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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/19 01:23
 夜の帳が街を覆い尽くす頃合いに私達は街へと向かった。
 目的は私のビットを設置する事と、警察署に保管されている可能性のある、残りの破片を手に入れる事。

 私達は、傍目にはサーヴァントを探して街中を飛び回っているように見せかけるよう心がけながら、設置作業を続けた。
 科学に疎い魔術師達に、私のビットの意図が見抜けるかは判らないが、監視装置であると推察される恐れは在る。
 だから此方が設置する前には必ず、凛に周囲で偵察している敵の使い魔等に対し、全て視覚妨害をかけるか、破壊してもらっている。

 昼間に完成させた十基のうち、既に半分は深山町の各ポイントに設置してきた。

 設置するポイントの最低条件は、大気の状況を検知しやすく、周囲三百六十度を極力障害物無く監視できる場所。
 そうなると、自ずと設置できるポイントは限られてくる。

 極力高い集合住宅などの建物屋上、鉄塔や大型広告棟などの上、低層の一軒家ばかりが続くような住宅区画においては電柱の頂など。
 電柱や高圧線鉄塔、電波塔のような電磁波の強い場所には極力置きたくないのだが、他に好条件のポイントが無ければ止むを得ない。
 だが幸いにも、今日見つけたポイントの五ヵ所は、電柱の上を除いて、そう悪い条件の場所は無かった。

 学校にも念のため、屋上階段室の上に設置してきた。ともすればライダーと鉢合わせするかとも思ったのだが、幸か不幸か他のサーヴァントにも今だ遭遇しては居ない。
 学校にはまだ例の結界が張られたままだ。しかもその完成へと着々と進み続けている。
 気休め程度だが凛が結界の基点を魔力で洗い流していた。だが時間は確かに無い。

 ――倒すなら早めに決めてしまわんとな。後手に回っては遣りづらいぞ――

 私の裡から彼が諭すように言う。彼も私も知っているのだ。ライダーのマスターが本当は誰なのかを。
 知ったのは生前、彼と共に“あの事件”で、彼女の過去を知る事になったからだ。

「そうですね。だが私が、ライダーのマスターを知っている事を凛に話せば、何故知っているのかと私達の複雑な事情、経緯を話さなければならなくなる。
 凛にはちゃんと、私の正体は明かすと誓った。けれど、余りに突飛な話です」
 ――確かにな。まさかセイバーが転生して再び英霊に成ったなどと、普通ならばまず考えられんだろう――
「ええ。……それに、ライダーのマスターの正体を話したとして、今果たして凛に、冷静にそれら全てを受け止めて貰えるかどうか……私には自信が無い」
 ――そうだな。下手をすると、桜の名を出しただけで逆上してふざけるなと令呪を使われかねん――
「…………や、やけに実感が篭ってますね?」
――ああ、何故だか私も何処かでそんな経験をしていたような気がしてな――
「……そういえば私が凛に召喚されていなければ、この聖杯戦争では貴方が凛に召喚されていた筈ですね? ふふっ、何処かでそんな経験をしていたのかも」
――む…………そういえばそうだったな。ああ、俺はアイツに助けられたんだった。あの時の背中は、擦り切れた記憶の中でもまだはっきりと覚えている。む? まさかアレも私だったのだろうか――

 時間と空間から乖離した英霊の座に囚われた私達にとって、英霊へと到る可能性は全て同じ座の自分に統合される。だからもはやあのアーチャーが、どんな経緯を経たシロウの成れの果てなのか、それは誰にも解らない。
 私と共に戦ってくれたシロウがそのまま彼の始原となったのかも知れないし、違う別の可能性を辿ったシロウなのかもしれない。
 だが確かなのは、今私と共に在る彼は私と共に戦ってくれた、あの朝焼けの離別(わか)れを経験したシロウなのだ。私にはそれだけで良い。

「アリア? 何さっきからぶつぶつ言ってるの? 下に何かあった?」
「い、いえ! 何でも有りません。すみません、集中を欠いてしまわれましたか」
「いやまあ、別にいいんだけど。もうちょっと待ってね。うざったい連中はちゃっちゃと片付けるから」
「はい。お願いします、凛」

 ふう、驚いた。なるべく小さく呟いていた心算だったのだけれど。
 無意識に声が大きくなってしまったかな。いかんいかん、弛み過ぎだ私。

 気を取り直してライダーの対処緒を考えなければ。私の時は何時頃だったか……。
 遠く古い記憶を掘り起こそうと試みる。ええと、そう。
 あれは確か二月……二月の八日、だった筈だ。記憶通りに結界が発動すると仮定しても猶予はあと四日しかない。だが、既にこの世界が私の記憶と同じ道を辿る筈は無い。
 ……猶予など、在って無いような物だ。……急がなくては。

「…………ん? あれは……!」

 そんな事を思いながらふと辺りを見回す。というより下界を見下ろしたのだが、そこで初めて気が付いた。そう、私は大変な事実を今まで見落としていた、忘れていたのだ。




第十六話「兵士は夜行の衆に遭遇する」




 目下に広がる大通りに溢れる人の河をじっと食い入るように見詰め、ある者達を探す。
 サーヴァントとなった私の瞳は人の其れより遙かに目端が効く。遙か下層の地上を行く人の姿は愚か、その指に嵌めた宝石まで、見ようと思えば視える。すると見えてくる。

 下界の街並を行き交う人々の中、よく目を凝らせば、その雑踏の中に溶け込みきれぬ異端がちらほらと判るのだ。

 その異端とは決して人外や魔道といった道を外れし者達ではない。
 だが、間違いなく表社会からの異端者。
 平穏な日常の裏側に住む者達だけが持つ、独特の空気を纏っている彼らは、非常に自らの異端さを隠す術に長けている。
 普通の世界に住まう人達からは、よほど勘が鋭い人でもない限り、そう滅多には気付かれない。

 同じ空気、同じ匂いを持つ者にしか判らない、理解出来ない人達。
 そう、それは間違いなく私と同業の者達だ。

 ただ、今私の眼に映るそれらの中には同じ匂いを持つ者と、そうでない少々奇妙な気配を持つ者達が居た。
 私と同じ気配を持つ者は間違いなく軍属。恐らくは、この国の防衛組織の者達だろう。
 公式か非公式な所属かは知らないが。転生してからの人生で、一度は不思議に思ったものだ。

