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No.1002の一覧
[0] 召喚 カレイドルビー[SK](2006/04/01 22:20)
[1] 第一話 「召喚 カレイドルビー」[SK](2006/04/01 22:26)
[2] 第二話 「傍若無人、蟲殺し」[SK](2006/04/03 23:24)
[3] 第三話 「ルビーとアーチャー」[SK](2006/04/10 22:21)
[4] 第四話 「一般生徒 衛宮士郎」[SK](2006/04/10 22:20)
[5] 第五話 「VSバーサーカー」[SK](2006/04/22 23:20)
[6] 第六話 「マスター殺し」[SK](2006/04/22 23:06)
[7] 第七話 「戦うマスター」[SK](2006/04/27 00:05)
[8] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 前半[SK](2006/05/01 00:40)
[9] 第八話 「VSバーサーカー (二戦目)」 後半[SK](2006/05/14 00:26)
[10] カレイドルビー 第九話 「柳洞寺攻略戦」[SK](2006/05/14 00:02)
[11] カレイドルビー 第十話 「イレギュラー」[SK](2006/11/05 00:10)
[12] カレイドルビー 第十一話 「柳洞寺最終戦 ルビーの章」[SK](2006/11/05 00:19)
[13] カレイドルビー 第十二話 「柳洞寺最終戦 サクラの章」[SK](2006/11/05 00:28)
[14] カレイドルビー 第十三話 「柳洞寺最終戦 最終章」[SK](2006/11/05 00:36)
[15] カレイドルビー エピローグ 「魔術師 間桐桜」[SK](2006/11/05 00:45)
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[1002] カレイドルビー 第十三話 「柳洞寺最終戦 最終章」
Name: SK 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/11/05 00:36
「ごめんなさい」
「ありがとう」
「さようなら」


   カレイドルビー 第十三話 「柳洞寺最終戦 最終章」


 Interlude ルビー

 泥の中に沈んでいる。
 泥の中でたゆっている。

 間桐桜と呼ばれるものの声が聞こえる。
 殺してしまえ。
 死んでしまえ。
 そんな声が聞こえてくる。

 笑えてくる。
 桜がそんなこというものか。
 黙っていろアヴェンジャー。
 静かにしていろ呪いの主よ。

 だが声は一向にやむ気配がない。
 飽きもせず、取り込んだ贄の精神を侵食しようと侵食の概念を伴った言葉を繰りかえす。

 侵食。心を侵そうと繰り返すその呪い。
 だが、そんなものに侵食されてたまるものか。
 そんなものに侵食されるほど弱くない。
 抵抗をサポートする胸元に輝く柘榴石。
 抵抗の期限はあと二分といったところか。

 ぎゅっと片手を握れば、そこには変わらず硬い感触。
 それは私が決心をした証。
 そう、偽りに彩られる不完全な魔法の道具“宝石剣”
 私は泥の中で目を開ける。

「クラス・アヴェンジャーに黒化反転とは笑わせるわね“アヴェンジャー”」

 桜は私を閉じ込めただけだった。
 泥の中に埋没させて、それで全てが終わるまで出さないでいようと、その程度の気持ちだったのだろう。
 だからこの泥からの侵食もぬるいもの。この程度、世界に喧嘩を売っているこの私を汚染するには薄すぎる。
 宝石の守護に守られ、私はじっと耐えていた。

 泥にまみれて制御を奪われ、外界への出口が閉ざされていた。
 内部からでは脱出できない歪曲世界。
 だが、それも出口がないだけのこと。
 外界と内界をつなぐ口がないだけのこと。

 だからほら。

「なかなか役に立つじゃない」
 ああ、なんとか間に合った。
 魔法少女のマスコットキャラとしたら上出来だ。

 外と中がつながって、死に掛けた間桐慎二が現れる。
 私はその瞬間を待っていた。この瞬間が来ることだけを信じて、さきほどのミスを取り戻そうともがいていた。
「――まあずいぶんとやられちゃって……。まあ応急処置だけしといてあげる。悪いけど、治療は少し待っててね」
 宝石を投げ、彼の治癒を行うと同時、私はそのかすかな外界への穴を睨みつける。

 その穴は、小さくとも確実に外と中をつないでる。
 私がこんな好機を逃すはずがない。

 私は英霊としてすごした無限のときの中であまれた宝石剣を取り出した。
 惜しむことなど何もない。
 泥にまみれ、すでにその輝きはくすんでいるが、それでも最後の一撃くらいは行える。
「まっ。また作ってあげるからさ」
 遠坂凛が示したように。私はこんな場面で物を惜しむようなバカじゃない。

 私は間桐慎二の現れた空間に、泥を支配する偽りの定義を与えられている宝石剣を打ちつけた。

 Interlude out ルビー


   ◆◆◆


「……なんで?」
 泥が身動きの取れないセイバーに向かって飛んでいた。
 あの衛宮先輩のサーヴァントであるセイバーさんだってきっと諦めていたはずだ。

 ずるいずるいずるすぎる。
 なんだってこの世界は私の思うようにいかなくて、こんなにも私にばかり辛く当たるのか。

 逆転劇にもほどがある。これで一体何度目だ。
 それに、その劇の主役がなんだって

「桜、悪いけど、貴女が終わらせてしまう前に、私も口を挟ませてもらうわよ」

 なんだって、最後まで私の味方だったはずの貴女なの?

