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No.1002の一覧
[0] 召喚 カレイドルビー[SK](2006/04/01 22:20)
[1] 第一話 「召喚 カレイドルビー」[SK](2006/04/01 22:26)
[2] 第二話 「傍若無人、蟲殺し」[SK](2006/04/03 23:24)
[3] 第三話 「ルビーとアーチャー」[SK](2006/04/10 22:21)
[4] 第四話 「一般生徒 衛宮士郎」[SK](2006/04/10 22:20)
[5] 第五話 「VSバーサーカー」[SK](2006/04/22 23:20)
[6] 第六話 「マスター殺し」[SK](2006/04/22 23:06)
[7] 第七話 「戦うマスター」[SK](2006/04/27 00:05)
[8] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 前半[SK](2006/05/01 00:40)
[9] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 後半[SK](2006/05/14 00:26)
[10] カレイドルビー 第九話 「柳洞寺攻略戦」[SK](2006/05/14 00:02)
[11] カレイドルビー 第十話 「イレギュラー」[SK](2006/11/05 00:10)
[12] カレイドルビー 第十一話 「柳洞寺最終戦 ルビーの章」[SK](2006/11/05 00:19)
[13] カレイドルビー 第十二話 「柳洞寺最終戦 サクラの章」[SK](2006/11/05 00:28)
[14] カレイドルビー 第十三話 「柳洞寺最終戦 最終章」[SK](2006/11/05 00:36)
[15] カレイドルビー エピローグ 「魔術師 間桐桜」[SK](2006/11/05 00:45)
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[1002] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 前半
Name: SK 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/05/01 00:40
“介入せよ”
 とアイツがいって、
「――――まったく、やってられないぜ」
 オレは遣り切れなさに頭を振った。


   カレイドルビー 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」

 キャスターが去ったあと、寒々しい路肩の塀に寄りかかる。
 疲れた。魔術を使うことに慣れていない私は、すでに魔力が空になっている。
 その点、すでに貯蓄してある宝石を利用する遠坂先輩の動きにはいささかの乱れもない。

「二人とも大丈夫?」
 私に声をかけ、へたり込んで息を吐く衛宮先輩に手を貸す。
「セイバーは大丈夫よね?」
「ええ。行動に支障はない」
 セイバーさんも傷を魔力で覆い、戦う前となんら変わらぬ格好をして佇んでいる。

「しっかし、慎二。あんた予想以上に使えないわね。人質にとられてたら見捨ててるところよ」
「お、おい。遠坂」
 遠坂先輩が皮肉気に言う。衛宮先輩がそのとげを隠さない口調をあわてて制止した。

「ちっ……」
 だが兄さんは文句を言わなかった。それを見て遠坂先輩も拍子抜けしたように息を吐く。
「なによ慎二、随分と殊勝じゃない」
「うるさいな。別にいいだろ」
 すげない返事。兄さんはそういい捨てて私のほうへ目を向けた。
「大丈夫かよ桜」
「えっ? ……あ、はい。大丈夫です」
「ふん。まあ別にいいけどね」
 驚いて返事が遅れた。それにさらに気を悪くしたのか兄さんがそっぽを向く。

 遠坂先輩が呆れたようにそのやり取りを見ているのがわかった。そして次に私に、そして最後に衛宮先輩の腕に目をやる。

「で、衛宮くん。さっきの何?」
 不機嫌の極みといった声色で遠坂先輩が言う。
「えっ? なにってなんだよ遠坂」
 衛宮先輩が不思議そうに答える。

 だが、いまのは遠坂先輩が正しいことを私も兄さんも知っている。
 葛木先生との戦闘の最中。
 彼はその手に何を持っていたのだったか。

「アーチャーさんの剣を借りていたんですか?」
 ありえないと思いながらも問いかける。
 それに衛宮先輩が不思議そうな顔をして、
「いや、あれは俺が投影したんだ。昔から投影と強化しか鍛錬してなかったけど、さっきのは――――」

「――――えいっ」

 最後まで言い終わらせずに、遠坂先輩が衛宮先輩を蹴っ飛ばした。
「なっ、リン!?」
 セイバーさんがあわてて遠坂先輩を制止しようとするが、その眼光によって動きを止める。
 それほど強くもなく倒れこむだけだったが、アスファルトの冷たさと硬さに衛宮先輩が顔をしかめる。

「…………いきなり何するんだよ。遠坂」
 衛宮先輩が地面に転がりながら文句を言う
「なにか言ったかしら?」
 それを遠坂先輩のこれ以上ない笑顔が迎えた。
 手には魔力、顔には笑み。
 衛宮先輩が地面に倒れながら後ろ向きに這いずった。
「……と、遠坂さん? 目が怖いなあ……なんてことを思ったり……」

「ええ、ごめんなさい衛宮くん。ちょっと感情が抑えられそうになくて――――で? 強化しか使えないって断言して私と同盟を組んでいる貴方から、今の台詞をもう一度聞きたいのだけど、よろしいかしら」


