◆
戦いの空気が霧散する。
ランサーは非常に狡猾なタイミングで声をかけた。
「ランサー」
イリヤスフィールがその目に苛立ちを宿らせる。
「よう、久しいな。バーサーカーのマスター」
彼女からしてみれば、この場でランサーに気を裂いても、ランサーに襲われてもアーチャーに殺される。
アーチャーさんも撃てない。どちらに撃ってももう片方に隙が出来る。
ランサーは姿を見せただけで、決着を付けるべき戦いをこう着状態に陥らせた。
「――――あんた、なんで」
「嬢ちゃん。防音の結界じゃあ、あいつの矢は隠せまい。あれほどの矢が他のサーヴァントに悟られないというほうが無理なのさ」
人払いと防音。結界がそれだけだったからこそアーチャーさんの援護を受けられたということを承知でランサーが言う。
「まあいいさ。おい、バーサーカー、俺のマスターからの命令でね。――――貴様たちに手を貸せとよ」
ランサーはなんでもないようにそう続けた。
「ランサーっ!? あんた本気」
ルビーさんが驚愕する。
漁夫の利を得ようとすべきこの場で、その提案はなんなのだ。騎士道を重んじてすらいない。
「よう、ルビー。貴様とも久しぶりだな。この前やりあったとき以来か。……まあ俺の言葉に偽りはねえ。いけすかんマスターだが、命令となっちゃあな」
ランサーが肩をすくめる。
だがその言葉に遠く離れたアーチャーさんとイリヤスフィールの魔力が反応する。
「ふん、そんな怒るもんでもないだろう。俺のマスターとしちゃあ“ここでイリヤスフィールが死ぬのが”不満らしい」
それを聞いてイリヤスフィールが視線から苛立ちを取り除く。
「…………ランサー、あなた知っているの?」
「あっ? なんだそりゃ、なんかあるのか? だとしても俺が知るかよ。ウチのマスターの陰険っぷりをしらねえのか」
イリヤスフィールが少し黙った。
「……そう。私の敗北は許しても“私の体がなくなってしまうような死に方は”許容できないということね。ええ、ランサー。あなたのマスターは中々賢い。ここで私を逃がせば次は自分が殺されることが解っていないところ以外はね。そうね、それならば――――」
“あなたのマスターの思惑に乗りましょう”
イリヤスフィールの口からその言葉が出た瞬間、アーチャーさんの矢が放たれ、バーサーカーは転進した。
ランサーが射線とバーサーカーの間に割って入る。
槍を構え、ルーンの刻まれた石を手に、アーチャーさんの矢に相対する。
立ち去る寸前イリヤスフィールがランサーの背ではなくこちらを向く。その目はただ遠坂先輩を睨んでいた。
強烈な思念が私にまで洩れ届いた。
“あなたのアーチャーに伝えておきなさい、リン。借りは必ず返すから”
たった一言。
イリヤスフィールはそれだけを残して消え去った。
◆
バーサーカーが去った中、ランサーがその代わりにと、佇んでいる。
バーサーカーたちはいまの一瞬ですでにいない。
その隙を作るため、ランサーはアーチャーさんがバーサーカーに向けて放ったはず一撃を、宣言どおりに止めて見せた。
「…………」
もうもうと広がる砂煙。地面が消し飛び、穿たれた穴の中心にランサーのサーヴァントが立っている。
「狙った獲物ではない相手に対してこの威力か。……矢避けの加護に、界壁のルーン、そして我が槍をもちいてなおこの威力とはな――――」
ランサーは生き残った。
バーサーカーを殺していた槍から生還した。
いや、生き残ったという表現は正しくない。
そう、
“ランサーは無傷だった”
「嘘でしょ……」
ルビーさんが呟く。
