の言葉に士郎が微かに息を呑む。
 彼は既に知っているからだ。彼の招待が己の可能性の一つである事を。

「これはなんというか、非常に申し上げ難いのですが……」
「何よ、急に歯切れが悪くなって」
「その……実は彼も、私と同類なのです」
「へ? 同類っていうと……?」
「つまり、彼もまた私と同じように、別の可能性を辿ったこの聖杯戦争の経験者なのです」
「な……どんな偶然よ、ソレ?」
「因果というか、数奇な運命というか……アーチャーの真名は“エミヤ”。つまり、私と同じように世界と契約し守護者となってしまった、士郎君の未来の一つです」
「はいぃ!?」
「なっ!?」
「…………」

 予想通りに驚きの反応を示す凛達。ただ一人、士郎だけは神妙な難しい面持ちだ。

「な、なんでこんなヘッポコが英霊になんて!?」
「……ヘッポコで悪かったな」
「凛……英雄となるのに魔術の腕はあまり関係ありませんよ」
「今はまだ技術も未熟ですが……」
「そりゃ、セイバーから一本どころかタコ殴りにされたけどさ」
「当たり前です。英霊に唯の人間が敵う筈がないでしょう」

 二人からの散々な言葉に士郎は仏頂面で抗議する。
 でもそんな彼が己も省みず、我武者羅に突き進んでしまった末路があの弓兵なのだ。

「十年の月日をただひたすら鍛錬し続けた彼の技量には貴女も驚くでしょうね」
「……そうなのか?」

 まだ直に彼の戦闘している所を見ていないからだろう。士郎はいまいち実感が沸いてこないようで、呆けたような表情のまま気の無い台詞を返すばかりだ。

「? シロウ、あまり驚かれていませんね?」
「ホントだ。あんた、なんでそんなに普通にしてられるのよ」
「いや、だって。俺はアイツの事だけは先にアリアから聞いてたから」
「はあ!? ちょっとアリア、それ如何いう事!?」
「あ、それは……その、何と云いますか……」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったっけ? すまん遠坂。アーチャーはライダーと同盟を結んでいるらしい。アイツの家で帰り掛けにバッタリ逢っちまったんだ」
「なっソレを早く言いなさいよあんた達!!」
「あっお止め下さい凛!!」

 怒髪天を突きそうな勢いで怒る凛がやおら座卓に身を乗り出し、対面に居る士郎の襟首を掴むやガクガクと絞め揺する。
 慌てて彼女を制しようとするが彼女は一向に止まらない。

「うわっぐぇっ!? ご、ゴメン。そしたらさ……なんかアリアは、アーチャーの事をっ良く知ってる感じだったんで、聞いてみたら、そういう話でさ……げほっ」
「そういう話でさ、じゃないでしょこの頓珍漢!!」
「ぐぇっ……すまん、遠坂……うぐっ、言い忘れ……てた」
「す、すみません凛! 順序立てて説明する心算だったんですが……」
「まったくもう、重要な事じゃないの! なんでさっき一緒に説明しないのよ」
「御免なさい。とにかく落ち着いて下さい、凛」

 十分落ち着いてるわよ、と愚痴りながら凛の手がようやく士郎を解放する。

「それで、アリア? 衛宮君は一体どんな宝具を持ってらっしゃるのかしら?」

 まだ怒り冷め遣らぬ様子で、棘のあるきつい口調で続きを促してくる。

「彼には特に、これと云ってシンボルとなった宝具は有りません。ですが、彼には彼にしか持ち得ない究極の一があります」
「……! それって、まさか……」
「お気付きになられましたか。そうです。彼の宝具は『固有結界』そのもの。その心象世界から自身の象徴である“剣”であれば、たとえ宝具でさえ投影し、真名まで開放できる。その出鱈目さはこの聖杯戦争中でも際立っていると言っていいでしょう」
「な、なんですかソレは……下手をすればギルガメッシュよりも手強いのでは?」
「俺の投影って、そんな大それた事まで可能になる……のか?」
「ええ、成ります。ですが、それは貴方にとって諸刃の剣と言っても良い。自身の魔術回路に分不相応な宝具の投影は必ず貴方の回路に過大な負荷を掛ける。その反動は全身にダメージを与えることになります」
「う……そりゃ、きついな」
「ええ。ですから、貴方は出来ると判ったからといって、無闇に投影を行ってはいけません。いいですね?」
「あ、ああ。判った」

