<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

TYPE-MOONSS投稿掲示板


[広告]


No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13
Name: G3104@the rookie writer◆a3dea9af 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/05/14 00:04
 朝焼けの空から淡い白光が障子を貫いて降り注ぐ。薄暗い部屋の中、私は一人青白い蛍光を放つ薄い額縁のような液晶モニターを覗き込み作業を続けていた。
 時刻は昨夜、いや数時間前に遡る。まだ日付が変わる少し前。午後十時にはもう完全に疲れで眠りに入ってしまった凛を離れにある凛の部屋までおぶって行き、ベッドに寝かせてから母屋の座敷を片付けに掛かった。
 座敷の中は確かに、ある意味凄い事になっていた。何処から持ってきたのだろうか真っ二つになった旧式ビデオデッキが隅の方でダンボールの上に鎮座していたり、一昔前の健康器具らしき柄が何本も突き出た籠や、吃驚したのは中に蜜柑がダンボール一箱丸ごと仕舞われた古い冷蔵庫など。座敷机の周りは物やらダンボールが見事に山を築き上げていた。

「はは、これは骨が折れそうですね……」

 此処にパソコンを設置したくともこう散らかって居ては満足に動けない。一人えいやっと腕をまくり小さく気合を入れ、寝しずまった屋敷の中で、極力音を立てないよう気を付けながら部屋の片付けに取り掛かった。
 片付けを始めてから半刻ほど経っただろうか。部屋から荷物を縁側に移していると、縁側のガラス戸越しに土蔵へ向かう士郎の姿が目に映る。時計を見れば針はとうに十一時を過ぎていた。

「あれは……やっぱり士郎はシロウですね。彼とて疲れている筈なのに、貴方同様に鍛錬だけは欠かしませんか」
 ――不本意ではあるが、アヤツとて衛宮士郎だ。私と出発点を同じくしているのだから当然の理だろうアルトリア――

 心の内、というより魂の裡から彼が不服を漏らす。気持ちは察しますが、何もそんなに不機嫌にならなくても良いでしょうに。
 鍛錬をするのは良いが、彼はもう少し自分の体調を省みるべきだと私は昔から常々思っていた。これは少し注意しておくべきか。縁側に放り出した荷物も一端は土蔵に持っていかなければならないから丁度良い。私は足元の箱を抱えて中庭に下りた。




第十三話「未熟者と賢者の夜、朝の来訪者に兵士は葛藤する」




 意識を集中し、ゆっくりと背骨に鉄杭を打ち込むイメージで慎重に魔術回路を形成してゆく。魔術回路。自分の内側(なか)に創り張り巡らせる異物、魔術師が魔力を通し神秘を具現化させるための擬似神経。魔力を回す為の回路。衛宮士郎(おれ)の場合その回路は自分の背骨に真っ赤に焼けた鉄の棒を挿し込むような感覚、イメージを持つ。
 一回一回、魔術を使う為にはまずこの魔術回路を体内に作り出すところから始めなければいけない。毎回、回路造るのは命懸け。ほんの僅かでも正確な位置に鉄棒が嵌まらずおかしな所にズレ込んでしまえば、本当の神経や血管、肉体がズタズタに吹っ飛んでしまう。そうして苦労して造り上げた一本の回路を使って、木刀に強化を試みるも――見事に失敗する。はあ、やっぱり駄目か。

「…………。ほんと、まぐれだったのかなアレ」

 まあ失敗はしたけれど、なんとか今日も死なずに鍛錬を終えることが出来た。ランサーの襲撃を受けたときには吃驚するほどあっさり成功したんだが……まああの時は無我夢中で、自分でも成功したのは殆ど奇跡だったと思うけど。いつの間にか額一杯にびっしょりとかいた汗を手の甲で拭いながら、つい愚痴が漏れる。

「ふう。……そう上手くは行かないか」
「精が出ますね」
「っ!? あ、アリア? 如何したんだこんな夜中に……」

 唐突に耳に届いた予想外の声に驚いて振り返った先にはアリアが居た。入口から挿し込む月の光を背に浴びて、淡く浮かび上がる金糸の長髪と翠の瞳。今は蒼い外套を脱いでいるので服装の色合いは違うが、外套を纏えばその姿はつい昨日此処に現れた彼女、セイバーと恐ろしいほど瓜二つだ。違いは見た目の年齢と多少の髪の長さ程度の物。だが違う物もある。決定的に違うのはその時代感。中世の騎士と現代の兵士、その差は歴然。そしてもう一つ、彼女が纏う雰囲気。なんとなくだが、セイバーと彼女とでは微妙にその雰囲気が違うのだ。そう、例えるなら堅く、何処までも硬質に焼き固めた折れない鋼鉄の剣と、同じように堅くしっかり焼きの入った鋼でも、その芯に柔軟性を残し、鋼の硬さ異常の強い外圧を受けても撓やかに受け流し、折れずに耐え切る日本刀の刃金(はがね)ような……って、幾ら自分が刀剣に執着があるからって喩えまで刃物を持ってくる事も無いだろうに。そりゃセイバーは剣士だし自らを剣と喩えられるのは喜ぶかもしれないが、彼女は兵士だ。いやそれ以前に、女性を喩えるのによりによって刃物なんて失礼にも程があるだろうに衛宮士郎!? 何をバカな事を考えてるんだ、しっかりしろ俺!!

