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No.1002の一覧
[0] 召喚 カレイドルビー[SK](2006/04/01 22:20)
[1] 第一話 「召喚 カレイドルビー」[SK](2006/04/01 22:26)
[2] 第二話 「傍若無人、蟲殺し」[SK](2006/04/03 23:24)
[3] 第三話 「ルビーとアーチャー」[SK](2006/04/10 22:21)
[4] 第四話 「一般生徒 衛宮士郎」[SK](2006/04/10 22:20)
[5] 第五話 「VSバーサーカー」[SK](2006/04/22 23:20)
[6] 第六話 「マスター殺し」[SK](2006/04/22 23:06)
[7] 第七話 「戦うマスター」[SK](2006/04/27 00:05)
[8] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 前半[SK](2006/05/01 00:40)
[9] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 後半[SK](2006/05/14 00:26)
[10] カレイドルビー 第九話 「柳洞寺攻略戦」[SK](2006/05/14 00:02)
[11] カレイドルビー 第十話 「イレギュラー」[SK](2006/11/05 00:10)
[12] カレイドルビー 第十一話 「柳洞寺最終戦 ルビーの章」[SK](2006/11/05 00:19)
[13] カレイドルビー 第十二話 「柳洞寺最終戦 サクラの章」[SK](2006/11/05 00:28)
[14] カレイドルビー 第十三話 「柳洞寺最終戦 最終章」[SK](2006/11/05 00:36)
[15] カレイドルビー エピローグ 「魔術師 間桐桜」[SK](2006/11/05 00:45)
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[1002] 第六話 「マスター殺し」
Name: SK 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/04/22 23:06
「ごめんね桜」
 と彼女はいって、
「――――――――――――――」
 私は胸を貫かれて血を吐いた。


   カレイドルビー 第六話 「マスター殺し」

「――――と、言うわけなんです」

 私は衛宮先輩の家で、魔術師である間桐桜について説明した。
 話せないことも多かったけど、私はそれを告げられたことに心の支えが取れたような気がした。
 私の話が終わると、静かに話を聞いていた先輩が口を開いた。
「……じゃあ、俺のことも」
「はい、知っていました。先輩が魔術師だってこと」
「……そう、か」
 先輩が手で顔を覆いながら息を吐く。

「ふん、当たり前だろ。魔術師だってばれるほうが間抜けなんだよ」
「に、兄さんっ」
 兄さんに詰め寄る。
「いや、桜。慎二の言うとおりだ。ごめんな、変な心配かけちまったみたいで」
 先輩が頭を下げた。
「いっ、いえ。そんなことはありません」
 あわてて否定する。

 実際にそんなことは微塵もない。
 そもそも私が衛宮先輩の家に通えるのは衛宮先輩が魔術師だったからだ。
 そんなことに先輩が責任を感じる必要はない。
「んっ? そういやイリヤがいってたけど、間桐家は魔術師の家系で、桜が当主なんだよな」
「えっ? は、はい。そうですけど……」
 まずい、と思う。
 質問が予想できた。
「なんで慎二が当主じゃないんだ? 魔術師ってのは長子存続が基本なんじゃないのか」
 あまりに遠慮のない質問に血の気が引いた。

 予想通りの質問に恐る恐る兄さんの顔を見る
 だが、そこには。
「べつにいいだろ。蒼崎じゃあ、妹のほうが魔法使いになってるし、フィンランドのほうじゃ双子が二人で当主になってるところもあるらしいしね。例外なんてどこにでもある」
 だが、そこには私の予想と反し、あまりに平然と対応する兄さんの姿が見えた。
「に、兄さん……?」
 思わず声が漏れる。
「なんだよ桜。だからってお前が優秀なんて話じゃないぞ。こんなサーヴァント呼び出しやがっ――――ガフッ」
「おいっ、慎二!?」
「懲りないわねえ、あんた」

  ◆

「同盟を組むって言うのか?」
 遠坂先輩の話を聞いた後、兄さんがまとめるようにそう言った。
「ええ、バーサーカーのことを差し引いても、それほど悪くない提案でしょ?」