   ◆◆◆


 Interlude ルビー

 私はマスターの一人に追われていた。

「しつっこいわねえっ!」
 風を操り空を駆けながら、誰とはなしに叫ぶ。
 ただの愚痴というやつである。

 桜たちから離れたあと、私の目的をかなえるために情報収集としてあちこちを回っていたが、意外なことにサーヴァントとの遭遇は少なかった。
 キャスターは柳洞寺。これは桜たちからの情報のみ。
 アサシンは実際に遭遇した。忍び込もうとして殺されかけた。宝具もたいした必殺技も使わずに牽制の一撃で首を落とされかけ、その後遠距離から数度ちょっかいをかけた後、それに意味がないことがわかってしまった。
 さらにアサシンの奥にいるであろうマスターのキャスターなどとはまともにやりあったら歯が立つまい。こちらも桜からの情報だが、サーヴァントでありながらアサシンを呼び出したということはキャスターの腕は私とは比較にならない。油断でもしてくれれば勝機もあるが、この身はあいにくサーヴァント。そんな期待はするだけ無駄だ。

 と、背後から牽制の一撃。
「うるっさい!」
 その一撃を、宝石をひとつ消費してガード。
 余波でさらに数十メートル吹き飛ぶが、気流を操りそのまま逃げを打つ。

 アーチャーとセイバーは考えるまでもない。衛宮士郎は巡回、同盟を組んだ以上アーチャーたちもある程度はそれに付き合うだろう。
 そして残りは私にランサーにバーサーカー。
 桜が私を呼び出す前に出会ったという金色の人間というのも少し気になったが、あいにくと遭遇することはなかった。
 バーサーカーに関しては言うまでもない。アインツベルンの秘蔵っ子がマスターだ。森にでも出向けば会えるだろうが、あいにくそれは自殺と同義。
 そしてランサー。以前あったときからも思っていたが、彼のマスターは隠れている。ランサーは本当に単独で行動しているようだ。
 同盟を組んで柳洞寺に閉じこもってでもいるのであろうアサシンのマスターであるキャスターと、さらにそのマスターはまだしも、工房などの自分の陣地もないのにサーヴァントだけを動かすとは恐れ入る。
 だが、それが意外と厄介だった。
 魔術師が隠遁するというのは中々に難しい。人がいるところはすべて、ホテルや家屋などを総ざらいしてみたが、ランサーのマスターはいなかった。

 後ろから嘲笑が響く。
 敵のサーヴァントとそのマスターが追ってくる。マスターのほうが私の逃げ腰を笑っている。
 それに怒鳴り返して、逃げ続ける。
 だがいつか追いつかれる。逃げられているのはやつらの加減とこちらの秘蔵している宝石の力だ。
 舌打ちをして、さらに屋根を蹴った。
 ふざけんな、と叫びたい。
 この身が生前と変わらぬ強度しかもっていないことはあのマスターこそが知っているはずなのに。
 なんて性悪。

 ああ、そうだ。ランサーのマスターを空き家から探してみるかと思考を続ける。だが、それで見つかるとも思えない。
 人の気配があるところはすべて洗ったはずなのだが、監視者などの小物はいても、マスターほどのものは一人もいない。
 どういうことか。前提が狂っている。
 ランサーのマスターは?
 キャスターの可能性や、重複召喚までを疑って、それでもまだ答えは出ない。

 アサシンを突破できず、キャスターには到達できず、セイバーとアーチャーは論外。
 ランサーとは遭遇せず、バーサーカーには歯が立たない。
 最もランサーに勝てるかといえば、それもまた難しく、マスターを狙おうにも発見できない。

「いやはや意外に弱いのよね、私って」
 そういって苦笑して、私は現実を直視してみることにした。

 後ろを向けば、そこには私を追うマスターとサーヴァント。

「ルビー。そろそろ観念したら?」
「冗談。サーヴァントに頼って粋がってる小娘ごときに負ける気ないわよ」

 その名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。バーサーカーのマスターである。

 Interlude out ルビー


   ◆◆◆


「なるほどね。随分とまあぶち抜けた魔術特性だこと……」
 遠坂先輩が呟いた。
 場所は路地裏。
 キャスターたちが去ってからまだ二分とたっていない。
 遠坂先輩は衛宮先輩から概要だけ聞いた後、その話を打ち切った。
 衛宮先輩の見知らぬ魔術。それが遠坂凛を謀るためのものでないことがわかったのだろう。
 これまでの会合に虚偽がなければそれでいい、と遠坂先輩は息をはく。

「ではリン。そろそろもどりましょう」
 私たちと同様に衛宮先輩の投影魔術についてを真剣な顔をして聞いていたセイバーさんが提案する。
 それに遠坂先輩は頷いた。
「そうね。こっちもダメージ受けてるし、さっさと帰りましょうか。柳洞寺の攻略は……まあ“どうにかなるでしょう”」
 衛宮先輩への尋問は帰ってからだと遠坂先輩は呟いて、それを聞いた先輩が顔を引きつらせる。
 遠坂先輩が空を見上げる。そのまま視線はは遠く離れた柳洞寺へ。
 ぶつぶつと呟くように。おそらく念話、相手はアーチャーさんだろうか。


 ――――――そして、同時。私のパスから声が響いた。


「おい、遠坂。さっさと来いよ。ほら、さっさと立てよ衛宮。まったく……」
「ああ、助かる」
 兄さんが衛宮先輩に肩を貸す。
「シロウ、どうしたのですか。怪我でも?」
「いや、ちょっと……たいしたことないよ」
「おいっ、遠坂っ!」
 再度兄さんの叫び。
「…………ええ、お願い。“終わらせてかまわない”――――うるさいわね、聞こえてるわよ」
 虚空を睨んでいた遠坂先輩が怒鳴るように返事をして、衛宮先輩たちのほうへ歩きだそうと足を向ける。
 そして、