「あのう……大丈夫ですか士郎君?」
「え、……えっ? あ、ああ大丈夫。御免、ちょっと思考がアッチにトンでたみたいだ」
「ふふっ。そのようですね」

 何の事は無いとごく自然に柔和な笑みでそう返されると、その、健全な青少年としては凄く精神的な試練になる。

「うう、面目無い。で、何か御用かい――――あっ!」

 御用は何かと口にしたところで大変な事に気が付いた。

「ひょっとして、ずっとそこに居た?」
「はい」

 うわ、望んでいたのとは正反対の答えを即答で返されてしまった。

「って事は……見られちまったかな、俺の鍛錬?」
「はい。御免なさい。見てしまいました」

 胡坐の上に肘を付き上を向いた手のひらに、顔面を突っ伏す。なんてこった、やっちまったか。

「はあ、鍛錬に集中していたとはいえ、人の気配に気付けないなんて魔術師失格だな俺」
「あまりお気になさらずに。私は人ではなくサーヴァントですから」

 困ったように苦笑を浮かべ弁護してくれるアリア。気持ちは嬉しいが、やっぱり己の修行不足は否めない。

「まあ、見られたものは仕方が無いしいいよ。それより、何か用があったんじゃないのか。その手に持ってるのは……ああ、そうか」
「はい。座敷を使えるようにしたいので、申し訳ありません。ここ以外に運べる所が無くて……貴方の工房だというのに」
「いいよそんなこと気にしなくて。元から此処は物置なんだし何時も不要物やガラクタはこっちに持ってくるんだ。だからアリアが気に病むことじゃない」

 アリアは済まなさそうに表情を曇らせ謝ってくる。そんなことで気に病む必要は無いのだからそんな顔をして欲しくない。

「そうだな、その辺のあいてる所に置いといてくれ。明日にでも整理するから」
「了解しました。ご迷惑お掛けします」

 そう小さく一礼してからアリアは荷物を土蔵の隅に降ろしに向かう。ふと、頭に浮かんだ事を聞いてみようかと思った。聞いてよいものか少し躊躇われたが、意を決して問いかける。

「あのさ、アリア。一つ聞いても良いかな?」
「はい? 何でしょうか。私に答えられる事であれば答えますが」

 空いている一角に荷を降ろそうと屈んだところで俺の声に反応して荷を持ったまま首だけ振り向き聞いてくる。

「あ、先に降ろしてくれていいから。御免、タイミングが悪かった」
「はい、降ろしましたよ。それで、聞きたい事とは何でしょう?」
「うん。その、なんだ……俺の魔術見たんだよな。その、アリアから見て、どうだったかなって。切嗣(オヤジ)以外の人に見てもらった事なんて無いから、他の魔術師からみた俺の魔術ってどうなのか知りたいんだ。採点ってことかな。まあアリアは魔術師じゃないけど」

 魔術師ではなくとも、サーヴァントだし魔力の流れとか基本ぐらいは理解出来るんじゃないかと勝手に期待を寄せて聞いてみたのだが、予想以上の答えが返ってくるとは思わなかった。

「そうですね。……ふむ、少し厳しい採点になりますが宜しいですか?」
「うっ? ああ、良いけど。アリアって魔術詳しいのか?」

 意外だった。セイバーやランサー、バーサーカーのような歴史の英雄ならまだしも、何処か現代人臭すぎる所があるアリアは、あまり魔術とは関わりが深くは無さそうに思えたのだが。判ってる心算になってるだけで、案外人間って判らないものだなあ。

「まあ、少しは。と言っても、私も大して扱えた訳ではありません。簡単な物を少し使えた程度です。ですので私もあまり人に大きな事は言えないのですが……」

 そう補足した上で一拍置き、彼女は改めて結論を口にする。

「結論から先に言います。貴方は、根本から遣り方を間違えている」
「……え? 根本から?」

 まいった、厳しいだろうなと覚悟はしていたが、まさか全否定されるとは。

「まだ採点は終わっていませんから誤解しないように。がっかりするにはまだ早い。私は方法を間違えていると言っただけ。どう間違えているかはまだ伝えていませんよ?」
「あ、ああ。そうだな。どう間違えているんだ? 判るのなら教えて欲しい」
「はい。いいですか、貴方はまず魔術回路は毎回一から造り上げるという事をしているでしょう? それが、根本から間違えているのです」
「? どういう事だ、魔術を使うために魔術回路は作り出すモンだろう?」

 少なくとも俺はそう教えられた。根本から間違えていると言われても、何故間違っているのかも判別が付かない。そんな俺の疑問に、アリアが簡潔に答えてくれる。

「違います。魔術回路は一度作ってしまえばずっと在り続ける。後は自らの意志で活動、停止を切り替えられる物です。ですが、貴方にはそのスイッチが存在しない……。その結果、毎回毎回、魔術を行使する為に何度も死の危険を孕んで一から回路を作り直している。ですがそれは本来、まったく必要の無いことなのです」
「!! スイッチ……」