 話として聞けば確かにこれ以上に馬鹿げた宝具も無いかもしれない。だが、それだけ都合が良さそうに聞こえる物には、当然それなりに不都合もある。

「話を戻しますが、投影された宝具は所詮投影品。投影した宝具はランクが下がり、本物には及びません。それに彼自身の性能は決して高くない。純粋な剣技、武技で貴女やランサーと勝負すればまず彼に勝ち目は無いし、スピードも膂力も貴女に及びません。その代わりに、彼は如何なる状況からでも、己に有利な状況を作り出す戦場の支配に長けている。故に彼は手数と戦術、戦略を駆使して戦う。彼は言うなれば、私と同じ種類の戦い方をするサーヴァントです」

 考えてみればみるほど、私と彼の共通性に気付く。私も彼も、些細な相違こそあれ、目指す望みは同じだったから、似通うのは当然の事なのかもしれないが。

「成る程。貴女と同様、という訳ですか」
「高い神秘を纏う宝具を自由に使える分、私よりは彼のほうが有利でしょうね」
「なんにしても、敵としては厄介ね。仲間に引き込めれば心強いけど……」
「それが出来れば良いのですが……彼の性格や状況からして、共闘は難しそうです」
「そうなの? 士郎なのに?」
「ええ。大分今の彼より擦れて捻くれてしまってますから」
――……むう。否定はしないが、些か酷くないかねアルトリア?――

 今まで黙していた鞘の中の彼が抗議の声を上げる。
 おや、もしかして傷付かれてしまいましたか?

――いや。その程度で折れる程軟ではないが。ただ君にそう言われると残念だ――

 あらら、やっぱり少し傷付いてる。御免なさい、少し言い過ぎましたか。
 でも貴方は別ですよ? 貴方は既に私怨を捨て弱さを乗り越え、忘れていた心をちゃんと取り戻せたのだから。

――判っているよ。ただ、性格はそう大して変わらん。ああ。どうやら私も擦れて捻くれてしまったらしい――

 拗ねないで下さいよ。その分、冷静な判断力と強かさを身に付けたという事です。

「擦れて捻くれて……って、一体何があったのよ衛宮君?」
「んな事俺に聞かれたって困る。アリアに聞けよ」
「ま、まあ、色々と有ったのでしょう。ですが、死して尚人々を救えるのならと、彼は守護者になる事を躊躇わなかった。しかし守護者となり見せ付けられたのは、常に人類の滅亡する光景ばかり。我々抑止力が働くのは常に大量の滅びが発生した世界。人類の全滅を食い止める為、その滅びの根源を力任せに消し去る掃除屋のようなモノ。それは彼が願った、人々を救うというものとは正反対の地獄を常に見せ付けられる終わりの無い牢獄です」

 シロウが磨耗していった理由。それは守護者の本質と彼の願いとの齟齬にある。

「それでも彼は懸命に人々を救わんと、必死に滅びを食い止め続けた。だが、どんなに頑張っても、その度に毀れる者は出る。その救えぬ者達の存在に彼の心は苛まれ続けた。何故全てを救えない。何故滅びの前に食い止められないのかと。その結果ついに彼の心は疲弊し、擦り切れてしまった」