「何を驚く。バーサーカーに打ち勝とうとも、やつの守りは概念の壁であり、盾ではない。威力と純度は完全には比例しない。あの野郎にもさすがに驚いたが、やつの弓はその純度に比べいささか鈍いということだ。…………まあもっとも、バーサーカーもマスターを守らずに戦えばこれくらいの芸当は出来るだろうさ」
そういってランサーは笑う。
「ランサー。何の益があってそのような行動を」
セイバーさんが激昂する。彼女の感覚としては騎士の戦いに水を差されたとでも感じているのか。
「ふむ、益か。マスターにはあるだろうがな。残念ながら俺は知らん。セイバーよ、貴様がどのような望みを持ってこの戦いに参加しているのかは知らないが、“俺はただ戦いを求めて参加した”」
その目に宿る眼光が彼の持つ槍と同様の気配に染まっていく。
槍の保持者。必殺の槍の使い手。ランサーのサーヴァント。
「――――では、ここで我々と戦うということだなランサー」
セイバーさんが答える。
「ああ、だが“貴様ではない”。まずはアーチャーの野郎に借りを返えさせてもらおう」
「なんだと? どういうことだランサー」
「ふん、俺は知らん。マスターがバーサーカーよりもそのアーチャーを始末しろといっていてな。俺は好都合だから乗るまでだ」
「なっ!?」
驚愕の声。理解できないと遠坂先輩が呟いたのが聞こえる。
当然だ。
ならば戦闘のあとに現れればよいだけではないか。なぜ、バーサーカーを逃がす必要があるのか
イリヤスフィールを殺すことを不満と表現したことも不解なら、ここでバーサーカーに代わり戦闘を行おうとするその行動はなお不解。
「理解できないわね。“あんたのマスター”か」
ルビーさんが呟く。
「ふん、そんなことはどうでもいい。俺も強敵とやりあえるならそれでいいしな」
「――――リンっ!」
ランサーが槍を構えるのと同時に、セイバーさんとルビーさんが遠坂先輩を庇う。
当たり前だ。アーチャーさんを燻りだす気なのか、遠坂先輩をそのまま殺すのかは知らないが、アーチャーを狙うと断言した相手を前にアーチャーのマスターをさらす訳にはいかない。
アーチャーさんも先ほどの場所から動いていない。動けないのだ。
彼は家屋の隙間からこちらを狙い打っていた。ビル街と違いこちらにはある程度の大きさをもった洋館は多くあっても飛びぬけた高さの建物がない。アーチャーさんが立っているのも少々高いだけの一つの旧館。
こちらがある程度動く分にはどうとでもなる布陣だが、彼が動けばそれはそのまま隙となる。アーチャーさんはいまの場所から動けば逆にこちらを視認できなくなってしまうだろう。
だから私たちは、ランサーがルビーさんやセイバーさんや、アーチャーさんの動きを見て
「んじゃまあ、そろそろ行くぜ」
とそう宣言したときに、彼はセイバーさんとルビーさんの盾を超え、アーチャーさんの矢を受けながら遠坂先輩を狙う気だと判断した。
アーチャーさんが本来の戦い方を行い、ランサーにも勝機が見える。本気のアーチャーさんに借りを返したいと考えるランサーにとっては十分なのだろう、と考えた。
それは油断だ。なるほど、そのような構図なら三対一。バーサーカーですら逃げ帰った構図である。私たちに負けはないだろう。
私たちは考えるべきだった。
ランサーは言った。
“アーチャーの野郎に借りを返させてもらおう”
と。
セイバーさんもルビーさんも兄さんも衛宮先輩も私も、遠坂先輩でさえ、ランサーがアーチャーさんのマスターである遠坂先輩を狙っているのだと考えた。
ランサーの言った強敵とはセイバーさんとルビーさんのこと。でなければ、あの数キロと距離を置く弓兵とどうたたかうというのか?