 白状しよう。目からウロコだった。考えても見なかった事だったからだ。俺は何時も鍛錬する度に死と隣り合わせで自分の背骨に熱い鉄の棒を打ち込み続けてきた。それが魔術を扱う者が常に死と向かい合うという事だと思い込んでいた。切嗣(おやじ)からはスイッチなんて教わらなかった。

「はあ、コレは相当重症ですね。よくこんな手法で今まで生きていられたものです。五体満足に今までいられた事は奇跡かもしれません。明日、凛に相談してみましょう。貴方が魔術を教えてもらえるよう取り計らってみます。彼女なら貴方の回路の開き方も、スイッチの作り方も教えてくれるでしょうから」
「え、いいのか? でも俺、遠坂に返せる物なんて持ってないぞ。魔術の基本は等価交換だろう?」
「問題ありません。そもそも、貴方達とは同盟関係なのですから。それもこの戦争が終わるまで切れる事の無い同盟です。相手が未熟なら戦力として使い物になるよう此方から能力を底上げさせるのは当然の事。凛も拒みはしないでしょう。それに、貴方には既に宿を借りている身でも在る訳ですし。等価交換というなら、貴方は既に拠点を提供しています。後は、交渉術次第です」

 語りながら手近の柱に背を預け、軽く腕を組み最後にニヤリと目を細めて口端を吊り上げる金色の策士。終始アリアは全てを見据えたように静かな瞳で語ってくる。何も心配要らないと。毎度の事だが驚かされる。この英雄はもっとも英雄らしからぬ出で立ちでありながら、その内面は時折、賢者のような雰囲気を見せることがある。

「む。交渉次第、ね。はあ……アリアってほんと、何て言うか……兵士って言うより策士だよな」
「おや、今頃気がつきました? 戦場では兵士は正確で迅速な状況判断が求められるのです。四方八方から銃弾が飛び交い爆撃とトラップが待ち構える戦場を掻い潜って生き残るには常に先を読み続け、策を巡らせなければなりませんからね」

 涼しい笑みを崩さずこれだ。皮肉をこめた冗談さえ軽く返される。頭の回転では適いそうも無いな、こりゃ。

「それにしても、見られて返って良かったかもしれないな。まさかこんな大発見に繋がるとは思いもしなかった」
「まあ、私にも多少似たような経験がありましたからね。他人事とは思えなかったので」

 え? 気になる一言を聞いた。アリアも似た経験がある、とはどういう意味なのか?
 反射的にアリアに振り向くと彼女は少し照れを隠すように笑い、言葉を続ける。

「私も魔術は殆ど独学ですから。大した事も出来ませんでしたが、貴方と同様に何かと苦労した経験も在るという事です」

 なるほど。彼女も昔、俺と似たような境遇で魔術を鍛錬したのかもしれない。それで俺の“異常”に気がついたのか。
 と、随分長話をしてしまったような気がする。彼女は片付けをしに此処に来た筈なのに。

「おっと、済まない。随分と時間を食わせちまったみたいだ。片付けまだ全然なんだろ? 手伝うよ」
「あ、いいえ結構ですよ。鍛錬までして疲れているでしょう。私一人で終わらせてしまいますから、貴方はもう休んで下さい。もう日付は変わって二月四日に入っています。朝は早いのでしょう? ならもう寝ないと」

 アリアは腕時計を見ながらそう答える。……その腕時計も君の装備の一つなのかアリア。

「ん、まだ大丈夫だよアリア。じゃあもう少しだけ鍛錬したいんで、俺の事は気にせず作業を続けてくれ。そのスイッチっていうのを念頭に入れてやってみたいんだ」
「まだ続けるのですか? はあ、判りました。言っても聞かないでしょうが、余り無理はなさらないように」

 呆れたようにそれだけ言い残してアリアは母屋に戻った。その後は特に会話を交わす事も無く、彼女は黙々と座敷の大荷物を此方へ運び続けていた。


**************************************************************


 草木も眠る丑三つ時、時計の針は既に午前二時を指し示す。ようやくすっきりと片付いた座敷から縁側に出て土蔵の様子を見る。もう士郎は部屋に戻っただろうか。

「む、まだ扉が開いたままですね。まったく、まだ残って鍛錬しているのでしょうか」

 あれからもう二時間近くが経過している。いい加減そろそろ休まないと朝に支障をきたすと言うのに……。半ば呆れを覚えながら闇夜の芝生を踏み締める。向かうは土蔵。月明かりの下土蔵はひっそりと佇んでいる。中から動く者の気配は無い。

「……む、これはひょっとすると。…………ああ、やっぱり。そんな事じゃないかと思いましたよ」

 土蔵の入口から中の様子を覗き込み、ついため息が漏れた。土蔵に動く者の気配がしないと気付いた時点でなんとなく察しは付いていたのだが、案の定土蔵の主は鍛錬の姿勢のままこっくりこっくりと夢現に舟を漕いでいる。

