前書きでいいや
アルトリア、外道で淫乱で血と殺戮を好む戦闘マニアにする予定が気がつけばボケ専用に変更されていた。
バゼット、もとよりネタキャラ。
現在、教会の中は張り詰めた空気が今にもはじけそうな状況にあった。
その状況も当然のことか。この場には間桐臓硯、間桐桜。そしてすでに死亡しているキャスターのマスターを除いた四人のマスターが顔を合わせていたのだ。
すでに己のサーヴァントを失っているイリヤとバゼットの二人はともかく、セイバーのマスターとアーチャーのマスター。特に因縁が深いこの二つの組み合わせは顔が合えば即殺し合いに発展していてもおかしくは無い。
教会は非戦闘地というルールを守っているのか、どちらも剣呑な空気を出してはいるが手を出すことは無かった。
祭壇にはその様子をニヤニヤしながら見下ろす言峰。この状況を作り上げた本人で十分にこの空気を満喫しているようだ。さすがサド神父である。
「ふむ。すでに大体の内容は理解しているとは思うが…、一応確認しておこう」
シーンとした様子に満足げに目を細めながら、言峰は言葉を続ける。
「本日、各マスターの諸君に集まってもらったのは他でもない。すでに聞き及んでいるだろう。住民の集団失踪事件のことを、事件の下手人は間桐臓硯、間桐桜。アサシンとランサーのマスターでもある」
ランサーのマスターという言葉にバゼットは不満そうな顔をしたが発言をすることは無かった。他は黙って話の続きを促していた。
「彼らの行為は聖杯戦争そのものを脅かす危険因子だ。よって、ここに監督権限を発動し、ルールを暫定的に変更させてもらう」
ルールの変更という言葉にはさすがに一同は反応したようだ。顔をしかめるもの。不思議そうな顔をするものそれぞれだ。
その様子に満足したように、言峰は唇を歪めながら各マスターに宣言する。
「諸君らはただちに互いの戦闘行為を中断し、共闘して間桐臓硯、間桐桜の両名を討ち取ること。両名の死亡を確認したところで通常通りの聖杯戦争を続けることとする。…何か質問はあるかね?」
思ってもいなかったルール変更に、顔には出さないがそれぞれが今のルール変更のことを考えながら黙り込む。言峰が見渡す中ですっと手を上げたのはバゼットだった。
「そのルール変更を…、受け入れるメリットが我々にとってあるのでしょうか?」
「ふむ。今も言ったようにこのままでは聖杯戦争事体が無効になる。それに君達魔術師としても彼らの行為を見過ごすわけにはいかぬだろう?」
「…なるほど」
「そして、共闘するというのは敵の力があまりにも強大であるからだ。単独で挑んだところで返り討ちにあうのが関の山だろう」
先程まで黙っていたアルトリアから妖炎のように殺気が立ち上る。その言葉は自分達の力を侮辱されたも同然だ。
「ふざけるな。コトミネ、私とアーチャーだけで十分だ。他の者達の力など借りる必要など無い」
「悪いけど、私も同感よ。共闘する相手は背中を任せれる相手じゃないと安心できないもの」
アーチャー、セイバーの両マスターがどちらも一時的にとはいえ手を組むことには反対であった。サーヴァントの方もアーチャーはともかくセイバーが受け入れるはずも無かった。
この結果は火を見るよりも明らかであっただろうに、言峰の表情から余裕の笑みが消えることは無い。彼からしてみれば呼び出した時点で自分の勝利は間違いなかったのだ。
「こんな連中といつまでもいられないわ。帰るわよセイバー」
「はい」
典型的な死亡フラグを立てるような宣言をしてから、教会から出るために扉へと向かう凛。決心は変わることはないだろう。その背中に非情な言葉が突き刺さるまでは。
「…魔法少女」
言峰の呟き。小さいけれども確実に周囲に聞こえるように言ったその言葉に凛の動きがライダーの石化の魔眼を受けたかのようにピタリと止まる。
「…ステッキ」
神父はニヤニヤしながらも言葉を続けている。『カレイド』『記念写真』『zipでうぷ』という言葉が出るたびに凛の体がプルプルと震えていく。