まさに見せていたではないか、弓兵とは矢を射てこその弓兵だ。
ランサーではどの道闘いようがないのだから。
私たちは気づくべきだった。
ランサーが槍を構える。
セイバーさんが一歩目を踏み込もうと体をかがめ、
ルビーさんが宝石を片手に掲げ、
それをランサーが嘲笑う。
「じゃあ――――」
「なっ!?」
全員の驚愕。
ランサーはその言葉とともに“上空に跳びあがる”。
その距離は少なく見ても三十メートル。空に舞い上がったまま彼は槍を構えて獣の笑みを浮かばせた。
「――――行くぜ、弓兵!」
つまり、彼にはマスターを狙って勝利を得るなどといった考えは微塵もない。
彼は騎士ではなく戦士であって、聖杯のためではなく、戦いのためのサーヴァント。
勝利ではなく戦いの士たる誇りこそを重んじる。
彼は遥か彼方の弓兵に向かって槍を構える。
それは、考えてしかるべきことだった。
弓兵は以前槍の使い手と戦っているということを。あのランサーがあの途中できりあがった試合でよしとするはずがないことを。
あの槍兵がアーチャーに借りを返すといった以上、それはそのままの意味に他ならない。
かの槍の戦士の誇りを軽んじてはいけなかった。
ああ、そうだ。私は空を翔るランサーの構えを見て思い出す。
古い伝承。英雄憚。アイルランドのおとぎ話。
一人の戦士の物語。
なぜその考えにいたらなかったのか。
セイバーさんから彼の真名は聞いていたというに。
あまりに浅慮。
聖杯戦争における名の重要性を軽く見てはいけなかった。
その槍の担い手はアイルランドの光の皇子。それを思いつかぬほうがありえない。
セイバーさんを傷つけたその槍を。
それを知っていながらなぜ気づけなかったのか。
古事に曰く、
クー・フーリンの槍は、投げれば必ず敵を貫くと――――
「―――――――刺し穿つ(ゲイ)」
それは死を約束する投槍である。
「死翔の槍(ボルク)――――!」
◆◆◆
Interlude アーチャー
矢をしまう。ランサーが凛を狙わないとわかった以上、ここで矢を構えているヒマはない。
あちらにはセイバーとルビーがいるのだ。少々のことでは負けはない。
槍兵が空中で槍を構える。それは宝具。マナを震わせるその力。
パスからは凛から悲鳴に、銃弾のごとく念話が届いてくる。
それに返す言葉は一つだけ。
“アーチャー、聞こえてるのっ!?”
何も心配することはない。
“ああ、聞こえているよ。ランサーは戦士だ。君を狙うというのは杞憂だったな”
パスから罵詈雑言が流れこむ。
なんとも人使いの荒いマスターだ。
“なに言ってんのっ! ランサーの狙いは――――”
ああそんなことは解っている。
だから私はここに立つ。
因果を逆転する槍から逃げることは不可能だ。あれの回避は技術でなく世界に働きかける運が必要だし、そんなものは汚れた弓兵の領分ではない。
だから受ける。
必ず当たる槍ならば、当たってなお耐えればよいだけのこと。
安心したまえ、凛。
以前の言葉をここに示そう。
“――――この身は遠坂凛のサーヴァント”
“えっ? アーチャー!?”