 これほど下手をすれば、国家として、危機的な災害を引き起こしかねない馬鹿騒ぎを前に、国家中枢が何も干渉や監視対策を講じない筈が無いだろうと。
 その疑問の答えは死を迎えるほんの少し前に得られたが、それを今の今まで忘れていたなんて……なんて失態だろう。
 私もやはり貴方と同じように磨耗してしまっていたのだろうか、シロウ。

 ――守護者なんて因果な存在を遣っている以上、仕方が無いさ――

 彼が気にするなと慰めの言葉を掛けてくれる。だがやはりこのミスは私にとって心苦しいものがある。何故もっと早く気付けなかったのかと。
 もっとも、今更後悔したところで詮無い事だが。

 残りの者達は恐らく、言峰綺礼の配下となり動く聖堂教会の工作員辺りだろう。
 聖堂教会は基本的に魔術を異端として忌み嫌う。
 だから仮に代行者と呼ばれる人外の域に突き出てしまった者達以外、具体的には組織の基盤や下部組織、補助組織を構成している大多数は唯の人間。または人の域を出ない能力者であろう。
 言峰の僕としてこの街の裏を動き回るのは寧ろ普通の人間の方が何かと遣りやすいのは当然の理だ。

 だが裏に忍ぶ以上、其処には些細ながら同類には直ぐ判る“違い”が生まれる。
 長年そういった裏の世界に身を置いてきた自分だから其れが判る。
 そう、セイバーだった頃には判らなかった事だ。

「アリア、周囲の掃除終わったわよ?」
「あ、はい。ありがとうございます」

 凛の一言でハッと我に返る。いけない、どうも少々思案に耽りすぎたらしい。
 肩に担いでいた袋から最後の一基を取り出し、この新都一高いビルの屋上で、最も見晴らしの良い位置に設置する。
 ……つまりは、これもやはり階段室の上だ。プラスティックの本体部は、目立たぬようコンクリートのような石灰色に塗装してある。
 まあ、太陽電池や透明ドームが嫌でも反射して目立ってしまうのは辛い所ではあるが。
 有り合わせのパーツではこれが私の限界だ。
 神に祈る事などもう久しく覚えも無いし、祈りに都合の良い望みを期待する気も毛頭無いが、このセンサーの目的が他のマスター達にばれて、破壊されない事を切に願う。

 ……待てアルトリア、お前は何に対し願う?
 古代に神々は多々存在したろうが、もはや存在すると思えぬ救世の概念としての『神』に対してか、それとも『世界』そのものにか?
 笑わせる……それこそ滑稽だ。己自身がその世界の一部たる霊長の抑止力というモノに成り代わっていながら、世界などに一体何を願う。
 世界がそんなに優しい代物なら、現世(うつしよ)はとっくの昔に人の望む理想郷になっている。

 ――フッ。確かにな――

 私が願うなら、その相手は世界などではなく自分自身。
 私の悪運の強さにでも祈るしかあるまい。
 都合良く何かへの祈りに縋る弱さなど……私、アルトリア・C・ヘイワードが求める物ではない!
 弛みかけた自分に喝を入れ、心の芯に火を燈し立ち上がる。

 ――まあ、そこまで自分を虐めて追い込む必要は無いと思うが……。
 まったく、君らしいなアルトリア――


「さて、無駄に居座って再び集まってくる偵察の眼に見つかり、ビットに気付かれては堪りません。長居は無用です。撤収しましょう、凛」
「オーケー。じゃあアリア、一気に下までお願いね? Anfang(セット)!――」

 学校での時と同じ要領で凛を抱えて、一気に地上まで自由落下に身を任せ飛び込む。
 地上百五十メートルからのダイビング。
 その最中、視界に飛び込む夜景の街火はまるで、空へと落ちてゆく流星群のようだ。

「わあ、結構幻想的ね」
「そうですね。地上の星とは良く言ったものです。凛、舌を噛まないように」
「地上の星ねえ……って何、わぷっ!?」

 言い終わると同時に反転してビルの壁を蹴り、対面に聳えるビルの壁との間で三角跳びに跳ね回り、角度を付け一息に遠くのビル街へと跳躍する。
 ビルの間と言っても、その距離たるや優に二~三十メートルは下らない。
 ここまで飛距離と加速の付いた三角跳びと着地なんて、生前の……生身ではまず不可能な曲芸だ。
 ましてやその向こうにあるビル街へともなれば更に遠い。

 だが再びサーヴァントとなった今はそれも容易く行える。
 まったく、セイバーだった頃の自分は相当に出鱈目な存在だったのだなと、内心で苦笑したのは幾つの頃だったろうか。
 落下速度と慣性力を徐々に削りながら壁から壁へと飛び移り、新都センタービルから数ブロック離れたビル街の、雑居ビルの間に細く通った人気の無い路地に降り立つ。

「ふう、この前よりちょっとアクロバティックだったわね。楽しかったけど急に横に飛ぶものだから一瞬舌噛みそうになっちゃったわ」

 抱えていた凛を隣に下ろすと彼女は開口一番、軽口交じりに不満を漏らしてきた。

「無駄口を叩いている暇は在りませんよ凛。次は深山西警察署です」
「あー……。貴女、やっぱり本気で行く気?」

 私の言葉に、あからさまな態度でげんなりする凛。余り面倒は起こしてくれるなと、言外に訴えてくる。
 だが私としては、あの破片はどうしても手に入れたい。

「勿論です。アレは今の私にとって必要な物だ。凛とて、今のままでは私がバーサーカーに適わない事はご承知でしょう?
 ……如何されますか、凛。私は単独潜入の方が身軽に動けますから別に同行して頂く必要は有りません。先にお戻りになって休まれては……」
「はあ……そうも行かないでしょ。魔術師のセオリーに則って、人目を忍んで動き回らせる分にはそれでも良いけど。
 今から貴女がしようとしてる事は、人目の多い一般施設への侵入だもの。
 幾ら貴女が潜入上手だとしても、マスターとして、そんな危なっかしい真似を放ってなんかおけないわ。私も同行する。
 もしもの場合には、魔術で目撃者の記憶も消さなきゃいけないんだから。いいわね?」