   ◆

 地から天に伸びる大きな流星。泥を突き破り光の柱が私の放った泥団子を消し飛ばす。
 セイバーさんを倒すはずだった詰めの一手。
 それが光の柱流に消し飛ばされて、それが収まったとき私がまいた泥は一欠けらも残さず一掃されていた。

 泥が消えても傷は消えない。セイバーさんはボロボロのままへ足りこみ、その前に剣のサーヴァントをかばうようにルビーさんが立っていた。
 その後ろからは攻勢を感じ取った先輩たちが駆け寄ってくる。

「ルビーさん。どうして……」
 私が呻くような声を出す。
 ルビーさんはそれに完全な笑顔を返しながら私に一歩近づいた。

「わかっているはずでしょう、桜? 貴女が私を閉じ込めてしまったから出るのに時間がかかったけれど、さすがに口が開いたのを逃すほどマヌケじゃないわ」
「そういう意味じゃありませんっ。どうしてっ、どうして邪魔するんですか!?」
 彼女を閉じ込めていた私の言葉ではないが、私はそう叫ばずにはいられない。
 私は知らないうちに胸を押さえ、ルビーさんを見据えながらそういった。
 ルビーさんを見た瞬間から、なくなったはずの腕の先がうずくような衝動を覚えた。

 目の前で微笑むルビーさんの姿が霞み、それを不思議がった瞬間に、私は自分が泣いていることを自覚する。
 なぜか涙が止まらない。
 ルビーさんが私を裏切ったことが悲しいのか。
 ルビーさんが私を邪魔することが悲しいのか。
 私は自分がなぜ泣いているのかもわからずに、場違いにも心の中で冷静な自分が流れる涙が泥色ではなく透明であることに安堵する。

「邪魔? バカなこと言わないで桜。邪魔なんてするわけがない。私が貴女の不利益になることをすると思う?」
 一歩。また一歩。彼女が私に近づいてくる。
 そのまま手が届く位置に来られれば、私は一体どうなってしまうのか。
 殺されるのか? 怖い怖いと私の中の黒い部分が訴えて、
 助けてくれるに決まってる。 怖くない怖がるな。と私の心の片隅が涙する。
 でも私の口は意地悪で、私が口に出したくないことを、恐れていることを追求しないではいられない。

「そ、そんなこと、思いませんけどっ……でも信じられません。貴女は邪魔をしたじゃないですか。たった今私の邪魔をしたじゃないですか。私がルビーさんの手助けをしようとしたときも、私に泥を使うななんて怒ったじゃないですか! 貴女は私が幸せになることを望むって言ったくせに、私を見捨てて負けちゃいそうだったじゃないですかあっ!」

 ボロボロと涙がこぼれる。おかしい。私の心は泥にまみれてグチャグチャで、こんな簡単に揺れたりしないはずだったのに。
 なぜかルビーさんを見てから、汚染される前の間桐桜が顔を出す。
 ルビーさんに怒鳴りつけ、私は自分の言葉に恐怖した。
 このままルビーさんが私を見捨ててしまうことを恐怖した。

「そうね。私は貴女を失望させた。遠坂凛はほんのちょっと抜けている、なんてことを生前よく言われていたし」
 そういって彼女は癇癪を起こす子供を安心させるように私に笑う。
 そうしてまた一歩近づいた。もう彼女との距離は五メートルを割っている。彼女の漆黒のドレスにこびりつく泥が、あまりに彼女にふさわしくないことが悲しかった。
「でもね、桜。もう大丈夫。まったくカケラも問題ないわ。貴女をこんな目にあわせた以上、この方法はもうだめね。だから私はやっぱり私のままでいくことにするってことよ。まったく持って単純なことでしょう。私はまたはじめからやり直して、そして私のやり方で勝利する。私が私のままで貴女もほかの桜もみんなまとめて幸せにする。ねっ? 非の打ち所がないでしょう」
 それは水晶のように澄んだ笑み。

「バ、バカじゃないですか。そんなの……」
 そんなこと“当たり前”だからこそ無理なのだ。
 そんなことができれば誰だってそうしてる。
 それがありならだれだって、悩まない。私がどのような気持ちで先輩たちを切り捨ててルビーさんを選んだのか。
 私がなぜこんなところで泥をかぶって大好きだった先輩たちと戦っているのか。
 前提か崩れてる。
 バカにするにもほどがある。
 ふざけるな。
 私はそう怒鳴ろうとして、

「そうね。でもね、いまここでそれができなきゃ、私は遠坂凛じゃない」

 その瞳に射抜かれる。

「あっ……」
「桜、私を信じなさい」
 また一歩、彼女が私に近づいた。

 心に救った黒い部分が私に叫ぶ。信じるな。騙されるに決まってる。
 先ほど彼女がこの世界の間桐桜を見捨てたのを忘れたか。
 きっと彼女はマトウサクラを救うため、この世界の間桐桜を切り捨てるに決まってる。