 私の言葉に三人の目が此方を向く。如何したのだろうか、皆の視線が私の顔に向けられているようだが……。

「今の彼は危険です。その絶望の余り、守護者となってしまった自分を消したくて、自分自身を殺したがっています。そんな事をしても、無駄だというのに……」
「自分殺し……って事は、アーチャーは俺を狙っているのか」
「今はまだサーヴァントとしての命令を優先させているでしょうが、殺せる機会があれば、何時でも襲い掛かってくる可能性はあります」
「…………」
「大丈夫、貴方は私が護ります。彼に手出しはさせません!」
「あ、ああ。ありがとう」

 決意を込めてそう宣言する。
 だがどうも先程から皆の視線が妙だ。ずっと私を心配するような眼差しを向けてくる。

「……? 如何かしましたか?」
「い、いえ。何でも……。その、貴女は平気なのかなって」
「ああ、ご心配なく。私も確かに同じように散々地獄は見せられてきましたが、幸いにも私には、心強い味方が居てくれますので」

 そっと自分の胸に手を当て、その鞘の存在を感じ取る。
 己の心臓の鼓動とはまた違う、小さな魔力の鼓動。そして彼の温もりを感じ取り、不意に笑みが零れてしまった。

「? 味方って?」
「ふふ。それは秘密です」
「何よソレ」

 ムスッと膨れる凛。その顔は可愛らしいが、流石に私の中にも彼が居るとは言えない。
 ソレこそ理由を説明するだけでも一苦労ですからね。

「まあそれはさて置き、士郎君。貴方が今のまま、自身を勘定に入れぬままに理想を追い続けるなら、必ず彼と同じ末路を辿ります。……それだけは確かです」
「――――っ!」

 場に沈黙が訪れる。その言葉の重さ、真意を何処まで理解されたかは判らないが、少なくとも誰もがその言葉に嘘偽りは無い事だけは感じ取ってくれたようだ。

「……ご心配無く。貴方が必ず同じ道を辿るとは限りません。その為にも、凛。彼の事を頼みますね」
「なっ!? 突然何よ。判ってるわよ、士郎を守護者にさせるなって言うんでしょ? そんな話聞かされちゃあね。言われなくったって私が止めるわよ。一番弟子にそんな哀れな末路は辿らせないから。だから覚悟しなさいよ士郎!?」
「ん!? あ、ああ。……お手柔らかに頼む」
「ふふ。その言葉が聞ければ安心です。忘れないで下さいね、凛」

 彼女ならきっと彼が道を踏み外す事無く、真っ直ぐに導いてくれる事だろう。世界と契約するような無茶はさせまい。
 一呼吸置き、話の続きにもどす。

「では最後に、ライダー。真名はメドゥーサ。ギリシャ神話に伝えられるゴルゴーンの怪物です。その宝具は“騎英の手綱(ベルレフォーン)”。幻想種ペガサスを操り単騎特攻をかける事が出来る対軍宝具です。その他、学校に張られている結界宝具の“他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)”」
「え、じゃああの結界、やっぱり慎二が張らせたのか」
「やっぱりね。ほら見なさい。あんまり人が良すぎても損するわよ、衛宮くん」
「う……」

 結界の事を話した所で士郎が残念そうに口を開き、凛が呆れた様に諭す。

「まあ、それが士郎君の欠点でもあり、長所でもありますから」
「いいよ、アリア。自分が甘いのは判ってる」
「そうよ、アリア。甘やかしちゃ駄目よ。それより話を続けて」

 少々気の毒になりフォローするが、士郎は反省しているらしく、凛にも逆に必要ないと諫められてしまった。

「……判りました。話を戻しますが、私は経験有りませんが、真名から察するに石化の魔眼も当然持っているでしょう。普段は特殊な眼帯で封印しているようですが」

 反英霊メドゥーサ。私が対決したあの時は流石に、その真名までは見抜けなかった。
 なら何故その正体を私が知っているのか。その答えは私の第二の人生にある。
 私が冬木を訪れた時に再会した凛は訳あって、自身が経験した第五次のみならず、過去を辿れる限り全ての聖杯戦争について詳細に調査していた。
 そして聖杯戦争の本質を見極めた彼女は、予てからの時計塔の協力者と共に、もはや歪んでしまった聖杯戦争の解体を決心する。
 私は彼女の手伝いを買って出た事で、彼女の調べ上げた全てを知る事となった。
 故に私は知っている。桜の秘密も、この聖杯戦争の隠されたカラクリも。