 潜入任務、取り分けこういった目標を奪取するだけの場合は、本当に単身の方が返って行動しやすいのだが、そんな事を言っても彼女が納得する筈がないか。

「……そんな心配は杞憂だと思いますが、解りました。ではツーマンセルで潜入しますから、凛は後衛に」
「え、なに? つー、まんせる?」
「はぁ、二人一組の陣形という事です。前衛は私、室内等へのアプローチは私が先に突入し、内部の安全等を確保し、探索に移ります。その間、後衛の貴女は入口傍に待機して外を警戒する。といったように前衛、後衛で役割分担し、警戒と探索を行います」
「ああ、そういう事ね。オッケー」
「それでは、行きましょうか」

 夜空に浮かぶ丸い月はすでに西へと落ち始めている。
 時刻は既に二十三時を回っていた。
 私達は深い海色の空の下を取り急ぎ深山町、例の戦闘跡地を管轄する、深山西警察署へと向かった。


**************************************************************


 髪を梳かし吹き抜ける、緩やかな夜風の音だけが鼓膜を振るわせる。
 私達は今、警察署に侵入しようとしている。周辺の街並みは単調そのもの。
 暗い夜道を街灯だけが闇を押し退け、ぼうっと朧げに光を放ち、街並みをモノトーンに色分けしている。

(お待たせしました、凛。下調べは完了です。署内の見取りも把握してきましたよ)
「おかえり。……霊体化って、便利よねえ」

 堂々と警察署の正面門から出てきたアリアが、そう報告してくる。
 といっても一般人の眼に彼女の姿は見えない。そう、今彼女は零体化しているからだ。
 彼女はこのサーヴァントとしての反則的な特性をフルに活用して、署内のレイアウトを堂々と隈なく調べる事が出来る。今は丁度その偵察が終って戻ってきたのである。

(そうですね。でもこの状態では、実体に触れることが出来ませんから。破片を奪取するには結局実体化しませんと。零体化も一長一短です)

 そう言いながら、周囲に人の眼が無い事所まで一緒に移動すると、アリアは実体を紡いで、いつもの蒼いコート姿を私の目前に現した。
 そう。零体化出来るんだから、簡単に事が成せるかと言えば、こういう目的の場合には否と言わざるを得ない。
 目的の破片を見つける所までは零体化して潜り込めても、いざ肝心の破片を手に取るには、結局実体化しなければならない。
 当然、帰りは実体化したまま行動する事に成る。零体では物を持てないのだから、仕方が無い。

「それで、破片の在処は判ったの?」
「はい、本棟二階の証拠品保管庫に在るようです。どうやらまだ鑑識待ちのようで助かりました。
 捜査本部を覗いて見ましたが、恐らく教会の手が回ったのでしょう。
 捜査は圧力が掛かって殆ど看板だけ、捜査員も大幅に減らされ、殆ど機能していませんでした。鑑識遅れは多分そのお陰でしょう」

 事も無げに報告してくるアリア。
 なんとまあ、綺礼のお陰とは……教会の裏工作も一応は機能してるのね。

「それでは行きましょうか。事前に警備室に侵入して、数箇所の赤外線式人感センサーは停止させておきましたから」
「うわ、用意が良いわねえ。っていうかどうやって」
「侵入は零体化で容易でしたので、警備室の当直さんに少しばかり眠ってもらった間に」
「ちょ、ちょっと!? 騒ぎになるでしょ!」

 ケロッと薄ら寒い事を言うアリア。……全く、早速怖い事をしでかしてくれるわね。

「大丈夫ですよ。警備室の二人はコレで一瞬のうちに夢の世界ですし、傍目には、普通にモニターに向かって座ってるように見えますから。
 交代がシフトどおりなら、後四十五分位は警備室の居眠りさんはばれません」

 アリアは懐から、小さな化粧用コンパクトのような、プラスティック製のケースを取り出して、中からこれまたプラスティック製の、小さな注射器を取り出した。
 先端には針が付いていてキャップで保護されている。注射器といっても携帯性重視なのか、そのシルエットはまるでタバコみたいにストレートで細い。

「何それ? それも貴女の武器なの?」
「ええ、即効性の麻酔薬を仕込んだ使い捨ての注射針です。主に水溶性ベンゾジアゼピン系や、ケタミン等を特殊作戦用に調合したもので、少量でも大の男を数秒で落とせます」
「うわ、……麻酔って貴女ねえ。何でそんなヤバそうな物まで持ってるのよ」

 まさかそんな物まで武器として生み出せるなんて……。
 いや、そもそもが仮初めの存在とはいえ、魔力(マナ)から実体を編み出しているのだから、組成がなんであろうと、彼らという“英霊”を形作る要素は、全て具現化出来てもおかしくは無いか。
 ……それにしても、ベンゾジアゼピンとかケタミンって、それちょっとヤバすぎない?
 用法用量間違えたら、本気でシャレにならない薬物よソレ。
 メカやハイテクは苦手だけど、薬関係なら多少は解るんだから。

「よくテロリストのアジト等に潜入する時に、重宝しましたからね。私の武器は何も、銃やナイフばかりではない。それは貴女も、良くご存知でしょう?」
「あー……まあ、そうね。良く判んないけど、変なキカイまで持ってたものね」

 成る程ね、彼女には古の者達のような、神秘という付加価値のある武器は無い。
 けれどその分、生前に経験した戦い方なら、全て再現出来るのね。
 きっと彼女が“兵士の英霊”として守護者に昇華された時、彼女が持つ兵士として豊富すぎる経験や技術と、それを余す事なく発現させる為に、生涯で扱った全ての武器、道具等の装備品……。
 そんな彼女が兵士たる要因全てが、彼女の持つ“力”として、座に刻まれたんだろう。
 正に異例中の異例。こんな例はお父様が残してくれた文献にも、有りはしなかった。
 なんて特異なサーヴァント……彼女を無理矢理にカテゴライズするなら、最も近いのはアーチャーかアサシンだ。

 けれど彼女は其処に当てはまらず、イレギュラーとなった。
 その理由が何なのか、まだ判らない。
 彼女自身に原因が……多分その万能さ故だろうけれど、それ以外にもなにか、外因的なものがあるのか。