 本当に?
 彼女は私も助けるって言っている。
 そんなの嘘に決まってる。だってそんなの当たり前だ。聖杯を前にして、この私をどうするって言うのだ。私を殺せば簡単に願いがかなう。彼女が世界に体を売ってまで願った願いが目の前だ。
 そしてその願いとは、私を救うという願い。
 すでに聖杯の泥と同化した私を、殺せばきっと彼女の望んだように並行世界に干渉するための“純悪意”が手に入る。
 ほか全ての私と、ここにいるマトウサクラ。天秤にかければ、きっと私を殺しても十分許容範囲のはずだろう。

 本当に?
 彼女はもうそんなものいらないって言っている。
 ありえない。根源につながる魔の扉。魔術師がそれをあんな軽々と捨てるなんて有り得ない。
 そのまま私から泥を奪えばもう敵なんて誰もいない。死にぞこないのセイバーさんも、燃料切れのアーチャーさんも、私がいたぶったその体ではルビーさんの泥に勝てはしない。先ほどの攻防を繰り返せば、そのままルビーさんが勝てるだろう。願いがかない、全てが手に入るその道を、私が危なかったから諦める? そんなの嘘に決まってる。

 本当に?
 彼女は彼女のままに夢を適えるといっている。
 どうやって? 彼女はすでに英霊として無限の道を歩んでる。全が一で一が全。英霊が道を後悔しても意味がない。彼女はあの歪んだ宝石剣と泥を持って道をなそうとするに決まってる。
 だから、すでに泥に侵された私には用はない。私はルビーさんを渇望しすぎて泥の中に閉じ込めた。私を生かして聖杯を得ればきっと私がルビーさんを願うことを知っている。彼女はそんなの許さない。彼女は全てのマトウサクラのものであり、私一人のものじゃない。だから彼女は彼女を独占しようとした私を生かさない。

 本当に?
 本当だ本当だ本当だ。絶対そうに決まってる。
 だから、彼女を信じるな。

「とまってっ!」
 私の中にかろうじて残った冷たい思考がルビーさんに全てをゆだねよという甘い声を振り切った。
 令呪を用いようとして、私はそれがなくなったことにいまさらながらに私の短くなった腕の意味を思い知る。
 怖い怖い怖い怖い。
 始まりの日に、令呪なんて必要ないと笑っていたのは誰だったのか。

「きたら、泥が、貴女を攻撃します」
 だから来るな、と。
 なんて愚か。不意打ちでもなければ、私は彼女に泥の制御じゃかなわない。同化しようがこの泥は彼女が掌握し、私が奪ったものなのだ。
 だけど私にはこれを言うのが精一杯。
 ついさっき、ルビーさんが出てきてから私の心の冷たい思考が消えている。

 だけど、ルビーさんは私のその言葉にまったく動じずに笑って見せる。

「桜、私が信じられない?」
「――――ぁ…………」
 なぜか声が出なかった。
 彼女の瞳に不安はなくて、それは有り得ないことに私への信頼で染まってる。

「それはほんとに貴女の思考?」
 当たり前だ。なのになぜ、私は明確に否定の言葉を紡ぐことができないのか。
「でもね、桜。貴女には本当はわかっているはずなのよ。私が、この遠坂凛を前身とするカレイドルビーが、貴女を裏切ってなどいないということが。貴女のその声が泥の中からもれ出る声であって、貴女の声ではないということが」
 そう言って、彼女が一歩私に向かって歩み寄り私の顔にキスできるほど近づいて、私は牽制の泥すら放てずに、彼女の完成された美しさを前にする。

「勘違いしないでね。最後の一画ごと令呪を失ったとはいえ、それを奪われていない以上私の支配権はうつっていない。貴女はずっと私のマスターのままなのよ。――――聞くわ、桜。一画目の令呪はどうしたのかを、まさか忘れてはいないでしょう?」

 瞬間、私は反射的に彼女とつながったラインをたどる。
 だがサーヴァントとは令呪に律される。
 ラインは当然のごとく途切れていて、私は彼女につながっているはずがない。
 それでも私は彼女とつながっていたのは事実であって、誰かにそれが上書きされでもしない限り、そのときに行使した契約の呪いは消えはしないはずである。

 令呪なんか使いません、と始まりの日にルビーさんと笑いあった間桐桜がただ一度だけ使った令呪があった。

 遠坂先輩の前で。衛宮先輩の前で。兄さんの前で。セイバーさんの前で。アーチャーさんの前で。拘束式を確実にするための呪まで唱えて行ったその令呪。あれはそう、それは確か “裏切りを禁じて”いたのではなかったか。
 それは一体どういうことか。
 それがどういう意味を伴っているのかを、私はいままで気づかなかった。彼女の言葉を聞くまで知らなかった。
 確かに、彼女の掲げる宝石には、縛りによるような、いささかの減じもあるようには見えなくて、
 令呪がない私には、それが本当に縛られているのかどうかなんて確かめようもないけれど、そんなこと確かめる必要なんて少しもない。

