前書き
一ヶ月ぶりの更新。全ては孔明の罠なんです。
ここに書くネタもなくなったので、本編へどうぞ。
「いやいや。それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい」
岩に突き刺さる剣、選定の剣カリバーンに手をかけようとしていたアルトリア。その後ろに現れた魔術師はそれを制止するように声をかけてきた。
「それは王たるものの剣。王となりこの国と共に生き、滅ぶものの剣。いいか、娘さん良くお聞きなさい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」
魔術師はおどけたような口調だったが、その金色の瞳は恐ろしげに歪んでいて、まるでアルトリアを脅しているかのようだった。けれどもアルトリアの決心は揺らぐ様子がない。
例え、この先に破滅の未来が待っていたとしても、彼女は一人で戦い抜いていくと決めたのだった。
そして、彼女は選定の剣カリバーンを引き抜いた。
それは誉れ高き騎士王アーサー王の誕生と、一人の少女アルトリアが死んだ日である。
これまでの戦いを潜り抜けてきた二人は満身創痍であった。残った魔力も極めて少なく、本来の実力の半分も出すのが関の山といったところだろう。
しかし、二人の全身から放たれる剣気はこれまでの戦いで感じられたものを遥かに凌駕している。二人は間違いなくベストコンディションであった。
真っ直ぐな眼差しで黒い騎士を見据える蒼き衣の白銀の騎士。凄惨で闘争的な笑みを口元に浮かべる漆黒の騎士。
元は同じ人間であったはずだった二人。それをいつしか時が二人を別人へと変貌させていた。二人は互いは認めるわけにはいかない。
言葉は不要。小細工も不要。相手の剣など知り尽くしている。探りなど入れる必要はない。
先に飛び出したのはどちらだったか。鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音を立てて勝負は始まっていた。
「ふんっ!」
「はっ!」
振り下ろされる剣。そしてそれを受け止める剣。それはまったくの互角。同じ速度、同じ威力が連撃で撃ちだされていく。
ぶつかり合うたびに響きあう甲高い音。火花のように飛び散る魔力の残滓。
まったく互角の二人の剣舞はまるで良く出来た舞踏のよう。見るものはその美しさと迫力に心を奪われてしまうだろう。
事実、観客達は心を奪われて二人の織り成す舞台を無言で見守っている。二人の戦いに不安や迷いを抱いていたアーチャーですら取り付かれたように二人の戦いを見ていた。
数十合の剣戟の後、二人は計ったように互いに同時に間合いを取る。ここで、ようやく観客は己が息をすることも忘れていたことに気付き大きく息を吐いた。
「…すごい」
誰かの口から吐息のように言葉が漏れる。感極めると人間の口からは単純な言葉しか出てこなくなるのか。この二人の戦いを表現する言葉など初めから無いのか。どちらにせよ意識して言ったものではないだろう。
安息の時は一瞬。次の瞬間には二つの剣は再び甲高い音を立てながら衝突する。
黄金の剣と漆黒の剣は相手を打ち倒すべく勢いを増していく。再びこの世で最も苛烈な剣戟が大空洞内に響きわたっていった。
「どちらが勝つと思う?」
アーチャーに声をかけたのは、この戦いをただ一人愉悦の表情を浮かべながら観戦している男だった。
ギルガメッシュの言葉にアーチャーは不快そうに眉を吊り上げたが、無言で視線を二人の元に戻す。
「シカトするな。殺すぞ雑種。我はお前を義兄として認めておらぬからな!」
姉はいつか我のお嫁さんにするのだ~。などと言いながら、英雄王はアーチャーの横に並んだ。王の気紛れか、どうやら一緒に観戦するつもりのようだ。
どういう風の吹き回しだと思いながらも、渋々とアーチャーは口を開いた。
「随分と余裕のようだが、姉同士の戦いを止めるつもりは無いのか」
この戦いによってどちらかの姉は死ぬことになるだろう。いや場合によっては相打ちで二人とも死ぬ可能性だってある。
だというのに、この男は戦いを止めようともしない。むしろ、口元に笑みを浮かべるその姿は心からこの戦いを楽しんですらいた。
「愚劣なことを言うな雑種。この戦いは二人の姉が望んだことだ。弟である我が祝福せずして誰が祝福するというのだ」
あまりといえばあまりの言葉だが、ギルガメッシュの言葉に嘘偽りは無い。愛しているからこそ二人の姉がここで死ぬことも許容しているのだ。
「で、どちらが勝つと思っているのだ」
「…無論、アルトリアだ」
サーヴァントとしても恋人としても、アルトリアの勝利を信じるのは当たり前のことだが、この言葉は身内びいきだけではない。ちゃんとした計算も入っている。
殺し合いとなれば総合力がものを言うことになる。そうなれば、セイバーよりも引き出しの多いアルトリアが有利になることは明白だ。
「どうかな。この勝負は分からぬぞ。確かに黒の姉のほうが芸達者ではあるが…」
ギルガメッシュの視線に釣られて二人の表情を見比べる。それはあまりにも対称的な表情をしていた。
戦うことが楽しくて仕方が無いとばかりに、凄惨な微笑を貼り付けたアルトリア。それに対してセイバーは必死な形相をしている。
だからといって、アルトリアに余裕があってセイバーが追い詰められているというわけではない。戦いは互角のまま続けられている。性格の違いから二人の表情が異なっているだけだ。
「白の姉はこの戦いに決死の覚悟で挑んでいる。それに対して、黒の姉は悪い癖が出ているな。あの姉はすぐに慢心や油断をする。己が負けるはずなどないと考えてるのだろうな」
やれやれといった表情でギルガメッシュは溜息をついた。…っていうか、お前が言うな!!!