振り向いた凛の顔には怒りなのか羞恥なのかで真っ赤になっていた。目元には涙すら浮かんでいる。
「綺礼…、貴様!」
「どうしたのだ? 帰るのならば、さっさとすればいいだろう」
殺気の篭った凛のまなざしを受けながら、言峰は口元をニヤニヤさせている。どうやら彼らにしか知らない秘密の脅迫内容があるようだ。
しばらく、凛はサディストを睨んでいたが諦めたようにため息をついた。
こうしてセイバーのマスターはしぶしぶというか無理やり屈服させられたのだが、アーチャーのマスターはまだ納得の言っていない様子である。
「そちらが納得しようが、こちらは受け入れるつもりは無い。私が我慢している間にさっさと去るがいい」
「待て、マスター。彼女達と組むのには私は賛成だ。戦力が多いのには越したことはないだろう」
己のサーヴァントに反対されたことに怒っているのか、不満そうな表情を彼女は浮かべる。
いや、これは拗ねている表情であるとアーチャーは見破った。そして、己の言葉の間違いに気付いて優しい口調で言葉を言い直す。
「アルトリア。私は手を組むのが得策だと思う」
「エミヤがいいなら、私は構わんぞ」
ふむ、と彼女は満足そうに頷いて己がサーヴァント腕に絡みつく。身長差があるため、腕の辺りに頬ずりしながら、先程までとは違った猫撫で声を出している。
「「なっ…」」
事情をまったく知らない凛とセイバーの二人が目の前の光景を信じられず、唖然とした様子で突如豹変した黒い彼女を見つめていた。
「んっ…」
その間にも彼女は愛する男の耳に熱い吐息を吹きかけ、耳を唇でハミハミしたり唇を唇でハミハミしていた。
アーチャーはその自分のマスターの熱烈なスキンシップに困ったような表情を浮かべながら、されるがままになっている。少し満更でもないような表情に見えるのは、やはり彼も男だということなのだろう。
人前だというのにまったく自重する様子も無いバカップル振りに皆が視線をどこに向けたらいいのやらと困っている。
「な、何をしているのですか。あなた達は! 場をわきまえなさい!」
真っ赤な顔で抗議するセイバーに、したり顔で振り向いたアルトリアは意地悪そうな顔を浮かべた。
「羨ましいか? だがエミヤはやらぬぞ。私の男だからな」
ふふん、と鼻で笑い飛ばし胸のあたりに頬ずりする。アーチャーはどうしたらいいのか困ったような表情を浮かべながら彼女の頭を撫でている。
その様子に二人で揃って自分を馬鹿にしていると感じたセイバーはますますヒートアップ!
「誰が羨ましいと言いました。そのような白髪マッスルはこちらから願い下げです!」
「なに」
アルトリアの目が細まる。セイバーの言い様にアーチャーは結構ショックを受けていたが、主の体から殺気が放たれてくるのを感じ取り慌てて止める。
しかし、間一髪間に合わずするりとアーチャーの体から抜け出した彼女はセイバーの方へとゆっくりと歩を進める。
「アルトリア!」
「分かっている。殺しはせぬ。…少し痛めつけてやるだけだ」
己の男を馬鹿にされて黙ってはいられないのだろう。鋭い眼光でセイバーを睨みつけるが、彼女の方も動じた様子は無く真っ直ぐに見つめ返している。
「また、泣かされたいようだな」
「出来るものなら…」
瞬間、アルトリアの姿がセイバーの視界から消える。実際に消えたわけではなく、あまりにも速いスピードで身を屈めた為にそのように見えたのだ。
しゃがみこんだアルトリアは全身回転させて遠心力をつけた水面蹴りを放つ。急に姿を消したアルトリアの蹴りを避けきれるわけも無く、セイバーの脚を見事に刈り取って宙に浮かす。
いや、浮かすはずだった。
「むっ!」
アルトリアの放った蹴りは、まるでその動きを読んでいたかのようにセイバーの足で受け止められていた。
その受けは勘のよさなどではない。きっちりと中国拳法の受けの型を学んだものにしか出来ない受けであった。