「私は貴女を裏切らない。裏切ってもいない。そしてこのさき裏切るということもない」

 それを聞き、私の体から力が抜ける。

 それだけ聞けば私に疑うなんて選択肢があるはずない。
 殺せ殺せと私の中からバカの一つ覚えみたいに声がする。

 だが私の頭はその言葉を受け付けない。
 ああ、と私は息を吐き、

 そして――――

「…………私はただ幸せになりたかっただけなのに。なんで、こんなことしちゃったんでしょうか、ルビーさん」

 ようやく、本当に、本当に初めての懺悔をする。

 涙が流れ、嗚咽を漏らし、悔やむことすら許されない闇の底。
 腕がちぎれて泥にまみれて、先輩たちを裏切って、兄さんを傷つけて。
 私はどうしようもない人間だということを痛感する。

 始まりは、ただあなたとずっと一緒に居たかっただけなのに。
 私は、貴女が好きだっただけのはずなのに。
 私は貴女を望んだだけなのに。
 大好きだった先輩よりも貴女を選び、
 私のために命を賭けた兄さんよりも貴女を選び、
 リボンの絆で結ばれた、私の全ての憧れだったあの人よりも貴女を選び、
 いまこんなところで一人ぼっちで泣いている。

 それは一体なぜなのでしょう。

「それは、きっと私がかっこよすぎたのが原因ね」

 ルビーさんは笑う。
 私はその言葉に涙する。
 その言葉に安堵する。
 その瞳に安心する。
 私の心が救われる。
 許されるなんて思ってなかった。

 だからこそ私はルビーさんから簡単に“許しが得られなかった”ことに感謝する。

 だってほら。
 ルビーさんの真っ赤な瞳。その瞳が真っ赤な炎で燃えている。
 彼女の優しさは甘さからではく、強さからのものだから。
 間桐桜の愚かしさを彼女は決して流さない。うやむやに許してしまうなんてなんてありえない。
 彼女の知る私が愚かしさのあまり彼女を頼らず死んだからこそ、二の舞を演じようとした私のことを許さない。
 内で溜めて、考えをループさせ、心を澱ませる間桐桜の悪癖を。彼女の瞳が許さないと告げている。

「ルビーさん」

 ああ、だけど、それはどれほどの幸福か。
 その瞳に怒りはあっても澱んでいない。
 怒りはあっても腐っていない。
 その怒りには身がすくんでも、恐ろしさは感じない。
 だってそれは私がみなに怒ったときはとまるで別。
 だってそれは愛から来るもので、憎しみから生まれるものではないのだから。
 ああきっと、お母さんなんてものがいたらこんな風に私のことを■ってくれるに違いない。

「いけないことをいっぱいしました。私だって辛かった。でも罪を償わなくてはいけない。罰を受けなければいけない。そういうことですか」
「そういうことね」

 紅い炎が私の前で燃えている。
 それは輝く真紅の光。
 彼女の名を宿す魔力の楚。
 罪人を裁く聖なる輝石。

「それじゃ、お仕置きよ。目を瞑って我慢なさい。大丈夫。貴女ならきっと耐えられる」

 ルビーさんの言葉とともにその手に輝く宝石の光が大きく増した。
 それは私の魂を浄化する。
 いつの間にか、騒いでいた私の中の声は消えていた。
 反転した衝動が、私の体を蹂躙するが、そんな痛みに意味はない。
 そんな苦しみでどうにかなるほど私はもう純じゃない。
 そんな誘惑に乗れるほど、ルビーさんのマスターとして腐敗できるはずがない。
 私はゆっくり目をつむる。
 せめてこの瞳を開けたとき、ルビーさんがまたいつものように笑ってくれることを願い、私は罰を受け入れる。

 ――――はい。わかりましたルビーさん。


   ◆◆◆


 夢を見ていた。
 幸福な、満ち足りた日常の夢。
 ルビーさんが笑い、兄さんが笑い、私が笑う。そんな夢。
 ねえ、ルビーさん。
 私が、こんな夢を見てもいいんでしょうか。
 そんなありきたりな夢を見た。

 ずっとずっとまどろんでいたかったけど、私を起こす声が耳を打つ。
 その声に引きずられ、私はやっぱり夢の世界にとどまることが間違いだと思い出す。
 ルビーさんが示したように、私はもう逃げないから。
 夢は適えるものであって、願って終わるものではあまりに悲しすぎるということを、私はルビーさんに教えてもらったのだから。
 そうして、私はゆっくりと目を覚ます。

 目を覚ませば、もう終焉のベルが鳴っていた。
 ゴウンゴウン、おかしな響きで風が吹く。
 起きろ、と耳元で怒鳴られて、私は誰かに肩をゆすられていることを自覚した。

「……起きたか、桜。大丈夫か?」
「――――ふんっ、さっさと起きろよ。マヌケ」

 だんだんと頭がはっきりしてくる。
 目を開ければ、私を覗き込むようにして兄さんと衛宮先輩の顔が見えた。
 二人ともひどく憔悴し、私が目を覚ましたことに、安堵の息を漏らしてくれた。
「おい、起きてんのか? このバカ。……これ何本に見える?」
 兄さんが私の前に手を掲げる。
 私は頭に霞がかったまま、
「生きてるんですね。私」
 と、自然つぶやいた。