アルトリアの我が侭な性格や慢心癖もこのギルガメッシュの影響が多々あるのだろう。もしかしたら、ジャンクフードが好みなのもこの男が原因か!? いや、それは無いか。
それはともかく、この男の言うことにも一理ある。
この戦いに全てをかけているセイバー。この戦いを楽しみの一つとしてしか考えていないアルトリア。お互いの戦いにかける気持ちが勝負に影響を及ぼす可能性は高い。
「ふふふっ。この戦いが終わったら、私はエミヤと結婚するんだ」
おまけに自分から死亡フラグが立つような宣言までしちゃってるし…。
アーチャーが不安を感じている間にも戦いは続いている。そして、その戦いは互角の状況から緩やかに少しずつ形勢が変化し始めていた。
それは結果として彼の心配は杞憂に終わる。徐々に形勢がアルトリアのほうに傾き始めていたからだ。
アルトリア。彼女の剣の変化に初めに気がついたのは、当然のことながら実際に剣を撃ちあわせているセイバーであった。
少し遅れてから彼女の剣を知り尽くしているアーチャーが、そしてギルガメッシュ、バゼットの順に気がつくことになった。
アルトリアとセイバーの動きを目で追いきることの出来ない凛たちですら、状況の変化に気がつき始めていた。
セイバーは苦しんでいた。同等の力で同じ技を使うはずの相手の変化に。
「…くっ!」
「ふふふっ。いいぞ、この感覚! 実に良く馴染む!」
アルトリアは嬉しそうに笑いながら剣を振る。その軌道、その速度。それは今までの彼女には無いものだった。
想定外の技に、セイバーはリズムを崩され始めている。だが、それだけで崩されるようなセイバーではない。理由は他にある。
「……師匠の剣が変わっている」
「…いや、というよりも」
アルトリアの剣は変化しているのではない。彼女は進化していた。この実戦の場において、彼女の剣にさらに磨きがかかっているのだ。
本来ならば、考えられない自分という相手。
その破格の練習相手を前にして、彼女は自らの剣に修正を加えていく。より無駄を減らし、より速く、より強く。
己の技術がめきめきと上達していく実感に、彼女は興奮した様子で剣を振り続けていく。撃ち合わせるたびに技術が向上していく相手にセイバーの表情に焦りの色が浮かんでいた。
仕切りなおすために、後方に大きく飛んで距離をとったセイバーをアルトリアは追うこともしない。その場で、剣を振り、新しく覚えた技をゆっくりと確認している。
「くくくくくっ! ははははははっは!」
大きな声ではしゃぎながら剣を振る彼女の姿は、まるで新しいおもちゃで遊ぶ子どものようだった。
その姿をわずかに息を切らしたセイバーが苛立った様子で睨んでいる。
「ふふふ。こういうことがあるから、剣はおもしろい。興奮のあまり濡れてきたではないか」
あいも変わらず楽しげな視線でセイバーの眼光を受け止めている。むしろ、その目には愛情すら篭められていた。
己の剣をより高みに押し上げてくれる相手。最高の気分で戦いを楽しませてくれる相手だ。愛情が浮かんでくるのも当然のことだろう。
それに対して、アルトリアを睨みつけるセイバーの目は怒りに燃えていた。感情をむき出しにしたまま斬りかかる。
どんなときも戦いのときは冷静であったセイバーにとってはありえない行動だった。
だが、その一撃は今までのどの一撃よりも速く重かった。
「…むっ!」
アルトリアは受け止めきることが出来ずに後ろにたたらを踏まされる。
後退を余儀なくされたアルトリアはむしろ笑みを持って、今の一撃に感心していた。
「ふむ、いいぞ。その調子だ。もっと、感情を剥き出しにしてかかってくるが良い」
「…貴様は」
まるで指導するような余裕を持った声に、セイバーはさらに怒りを募らせる。
鋭い眼光を叩きつけるセイバーに対して、アルトリアの表情から笑みが消えることは無い。まるで、それはセイバーの激情を楽しんでいるかのように。
「あなただけは許すわけにはいかない。民を、国を棄てて。怠惰な欲望に身を落としていった、あなただけは!」
かつての自分であったからこそ、欲望の権化と化した今のアルトリアを。セイバーは認めることが出来ない許すことが出来ない。
「…セイバー」
美しい顔であるからこそ、怒りに満ちたその表情はまるで阿修羅のごとく迫力があった。彼女のマスターたる凛が息を呑むほどに。
「くくくっ、ははははははっは!」
本当に心から可笑しそうに彼女は笑い飛ばしていた。
「くっくっく、許せない…か。そうだろうな。だがな、そなたが本当に私を許せないのは何故か分かっているか」