つまりそれは、
“それが最強でないはずがない”
魔力回路をフルオープン。
内に登録されるもっとも強い守りを選び出す。
木で、銅で、水で、石で、火で、風で、鉄で、銀で、金で、紅玉で、黄玉で、神鉄で。
剣を封じる守護の鞘に、槍を止める妖精布。斧を折る泉の盾に、刃物を鈍らせる沼の衣。
同槍による撃墜は私の領分を越え、この槍を受けきれる守護を導き出す。
受け止めれば槍に宿る必中の概念は無効化する。
だから、私はこちらに迫る魔槍に向かい手を掲げ、
「――――――――熾天覆う(ロー)」
真正面からその槍と相対する。
「七つの円環(アイアス)――――!」
Interlude out アーチャー
◆◆◆
緊張が解け、ぺたりと地べたにへたり込む。
ランサーはただアーチャーさんを睨みつけ、その怒りを渦巻いている。
セイバーさんもルビーさんも黙ってランサーを見ている。無防備に佇む彼に対し攻めの気配を見出せない。
ありえない。
サーヴァントは言うに及ばず、遠坂先輩も私も兄さんも衛宮先輩もその矢が放たれた瞬間に理解した。ランサーの槍は人知の及ぶものではない。あれは放たれればそれで相手の死が決まる魔槍なのだと解っていた。
セイバーさんを刺したという因果逆転の呪いどころではない。
必中の呪いではなく必殺の呪い。死の呪い。
空翔る槍が相手を死を運ぶ“死翔”の呪い。
イリヤスフィールを狙って放てば、バーサーカーですら止めることはできないだろう。あれは世界の法則を味方につけた因果の槍。
だがそれを、アーチャーのサーヴァントは受け止めた。
その手に掲げた宝具により防いで見せた。
「――――アーチャー」
一番驚愕しているのは遠坂先輩か。それとも一番驚愕していないのが遠坂先輩だったのか。
遠坂先輩はただボウとアーチャーさんを眺めている。
そして、驚愕の有無は知らずとも、最も憤りをあらわにしている人物は明白だった。
「防いだ――――だと?」
目に雷光を宿らせてランサーが言う。
彼からすれば許されざるもの。許容せざるものだろう。
弓兵を名乗るサーヴァントが、短剣を持って槍の騎士と打ち合って、矢を持ってバーサーカーを打ち倒し、いまここで、絶対の宝具を防ぐ盾を見せた。
セイバーさんですら驚愕の面持ちを隠せない。
いや騎士であるセイバーさんだからこそ、これが戦いの常軌を逸していると認めていた。
これほどの技を見せたアーチャーさんに、心のそこから驚いているのが見て取れた。
「リン……といったか。アーチャーのマスターよ」
「――――お嬢ちゃんとは呼ばないのね。ランサーのサーヴァント」
「ああ、尊敬に値する奴らの名は覚えとく主義でな。……中々の魔術師、そこそこのサーヴァントどころではない、まさか弓兵に我が槍を止められるとは思わなかった」
「ええ、私も驚いたわ」
「くっ、よく言う」
この状況でなお笑える槍兵に驚く。
「で、どうするのランサー?」
遠坂先輩が問いかける。
その言葉とともにセイバーさんとルビーさんが放心から解けたように武器を構えなおす。
それを見てランサーがニヤリと笑う。
「ふむ、アーチャーを逃すのは許容しがたいが、さすがに三人は荷が重い。引かせてもらうさ」
「逃がすとでも思っているのですか、ランサー?」
「そういうことね。せっかく出てきたんだからもうちょっと遊んで言ったら?」
セイバーさんとルビーさんが答える。ルビーさんとしてはここ数日を費やしてもマスターと共々発見できなかったランサーを逃がしたくはないのだろう。
だがランサーはその言葉を一蹴する。
「悪いが、素人を三人も抱えてるお前ら相手なら十分逃げられるさ。どの道ルビー。マスターから貴様は殺すなといわれていてな」
「……私?」
「ああ。――――ふん、わかったよ。マスターがうるさいんでな、そろそろ退散させてもらおう。まったく、せめて奴に一言言いたかったがしょうがないか」