「さ、時間も在りませんし、迅速に終らせてしまいましょう」
「~っ! あ……、ゴメンゴメン。ったく、私の悪い癖ね」

 アリアの声でハッと現実に引き戻される。これから行動しようというのに、ついそんな事を考え込んでしまった。
 彼女のイレギュラーなクラス。原因が何であれ、その謎解きは暫く保留にしておこう。
 アリアに促され、私達は警察署の裏路地の一角から敷地内に侵入した。


 シン、と物音一つしない室内から、扉を僅かに開き、アリアが廊下の様子を探る。
 今私達が居るのは、部屋中に業務用のスチールラックが、所狭しと並ぶ一室。その棚に収められている膨大なファイルや書籍からして、資料室だろう。
 そう、私達は資料室に窓から忍び込んだのである。ここ資料室が在るのは二階。
 つまり証拠品保管庫のある階ということ。

 事前に署内の間取りを調べていたアリアが、侵入の為に前もって、保管庫に最も近いこの資料室の、窓の鍵を開けておいたのだという。
 何故、直接保管庫へ侵入しないのかと聞いたら、保管庫は排煙用の小さな片開き窓が在るだけで、人が侵入出来る大きさではなかったそうな。つまり内部からしか入れない。

 この資料室にも防犯用に対人センサーがあると、アリアが天井にある白いカップのような物を指差して教えてくれたが、アレがそうなのか、へえ。
 そういえば、デパートとかでも見た事あるわね。今は、アリアが前もって電源を落としたので、何の反応も無い。
 アレが生きている場合、小さく赤と緑のランプが付くらしい。
 平和だからか知らないが、監視カメラは、此処には設置されていなかったのだそうな。
 廊下の安全を確認したアリアが、念話で話してくる。

(よし、廊下に人の気配は無し。いいですか、凛? 廊下に出ますから、貴女は私が合図してから私の傍に移動、移動時は常に、後方を警戒しながら付いて来て下さい)
(解ったわ)

 アリアが廊下に素早く、音も立てずに踊り出る。
 本当に、こういう場合の彼女の動きには感心する。無駄な動きが一切無いんだもの。
 ドアから出て、斜め先の対面の壁にすっと張り付くと、周囲を警戒してから、手で手招きするようにサインを送ってくる。
 私も出来るだけ素早く心掛けて、アリアの傍に移動する。
 と、アリアの傍に着いた所で気が付いた。頭上にさっきの対人センサーみたいな、黒い半球型のカップがあって、しかも何か中で機械が動いてる!

(あ、アリアッ上、上にも何かあるけど、アレ動いてない?)
(ああ、大丈夫ですよ。あれは監視カメラですけど、警備室の録画テープは抜いておきましたから。警備担当が起きるまでは問題無いでしょう)
(あ、そう。何にしても、もし警備室に誰かが入ったらヤバイって事ね。急がないと)
(そういう事です、行動は迅速に)

 証拠品保管庫のドアは、私達が今張り付いている壁側の、すぐ目の前にある。両開きの親子ドアの先に、目当ての破片が保管されている筈。
 アリアがドアの前でゴテゴテした折畳み式のナイフやら、先の曲がった細いドライバーもどきの工具の束を取り出し、鍵を開けに掛かる。
 前にも見た、ピッキングに使うツールだ。

 カチャカチャと、小さいが耳障りな音が、静かな通路に木霊する。
 最後にカチャリ、と小さな音を立てて鍵は破られた。割合簡単な型だったらしく、開錠に掛かったのはたったの数秒だった。

(入ります。突入後、凛は入口で警戒を)
(オーケー)

 静かに扉を開き、中の様子を瞬時に察して、アリアが身を滑らせる。それに続いて私も室内に潜り込む。
 中に入った所で、彼女が唐突に、何か細長いケーブルが伸びた器具を渡してくる。

(なに、これ?)
(ケーブルスコープです。胃カメラみたいな物と思ってください。その接眼レンズの部分から、ケーブル先端の視界が見えます。横のダイヤルで先端部を曲げられますから、ドアをほんの少しだけ開けて、隙間から外を見張って下さい)

 渡された奇妙な道具を説明されるままに弄ってみると、二つあるダイヤルリングを回すだけで、先端数センチの部分が上下左右、あらゆる向きにクネクネと曲がる。
 うわ、これ動きは気持ち悪いけど面白いかも。でもこれって、なんでこんなもの持ってるの貴女?
 
(それは本来、潜入や突入作戦の際に使用する、室内の状況を確認する為の装備です。
 小さくても人の目線に近いとばれ易いので、なるべくドア下から差し込んで覗くように)

 私の疑問は判っていたらしく、アリアが即座に説明を入れてくる。こんな物まで具現させられる貴女の能力って、考えてみると本当に恐ろしいかも。
 でもこの程度なら別に物に頼るまでも無く、私の魔術で事足りる筈。
 私は彼女に器具を返しながら、廊下に人気は無いし大丈夫だと判断して、肉声で喋る。
 やっぱり気持ちは直接声で伝えたいから。

「大丈夫よアリア。貴女程じゃないけど、私だって魔術で強化すれば、外の気配ぐらい読めるし、こんなの使わなくても、ドアに視覚を憑依させてしまえば、外なんて簡単に見渡せるんだからさ」
(凛……。宜しいのですか? そんなに容易に魔術を行使してしまっても)
「別に良いわよ、人の目さえ無ければね。この程度の魔力消費なんて少しも問題にはならないんだから、少しは私を頼りなさい、ソルジャー?」
「……解りました。では申し訳ありませんが、お願いします、凛」

 私の言葉に、クスリと困ったように笑みを浮かべるアリアは、やはり済まなさげだ。
 だが誠意を持って控えめにだが、肉声で頷いてくれた。
 全く、私に負担を掛けまいとしてくれるその心根は嬉しいけど、少しぐらい頼ってくれても全然構わないんだからね?
 私達はチームだし、私は貴女の主なんだもの。

「それではお願いします。私は破片を探しますから」
「任せなさい。Anfang(セット)!――」

 アリアは迅速に部屋の棚へと移動すると、いつの間にか手にしていた小型ライトを点灯させて、棚に収納されている様々なラベルのビニール袋を調べていく。
 照度調節機能があるのか、アリアの手元だけを照らすも周囲まで明るくはせず、必要最低限の弱弱しい白光を放っている。
 成る程、あの程度なら窓から光が漏れて気付かれる危険も低いだろう。

