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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:1eb0ed82 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/01/27 01:57
 新春の芽が次第に葉となる如月の澄んだ青空の下、坂道には次第に学生が多く見受けられるようになる。通学路を歩く士郎達の後ろについて歩く事約三十分。不思議にあたりをキョロキョロと見回す不審な我が主に見かねて士郎が問いかける。

「如何したんだよ、遠坂。何か様子が変だぞ、お前?」
「えっ!? やっぱり何処かヘン、私? おかしいなあ、今朝は時間無かったけど、それでもちゃんとブローしたし、制服だって皺一つ無い筈なのに……ああもうっひょっとして夢見が悪かったからクマでも出来てるってワケ!?」
「なんでそこで怒鳴るんだ。っていうか何でソッチを見てるんだ、誰もいないだろ」

 何やらキッと睨まれてしまった。そんな夢の内容まで私に責任は持てないのですが。

「なんでって、ソコにアリアがいるからよ」
「なんでアリアが関係あるんだよ?」
「別に良いでしょ、コッチの事情よ」

 はあ、何だか私のせいにされてしまったようだ。全く見当違いなのですが。
 丁度通路の角に入って周囲の眼が私達から外れたので、この一瞬を逃さず実体化する。

「あの~、別に凛は何処もおかしくないですよ」
「ちょっと、実体化して見られてないでしょうね!?」

 凛が小声で慌てたようにそう問い詰めてくる。

「ご心配なく、そんなヘマしません」
「ん、確かに周りは誰も気付いてないな」
「凛は周りから妙に視線を感じるので、自分が何処かおかしいのでは……と思われたのでしょう?」
「そうだけど、違うの?」
「それは士郎君に聞いてみれば解かりますよ」
「どういう事?」
「ん? 別に遠坂の格好におかしいトコなんて無いぞ。っていうか、別にクマぐらい大した事じゃないから気にするな」
「何失礼な事言ってるのよこの頓珍漢。女ってのは生まれた時から身だしなみは気にするモノなの! ああもう、せめて外見だけは完璧でいようって頑張ってきたのに!!」

 しまった、火に油だった。私としたことが失策だったようだ。

「ああ、ですから違うんですって。もう、士郎君も鈍すぎるのは考え物ですよ。凛は何処もおかしくありません。周囲に見られていたのは、士郎君が一緒だからですよ」
「ああ、だな」
「えっなによソレ? その程度の事でこんな扱い受けるわけ? ……侮れないわね学校生活って。十年も続けてれば学生なんてマスターしたものと思ってたけど、まだ謎は残ってたのね。私が甘かったか」

 腕組みしてうーむと考え込んでしまった主を見て士郎と二人、顔を見合わせる。

「……そんな大したものかな?」
「あはは、さあ……?」

 不思議そうに首を捻る士郎だが、残念ながら我が主には、その疑問の理由は恐らく解からないでしょう。凛ってそういう人ですから。




第十八話「召喚者は再び槍兵と遭遇し、兵士は己が願望と出逢う」




 通学路を歩きながら、凛はまだブツブツと自分の世界に篭って考え続けている。それを不思議そうに眺めながら士郎が小声で尋ねてくる。

「解からんヤツだな、遠坂が誰かと歩いてたら、騒ぎになるに決まってるじゃないか。それが男子生徒なら尚の事だ。だろ、アリア?」
「あはは、凛ってその手の事には意外と疎いんですよねぇ。大物というか何というか」
「大物か、納得……」

 そんな事を小声で話しているうちに校門に着いてしまった。
 門の手前、道を挟んで手前の道路脇に来たところで塀の影に寄りかたまる。

「凛……」
「ええ、そうね」
「何だよ。如何したんだ二人とも?」

 私達の態度に士郎が怪訝な顔で問いかけてくる。

「士郎、一つ教えておくわ。今この学校には、敵の罠が仕掛けられてるの」
「何、だって……ワナ? ワナってあの罠か!?」
「そうです。ただし、それは私達に対しての物ではありません。仕掛けられているモノはいわゆる結界。それも発動すれば、中に取り込まれた人間全てを溶解して、その血肉を丸ごと魔力として吸収してしまうという、恐ろしい代物です。大きさは丁度、学校の敷地全てをスッポリと包んでいます。発動したら、学校内の人間は一人残らず吸収される」
「なっ……! なんだよソレ……止めなきゃ、ソレを解除する方法は無いのか!?」

 士郎が血相を変えて問い詰めてくる。
 私としても辛い。自分には結界を解除する術は無いのだから。
 ……そう、結界の主、ライダーを倒すという方法以外には。

「無理ね。私も試して見たんだけど、アレは……私達には手が付けられない。何とか結界の基点となってる呪刻を探って、結界消去の魔術で洗い流す事は出来るけど、気休め程度。術者が再びそこに魔力を通せば、たちどころに復活する。時間稼ぎにしかならない。大元、結界の張り主に解除させるか、そいつを倒す以外に根本的な解決法は無いってワケ」
「状況から考えて、結界を張ったサーヴァントのマスターは十中八九、学校内に潜伏していると考えられます」
「それってつまり、学校の関係者の中に居るってことか……」
「……そういう事になります」
「くそっ……」

 苦虫を噛み潰したように渋面を造り、悔しさを現す士郎。

「士郎君。これからの方針ですが、私達は一先ず今までどおり呪刻を探し出し、妨害工作を続けます。気休めでも、多少は完成を引き伸ばせる。出来れば貴方にも、協力をお願いしたい」
「ああ、任せてくれ。協力するよ」

 士郎は迷う事無く、彼らしい答えを返してくれた。歪であろうと、決して曲がらぬ正義感を奮い立たせて立ち向かうと決心したのだ。
 私もそろそろ、ちっぽけな拘りは捨てて実益を取らなければいけない……もう潮時だ。
 本当に人々を救いたいなら、形振りなど構ってはいられない筈なのだ。喩えどんなにそれを公平でないと、ソレを卑怯な騎士道に反する行為だと感じようが、それは感傷に過ぎないと言われれば、言い返しようはない……。それに私は既に、騎士ではない。本当に救いたい者達を救う為に、其れが足枷となるなら、かつての私を支えてきた騎士の誇りと言えど捨て去る覚悟で兵士となった筈だ! そんな私が、今更感傷だなんて……。
 それで失われる命が増えてしまったら、私は何のために此処に導かれたというのか!
 実を取る事を最善とするなら、私が取るべき答えなんて、迷い探すまでも無い。第一、この世界に導かれた時点で既に、私は狡い卑怯者と成らざるを得ないのだ……。
 そんな事は、最初から解かっていたはずだアルトリア!

 足りないのは、例え自分の誇りを捨ててでもソレを貫く勇気……。

 ははは、情けない……私はまだそんな弱く拙い覚悟しか持ちえて居なかったのか?
 そんな甘い考えで、ずっと私は幾多の戦場を戦ってきたのか……?
 その程度の覚悟であの時死地に挑み、英霊と成り果てる道を選んだか!?
 セイバーとしてあの時彼と共に戦い、自身の誇りを貫く強さを、そして最も見失ってはいけない想い、信念を取り戻した。そしてアルトリアとして、その信念の為に本当に必要なら、卑怯者の烙印を押されようと願う平安の為に己の全てを賭す覚悟、その為の術、業をひたすら身に刻んだ! それは何のためだ!?
 どんな状況でも必要なら、利用できるなら、どんな些細な物でも使い目的を果たせ。
 本当に人々を助け、護る事に繋がるのなら……一つの迷いが一つでも命を零す因果となるのなら、決して迷うなかれ!