「リハーサルどおりですね」
「貴様…!」
ニヤリと笑みを浮かべるセイバーを尻目にアルトリアは一旦、仕切りなおすために後退する。その目には全力で放ったのではないとはいえ、自分の蹴りを受け止められたことによる怒りに満ちている。
「二度も同じ手で不覚は取りません。こちらもそれ相応に準備は整えています」
つい先日。彼女はアルトリアの中国拳法によって一方的に倒されてしまった。不意を突かれたとはいえ歯が立たなかったという事態にセイバーは大きな衝撃を受けていた。
そこで再び彼女と戦う時のために中国拳法の文献やビデオなどを研究し、凛からも基礎などを教わった。そして、イメージのアルトリアとの何十回にも及ぶシャドーボクシングを経た結果、今の蹴りを見切ることが出来たのだ。
「さあ、次はこちらから行かせてもらいますよ」
不敵な笑みを浮かべるセイバー。その様子に、アルトリアは教会の床を踏み壊して怒りを露わにした。
「たかだか数日で功がなったとの思い上がり!! 貴様は中国拳法を舐めた!!!」
再び、セイバーに突進しようとするアルトリアをアーチャーは羽交い絞めにして何とか止める。これだけ怒り狂っていれば今度は痛めつけるだけでは済みそうにない。転蓮華を使ってでも確実にセイバーの命を取りにいくことは目に見えている。
「放せ! 放さぬか! エミヤ」
その後も暴れ続けるアルトリアをアーチャーはキスしたり頭を撫でたりしてなんとか宥めたが、チームワークにかなりの問題を残すことになってしまった。
あの二人の仲の悪さをどうにかすることは出来ないのか? いや、自分のことと照らし合わせてみると出来そうにもない。
私も、もしも目の前に過去の自分、衛宮士郎がいたならば有無も言わさず殺してしまうだろう。…過去の自分と今の自分はお互いに認められるはずがない。
とはいえ、一時的には手を組むのだ。その間だけでも争うのはやめてもらわねばならない。二人の機嫌を良くする為には…。
そして私は一計を思いつき実行に移したわけである。
食卓の大きなテーブルには様々な料理が並んでいる。和洋中その全てが私が材料から吟味して調理したものである。
もちろん、私の主のために山ほどのハンバーガーもこしらえている。総調理時間三時間でここまで作れるのは私しかいるまいと自負している。
二人のセイバー共通点といえば食いしん坊なところだ。二人ともお腹さえ膨れていれば機嫌も良くなるだろうという究極にして至高の餌付け作戦である。
美味しそうな香りと湯気を立てる料理を前にして、セイバーは警戒しながら、凛に忠告する。
「リン、これは敵の罠かもしれません。下がってください、まずは私が毒見を!」
「…セイバー。よだれを拭きなさい」
どうやら効果は抜群だったようだ。マスターことアルトリアも大量のハンバーガーを前にして悪くない様子だ。
作戦は成功だったようだ。全員で着席して両手を合わせいただきま~す!
こくこくはむはむ。もっきゅもっきゅ。こくこくはむはむ。もっきゅもっきゅ。パクパクムシャムシャ。こりゃうめえな。バルス。ブレーキ。おかわり!
「結構いけるわね。セラよりもおいしいかも…」
「うちは料理できる人がいませんから、店屋物かレストランばっかりでしたんで…、こういう素朴な味もいいですね」
「くっ、悔しい。でも、美味しくて感じちゃう」
「麻婆豆腐はないのか?」
「調理時間に手間をかけすぎですね。まあ、急ぎで無ければいいのでしょうが」
「アーチャー、先程の暴言は撤回させてもらいます。…あなたが私のシェフだったんですね」
「うむ。さすが、私の男だ。次はバリューセットで頼む」
ふふふっ、なかなか好評のようだ。私の料理のレパートリーは108種類あるぞ。
次々に皿が空になっていき、食卓のものが全てなくなったところにデザートだ。
さすがに時間が無かったので、デザートは新都のお店で買ったケーキで間に合わせ、紅茶はギルの経済力にものを言わせた高級茶葉のものだ。