剣を降ろしたアルトリアは、猫撫で声で子どもをあやすようにセイバーをからかう。
「羨ましいのだろう。そなたは私が」
思いもよらなかった言葉に一瞬呆気に取られたセイバー。しかし、すぐに表情を引き締めて剣を握る力を強める。
「あなたと話す必要は無い。刺し違えてでもこの場であなたは倒す」
「まあ、待て。一つ聞くがな。そなたは誰を助けたいのだ?」
「決まっている。私の責で滅びゆくはめになったブリテンを救うために…」
もはや、言葉は不要だというのに。セイバーは苛立ちを押さえながらも返答する。
「私が聞いたのは、誰を救いたかったのかだ」
「それは、ブリテンの民を…」
「何度も言わせるな。だから、それは誰なのだ?」
そのときにセイバーはようやく質問の意図に気付いた。そして、いつの間にか目の前の彼女の顔から笑みが消えていた。
いつに無く真剣な表情で、アルトリアはセイバーの返答を待っている。そのとき、セイバーは驚愕していた。誰を救いたかったのか、それを考えても答えの出てこない自分自身に。
私が救いたかったのはブリテンの民をだ。誰を救いたかったかなど聞かれても答えられるはずも無い。
私が救いたかったのは個人ではない。国という一つの集合体だ…。だが、それは裏を返せば…。
「…私が救いたいのは我が祖国ブリテンである。誰か特定の個人を救いたいわけではない」
先程までの勢いと自信は失せていた。苦しげな様子で胸から吐き出すように出した言葉だった。
「そうだ。私達はブリテンという国の滅びという運命を変えるために、聖杯を求めた。だがな、それはやはり特定の個人のためだったのだ」
アルトリアの言葉一つ一つがセイバーを追い詰めている。気付くことのなかったはずの己の心の闇をさらけ出そうとしていた。
「…それは、誰を」
「私を、自分自身を欺けると思うな。…思えば、私も本当は薄々感づいていたのかもしれぬ」
アルトリアはすでに認め、セイバーが未だに認めていない。ただ、それだけのことをアルトリアは口にした。
「言うまでも無く、救いたかったのは私達自身だ。何のことは無い。私達は己の欲望のために聖杯を求めていたのだ」
断言するような言葉に、セイバーの口から言葉が出てくることは無かった。それは間違いなく正しかった自分の心。
衝撃を受けて凍りついたような表情を浮かべながらも、セイバーは首を横に振って、必死に自分の言葉を否定していた。
「…確かに、私は、私が救われるために聖杯を求めていたかもしれない。だが、それは我が罪を償うためである。…罪を償うことが許されないというのか!?」
セイバーの罪。それはブリテンに滅びの運命を与えてしまったこと。彼女はそれこそが己の罪だと考えているのだ。
ブリテンの運命を変えること。それは彼女が己の罪悪感を消すための贖罪である。だが、それで国が救われるのならば、それでもいい。誰にも文句を言われる筋合いなど無い。
「私達の罪とは何なのだ? 内乱のすえ国が荒れ果ててしまったことか? それとも、私達が王になってしまったこと事体が間違いだったのか?」
アーサー王の伝説は、今更語るまでも無いほどの栄光に満ちた武勇伝である。
異国からの侵略に晒されたブリテン。新しく王位を継いだものが騎馬を用いた新しい戦術や先見性を持った知略によって、ブリテンに降りかかる火の粉を次々と払っていった。
天下無敵のアーサー王の騎士団。その先頭には常に黄金の光り輝く剣を持った王の姿があったという。
だが、その栄光も長くは続かなかった。一人の騎士の裏切りから、国は二つに割れて激しい動乱が起こった。
ブリテンはその混乱から立ち直ることなく、滅びという運命を受け入れるほかに無かったのである。
「…そうだ。私達は王にふさわしくなかったのだろう。もしも、他の者が王になっていたならば、あるいは…」
国は滅びの運命から逃れていたかもしれない。円卓の騎士団は間違いなく最強だったのだから。
自分ではなく、他の者が王になる。王の選定をやり直すこと。そうすれば、
「私もやり直しを願ったことはあった。だがな、我らが旧国、現在のイングランドは確かにゲルマン民族が多数ではあるが、我らケルト民族は今も繁栄している。未来を変えることは、今の彼らを踏みにじることになるとは思わんか?」
「…それは」
本来知るはずの無かった未来。国の形は変わってしまったが、今でも彼女達の民族はたくましく生きていっている。
歴史を変えてしまうことは、その今の在り方を壊してしまうということ。そんなことをセイバーは考えたことも無かったし、考える余地も無かっただろう。