「桜?」

 立ち止まっていた私に声をかけた。
 私はおそらく真っ青になった顔を遠坂先輩たちに向ける。
 衛宮先輩の心配するような声。
 遠坂先輩とセイバーさんが、何があったのかと私に聞いて、
「あ、あの」
 遠くから喧騒が近寄ってくるのを聞きながら。
 私は先輩たちの心配する声をさえぎって、

「ルビーさんが、こちらに向かってるそうです。――――その、……バーサーカーに追われながら」

 自分でも引きつりながらそれを告げた。


   ◆


「はーいっ、おまたー!」
 お気楽な声を上げてルビーさんが遠坂先輩の結界内に飛び込んでくる。
 だがその姿はボロボロだった。左腕が千切れかけ、裂傷と出血により黒いドレスはテラテラとおかしな光沢を持ち、私の傍らに転がるように着地する。

「ルビーさんっ」
「おい、遠坂っ!」
 私と兄さんの叫びにルビーさんは息を切らしながら顔を上げる。
「はあい、慎二。あんたも出てきてたのね。まったくマスコットキャラがいないからほんの少しだけ苦戦しちゃったわよ……」
「なっ、何バカなこと言ってるんですか。傷を――――」
「大丈夫よ、桜。それより遠坂凛と衛宮士郎。悪いけどもう一回利用させてもらうわ。桜を巻き込むのは不本意の三乗だけど、アーチャーとセイバーなら……ってアーチャーは? もう動いてるの?」
「――――いえ、アーチャーさんはいないんです」

 目を丸くしているルビーさんに事情を説明すると、ルビーさんは顔を引きつらせた。
「うーん……それは、なんとまあ。聞かなかった私が悪いといえば悪いけど……こりゃちょっとやばいねえ」
「あったり前でしょ。自分がやったこと忘れたの? 随分と勝手なこといってくれるじゃないの。……セイバー?」
「バーサーカーですか。かまいません。前回の屈辱を晴らすとしましょう、リンはアーチャーを」
「ええ、呼んでる。でもすでに殺りあってるみたいで……最悪のタイミングかも……キャスターが戻ったせいで、出るのには“もう一度”アサシンを突破しなくちゃいけないし…………倒しているヒマはない。呼び戻すにしてもこっちまでは五分はかかる」
 苦々しく遠坂先輩がセイバーさんに答える。その内容にピクリとセイバーさんが反応した。
「なるほど。そういうことでしたか」
「ええ。――――まあいいわ。どっち道逃げられないしね」
 その声に悔恨はあっても萎縮はない。
 遠坂先輩は戦う気だった。

「おい遠坂。戦う気かよ?」
「どっちにいってんのよ慎二。まあそうりゃそうでしょ。逃げられるわけないわ」
 ルビーさんが答える。
「どの道逃げる気などありません」
 セイバーさんが剣を構える。
 その視線の先には先ほどから佇む狂戦士の名を冠するサーヴァント。
 そしてその横に立つ銀の少女。

「あらセイバーじゃない。やっと二人ね。まったくあなたたちは自殺願望でもあるのかしら」

 踊るようにそういって、

「でも、今日は見逃してなんてあげないわ。――――それじゃ、行きなさい。バーサーカー」

 その言葉にバーサーカーが地を駆ける。
 今日二度目の戦闘が始まった。


   ◆


 大気が唸るようなセイバーさんの一撃をバーサーカーが石で出来た無骨な剣で受け止める。

「はああぁあぁぁっ――――!」
「■■■■■■■■――――!」

 可聴を超えるバーサーカーの咆哮。前回と条件が似通っている。
 肉弾戦で争う限りセイバーさんはバーサーカーに競り負けるだろう。前回ランサーからの傷が残っていたとき同様に、今回も葛木宗一郎から受けた傷が残っている。
 セイバーさんが銀光を一秒に三度振るい、バーサーカーはそれを一撃でキャンセルする。

 一閃、二閃、五閃、十閃。

 彼女の一撃は振るわれるごとに速さを増し、
 それを受ける狂戦士の動きもそれを超えて力を増す。
 神秘を積み重ねているはずのセイバーの剣を、ただの石くれで迎撃する。
 それは暴力の象徴。魂の軽視。意思と魂に積み重ねられし業を、狂った暴力が撃破する悪夢。

「なんだよ、あれ」
 兄さんの狼狽。
 彼女が破られればこちらが死ぬ。
 なるほど。強いことはわかっていたが、実際に見ればこれはあまりに規格外だ。
 死を恐れぬ。痛みを恐れぬ。そういったことは副次的。
 狂戦士たる恐ろしさは理性のなさではない。

 狂戦士、その最たる恐怖はバーサーカーの特性として知られる狂化ではない。
 狂人の恐怖とは“狂信”を置いてほかにない。
 マスターを守ること。マスターに仕えること。狂戦士を従えることこそが最初にして最後の門。
 だがその門をくぐったマスターとサーヴァントこそが、聖杯戦争における最も理想の組み合わせだ。
 ただ理性が狂うだけの英雄の魂を、主のために使わせる。イリヤスフィールはその法を知っていた。
 セイバーさんが距離をとる。
 それをバーサーカーが追いすがる。
 イリヤスフィールによる完全なる統率がなせる技。

