さきがき
たまにはフェイントで最初に書いてみたりします。
やっぱり、慎二は殴られて喜ぶ極上のMにしておくべきだったと後悔中。
遥かなる昔からこんな言葉がある。
制服×セイバー×黒のストッキング=破壊力 という式が成り立つということ。
私はそれを今、目の前にしてその言葉が正しかったことを確信した。
剥目し覚悟せよ数多の男達。
汝等が目にするは最高の制服王。
汚れ無き理想の制服と魅惑的なストッキングを持った、穢れきった男の理想の体現者。
――ここに。
始まりにして絶対無敵の、真なる制服王アルトリアが存在する。
「久しぶりに着てみたが、どうだ? 似合っているだろう」
私への褒美があるということで、部屋に訪れてみるとそこにはトンデモナイ姿があったのだ。
得意げにクルリとその場で回ってみせるマスター。スカートが際どくふわりと翻るが決してその中身を見せることは無い。
まさに乙女のみに許された魅惑の絶対領域である。
制服を着てはしゃぐマスターは見た目と同様に年相応の少女に見える。…なんか、こう来るものがあるな…。
この姿を記憶に留めておけば、あと百年は磨耗しないでがんばれるような気がするな。
本来ならば、
「――叶った」
「全て、叶った。まさか……或いは、とは思っていたが……聖杯は、まさしく本当に万能だった……」
「聖杯は私を選んだのだ!」
「最後まで戦うまでもなく、私は勝利を遂げたのだ。間違いない。すでに聖杯は私の手中にある!」
「見たまえ! 目の前のマスターこそが答えだ! この脚線美、汚れ無き男の理想……これこそは紛れもなく我が運命の"正義"に他ならぬ!」
ぐらいまではテンションをあげたいところだが、それは私のキャラではないのでなんとか我慢する。
こんな褒美であるならば大歓迎である。袋で包んで座に持って帰りたいほどだ。
惜しみない賞賛の声を上げながらマスターの姿をじっと見ていると、突然マスターの目が妖しく光り始めた。
「ふふふ。どうやらようやく私に欲情してきたようだな」
はっ! と気が付いた時にはもう遅い。マスターはすでに臨戦態勢。じりじりと距離を詰めてくる。
いつの間にか、私はベッド側に廻っている。どうやら気付かない間に地の利を取られていたらしい。
「私もそろそろ我慢の限界だ。そなたにその気が無くても強引に勃たせてやるから覚悟しろ」
獣のように四つん這いになったかと思うと、そのまま獣がごとき敏捷度で飛び掛ってくる。
いや! それはフェイントだ。飛び掛ってくると見せかけてマスターは下を…足元を狙っている!
マスターの行動を読みきって、足元に飛び込んできたタックルをなんとか防いだ。
飛込みが失敗したと分かると、すぐにマスターは間合いを取って感心したような笑みを浮かべている。
「今のタックルを切るとは、なかなかやるではないか」
「…マスター。今の動きは力任せではなかった。君は一体?」
考えてみれば先程の戦いでも見事なほどの中国拳法をみせた。そして今みせたタックルは間違いなく近代レスリング技術である。
「この時代で体を得てから十年間。他にやることも無かったのでな。柔道、空手、蹴球、溶接、鍛冶、カポエラ、セクシーコマンドー、レスリングに中国拳法と様々な技術を習得したわ」
まあ、十年間戦う相手がいなくて暇だったろうし…。どうせなら女の子らしく裁縫や料理も覚えていてほしかった。
「特に中国拳法とレスリングは面白かったのでな。中国に渡って郭海皇の元で修行を積んで海王の称号を得るまでに至った。レスリングはプリンスカメハメに稽古をつけてもらって48の殺人技を教わってきたぞ」
懐かしそうに目を細めているマスター。それにしても凄すぎるぞ。その師たちは。
中国の烈士である郭海皇にプリンスカメハメ…。とりあえず無茶だ。
そのうちに開催される大擂台賽や超人オリンピックにも、もちろん参戦するつもりなのだろう。サムワン海王とレオパルドンは早く逃げた方が無難である。
「そういうわけで抵抗は無駄だからするな。なに、運がよければ赤玉が出るのは避けれるだろう」
再び私を押し倒すために、じりじりと間合いを詰めてくるマスター。
こちらも黙って押し倒されるわけにはいかない。私とて心得が無いわけではない。
かつてバイト先で執事として仕えていた主のお嬢様。そのお嬢様はレスリングが達者でいつも稽古の相手をさせられていたもんだ。
その時に鍛えた技術がいまこそ役に立つ時がきた! 高速のタックルを再び受け止めて下に潰す。
「むっ!」
しかし、敵もさるもの。足を取るのが無理だと判断したマスターは腰に手を回して持ち上げようと試みる。
あえて私は自分から崩れてベッドの上に倒れる。勢いよく廻ったのでこちらが上になっている。そのままフォールしようとするがブリッジで耐えられて防がれる。
それならばと相手のバックに廻って羽交い絞めのような姿勢になる。それをマスターは純粋なパワーだけで振りほどこうとするのを何とか押さえる。
まずい。スピードもパワーも向こうが上である。早めにフォールしてしまわねば!