 私はその間、意識を集中してドアに視覚を移し外を監視する。外の様子は無人で無味乾燥な蛍光灯の光が廊下を照らす。
 省エネなのかしら、明かりは点いているのに廊下は何処か薄暗い。
 意識の隅っこにアリアの声が微かに聞こえてくる。

「……あった! これだ。……二月三日早朝、深山西住宅街器物破損事件、現場証拠物件A、B、C……。高い神秘を感じるもの…全部だな。むぅ、この中から探り当てなきゃいけないのか」

 意識の大半はドアに移した視覚の制御に回しているので、後ろのアリアが何をしているのかは良く判らない。
 尤も、元よりこの保管庫は照明も点けず真っ暗だから、アリアの姿なんて殆ど見えない。
 だけど、耳にはざらりと、袋から砂利を零すような音が聞こえてきた。
 部屋の中央には作業用に折畳み式の会議机があったから、多分其処で中身をぶちまけたんだろう。

 ……ん? ぶちまけた!?

「ちょ、ちょっと……大丈夫なの!?」
「平気です、少々時間は食いますが、すぐ済みます」
「いや、そうじゃなくて、砂とか零して、物色した形跡とか残さないでよって事!」
「大丈夫、何とかなりそうですから」

 本当に大丈夫なんだろうか……少し心配だわ。
 だが私の心配を他所に、黙々と作業を続けるアリア。
 程無くして彼女は探索を終えたらしく、私の傍まで戻ってきた。

「凛、破片は無事収集しました。後は脱出するだけです」
「そう。物色した形跡は全て消したわよね?」
「はい、勿論。袋は全て元通りに戻しましたし、机にも床にも塵一つ残さず」

 静かに自信げな笑みを覗かせ、人差し指を立てる仕草をするアリア。
 良く見ると、何時の間に用意したのか手袋まで嵌めている。
 皮革製のグローブっぽいんだけど、指の付け根から指先までが、何か別のラバーっぽいスキンで覆われている変わった手袋だ。
 別に英霊の指紋なんて、零体化したら消えてしまうんじゃないかと思うけど、念には念を入れての事なんだろう。
 アリアはこういう所で酷く几帳面な性格が現れるのよね。

「如何かしましたか凛?」
「あ、いいえ、何でもないわ。それじゃあ、出ましょう……」
「っ! 待って下さい凛!」

 外に出ようと、ドアノブに手を伸ばしかけたその時、後ろから肩を掴まれ止められた。
 そのまま口を塞がれ、アリアに抱き寄せられるままドア横の壁に背を預けるや、アリアが手早く片手で、ドアの鍵を音も立てず掛け直して身を隠す。

(ちょ、ちょっと何? 何なのアリア)
(お静かに! 何者かが階段を上がって、廊下にやって来ます。今出ては危険です)

 口を塞がれたままなので、当然のように念話で遣り取りする私達。
 成る程、やっぱりアリアの気配察知には適うべくも無いか。
 壁の向こうの気配は……二人か。何やらひそひそと、会話らしき声が聞こえてくる。
 其の声に、アリアが微かに反応したような気配を見せる。

(凛、外の様子はまだ見られますか? 見られるなら、貴女の“眼”をお借りしたい)
(え? いいけど、ちょっと待って……)
「Anfang(セット)……知覚共有、視覚、聴覚連結……」

 外に気付かれぬよう、微かな声で呪文を紡ぐ。これで私の見ている映像が、アリアの目にも映る筈である。
 同時に彼女の聴覚を借りる事にした。私よりは格段に耳がいい筈だから。
 これで外の二人の声も鮮明に入ってくる。アリアは一体何に気を掛けたのだろうか。

(アリア、見える?)
(はい、良好です。……! やはり、あの男……)

 アリアが気になっていたのは、どうやら二人組みの片割れらしい。一人は如何にもって感じの制服姿。制服の綺麗さから交番のお巡りさんとかじゃないのは間違いないだろう。
 もう一人の方は、よれよれのコートに地味な背広姿。私の目には何処かのサラリーマンのようにしか見えないけど……私服警官か何かかしらね。

(ねえアリア、あの男がどうかしたの?)
(凛、覚えていませんか? あの男、私達と夕方に一度すれ違っていますよ)
(え、ええっ本当に? ……ああ、そういえば――誰かすれ違ったような気も)
(やはり気付かれていなかったようですね。まあ、無理もありませんが……)

 アリアに教えられ、改めて男を注視する。
 えーっと、そういえばこのよれよれコート姿はどこかで見た覚えがある。

(……そうか! 屋敷を出た直ぐのところ。確かにこんな男の人とすれ違ったわね)
(思い出せましたか。あの男、少なくとも表の人間では有りません)
(どういう事? 少なくとも魔力は感じないけど……)
(ええ、魔術師では有りません。其方側ではなく、寧ろ私寄りです。あの男は、軍人だ)

 軍人……! そうか。そういえばあの時、アリアが何かに気を取られていたっけ。
 あの時はすれ違ったこの男を気にしていたのね。

(へえ、そんな事判るのね。それってやっぱり、同業者だから?)
(……そうですね。やはり同類には敏感ですよ、私達軍人は。それが特殊部隊経験者なら尚更に。立ち振る舞いから見て、彼は間違い無く第一線級の実力者です)
(そこまで解るんだ。凄いわね……でも別に、貴女の脅威には成らないでしょ?)
(勿論。ですが何事にも例外はある。こと軍人を相手にするなら、油断や軽視は危険すぎます)

 そんな遣り取りをしているうちに、廊下の二人は、私達の居る保管室の前を通り過ぎようとしていた。
 先程から耳に入ってくる二人の会話は、いつの間にか、件の破壊跡の事に変わったようで、内心ヒヤリとさせられる。