ここで戦うのも得策ではないだろう、とランサーはそういって踵を返す。
「まてっ!」
「駄目よ、セイバー」
「止まりなさい」
セイバーさんが追おうとするが、私たちから離れすぎるわけにも行かない。遠坂先輩とルビーさんに制止される。
「ルビー、リン! なぜ止めるのです」
「ランサーのほうが正しいわ。キャスターは確実に見てるでしょうし、イリヤだって使い魔くらいは飛ばしているはずよ。私たちから離れるのは……というより人間ごときにぶん投げられてるようなセイバーちゃんは一人歩きするべきじゃないでしょうね」
すでに緊張を解いたのか、ルビーさんがおちゃらけて言った。
「なっ、ルビー。バーサーカーから逃げ回っていたあなたが私を侮辱すると――――」
「あれは戦略的撤退よ。逃げたけど負けてないもん。あんたはキャスターたちに負けてたみたいだけどねー、セイバー」
「――――っ!?」
「……久々だけど、傍から見ててもムカつくわねえ。こいつ」
ギャーギャーと言い争っているセイバーさんとルビーさんをみて遠坂先輩が言った。
今日はこれで一段落ついたのだろうか。
一時間もたっていないはずなのに、体を覆う疲れは今すぐこの場に倒れてでも休めと訴えている。
セイバーさんやルビーさんの負傷も深刻だろう。
戦い戦い戦い。
まったく休む暇がない。
だが、今日一日でリタイアしたサーヴァントはゼロ。
今回は進みが遅いのか。やられたサーヴァントが一人もいない。
聖杯戦争に消耗戦はない。すべからく決着はつくはずなのに、アーチャーさんがアサシンを倒していないというのなら、まだ七騎すべてがそろっているということになる。
今日はサーヴァントの顔だけはすべてが割れた。
すべてのサーヴァントを確認した今、遠坂先輩やセイバーさんは戦うことを主張するはずだ。いや、今までだってしていたのだ。ただ情報を集めるという方針に乗っていただけ。
倒せば聖杯とやらはどのように現れるのかすら解らない状態で、ここまで真剣に動かなくてはいけないことが可笑しくてならない。
そして、何より可笑しいのが、それを衛宮先輩と一緒に行っているということだ。
最初、衛宮先輩は日常の象徴で、間桐桜の憧れだった。
それが恋に代わり、魔術師としての自分を見てその恋をあきらめていたのがついこの間。
聖杯戦争が始まってからあらゆるものが狂っていく。参加しないはずだった私は衛宮先輩と一緒に戦って。しかも私の役目は魔術師なのだ。
先輩が戦う。私が戦う。ルビーさんが戦う。セイバーさんが戦う。
先輩が命じる。私が命じる。ルビーさんが争う。セイバーさんが殺す。
ああまったく――――
――――――そもそも、私の望みはなんだったのか。
思考にノイズ。
支離滅裂になっていた思考を整理し、私は軽く頭を振った。
「兄さん」
皮肉気にセイバーさんとルビーさんの言い合いを眺めている兄さんに声をかける。
「んっ? なんだよ、桜」
「明日はどうなるのでしょう?」
「はっ?」
訝しげな顔をする兄さん。遠坂先輩や衛宮先輩たちが私を見る。
「なんでもありません。ただ、疑問に思っただけですから……ああ、アーチャーさんがいらっしゃいましたね」
屋根を足掛けにアーチャーさんが遠坂先輩のそばに着地する。
「アーチャー。戻ったの」
「ああ、先ほどの一撃で腕をやられたのでね。矢が射られんのなら合流するべきだと判断したのだが……ランサーは撤退したようだな」
そういってずたずたに裂けた腕を掲げてみせる。
それを見て遠坂先輩は心配よりも心労が強く現れた声を出す。
「で、あの盾は?」
「なに、私の武装の一つだ」
「…………記憶は?」
「残念ながら」
アーチャーさんは肩をすくめる。
遠坂先輩が凄まじく美しい笑みを浮かべたので、私は一歩後ずさった。
ちなみに衛宮先輩は三歩で、兄さんは電柱の影まで後退した。
遠坂先輩がそのままアーチャーさんに歩み寄るが、その間にルビーさんが割り込む。