 衛宮先輩が頷いた。
「……俺は賛成だ。遠坂と桜に慎二なら信じられる。もともと俺はやる気になってるマスターを止めるために参加するって決めたんだし……セイバーもそれでいいか?」
「――――ええ。シロウがそういうのなら」
「で。――どう、桜?」
「私は……」
 それは魅力的な提案だ。今でさえ衛宮先輩に魔術師だということを“知ってもらって”いる上に、今までのような関係が続けられている。
 その上で、遠坂先輩と、衛宮先輩の両名と戦わなくていいというのなら、聖杯戦争に参加している身の上で、これはどれほどの幸運だろう。

「――――」
 だが、返事をする前に、私の肩にルビーさんの手が置かれた。
 その重みに、私は遠坂先輩への返答を一旦止める。
「遠坂凛に、衛宮士郎」
 その重み。それは彼女がやはり遠坂凛とは別人なのだということを意識させる。

 眼光は燃えるような赤色である。外面では遠坂先輩と彼女の違いはその瞳の色しかないが、その違いは決定的に二人の遠坂凛を区別する。
「“私は”貴方たちとは組めないわ」
 ルビーさんは断言した。
「なっ、なんでだよ!」
 予想通り衛宮先輩が声を上げ、
「…………」
 予想に反して、遠坂先輩は何もいわなかった。

「理由はなんでしょうか?」
 セイバーさんがいった。その口調は意外に冷静だった。
「理由は二つで、一つは私の、もう一つはあなたたちの。――――まず一つ、私の理由」
 ピンッ、と指を立てる。かすかな仕草に遠坂先輩らしさがうかがえるのがおかしかった。
「衛宮士郎と遠坂凛と組めば、桜はもう戦えなくなるから」
「どういうことです?」
 セイバーさんが問う。

 その言葉にルビーさんは静かに微笑んだ。
「衛宮士郎」
「えっ……な、なんだ?」
「あなたは桜と戦えるかしら。――なるほど、マスターは殺さないでも何とかなるかもしれない。でもサーヴァントはそうは行かないわ。あなたは戦いを挑まれて、遠坂凛と同じ顔をした私と、そこのセイバーを殺し合わせる判断が下せる?」
「そ、そんなことできるわけないだろっ」
 あせったように先輩が答える。
「そうね。きっと桜もそうなるでしょう」

「……なるほどね」
 その答えを聞いて遠坂先輩がため息をはいた。ルビーさんが何をいいたいのかがわかったのだろう。
「そういうことよ。いまこの瞬間ですらそんな甘いことをいうあなたと組めば、間桐桜は間違いなく感化される。魔術師ではなくなるでしょう。だってその考えこそが人間だものね。だけどそれは“私が聖杯戦争に勝利できない”ということだから、許容できない」
「つまり――――」
「ええ、私は聖杯がほしい。なにがあっても」
 ルビーさんは断言した。

 だがそれは当然だ。サーヴァントは聖杯の可能性を引き換えに召喚される。
 ルビーさんの言葉は自明のはずだった。
「…………俺は聖杯なんか必要ない。――――それでも駄目なのか? 俺は桜たちとは戦いたくない」
 だから敵対しない、と衛宮先輩が呟いた。
「本気かよ衛宮。なんでも願いがかなうんだぜ、それじゃあお前は願いがないってことになっちまう」
 それじゃあ死人だ、と兄さんが衛宮先輩の言葉に反応する。

 兄さんの言葉のあと、皆がなんとなく黙った。
 ルビーさんがゆっくりと微笑み、沈黙を破る。
「そうね。でも衛宮くん。聖杯戦争中に貴方の近しい人が傷ついたら? 聖杯には世界中の人間を幸福にするという願いがかなえられるとしたら? それでもあなたは心変わりをしないのかしら?」
 それは槍のように衛宮先輩を貫く言葉。

 もし藤村先生や……いやたとえ見知らぬ人間だったとしても、衛宮先輩の前で誰かが傷つき、その癒やしを聖杯が約束すれば、先輩は聖杯を願うだろう。だってその行動には矛盾がない。人間につきまとう相容れない行動原理に影響せず、ただ“救いのみを与えることができる”という誘惑に衛宮先輩は逆らえないだろう。
 だってそれはまるで正義の味方だ。
 衛宮先輩は他人の作る誘惑には逆らえても、自分を形作る信念は裏切れない。