ついつい楽しくて状況を冷静に判断するのを忘れていた。ドアがノックされているのにもまったく二人とも気付かなかったのだ。
「姉さん。騒がしいけど、どうし…」
ガチャリと開かれたドア。その向こうにいた少年ことギルは私たちを見て固まっている。
…冷静に状況を判断してみる。
1.ここはマスターの部屋だ。
2.マスターはなぜか制服を着ている。
3.私とマスターは着衣が乱れ、ベッドの上でくんずほぐれつになりながら荒い息を吐いている。
ここから導き出される答は…考えたくも無い。なんとか誤解を解かねば!
「あの、つっこむところが多すぎて、どうしようか困ってるんですけど。…とりあえず姉さんのその服装は何?」
「うむ。アーチャーがこの服装でないと欲情出来ないらしくてな」
言ってない! 言ってないですよ! そんなことは、激しく誤解だ。
間違いなくギルの私への信頼度が音を立てて激しく降下していくのがわかる。
僕の姉にその服でなにさせる気ですか、この雑種が! という蔑んだような視線が激しく痛い……。
「僕はお邪魔なようなんで失礼します。…アーチャーさんは後で話があるので僕のところに来てくださいね」
うわわ、誤解なんだ! あの最後にみせた冷たい目は間違いなく私を消すつもりである。
本気を出せば姉より怖いであろうチビッコ英雄王の誤解を解くために後を追おうとするが、
「逃げられると思っているのか?」
がっちりと掴んで放さないマスター。
仕方が無い。誤解を解くのは後にして今はマスターを何とかせねば…。
マスターと死闘すること一時間半。何とか解放された私はすぐにギルへの誤解を解きにいった。
なんとか必死に説明したらギルは分かってくれたようだ。やはり、あの子はいい子だ。ネバーランドに連れて行くべきだろう。
「ちゃんと責任を取るんでしたら構いませんよ」
と笑顔で言ってたことは記憶の片隅に飛ばしておく。
それにしても足取りが重い。マスターは散歩に行くような気軽さでずんずんと歩いていってるが私としては引き返したい気分で一杯だ。
辺りは木々で覆われている。いわゆる森という場所を私たちは歩いていっている。
この道はアインツベルンの城へと続く道だ。
そう、私たちはかつて敗れたバーサーカーにリベンジを挑みに行くのだ。
己のサーヴァントの力を信じきっているのか。城へと続く道にはトラップのようなものは仕掛けられていなかった。
とはいえ、私たちの侵入はとっくにバレてしまっているだろう。あの少女は城であの巨人を傍らに控えて待ち侘びていることだろう。
バーサーカー…。鋼の肉体に怪物のパワーとスピードを誇り、そして命のストックが12…できれば二度と会いたくない敵に属する。
「行くのやめようよ~。痛い目を見るだけだってば~」
などと、マスターに進言したいところだがぐっと堪える。私はマスターの命に従うのみだ。
マスターといえども一対一で戦えば結果は見えている。私が加わって二対一ならばどうにか拮抗できるだろうか? いや希望的観測だなそれは。
二人掛りどころか三人掛りでも、あの怪物を抑えることが出来るか怪しいものである。
それを分かっていながら、文句一つ言わずにマスターについていく私はサーヴァントの鑑である。略してサバガミ。
勝つ方法があるとすれば、マスターが白兵戦を挑み私が長距離から狙撃して援護。そしてギルから対神用の宝具を山ほど借りてくるぐらいである。天の鎖なんていいね。
…まあ、冗談はともかくこれからはじまる戦いは人間がドラゴンに挑むようなものである。人間には歯が立たないからこそドラゴンは怪物なのだ。
それでいてマスターの足取りは軽い。これから戦う相手の戦力を知りながら、まったくもってバーサーカーを恐れてはいないようだ。
疑問を感じて彼女にバーサーカーが怖くないのか。奴との戦いに不安は無いのかと先程たずねてみると、
『何を言う。私にはそなたという騎士がついているではないか』
絶対の自信と信頼の篭もった笑顔を私に向けてくれたのだった。