「……だったか。それで、結局あの破壊跡と、集団失踪事件とを直接結びつける線は、何も無い訳か」
「ああ。どっちも、現場に全くと言って良いほど、何も痕跡が見当たらん。一体何を使えば、あんな爆撃を受けた戦場跡みたいな事が出来るのか。現場で使われた凶器は全く特定出来なかった。
 一部に弾痕らしい傷や、まるで爆破されたように焼け焦げたクレーターがあったが。
 ……そっちも弾丸の一つも見つからなきゃ、硝煙反応、爆薬の反応さえも無し。
 はっきり言って全くの謎だ。あれには鑑識もお手上げだと泣き付いてきたよ。
 他の破壊跡は……何だか良く判らんが、現場の傷跡を調べた鑑識官によるとだな。これは推測の域を出ないらしいが、凶器は途轍も無くデカい石器のような物じゃないかって話だ。笑えるだろ、石器だとさ。巨大な石斧持ったモンスターでも出て、大暴れでもしたかのかって。言った本人も自嘲気味に呟いてたよ」

 会話の内容に、一瞬びくっと身を震わせそうになった。アリアが抱きしめる腕に力を込めて止めてくれたので物音は立てずに済んだ。……ちょっと痛いんだけど。
 アリアが落ち着いてと意識を流してくる。

「はっはっは、モンスターか。んなモン居たらとっくに大騒動になってるな」
「ああ。逆に失踪事件の方は、まるっきり一切の痕跡が見つからん。まるで当人達が、自ら何処かに消え去ったかのようで、外部からの犯行と思しき痕跡は何も無い。
 この二つ、現場の一致以外に、一切の共通点は無いよ」
「……ふむ、そうか。まあ詳しくは、後で事件概要のファイルを貰うよ。
 それから、例のクラッカーだが……」
「うむ、うちのIRが何者かに侵入されてな……」

 徐々に小さくなってゆく声。恐らく角を曲がっていったんだろう。アリアが手を緩めてようやく開放してくれる。

「ぷはっ……ふう、ひやひやしたぁ。何あれ? なんでこの件に関わってこようとしてるのよあの男。この件は綺礼が手を下してる筈でしょう!?」
「凛、疑問は後に。今はこの場を離れましょう」

 っと、そうだった。今、私達は居ちゃいけない場所に不法侵入してる真っ最中だった!
 二人の気配が遠くに消えるや、迅速に外に躍り出るアリア。
 瞬時に全方位を警戒して、一気に侵入経路を逆に辿り、私達は資料室の窓際まで戻ってきた。

「時間は?」
「ギリギリ、ですね。凛、これを持って先に外へ」
「いいけど、貴女は?」
「窓の鍵が開いたままでは拙いでしょう?」

 ああ、成る程。物を持ってさえいなきゃ、アリアは零体化できるのだから、鍵を閉めても出られるんだった。

「解った。じゃ早く来なさいよ」
「了解」

 アリアの言葉を聞き届けてから、私は自分に重力緩和の魔術を掛け、敷地の外まで一気に飛び降りる。
 トン、と地上五メートルの高さからの着地とは思えないような軽い音を立てて、人気の無い真っ暗な路地に降り立った。

「お見事、凛」
「わ、何時の間に? 相変わらず早いわね」
「ええ。無事に作戦終了。成功です」

 服の汚れをぱたぱたと叩いていると、横にはもう零体化したアリアが戻っていた。
 今は零体化してて目には見えないが、声や雰囲気からして、彼女は満面に軟らかな微笑みを浮かべているに違いない。
 と思った矢先に実体化したアリアは、案の定、想像通りの笑みを浮かべていた。

「? どうかしましたか?」

 私の表情に不思議な顔をして問うてくる。

「何でもないわよ。さあ、もう目的は達したんだから、早く帰りましょ。こんな所で他のサーヴァント達と戦闘になったりしたら、事だもの」
「そうですね、今日はこの辺で。敵勢力の探索は明日にしましょう」

 時計を見やるともう日付が変わり、短針は1の文字に掛かり始めている。
 私達は闇の深まった深夜の深山町を一路、仲間達が待つ衛宮邸へと歩き出した。


**************************************************************


 衛宮の屋敷を、一陣の風が吹き抜けていく。まだ残冬の寒さが抜けぬ夜風が心地良い。
 私は風に髪をすかせながら、母屋の屋根の上で棟瓦に腰掛け、何気なさを装いつつ周囲を見渡してみる。
 一つ、二つ、三つ……優に十は超える視線がある。
 これは間違い無くマークされたようだ。

「ふむ。まあ及第点……でしょうかね。また随分と大仰に人員を割いてきたものだ。何処の隠密さんか、大体の見当は付いているんですが……」

 そう、今の私はわざと実体化したままで、屋根の上に登っている。
 正体の判明せぬ相手を前にして、である。何故そんな事をしているのかと言えば、理由は一つ。この夜行の者達が何処の何者か、それを確かめる為だ。
 既に屋敷の明かりは消え、士郎達も凛も床に就いている。夜行といえど、聖杯戦争に関係の無いであろう者達を相手にするなら、私一人の方が動きやすい。
 それに、元SASである私にとって、夜の闇は慣れ親しんだテリトリーだ。

「……さて、如何したものかな。あまり大騒ぎする訳にも行かないし」

 こんな場合に取る事の出来る選択肢は三つ。
 一つは、何の考えも無しに目ぼしい気配に体当たりして、片っ端から片付けていく頭の悪い方法。
 二つは相手の意表を付く行動に出て隙を作り突破口を開き奇襲を掛ける方法。
 三つ目は敵の司令塔を見つけ出して真っ先に叩き組織力を無力化する方法。

 一はどうにも短絡過ぎて私には取れない案だ。となれば二の隙を作る案、そして敵の頭脳を叩く案だろう。
 お誂え向きに、監視を決め込む諜報員達は皆一様に、双眼鏡や暗視装置を使っている。
 此処はフラッシュ・バンを使いたい所だけれど、流石に炸裂時の大音響で、周辺に騒ぎを起こす危険があっては使えない。となると、如何するか……。

 周囲に満遍なく配置された十二対の目。それぞれが最低でも、監視役とサポートのツーマンセルで行動していると仮定して、最低二十四人。
 十二の眼一つ一つを潰していくのは、余り頭の良い遣り方とは言えないが……無力化させるには、今はそれしか方法が無い。
 仕方が無い、あの手で行くか。