 だが、それはルビーさんの予定通りであった。

 彼女はセイバーにバーサーカーと戦うように言いながら、それを足止めとして考えていた。
 前回の戦闘でルビーさんが断言した。
 彼女は言った。
 バーサーカーが無敵というのは間違いだと。
 少しばかり命を賭ければ、それだけで十分だ、と。
 そう、彼女はあの時言っていた、

“もし私が戦うなら――――”

「はあっ!」
 そうと知らぬセイバーさんの一撃と。

「――Drei(三番)――――」
 ルビーさんの一撃が交差する。

 それはマスターを狙うという聖杯戦争における第二の手段。通常サーヴァントに守られるはずのマスターをあらゆる手を使って破壊する。
 魔術師(マスター)殺し。それはある魔術師が得意とし、衛宮先輩が最も嫌悪するであろうやり方だ。
 バーサーカーを打ち据えようとしたセイバーがルビーさんの行動に気づく。
 ルビーさんに迷いはない。
 アーチャーさんがいないとわかった時点で、彼女は戦い方を決めていた。

 セイバーがバーサーカーの足止めを。
 そして、ルビーがマスターの強襲を。

 バーサーカーとそのマスターがこちらの思惑に気づく。
 一拍で編まれる宝石魔術。
 ルビーさんの一撃は、イリヤスフィールの張り巡らされる防壁を一撃のもと消し去った。

「なっ!? ――ルビー!」

 セイバーさんがその行為に驚愕する。
 ルビーさんの前にはバーサーカーのマスターが佇んで、その体をさらしている。
 彼女の高潔な魂では耐えられまい。
 それは想像の埒外だったのか、彼女は愕然とした声を出す。

 だが意外にも、セイバーさんはルビーさんの行動に目を見開いただけだった。
 自らの一撃を弾き、マスターの元へ奔るバーサーカーを追おうともせずに、ルビーさんの行動に立ち尽くす。
 彼女の口から人の名前が洩れた気がした。

 バーサーカーはそんなことにはかまわない。セイバーさんが動かなくなったのなら、それはただ好都合なだけだ。
 セイバーさんの一撃を受け流し、すぐに疾走する。それは人には捉えられない速度だけれど、すでにイリヤスフィールの元に走りこんでいたルビーさんの一撃にはわずかに遅い。

「ちっ!」
「ルビーっ!」
 遠坂先輩の舌打ちと衛宮先輩の制止。
 だがそれは彼女の足を止めるいささかの障害にもなりはしない。それは令呪を持つ私が行わなければならないことだ。
 だが私は止めない。遠坂先輩が気に食わないと判断しながらも、ルビーさんの行動に正しさを見つけてしまったように、私はマスター殺しを許容する。
 戦争とは人が死ぬ。
 そんなことを許容できなければ死者の列に自分が並ぶだけではないか。
 どの道、ここで止めればルビーさんが死ぬだけだ。
 そしてルビーさんの手が外れれば、その次に私たちの屍がさらされる。
 衛宮先輩が怒鳴る制止の声を聞きながら、私はそんなことを考える。

 ルビーさんが二撃目を構え、イリヤスフィールが呪を紡ぐ。
 だが、無駄だ。最速と最強を兼ね備えた宝石魔術から通常の魔術で生還するすべはない。
 マキリの始祖、マキリ臓硯すらもルビーさんの魔術からは逃れらなかったというのに、彼女に避けられるわけがない。
 ルビーさんの持つトパーズの宝石から魔力があふれ――――

 その寸前に、イリヤスフィールの口が開く。

 絶対の自信を持って、イリヤスフィールが魔術を紡ぐ。
 違和感。
 セイバーさんに足を止められていたバーサーカーは間に合うまい。
 名高き英雄ヘラクレス。
 その彼は確かに速いが、ルビーさんのほうが明らかに二拍は速い。
 そして聖杯戦争における一瞬は、生死を分かつ覆ることのない断崖の溝である。

 イリヤスフィールの眼前にはルビーさんの宝石が、
 これでどう逃げるのか。
 これをどう受けるのか。
 シングルカウントで打ち出される魔術に対するにはそれと同速の技が必要だ。
 そして、イリヤスフィールは最強のマスターであるが、別段戦闘に特化した魔術師というわけではない。
 彼女の魔術では一拍の時間も稼げない。

 間に合うはずがない。
 イリヤスフィールに止められるはずがない。
 それなのに、イリヤスフィールの顔に影はなく。

 ――――その答えは、彼女の口から流れる呪によって示される。

 聞いた瞬間私たちはイリヤスフィールの思惑に気づき、認識した瞬間すでに手遅れであることを気づかされる“その言葉”。

 彼女は唱えた。
 そう、ただ一言。
 シングルカウントの言霊を。
 ルビーさんのほうが早いけど、
 ルビーさんは速いけど、
 それはやっぱり一瞬で、
 バーサーカー相手にはギリギリで、

 イリヤスフィールはほんの一瞬“ルビーさんを先んずれれば”それでよいということで、


「――――“狂いなさい”バーサーカー」


 それはバーサーカーがいままでその特性を封印していたという証。
 その一言で、あらゆる不可能を可能にする概念を背負った英雄が具現する。

 統率された狂戦士。悪夢の象徴。
 聖杯戦争におけるバーサーカー。狂人、狂戦士、狂化の特性。それは“あらゆる力が一ランク増す呪い”
 咆哮とともに在りし狂戦士たる称号が、あらゆる状況を一変させる。