「まったく、そんな格好でこんな所で寝てしまっては体に悪い。まだ夜風は冷たいのだから、風邪を引いてしまうではありませんか。貴方という人は、あれほど休むように忠告したのに……」

 眠りこけている当人にそんな愚痴を零しても意味は無い。只の虚しい独り言になってしまうが、積年の思いが蘇ってしまってつい口を付いて出てしまう。そんなことより、彼をこのままにしておく訳にもいかない。幸い此処は彼にとっては彼の部屋以上に彼の拠所であり、一通りの私物も防寒具も揃っている。言ってしまえば彼の部屋より此処の方がよっぽど彼の部屋らしい。それは些か問題がある事だとは思うが。

「仕方が無い。確かそこの古い箪笥に毛布が入っていた筈。……あった。よし、二枚あれば多少の寒さも防げるでしょう」

 床を払ってもう毛布を敷き、そこに結跏趺坐の姿勢で座ったまま器用に眠っている士郎を静かに横たわらせ、肩から毛布を掛ける。手近にあった紙切れと鉛筆、修理のメモ書き用だろう。それに「鍛錬もほどほどに」と注意書きを添えて土蔵を後にする。
 中庭に出て、朧げな月明かりの下、一人内面に対して皮肉げに呟く。

「ふう、シロウにも困った物だ。少しは自愛してほしいものです。ねえシロウ?」
 ――それは私に対しての当て付けかね。いや、すまん。確かにあの頃の私は無謀だった。だがその言葉、あの頃の君にそっくり返して遣りたかったんだがね?――

 呟きに対して反論してくる私のパートナー。そう、その正体は私の元マスター。私を失った後、自らを剣に変え自分の理想に到達した英霊。懐かしい月明かりと中庭を過ぎ行く夜風に郷愁感でも絆されたか、少し彼と話したくなってしまったのだ。

「う、それを言うのは卑怯ですシロウ。あの頃の私はサーヴァント――、止しましょう。確かに私達は似た者同士だった……もっとも、意志の強さは全然、似て非なる者でしたけれど」
――そう自分を卑下するなセイバー。胸を張って良いんだ君は。経緯がどうあれ、結局君は自分の弱さに打ち勝ったのだから――

 耳にではなく心に聞こえてくる彼の言葉はそう諭してくる。『セイバー』と、懐かしい名を口にして。

「……久しぶりですね。貴方にその名で呼ばれるのは。懐かしい響きです。
この世界の私……セイバーはどうだろう。彼女は、自分の心に気が付けるだろうか……」
――さあ、どうだろうな。可能性は無くは無い。だが彼女が答えを得るかどうかは……彼女次第だ――

 既に私の辿った道とは異なる道を歩く事になったこの世界の私。彼女は、私のように自らの迷い、心の隙に気付く事が出来るだろうか。私がこの世界に呼び出された時、最初に望んだ事はアーチャー、英霊と化した彼が磨耗の末に抱いた掬われぬ消滅への妄執を断ち切らせる事。既に完成された“守護者”となった私達英霊は、呼び出された先で得た記憶も経験値も持ち帰れはしない。座に在る自分には受け継がれない。だが私達の、この一時の経験や記憶といった情報は、座の本体に受け継がれはしなくとも、座の『記録』には履歴、過去録として残る。
 座に在る私達にはソレが何時、何処にどの時点で呼び出された時の記録かは判らない。座は現世の時間軸からは乖離していて、私達は様々な時代、様々な可能性の先に飛ばされ、そこで役目を終え消える。その記録はそのつど座に溜まってゆくが、そもそも時間の流れという概念から外された“座”ではその記録が出来た順序は判らない。
 だが……時間ならそれこそ永遠だ。星の寿命尽きるまでその猶予は在る。

 たとえこの召喚での“記憶”は残らなくとも“記録”として、いつか座に居る自分がこの時の記録を紐解き知る時は来るだろう。それはきっとアーチャーとて同じ。だから私はアーチャーに答えを得させたい。彼の無限に近いの磨耗の記録の中、それは砂漠の砂の中に落とすたった一滴の雫でしかないかもしれない。だが、その一滴で彼の心が救えるのなら、私は全身全霊をもってしてでもその一滴となろう。生前では、私は彼を座に還せなかった。だから彼は今私と共に、私の中に在る。望んだ一滴はまだ届けられていない。だから今度こそ届けたい。

「……最初はただ、それだけだった」

 足は母屋ではなく敷地の端、庭の塀へと向かい、漆喰の壁に背を預けて広い中庭を眺めながらポツリと本音を漏らす。

 ――この召喚に応じた望み、か。……それで今は、違うのかね――
「判ってて、聞くのですか。優しいのか、意地が悪いのか」
 ――どっちでも良いさ。どちらも答えだ。私は君の終生の伴侶だぞ、君の相談役は私の永遠の役目だ。それで、今はどうなんだアルトリア――
「今は、出来ることなら……手は貸したい。彼女が自分に向き合えるように。でも、今回は分が悪い。まさかこの時代にアレが出てくるとは思わなかった」