そんなことを考えることが出来るのは、現在を生きているものだけ。過去の英霊であるセイバーには過去しか存在しないのだ。
「ふふっ、今のは意地悪問題だ。だが、真実でもある。今更やり直しなど私は望まぬ」
アルトリアはやり直すことなど望まない。いや、望む必要が無かった。
「…ならば、どうやって我らが罪を償えばいいというのだ! 私達のせいで国は滅び、多くの民を死なせてしまった!」
感情をむき出しにした悲痛なる声。
「償う必要など無い。私達を信じるも信じぬも、それは個人の自由だ。私達に従って死んでいった臣下を悼む気持ちはあるが。決して、詫びたりはせん。それは、我らを信じて付いてきたものたちに対する侮辱だぞ!」
「馬鹿な!」
アルトリアが傲然と言い切った言葉に、セイバーは激しく首を横に振って否定する。
「武人であれば、騎士であれば滅びを王と共にするのも必定かもしれない。だが、民はどうなるのだ!? 彼らに救いを与えることこそが王の定めだ」
「それは違う、…いや、違ったというべきかな」
激昂するセイバーに対して、信じられないほど冷静に、笑みすら浮かべながらアルトリアは首を横に振っていた。
「王たらんとするならば、人の生き方は望めない。まず、この考え方すら違っているのだ」
「………」
「私達は勘違いをしていたのだ。王とは人の上に立つ者ではない。王や騎士、民に至るまで上下など存在しないのだ」
セイバーの目が驚きで見開かれる。彼女にとって王とは騎士とは民の上に立つものとして、身命を捧げて国に平和と繁栄を与えるものである。
その大前提をもう一人の自分自身が否定したのだ。その驚愕はどれほどのものか。
「ならば、貴方が思う王とは何なのだ?」
「うむ。王は国で最も強く最も美しく最も光り輝く存在だ。最強であることこそが王の条件だ」
自信の篭った笑みを浮かべ、胸を張ってアルトリアはとんでもないようなことを断言した。
その言葉に唖然としたのはセイバーだけではない。二人の話を黙って聞いていたアーチャーやバゼット、凛までもその言葉の横暴さに呆れていた。
弟であるギルだけが一人、溜息をついて呆れていた。
ショックから立ち直ったセイバーは怒りを篭った目でアルトリアを睨みつける。そんな考え方など認めないとでもいうように。
「ふざけたことを。それでは、力さえあればということならば、どのような暴君が王になるか分からないではないか!」
貴方のような! とは言わなかったがアルトリアを睨みつける視線は口に出しているようなものだ。その視線を受けて、なおアルトリアは笑みを崩さない。それは自分に絶対の自信を持っているがゆえ。
「暴君でも構わぬでは無いか。所詮、この世はいつの時代も弱肉強食。大望を持つものであれば、人を従わすほどの力が無ければ話にもなるまい?」
「力を持って支配したところで、いずれ、そのような王は誰かに討たれるだけだ!」
「それならば、それで構わぬだろう。王を討った者が、その次の王になれば言いだけの話だ」
「馬鹿な! それでは常に王位を求めての争いが起こるばかりではないか。それでは、民に平和が…」
「平和などいらぬ。私が求めるのは誰もが一番を目指す世界だ」
誰もが一番を目指す世界。国民の誰もが向上心を持った世界。そういえば聞こえはいいかもしれないが…。
「…馬鹿げている。それでは力無き弱者は強者に踏みにじられろというのか」
「ふん、別に腕力だけで一番を目指せという意味ではないわ。それに己が弱者であると自覚しているならば、なおのこと自分が変わらなければ世界は変わらぬ。向上心も持たずに日々を怠惰にむさぼっているものなど死んでいるも同然だ」
「…っ」
「…でも、アルトリア先輩の言っていることは正しくもあるわ。争いの無い世界なんてつまらないもの」
ポツリと凛が呟く。彼女だけでなく、ここにいる全ての人間がアルトリアの言葉に耳を傾け、全てを否定することを出来ないでいた。
人類が進化を続けてきたのに争いがあることは否定できない。対立した国よりも優れた技術を武器を兵器を、スポーツの世界でも次々に記録は伸ばされてきた。
世界に争いが無ければ、これほど人類が進化することも無かっただろう。いつだって技術は競争によって進化してきているのだ。
「ふん。あの馬鹿姉め。誰もが王になれるなどと、ふざけたことを。王とはただ一人選ばれた者のみ。雑種と自分を同じ地表に立たせるなど考えられぬわ」
ギルガメッシュはただ一人不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