 問題は、それを何時、如何にして彼女達に打ち明けられるか。
 事が事なだけに、時と状況をよく見極めた上で話さなければいけない。
 特に凛には、冷静に受け入れられる下地を、私がきちんと固めてあげてなければ。
 いきなりあれもこれもと打ち明けるには、余りに秘密が多すぎる。重すぎる。
 
「そういえば妙な目隠ししてたな、ライダー」
「石化の魔眼ですか、使われると少々厄介ですね。高い対魔力スキルを持つ私はまだマシでしょうが、対魔力の低いアリアにとっては非常に厄介では……」
「そうですね、発動されれば、一瞬で石化することは無いと思いますが、身動きは殆ど取れなくなるかもしれません」
「魔眼避けのアミュレットでも有れば良いんだけど、ウチの宝物庫漁ってもそう都合良く便利なアイテムは無いだろうしなあ」

 うーんと唸りながら魔眼対策に頭を捻る凛。

「まあ、私の時の彼女は何故か魔眼は使ってきませんでしたし、そう危惧しすぎる必要はないでしょう」
「うーん、まあ、確かに今は考えても解決策なんて見えないんだけど」
「それより、ライダーのマスターが問題です」
「え、慎二が? なんで?」
「凛、士郎君。申し上げ難い事ですが、彼女のマスターは慎二ではないのです」
「は?」「え?」

 二人して同時に間抜けな声を漏らす。

「ライダーの本当のマスター。それは、彼ではなく妹の桜さんなのです。慎二は、令呪によって一時的にマスター権を桜さんから譲り受けているだけ」
「は……はい!?」
「な……!!」
 目を点にしてぽかんと何を言われたか理解出来ずにいる士郎と、あからさまに怒りと驚愕の入り混じった表情で凍りつく凛。

「そんな、なんでさ? 桜は魔術師じゃない筈だろう?」
「大変残念な事ですが、嘘ではありません。凛、貴女ならお解かりでしょう」
「…………」

 士郎が辛うじて頭を働かせ、間違いではと抗議してくるが、凛はただ黙して語らない。

「凛、お気持ちは察します。私は貴女達の間柄を良く知っている」
「……そうだったわね。本当、なのね?」
「はい。御免なさい」
「何で謝るのよ。別に貴女が悪い訳じゃないでしょ」

 憮然とした面持ちでぶっきらぼうに口を開く凛。
 事実とはいえ、凛にとっては気を悪くさせられる話を無神経に突きつけたのは私だ。
 その事に対しての謝罪。凛は謝る必要が無いと言ってくれるけれど、それでは私が自分を許せない。だからやっぱり謝る。それは身勝手な自責で困らせた事に対して。
 ……そして、恐らくはこれからもまた、困らせてしまう事になるだろうから。

「はい。でも、やっぱり御免なさい」
「馬鹿ね。ほんと心の贅肉の多いサーヴァントなんだから」

 そんな私に、凛は何時もの台詞を口にした。

「なあ、どういう事なのか、教えてくれ、る……かな?」

 凛の様子に憚られるものを感じてか、士郎がおずおずと聞いてくる。

「凛、よろしいですか?」
「いいわ、自分で話すから」

 そう言うと凛は徐に顔を上げた。
 表情は自然な落ち着きを取り戻し、凛とした彼女に戻っている。

「桜はね、実は私の妹なの。血の繋がった、実の妹よ」
「なんだって」
「あの子はね、十年前に遠坂から間桐に養子として出されたの。魔術回路の枯渇した間桐に、魔術の系譜を途切れさせない為にね。……そうよ、如何してそこで気付かなかったんだろう。途絶えた魔術回路の為に養子に迎えた桜を差し置いて、魔術回路の無い慎二が後継者になんて、絶対になるはずが無いのに……ああ、私って馬鹿だ!」