…私は最強のマスターを得たのだ。ならば私はマスターの期待に応えるために最強のサーヴァントでなければならない。
ドラゴンを倒してこそ英雄というのならばやってみせるしかない。どちらにせよあのバーサーカーはいずれは超えねばならぬ壁だ。
ヘラクレスは私の敵う相手ではないが、マスターの援護のためにも命の二つや三つはもらっていく所存だ。
ようやく半分という辺りにまで来たときだった。バーサーカーよりも前に考えもしなかった相手と遭遇することになった。
「アーチャーとそのマスター!」
赤味がかった紫色のショートカットにスーツ姿。その両手には革の手袋が嵌められている。
忘れるはずも無い。つい最近に戦ったばかりの相手である。
「ランサーのマスターか」
彼女は私たちの姿を見るなり、大きくバックステップして距離をとった。そして両の手を上げてファイティングスタイルをとる。
身のこなしから見てボクシングスタイルの格闘技に精通していることがすぐに分かる。そしてかなりの腕前であるということも。
それにしても様子がおかしい。ランサーの姿が見えないのだ。近くにいる気配すら感じない。
それだというのに敵のマスターは逃げることを選ばず、こちらに挑もうとしている。
サーヴァントを連れていないのは気になるが、出会ってしまったからには戦うだけである。
双剣を投影し斬りかかろうとしたとき、
「待て」
と、いつもの恒例のようにマスターに止められるのであった。…信頼しているのなら、たまには私に任せてくれてもいいと思う。
マスターが前に出る。その手には剣は握られていない。無手のまま二人は間合いを詰めていく。
「貴様がボクサーとして立ち合うというのなら…。私も拳法家として応えるのが筋だろう」
…そういうものなのだろうか。…さっさと剣で斬り殺したほうが早いというのに。
妙なところで義理堅いマスターなことである。
とはいっても、二人とも余裕で素手で人を殺害できる技術と能力の持ち主だ。
辺りの空気が二人の闘志に反応したかのように歪んでいく。
共に格闘技に身を費やした者同士の共有感(シンパシー)
ともかく一頭が奔(はし)り出した
アルトリアの放つ崩拳(中段突き)をかわしざまに合わせた右は
正確にアルトリアの顎の先端を捕え
脳を頭骨内壁に激突させ
あたかもピンボールゲームの如く
頭骨内部での振動激突を繰り返し生じさせ
典型的な脳震盪の症状をつくり出し
既に意識を分断されたアルトリアの下顎へダメ押しの左アッパー
崩れ落ちた体勢を利用した左背足によるまわし蹴りは
アルトリアを更なる遠い世界へと連れ去り
全てを終わらせた!!!
その間 実に2秒!!!
これが精神年齢14歳を迎えようとする 少女? バゼット・フラガ・マクレミッツ
ベストコンディションの姿である。
倒れこんだマスターを尻目にランサーのマスターはこちらに身構える。
しかし、私は組んだ両腕を崩さずに傍観の姿勢を続けるだけだ。
「…なぜ、構えないのです。アーチャーのサーヴァント」
侮られたと思っているのか、その声には怒りが混じっている。
ふん。何故構えないかだと。もちろん、構える必要が無いからに決まっている。
マスターが私を信頼してくれているように、私もマスターを信頼しているのだ。だから、安心して見守っていられる。
「ヤイサホ~!」
その声にギクリとしたように相手は振り返る。そして信じられないものを見たように体が固まっていた。
♪月夜の晩に(ヤイサホ~)
錨を上げろ(ヤイサホ~)
嵐の夜に(ヤイサホ~)
帆を上げろ(ヤイサホ~)
星を標(しるべ)に(ヤイサホ~)
宝に向かえ(ヤイサホ~)
ラム酒はおあずけ(ヤイサホ~)
鉄を焼け(ヤイサホ~)
慎み深くをハネ返し 耐えて忍を退けろ
満ち足りることに 屈するな
満ち足りないと なおも言え ♪
楽しげに旋律を奏でながらマスターは立ち上がっていた。これからだッッ。マスターはここからだ!!!