彼にしてみれば、セイバーもアルトリアもどちらの言っていることも戯言にしか過ぎないのだろう。彼は唯我独尊であり、王とは自分ただ一人のみであるのだから。
セイバーは暗い顔で俯いている。自らが王となった国は滅びてしまった。自分が正しい王であったなどという確信などあるはずも無く、アルトリアの言葉の全てを否定することは出来ない。
あるいは、彼女が王であったならば国は滅びなかったのかもしれない。だが、そんなことは誰にも分かるはずもないのだ。
正しい王の在り方などあるはずもない。王の数だけ、それぞれの王道があるのだから。
例えるならば、誰もが憧れるような美しい玉座にただ一人で座っているのがセイバー。誰も登ることのできない城壁の頂点で、ただ一人、民を見下ろしているのがギルガメッシュ。広い草原でハンバーガーを食べながら、追いかける民を尻目に先頭を走っているのがアルトリアだ。
「やり直すことなど出来ぬし望まぬ! だが、やり足すことは出来る。私は再び肉体を得ることが出来た。羨ましいだろう? 王ではなく一人の女として生きることのできる私が」
「…違う、私は」
先程と違って否定の言葉が弱くなっている。セイバーにも自分が分からなくなってきていた。
アルトリア、彼女に対する怒りの気持ちは一体なんだったのか。認められないもう一人の自分への嫌悪感だったのか。あるいは、本当に彼女が羨ましかっただけなのか。
「友も、家族も、最愛の男だっている。今は一人の民として生活しているため、あまり我が侭もできないでいるが…。いずれこの時代でも私は王となろう」
「「「えっ!?」」」
中盤部分にあまりにも聞き逃せない部分があったため、反応する弟と男と後輩。
「まあ、さしあたっては庭付きの大きな城を一つ。この冬木に建てるとしよう。エミヤと暮らすマイスゥイートホームだからな」
誰も聞いていないのに、今後の未来の展望をアルトリアは語りだしている。もはや誰にも止めることは出来ない。
「ペットにライオンが一匹ほしいところだな。そして、エミヤとの子どもを作成、育成するのだ。男の子と女の子を二人ずつだ」
「そして、週末には家族で戦場にキャンプに行くのだ。…うむ、自分でも言ってるうちに楽しみになってきた!」
己の妄想にテンションを上げるアルトリア。その妄想具現化も実現させてしまいそうな、サイフのギルがいるのが彼女の我が侭を増長させる一つの原因だ。まさに、某少年をダメにする青狸がごときギルえもんである。
段々、話を聞くのが馬鹿馬鹿しくなってきたのか、セイバーも呆れたような表情を浮かべていた。ただ一人、可笑しそうに微笑んでいるのがアーチャーだけだ。
セイバーもアーチャーも理想のために生きて、理想は叶うことなく、二人はその生涯を終えていた。
国を、そして人を救いたいという気持ちは誰にでもあるものだ。救うことが出来るのなら、誰だって、絶望を前にした人の前では救いの手を差し伸べてあげたい。
しかし、誰にだって保身というものが存在する。自分の全財産を寄付するようなものはいないし、身を挺してまで赤の他人を救おうという人間はどうかしているとしか言いようが無い。
この二人はその一点ではどうしようもないほど似ていた。
滅亡に瀕した故国を救うために、人であることを捨てた者。この世の誰もが幸せであることを願い、少しでも多くの人間を救うために闘いに身を投じていった者。
どちらも他人の為に生きて、決して自分の身を省みることなど無かった。
そして、どちらもすべての人を等しく公平に扱った。10の人間を救うためには1人の人間の命を奪っていくことが常であった。
すべての人間を等しく扱うのならば、それは誰も愛さないのと同じこと。
誰も愛さないのであれば、自分は永遠に一人であるしかない。そんなことは二人とも分かっていた。
行く先が、己の破滅であったと分かっていながら、それでも、ただ我武者羅に理想を信じて走り続けた。
『王には人の心が分からない』
その結果は語るまでも無い。国は滅び、王は倒れた。男は救った人々に裏切られ、処刑された。
そんな一生を後悔していないといえば嘘になる。無かったことにしたいし、やり直しなど何度望んだか分からない。
しかし、アルトリアは違う。
彼女は無かったことになどしたいとも思っていないだろうし、やり直すことなども望んではいない。
過去のことも全て受け入れた上で、彼女は今を生きている。以前には叶わなかったことを果たしながら、毎日を己の思うがままに生きているのだ。