 矢庭に頭を抱えて髪を振り乱すほどに宙を仰ぎ、振り戻る対の拳が卓上を叩く。

「凛! ……誰にだって過ちはあります。誰も貴女を責めはしない。貴女は気付く事が出来たんです。問題は、これから如何するかでしょう」
「……そうね。桜は、結界の事は知っているのかしら」
「あれは慎二の独断でしょう。桜さんは自身が聖杯戦争に関わりたくないが為に、慎二の要求を呑み、ライダーのマスター権を譲り渡している筈です」
「そう。じゃあ、慎二がマスターである間にライダーを倒せれば」
「桜は自動的にサーヴァントを失い、多少は安全に聖杯戦争から抜けられるかもしれません。……尤も、言峰もまたマスターである以上、教会に保護を求めるのは必ずしも安全とは言えませんが」
「アイツ、そういう所だけは妙に徹底して律儀だから大丈夫な気もするけどね」
「それに、まだ確証は有りませんが……彼女はライダーを失っても、きっとこの戦いから降りられない」
「それ、どういうこと……?」
「それは……」

 私が口ごもった丁度その時だった。突然私のPDAが電子音を響かせたのは。

「な、何!? なんの音? タイマー?」
「あ、いえ。これは私のPDAです」

 この後各勢力の位置確認や戦略を詰める為に、PDAを傍らに控えておいたのだ。
 騒々しく呼び出し音を鳴らすPDAを座卓の上に配置し、起動する。

「インフォメーション(報告)」
“イエス、マァム。アルゲスシステムにアンノウン反応有。アプリケーション起動します”
「「「しゃ、喋った!?」」」

 突然PDAから発した声に三人が目を丸くして驚く。ああ、そういえばまだこの子の事は説明していませんでしたかね。

「ああ、紹介が遅れましたね。これは私のPDAに搭載されたサポートAI、いわゆる人工知能で“Kind Execute Intelligence”、略してKEI(ケイ)といいます」
“初めまして。作業補助電脳プログラムのKEIと申します。以後お見知りおきを”
「あ、これはどうも、セイバーです」
「あ、俺は衛宮士郎」
“セイバー様にエミヤシロウ様、顔、声紋認識完了、登録しました。宜しくお願いします”

 PDAのディスプレイに埋め込まれた通信用カメラアイを通し、周囲の人間を認識したKEIが自己紹介する。
 律儀な二人が呆気に取られながら自己紹介し返す様は少し笑いそうになってしまった。

「え、ええっと? キカイ、よね? 中に使い魔とか入ってる訳じゃないのよね?」
「ええ。純粋に機械ですよ」
「嘘だ、機械が勝手に喋る訳ない! 絶対中に何か居るんでしょ!?」
「いませんって。電子的な擬似人格ですよ」
「うぬぬ、もう人の人格まで作り出せるようになったっていうの科学は……?」
「まだ所詮プログラムに過ぎず、完全な人格、精神体ではありません。第一、まだ現代には有りませんよ、凛。これは私の時代の産物です」
“残る一名様がリン様、ですね? 宜しくお願いします”
「ぇえっ!? あ、そ、そうよ。宜しく……」

 凛の科学アレルギーにも困ったものですね。まあ気持ちは判らなくも無いんですが。

“アルゲスシステム、チェック、オールグリーン。アンノウン反応、一。場所、新都繁華街ポイント・デルタ。コンマ五秒の動体、高熱源反応を確認。反応パターンに該当する小動物の可能性検索……該当無し。ビットデルタの全周カメラ映像、表示します”
「良し。近辺のIRカメラ映像も回して」
“了解”