ほぼ全員が満足そうな表情で紅茶とケーキを楽しんでいる。
アルトリアには大好物である10リットルの水と4kgの果糖を混ぜたものを出しておくのも忘れない。
全員が食事を終えて満足そうな表情を浮かべていた。戦いを前にして十分な栄養補給になったはずだ。「最後の晩餐だな」とぼそりと縁起でもないことを呟いた神父は軒先に吊るしておく。
紅茶を飲んでしばらく落ち着いている時だった。セイバーが真剣な目でアルトリアを見つめていることに気付いた。
一瞬、餌付け作戦は失敗に終わってしまったのだろうかと思ったが。どうやら違うようだ。その目は真剣ではあるが敵意が篭ってはいなかった。
「なんだ?」
視線に気付いたアルトリアもセイバーに目線を返す。見られていることが不快だったわけではなく、単純な疑問からだったのだろう。訝しげな目でセイバーに直接問う。
「はい。一つ質問させてもらいます。貴方は聖杯に何を願うつもりだったのですか?」
過去形になっているのはすでに聖杯の中身を彼女が知っているからだ。聖杯の中身は既に汚染されており、破壊という形でしか願いをかなえることが出来ないことを彼女は既に知らされていた。
そういう意味では彼女の聖杯戦争はすでに終わっているといってもいいかもしれない。彼女の望むものなど既に無いからだ。
それでも彼女が未だに凛というマスターに従うのは彼女の騎士道ゆえだろう。最後まで凛とともに闘うことを決意していた。
「聖杯に願うことはもう無いな。欲しいものなら大体手に入れたのでな」
私のほうをチラッと見ながら微笑む。…その、今更だが少し照れるな。どうでもいいが、私が巨乳派ではないと昨晩言ったら、胸を大きくしたいという願いはもう必要なくなったらしい。
「故国を救済したいとは思わなかったのですか?」
そんなアルトリアの言葉に苛立ったようにセイバーが言葉を続ける。セイバーとアルトリアはかつて同一人物だったのだ。願いは同じはずではないのかと彼女は言っている。
しかし、セイバーの剣幕とは反比例してアルトリアはつまらなそうな様子だった。
「思わなかった。そんなものに聖杯の力を使ってどうする? 私は己のためだけに使うつもりだったぞ」
「…っ!」
怒りのためか一瞬だけ顔が真っ赤になったセイバーであったが、すぐに落ち着きを取り戻し感情の無い声で呟く。
「やはり、貴方と私は別人のようだな」
「当然だ。私のほうが10も歳が上のお姉さんなのだからな。小娘と一緒にされては困る」
小娘という言葉にか、今度こそセイバーからの視線には殺気が満ちていた。あたりに緊張が走る中、アルトリアは余裕の表情を崩さない。
「そう、慌てるな。私とて今すぐにでもそなたを犯したいところを我慢しているのだからな。いずれ我らは殺しあうのだ。互いを理解する必要などあるまい」
「…その通りです。私も貴方を理解しようともしたいとも思わない」
セイバーはそのまま席を立ち、部屋から出て行ってしまった。彼女が出て行くと緊迫した空気が晴れて全員がほっとため息をついた。
それにしても意外だった。まさか、セイバーのほうからケンカを売っておきながら、アルトリアがそれに乗らないなんて。
「ふふん、年上の余裕というやつだ」
こめかみの当たりがぴくついているところを見ると相当我慢していたようだ。事前に我慢できなかったらキスはしばらく禁止といっておいたのが効いていたらしい。
いずれにせよ、セイバーとアルトリアが再び戦う時は近いようだ。…そのときに私に何か出来ることはあるのだろうか。
「ところで、エミヤ。今すぐ私の部屋に行くぞ」
うってかわって妖艶な笑みを浮かべるアルトリア。嫌な予感がする。
「…まさか、いまから、するつもりか?」
「腹ごなしにもなるだろう。それに渡したいものもあるのでな」
予感的中。こうして私はドナドナのようにアルトリアの部屋へとさらわれていくのであった。…だが、ベッドの上でなら私の方が強い!