 ぐっ、と先輩が言葉に詰まる。
「……じゃあ、ルビーの願いってのは何なんだ? 世界の幸せとか、そういうことをねがっているっていうのか?」
「それはいえないわ。ただ私の願いは私のための願いよ。誰にもあげないし、誰にも譲らない。その代わり人に否定されても文句を言わない、そういう願い」
 ルビーさんが断言する。
「衛宮君をいじめるのはやめなさい。そもそも衛宮君が聖杯を重要視してないのに対して、あんたが文句言ってどうするのよ。敵が減ったとでも喜んでればいいでしょうが」
 遠坂先輩が口を挟む。

「ふーん、まああなたたちがそういうならいいけどね? じゃあセイバーはどうなのかしら?」
 遠坂先輩の言葉を受けて、ルビーさんが微笑む。
 全員の目がセイバーさんに向けられる。そこには苦渋の表情のサーヴァントがいた。
 それを見てルビーさんは笑う。
「セイバーはマスターと意見を違えているようよ」
「セイバー……」
「申し訳ありませんシロウ。私がサーヴァントして使役されているのは聖杯のためです。私もルビー同様あきらめることは出来ません」
「……セイバー」
 セイバーさんは申し訳なさそうにうつむくだけだ。

 ルビーさんは次に遠坂先輩に目を向けた。
「まっ、当然よね。どうせあんたもでしょ遠坂凛」
「? 貴方私なのにわからないの? 私は聖杯なんていらないわ。アーチャーは知らないけど。――――ただ、この戦争に勝つことだけは欲しているから、負けるつもりもないけどね」
 遠坂先輩が答える。

 ルビーさんが意外そうな顔を見せたが、なぜか納得したように一度頷くと、
「ふーん、アーチャーは?」
「…………私も聖杯をそこまで欲してはいないな。望みはあるが、聖杯に頼る必要もない」
「そう。貴方もさすがね、アーチャー。貴方とは敵になりたくはなかったけど、遠坂凛は衛宮士郎と組むみたいだし……」
「……ではルビー。君はこれより敵になると?」
「そうね……できれば停戦という形が望ましいのだけど」
「凛の意見しだいだな」
 アーチャーさんが遠坂先輩に目を向ける。
「……まあでもルビーの言いたいことがわからないでもないけどね。でもそれは桜に私たちと戦わせるということよ? 桜……貴女は了解してるの?」
 遠坂先輩が私に向かっていう。

 私は言葉に詰まってしまった。
「……」
 喉がひりつく。これは審判だ。遠坂先輩につい数時間前見せた人の顔はない。いまは純然たる魔術師として間桐の魔術師に問いかけていた。
 ルビーさんの言葉を受ければ、ここでの答えは決まっている。
 それは、遠坂先輩と衛宮先輩を敵に回さなくてはいけないということだ。
 一瞬葛藤があったが、私は顔を上げて遠坂先輩と瞳をあわせる。
 私はルビーさんに誓ったのだ。私は彼女を裏切らない。

 私は誘惑を振り切って答えを返す。
「……私と兄さんはルビーさんを信じると決めています」
「ああ、まあそういうことだ。むかつくやつだけどな」
 兄さんの軽口にルビーさんは笑った。
「で、衛宮士郎にセイバー。貴方たちは?」

 先輩が苦渋の顔で私たちを見る。先輩にはきっと理解できないからだろう。
「なんでそうなるんだ? バーサーカーには勝てないんだろう? 後のこと考えたって意味ないじゃないか。それになんでそんな簡単に戦うとか殺しあうとかいうんだ」

 それは戦争だからだ。
 聖杯戦争のことを聞かされて育った私たちや聖杯にひかれてやってくるサーヴァントと、衛宮先輩の間には隔絶した溝がある。

 それを感じ取ったのか遠坂先輩は、
「じゃあどうする? 私と貴方で組んでもいいけど。私はバーサーカーを倒したら、遠慮なく貴方たちともやらせてもらうわよ?」
 と衛宮先輩に問いかけた。
「……ああ、それでもいい」
 衛宮先輩はつぶやいた。
 文句はないのかセイバーさんも黙って聞いている。