 私はキーボードを操作して表示された全周カメラの長いパノラマ映像を精査してゆく。

「あった! この影を拡大……これは!!」

 そこに其処に映っていたのは際どいボディスーツに身を包んだ長い髪の女性。
 そう、ライダーだ。

「この周囲のIRから前後三分間の映像を分割表示!」
“了解、表示します”

 キーを素早く叩き、升目上に表示されるIRカメラの映像を備に調べてゆく。
 するとある路地裏を視界に捉えた一台が、その奥で女性を襲うライダーの姿を映し出す。

「っ!! これは……あの女、やってはならない事を……!!」

 判っている。彼女ならこの程度の事は憚りもせず行うだろうことは。所詮この戦争は外道であり非道に他ならない。
 だがその非道を認める事など私の信念が赦さない。

「これは、ライダーか?」
「それは確かですか、シロウ!?」
「人を襲ったか。慎二じゃ彼女に魔力を供給出来ない、だからでしょうね」
「……なんという、外道め! シロウ!!」
「ああ判ってる! こうしちゃ居られない。行こうアリア、遠坂!!」

 頭に血が昇った彼らは今にも飛び出さんばかりだ。私とて、頭にはとっくに血が昇っている。だが凛はこの中で唯一純粋な魔術師。彼女にとってはこの程度は常識の範疇。
 故に彼女がどう判断するか。私はその判断を求め、彼女の目に問いかける。

「正直、この程度ならマスターとしては常套手段よ。……でもね、あの馬鹿は私の管理するこの街で無関係の一般人を襲った。魔術師にとって最大の罪は神秘の漏洩よ」

 握られた拳がぎゅう、と更に堅く握り締められる。彼女も、心は私達と同じだ。

「あんな人気の多い街中で活動するなんて、いい度胸じゃない……アリア!」
「はい」
「先手必勝、奴の手は既に割れてる。貴女達が連携すれば敵じゃないわね?」
「勿論です。彼女にはゴッドハンドのような反則技はない」
「セイバーの名に懸けて、ライダー如きに遅れは取りません! 民草に手を掛けるような外道は、我が剣の錆にしてくれましょう」
「作戦はどうするか……今から行っても彼女はとっくに食事を終えて逃げられるかもしれないわよ?」
「彼女がアルゲスシステムに引っ掛かればすぐ私が判ります。二手に別れて、ある程度索敵範囲を割り振って当たりましょう。セイバー、これを」
「何です、これは?」
「イヤホンマイクです。この端子を貴女の携帯に繋いでおけば、手をふさぐ事無く会話が出来ます。コレを使って連携を取る訳です。新都に入ったら、電話は常に通話状態に。ライダーの所在を発見次第、すぐ貴女達に伝えます」

 私もセイバーも、戦意は十二分に奮い高まっている。彼女一人では窮地に追いやられかねないが、今は私が居る。遅れを取る事は無い筈だ。

「ライダーは怪力と、ランサーに匹敵する俊敏性を誇るサーヴァントです。入り組んだ地形の市街地では彼女に分がある。発見しても単騎で不用意に攻め込まない事。私達が合流するまで待つように。その上天馬。アレは危険です。恐らくライダーは、私達を逃げ場の無いビルの屋上へ誘い込もうとするでしょう。空を飛ぶ相手に切り札以外の攻撃手段を持たないセイバーは、決して逃げ場の無い高層ビルには登らないように! 凛はセイバーと共に行動してください。私は一人で構いません。セイバーが戦う間、無防備になる士郎君をカバーして欲しい」

 私の指示に各々が反論なく頷いてゆく。重畳だ。これなら彼女と対峙してもそう拙い事態にはならないだろう。少なくとも、セイバーが私と同じ轍を踏む心配は無い。後は不確定要素があまり飛び込んでこない事を祈るだけだ。

「オーケー。あの馬鹿をぶん殴りに行くわよ!ここでライダーを倒す、良いわね皆!!」
「了解!」
「お任せ下さい!」
「おう!」

 私達は最短時間でで現地に向かう為、それぞれにマスターを担ぎ、全力で新都を目指し飛び出した。


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