   ◆

 ルビーさんから宝石が放たれるまでの刹那の間隙。
 その刹那の間で、速度を上げたバーサーカーはルビーさんの宝石を消し飛ばした。
 狂化を施され、理性がないはずのサーヴァントはまずマスターのために行動した。
 速い遅いなどという次元ではない。値としてA+。
 それはただその力のみで世界に匹敵できる称号である。

 ルビーさんから放たれた風がイリヤスフィールをかばったバーサーカーの体に触れた瞬間に消し飛んで、
「なっ!? ――――冗談っ!」
 絶対の一撃だったからこそ、その体は無防備だった。

 必然、ルビーさんはそのままバーサーカーにつかまった。

「ルビーさんっ!」
 私は思わず叫び声を上げた。
 にやりとイリヤスフィールが笑う。当然だ。彼女からしてみれば能力値的にはバーサーカーの筋力は比べるのもバカらしいほどに飛びぬけている。
 ヘラクレス。
 ただ力のみを持って世界の法則を捻じ曲げる、神を打ち据える力の持ち主。

「ぎっ、はぁっ……」
 ギリギリ、とバーサーカーの腕に力がこもる。胴体をつかまれたルビーさんは脱出するすべがない。どのような技法をもってしても、どのような犠牲を払ってもヘラクレスの腕からは逃れられない。

 待て、と衛宮先輩が叫ぶ声が聞こえた。
 待ちなさい、と遠坂先輩が叫ぶ声が聞こえた。
 それはイリヤスフィールに対していったのか。バーサーカーに対していったのか。それとも、いつの間にルビーさんへと駆け出そうとしていた私に対して言ったのか。

「ルビーさんっ!」

 私は叫びながら足を踏み出す。魔力を装填。アクセスをスタート。通用するはずのない魔術を編んで、冷徹であるべき思考を真っ赤に染めて走り出そうと踏み出して、

「待て」

 いつの間にか横にいた兄さんに腕をつかまれた。
 何をするのか。
 サーヴァントだとか、聖杯だとかは関係ない。私はルビーさんには恩がある。
 それも絶対に一生かかっても返せないような恩だ。
 だから私は何があろうとルビーさんにだけは借りを返さなくてはいけないのに。

「はなしてっ!」
 兄さんの手を振りほどこうと、魔術回路をオン。
 瞬きよりも早く稼動した魔術が兄さんの腕を軽く焼いた。
 だが兄さんは放そうとしなかった。
 そして、焦りを顔にしている遠坂先輩たちや、嘲りを顔に出しているイリヤスフィールたちにも聞こえるように宣言した。

「バカか、お前は? さっきなにを見てたんだ。遠坂がそんなバカなわけないだろうが」
 そういって、ルビーさんを指し示す。

「はっ、わかってるじゃないの、慎二」
 兄さんの声にあまりに平然とした声が返ってくる。それは私のサーヴァントの声だった。
「なっ!?」
 初めて聞くイリヤスフィールの狼狽した声。
 そして、その視線の先には主を傷つけようとしたものを握りつぶそうとするバーサーカー。
 だが、苦しそうな顔をしながらも、ルビーさんは笑って見せた。

 どのような方法を使ったのか、それはいつ用意されたのか。
 おそらく宝石。彼女の魔術の源の宝石群。それを防壁として使用した。
 それが意味することは明白である。
 魔力を貯めた宝石は一度使えば栓が開く。防壁に使うなら直前に壁として、圧迫耐える膜として使用するなら短期間だけと区切りを打って。

 先ほどの遠坂先輩と同じ行為。つまりそれは。

「予想していた?」
「当たり前だろ。あいつは英雄になった遠坂なんだ。そいつがマスターを狙ってそのまま殺されるような間抜けなわけがない」
 兄さんが断言する。彼だけがルビーさんが捕まっても狼狽しなかったのはただ信じていたからか。

 マスターである私よりも、ルビーさんの前身体である遠坂先輩よりも、ただルビーさんと交流があっただけのはずの兄さんが、ルビーさんを微塵も疑っていなかった。

「よく言ったわ慎二。認識しなさいイリヤスフィール、この身が遠坂凛であることを」
 ルビーさんが宝石を持った右手を掲げる。
「そして――――」


 死になさい、バーサーカー。


 と彼女は言った。

   ◆

 ルビーさんからまばゆい光が放たれる。
 百の光を混ぜ合わせたような虹色が、ただひとつの絶対の光を形作る。
 Aランクの重ねがけ。五つの宝石を重ねて、乗倍させる宝石魔術の禁呪法。それはこれ以上ない威力を見せた。
 故意なのか、最後にマスターを守ろうとしたのかバーサーカーはルビーさんを握ったまま向きを変え、イリヤスフィールは傷つかなかった。

 イリヤスフィールだけは傷つかなかった。

「…………」
 ルビーさんの一撃のあと、バーサーカーと呼ばれたサーヴァントは、上半身を根こそぎ消し飛ばされて死んでいた。
 もともとに傷に加え、重ねがけの代償であるのか魔力の逆流により、ボロボロになったルビーさんは、手首から先だけになった拘束具から抜け出すと、それでも優雅に着地してみせた。