 遠坂先輩はそれを聞くと軽くうなずき、私たちのほうへ目を向けた。
「じゃあ、桜に慎二。遠坂凛に二言はないわ。明日からあなたは“私たちの”敵になる」
 そう断言する。
 明日から。
 それを聞き、私とルビーさんは視線を交わし、その甘さに微笑んだ。
 衛宮先輩を欲する私ではなく、遠坂先輩が衛宮先輩と手をつなぎ、この場でその二人に敵だと通告されても私は思ったよりも衝撃を受けなかった。
 それはこの遠坂先輩の甘さからか。
 それとも私の横にルビーさんがいるからか。

「でも遠坂……」
「わかってるわよ。桜を殺しはしないわ」
「……」
「衛宮くん。気持ちはわかるけど何もかも救うなんて理想はきっと失敗するわよ」
 言外にルビーさんを害することをためらう衛宮先輩に遠坂先輩が畳み掛ける。

 その言葉に、衛宮先輩は反論しない。先輩はそれを知っていてなおその理想を貫いているのだ。
 いまさらこの程度の言葉で信念を破壊されることはない。
 そうして、衛宮先輩は苦々しい顔をしながらも頷いた。

   ◆

「で、結局理由の二つ目ってのはなんなのよ?」
 遠坂先輩は衛宮先輩の答えを聞くと私たちにそういった。
 ルビーさんはそれを聞くと、
「……そうね。衛宮士郎とあんたが組むんならここで言っておきましょうか」
 と呟いて、その真紅の瞳を遠坂先輩に向けた。

「遠坂凛。理由の二つ目はね“きっと貴方たちが私を信用できない”というからよ」

 意味がわからない。と先輩の顔が語っている。
 しかし、ルビーさんはその言葉に首をかしげる先輩たちを待たずに行動を開始する。
「――――えっ?」
 思わず声が漏れる。
 それは魔力の装填だった。
 ルビーさんの腕を一瞬で魔力が覆う。
 人の体くらいなら軽々と貫くだろう赤い魔の力。
 彼女はそのまま遠坂先輩たちに向かい合った。

 だがその程度の動きに反応できないサーヴァントはいない。むしろこのような機会のために彼らはいるのだ。
 ルビーさんが魔力をまとった一瞬後。
 瞬きするほどの時間で、遠坂先輩の前に赤い英霊が、衛宮先輩の前に蒼い英霊が立ちふさがる。
 二人のサーヴァントの眼光は鋭さを増し、矢で射抜かれるような圧迫を持ってルビーさんを見据えている。

「明日といわず、すでにこの場で反目すると?」
 先の遠坂先輩の言に、私たちと同様に嘆息していたアーチャーのサーヴァントが言った。すでに遠坂先輩の前に立ち、あと半歩ルビーさんが踏み込めば、その手に二刀の短剣を構えるだろう。

「……」
 対して蒼き剣の英霊は無言だった。だが態度は弓の英霊を凌駕してさらに剣呑。手には不可視の加護を与えられた剣を構えている。その目は百万言を費やすよりもわかりやすい。
 マスターに危害を加えるのならば、その身を滅ぼす、と告げている。

 ルビーさんは飄々とした態度を崩さない。
「私もあんたらを敵に回したくはないけどね」
「ルビーさん……」
 思わずルビーさんの真意を確かめるように声が出た。
 ルビーさんの前に立ちふさがる。

 己のサーヴァントに向かい合い、位置的には先輩の、いや敵のサーヴァントに後ろを向けている。聖杯戦争においてこれほどおろかな立ち位置もないだろう。
 後ろからは重圧を感じるほどの視線。

「待て、セイバー」
「アーチャー」

 後ろで、先輩たちの声が聞こえる。やっとルビーさんの行動を理解したのか、己がサーヴァントを制するように声を上げる。
 だが、それは私も同じだ。ルビーさんが何を思ってこのような行動をしているのか。
 後ろでセイバーとアーチャーがマスターたちと論争している声が聞こえる。
 それを夏場の虫歌のように聞き流し、ルビーさんは私だけを見た。
「でも、“敵に回ってから”では遅いから。ごめんね桜?」
 私にだけ聞こえるようにそう呟いて、