この十年間を彼女は王ではない一人の女の子として生きてきた。何を見て、何を考えて日々を過ごしてきたのだろう。話したい事や聞きたいことがまだまだたくさんあった。
「貴様、不気味な奴だな。何をニヤついている」
知らず知らずのうちに、アーチャーは口元が緩んでしまっていたようだ。隣のギルガメッシュが怪訝そうな目をしていた。
「いや、なに。アルトリアにますます惚れ直しただけだ」
「…我の前で惚気るとは、覚悟が出来ているのだな?」
金色と赤色が場外乱闘を行い始めていたが、セイバーはそんなものが目に入らぬかのようにアルトリアを見つめ続けていた。
その目には先程の迷いなど存在しなかった。憎しみも悲しみも無い。ただ一人の剣士として、静かな心で難敵に挑もうとしていた。
「貴方の言葉の全てが正しいとは思えないし、全てが間違っているとも言い切れません…」
かつての自分だった者の言葉を冷静な気持ちで吟味してみた。なるほど、確かに頷ける部分もある。だが、やはり絶対に認めることの出来ないところもまたあった。
自分が全て正しいなんて思ってはいない。己の過ちは正さなくてはならない。
私は許されようとしていた。滅びの運命を捻じ曲げることによって、他の誰でもない自分自身が罪の意識から逃れたかったのだ。
彼女は逃げることが出来ない、そして、自身も逃げるつもりなどないと言い切った。
認めるしかない。
自分は弱かったのだ。だから、己の過ちを受け入れることが出来ず逃げることを選択した。
だが、目の前の自分は過去も過ちも全て背負って、今も逃げることなく前を向いて生きている。彼女は強い。いや、強くなったのだろう。
何もかも全て受け入れなければならない。過ちから罪から逃れることなんて、考えてはいけないことだったのだ。
王としての最期の責務は、全てを見届けたうえで死ぬことだったのだ。やり直しを求めるなんて、なんて自分勝手で浅ましい願いだったのだろう。
心が軽くなっていくのを感じる。自分の中にあった憑き物が霧散していくのが分かる。もう必要なものは揃ったのだ。後は王としての最期の責務を果たすだけだ。
でも、その前に一つだけやることが残っている。
「…改めて名乗らせてもらう。我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たるブリテンの王」
それは王としての責務などではない。いうなれば、彼女の我が侭だ。
「我が名に賭けて、貴方を倒す」
セイバーは名乗り上げると同時に正眼に構えた剣をゆっくりと降ろした。
彼女を倒さずして消えることなんて出来ない。最期に心残りにならないように、全力で自分自身を打倒する。
「我が名はアルトリア。ただの女だ」
セイバーの名乗ったのを受けて、ニヤリと笑みを浮かべながらアルトリアも名乗り上げた。
完全な仕切りなおしだ。二人の戦いは振り出しに戻っていた。
戦いの理由はこの世で一番シンプルなもの。要するにお互いが気に入らないから倒すのみだ。
「はっ!」
先に口火を切ったのは、やはりセイバー。今まで以上の速度で飛び込んだ彼女の剣は、今まで以上に重く鋭かった。
「むっ!?」
アルトリアは驚きの表情を浮かべながらも何とか受け止める。
彼女が驚くのも当然のことだといえるだろう。振り下ろされた剣の軌道は今までのセイバーに無かったものだった。
しかし、その軌道に見覚えが無いわけではない。つい先程、自分が使ってみせた技なのだから。
そう。セイバーは先程のアルトリアの技を完全に真似して見せたのである。
しかし、それは模倣などではない。スピードもパワーもまったく同一の完全なる技の再現であった。
「貴様!」
アルトリアは己の技を真似られたことに、憤怒の表情を浮かべている。人が殺せそうな視線を受けながら、セイバーは不敵な笑みすら浮かべていた。
「貴方が出来て、私に出来ぬわけがないでしょう」
「調子に乗るなよ! 組み伏せられて蹂躙される悦びも知らぬ小娘が!」
怒声を挙げながらアルトリアは剣を撃ち込んでいく。その一撃を正面から堂々とセイバーは受け止めてみせた。
受け止めたセイバーは負けじと次なる一撃を放っていった。激しい撃ち合いが再び始まるのだった。
加速していく。どこまでも。どこまでも。
全身の細胞が狂喜している。もっと早く。もっと強く。
剣戟が鳴り響いている。
二人の戦士は全力を持って互いを打倒する。
撃ち出される剣。時に蹴りや体当たりと、己の五体を全て用いて二人は戦っている。
その一撃は戦いが進むごとに勢いを増していく。