 ああ、と胸の裡で彼が同意する。私達、私や彼の敵。霊長の抑止力となった我々が本来狩るべき破滅の兆し。アレが出てきた以上、私達は己が妄執に拘れる状況には無い。まだ本格的に取り返しの付かない状況にはなっていないから、此度は上手くいけば発生する前に止められる可能性があるだけ幸運かもしれない。

「一先ずこの望みは保留です。今はとにかく表向きは聖杯戦争のセオリーに則ってきっちり準備を進めます。今の私には聖杯戦争でも影対策でも、とにかく基盤を築いて置かないと満足に立ち回りも太刀打ちも出来ない」
――それがよかろうアルトリア。焦っても今の我々には手立てが無い。まずは情報収集と対抗策を用意するが先決だ。だが君の望み、果たせると良いな――

 ええ。妥協はしない。果たせるなら全て叶えよう。その為にも立ち止まってなどいられない!
 決意を新たに私は一歩一歩、月明かりの下に力強く歩を進め出した。


**************************************************************


 薄白いまどろみの中、外から小鳥の囀りに目を覚ます。最初に目に入ってきたのは、見慣れた土蔵の土壁と柱だった。

「あれ? 俺なんで土蔵なんかにいるんだ?」

 しまった、思い出した。確か昨夜アリアと話した後もスイッチを意識出来ないかと気になって鍛錬を続けたんだっけ。……あの後何回か試してみたけど、やっぱり上手くいかなかったけど。記憶はソコまででその後が全く思い出せない。多分そのまま寝ちまったんだろう。

「うわ、よく風邪引かなかったな俺……。? 俺毛布なんて用意したか……? あっ」

 きょろきょろと周りを見渡して、そのメモが目に入った。なんてこった、毛布を掛けてくれたのはアリアだ。俺アリアに世話掛けっぱなしじゃないか、情けない。外の様子だともう五時前ってところか、アリアはきっと座敷で設置作業を続けているんだろう。朝食の当番は――アリア、遠坂と回って俺か。昨日は二人とも凄い腕を見せ付けてくれたからな、俺も負けちゃいられない。
 まだ半開きの眼を擦って土蔵を後にする。母屋に戻ると座敷の中からカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。多分アリアだろう。というか、アリア寝てないんじゃ……さすがサーヴァント。ラインがちゃんと繋がってて魔力供給があればセイバーみたいに寝る必要は無いんだ。うう、すまないセイバー。お詫びに上手い朝食作ってやるからな。

 さて、台所に立って朝餉の仕度を始める。セイバーはもうじき起きてくるだろう。遠坂は……昨日の朝を思い出して一瞬手が止まった。何か凄く見てはいけないものを見てしまった気がする。見てはいけないものだったように思うので、忘れることにしよう。多分その方が良い気がする。……昨夜はかなり疲れてそうだったし、多分まだ起きないだろう。
 そこまで考えて、ふと何か大事な事を忘れているような気がし始めた。えーと、何を忘れてるんだっけ?
 玄関の方からチャイムが鳴る。そうだそうだ、今日は月曜だから、朝は桜が朝食を手伝いに来るんだった。廊下から足音とアリアの声が届く。

「士郎くーん、お客さんのようですよー」
「ああ、桜だ。心配ない上がってもらって――――!?」

 上がらせてくれとそこまで言って、ハッと自分のバカさ加減に眩暈を覚えて慌てて廊下に転がり出る! 桜は何時も押さなくても良いチャイムを押すけど、すぐそのまま戸をあけて「おじゃましまーす」そうそう、そんな風に挨拶して入ってくるから――見事にアリアと鉢合わせした。

「…………」

 桜は初対面のアリアに呆然としている。しまった、間に合わなかった……如何する、どう説明すれば良い衛宮士郎!?
 桜が固まったまま震えた声でアリアに尋ねる。

「……ど、どちら様でしょうか?」
「初めまして、アリアと言います。切嗣さんの海外の友人で、妹と二人でイギリスから訪ねて来ました。昨日から此方にご厄介にならせて貰っています」

 俺が真っ白な頭で必死に誤魔化す方便を考えている間にアリアがさらっと自然な嘘をついていた。

「そ、そうですか。先輩のお父さんのお知り合いの方。あっ……は、初めまして、間桐桜です。日本語……お上手ですね」
「よろしく、桜さん。ありがとう」

 緊張しているのか、たどたどしく自己紹介を返す桜。対するアリアは普段の冷静さそのままでホントに感心する。ん、いや、違うな? なんとなくアリアも何処か普通じゃない。なんとなく今のアリアからは普段のあの落ち着いた柔和さが感じられない。彼女にしては珍しく態度に硬い印象というか、緊張したものを感じる。彼女の性格からして人見知りするなんてことはあまり考えられないんだが、如何したんだろうか。

「おはよう、桜。もう紹介が済んじゃったけど、彼女はアリアっていう。聞いたとおり親父のあっちのでの友人だったらしいんだ」
「正確には父が、ですけれどね。ウチは家族ぐるみで切嗣さんと交流がありましたから」