 ルビーさんは私の胸をその腕で貫いた。


「――――えっ?」
 疑問の単音のあと、肺から逆流した血が口から噴出す。
 私の胸を貫くその腕をたどり、ルビーさんの顔を見上げた。
 彼女に表情はなかった。恐ろしいほどの無表情。
 その手は私の心臓をえぐっていた。
 その場にいた全員の驚愕の声が聞こえた気がしたが、私に確かめるすべはない。意識が朦朧と、目が霞む。
 意識が暗転し、たおれる寸前。
 私を貫き、私の胸に刺さった手を動かし、心臓をぐちゃぐちゃと弄くっているルビーさんの背後、この会合中にいやに無言だったその人物。
 苦々しく口元を歪めながらも、驚きのない顔でこちらを見ている兄さんと目が合った。

   ◆

 Interlude ルビー

 逃げる。
 月光を背に屋根を飛び越え、空を駆ける。
 魔力を足に込め、大気を制御。重力によるサポートまでして速度はぎりぎりCといったところか。
 風を切る音が聞こえないのが、おかしな気分。追い風で加速してもいいが、それでは体をコントロールできない可能性がある。私はこれでもか弱いのだ。

 そんなこといえる立場じゃないけどね、と夜の空に独りで笑う。
 笑いながら空を翔る。
 ここまでうまくいくとは思わなかった。うれしくてたまらない。
 腕はまだ生暖かい血にぬれていて、その手にはひとつの肉片が握られている。
 生々しい死の証拠。
 私の手の中ではすべての魔力を遮断されて、一つの生き物がとらわれている。

「感慨深くあんたと語り合ってもいいけどさ。なんかアーチャーが追ってきてるよのねえ……」

 後ろを向けば、私を追いかける弓の騎士。
 いやはや、これも願ったり叶ったりの状況といっていいものなのかしら……
 まあ、アーチャーに追いかけられているこの場で、わざわざ私がこの世で最も嫌悪する人間と話す義理はない。
 まっ、延々嫌味でも言ってからでもよかったけれど、それも私らしくない。
「だからさ」

 消えて。

 ぶちゅりと手のひらに不快感を与える感触。
 私は手を払い、それを捨てる。もちろんただ投げ捨てるなんてことはしない。正義のカレイドルビーはそんなことはしないのだ。
 ボウッ、と炭化しながら落ちていく肉片を見て、私は息をはく。

 一つだけこの身から荷が下りた。
 手にはいまだこびりつく血と体液。
 汚い。
 もちろん桜の血じゃないほうがだ。

 もう一度後ろを見た。すでに風に吹かれて黒っぽい粉が俟っているだけ。
 そして、そのさらに後ろにはアーチャーがいる。じっとこちらを見ながら追ってきている。
 セイバーはいない。きっと屋敷でマスターの守りだろう。

 さらに一度後ろを確認。
 私も遅いがアーチャーも大概だ。まあ弓の騎士だし、しょうがないのかな。
 彼が矢を撃たないことにほんの少しだけうれしくなって、私は笑う。
 そうしながら、私はいったん街の中ほどへ降り立った。
 商店街から少し離れた、その公園へと降り立った。

   ◆

 公園でジャブジャブと手を洗っているとアーチャーが追いついた。私が着いてから、その差は十秒もなかっただろう。
 静かに私の後ろに降り立つと、彼は私が手を洗い終わるのを律儀に待った。

 ジャブジャブジャブジャブ。

 殺気はない。もともと戦う気などない。
 ああ、石鹸がほしいと少し思う。

 ジャブジャブジャブジャブ。

 霊体化すれば話ははやい?
 魔術式に頼れば手間はない?

 ジャブジャブジャブジャブ。

 だけどこれは概念の問題だ。
 だからアーチャーもわざわざこんな非効率的な行為を黙認している。

 ジャブジャブジャブジャブ。

 洗い終わってハンカチで手を拭う。
 なんとなく沈黙が降りて二人が無言でいる中、最初の口を開いたのはアーチャーだった。
「凛の屋敷には、霊体化に作用するトラップがあったな……」
「そうだったっけ? まあ聖杯戦争もあるしね。それくらいはあるでしょ」
 霊体化を強制的に封じるようなものとかだろうか、と首をかしげる。
 それはまったく脈絡のない言葉だったけど、話の切り口を論じてもしょうがない。
「で、それがなんなの? アーチャー」