立ち上がるや否や猛然とダッシュし、雷のような速度の前蹴りが放たれる。敵は反応が間に合わず、まともにもらってしまい吹っ飛ばされる。
「ふふっ。今日は死ぬにはいい日だ」
吹っ飛ばされ大木に叩きつけられる敵の姿をマスターは10年来の友人を見るような穏やかな目で見つめていた。
大木を真っ二つにするような蹴りを受けながら敵は立ち上がっていた。大きなダメージがあるのだろう。その体はふらついている。
しかし、それでも目は死んでいなかった。後ろの大木に寄りかかりながらもファイティングスタイルを取る。
それどころか手でクイクイと挑発までしているではないか。いつだってstand and fight。敵ながら見事な根性だというしかないだろう。
立ち上ってきた相手に嬉しそうに微笑みながら、マスターは口を開く。
「貴様を見くびっていた。本気で叩くには――――小さすぎると…………」
マスターの声に嘲りはない。目の前の彼女の実力を素直に褒め称えていた。
「覚えておこう。そなたの名は?」
「…バゼット・フラガ・マクレミッツです。できればあなたの名前も教えてもらえるでしょうか?」
「アルトリア・ペンドラゴンだ。冥土の土産にするといい」
相手の顔に驚愕が走る。やはり、その名前を聞いて驚かないはずがない。
ましてや、彼女はマスターの実力をその目で見ている。信じられないことだろうが彼女がかの高名な騎士王であるということを認めざるを得ないだろう。
「アルトリア・ペンドラゴン。中国史上初、女性の身でありながら中国拳法最高の栄誉である海王の名を手にした者。…あなたがそうだったのか!」
えっ、そっちに反応するの? 相手の目からはすでに敵意だけでなく尊敬の眼差しが取って見られる。
「お会いできて光栄です」
自分の好きな芸能人に出会った子どものようにキラキラ光る目は、しだいに名状しがたい妖光を放ち始めた。
「幸運です」
喜びのあまりその声は震えていた。
「海王であり騎士王。そのような人物と戦う機会は二度とないと断言できる!」
畏怖してしまうような殺気を前にしてバゼットの闘志は更に燃え上がっていた。マスターは楽しそうに敵の殺気を受け止める。
まずい。このままでは格闘路線にまっしぐらだ。早く突っ込まなければならない。
「ストップだ二人とも。元ネタのわからない読者には意味不明の展開はやめたまえ」
「がるるるるぅ!」
「しぎゃあああっ!」
すでに二人とも人間の言葉を忘れてしまっているようだ。まったく話が通じない。
とりあえずは正気に戻ってもらうとしよう。
「バゼットといったか。ランサーをつれていないようだが。彼はどうしたのかね?」
その言葉にはっとしたようにバゼットの闘気が氷結する。明らかに彼女は動揺していた。
震える手足。彼女の悔恨の表情が答を訊かずともランサーの命運が分かってしまった。
…初めに姿が見えなかったときから、そんな気はしていた…。しかし、少し信じたくなかった気がする。
「…敗れたのか。ランサーが」
「………確かに、ランサーは死にました」
「あれほどの男を倒したのはどこのサーヴァントだ?」
「…いいえ。ランサーを倒したあれはサーヴァントではありませんでした。…あれは、なんというか得体の知れない…」
己のサーヴァントの最期を思い出してしまったのだろう。その表情は悔しさからか悲しみからか泣き出す一歩手前だった。
「話してくれぬか? 我々は再戦を約束していた。聞く権利はあると思うぞ」
マスターのその言葉に少し悩んでいたようだったが、バゼットは口を開き事の顛末をぽつりぽつりと話し始めた。
事の次第は柳洞寺であるサーヴァントと遭遇したときだった。
紫の長い髪に黒い眼帯をした女性のサーヴァント。こちらが境内に入るや否や、待ち構えていたように彼女は襲い掛かってきたのだ。
もちろん、奇襲を簡単に許すようなランサーではない。初撃をあっさりと捌くとすぐに闘いへと身を投じていった。
相手のサーヴァント。おそらくはライダーである彼女の速度は最速であるランサーにまったくひけを取らぬほどの俊敏さで、二人の戦いはバゼットですら目にも止まらぬような激しい戦いであったらしい。
敵は速いだけでなく力も強く、ときにランサーですらたたらを踏ませるような場面が何度もあった。