 それが私がアルトリアとして軍属に生き、複雑怪奇な時勢、幾多の価値観が渦を巻く現代に揉まれ、考えさせられ、辿り着いた信念だった筈だ。
 それを忘れてしまったのか……私はそんなに弱かったのか……?
 違う筈でしょう、アルトリア……なら、もう迷っている訳にはいかない。……だが、ライダーの事を何時、凛に明かせるものか……。そのタイミングが中々掴めない。
 まるで得体の知れぬ、真っ暗な奈落の底のような難敵を前にしたかのような……そんな焦燥がずっと私の心をジリジリと苛んでいる。

「……アリア、どうしたの?」
「あっと、すみません。何でもないのでお気になさらないで。それじゃ、私は一端此処で失礼します」
「そうね。じゃあまたね」
「あ、そうか。ここまで来ちゃったもんな。悪いな」

 二人とも、私の言葉の意味は理解してくれたようだ。いくら何でも登校する生徒の眼がある此処で、私が霊体化する訳には行かないし、一緒について中に入る訳にも行かないのだから。ぱっと見は只の付き添い人のように装って二人から離れ、脇の路地に入って人気の無い所で零体化する。

「早く、凛に打ち明けなくては……」

 思わず、小さく呟きが漏れた。


**************************************************************


 授業終了の鐘の音が教室のスピーカーから鳴り響く。やっと昼休みになった。既に完成しつつある結界の影響だろう、既に教室内の生徒達も生気の無い顔をしている。もうあまり時間は無いな。幾つかの基点を見回り、可能なら潰していこう。

(アリア、行くわよ。士郎に断ってから、こっちに戻ってきて)
(了解しました、凛)

 士郎の護衛についていたアリアを伴って、学校中を駆けずり回る。呪刻は基本的に人目に付き難い所を選んで仕掛けられている。屋上の起点となっている呪刻然り、化学室の隣の準備室とか備品倉庫、使われなくなった空き教室など。意外なところでは階段の裏だったり、袋小路の壁とか。只の人間の眼には基点なんて見えるはずは無いので、そんな目に付きやすそうな位置でも、異常を察知できる人間は校内では私達魔術師だけだ。
 そんな事を考えながら、空き教室の中に忍び込む。鍵は魔術で開けようとしたら、先にアリアが中から開けてくれた。霊体化出来るのって便利よね。

「アイツがあんなに敏感だったのは意外だったな」

 無人の教室の中、ポツリとそんな呟きが漏れた。誰にも聞こえない筈の小さな声。だがその声に応じる声が、下から上がってくる。

「士郎君の事ですか」

 そう、実は今アリアは実体化している。此処の呪刻はちょっと厄介な場所にあって、残念ながら私の背では届かない。室内には生憎と脚立も、机さえも無かった。だからアリアが実体化して肩車をしてくれているのだ。
 勿論、周囲に誰の眼も無いから出来ること……だって制服のスカートなんだから。できれば早々に降りたいくらいである。

「うん。だって超が付きそうな程のヘッポコなのよ? 魔力の残滓さえロクに感知出来ないのに、特異点を感じる能力は並じゃないなんて。人間、何に秀でているか判んないもんだわ。とりあえず分担して探せば学校中の基点を見つけ出せそうだし、助かるけどね」

 そう愚痴りながら空き教室にある呪刻に結界消去の効果を持った魔力を注ぎ込む為、左腕の魔術刻印を起動させる。アリアは丁度その時別れていて、後から合流してきたので、その時の詳細は知らないだろうけれど。
 士郎はなんと、この結界を“異常”として感知出来たのである。士郎は魔術師としてはお世辞にも才能があるとは言い難い。だけどただ一つ、投影魔術だけは、それこそ封印指定を受けてもおかしくない程抜きん出た資質を持っている。
 投影魔術とは、言ってしまえば世界の中に己の幻想で存在しない筈の“モノ”を捏造してしまう禁忌の術だ。作り出す“モノ”とは自身の幻想を具現する小さな「閉じた世界」だと捉えることが出来る。つまり、士郎は己の閉じた世界をこの世界に作り出すことが出来る魔術師。だから世界の異常に対しては認知力が人並み外れて高いのかもしれない。
 そんな事を考えていたせいだろうか。呪刻に結界消去の魔術を流し込みながら、つい口から本音が零れ落ちる。

「まったく、とんだ規格外もいたものだわ」
「ははは……。私からすれば、貴女の才能も十分すぎるほど規格外だと思いますが」

 私を担ぎ上げているアリアが困ったように笑いながらそう言ってくる。

「なによ、ソレ。原因はよく判んなかったけど、大事故の傷が勝手に治った貴女は規格外じゃないってワケ?」
「あ、あはは……アレはその、特異体質と言いましょうか、私の持つ宝具の力でして……それはともかく、私の魔力値や技量は人並み以下でしたので……」
「じゃあ何、貴女生まれ持って宝具を持っていたの!?」
「は、はあ。そういう事になりますね、はい」

 なにやら及び腰に肯定してくる足の下のアリア。自分が常識外れも良いところなのは解かっているのだろう。

「なによそれ、そんなの古代の神々か名立たる英雄ぐらいの物よ?」
「あはは。私一応、セイバーの生まれ変わりなんですけど」
「そ、ソレは解かってるけど……!!」

 べ、別に忘れていたワケじゃないわよ? うん、ただちょっとうっかりしていただけ!

「じゃあ、セイバーも貴女と同じように肉体を再生する宝具を持ってるの?」
「それは――――っ!? 凛、ちょっとすいません!」
「えっ何? きゃっ!」

 唐突に降ろされて着地に失敗し、バランスを崩しかける。もー、何だって言うのよアリアってば。当のアリアはといえば窓に張り付き、外を凝視していた。

「凛! ちょっと来て下さい、あれを!」
「何なのよ一体……」

 誘われるまま窓の側に駆け寄ると、アリアが校庭の一角を指し示す。
 そこに居たのは、間桐慎二について校門の外へ出ようとしている士郎の姿だった。

「え、ちょっと何やってるのよアイツ?」
「凛、今彼を一人で外に出すのは危険です!」
「判ってる、こっちは一人でも平気だから直ぐ追ってアリア! 士郎を護衛しなさい!!」
「はいっ!! っと、そうだ、凛。これを!」

 勢い良く返事を残し飛び出そうとして、彼女は急に思い留まった。うっすらと消えかけていた背中に存在感が戻る。アリアは即座に振り返って、私の手に何かを預けてくる。それは小さな銃と、穴ぼこだらけの変わった形をした小型のスプレー缶みたいな物。

「何、これ?」
「デリンジャーという携行用ピストルとフラッシュバンです」
「ちょっとアリア、私に銃を持てっていうの? 私は魔術師よ、近代兵器の力になんて頼らなくったって何とかして見せる自信はあるわ!」