町の灯りがほとんどなくなる深夜。この時間こそが我々が戦うのに最も適した時刻である。
礼拝堂に今宵のために手を組んだ戦士達が集合する。
アルトリアと私。凛とセイバー。バゼットに監督役として見届けるつもりの言峰。そして、ギルとイリヤ。…………んっ? いま、余計なのがいたような。
「そろそろ時間ですね。いきましょうか」
自然に場を仕切っているのは黄金の甲冑を身につけたギルである。輝く黄金の鎧は子どもがつけているものとは思えないほどの雄々しさが感じられる。セイバーやアルトリアの甲冑を凌ぐ防御力があることだろう。
そのまま扉から出て行こうとするギルの首根っこを姉がすかさずキャッチした。誰も突っ込まないところをさすが、我がマスター。
「何をしている。子どもは寝る時間だ」
アルトリアはギロリとギルとイリヤを睨みつける。ギルは宙に浮いた足をばたばたさせながら抵抗していた。
「嫌だ! 嫌だ! 今回は僕も戦うんだい」
「私だってマスターなんだから。最期まで見届ける義務があるもの」
事前にちゃんと留守番しておくようにいっておいたのに、まったく聞き分けが無い子供達である。さすが、ゆとり世代というしかないだろう。
「…どうやら、少し叱っておかねばならないようだな」
ふふふ、と暗い笑みを浮かべながらマスターはポキパキポキと指の関節を鳴らしている。体罰も時には必要だろうが、マスターの場合はやりすぎるような気がしてならない。
危険を感じたイリヤはすぐに私の後ろに隠れた。ギルは何を考えたのかセイバーの後ろに隠れてしまった。
まさか、自分のところにくるとは思っていなかったセイバーも戸惑っている。どうした良いものかどうか、悩んでいるようだ。
ギルの言葉が突き刺さるまでは、
「助けて。お姉ちゃん!」
………………………………………。
…………………………。
……………what?
思ってもいない言葉がギルの口から飛び出て、辺りが完全に凍り付いてしまっている。
えっ、と急に何を言い出しているのかね君は? アルトリアですらショックだか怒りだかで呆然とした様子である。
辺りの様子に気付いたのか。ギルは困ったように頭をかきながら弁明を始める。
「実はセイバーさんの姿をはじめて見た時から他人のような気がしなくて…。どうも、僕はセイバーさんをお姉ちゃんだと認識しているみたいです」
笑顔でとんでもないことを言い出す英雄王小。…どうしてこんなことになってしまったのか、冷静に検証してみるとしよう。
そもそも、アルトリアとギルが姉弟なのは言峰の令呪による命令であって…、その内容は確か…。
『お前など、セイバーの弟にでもなってしまえ』だったな。……はっ!? もしかしてそういうことなのか!!
アルトリアは今では一人の人間であるが、セイバーであったことには違いない。だからこそ、ギルはアルトリアの弟になったのだ。
しかし、今目の前にいる少女の騎士。彼女も間違いなくセイバーである。広義的に見れば彼女もこの令呪の命令の範疇に入るのではないか!?
偶然なのか必然なのか、チラリと言峰の顔を窺ってみる。そこには、
『計画通り!』
まるで、死のノートを拾った青年のように邪悪な笑みを浮かべている神父の姿がそこにあった。間違いなくアレが下手人だ。
なんという計画的な嫌がらせなのだろう。あんたなんか神父じゃない! ただのクズだ!
「あの、ですが私は…」
頼ってくるものは無下には出来ない性格なのだろう。セイバーは腰元にしがみついてくるギルをどうしようかと悩んでいるようだ。
「お姉ちゃん。姉さんがいじめるんだ」
うるうると目に涙を浮かべて、上目遣いで助けを求める少年。ズゥキューン!という音がなりそうなほどの衝撃。その姿にセイバーの何らかの回路がつながってしまったらしい。
セイバーはガバッと少年を抱きしめて、「分かりました。お姉ちゃんが守ってあげます!!」と宣言している。…正直、少しアブナイ人だ。
ようやく衝撃から立ち直ったのか、セイバーの背後の弟に雷光の一撃を加えるべく、ずいずいとにじり寄る。
セイバーはその悪魔からギルを守るべく、立ちふさがった。
「どけ」
「貴方こそ退きなさい」
バチバチと視線を合わせながらにらみ合う二人。…協力関係もくそも無い状態だ。誰かどうにかしてくれ。私は既に精一杯やったつもりだ。
殺し合いまで発展させるつもりは無いのか。アルトリアはセイバーの頬っぺたを掴んでつねり挙げる。