 瞬間。私の目の前で浮いていた手がパチン、と私のオデコを叩く。
 その子ども扱いに、私は純粋にびっくりして兄さんを見る。
「……」
 兄さんまでが叩いたその手をおかしなものでも見るように眺めていた。
 その顔を見て、私の目の前に掲げていた手で私を反射的に叩こうとして、オデコを叩くなんていう行為に落ち着いたことに、自分を恥じているのだということがわかった。
 クスッ、と笑うと兄さんが睨んできた。
「なんだよ、桜」
「あ……いえ。あの、ごめんなさい、兄さん。さっきはひどいことを」
 兄さんにいま傷はなかった。
 その姿を見るまで忘れていた。私は先ほど絶対に許されないようなことを兄さんにしていたのに。
 兄さんは私の謝罪を聞いて舌打ちした。
 だが、一拍おいて、兄さんはその怒りを弛緩させると、
「べつにいいよ。絶対許さないつもりだったけど、治してもらったし、アイツがうるさかったからな」
 そういって軽く視線をそらせる。
「で、でも」
「いいっていってるだろ。しつこいんだよお前。それより、起きれたんなら、お別れくらい言ったらどうだ? ボロボロのくせしてお前が無事なところを確かめるんだってうるさくてさ」
 そういいながら背後をちらりと視線をやった

 その視線をたどれば、柳洞寺裏の底なし沼となった汚染池。
 そこにはルビーさんが立っていて、真っ黒なドレスはそのままに、その美しかった頬が黒く呪詛の侵蝕で染まっている。
 横にはセイバーさんとアーチャーさん。ルビーさんの正面では遠坂先輩が何事かを話している。
 ルビーさんが身代わりになったのだろう。戦いの間ずっとその体を利用されていたイリヤスフィールの矮躯がアーチャーさんの腕の中に納まっている。
 いつもどおりの表情でお姫様抱っこをしてるアーチャーさんを見て、少しだけそういうのが似合うと思った。
 同時にイリヤスフィールがそこに無事でいることにも安心する。ルビーさんは敵のマスターならば死んでもそれは仕方ないっていっただろうが、やっぱりあんな小さな子供が死んでしまうのを見るのはいやだった。

 ルビーさんは背後の泥の池から時折噴出す呪詛を完全に掌握し、その代償に美しかった肌を泥より黒い漆色に染めていた。
 袖からのぞく腕なんてもう腕だといわれなきゃわからないほどに変質が進んでる。顔だけは意地で形態を守ったんだろうっていうことがわかるくらいの侵蝕度。

 私はそれを見ても思ったより冷静だった。きっとこうなるかもしれないと、頭のどこかで考えていたからだろう。
 それとも感情という振り子が振り切れてしまっただけなのかもしれない。
「――――あれっ」
 立ち上がろうと思って上半身を持ち上げ、手を突こうとしてカクリと再度地面に倒れた。
 左腕が千切れていることを忘れていた。なくなってまだほとんど時間がたっていないのに、痛みがないから逆に少し戸惑ったのだ。
 手を取って立ち上がらせてくれた衛宮先輩と「気をつけろバカ」なんていう兄さんの気遣いにお礼を言って、私はルビーさんに歩み寄る。
 兄さんと衛宮先輩は私の後ろに立ったまま、ついてこようとはしなかった。
 セイバーさんとアーチャーさんは私が近づくと黙ってルビーさんのそばから数歩離れる。
 だけどセイバーさんは剣を握ったままだし、アーチャーさんもイリヤスフィールを抱いたまま意識を彼女よりも私よりもルビーさんに割いていた。
 当然だろう。現在私は普通の人間に戻ってる。

 ルビーさんに全てを押し付けて。

「違うわ、桜。もともとこれを利用しようとしたのこいつじゃない」
 自嘲した私を遠坂先輩が断ち切った。
 私が困った顔をしたのがわかったのだろう。遠坂先輩もそれ以上のことは口にせず、ルビーさんへの道をあけてくれた。
 そうして、私はやっとルビーさんの前に立つ。

「ルビーさん。私の泥を回収したんですね?」
 なにを言うべきかわからずに、私はまず当たり前すぎる自分の罪を口にした。
 そういってその汚染された頬に手を伸ばそうとして、彼女がスイと首を後ろにそらしたために、私の手は止まってしまった。
 視線で促されて、一歩下がった。
 彼女の足元から黒い影がコポコポと滲出し、大地を黒く染めている。
「危ないから、さわんないほうがいいわ。近づくのもちょっとさびしいけどなしね。私自身もやばいくらいなのよ」
 その言葉があまりに正しかったから、私は泣くこともできはしない。