 ルビーさんはイリヤスフィールに向かい合った。
 自分の策がなったことににやりと笑い、鼻を高くしている。

「私の勝ちね? まっ、安心しなさい、イリヤスフィール。桜があいつらと同盟組んでるからね。バーサーカーを殺せた以上、あんたは殺さないわ」
「…………」
「? イリヤスフィール。聞いてるの?」
 だが彼女は返事をしない。
 銀の少女は口に笑みを浮かべながら、死んだ自分のサーヴァントを眺めている。
「ふーん、やるわねルビー。キャスター並じゃない。――――重圧・灼熱・神秘の浸食・絆殺し・構成の破壊。五つの宝石、宝石の万華鏡。カレイドルビーか、バーサーカーを殺せたのも頷けるわ」
 聖杯戦争における半身の死体の前で、イリヤスフィールには欠片の悲壮感も見当たらなかった。

 平然としたイリヤスフィールの言葉にルビーさんが首をかしげる。
 イリヤスフィールは欠片のおびえも敗北感もなく佇んでいた。

「おい。なにやってるんだよ」
「いや……なんでも」
 兄さんの声に返事をしながら、ルビーさんが後ろを振り返る。
 そこには巨人の死体があるだけだ。

「…………すごいな。めちゃめちゃ強いじゃないかルビーは」
「……はい、さすがリンの英霊体といったところでしょうか」
「そうね。私じゃ三つが限度かな、一応私ってとこね」
 遠坂先輩たちが呟く。遠坂先輩は先ほどのルビーさんの絶技を素直に驚嘆していた。ついさっき戦ったキャスターでさえ、あそこまでの一撃をシングルカウントでは放てまい。
 戦いの気配が弛緩する。

「じゃあイリヤ。もう……」
 衛宮先輩がイリヤスフィールに声をかける。
 それは降伏の呼びかけ。
 勝者が敗者にかける慈悲の声。
 だが、それを

「いいえ、お兄ちゃん。まだ終わってなんていないわよ?」

 彼女はあまりに当然のように拒絶した。
 その言葉にセイバーさんが真っ先に反応する。

「――ルビー!」
「!?」
 叫びを受けて、ルビーさんがイリヤスフィールから距離をとる。
 その一瞬後。

 ルビーさんいた空間をバーサーカーの斧剣がなぎ払われた。

「――――な、に?」

 遠坂先輩たちの驚愕の声。
 ありえない、と呟いた。
 確実に死んだはずだったのに。
 命が消えたことなんて、確かめるまでもないように、
 上半身が、体が丸ごと無くなっていたというのに。


 私たちの視線の先、そこに死んだはずのバーサーカーが立っていた。


   ◆


「バカねえ。バーサーカーの真名くらい最初のときに教えてあげたでしょう? それを聞いて何にも考えなかったのかしら」
 イリヤスフィールの嘲笑が響く。
 こちらの全員が、傷を残しながらも完全に蘇っているバーサーカーを見た。

「蘇生魔術。……そうか、ヘラクレス。……試練の英雄。試練を与えられる英雄。――――“試練を超える英雄”」
「遠坂先輩?」
「つまり、あいつの宝具は蘇生魔術の重ねがけ。不可能だったはず試練を乗り越えたバーサーカーの、概念の宝具。宝具がそのままあいつの特性となる」

 不死の呪い。神の試練による死の禁令。
 試練を超えたという概念が、試練を超えさせる呪いに昇華する。

 かの巨人は神話より“死ぬことを許されない”

「じゃあ、死んでないんじゃなくて、」
「……バーサーカーは“生き返った”」
 それは魔法に匹敵する神の奇蹟。

「ええ、そうよ。教えてあげるわお兄ちゃん。バーサーカーの宝具は十二の試練(ゴッドハンド)。強制的に十一度繰り返される“試練からの帰還”と“試練に値しない攻撃のリセット”。そして――――」

 ふわりとイリヤスフィールが踊ってみせる。
 それを合図にバーサーカーが突進した。傷がまだ完全に癒えておらず、血を噴出しながら、マスターの命に従い、ルビーさんに向かって突進する。

「――――Sieben!」(七番)

 ルビーさんはそのまま突進するバーサーカーに宝石を打ち込む。それは先ほどよりランクを落としながらも、いままではバーサーカーに傷を与えていた一撃だった。
 蘇生したといっても今のバーサーカーは傷を負っている。その状態で防げるわけがない。
 だが、それが

「――――やっぱりね」

 バーサーカーに着弾した瞬間に消滅した。
 ルビーさんはそれが効かないことを予想していた。斧剣をかわし後ろに跳躍する。
 バーサーカーとの間にセイバーさんが飛び込む。

 セイバーさんはそのまま鍔迫り合いを経て、再度距離をとった。
 顔を青ざめた遠坂先輩とルビーさんに、苦々しい顔をしたセイバーさん。
 事態をおぼろげに把握する私たち。

「効かなくなってる」
 彼らの考えをまとめるように兄さんの声が聞こえる。
 そうしてやっと、イリヤスフィールは極上の手品の種を明かすかのように言った。


「――――その“試練たる殺害方法の克服”よ」


   ◆


 なんて反則。
 最強のサーヴァント。
 イリヤスフィールの言葉が理解できる。
 それはもっとも強いということでなく、戦いに勝つということで、

 ただ戦いに負けないということだ。

 自らのサーヴァントの死を平然と受け止めて、相手をよくやったと賞賛するその思考。
 それは彼女が自らのサーヴァントを信頼している証であり、自らのサーヴァントの力ではなく、その能力こそを信頼しているという刻印だったのか。