「…っつ!」
セイバーも負けじとアルトリアの頬っぺたを掴んでつねり挙げた。二人ともぎゅっと掴んだまま放さない。…二人とも意地っ張りだからな。
「ギルを渡したら放してやるぞ。どーだ? 早く楽になりたいだろ?」
「貴方こそ涙目になっていますよ。無理しない方がいいんじゃないですか?」
「言っておくが、私はまだ60%の力しか出しておらぬぞ。まだ余力があるんだぞ」
「ふっふっふっ。私もです。私はまだ50%」
「私は40%だ実は…」
「戯言を私は30%です」
「私は20%」
二人の意地の張り合いは続いている。お互いに先に放すつもりは無いのだろう。このチームワークで果たしてやっていけるのだろうか? 限りなく不安であった。
時は少し遡る。間桐臓硯、間桐桜の両名は柳洞寺地下の大空洞に身を潜めていた。
間桐臓硯、彼は己の悲願の達成が少しずつ近づいてきているのを感じていた。十年前に拾った小娘と聖杯の欠片がこれほどまでうまく適合し、これほどまで聖杯戦争が思い通りになっていくとは思ってもみなかった。
確かな愛情の篭った目で彼は己の道具を見つめていた。間桐桜、彼女は本当に自分の道具として役立ってくれている。そこに道具としての愛情が芽生えるのも当然の流れだといえよう。
不老不死という望みはまもなく叶おうとしている。彼女の体を利用し根源へとたどり着き、その力を持って自らは今のおぞましい仮の肉体を捨てて不滅の肉体と魂を得ることが出来るのだ。
彼はひどく上機嫌だった。
「むっ…」
斥候に放っていたアサシンからの念話による連絡が届く。その連絡内容は彼にとってはあまり良い情報とはいえなかった。
「やはり、昨夜は暴れすぎたようじゃの桜よ」
桜は黙ったまま俯く。昨晩は桜の魔力が戦いによって枯渇したために、苦しんだ桜は冬木の住人の魂を飲み込んでしまった。
なんとか、それで彼女は落ち着いたのだが。あまりにも大きい単位の被害に監督役の男は動いてしまった。
他のマスターの連合による自分達の実力による排除。このことで敵は力を合わせてしまったことになる。
もちろん、こちらにもサーヴァントはいるし、サーヴァント殺しの切り札もこちらの手にある。戦いになればおそらく勝つのは自分達だとは思うが、…万が一ということもある。
「ここはサーヴァントたちに任せて、わしらは身を隠すとするかの。桜よ」
桜は黙ったまま頷く。桜に対して意見を言っているように見えて、これは単なる確認にすぎない。桜には臓硯に逆らう意思などありはしない。
人形のように彼女は頷くだけである。たとえ、彼女に意思が存在使用とも彼女は逆らうということを彼女は知らないし、その命は老人に握られている。
彼女の意思も命も全てを臓硯は握っているのであった。
さて、己のサーヴァントたちと敵を戦わせれば勝てばそれで良し。よしんば、負けても時間稼ぎになり、その間にも聖杯は完成しているだろう。
どちらに転んでも彼にはまったく問題は無い。
そんな心の緩みが彼に必要以上の言葉を促す。彼はどうでもいいことを己が道具に語りかけていた。
「ふふっ。お主の姉、遠坂凛が桜、お前を殺しに来るぞ。その前にわしらは身を隠すとしようではないか」
その言葉に今まで沈黙を保ち、何の光も映さなかった少女の目に光が灯った。人形のようだった目は今、人間として輝いている。
「……姉さんが」
ところが、その様子に上機嫌な臓硯は気付けなかった。彼は己の道具の変化に気付けぬほど浮かれてしまっていたのだった。
「そうじゃ、さすがに遠坂の跡継ぎ。実の妹にも容赦ないの」
ケラケラと笑う。彼は最期まで自分のミスに気づくことはなかったのである。
「そう、姉さんが…」
微妙に声が弾んだのに、さすがに臓硯も気付いて訝しげな表情を浮かべた。だが、特に気にすることはないと思ったのか、さっさと身を隠すべく行動を始める。
「さて、いつまでもここにいても仕方なかろう。移動するとしようぞ」
「嫌です」
「…なんじゃと?」
信じられない言葉を聞いて、臓硯の足が止まる。その目は初めて己の言葉に逆らった間桐桜に向けられる。視線を向けられた途端、桜は怒られた子どものようにシュンとしている。
「…だって、ここから逃げたら姉さんに会えなくなりますし…」
ゴニョゴニョと最期の方はあまり聞き取れないような小さな声。我が侭を言っている子どものような姿に臓硯は何か言いようも無い危険を察知する。