 魔術師としてのプライドが銃というモノを拒む。私達魔術師という人種は皆そうだ。だけどアリアは真摯な眼差しで食い下がる。

「凛、それはあくまで敵が同じ魔術師、ないし人の領域であればそうでしょう。ですが今は聖杯戦争です。たとえ対魔力の高いサーヴァントが相手でも、私の銃ならば効果もある。このデリンジャーは小さい分かなり扱い難く、たった二発しか撃てませんが、無いよりは良い。これなら隠し持つ事も容易です。フラッシュバンは音と閃光で敵の目を眩ます物。ピンを抜いて四秒以内に放って下さい。これはあくまで私が離れる間の保険であり、使うとしたらそれは最後の手段です。ですからお願いです、持っていて下さい。それはずっと実体化させておきますから!」
「わ、判ったわよ」

 ついに根負ける。アリアの言い分に非は無いのだから、仕方が無い。私が大人しく受け取ると、彼女はすぐに霊体となり三階の窓を飛び抜け、士郎の護衛に向かう。彼女が付いていれば、余程の相手でも現れない限り大丈夫だろう。
 そう結論付けて、制服のポケットに彼女から受け取った銃と手投げ弾を突っ込んで教室を出る。 私ものんびりなんてしていられない。昼休みが終るまでに潰せるだけの呪刻を潰しておかなければ!

「まったく、面倒を増やしてくれるわねあのバカ!!」

 途中、私の声が聞こえた男子生徒達が私を見て、すぐ見て見ぬフリをしたような気がするが気にしない、構ってなんかいられない。アリアが居ない以上、私は敵サーヴァントに遭遇したら丸腰も同然なんだから、周囲に最大限の注意を払わなきゃいけないのよ。まったくもう、余計な手間を掛けさせてくれる!
 その後二つの呪刻を消し飛ばす。もうそろそろ昼休みも終わりが近づいてきた。

「あと十分か、急がなきゃ」

 足早に階段へと向かい、屋上へと駆け上がる。もう昼休みも残り僅かしかない以上、後は屋上しか今潰せそうなポイントは無い。

「屋上に人は、居ないわね!? よしっ」

 さっさと此処の呪刻を洗い流してしまおう。一見何も無いように見えるコンクリート床の一角へと移動する。この結界の起点となっている呪刻の場所まで来て、私は突然に言い様の無い嫌な感覚に囚われた。そう、此処は忘れられない。
 三日前、私達が初めて敵のサーヴァントに遭遇した場所だ。そして、初めて戦闘を経験した場所でもある。あの蒼い槍使いの英霊、ランサーと。
 ……だから如何したっていうの。ランサーとの決着は付いてないとはいえ、今はまだ昼間、サーヴァントに襲われる可能性は低い筈だ。そう自分に言い聞かせる。だが、強情な本能が何かを警戒しているのか、ジリジリと嫌な焦燥感は消えてくれない。
 
「さて、ちゃっちゃと始めますか。何だか、嫌な予感もするし。Anfang(セット)――!」

 前回は呪刻の魔力を消し飛ばそうとして、その直前に妨害された。でも今は誰も邪魔をする厄介者は居ない、居ない筈だ! そう強引に自らを鼓舞して、嫌な感覚を吹っ切り、魔術刻印に魔力を通す。だが、私の細やかな願いを嘲笑うように、再びその男は現れた。

「なんだよ、まだ諦めてなかったのかい嬢ちゃんよ? お前さんもご苦労なこったな」
「!? そんなっ、何でまたアンタが……!!」

 嫌な予感は、最悪の形で現実になった。そこに居たのはやはりというか、三日前に私達を妨害した蒼身の槍兵、赤き魔槍を担いだランサーだった。

 あの曇天の夜と同じ、群青を明るくしたような真っ青な戦闘服に身を包んだ槍の英霊。
 もし嘘ならそうだと言って欲しい、幻なら消えて欲しい。よりによって、アリアが側に居ないこのタイミングで遭遇するだなんて!!

「いや~、俺も昼間はトンと暇なもんでね。マスターのトコに居ても、何かと雑用押し付けられるばっかで面倒臭ぇし、何か面白い事でも無いかと飛び出してブラブラしてたんだが、そしたら嬢ちゃんがまた何かしようとしてるのが見えてな。興味が沸いただけさ」
「興味なんて全然沸いてくれなくて結構よ!」
「それより、あの物騒で別嬪な姉ちゃんはどうしたよ。お前さんマスターだろ、一緒じゃないのか?」

 ランサーは余裕綽々といった態度で、あの時同様に給水棟の上から見下ろしてくる。冗談じゃない、私だってマスターだ。幾ら絶対的な力の差で不利だろうと、舐められればそこで終わりだ。意地でも強気で押し通してやるんだから!!

「ふんっ。見ての通り、生憎と今日は別行動中でお留守よ。それが如何かした?」
「いやなに、嬢ちゃんの姿が見えたから、近くにあの姉ちゃんも居るんだろうと思っただけさ。なんせ、あの姉ちゃんとの勝負は付いてねえんだ。今度はちったあ楽しめるんじゃないかとおもったんだが……な」

 そう言いながら、背筋も凍りそうな鋭い殺気を放ちだし、此方を射抜いてくる。こんなの、アイツにとっちゃ軽く悪戯でもしてみようってだけ。怯むな、ヤツの思う壺よ!!

「生憎と、人目が多い昼間の戦闘は魔術師のルール違反よ! 相手も居ないんだし、大人しく帰りなさい。そうすれば貴方の事は見なかった事にしてあげる」

 あくまでも冷静に、強気な姿勢は崩さずに食らい付く。その姿勢のあまり些か挑発的になりすぎたか、私の目論見とは裏腹に顔面を狂喜の相に変えてゆくランサー。しまった、挑発しすぎちゃったかしら!?

「ほっ! 良いねえ良いねえ、サーヴァントも連れてない絶対的に不利な状況だってのにその負けん気の強さ! 気に入ったぜ、嬢ちゃん。お前さんは中々に大したマスターだ。腕もかなり立ちそうだしな……どうだい、ちょっくら兄さんを楽しませてくれねぇか!?」

 後悔先に立たずとは良く言ったものだ。そんなことを思う暇など無く、猫科の猛禽のようにしなやかな全身のバネで一瞬にして跳び、蒼い疾風が襲い掛かってくる。私の心臓目掛けて一直線に奔る赤い矛先。

「くっ…………! Es stärkt muskulöse Stärke(筋力強化).Es ist gros, Es ist klein(軽量,重圧)……!!、……せいっ!!」

 魔術の詠唱は間に合わない。初撃は此方も全身のバネに力を込めて全力でかわす。その勢いのまま硬いコンクリートの上を転がりながら肉体に魔術を施す。そのまま床を渾身の力で蹴り飛ばし、質量操作によって軽くなった自身の体を宙に放り投げた。

「Es macht Reaktion schnell(反射神経加速),Es ist ein Flügel des Windes(我呼ぶは風の翼)!!」

 空中で次々に魔術を掛ける。サーヴァント相手にやり合う以上、筋力を強化したぐらいじゃ駄目だ! 全身の神経の反射速度を限界まで加速させて、肉体的タイムロスを少しでも削る。そして質量操作。極限まで軽くした体は風に舞う羽根の如しだ。その自分の周囲の気流を操り、私の体は風に乗って空を滑ってゆく。