新たな技。新たな発見をしながら、二人は戦い続けている。
向上する技術。増えていく技の数。天才はそれが当たり前かのように進化を続けている。
一方の覚えた技をもう一人がすぐに真似することによって、二人は膨張する宇宙のように止まることを知らない。
この果てに何があるのか。この戦いは、何のためだったのか。お互いにそんなことはとっくに頭から消えている。
二人が思うことはただ一つ。このまま、私達はどこまで昇っていけるのだろうか? そんなことだけだった。
二人は高みに上っていく。どちらも遅れることなく、抜いたり抜かれたりを繰り返している。
そんな二人の表情はどこまでも楽しそうで、笑いながら剣を振り続けている。
目の前の相手は遅れることを知らない。どこまでも、どこまでも自分に付いてくるのだ。
一緒にどこまでも昇り続けていく。それは、とてもとても楽しかった。
『私は、まだまだいけるぞ。ついて来られるかな?』
『貴方の方こそ、しっかりとついて来るんですね!』
言葉を交わすことなく、二人は目が合っただけで互いの感情が流れ込んでくるようだった。
どこまでも、果てることなく剣戟は続いていく。
そして、この戦いを見守る者たちのその目には、先程までとは違った色が見えた。
それは自分が決して届かないであろうという感情。そして、それを受け入れることに屈辱も抵抗も感じない心地よい絶望感。
それは畏怖と呼ばれる感情であった。
絶大なる力を持ち、誰よりも尊大なギルガメッシュ。この男ですら、目の前の戦いに魅入られている。その目にはいつもでは見られないような輝きがあった。
アーチャーの鼓動は高まっている。目の前で繰り広げられている光景に胸を打たれ、言葉が出ないほどに感激していた。
こうして見ている間にも、少しずつ引き離されていく感覚。だが、焦りは無い。
目の前の光景はあまりに眩しく、あまりに美しすぎる。綺麗過ぎるがゆえに、ずっと見ていたい。目を閉じてしまいたい。
相反した感情が立ち昇る中で、アーチャーは柄でもないようなことを考えてしまった。
「…私も、もう少しは強くなれるだろうか」
TVの前のヒーローに憧れるような子ども染みた感情。そんな、幻想はとっくに捨てたはずだった。
ああ、でも今はとてもいい気分だ。戦いは今もまだ続いている。ただ今は、この戦いを最期まで見守ろう。
加速していく。どこまでも。どこまでも。
全身の細胞が狂喜している。もっと早く。もっと強く。
剣戟が鳴り響いている。
二人の戦士は全力を持って互いを打倒する。
新たな技。新たな発見をしながら、二人は戦い続けている。
向上する技術。増えていく技の数。天才はそれが当たり前かのように進化を続けていく。
それを、とても羨ましそうにアーチャーは見守るのだった。
やがて、二人にも限界というものが訪れる。
天才を凡人に変えてしまうもの。それは、どこまでも蓄積されていった疲労と無数の傷であった。
両者の身体に重ねられていく痛み。その痛みの上に、さらに重ねられていく痛み。
疲労の上に、重なっていく疲労。それは幾層にも、幾層にも積み重なられていく。
身体は鉛のように重く、全身を苛む痛みは出所が分からぬほどに傷は無数にあった。
放たれた剣は先程までのが嘘のように勢いを失っている。しかし、受けるほうもその一撃が裁ききれぬほど疲労の局地にあった。
二人とも既に甲冑は着ていない。それどころか、本来なら剣に乗せるはずの魔力噴出すら行っていない。傷を治すような魔力すら二人には残されていないのだ。
体力も魔力も空っぽでありながら、二人の目はギラギラと光を失ってはいない。その顔には笑みすら浮かべられていた。
互いに止まるつもりがあるはずもない。勝負は未だ五分、決着は付いていない。
「ふんっ!」
剣を振る体力すら無くなり、アルトリアは剣を捨てて殴りかかっていた。疲労のためにフォームは乱れていたが、膝蹴りはセイバーの鳩尾を見事に命中する。
「くっ!」
倒れるセイバーを尻目に苦痛の声を挙げたのはアルトリアであった。その太ももには短剣が突き刺さっている。誰がやったのかは考えるまでも無い。
短剣を引き抜いて後ろに放り捨てる。立ち上がったセイバーのしてやったりという笑みに、苦笑しながらアルトリアはさらに距離を詰めて、わき腹に抜き手を放つ。
避けることもできずに、アルトリアの抜き手は刃物の如くセイバーの腹を抉った。
「ぐっ!」
たたらを踏むセイバー。アルトリアは血塗れになった指をぺろりと舐めて笑みを浮かべる。
「私にナイフはいらんな」