「……Bランク以下の攻撃のキャンセルに、死の原因への耐性」
 バーサーカーには最高純度の攻撃しか通用せず、たとえそのような一撃でも、一度食らえばバーサーカーはその試練を乗り越える。
 ゆえに最強。ゆえに無敵。

「聖杯戦争への参加は全七騎。たとえマスターが力を持っていたとしてもバーサーカーを殺すのは難しい。ただでさえ、通常の宝具では通用しないのに、最高ランクの宝具ですら“一度でも殺してしまえば”それで終わり」
 終わった後はただ嬲り殺されるだけだ。
「ええそうよ。セイバー。あなたの剣がどんな聖剣、魔剣、神剣だろうとバーサーカーに通じるのは一度まで。こいつは殺されることに対しての絶対の耐性を持っている」
「超えた試練は、死ななくなるのではなく“効かなくなる”」
「そうよルビー。当然でしょう? キャスターだってこいつがヘラクレスだと知った時点で気づいていたわ。一度突破したって意味はない。私たちを倒したかったら十一度の、十一種の試練を与え、十二度目の試練をもって殺さなくてはいけないのよ」

 それは絶望の鐘の音。
 敵が六騎で命が十二。なるほど、ただでさえ最強のサーヴァントが、ほか全員を敵に回して余りある。
 セイバーさんが剣をわずかに下げる。倒すことは出来るだろうが、それでは駄目だと知れたいま、ここでセイバーさんの剣にまで耐性をもたれては攻め手がない。

「じゃあセイバー。もう戦えるのはあなただけね。嬲り殺されるのでも、一度だけ反抗してみるのでもご自由に」
 性悪め。イリヤスフィールが笑っている。
 セイバーさんが剣を構える。
 そして、終わったはずのバーサーカーとの戦闘が続行される。


   ◆◆◆


 Interlude アーチャー

 それはあまりに遠距離だが、
 私の鷹の目から逃れるには近すぎる。
 思い返せば、確かに私のマスターは言っていた。

“ええ、防音の結界よ。外から見られたらアウトだけど――――”

 そのようなことをいっていた。


 視線のはるか先。
 私は鷹の目で“彼女たちを”確認する。

 それはサーヴァントの足でも数分かかるほどの遠距離で、
 わが弓を用いれば数秒とかからない、戦いの間合いである。

 セイバーとバーサーカーが剣を交え始める。
 凛の言葉は先ほどから途絶えていたが、上半身が消し飛んだバーサーカーの蘇生と、その真名から宝具は十分に推測できた。

 数日前の焼き直し。
 手にはあの時とは異なる剣を生み出している。
 なるほど、最高純度しか受け付けない神の鎧か。
 おそらくカラドボルクでは貫けない。
 だが、それならば別の剣を撃てばいい。

 だからこそのアーチャー、だからこその錬鉄の英雄だ。
 弓をひく。魔力の装填が始まり、凛から流れ込む魔力を私の剣製の材料とする。

 そして――――

「卑怯などとは言ってくれるなよ、バーサーカー。これが私の“本来の戦い方”でね」

 ――――私はただ剣を射る。

 Interlude out アーチャー


   ◆◆◆


 その一撃はバーサーカーの腹部を消し飛ばした。

「――――な、に……?」

 その攻撃にあらゆるものが驚愕した。
 セイバーを避けるように猟犬のごとくバーサーカーを襲い、弓より放たれてなお、矢を避けようとするバーサーカーに追いすがる。

 さらに、その一撃に吹き飛んだバーサーカーを追って、新しい矢が放たれる。
 それはバーサーカーの体を砕き、続く三本目の槍の矢が動きを止められたバーサーカーの額を射抜く。
 結果その間は数十秒にして、矢の数は都合三本。
 それで十分。
 たったそれだけで、バーサーカーは二度目の死を与えられた。

 それに対し、まだ優雅に笑って見せたイリヤスフィールの顔が一分と間をおかず放たれ続ける矢によって固まって、十を数える矢と三度目の死を迎えるに当たってその声は怒りと畏怖に強張った。

「複数の宝具っ!? いったい何本……くっ、バーサーカーっ、受けちゃダメ! 避けなさいっ」

 だが、その言葉に意味はない。
 十一本目の矢。バーサーカーの剣をかいくぐり、魂の衣を汚染する呪いの槍が突き刺さる。
 刀の鏃、剣の鏃、槍の鏃。剣の矢であり矢の剣を射るその異常。

 イリヤスフィールが令呪を全身に浮かびあげ、バーサーカーに力を与えるが、どの道バーサーカーには選択肢などない。
 彼は避けない。
 そのまま攻撃を撃墜しようと剣を振るい、十二本目の矢が腕を肩から吹き飛ばす。
 バーサーカーが最強ならばマスターを狙えばよい。そのようなことをバーサーカーの特性に気づき、考えないものがいるだろうか。