なるほど、力が強く速さもランサーに劣らないサーヴァントは確かに強敵だった。しかし、それだけで超がつくほどの戦士であるランサーに勝てるべくも無い。
拮抗していた闘いは徐々にランサーのペースになり、最終的には誰が見てもランサーの勝利はすぐ目の前だった。
門の入り口から謎の影が現れなければ。
謎の影はクラゲのようにふわふわしながらこちらに襲い掛かってきた。
正体不明の相手を前にしてもランサーとバゼットは怯むことなく戦いを挑んだ。しかし、それも長くは続かなかった。
槍で突こうが拳で殴ろうが敵はまるで効いた様子も無く、反撃とばかりに触手を伸ばしてくる。そんな正体不明の相手に加えてライダーを同時に相手することは不可能だった。
撤退すること決めたその時、急にバゼットの体が縛り付けられたかのように動かなくなった。
バゼットの動きを止めたその理由は眼帯をとったライダーの眼にあった。その瞳に射抜かれた途端、体が硬直し動かなくなったのだ。
それによりライダーの正体を看破したがすでに遅すぎた。硬直して動かないバゼットの体に謎の影の触手が伸ばされていた。
そして、彼女は己のサーヴァントが串刺しにされた姿を目の前にすることになったのだ。
彼女を庇い死に体になったランサーは以前と変わらぬ声量で呆然と自分を見つめるマスターを叱咤する。
それでも正気に戻らない彼女を蹴っ飛ばし。もはや動くはずのない体でライダーを押し留める。
『何してやがる! ここは俺に任せてさっさと行け』
そんな言葉を口にしながら、彼も彼女もすでにランサーというサーヴァントがこれで死ぬのだということを理解していた。
すでに彼は助からない。あの謎の影の一撃はサーヴァントにとって致命的なものだった。
それでも彼が動けたのは生き汚さか意地かマスターへの忠義か。ようやく、正気に戻った彼女はランサーの献身に応えるため、魔眼の呪縛が弱まった隙に全力で逃げた。
後ろを振り返ることも無く、ただ生き延びるためだけに無様に逃げとおしたのだ。
そんな彼女の姿を見て、ランサーは口元を緩めながら、
「あ~あ、格好つかねぇな」
と愚痴を零して影に飲まれていった。
ランサーの最期。ライダーの正体。そして何よりもランサーを殺害せしめた謎の影。
事の顛末を話した後、バゼットは心痛な面持ちで顔を伏せていた。
しかし、誰かに話したことで自分なりに整理がついたのだろう。先程よりも幾分かは落ち着いているようだった。
「…私が未熟だったせいでランサーを無駄死にさせてしまいました」
悔恨の表情を浮かべるバゼット。それは決して手駒であるサーヴァントを失ったマスターの表情ではない。
その表情からはバゼットとランサーの間の主従関係を超えた深い繋がりが感じられた。
「何を言っている。ランサーは主を守って死んでいったのだ。サーヴァントの鑑ではないか。略してサバガミ」
めずらしくマスターが人を慰めている。同じマスターとして何か感じ入るものがあったのだろうか。表情にも悔しさがにじみ出ている。
「本当に惜しいな…」
ランサーの死が相当に心残りだったのだろう。本当に口惜しそうにマスターは呟いている。
「是非とも、あの獣がごとき男と心行くまで剣と槍で技を競い合い。…命を懸けてみたかったものだ」
残念そうに呟くマスターに落ち込んでいるバゼット。どうやら二人とも戦う雰囲気ではなくなってしまったようだ。
「ところで、サーヴァントを失った君がどうしてこんなところにいる? この先に何があるのか知らないわけではあるまい」
この森を抜けた先にある城はアインツベルンの本拠地だ。サーヴァントを失ったマスターが物見遊山で行くような場所ではない。
その言葉に我に返ったのか、こちらに向き直ったときの表情は冷徹な魔術師のそれになっていた。
「…私は協会から聖杯戦争の調査と聖杯の奪取を命じられています。たとえ、サーヴァントがいなくなったところで任務が放棄になるわけではありません。…御三家であるアインツベルンのマスターであるならば、昨夜の謎の影の正体を知っているのではないかと思いましたので」
聖杯戦争のシステムを作り上げた御三家の一つアインツベルン。彼らはこの聖杯戦争を熟知し、時にルールの綻びを利用してきた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン…。バーサーカーのマスターである少女。見た目は幼いが彼女ならば聖杯戦争の裏まで知り尽くしていることだろう。