 意識を集中し、両の手に具現化させる一対の武器達を、記憶から呼び起こす。
 今から行うのは、人の身だった頃なら、まずやらなかっただろう馬鹿げた一手。
 何故なら、サーヴァントとして世界からのバックアップを得た、今の身体能力だからこそ、彼ら人間相手に有効となる業だからだ。

「済みませんね、悪いが少しばかり、不自由な思いを味わってもらいます」

 別に誰に聞こえる訳でも無いだろうが、呟く。良心の呵責かもしれないが、そんな事で自らを正当化する気は更々無い。単に気分の問題だ。
 徐に棟瓦の上に立ち上がると同時に、両手の内に二つの銃を具現化させる。
 手にした銃は、使い慣れたナイトホークともう一つ、S&WのM&P40。
 今までナイトホークのレール部には、何もアタッチメントを付けずにいたが、追加装備としてマズルを覆うタクティカルブロックとレーザー、フラッシュライトモジュールを取り付けてある。M&Pも同様の装備を施した。

 その二挺を両手に構え、モジュールをONにしてぐるりと身を捻る。
 全ての監視の眼の、正確な位置は既に把握している。
 その場でくるりと回りながら、瞬きもさせぬ一瞬の内にその全てを、銃身下部に装備したレーザーサイトとフラッシュライトで射抜いてゆく。
 きっと私を傍から見れば、屋根の上で光るライトを両手に、奇妙なダンスでも踊っている用に見えた事だろう。そう考えると少々恥ずかしい。

「ぐぁっ!? 畜生、やってくれる……!」
「め、目がぁっクソッ!」
「コール、エマージェンシー!! おい、全員大丈夫か! っのアマ、ふざけた真似を」

 遠くの物陰や民家の屋根、雑木林の茂みの向こうから、口々に悪態を吐く声が聞こえてくる。 どうやら十二人の監視者全ての眼を眩ませることに成功したようだ。
 だが悠長に突っ立っている訳にも行かない。
 悪態が私の耳に届く頃には、私は既に零体化して屋敷の屋根を蹴り雑木林へと跳躍していた。

 左手に握っていたM&Pはもう解除して、持つのは手に馴染んだいつものファイティングナイフ。現実的に二挺拳銃というのは確実性に欠けるので私は余りしない。
 本来のCQCスタイルに立ち戻るなら、この組み合わせが私には一番だ。
 狙うは連中の司令塔のみ。この包囲網の中、一体誰がリーダーか等、普通判る筈も無い。
 だがこの中で唯一人だけ、見覚えのある顔を私は見つけていた。
 私の経験と勘が告げている。この男こそ彼らの隊長格だと!
 屋敷の裏の、雑木林の中に隠れ潜んでいたこの男の真横で実体化し、飛び込んできた慣性力をそのまま上乗せした回し蹴りを叩き込む。

「なっ!? 貴様、ぐぉっ!!」

 男は一時的に視力を奪われているにも関わらず、実体化した私の気配に気付いて応戦してくる。だが既に遅い。
 防御姿勢を取ろうとするも、虚しく蹴りをまともに食らい、後ろの木の幹に背中から直撃した。
 そのままずるりと大木の根元に沈む。その直後、傍らに潜んでいた男の部下と、離れた場所にいたグループの一人が左右からほぼ同時、挟み込むように襲い掛かってくる。

「隊長! この……!!」
「畜生め!!」

 傍らの男はナイフ、数メートル先の男は手に拳銃。二人ともサポート役だろう、私の眼眩ましは食らってない! 
 銃声を響かせては騒ぎになる。と、なれば、右手に持っているナイトホークを使う訳にも行かない。
 私は即座にナイトホークを手放し、同時にスローイングナイフをその手に具現化する。
 左から襲い掛かるナイフをファイティングナイフで下から切り上げ、真っ二つに砕き飛ばし、同時に右手のスローイングナイフを投擲して、もう一人の男の銃を弾き落とす。

「がっ!?」「なにっ!?」
「Freeze(動くな)!!」

 間髪を入れず叫び、即座に拾い直した銃を右手の男に向け、左手の男には返し刀で首筋にナイフの刃を這わせ、制止させる。
 だが尚も二人の部下は闘志を失う事も無く、新たに小さな仕込みナイフを取り出さんとする所だった。

「全員動くな! 武器を置け、これ以上の交戦は無意味だ。
 隊長さん、貴方の部下全員に作戦の中止を伝えなさい。早く!」

 足元に転がる隊長格の男の喉元に、硬いブーツの底を押し付け、これ以上抵抗するならこの場で息の根を止めると暗に示す。

「ふっ……ぅぐっ! わ、判った、判った。作戦中止、中止だ総員一時作戦中止!!」

 私の無言の脅迫に負け、ようやく隊長は観念し、無線で部下たちに命令を下した。
 ようやく左右の部下達も観念したのだろう、襲い掛かろうとする意志を放棄して、大人しくなる。
 その様子から反撃の意志は無いと判断して、三人をとりあえず解放し、隊長をその場に座らせる。
 事情を聞き出す為であって、無論銃口は男の眉間を捉えたままだ。

「懸命な判断だ、感謝します。さて、それでは貴方がたの所属と階級、そして目的と衛宮邸を監視していた理由を教えてもらいましょうか? ねえ、日本の優秀な自衛官さん?」
「な、何……? 貴様、何故……」

 男は昼間すれ違い、警察署内で見たよれよれのコート姿の男だった。やはり自衛官か。

「自衛官と判ったかですか? 彼の銃ですよ。P220なんて、余程の事が無い限り日本の警察あたりが持っている筈は無いでしょう。
 それに、此処までの組織だった諜報活動が出来る組織なんて、この国じゃ情報本部を持つ防衛省以外に有りますか?
 尤も、貴方がたの所属が何処かまでは、知りませんがね。……大方、私がIRシステムに介入したんでマークされたのでしょうが、本来は聖杯戦争絡みの調査をしていたのではありませんか?」