 そうして少しだけ、ルビーさんも私も黙って、口火を切ったのはルビーさんだった。
「……腕、ごめんね? 慎二の泥は取れたんだけど、桜の腕は令呪があったからさ……元に戻せなかったんだ」
 バカみたい。
 それが自分のせいだとでも言うように、彼女は一番どうでもいいことを口にする。
 腕なんてどうでもいい。私はそんなことでは償えないくらい罪深い。
「……ルビーさん、これじゃぜんぜんお仕置きになってませんよ。ルビーさんばっかりひどい目にあってます。悪い子には、お仕置きするって言ったのに」
「あはは、ごめんね。でも貴女はこれくらいで十分なのよ。罰は貴女自身が与えている。ただ、もうこんなことしちゃだめよ?」
「わかっています、約束します。でも、私は――――」
 視線で言葉を封じられる。
「頑固ねえ。そもそも、やられたやつらがみんな気にするなって、いってるんだから。貴女は気にしないでいいの。むしろあいつらには貴女からもうちょっと文句言ってもいいくらいよ」
 そんなこと言えるはずがない。
 そう考えて、ぽろぽろと涙がこぼれだす。

 やっぱりルビーさんは私のことを責めなかった。あんなことをしたのに。あんな悪い子だったのに。
「――――ごめんなさい、ルビーさん」
 涙にまみれた声を出す。
 涙でグチャグチャになった瞳はもう目の前にいるルビーさんすら映してくれない。
 顔が俯き、私はそれっきり子供のようにしゃくりあげ、声をだそうともそれは言葉にならない嗚咽に変わる。
 いいたいことがいっぱいあった。
 ごめんなさい、とか。許してください、とか。
 邪魔ばかりして、最後にはあんなことをしてしまった間桐桜がいわなくてはいけないことはいっぱいあるはずなのに、出てくるのは嗚咽ばかり。

 ああ、ルビーさん。
 本当に、懺悔しかできません。
 私は本当に、本当に私は貴女にとって要らない邪魔ばかりする妹で――――

 ポン。とアタマに手が乗せられた。

 その感触に私は驚く。だってルビーさんの手はもう原形をとどめないほどにドロドロだった。
 腕を上げられるはずがないのに、その感触ははじめて彼女が私にあったときと同じものだった。
 そのまま幻覚ではないと証明するようにその手は私の頭の上からはなれない。まるで私が口にしようとした言葉を止めようとするかのように。
 その感触は沼に落ちるように沈んでいく私の思考を浮上させた。
 えっ、涙で汚れた顔を上げた。

「この、おバカ」

 ルビーさんにかなわない、少しだけ照れと緊張でかすれたその声で私はこの手の主を了解する。
 ルビーさんと同じ声の違う人。でも同じくらい愛しい人の姿をみる。
「遠坂、先輩……」
 泣く私の頭に手をのせて、それっきりどうしていいのか解らずに止まっている。いつも通りの遠坂先輩の顔が、涙で霞む目にはいる。
 彼女は難しい顔つきで私のほうもルビーさんのほうも見ないようにと顔をそらせ、結局大きく顔を背けたままで私に言う。
「謝ってどうすんの。ほらっ、こいつにあんたからいってあげることがあるでしょう」
 頭に乗せられた手が私の髪を梳くように後ろに流れ、そのまま背中をぽんと押される。
 私は一歩だけ前に進んだ。
 私はルビーさんの目の前に立つ。この距離ではその霞んだ目でも彼女の瞳が悲しさでゆれていることに気づかないわけにはいかなかった。
 彼女は私と同じようにひっそりとこの結末を悲しんで、私が最後まで泣いていることに悲しんでいるのだと気づかざるをえなかった。
 だから私は、涙をぬぐう。
 遠坂先輩が、私が丸めていた背を伸ばすのを見て安堵の息を吐いたのを後ろに感じ、私はルビーさんに向き直った。
 私には謝罪よりも言うべきことがある。
 顔を上げろ、胸を張れ。
 最後までルビーさんに心配をかけて終わる気か。
 涙を無理やり飲み込んで、私はルビーさんに笑ってみせる。

「ルビーさん。ありがとうございました」

 そう言って頭を下げた。
 そのまま地面を見つめていると、ルビーさんが頭を上げて、と私にいった。
 顔を上げればルビーさんは笑っていた。
 その笑いがあまりにも無邪気だったので、私は思わず見とれてしまう。

「こちらこそ。……ありがと、桜」
 その言葉に安堵が洩れる。
「ルビーさん、私は幸せです」
「……桜」
「貴女に幸せをもらいました。貴女に幸せにしてもらいました。全部ルビーさんのおかげです。だから、だから私は貴女にも幸せになってもらいたかった」
 きっとそれはもうかなわない。彼女の消滅は決定してる。
 これは私のワガママだった。

 ルビーさんは私の駄々に少しだけ困った顔をした。
「桜、私は幸せよ。私は貴女にそういってもらえることが何よりも嬉しいわ。それ以上のものはない。貴女が私を幸せにしたいって言うんなら、貴女はいま涙を流さないで笑いなさいな。私はそうしたらもっともっと嬉しいわ」
 ルビーさんがそういって、私は無理やり止めていた涙がまた流れ出していることを自覚した。
 声が出ない。
 そうして少しだけ、私もルビーさんも黙っていた。