しかし、彼女と話し合おうとするとは…蛮勇なのか馬鹿なのか。それとも、ランサーを失ったショックで冷静さが欠けているのか。
話も聞かずにプチッと潰される可能性もあるだろうに。
「…それで、どうするのだ。我々とまだ戦うつもりかね?」
「むっ…」
「ふむ。そなたはなかなか気に入った。この場は見逃してやってもいいぞ」
決着は後日リングでといった感じでマスターは頷く。バゼットとしても、今この場で我々と戦っても特になるようなことは何一つ無い。
少しの間だけ考える素振りを見せてから、ゆっくりと頷いた。
「分かりました。私は貴方達の邪魔は致しませんし、貴方がたも私に干渉しないということですね」
彼女の話にでてきたライダーと謎の影は気になるが、とりあえず当初の目的を達成するのを優先する。
不干渉条約を結びお互いに目的地に向かう。我々の目的はバーサーカーを倒すことであり彼女はそのマスターに話を聞くこと。
目的は違うが結局は協力しているのと変わらないだろう。なんせ、イリヤスフィールから話を聞くためにはどうしてもバーサーカーが邪魔になるからだ。
戦力が増えることには文句が無いので黙ったままマスターに従って歩く。
まあ、これで少しは勝ち目が出て…。
「■■■■■■■■!!!」
森を揺るがすような大音量の唸り声。聞くだけで体が震えるようなこの声の持ち主を忘れるわけも無い。
「バーサーカーか」
「バーサーカーだな」
「バーサーカーですね」
我々よりも先にバーサーカーに戦いを挑んだものがいたようだ。ここからそう遠くない場所でバーサーカーが闘いの雄たけびを挙げている。
考えられる可能性としてはセイバー、もしくはライダーか!
すぐに声が聞こえてきた場所へと走る。誰がバーサーカーに戦いを挑んでいるのかは知らないが好都合だ。場合によっては漁夫の利を狙える。
木々を走り抜けること数分。目的の場所へとたどり着いた。
森の中の少し開けた場所。そこには予想通りバーサーカーと戦う相手の姿があった。
「■■■■■■■■!!!」
バーサーカーは背後の少女を守りながら敵と戦っていた。剣が一振りされるごとに大地が砕け旋風が巻き起こる。
その脅威は以前見たときとまったく変わらない。傷一つつかぬ鋼の肉体に疲れ知らずの暴風のような連撃。
そんな最強のサーヴァントである彼の肉体から血飛沫が舞い上がった。信じられないことにバーサーカーの鋼の肉体を敵の攻撃は易々と貫いていた。
彼の体の傷は一つや二つではない。全身至るところから血を噴出して真っ赤に染まりあがっていたのだ。
それでも怯むことなくバーサーカーは戦っているが押されているのは明らかだった。
バーサーカーが苦戦するのも当然だ。相手は一人ではない。三つの人影が容赦なくバーサーカーを攻め立てていた。
髑髏の面を付けて身長の割りに異常に長い腕を持った謎の男。紫色の美しい長い髪を持ち黒い眼帯を付けた謎の女。
間違いなくあの二人はサーヴァントだ。残っているアサシンとライダーに相違ないだろう。
巨人の周りをその機動性を持って動き回り攻撃を加えている。
だが、私達が驚いたのは彼らではない。問題なのはバーサーカーと正面から戦っている黒い騎士の方だ。
黒い騎士はバーサーカーの雷のような速度の攻撃を紙一重で避けて、隙が生まれた瞬間に巨人の剣風を上回る速度の真紅の槍で巨人の体を幾度も貫いていく。
あのマスターですら傷一つ与えられなかったバーサーカーに次々と容赦なく牙を立てている。
その技量、強さに驚いたわけではない。私達が思わず息を飲んでしまったのは、その騎士を知っているからだった。
「…そんな、どうし…て?」
バゼットの目は信じられないものを見るように見開いており声は震えていた。
無理も無いだろう。彼女にとってその光景は悪夢に近い。
いや、実際に悪夢であったらどれほど良かったことだろうか。
巨人を前にして黙々と真紅の槍を振るう姿は、闘いを心から楽しんでいた以前の彼とは似ても似つかない。
バゼットのサーヴァントであるランサー。あの青い空のように鮮やかだった群青の美しい鎧は闇の色に染まっていた。
あとがき
さきがきがあったのであとがきが無いのではと思わせるフェイント。
ちなみにレスリングの勝敗はアーチャーの一勝三敗一分です。