 私の言葉に眼を丸くして驚く隊長格の男。やはり図星か。もう少しポーカーフェイスを訓練した方がいいだろうが、お陰で私としては遣りやすくてありがたい。

「ちぃっ……そこまで見抜かれてんのか。っつーか、やっぱりアレはアンタ達の仕業か。
 どういうつもりか知らんが、こりゃだんまり決め込んでも、あんまり意味無いかな?」
「ええ、私に隠し事をしても、貴方達にはなんらメリットは在りませんよ? 情報を提供して私達と協力関係を結ぶか、此処で息の根を止められるか、貴方達が選べる選択肢はその二つです。さあ、どちらを選ばれますか?」
「ハハッ。アンタ中々面白いな。一体どういう心算でそんな事を望むのかなお嬢さん?」

 この状況下にしてこの落ち着きよう、確かに隊長格を張るだけの事はある。この男は信用出来るだろう。
 私は突きつけていた銃口を静かに下ろして、本心からの言葉を口にする。

「無論、この聖杯戦争を有利に進める為です。それはこの街、この世界に及ぼす被害を最低限に抑える事に繋がる。あなた方にとっても、悪い話ではない筈ですが」
「……! ほう? アンタ、この聖杯戦争の当事者なのか?
 生憎と俺達この国の政府筋は、この戦争に直接関わる事を禁じられている。ソッチ筋の厄介な連中から睨まれててな。政府は、いや俺達は、十年前の惨劇を起こしたくない。
 こんな馬鹿げた祭りで国を、人々を危険に晒されかねないなんて忌々しい話だよ。
 だが、連中との取り決めで、相互不可侵って取り決められているのさ。だから俺達はこうして、外部からの状況監視が関の山だ。
 確かにアンタの言葉が本心なら、俺達としても協力してやりたいのは山々だが……悪いな、他を当たってくれ」
「魔術協会に聖堂教会か。ならばこうしましょう。あなた方は、表向きには、私とだけコンタクトを取る事にすれば良い。これなら大丈夫でしょう?
 私は魔術教会にも聖堂教会にも、何処にも属さない。何故なら、この戦争の間だけ現世に呼び出された、本来存在しない者なのですから」

 此処で自らの正体を明かす博打に出るのは、少しばかり躊躇われたが、この者達にならば恐らく大丈夫だろう。私と同じ志を胸に持つ者達だ。

「……アンタ、ええーっと、何だったか。アレだ、さ、サーヴァントってヤツなのか?」
「ええ。私はアリア。ソルジャーのサーヴァントだ」
「何? 確か、資料には七種しか存在しないと書かれていた筈だが……ソルジャーなんてクラス名は無かったぞ?
 それに、確か呼び出されるのは太古の英雄だとか。拳銃なんて使う筈が無いし、俺達のような組織について、知ってる筈が無い」
「ええ、私はいわゆる、イレギュラーというヤツなのでしょう。
 ですが、呼び出される者に現在、過去、未来といった時代の区別は無い。何故なら私は過去ではなく、未来の出だ」

 そう答えながら、懐からベージュのベレー帽を取り出し、男の手元に放る。
 見るものが見れば、その帽子が何を意味している物か判る。見栄えとしては、昔のワインレッドの方が良いと思うのだが、何故、ベージュ色に戻ってしまったんだろうか。
 そろそろ男の視力も回復してくる頃だろう。霞む目を擦りながら、受け取った帽子の徽章とそこに記された文字を読み上げる。

「……Who Dares Wins(危険を冒す者が勝利する)に翼付き短剣の徽章。なんとまあSAS隊員だったのかいアンタ。成る程、それでソルジャーか……。
 はーっはっはっは!! 道理で俺達が束になっても敵わなかった訳だ。SASの英雄さん相手じゃあ、無理も無いわ」

 男はひとしきり盛大に笑った後、落ち着きはらった声で口を開き始めた。

「俺の名は豊田、豊田繁。階級は三等陸佐だ。とはいっても、現在は内閣情報調査室、第0分室への出向組でな。現在は堅っ苦しい宮勤めってヤツさ。ま、こんな冴えない中年男だが、宜しくな英雄さん」
「成る程、噂に聞いた事はあるCIROの方でしたか。ええ、宜しくお願いします」

 差し出された右手を取り、堅く握手をして彼を助け起こす。

「おう。コイツは返しておく。中々似合ってるぜお嬢さん」
「む、下手な世辞を言っても何も出ませんよ」

 立ち上がるなり、唐突に私のベレー帽を頭に被せてきたかと思うと、そんな軽口を叩く。
 この隊長、中々に飄々とした性格をしているようだ。

「なぁに、気にするな。一先ず部下を紹介しとく。こいつ等は俺と同じ、内閣情報調査室の連中で、特にこの二人は第一空挺団時代からずっと続いてる腐れ縁というか、そんな感じだ。俺なんぞよりよっぽど優秀なのに、何故か俺についてきてくれる奇特なヤツラさ」
「ほう、やはり第一空挺団の出でしたか。立ち居振る舞いからして、恐らくはと思っていましたが……合点がいきました」

 陸上自衛隊唯一の空挺部隊である第一空挺団。その実力は私の時代でも聞いた事がある日本の優秀な空挺部隊だ。

「申し遅れました。豊田隊長の部下であります、柴田二等陸尉です。現場では主に、豊田隊長の副官を務めております」
「同じく、安岡陸曹長であります。主に局員の装備や足の手配、調達等の後方支援を担当しております」

 この場に居た二人の部下が、それぞれに自己紹介をしてくる。二人とも実直そうな印象の青年達だ。簡潔に宜しくと答えると、豊田が続きを語り始める。

「ただ本来ウチ、第0分室は総勢十名でな。今回はIRをクラックした犯人……ってのは結局アンタだってな? それの追跡調査もあって、急遽古巣から人員をかき集めてるんでこの大所帯だ。だが、IRの件はコレでカタが付くだろうから、明日からはまた元の十人に戻るかもしれん。
 今は情報本部の方から六十人程派遣させて、街中の監視を強化してはいるんだが……。
 まあ俺も上に掛け合ってはみるがね。一応、人員が減らされる事があるかも知れんことを覚えておいてくれ」
「解りました。それではまず、この冬木市全体に関してですが、あなた方の調査した範囲で判るところを……」

 夜空に輝く月の位置からすると、もう丑三つ時だろうか。風は心地良い冷気を伴なって木々の間を過ぎてゆく。今夜は中々良い夜だ。
 私は貴重な協力者を得られた事に感謝しながら、彼らとの情報交換に勤しみ、何時しか夜も更けていった。


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