「ルビー」
 そこに遠坂先輩が声をかける。
 それにルビーさんは軽くうなずくと、
「桜。もう時間がないからさ――――――お別れ」
 泣きながら、私はルビーさんにすがり付こうとする体を止める。
 ここで未練がましく泣いたって、それはルビーさんを悲しませるだけだということを私はもう知っている。
 私はすがり付こうとする腕と心を抑制して、大きくルビーさんに向かって微笑んだ。

「はい、お別れです。いろいろとお世話になりました」

 それでも声が震えるのはどうしようもなかった。
 だからこそ彼女は私に要らぬ心配を起こさないように声を出す。
 私の言葉に、闊達明朗な返事が聞こえる。
 幸福と満足で編まれたその音色。

「うんっ、どういたしまして!」

 年季が違う。
 そうしてルビーさんは私の言葉にやっぱり最高の笑顔で答えてくれた。


   ◆◆◆


 ルビーさんが笑いながら軽く背後に視線を飛ばす。
「まっ、それはそれとしてさ」
 そこにはいまだ躍動を続ける泥の海。
「うーんそろそろ限界ね。こいつを抑えるのもきつくなってきたし。セイバー、私ごと倒しちゃっていいわよ。宝石剣のレプリカも壊れちゃったから、いまさらこれを利用もできないし……それにどっち道こんなのもういらないしね」
 お別れを終えたルビーさんはセイバーさんに向かって当たり前のようにそういった。
 ルビーさんのお別れは、やっぱりルビーさんを殺すしか方法がないからだ。
 すでにわかりきった最後の結末。
 それをルビーさんはあまりに軽く口にする。
「……あんだけ騒がしといてあんたねえ」
「あっ、ごめんなさい先輩。私が……」
 これは決してルビーさんのせいだけではあるまい。
「えっ、いや」
 先輩が慌てたように手を振った。

「いいじゃない別に。内輪で終わって結構なことだわ。私が殺した言峰綺礼は泥を開放しようとしていたんだし、ほかのマスターだっておんなじでしょう? 外にでた被害を許容すべきやつらが大抵死んでる。お相子ってのは散漫すぎだけど、どうしようもない。イリヤスフィールだって別に死んでほしいと思ってたわけじゃないし、この子が起きてからどうするか決めさせればそれでいい。まっ、私はもともとそれくらいで一度決めた行為を後悔するほどに澄んでないけどさ」
 あっけらかんとルビーさんがいう。そして、そのまま衛宮先輩に目を向けた。
「ああそうだ、衛宮士郎。貴方はなんでもかんでもシコリに残しそうだから、一応いっとくけど、私は嘘もつくけど誠実なのよ。さっきいったことに嘘はない。――――言峰綺礼を殺したのは私で、私が後悔なんてしてないのと同様に、私は桜のためなら百度同じ状況に立たされて、百度同じ行動を取るでしょう。あんたに私の責任を奪う権利はない。人は人よ、貴方が貴方であって、貴方が私ではないように」
「………………わかってる」
 衛宮先輩が硬い表情のままそういった。
 思い返せば、ルビーさんが泥をまとっていたときに、一番手ひどくやられていたのは衛宮先輩だったのだ。

「あら、そう」
 ルビーさんはそういって話を打ち切った。
 そうして、ちょっと首を傾げてセイバーさんに顔を向けた。
「で、セイバー。そろそろやる?」
 見ればセイバーさんは聖剣を取り出したまま、その宝具を構えようとはしていない。

「いえ、ルビーがサポートをするのですか? いまの私の出力ではこの聖杯を吹き飛ばすには少々……」
「ああ、そういやカラッカラなんだっけ」
 誰のせいです、とセイバーさんが呟いた。
「私も手伝うさ。終わりの幕だ、余力を残す意味がない」
「ああ、アーチャー。おねがいするわ」
 アーチャーさんがうなずいて、イリヤスフィールを兄さんにおぶらせる。兄さんは不満そうな顔をし、軽口を叩くが、いまだボロボロで佇む遠坂先輩と衛宮先輩の前でその責任を放棄はしなかった。
 兄さんが小さな女の子を背負っているという絵面が面白かったのか、ルビーさんはその光景を少しの間眺めてから、ようやく私のほうを向く。
「じゃ、桜、慎二、遠坂凛、衛宮士郎。貴方たちは逃げなさい」
 あっさりとそう言った。
 これが本当のお別れだ。
 衛宮先輩のお父様の話を聞くまでもなく、開きはじめた聖杯を破壊すればそこからは人を呪うものがあふれ出す。
 ここはこれから、聖杯を壊しそのまま死ぬものだけが残る場所になる。
 だから私は最後にみっともない姿を見せて、ルビーさんを不安にさせまいと泣きそうになる心を、挫けそうになる決心を、切り裂かれそうな悲しみを押さえつけて笑うのだ。