 アーチャーはため息を押し殺したような声を返した。
「いや、凛は小僧の家を本拠地におくらしい」
 びっくりして、アーチャーを見た。
「マジ?」
「ああ、いま連絡が。ついでに君をひっとらえたら衛宮邸に連れてくるようにとな」
「…………あきれた。あの結界は確かに一流だけど、それは探査だけじゃない。遠坂邸のメリットを捨てるって言うの?」
「なに、それも凛の強さだろう」
 反目するセイバーを遠坂邸に入れたくないと考えているのだろうか? それとも、仲間の信頼を取ったということだろうか。
 なんとなくこの世界の遠坂凛は後者の考えをしているような気がした。
 もう自分には理解できなくなっている考えだった。

「…………それで、アーチャー。私をしょっぴいてくつもり?」
 アーチャーを見据えながらそういうと、彼は堪えきれないとくすくす笑う。
「いいのかね? もっとほかに聞きたいことがあるだろうに」
 狸め、と心の中で毒ずく。

「――――そう、気づいているんだ」
「君を追いながらだがね。凛も衛宮士郎も気づいてはいないようだ。“君がそう仕組んだように”」
「桜が絶対に知られたくないと思っていたことを、私は知っていたから」
「そうか。ならばそれは果たされた。君のマスターは存命だ。凛は家宝だろうがこのようなところで物を惜しむような人間ではない」
 君が知っているようにな。と彼は言う。
「……そう。でもね、一応いっとくと、宝石魔術師ってのは大変なのよ。宝石を集めるのも、それに力を込めるのもね。“あれ”だって使い終わった後に売るか、もう一度魔力を篭めなおすか……どっちにしろ、ものを惜しむことには変わりない」
 肩をすくめた。

 それを聞いて彼は少しだけ腑に落ちないような顔をしたあと、
「で、戻るのかね? 凛に説明できんというが、これでは君のマスターにも接触できまい」
「念話で連絡だけは取り続けるわ。桜には黙っておけって言っておく」
 いまは無理だ。桜はいま意識がないし、慎二はそれを受け取る技術がない。

 そして、もう一つ。それには解決しなくてはいけない問題がある。
「でねアーチャー。あんた少し協力して」
 いまここで、この話を聞いているこいつである。

 私が宣言するとアーチャーが予想外に面白そうな顔を見せた。
 ここまで話してただ連れていかれるわけには行かない。最低でもここで見逃してもらわなくてはいけないし、できれば遠坂凛へ黙っているという言質をとりたかった。
 そう決死の覚悟の言葉を、彼が一言で切って捨てられるか、無言で取引でも持ちかけてくるか。
 まちがっても、

「ふむ、いいだろう」

 こんな簡単に了解が得られるとは思ってもいなかった。
 
 Interlude out ルビー

   ◆

 目を覚ます。
 今日一日で二度目である。
 目を開けると、兄さんと遠坂先輩が私の様子を伺っていた。
「…………あっ」
 呼びかけようとして、声が掠れる。
 喉がからからだった。頭も熱い。
 視線を落とせば男物の寝巻きを着ていて、体に魔力を通せば胸には傷一つついていないことがわかった。
「……桜。起きた?」
「ちっ、ようやく起きたのかよ」
 二人の声。なぜか涙が出るほどの安心感が体を包んだ。
「あ、あの……」
 二人がこちらを見る。
 私はどうにか声をだし、ルビーさんの所在を聞いた。

 ルビーさんは帰ってきてはいなかった。
 簡単に現状を聞いた後、詳しい話を話すために私は衛宮邸の居間に通された。
 そこには気もそぞろに料理を作る先輩と、それを無言で見つめているセイバーのサーヴァントがいた。
 普段の百倍ほどつたない手つきで料理を作っていた先輩は、私を見つけたとたん、その作業を中断して私に駆け寄ってきた。
 少しだけ話をして、先輩がどれだけ私のために心を割いてくれていたかを確認した。兄さんは不満げで、遠坂先輩は衛宮先輩をからかって、それはとてもうれしかった。