 それでもイリヤスフィールが無敵なのは狂戦士を自らに完全に従えているからだ。
 バーサーカーが令呪ではなく、その誇りを持ってマスターを守るからだ。
 ゆえに、バーサーカーはどのような攻撃もイリヤスフィールを狙った時点で受けなければならない。それは最強たる狂戦士のただ一つの枷である。

 そしてアーチャー、遠距離戦を得手とする弓の英霊。バーサーカーがその元を断とうにも、相手ははるか彼方に位置している。
 令呪のサポートでとぼうと、同時に一撃を放たれればマスターが死ぬ。いやそもそも、この場にはセイバーさんとルビーさんががいまだ健在なのだ。マスターをおいてアーチャーを討ちにいけるわけがない。

 さらなる銀光。十三本目の死の象徴。それは紅き衣をまとい白の槍。
 それが腕を失っていたバーサーカーの頭蓋を吹き飛ばす。

「な、なによ。これ……遠坂凛っ! アーチャーの真名が戻ったの!?」
「わかんないのよっ! アーチャーは“これは宝具じゃない”って言ってるけど」
 ルビーさんの叫びに遠坂先輩が答える。

 信じられるわけがない。

「リン。それではこれは」
「宝具じゃなくて、アーチャーの技だって言うのか!?」

 理解できるわけがない。

 遥か先に視線を移せば、そこには僅かな家々の隙間から見えるひときわ大きなお屋敷の上。一人の弓兵が弓をこちらに向けて構えている。
 なんというイレギュラー。これほど聖杯戦争に適したサーヴァントがいるだろうか。
 あそこまで離れた距離からこれほどの一撃。さらに敵を追う剣から、蘇生を禁ずる槍といった攻撃手段。

「……これが、アーチャー」

 刀剣を放つ弓の騎士。

 イリヤスフィールはこのままではジリ貧だろう。
 彼女たちにはすべがない。攻め手に転じようともこちらにはセイバーさんとルビーさんがおり、アーチャーさん自体はさらにその後方だ。

「くっ、バーサーカーっ!」
 だから彼女たちには守りしかない。アーチャーさんの矢が尽きるのを待つか、こちら側に隙が出来るのを待つか。どちらにしろ絶望の待ちの攻め。
 ルビーさんも遠坂先輩も衛宮先輩もセイバーさんもこの戦いに介入できない。
 黒い刀身を持つ剣がバーサーカーの足を砕き、続く十字槍が胸を貫く。そして爆発。内部からバーサーカーの体が四散する。

 イリヤスフィールの目は烈火のごとく燃え盛り、アーチャーさんを凝視する。
 十七本目に十八本目。
 二本の剣が同時に放たれ、バーサーカーの体を左右から溶解した。
 十九本目の長い銀剣が、動きを止められたバーサーカーを刺し殺す。

 ルビーさんによる一度目から数え五度目の死でバーサーカーとそのマスターはアーチャーの矢が尽きないことを理解した。あれはそのような考えで挑めば敗北する。

「バーサーカー!」
 蘇生したバーサーカーを呼び寄せ、そのまま背中に飛び乗る。
 ボウッ、とイリヤスフィールの体に文様が浮かび上がった。
 それは偽りでありながら真なる令呪。
 アインツベルンの名を持つ少女の全身に浮かぶ令呪が、バーサーカーを補強し始める。

 ピクリと反応してセイバーさんも同様に戦気を上げる。
 がイリヤスフィールの考えは一つだけだ。彼女は誇り高きバーサーカーのマスターである。彼女の目にはアーチャーしか映っていない。
 勝利ではなくバーサーカーと自分自身の名誉のため、イリヤスフィールが撃破のための攻めに出ようとしていた。

 恐ろしいほどの静寂。すべての人間が次の一手を予想する。
 それは飛翔か、跳躍か。
 それを見てアーチャーさんも矢を止める。いや止めたわけではない。“次矢を終わりにするために”その魔力を高めていく。

 対してイリヤスフィールの顔色はよくない。相手は魔力殺しに不死殺し、追尾に因果改竄から概念の矢までを放つ英雄だ。バーサーカーだけならまだしもマスターを乗せては八分で負ける。
 このような博打を張らなければいけないということにイリヤスフィールが憤る。

「行くわよ。バーサーカー」

 だが手はほかにないと、イリヤスフィールが決心する。
 全身を覆う令呪がさらに強い光を放つ。
 アーチャーの矢に合わせ、後の先を取るための魔力を貯めていく。
 ルビーさんも遠坂先輩も手を出さない。巻き添えどころか邪魔になるだけだ。

 バーサーカーは隙だらけだが、その飛翔を“こちらに”向けられることを考えてセイバーさんとルビーさんは二人がかりで防御に入る。
 だがそんなことがありえないのは、誰だってわかっている。

 それはあまりに整ったシチュエーション。
 セイバーさんとルビーさんを観客に、遠坂先輩と衛宮先輩、そして私と兄さんを審判に、バーサーカーとアーチャーが向かいあう。
 遠く離れたアーチャーには遠坂先輩経由でイリヤスフィールの思惑は伝わっているはずだ。
 赤い弓兵もその一手が終わりとなることを知っている。
 きりきりと引き絞られた緊張感。

 だが、それを


「――――へえ、とんでもねえ闘志だな。正直意外だぜバーサーカーのマスターよ」


 弓の騎士から矢が放たれようとしたそのときに、この場を除き見ていたらしい槍の騎士に遮られた。
   ◆


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