「アーチャー。記憶も持たずにあれを放ったってこと?」
「――――ああ。私は使えん武具も多いが数だけはあってね」
皮肉気な笑みを浮かべてアーチャーさんが語る。
「でも、バーサーカーにも通用してたじゃんか。宝具じゃないのにあの威力で、あの数だ。なにもんだよ、ホント」
「ええ、信じられませんがアーチャーは複数の宝具、いや武具を操るのですね。バーサーカーの天敵といえるでしょう」
同盟は良策でした、とセイバーさんが続けた。
「いや、それは違う」
だがセイバーさんの言葉にアーチャーさん自身が異を唱えた。
「バーサーカーとまともに打ち合えば私が負ける可能性のほうが高い。これはルビーも言っていたことだがな。私では突破し続けるだけの力が続かんのだろう。イリヤスフィール自身も気づいておらんようだが、バーサーカーの本当の力はスピードと力、戦闘能力であって復活の宝具ではない。もしやつが単体で動いていればまともにぶつかっての勝ちはない。今回は私が遠距離から狙い打てる場が用意されたことが大きいのだ」
「セイバーだって十分いい線いってたし、お前は実際に殺してたじゃんか」
兄さんが言った。
「やつは常にイリヤスフィールを枷としなくてはならない。イリヤスフィールが狂化を施さないなどという下らん真似をせず、自身が城の中にでも隠れていれば、やつはランサーよりも早く動き、セイバーよりも強く戦い、キャスターよりも大きく神秘に介入することができるはずだ。それに此度の戦いでイリヤスフィールは最後にマスターとしての心を宿していた。同じ轍は踏むまいよ。仮にもアインツベルンのマスターだ」
「じゃあどうするって言うんだよ。力押しも、お前のバカみたいにたくさんある剣でもだめって、なにか必殺技でもあるのかよ」
兄さんの言葉になぜかセイバーさんが鋭い目を向けた。
兄さんが後ずさる。アーチャーさんはそれ見て少しだけ息を吐いて、言葉を続けた。
「……やつは不死ではない。死後の蘇生が約束されている存在だ。不死者はその不死の概念を突破する矢で殺せるが、死してなお甦るものは力では突破できん。倒すには武具ではなく、その法則に介入する祭具としての能力が必要となる。やつの場合は限定された蘇生だが、やはり力押しのみで突破するのは難しいだろう」
「だが、先ほどの弓を見る限り、貴方の武具にはそのようなものもあるのだろう?」
「私は使っているだけだよ、セイバー。ランサーが私の矢を止めたように……その剣の担い手としての君、君に使われるべきその剣、そのようなものにはとても及ばん。担い手として武器と一体化するには私は節操がなすぎるからな。そしてバーサーカー自身と打ち合うには自分自身が絶対の武具を持つ必要があるだろう。――――そうだな、バーサーカーは死に対して耐性を持つ。だからやつの天敵とは、相手の死や敗北ではなく“担い手の勝利を約束する概念”を有する一撃を叩き込める英雄ということだろう。それならば通常の攻撃と異なりバーサーカーではなくゴッドハンドそのものに対しての効果があるやも……いや、戯言だったかな」
なぜかアーチャーさんは目を細めて、微笑を浮かべながらそう言った。目はセイバーさんの不可視の剣に向けられている。
それにセイバーさんが黙ると、何とはなしに全員の口が閉じた。
「だが、勝てんというわけでもない。私の技でもセイバーの剣でもルビーの魔術でも、使い方しだいではバーサーカーを滅ぼせる。それが戦いというものだ」
その言葉に、黙って聞いていた遠坂先輩がパン、パンと手をたたく。
「まっ、当然よね。戦う前から負ける気でいちゃ話にならない。続きは帰ってからよ。まずはいったん戻りましょ」
その言葉に全員が頷いた。
◆◆◆
Interlude イリヤスフィール
バーサーカーにおぶられながら、私は遠く西に位置するアインベルンの森へ向かっていた。
「アーチャーか。……バーサーカー、次はあんな無様、絶対に許さないわよ」