 ここはアリアの口車に乗ったほうが良さそうだと相槌を打つとアリアがもっともらしい嘘、もとい補足をいれてくれる。途中、目で此方に(後でセイバーにも口裏合わせを)と訴えてくる。それに此方も目で頷く。

「それじゃあ桜、上がってくれ。二人とも居間でゆっくりしてていいから」
「………………」

 桜を居間に案内しようと声を掛けると、妙な桜に気が付いた。何故か桜はぼうっとしてて、なんだか目の焦点が合っていないような……心なしか顔色も悪い。

「桜? おーい、桜?」
「っ!! ……あ、は、ハイッ。御免なさい先輩、ちょっと私、ぼうっとしてて」
「? ああ、大丈夫か桜。体調悪そうだ、あまり無理はするなよ? 上がって少し休むか?」

 桜の様子は確かに悪そうだった。なんというか熱っぽそうで顔に覇気が無い。だが今は桜だけでなく隣にいるアリアの様子も妙だった。桜の様子を見てから更に気配が硬くなった。普通に横に立っているだけだが、だから余計おかしい。人が良い普段の彼女なら、目の前で人がこんな風にしんどそうにしていたら真っ先に手を差し伸べそうなものなのだ。

「……どうしたんだ、アリア? 何か気になる事でもあるのか?」
「あ、いえ。……すみません、少し考え事を。どうぞ桜さん、上がってください」

 彼女らしくも無い。アリアの態度に疲れらしき影は微塵も見えないが、ひょっとしたらアリアも疲れてるのかな。やっぱり一晩中動きっぱなしというのはサーヴァントといえど疲れるのかもしれない。そんな事を考えていると桜が慌てて予想外の答えを返してきた。

「い、いえ。御免なさい先輩。……き、今日は、その……御免なさい、お手伝いに来たんじゃなくて、お伝えしなきゃいけない事があって来たんです」
「伝えなきゃいけない事?」

 桜の言う事が今一つ頭の中で的を得られなくて鸚鵡返しに聞き返した。桜の様子は酷く気落ちして此方が何か悪い事をしてしまったかと申し訳なく感じてしまう。

「はい……。本当に御免なさい先輩。私、これから暫く……此方に手伝いに出て来れそうに無いんです」

 その言葉に、何故か隣にいるアリアが一番反応したようだった。彼女とはもはや浅い付き合いじゃないから、判る。桜の言葉を受けてアリアは微かに息を呑んでいた。今のアリアはいつもの涼しいポーカーフェイスが何故か剥がれている。彼女の僅かな機微も今は手に取るように感じられる。何かに酷く参っているような、迷いをその深い青緑の瞳の奥に必死に隠し、押し殺している。

「え、そうなのか。いや、何時も桜には世話になりっぱなしだったし、謝るなら俺のほうだ。桜が謝る事じゃないから気にしなくて良い。見たとこ桜も体調悪そうだし、無理せず家で寝てたほうが良いんじゃないか……あ、ひょっとして来れない理由って、ソレか? 風邪でも引きかけてるんじゃないよな桜?」
「あ、あはは……実は、ちょっと風邪気味みたいです。御免なさい。実は今、兄さんが風邪を引いてしまって、看病をしてたら私まで移っちゃったみたいで……」

 何、慎二が風邪!? 間桐の家は慎二と桜の二人しか居ないはず。看病できるのは当然桜だけだ。付きっ切りで看病していれば当然移る危険も高い。

「ばっ馬鹿、それをなんでもっと早く言わないんだ桜!! 風邪引いてるなら無理して家まで来る必要なんて無い。桜は大事な家族同然なんだ、何時でも電話してくれればこっちから手伝いに行ってやる!」
「あっ……そう言われると思ったんで敢えて来たんです。御免なさい、私の風邪が先輩にまで移っちゃうかもしれないのが心苦しかったんですけど。い、今は先輩と兄さんを合わせたくないんです。兄さん、熱のせいかちょっと精神的に不安定になってて……先輩によけい迷惑がかかっちゃうから」

 桜は俺に迷惑を掛けまいと健気に気を使っていたのか。桜の体調は心配だが、ここまで懸命に気を使われてしまった手前、無理矢理間桐の家に上がり込んで手伝うのは桜の意思を無にしてしまうことになる。無念だが此処は桜に負担を掛けさせないようにする以外、俺に取れる選択肢は無さそうだ。

「そうか、判った。桜の意志を無碍にする訳にも行かないしな。だけど、ホント無茶だけはするなよ? 辛かったら何時でも呼んでくれて良いんだからな」
「はい、ありがとうございます先輩。でも大丈夫です。最近、親戚の伝手で凄く腕利きのお手伝いさんが来てくれるようになったんで、家事については心配しないで下さい。なんでも昔は何処かの名家で執事もなさってたとか。とっても頼りになる人です」

 そうか、と答える。そうするしかなかった。でもよかった。桜なら一人でも風邪引きのままでも慎二の家事から看病までしようとするだろうから。既に手伝いさんが居るのなら心配しなくとも大丈夫だろう。