 そして、話し合いが始まった。
 まず最初にルビーさんとのコンタクトをとるようにと強制された。
 当然だ。
 離反した、いや離反どころかまだ同盟も組んでいなかったのだから遠坂先輩やセイバーさんから見ればただの敵であるルビーさんのマスターである私がここにいるのだ。わざわざルビーさんの動向を探る必要はない。
 令呪を使ってこちらに更迭しろと強要されなかったことこそに驚くべきだろう。もっともこのルビーさんとの話次第ではその可能性も捨てきれない。
 目が覚めて、少し状況を整理すれば、兄さんと話すまでもなくある程度の状況つかめていた。ルビーさんが私から偏執的に離れようとしなかったことも、学校での初会合のあとからルビーさんがどうして遠坂先輩との会合にこだわっていたのかも、その意図に気づいている。遠坂先輩たちに詳しい説明を強要されるのは避けたかった。

 そんなことを思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。


“ルビーさん。聞こえますか?”

“あら桜。起きたのね? ずいぶんと寝坊じゃない”

“ごめんなさい。それで、ルビーさん……”

“ええ、まあ大体のところは想像つくわ。説明も質問もなし”

“……はい”

“私からいっておくことは二つ。一つはこれから私とあなたは無関係に過ごしなさい。できれば遠坂の工房でかくまってもらうって展開がよかったんだけど、セイバーとアーチャーにくっついていれば大抵のトラブルは大丈夫でしょ。バーサーカーに目をつけられた以上、防戦で行ってもジリ貧だからね”

“マキリの工房はダメだったんですか?”

“悪くはないけど手入れが悪すぎ。でも初めはあそこでもいいと思ってたんだけどね。あの工房はアイツンベルンと遠坂に比べて二段は落ちるけど、私が手を入れれば十分使える。防衛用の工房を用意して戦いに挑めるなんてのは御三家くらいのもんよ。特権は使わなきゃね。――――ほんと遠坂凛も何を考えているんだか。アイツベルンの城とまではいわないけど、マキリだって天秤女がこっち来て立てた屋敷よりはるか強固だってのに……理想を言えば遠坂低の地下室でアーチャーとセイバーの組に属するって展開がよかったんだけど、当の遠坂凛は衛宮士郎の屋敷を本拠に置くし、もう思惑がぐちゃぐちゃだわ。やってられない”

“では、”

“ええ、桜。私はもうあなたを関わらせるつもりはなかったの。あなたにはリタイヤしてもらうつもりだった。私が聖杯を得るのは私の事情。あなたを巻き込んじゃあ意味がないの。桜が死ぬのはいやだから。ごめんね騙してて”

“……でも、私もルビーさんが死ぬのはいやです”

“はは、ありがと。でも私はサーヴァントよ。その言葉はうれしいけど、あなたも魔術師なら私よりも遠坂凛や間桐慎二や衛宮士郎が生き残ることを望みなさい”

“……”

“で、続き。二つ目だけど、“これで本当に”あいつは終わりよ。たぶんもう気づいてるでしょ? ごめんね、黙ってて。桜に話せば聞かれるから。慎二には事情を全部話してあるわ。そっちから聞いといて。本当は桜がリタイアした後は慎二と組んでもいいかなって思ってたから……あいつも魔術師魔術師ってうるさかったしね。知ってる? あいつ聖杯手に入れたら魔術回路を願う気だったのよ。魔術師の頂点が得ることができる至高の聖杯に魔術師になることを願ってどうするってのよのねえ……”

“兄さんは優秀ですから”

“そこそこね。だから自分の無能に耐えられない。方向性が間違ってんのよ。もっと別のほうに生きりゃあよかったのに、ってこれはマキリの嫡男に言う言葉じゃないか。ごめんね”

“いえ……”

“で、遠坂凛についてだけど”

“あ、はい”

“遠坂凛があんたを見捨てて行動するなんてことはないでしょうけど、教会も遠慮してほしいかな。監督役が下手に心霊医術に長けてたりして、令呪を剥ぎ取られたりすると厄介だから”

“でも、遠坂先輩がこのままでは納得しないと思います”

“それなのよね。まあこの念話でカレイドルビーはもう裏切るつもりはないと言っていたとでも宣言しておいてくれる? さっきのは桜より聖杯を優先した私が、遠坂凛の力を奪うためにとった作戦だったとでも言って、……そうね、遠坂凛の前で令呪を使っておきなさい。内容はそう――――

 カレイドルビーが間桐桜を二度と裏切らないことを命じる、

 とね”