「ダメだ。さっさとせぬと…」
胸に抱いた危険信号を無視して、彼は己が道具に少し強めの口調で叱り付ける。桜は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべると、次の時にはニッコリと微笑んでいた。
桜は何か大切なものを抱きしめるように左胸にゆっくりと手を置いた。そして、
「なっ!?」
臓硯は驚愕のあまりに目を見開いた。そこに見えたのは自らの心臓に手を入れて何かを取り出そうとする桜の姿があった。
「…あった」
嬉しそうな声をあげて彼女は己の心臓から一匹の小さな虫を引き抜いた。体内にそんなものがいたとは思えないほど奇形な形をした虫。
「くすっ、お爺様ってこんなに小さかったのですね。こんなものに私は振り回されていたなんて…、馬鹿みたいだな」
童女のように可笑しそうに笑いながら、間桐桜は手の中に在る小さな虫を握りつぶした。
「――――――――っ!」
声にならない悲鳴を上げながら、間桐臓硯は倒れこむ。そして、憎悪に満ちた目で愛する道具であったはずの彼女を睨みつける。
桜は興味深そうな目で倒れこんだ老人を見つめていた。
「桜、貴様…!」
息も絶え絶えになりながら間桐臓硯は立ち上がっていた。そして、ゆっくりと這いずるように桜の元へと近づいていく。
きょとんとした目で彼女はその様子を見つめていた。腑に落ちない顔で首を傾げてさえいる。
今、彼女が潰したのは間桐臓硯の本体ともいえるもの。既に腐り果てた臓硯の肉体を保つための魂の触媒ともいえるものだったのだ。
それがこの世から消えた今、臓硯を形作っている体を現世に残すものなど存在しない。魔力を失ったサーヴァントのように消えていくのが運命のはずだった。
しかし、臓硯はまだ動いていた。己を裏切った間桐桜の元に一歩ずつ近づいていく。
彼を今、支えていたものは執念、怨念ともいえるものである。五百年を生きる大妖術師、間桐臓硯は死にたくないという気持ちが彼を生かしていた。
すでに、彼は自分が何故死にたくなかったのかは分からない。ただ、悲願を目の前にして、最後の最後で裏切った己の道具のはずの間桐桜に近づいていく。すでに出来ることなど何も無いというのに。
彼は本当に最期にミスを犯してしまった。間桐桜という希望を持たなかった道具に、『姉が殺しに来る』という希望を初めて持たせてしまったのだ。
己の希望を、欲望を持ってしまった道具は間桐臓硯の制御を離れて暴走しようとしている。
「しつこいですよ。お爺様」
桜は拗ねたような表情を浮かべて、己のサーヴァントに命令を下した。
彼女の命令に忠実な槍の騎士、ランサーのサーヴァントは機械的な動作で紅い槍を間桐臓硯の心臓に突き立てた。
突き刺さった槍は体内を千本の棘で破壊しつくす。槍を引き抜いたときに間桐臓硯の体は一瞬びくりと震えて地面に倒れこんでいた。
しかし、それでもなお彼は動いていた。徐々に腐り落ちていく肉体を這いずらせながら、それでも間桐桜の元へと向かっていく。
「ぁー…うぅ…ーらぁ」
すでに声にならない怨念じみた声をあげながら、間桐臓硯は生きている。いや、既に生きているというよりも動いているだけといった方が正しいだろう。
もはや、人の形すらしていない間桐臓硯であった塊を、桜は呆れたような目で見ながら大きくため息を一つついた。
ランサーは主の意向を読み取って、大きく槍を振りかぶって頭部の部分を叩き潰した。
そして、ランサーは念入りに脳漿にあたる部分をぐちゃぐちゃと槍でかき混ぜ、完全に動かなくなったのを確認する。
そして、一度槍を大きく振って槍に付いた血などを取り去ってから、主の命令を待つ猟犬のように桜の元へとひざまずく。
桜はニッコリと笑ってランサーの頬を撫でる。これで姉さんが来るのを邪魔するものはいなくなった。
桜はすでに感じることは無いだろうと思っていた、胸が弾んできているのを感じている。姉さんが私を殺すために、私のためだけに、私の元に来ようとしているのだ。
彼女は笑わずにはいられなかった。姉さんが私を殺すのか、私が姉さんを殺すのか。どちらになるのかを楽しみにしながら彼女は笑い続けていた。
あとがき
言峰はアングラーとしてネットで大活躍しています。
桜、士郎や大河に出会わなければ臓硯の人形のままであったと予想。