「じゃあ、今日はもう帰って休んだ方がいい。風邪悪化したら大変だからな。御免アリア、桜を家まで送っていく。悪いけど朝ごはんの仕度途中なんだ、頼めるかな」
「それでしたら、私が代わりに送りましょう。妹は貴方の作る御飯がお気に入りですから。出来ましたら、貴方に作って貰えるとあの子が喜びます」
「あっい、いい、いえっ! そんなご迷惑は掛けられません!! 私なら全然平気ですからお構いなく!!」

 誰が桜を送るか議論に発展しそうな所で桜が止めに入った。

「本当に大したことはありませんから!! すみません先輩。これ以上お邪魔してると余計に気を使わせちゃいそうなので、今日はこれで失礼させて貰いますね!」

 慌てたように早口でそう捲し立てると、桜は早足で玄関の引き戸に手を掛けて外に出ようとして―― がしゃん! と派手に顔面から引き戸の縦桟にぶつかった。

「「アッ!!」」

 俺とアリア、二人して同じ声でハモる。あれは、痛そうだ……うん、凄く痛そう。

「あ、っうううぅぅ~……」
「「だ、大丈夫か(ですか)桜(さん)!?」」

 うーん、と端の頭を抑えてその場に屈み、呻く。鼻血は出てないみたいだからそう大事はないみたいだが。

「平気ですか桜さん。頭を後ろに、そう。出血はしていませんが、念のため冷やした方が良いですね。士郎君、氷を」
「判った、ちょっと待ってろ」
「だ、だいじょふぶです、せんひゃい。ちょっとぶつへひゃっただけです。痛いだけで、血は出ていませんから……」

 よろよろと立ち上がり、玄関に向かおうとする桜。本当に付き添わなくて平気だろうか。さっきのは慌ててたのもあるだろうが、明らかに足がもつれてこけたように見えた。引き戸の取っ手も、あの位置なら手が掛からない距離じゃなかった。なのに取っ手までの目測を誤ったように伸ばした手は船底取っ手の窪みに掛からず空を切り、体を支えられずに倒れ込んだ。気丈に元気ぶって見せているが桜の体は明らかに体調不良を訴えてる。

「本当に大丈夫か桜。風邪、熱でも出てきてるんじゃないか? 顔赤いぞ」
「そ、それは今さっきぶつけて痛くて力んじゃったからです。な、何とも無いですから」

 そう頑なに気丈を装う姿は見ていて痛々しいが、桜はあれで結構頑固者だ。無理矢理付き添おうとしても、きっと意地を張り通す。

「はあ、判ったよ桜。付き添いはしない。でも見送りぐらいはさせてもらう。門の所までは絶対送ってくからな。それだけは譲らないぞ」
「はい。すみません先輩、我侭を言って」

 そうして俺たち三人は門まで一緒に行き、無事桜を見送って邸内に踵を返した。門を潜り、アリアは数歩先を歩いている。目の前で揺れる金糸の髪に、さっきから気になっていた疑問を投げ掛けてみる。

「なあ、アリア。さっきは一体、如何したんだ? なんか、何時もの君らしくなかったぞ」

 俺の問い掛けにぴたり、と歩を止めて此方に顔だけ振り返る心迷わせし賢者。その表情は哀しげに笑顔を作っているが、宝石のような翠の瞳は何かを思い詰めるように揺らいでいる。

「はは、見抜かれてしまいましたか。私も修行が足りませんね。……ええ、確かに私らしくなかったでしょう。私は本来、余り迷いを見せるタイプでは無かった筈ですから」

 そう軽口を空しく叩く。今ばかりはアリアの弁舌も、力なく虚空に消える。何時ものような強かさはなりを潜め、目の前に居るのはまるで道に迷ってしまった旅人のようだ。

「……士郎君。貴方は親しい人と世界の安定、どちらかを選べと言われたら、如何します?」
「?? なんだよソレ? 謎掛けか何かかアリア?」
「いいえ、真面目な質問です。そうですね、質問を変えましょうか。……士郎君、貴方にとって、桜は大事な人ですか?」
「勿論。もう家族の一員も同然だ。家族の居ない俺にとっては藤ねえと桜だけが身内だよ」

 その言葉にアリアは少しだけ微笑み返し、直ぐに辛そうに目を伏せた。金色の前髪に隠れて、その双眸がどんな想いを湛えているのかは読み取れない。だが、唐突に彼女はポツリと、小さな声で呟きはじめた。

「全てを救う事は出来ない。この世界がこの世界の法則で廻り続ける限り、ソレは決して超えられない人の限界」

 それはどんな悲哀と悲願を超えて思い知った条理だろうか。だが、その言葉は俺の酷く古い記憶を呼び覚ました。切嗣、衛宮切嗣。俺を引取り育てた養父。幼かった俺が、彼のユメを受け継いでやると誓った、“セイギノミカタ”に自分は成れなかったと語った俺にとっての理想。その切嗣(オヤジ)が語った言葉と、同じだった。

“―――全ての人間を救うことはできない”
“―――いいかい士郎。 正義の味方救にえるのは、味方をした人間だけだ”