「はっ、そうでなくっちゃな! 場所を変えるか、良いぜ何処へでも案内しな!!」

 常識離れしたスピードで屋上から滑空する私に続くように跳躍する蒼い槍塀。私の姿も彼の姿も、常人の眼には只の影にしか見えないだろう。

「ちっ……やっぱりこの程度じゃ撒けないか」

 相手はサーヴァント一の俊足を誇るランサーだ。そんな事は百も承知だけど。まいったな、この修羅場、如何乗り切るか……。
 風に乗って、学校裏の雑木林に飛び込む。ランサーは如何に速いと言えど、攻撃は線だ。空間ごと根こそぎ吹っ飛ばされる訳じゃない。此処ならまだ生い茂る草木が遮蔽物となって地形的にもまだ有利に働く筈。
 質量操作を解き、柔らかい腐葉土の上に着地してすぐ様雑木の影に隠れる。少しでも対策を練る時間を稼がなきゃ。そうしているうちにも木々の向こうからドサッと何かが落下した音が聞こえる。ランサーだ。

「おいおい、今度はかくれんぼかい。まあ良いけどよ、そんなんで隠れた心算かぁ?」

 やっぱり英霊相手にはバレバレらしい。悔しいがどうしようもない。ポケットの中から取っておきのトパーズを取り出す。
 ご免アルトリア。やっぱり私一人じゃ、悔しいけどアイツには勝てないかも……ねえ、こんな時如何したら良い!? そう心が折れそうになった時だ。

(凛! 凛、如何したのです、無事ですか!?) 
(あっ、アルトリア!?)

 突然に、アリアの声が脳裏に響いた。そう、彼女は私の危機を察知して念話を送ってきたのである。

(ご無事ですか凛!? 何があったのです、そんなに辛そうな声で)
(ご免アルトリア。今こっち来られる? 最悪のケースなのよ。ランサーが襲ってきた)
(!? ランサーがですか!?)

 驚くアリア。無理も無い、私だってドッキリなら早く終わって欲しい所だ。

「おーい、見つかっちまったぞ嬢ちゃん?」
「はっ!?」

 唐突に聞こえた声の方向に目を向ける。ランサーは私の頭上、木の枝に座り込んでにやりと私を見下ろしていた。

(ヤバイッ!)
(凛!?)
「Eine Windklinge(切り裂け風の刃よ)!!」
「ぬぉっ!?」

 一小節(シングルアクション)で魔術を発動させ、トパーズに込められていた全魔力を解放する。指に挟んだ大粒のトパーズから、真空の鎌鼬が幾重も折り重なるように生み出され、圧縮された風の中に生まれた真空の刃が頭上のランサーを襲う。
 一小節とはいえ、詠唱も無しにただ魔弾として放つよりは威力も上がる。それに十年間溜め込んできた魔力は大魔術に匹敵する筈だ。少しぐらいはダメージを与えてよお願いだから!
 心ではそう願っても、常に先を予測して行動しなきゃやられる。私は即座に飛び出して雑木の間を縫ってその場を脱出し、茂みの裏に隠れて敵の様子を窺う。

「――――ぷうーっ! いやぁ効いたぜぇー今の。俺にランサーのクラス別スキルが無けりゃ、下手すりゃ殺られてたかもしれんが、残念だったな」

 先ほどまで居た木の前にザンッと着地して、軽く頭を振りながら軽口を叩くランサー。
 私の放った真空の刃で革鎧は全身ズタズタに切り裂かれ、所々には裂傷さえ与えているというのに、ヤツにダメージを与えるほどの重傷は一つも無いっていうの?
 くそっ、ヤツの対魔力スキルを侮ったか……やっぱり三大クラスは伊達じゃない!!

(凛! 状況を教えてください、サポートします)
(それより、こっちには来られないの!?)
「そうっりゃあ!!」
「くぅっ!」

 懐目掛けて飛び込み振り下ろされる赤い槍の軌道から、間一髪で横転して逃れる。落ち着いて念話してる暇も無い。立ち止まれば、即槍の餌食。そのまま起き上がりの隙を狙って繰り出される突きを、立ち上がらず後ろに身を蹴り飛ばして逃れる。強引な回避行動に受身が付いて行かない。マトモに背中を地面に強打して肺が押しつぶされる。
 くっ苦しいっ。でも止まれない……逃げなきゃ! 酸素不足のまま喘ぐ脳。でも構ってられない!

「っく、こっのぉ!」

 左腕の魔術刻印に火を燈してガンドを撃つ、撃ち放つ、ただ闇雲に撃ちまくる!! 認めたくは無いけど、私のガンドは狙いが甘い。それを最初から狙いもせず滅茶苦茶に撃ちまくってるんだからガンドが何処に飛んでいくかなんて考えちゃいない。そこらじゅうの木々、地面、草花を抉り、弾き、吹き飛ばす呪力の弾幕。
 少しでもアイツの足を止められれば良い。撃て、とにかく撃ちまくれ!!

「ぅおおっとっと! なんだよ今度は闇雲かぁ? もうちょっと気の利いた手を見せてくれよな!」

 忘れていた訳じゃ無いが、アイツには矢避けの加護があるんだっけ。ちぃっ、私のガンドも矢の内に入るってワケか……厄介ねまったく!

(凛、五感を共有して下さい。此方で状況を把握します!)
(判ったわ、っとぉっ!? あっぶな……!)

 ランサーの槍を辛くも避け、後転しながら詠唱を開始する。

「Es teilt einen Sinn(祖は感覚を共有せん)!」

 その直後、私とアリアの感覚は共有、知覚され、脳が送り込まれる余りの情報量に一瞬悲鳴を上げる。目の前の光景がほんの一瞬真っ白に光り、視界が歪み元に戻る。いわゆるフラッシュアウトという現象に近いだろうか。
 バッと立ち上がってランサーを睨む。幸い、回避行動で動いている最中でよかった。立ち止まっていたら間違いなく致命的な隙を生んでいただろう。

(見える、アリア?)
(ええ、問題無く。確かに、これは少々厳しい……右後方避けてっ!)
「はぁっ!!」
(っとと、そうなのよ。……そっちも、ああ。確かにそれは動けないわね)
(申し訳ありません。すぐにでも貴女に報告すべきでした。左、側転、屈んで、右に飛んで! 上体左そらし! 前方飛び込め! 直ぐ右四十五度ジャンプ!! 後方七メートル先、木々の間に逃げ込んで三角跳びで後方に撤退! 今の貴女の脚力なら出来る筈です!)
(オッケー! 今は貴女の指揮に命を預けるわ、頼むわよアリア!!)
(はい!)
「ほっ!? 急に動きが良くなったじゃねえか。そうそう、本気でかかって来い。俺を楽しませてくれよ!?」
「っ、好き勝手言って……」