   ◆

 Interlude アーチャー

 なるほど、彼女は狡猾だ。

「ごめんなさい、遠坂先輩。やっぱり私はルビーさんを信じます。だからここにルビーさんを呼ぶことはできません」
「――――じゃあ、あいつを呼ぶのはやめる。あいつと話し合った末の、桜の頼みだしね。だけど令呪だけは施しておきなさい。これは譲れないわ」
「……はい、わかりました。ただルビーさんは私を殺そうとしたんではなくて……」
「ええ、“これ”を使わせようとしたんだって? でも桜、貴女の傷は紙一重だったわよ。あと二十秒遅れても死んでたわ。だから私はあいつに関しては信用できない」
「――――はい、では」
「ええ、令呪を使っておいて。これは貴女のためよ」

 そう言って遠坂凛は口を閉じる。

 そして、間桐桜が凛たちの前で令呪を使った。
 一筋の光とともに、間桐桜の腕から令呪の一画が消える。
 さすがに彼女はその血にふさわしく、他者にも感じ取れるほどの魔力の躍動を見せ、令呪を発動させた。
 内容は“ルビーがこれより先マスターを傷つけることを禁ずる”というものだ。
 間桐桜が我々を裏切らない限り敵に回らないということではなく、ただ間桐桜にのみ危害を加えない。
 これを巧妙といわず何なのか。

 間桐桜からルビーの思惑と称された話が語られた。
 それはトオサカの秘宝を消費させるためだったと。
 そのために間桐桜を利用したと。

 凛もセイバーも気づかない。衛宮士郎など疑ってもおるまい。
 ルビーが先ほど間桐桜を殺しかけたから気づかない。
 確実に死んでいたはずの間桐桜を見ているからこそ気づかない。
 どの道、確実に死ぬような傷を与えなくてはいけなかった状況を知らない以上、凛たちは気づけない。
 遠坂の秘宝。あの“赤い宝石”がなければ間桐桜は死んでいた。あれ以外どのような手段があったというのか。
 間桐桜が負っていた傷は完全に致命傷だった。
 しかし、だからこそ令呪をもって、

“間桐桜を裏切らない”

 という一点のみを約束させた。
 それは誤り。
 もともとルビーには間桐桜を傷つける気などない。ただ“心臓を貫く”必要があっただけだ。
 あの宝石を初めてに目にしたルビーがどのような反応を返していたのかを覚えている我々に、それを意図的に誤解させた。

 結果ではなく手段の問題。
 宝石は心臓を治すために使ったのであり、宝石を使わせるために心臓を破ったわけではない。
 それは間桐桜の助けだから行った。
 彼女は本来の意味でのサーヴァントだ。マスターを裏切らないという制約に意味はない。
 それを離反に見せかけて、それを暴走による一時の裏切りだと繕った。

 間桐桜を受け入れて、遠坂凛と衛宮士郎が団欒を開始する。衛宮士郎が先ほど中断した料理を再開し、セイバーは武装を解く。
 間桐桜は裏切るまい。だがルビーはその限りではないだろうに。
 凛を偽り、マスターを動かすその技量。
 いや、なるほどさすがルビー。さすが遠坂凛だ。

 私は思う。
 暗闇に彩られた望みを抱え、もはや失ってしまったものを見て、カレイドルビーと名乗り、マスター殺しの道化を演じる少女を見て、最後の私のあり方を考える。
 私の望み、愚かな望み。永遠に出ないその答えを考える。

 ああ、そうだ――――

(…………君は聖杯に何を願うのだろうな)

 それはきっと、

 ――――愚かすぎる答えを望んでしまった私にはきっと眩しすぎるだろうけど。

 Interlude out アーチャー

   ◆


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 これで本当に臓硯爺さんに関しては終了のお話。
 臓硯がラスボスっぽい伏線でしたが、最初に殺さなかったのは、どこに本体がいるのかわからなかったのと、ただたんにルビーにそんな技量がなかったからでした。
 ちなみにアーチャーが気づいたのは、あの場でルビーが心臓からなにかを抜き取ったのが見えたのと、炭化した臓硯さんの破片を見たからです。
 あと家宝の宝石ってなんで回収しなかったんでしょうかね。士郎に八桁の宝石を請求した凛らしくもない。


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