バーサーカーは黙ってその言葉を聴いている。
バーサーカーは強いのに。あんな簡単に負けるなんて許さない。
敵が百の宝具を持てば、百度打ち破ればそれでいい。
それができずに、何が試練を越えしヘラクレスの称号か。
あきらめるなんて許さない。負けるなんて許されない。
アーチャー、トオサカリンのサーヴァント。貴方に会えたことは幸運だ。
いいだろう。これよりイリヤスフィールはマスターとして戦おう。
バーサーカーの戦いのつがいとして戦場を走りぬけ、戦士の伴侶としてこの戦いを勝ち抜こう。
ああ、ごめんなさい。バーサーカー。
あなたは強いということを誰よりも知っているのは私だったのに、それを発揮できないことに気づかなかった。
もう私は貴方の枷にはならないから。貴方を助ける剣となり、貴方を守る盾となる。貴方が私の剣となり、貴方が私の盾となるように。
遊びは終わりだ、慢心はこれまでだ。
バーサーカーは強いのだ。
キャスターもアサシンもランサーもセイバーもアーチャーも、ついでに、アイツンベルンの失態に依存して存在するあの*******にも容赦はしない。
ああ、アーチャーにトオサカリン。それを次の戦いで示してやろう。
この身は最強。もう誰にも負けはしない。
聖杯のためではなく、
アインツベルンの名のためでもなく、
ただイリヤスフィールとバーサーカーの名に懸けて、この戦いを勝ち抜こう。
速さに比べ揺れがほとんどないバーサーカーの背中。
決意を固めながら、私はセラに言葉を送る。
“セラ”
“はい、お嬢さま”
“ちょっとばかりやられたわ。リンの、トオサカのサーヴァントよ。帰ったら宝物庫をひっくり返すことになるからその準備を――――”
“…………了解いたしました。リーゼリットをお付けいたしましょうか?”
“ええ、――――――――――――――――――――――――――――――――えっ?”
“どうなさいました?”
“――――――――――――――――バーサーカー?”
“お嬢さま?”
“死ん、……じゃった”
“――!? お嬢さまっ、そちらでなにが!”
“――――どうして。私、”
“お返事をっ! ――――っ。リズっ、来なさいっ! 今すぐ――――”
「王たる我が出向く光栄をかみ締めて――――」
“――――負けない……て、決……のに……”
「――――――――その身を奉げるがよい。“聖杯を宿す”人形よ」
“お嬢さまっ!”
“――――――――――――――――――八人目の、”
プツン。
Interlude out イリヤスフィール
―――――――――――――――――――――
あとがき。
本編とテンションが違うので、時間を置いてから見てください。
と、引きが引きだったので、注意を入れてみました。
あープロット段階から書きたかったシーンがかけて満足です。アーチャー大活躍っ、というお話。
……とスルーしたいんですが、やっぱり一応触れとくとバーサーカーの退場はプロット段階からの予定通りです。
最初のリタイアがバーサーカーでした。イリヤにバーサーカーのファンにはほんとにごめんなさい。全キャラが一応の見せ場を持ってもらうようにしているつもりなんですが、やっぱり割を食うキャラはいるもので……
逆にアーチャーが非常に活躍してますが、これはステイナイトのUBWルートで凛が結界を張ったときに外から見られたらアウトだけど・・・という文は絶対伏線だと思っていた私が、この話で絶対書こうとしていた部分でした。見せ場をいくらでも作れる技術があるのに、アーチャーってあんまり活躍している場面が思い浮かばないんですよね。フィーーーーシュ!!! なんていってる場合じゃないですよホント
プロットを厳密に作ってないせいか、一話の長さがそろってませんが、おおむね予定通り。だんだんと終わりに近づいてきました。それではまた、次のお話で。
(5月1日 二話に分けて投稿しなおしました)