 アリアの指示は的確で、紙一重でも確実にランサーの攻撃を避けられるようになってきた。先程までよりも、遙かに私には余裕がある。

(凛、此方の敵はライダーです。彼女は、今の所は間桐慎二のサーヴァントとして、彼に従っています。屈んで後方跳び!)
(そのようね。今貴女を士郎から離したら、おっと! ライダーは士郎を愚かなマスターと見透かして襲いかねない)
(ええ、迂闊でした。右後方から上段、側転して逃げて! まだ私がライダーに察知されていなれば、話は違ったかもしれませんが)

 確かに、最初からアリアの気配を悟られなければ、有り得ない例だと思うだろうが、元から連れていないマスターだと思い、ライダーも一先ずは様子を見たかもしれない。だが既にアリアの存在を知られた今は、向こうにしてみればアリアを士郎のサーヴァントだと思っただろう。そんな状況下でアリアを戻らせればどうなるか。ライダーから見れば、突然己のサーヴァントに逃げられたマスターだと思われる……そうなったら、考えるまでも無く士郎の身に危険が及ぶ。

(仕方ないわよ。うわっと! そこまで先読み出来たら誰も苦労は無いわ)
(右に、左に、後ろ跳び! 転がってすぐ横転! 前飛び込んで前転! いいえ、これは私のミスです)
(なんで?)
(それは後でまた。先程からどうも妙に思っていた。貴女もでしょう?)
(ええ、アイツ、実力を貴女との時の三割も出してない)
(そうです。彼にとって、これは只の余興、遊びに過ぎないようです)
(舐めてくれちゃって、くそう。それでも精一杯だってのが腹立つっ!)

 今だって、此方がバテない様、要所要所であからさまに手を抜いて、此方が呼吸を整える時間を与えてくれている。時折満足に念話出来ているのはヤツがワザと隙を作っているからだ。明らかに私の力量に合わせて手を抜いている。

(そういえばアイツ、最初から“俺を楽しませてくれ”って言ってたのよね。妙だと思ったのよ、最初っからアイツ、私の目で追えるスピードしか出さなかったんだもの)
(それに今はまだ真昼間……魔術師のセオリーではないですね。彼の独断でしょうか)
(どうもそうみたい。真偽は知らないけど、アイツ自身がそういってたから)

 今までの経過を振り返ってそう伝える。するとアリアはふむ、と何かに確信したように答えてくる。

(成る程、活路は見出せそうだ。凛、どうやら彼の目的は貴女と遊ぶ事です。余りにフラストレーションが溜まったのか、ちょっとした息抜きの相手に、運悪く貴女が選ばれてしまったようです)
(そういや、なんかそんな事言ってたわねえ。つまらないとかどうとか……ったく! 冗談じゃないわよ!!)
(ともかく、そうならこの戦闘を終らせる方法は、彼を納得させるだけの一撃、この試合で一本を取る事です!)

「そうら、ボサッとしてる暇はねえぞっ」

 休憩時間は終わりだと言わんばかりに大きく跳躍して大振りを見舞ってくるライダー。

「くっ!!」
(側転で回避、直ぐに跳躍して木の間で三角跳び! ひとまずもう少し粘って!)
(判った!)

 アリアの思惑はすぐに解かった。一先ず作戦を立てる為にも、それを私に伝える為にも、
もう一度小休止をはさむまでとにかく逃げろという事。アリアはとっくに何か手立てを考え付いている筈だ。けれど、それを私に伝える為の暇が無い。こうしている間にもアリアはずっと私に次の手を指示し続けてくれているのだ。
 アリアがランサーの動きから先を読み、常に私が対応出来るよう指示をくれる。だから動ける。これがアリア自身なら、きっとこんな動きはしないで、私が今まで目にしてきたような彼女の戦い方……もっと効率的に避け、すり抜けるように受け流したり、跳ね返したり、反撃だって出来る筈。でもそんな達人の身のこなしや戦闘技術の機微は、念話とはいえ、簡単に口頭で伝えられるような物じゃない。

(一気に後方三十メートル跳んですぐ右九十度側転! 木の幹に隠れて屈め! 飛び出して彼の足元にガンド連射で煙幕! 後ろの木で反対側に跳ぶ!!)

 だからアリアは私の魔術で強化した身体能力に合わせて、もっとも動き回りやすいように指示を出してくれている。とにかく立ち止まらない、単調なパターンを踏まない。基本に忠実ながら、時折博打に出るような、無茶っぽい機動を巧みに織り交ぜ敵を攪乱する。

「せいやぁっ!」
「ふっ!!」

 赤い矛先が空を切り頚動脈に迫る。それを先に予測して私に右後方四十五度跳べと指示が飛び、難なくかわす事に成功する。

「とぅりゃあ、せい!!」
「はっせっ!!」

 跳んだ先に追撃の突きと横薙ぎ、それもまた予測された指示に従って上体を捻り、そのまま倒れこむように横っ飛びで回避する。私に矛先が触れた事はまだ一度も無い。 
 これが、前世をセイバーとして生き、来世で特殊部隊の猛者として生きた、戦場の賢者が持つ叡智。……頼もしい。これほどまでに頼もしいと思った事があったろうか。今この場に彼女は居ないのに。負けられない、絶対に! これほどの英雄が私に力を貸してくれているのだから!!

「へへっやるじゃねえか嬢ちゃん。中々大した身のこなしだぜ? 若いのに大したもんだ」
「それはどうも。煽てるくらいならここらでお開きにして欲しいんだけど」
「へっ、そういうなよ。そうだな、嬢ちゃんが俺に一撃でもクリーンヒットを見舞えれば嬢ちゃんの勝ちにしてやるよ。そこでゲームオーバーだ。大人しく帰るさ」
「! 言ったわね!? その言葉、絶対に約束しなさいよランサー!!」
「あったりまえだ。俺を誰だと思ってる、騎士の誇りに誓って二言は無ぇ!!」

 ようやくこの性質の悪い遊びに終止符が打たれる保証を得た!

(ケリをつけるわよアリア、作戦は?)
(凛、私が渡した銃とフラッシュバンはありますね?)
(あるわ。どうするの?)
(私の銃は現状で彼に対して唯一有効な攻撃力です。ですが、その銃はトリガーが重く、しかも握り難い上弾薬は強力な357マグナム。その小さなグリップでは反動が強すぎて素人にはかなり扱い辛い。至近距離まで接近しなければまず当てられないでしょう)
(なによそれっメチャメチャ使えないじゃないのよ!?)
(本当はもっと扱いやすい低威力の弾薬が相場なんですが、サーヴァントを相手にした場合を考えると、最低でも357マグナム位の威力は必要なんです! 私の45口径をあれだけ手足に食らっても逃げ延びたランサーのような相手には特に!!)