「では、私は遠慮なく使わせてもらおう」
さらに持っていた予備のナイフを抜いて応戦するセイバー。ここからの二人の戦いは、先程の美しさが欠片も無い凄惨なものへと変わっていく。
ナイフだけではない。その辺に落ちている石を拾って投げつける。頭突き、そして噛みつくことすらも二人は躊躇わない。
これでは、まるで子どもの喧嘩である。だが、それでも見ているものは誰も笑わないし、止めようともしない。二人の決着が付くまでは、見ていようと決めていたのだ。
「結局は、二人とも似たもの同士ということか」
「言峰…」
首が180度曲がりながらも、言峰は立ち上がっていた。首が背中に回ったままなので大分不自然な格好である。
「私は朝の礼拝がある。ここで失礼させてもらう」
「むっ…、もうそんな時間だったか」
二人の戦いに夢中になっていたため、気がつかなかったが。すでに日の出を迎えている。早起きの人ならば、そろそろ起きだしてもおかしくない時間だ。
「朝食の用意はしておく。頃合を見て帰ってくるがいい…」
「ふっ、大丈夫だ。帰りは我の『どこへでもドア』でバビューンと帰るからな」
言峰は不自然な体制のまま、大空洞の出口へと消えていった。すでに。この戦いの結果に興味が無いような様子であった。
その気持ちは分からなくもない。すでに、この戦いにどちらが勝つかなど、傍観者達には意味がなくなっている。
勝敗の結果に興味が沸かない。というよりも、どちらが勝っても同じことだろう。違うのは当人達だけだろう。
「おおっ!」
「はああっ!」
絵に描いたようなクロスカウンターがお互いに決まった。そのまま、ずるずると互いに身体を預けた形で地面に倒れこんでいく。
懸命に立ち上がろうとしているが、どちらも起き上がれない。溜まりに溜まったダメージは立ち上がることすらも許さない。
ダブルノックダウンの形になってしまっている。どちらも既に、拳を振り上げる力も残っていないだろう。
「…これは、引き分けか?」
「どうなのだ?」
ギルガメッシュは白い娘に振り返る。
聖杯戦争の監督である言峰が帰ってしまったために、勝負の判定を下すものがいない。
自然な形で御三家のトップであるアインツベルンのマスターであり、今回の聖杯でもあるイリヤに勝敗が決められることになった。
イリヤは静かに目を瞑って、周りに聞こえるように少し声を張り上げた。
「聖杯戦争に引き分けは無いわ。聖杯戦争ルール53条に従って、この場合は先に立ち上がって「優勝したもんねー」とにこやかに宣言した方を勝ちとするわ!」
「…そんな、ルールもあったのか」
何を考えてるんだ御三家は? だが、落ち着いて考えてみれば、この戦いは聖杯戦争ではなく二人の私闘だったはずだが…。
しかし、アーチャーは空気を読んだ。まわりも盛り上がっているので黙っていることにした。
倒れている二人にも、イリヤの言葉は聞こえていたのだろう。二人は最後の力を振り絞るように懸命に立ち上がろうとしている。
フラフラの身体に鞭を打って、二人は立ち上がる。そのタイミングは二人ともほぼ同時であった。
しかし、立ち上がったものの二人の口は開かれない。口を開くことすら出来ないほどの極限状態に二人はあるのだ。
「「ゆ、優勝…」」
やがて、どちらかが口を開きそれと同時にもう片方も追随する形で言葉を続けている。アーチャーたちはその様子を固唾を呑んで見守るだけだ。
「「したも…………ん…、……」」
最期の「ね」。こんな言葉が出てこないほど、二人は疲れきっている。どちらも懸命に口を開いているが言葉が喉から出てこようとしないのだ。
長かったような、短かったような聖杯戦争はもう少しで終わろうとしている。決着をつけることを惜しむかのように、二人の口から声が発せられることは無かった。
本当は一瞬だったのだろう。しかし、ここにいる全ての者達にはとてつもなく長い時間に感じた最期の声。それが、
「「ねー!」」
どちらが勝ったのか。二人は分からぬまま、その場で崩れ去った。
二人の下にそれぞれのパートナーが駆け寄ってくる。その姿を目蓋に映しながら、少し笑みを浮かべて二人の意識は闇へと消えていった。
聖杯戦争は終わった。二人はようやくその身体を休めることが出来たのだ。先程の戦いが嘘だったかのような、おだやかな顔で二人は少し長い眠りにつくのであった。
あとがき
これで、ようやくこの話もおしまいです。紆余曲折ありましたが作者的には満足です。
後は簡単なエピローグを残すのみです。
といっても、蛇足的な話になると思います。