 そう、かつて切嗣が俺に言って聞かせた言葉。当時幼かった自分はその言葉にただ反発した。自分にとってそれこそ全てを救えるであろう人間だった人に、そんな現実を口にして欲しくは無かったから。だが、そんな彼と同じ言葉を、目の前にいる英霊が口にした。
 ソレがどういう事か、そんな事、本当はもう判っている。明確な目標も無く、ただ切嗣が口にしたその言葉を覆したくてずっとその理想を追ってきた。だけど月日を重ねて、大人になり増えた知識で理解した事は、彼の言葉通りの現実。どんなに頑張っても、救えない者は出る。正義の味方が味方をしなかった相手は救うことが出来ない。それ以上に正義の味方に敵対した相手を、正義の味方は救えない。誰も傷付かず、誰も涙しない方法なんて、それこそ世界がそのまま静止してしまわない限り在りえない。でも、その理想を抱き続けることは罪じゃない。間違いじゃないと意地を張り続けたい。

「アリア……」
「頭では適わぬ理想と理解していても、心ではそれに真正面から挑む。貴方はそういう人です」
「!!」

 まるで此方の心を射抜かれたような衝撃を受ける。アリアの指摘は的を得すぎていた。

「ですが全てを救いたくとも、たとえ理想的に九十九の人を救えたとしても、どうしても一人は零れる。そのパーセンテージがどんなに変動しようと、救われない者の数字は決してゼロにはならない。
そのどうしても救われない側にもし、貴方の大切な人達が含まれてしまうと知ってしまった時、貴方はそれでも“見ず知らずの大勢”を救うほうを選べますか?」

 その問いは、とても答えづらかった。いや、衛宮士郎がずっと抱いてきた理想を貫くなら、答えは最初から決まりきっている。だが、こんな選択肢を迫られる事にならないよう、最大限尽力する事を大前提としてきた。だからこんな、二者択一のような選択肢を迫られたら如何するかなんて、深く考えた事は無かった。いや、考えないようにしてきたのかもしれない。

「辛い選択肢だと思います。ですが、今のうちから……その最悪の選択を迫られた時の覚悟だけは決めておかなければ、後々辛くなるかもしれません」
「…………!! それは、どういう」
「私とて、そんな選択肢は出来る限り選ばせたくない……。ですが、この聖杯戦争は既に何かがおかしい。あの集団失踪事件が証拠です。取り返しが付かない事になる前に、私は守護者としてアレを止めなくてはならない。その時、貴方の大切な人が犠牲になってしまうかもしれない!」

 アリアはずっと感情を押し殺し堪えるように声音を絞って口を開き続けてきた。だが最後の言葉だけはその堰が限界を迎えてしまい、悲痛な声を響かせた。彼女は自分の言葉の意味に悲しみと怒りを抑えている。そんなことにはさせたくないと。

「それが、その犠牲に桜がなるっていうのか、アリア?」

 アリアは答えない。その沈黙が答えと言えた。

「……出来得る限り、善処はします。だが、それでも駄目だった場合は……。とまあ、そういうことです。もし私を恨みたいなら、どうぞ恨んでくれて結構です。だから覚悟だけは、頭の片隅でもいいから、置いておいてくださいね」

 と、そう唐突にソレまでの悲壮さを振り払って、さらっと軽い口調で覚悟だけは決めておいてくれと口にしてくる。

「はあ、私も甘い。なんて激甘なのだろう。もし彼女をまだ助けられる可能性があるならと、あの破滅を防げるもっとも容易く確実な機会をみすみす逃したのだから……」

 大仰にため息をつく。自らの選択は信じられないほど愚かな行為だと、自分自身に大きな落胆を覚えたとばかりにアリアは自分を責める。だけど葛藤の末、その選択を選んだ彼女の心の暖かさ、純粋さを俺は知っている。

「どういうことか俺には全然さっぱりだ。だけど信じるよ、アリアの言葉を。最悪の事態なんかには絶対させないって、桜も守りたいって言ってくれたその言葉を」

 俺の言葉にアリアはやっと何時もの柔和な笑みに戻ってくれた。やっぱり彼女にはこっちの顔の方が似合う。アリアの言葉の真意はまだ俺にはちっとも理解できない。だが、一つだけ確かな事。それはアリアも桜には悪い感情は抱いていないということ。今はまだ、それだけ判っていればそれで良い。きっとアリアは必要になれば全ての謎は教えてくれる。今は彼女の心からの言葉を信じよう。

「アリア、朝ごはんにしよう。もう六時回ったし、そろそろセイバーも起きてくる頃だ。早くしないと藤ねえも……って、藤ねえってのは俺の姉貴みたいな人で、しまった大変だアリア! 藤ねえに君達の事はさっきの設定でいいけど、遠坂の事をどう説明しよう……!?」

 一先ず今は、俺達の赤い同盟者をもう直ぐ来る藤ねえにどう説明して言いくるめるかを考えよう――。 今日もまた、忙しく慌しい一日になりそうだ。
 空は既に蒼く明るみ始め、もうすぐ朝日が顔を覗かせようとしていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.028151988983154