 確かに、あの時アリアはアイツの肘、膝を連続で撃ち抜いたのにそれでも倒れなかった。

(それじゃ、どうやって近づくの?)
(そこで、フラッシュバンが役に立ちます。それは音響閃光手榴弾と言う物で、轟音と強い閃光で敵の戦意を奪う為の物。ですが彼はその存在を知らない。流石に名立たる英雄である彼から戦意を奪う事は出来ないでしょうが、目眩ましの効果は十分に期待できる)
(解かった、その隙に接近してコレを心臓に撃ち込めば良いのね)
(その銃はシングルアクションです。撃つ時は必ず親指でハンマーを起こしてから、トリガーを引いて下さい。チャンスは一度、弾は二発だけです)
(判ったわ。やってやろうじゃないの)

 作戦は決まった。後は、アリアの指揮に全てを託す。眼前の蒼い槍兵はずしりと腰を落として構え、涼しい笑みに獰猛な闘志を滾らせた瞳で此方が仕掛けるのを待っている。

「さあ、いつでもいいぜ。来な?」

 ピリッと張り詰めた空気があたりを支配する。デリンジャーとフラッシュバンを取り出そうと制服の腰ポケットに手を伸ばそうとした時だ。

(待って、まだ早い。凛、全力でまずはランサーの周囲を駆け巡るんです)
(解かった!)
「!」

 ランサーの目が驚喜に輝く。意を決して足に力を込め、一気に駆け出した。

(ガンド威嚇掃射! 反撃が来る前転! 再びガンド掃射しながら旋回、横方向だけじゃ駄目だ。時折ジャンプや樹木で三角跳びして立体的に展開!)

 バババ……とまるで機銃の如く連射を続けながらひたすら駆け回り、飛び、跳ねる。

「ちっ。てんで痛くも痒くもないが、ちと煩いな」
(横転!斜め後方っ!! 右手の木を使って三角跳び距離を取れ!)
「くっあ!」

 それまでグルリと回っていた慣性に逆らって強引に飛ぶ。丁度今居た場所を赤い矛が突き抜けた。間一髪だ。着地して直ぐに木を蹴り飛ばし宙を舞う。

「ちぃ、勘が良いぜまったく!」

(次いで魔術、ランサーの足と右手を氷結で封じて、周囲に旋風!)
「Es ist ein Gefängnis des Eises(祖は氷の牢獄),Es ist ein Tornado(祖は逆巻く竜の息吹)!」
「だから俺にその程度の魔術は効かねえって!!」

 轟々と吹き荒ぶ暴風の中からランサーが吼えるとおり、氷結の魔術はランサーの手足に当たった瞬間、無効化されてしまう。竜巻は周囲の土砂や小石、枯れ落ちた枝葉等を猛烈に巻き上げ、もうもうと盛大な土煙を上げる。竜巻の外に居るこっちでさえ目を開けてるのが辛いくらい。猛烈な土煙で視界を遮る風の壁。
 ランサーからも此方の動きは殆ど掴めないだろう。それと同時に、迂闊に動けば竜巻の強い遠心力に揉まれ、姿勢を崩される。中心にいるランサーは私の挙動に対し万全の体制を崩すわけに行かないから、その場にしがみ付いて動かない手を取るだろう。
 そう、この竜巻はヤツの足をその場に縛り付ける為の物であり、同時に此方の手を隠す為の偽装工作の役目も兼ねている。

(やはり凍らせるのは無理か、構いません。凛、デリンジャーを。彼の手前四メートルにフラッシュバンを投入! 竜巻が弱まる機を見計らい、ガンド掃射でランサーの注意を引いきつつ同時に竜巻の勢いに負けぬよう、強化した筋力で思いっきり地面に投げ付けて!)
(オッケー!)

 ポケットから取り出したデリンジャーを片手に、フラッシュバンの頭に付いているピンの輪っかに指を引っ掛けて一気に引き抜く。そして思いっきり高く飛び……。

「三、二、それぇいっ!!」

 右腕を後ろに引き絞る間、左手の指先からガンドの雨を降らしながら、ソレを思いっきり投げつける。フラッシュバンは手を離れた直後に頭のレバーが外れ、一直線に竜巻の風の壁を突き抜け、地面に突き刺さった。着地と同時に目を瞑り耳を塞ぎ、全力でランサー目掛けてダッシュする!!

「猪口才な……ん、今のは?」
「一っ、行っけえ!!」

 その瞬間、世界が揺れた。目を瞑っているのに視界は焼けるように明るい。耳を塞いだ手を貫き鼓膜を劈く激しい轟音、何より激しい音の波が直接心臓を殴りつける。
 その衝撃と同時にドン! と地を蹴り、姿勢を低くしてその一瞬、私は風になる。強化で引き出した可能な限りの瞬発力での特攻。閉じた瞼を紅く照らす眩い閃光の中に迷わず身を投じた。

「ぐあっ畜生!!」
(今だ、そのままスライディング!!)

 轟音の余韻が消えるのも待たず両手でデリンジャーを構え、目を閉じたまま、相手との距離も判らぬまま言われた通りに滑り込む。それは正解だったとその直後に気付く。目を開けると、私の頭上にランサーの槍が振り下ろされ、矛先が頭の上数センチの地面を抉っていたのだ。私は丁度ランサーの股下に滑り込む形で飛び込んだのである。
 恐るべきは視聴覚を奪われた筈なのに、勘だけで私目掛けて槍を振り下ろしたランサーか、それとも声だけでランサーとの距離感を把握していたアリアだろうか。
 そのままでは慣性でずるりと抜けてしまう、咄嗟に足でブレーキをかける。此処が一番のゼロ距離射撃位置!

(今です凛! 狙うは中心、撃て!!)
「チェックメイッ!!」

 両手で構えたデリンジャーをがら空きになったランサーの胴に突き出し、ハンマーを左手の親指で起こしてトリガーを引く。ただがむしゃらにその工程を繰り返した!
 パーンともダァーンともつかない耳障りな甲高い騒音が二度耳を貫き、右手がジンジンと痺れる様に痛む。こっコレ、マジでシャレにならないくらい痛いわよアリア!!

「くっ痛ぅ!」
「っ…………ガハッ!?」

 目の前に現れた一瞬の火球と硝煙。その煙が消え去った後には、驚愕の顔で自らの腹と右胸に空いた風穴から血を噴出し、口から血反吐を吐き出すランサーだった。

「!? 致命傷……じゃ、ない!!」
(拙いっ私、殺られる!?)
(待って凛、落ち着いて、大丈夫です!)

 余りのショックに、体が硬直して動けない。今ヤツが槍を突き降ろしたら、私には避けられない!

「痛っつう、くっ……はは、は。やるじゃ、ねえか嬢ちゃん……。まさか、あの姉ちゃんの武器を持ってるとは、思わなかったぜ」

 ぐらりとバランスを崩しながら、よろよろと後退るランサー。ぜえはあと荒い息で、そのダメージが結構な物だった事に気付く。そこでようやく体の金縛りが解けた。緊張から解放された体は力が抜けてしまって、私も同じようによろよろとしか立ち上がれない。

「どう? ちゃんと一撃、食らわせたわよ。満足いったかしら、ランサー?」
「ああ、上出来だ。上出来すぎて、高くついた遊びになっちまったよ。いやまったく、これならもうちょっと手加減するんじゃなかったな」
(おかげで此方は助かりましたよ)
(まったくね)

 命中した箇所からして、肺に穴が開いている筈だ。さぞ苦しいだろうに、それでも格好をつけてニイッと引き攣った笑みを浮かべて笑うランサー。

「その慢心が貴方の敗因ね。私にはね、戦の女神様がついてくれてたのよ」
「あの姉ちゃん、まさかアテナ神だってのかい?」
「まさか。でも、私にとってはそうかもね」
(凛……)
(あはは、まあ良いじゃない。褒め言葉なんだから)
(り、凛っ……)
(あは、照れなくてもいいのに)
「ははっ。そうか、途中からの動きは……成る程な。全く、とんでもねえ嬢ちゃん達だ」

 そう言いながら、手近の雑木に持たれかかり治癒のルーンを刻むランサー。彼の体を魔術の光が包み、徐々にだがその傷が直り始める。

「それじゃあ、この勝負、私の勝ちね?」
「ああ、お前さん達の勝利だ。英雄に二言は無え。さっさと行きな。俺もマスターにこの事がバレちまった。すぐに帰って来いとどやされてる。こりゃあ、大目玉だな」
「あ~あ、お気の毒様。こんなバカな事するからよ。反省なさい」
「ハッ、ちげぇねえ。まあ良いさ、今日は中々に楽しめた。あんがとよ」

 そう軽口を言うや、クイッと顎で学校の方を指し示してからヒラヒラと手を振り、さっさと行けとジェスチャーするランサー。
 見れば、こちらでの轟音や異常な竜巻が人目に触れたせいだろう。わらわらと人の気配が近づいてくる。遠くにはパトカーのサイレンも……。

「やばっ……騒ぎになっちゃったか」
「だから言ったろ、行けって」
「判った。じゃあねランサー。次はこんなのじゃなく、真っ当な戦い方で来てよね!?」
「ああ、騎士の名に賭けて約束するさ! あの姉ちゃんに宜しく言っといてくれ、今度はサシでやろうぜってよ!」

 その言葉を聞き届け、私は雑木林をぐるっと回るようにして人目を逃れ、学校に戻った。


**************************************************************


 凛のサポートを無事終えた頃には、此方の話し合いもほぼ終わりに近づいていた。結局最後までライダーは私にずっと静かに殺気を送って様子を見続けている。
 間桐慎二の話は、単純に手を組まないかというだけのものだった。学校の結界を否定はしていたが、この男がライダーに仕掛けさせたのは間違いないだろう。私の経験した世界と同じならば。この事は後で、ちゃんと凛に全て打ち明けなければ……。
 そんな事を思っているうちに、話は終ったようだ。ライダーが慎二に士郎を送るよう命令された為、玄関まで来る事となった。一応は警戒を強めて、士郎との間に入り彼女を牽制する。士郎はといえば、ライダーの雰囲気が苦手なのだろう。ずっと無言のままだ。
 黒衣の騎兵に付き添われながら玄関先まで出てきた所で、士郎は徐に口を開いた。当然私にではなく、敵であるライダーに向けて。

「なあ、ライダー。さっきの……アイツの話は本当なのか」
「――――――――」

 まったく、貴方は昔から楽観的というか人が好いというか……普通、敵にこんなに明け透けすぎる質問をぶつけるなど、交渉術においては落第点ものですよ。しかし、まあ……ひょっとしたら問題外すぎる反応に呆れて、気まぐれを起こさせるかもしれない。
 ライダーは真一文字に閉じた唇を微かにも開く事は無く、動いているのは風に揺れる艶やかな紫の長髪だけ。ふむ。やはり、通じないか。

「……いや、悪かった。忘れてくれ。敵に塩を贈るようなもんだよな」

 全く以ってその通りですよ士郎君。まあそんな朴訥さは貴方らしさでもある。

「見送りサンキュ」
「……嘘ではありません」

 そう言って彼が軽く手を上げ、門へと足を踏み出した時、今まで終始一言たりとも発しなかった彼女の口から意外な言葉が返ってきた。

「へっ?」
「あの山に魔女が陣取っているのは間違い有りません。挑むのならば、気をつけなさい。
あの女は男性というものを知り尽くしていますから」

 士郎自身も、答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。目を丸くして呆気に取られている。意外だったのは私も同じだ。

「あ、あぁ。忠告ありがとう。……っと、すまないが慎二の事を宜しく頼む。あのとおり誤解されやすいヤツだからさ、アンタが守ってやってくれると嬉しい」

 毎度の事ながら思うが、彼のお人好し加減は筋金入りだ。どうやらそう思ったのは私だけではないらしい。

「人が好いのですね、貴方は。ふふ、成る程。あのシンジが懐柔しようというのも解かります」
「え、あ……そ、そうかな」
「ええ。もし、後ろに彼女を控えさせていなかったら、私に縊り殺されても文句は言えない状況だというのに。そうでしょうセイバー」
「え!?」
「……はぁ。全くですよ。もう少し危機感という物を持って貰いたいものですが」

 話を振られては姿を表すしかない。警戒を緩めず、実体を紡ぐ。
 ライダーの言葉に、それこそ想定外だとばかりに驚く士郎。後ろ、つまり私の方に振り返ってもう一つ目を丸くする。

「あ、アリア!? な、な、なんで此処……痛ってぇ!!」
「ほいほいと敵勢力に誘拐されかけた罰です。少し反省して下さい」
(それに、彼女は私がセイバーだと勘違いしている。わざわざ私の素性を知らせる必要はありません)

 士郎がボロを出す前に耳をぐいっと口元まで引っ張ってきて、そのまま耳打ちする。

「わ、解かった。解かったから離してくれ、アリア」
「……本当にお人好しというか、間が抜けているのか。簡単に真名をばらすとは」
「ん、別にアリアは真名じゃないぞ。ただの愛称だ。セイバーなんて呼び名だと変だろ」

 その説明を何処まで信じたかは知らないが、私が言及しないでいるのを見て一応は納得したらしい。

「それにしても、貴女……セイバーというには、おかしな格好ですね」
「それはお互い様でしょう、騎兵さん? なんだったら、試してみますか」
「お、おいっ。こんな明るいうちから此処で遣りあう気か?」

 挑発的に殺気を送ってくるライダーに対し、此方も表向き乗ってやる。流石に今此処で遣り合う気は無い。昔ならばいざ知らず、今の私では喧嘩っ早さは命取りだ。
 ……それに、先ほどから何者かが屋敷に近づいてくる気配がある。

「なにやら騒がしいな、どうかしたかね」
「!?」

 こっ、この声は……まさか!
 慌てて振り返ると、門の前にはあの男が立っていた。

「! アーチャー、お早いですね。もうお戻りですか」
「え……アー、チャーって、つまりそれって?」
「ええ……サーヴァントです、士郎君」

 そう、間違いない。アーチャーのサーヴァント。
 あの浅黒く変色してしまった肌、赤みの抜けてしまった白髪の弓兵。
 私が見間違おう筈が無い。英霊『エミヤ』、正しく彼だ。

 英霊『エミヤ』……とうとう逢えた。

「まったく、他人様の居る前でその呼び方はしないで貰いたいんだが、と……むっ?」

 買い物帰りらしく、何処かの主婦の如くガサガサとスーパーのビニール袋の中身を正しながら歩み寄るアーチャー。
 まったく、相変わらずなんでしょうかね、貴方というヒトは。疲れ果て、擦り切れてもそんな所は変わらないらしい。

 あの赤い聖骸布と派手な防具では街を歩くのに目立つからだろう、今は落ち着いた黒一色のスーツに身を固め、シックなワインレッドのシングルコートで覆っている。
 誰が見立てたのかは知らないが、センスは悪くない。逆に背丈が有る分、似合いすぎて目立ちそうだから本末転倒かもしれない。
 まあ、本格的に偽装する心算でも無いのだろう。あくまでこの時代で違和感の無い服というのであれば、十分に及第点だ。
 まあ……今隣に凛が居たなら、スーツ姿の彼を見て、此処の執事かと皮肉の一つも口にするかもしれないが。

 徐に顔を上げ、士郎の姿を目にしたその瞬間、一瞬だけだが、子供にさえ解かりそうな程の殺気を顕わにした。
 相変わらず、未だに不毛な自分殺しの妄執に取り付かれているのですね、貴方は。

 ――今は如何しようも、無かろう。上手く私の経験が座に記録されれば或いは……。
 だが、今は……やるせないだろうが、我慢してくれ、アルトリア――


 わかっていますとも。だが、コレで些か事態がややこしくなりそうだ。

「初めまして、でしょうかね。アーチャー」
「そうだな……面と向かって遭った事は無かったな。遠坂凛のサーヴァントよ」
「何と……そういう事でしたか。これはしてやられました」

 はぁ、はやりバレてしまったか。

「あっちゃ……いや、まあ、悪いな。彼女は俺のサーヴァントじゃないんだ」
「私は一度も自らを“セイバー”だ、などと騙ってはいませんよ」
「ふ、成る程。そうやってランサーも煙に巻いていたか」
「鷹の眼を持つ貴方だ、やはり見ていましたか」
「当然な。ふん、変わった英雄も居たものだ。貴様、いったい何者だ?」

 おっと、これはまた、直球な問い掛けですね。思わず口端に笑みが零れてしまうではありませんか。

「ふふ。戯れを。敵に答えなど端から期待して無いでしょう?」
「まあな。どうやら食えん女傑でいらっしゃるようだ。クラス名ぐらい名乗ってもよかろうに」
「お褒めに預かり光栄です。ですが煽てても何も出ませんよ」
「なに、別に褒めてなど居ないさ。それより放っておいていいのか? さっきから後ろで小僧が固まっているぞ」

 おや、と後ろを振り返るとそこには会話に付いてこれなくなっていた士郎と、何故か隣でライダーまでもが呆気に取られたように呆け顔を晒していた。

「え、エミヤシロウ。彼女は一体何者ですか? あの慇懃無礼なアーチャーといきなり口で対等に渡り合うなんて……」
「あ、あはは……さあ? 俺にも良く解からないけど、アリアはいつもこんな感じだし」

 いつの間にそんなに仲良くなったのだろうかと思う程、二人とも反応が一緒である。本当に呆れさせられると言うか、つい半眼になりながら指摘する。

「士郎君、隣に居るのは危険な相手だと言う事を忘れていませんか」
「ふん、その未熟者に何を言っても無駄だと思うがね。しかし、これは一体どういう状況なのかね、ライダー? 何故敵と呑気に談話などしているんだ」
「なっだれが未熟者だ! そりゃあ、確かに半人前だし迂闊だったと思うけど……」

 アーチャーの罵りにカッとなって反論する士郎。だけど此処は彼の言い分は正しい。

「マスターが招待なさったんです、彼を。それで丁度今、お帰りになる所だったのです」
「士郎君は私の同盟者だ。手を出す心算なら、覚悟してもらいますよアーチャー」

 静かに視線に殺気を乗せて、警告を発する。この程度で彼が引くとも思えないが、手は打っておくに越した事は無い。

「断っておきますが、アーチャー。私は彼を丁重に門外までお送りするよう、シンジから仰せつかっています。彼は大切な客人ですので、傷一つ付けない様にと。
 私の顔に泥を塗りたいのでなければ、大人しく家に入って欲しいのですが」

 ふむ、ライダーは律儀な性格をしている。今は障害にならずに居てくれるようだ。

「成る程、状況は理解した。そう殺気立つな。私とてルールは心得ている。こんな真昼間から見境無く仕掛ける心算は無いから安心しろ。
 不愉快極まりないが、そこの小僧には危害は加えん。我がマスターからも特に厳命されているのでな」

 まったく、相手は歴としたマスターだと言うのに……。などと小さく文句を漏らしながらも、目の前のアーチャーはそう答えた。

「貴方のマスター……。やはり、貴方がたも同盟を組まれているようですね」
「別にルールに反しては無かろう? お前達とて遣っている事だ。……もっとも、私は賛成などしていないがね。主の命には逆らえんさ」
「ええ。ところで、彼女のマスターは慎二との事でしたが、貴方のマスターも此処に居るのですか?」
「む、何故そう思う?」
「だって貴方、今その買い物袋を持って、この館に入ろうとしているじゃありませんか。
ただ同盟しているだけと言うなら、何故そんな小間使いのような事をしているのです?」

 私の突っ込んだ問いにも皮肉げな表情は崩さず、人を食った態度で口を開く弓兵。

「フッ。生憎とこれは私のお節介でね。拠点にさせてもらっている間は、等価交換として家主に労働力を提供しているだけだ。確かに此処は拠点だが、主は此処には居らんよ」
「おや、それは非効率的ですね。自身を守る筈の貴方を此方に寄こして、主は一人別行動ですか。折角これほどの魔術結界を持つ拠点だというのに」
「……マスターは優秀だが、一極集中の弊害を嫌う考えの持ち主でな。一人で飛び回ってるのさ。お前達が探すのは一向に構わんが、果たして見つけられるかな?」

 不敵そうにニヤリと口端を吊り上げて笑みを浮かべる弓兵。だが、そんなブラフ、赤の他人なら騙せても私には通じませんよアーチャー。

「そうですか。まあ、そういう事にしておきましょう」
「ああ。主に挑む心算なら精々頑張る事だな」

 アーチャーは依然、憮然とした面持ちのままだったが、得られるものは得た。とりあえず今はもう、此処に長居する必要は無い。

「さて、長居は無用だ。帰りましょうか士郎君。ほらほら、早く帰らないと怖い目にあいますよ!」
「あ、ああ」

 士郎の背を押し、門へと急がせる。
 その士郎の後ろ姿を追ってアーチャーの横を通り過ぎる時、一言残してやった。

「貴方はまだ、哀れな願いを追い続けてているのですね、シロウ」
「!?」

 ふふ、きっとドキリとして、目を白黒させているでしょうね。

「き、貴様は……いや、その呼び方……。君は一体……誰だ」

 振り返ると、目を見開いたアーチャーが狼狽しきった形相で私を睨んでいた。

「ふふ。……何処か遠い時の彼方で伴侶となった、貴方の半身ですよ」
「な、に……?」

 彼は凍りついたように表情を固まらせ、その場に立ち尽くしている。
 無理も無い。きっと想像も付かなかった答えに、頭が追いついていないのだろう。

「おーい、アリアー。何してんだよ、帰るんだろー!」

 門の向こうから士郎が焦れたように呼んでくる。

「ふふっ。それでは。またお逢いしましょう」
「ちょっ……ま、まて……!」

『貴方の妄執は、必ず、私が断ち切ってみせる』

「!?」

「だから、覚悟しておいて下さいね」

 そう最後に残して、私は間桐の屋敷を後にした。


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