「はい、私……私も、これから頑張って生きていきます。誰よりも幸せになって、ルビーさんに胸を晴れるよう、頑張っていきますから!」

 だから、安心してください。ルビーさん。
 私は幾百の言葉を連ねても伝えられないこの気持ちが少しでもルビーさんに届いてくれることを願ってそう叫ぶ。
 ルビーさんはそれにやっぱり笑い返してきてくれて、

「ふふ、ありがとう桜。私も頑張るわ。まっていて。きっといつか、私は全ての貴女を救って見せるから!」

 そうして、最後までその言葉こそが、その決意こそがルビーの愛した今は亡き間桐桜への唯一の鎮魂だとは気づかずに、カレイドルビーとして自分で課せた責任を果たすために笑ってみせる。
 私はそうして言葉を交わし、一度も振り返らずにその場をあとに歩き出す。


   ◆


 Interlude ルビー

 桜が去り、それを慎二が追いかけた。
 あいつは少しだけ私に視線をよこし、
「じゃ、お前も頑張れよ」
 彼はそれだけ言って、ほかのいいたいことを全部飲み込んで歩き去る。
 桜が飲み込んだ以上、私に言うべきことは何もないと自制して、アイツは私よりも桜を優先させたのだ。
 なるほど、バカだけどやっぱりアイツはそれなりに優秀だ。
 背負った少女が落ちそうになるたびにぶつぶつ文句を言いながら小走りで去る慎二の背に、聞こえないように「あんたもね」と呟いた。

 桜と慎二が歩き去り、周りを見れば衛宮士郎に微笑みかけたセイバーがこちらに向かって歩いてくるところだった。
 彼女も衛宮士郎も、桜と同じように女々しくこの数日間だけの相棒を振りかえったりはしなかった。
 同様に、遠坂凛も笑顔で何事かを告白するアーチャーに形だけの不満を見せて、最後に手をパチンと打ち合ってさっていく。
 ああ、あのような笑顔で別れることができるなら、彼女とアーチャーは私のときとは比べ物にならないほどに幸福だろう。

「アーチャー」
 こちらに歩いてきたアーチャーに声をかける。
「なんだね?」
「なに話してたの?」
 少しだけ逡巡したあと、アーチャーは素直に口を開いた。
「――――私の願いについて」
 正直に答えるとは思っていなかったので、少しだけ驚いた。

 詳しく聞きたくもあったが、だけどそれは私が聞いてはいけないことだろう。
 ごまかすようにもう一人のサーヴァントに目を向ける。
「そっか。へんなこと聞いちゃったわね。セイバーは?」
「……私も同じようなことです。シロウには心配をかけてしまった」
 彼女は遠い彼方に視線を飛ばす。そこには彼女の故郷があるのか、それとも彼女の夢があったのか。
「心配するな、と。――――ルビー、貴方に感謝します。……貴方とサクラにはいろいろと教えられた」
「なにそれ?」
「いえ、戯言に近いと思ってほしい。私はまだ願いを適える道を探さなくてはいけないが、それでも貴女の決意は忘れません」
 肩をすくめる。彼女に詳しく喋る気はないようだった。
「なーんか、二人とも満足げな顔しちゃって、まあ……」
 アーチャーとセイバーが私のほうに顔を向けた。
「なに、君には負けるさ」
「同感ですね。願いを適えたというのなら、貴方こそが当てはまるはずでしょう? 大筋では思惑通りではないですか」
 その言葉に苦笑した。図星でもあり的外れでもある。
「なにいってんのよ。ほんとなら私はここで完全に終わってたはずなのよ。この泥だって制御できるはずだったんだから。それにあんだけ苦労した宝石剣も作り直し――――あーあ、上手くいかないものねえ」
「ふん、当然だ。宝石剣を願ったはずお前が、泥で願いをかなえようとしたことがすでに完全な間違いなのだ。いくらいい案に見えても、君がそのようなものに頼ることが正しい道のはずがない」
 …………。

「……アーチャーさあ。遠坂凛と何かあったの? なに、私を聖女とでも思ってるわけ? 戦ってるときから思ってたけどさ」
「ああ、それは私も感じていた。ルビーと凛に対して貴方はどうも甘いようですね」
 セイバーがうなずく。桜を通して日常を除いていた私から見れば、セイバーにだって十分に甘かった気もするが、それは言わないでおこう。
「なに、マスターだからな。多少なりとも甘くはなるさ」
 肩をすくめる。
 嘘付け、と思ったが口には出さない。

 だがその視線を読み取ったのか、アーチャーは少しだけ沈黙して口を開く。
「ふむ……ルビー、君は英霊として天にあがって、それでもその目は遠坂凛そのものだ。それが私にとってどれほどの驚愕なのか、君にはきっとわからんだろう」
 なに言ってるんだ、この男。
 そう口にしようとした私を、

「――――ありがとう、凛。まったく君には教えられてばかりいる」

 彼の始めてみる柔らかい微笑で封じられた。
「……………………」
「……………………」
 セイバーとそろって言葉をなくした。
 だがそれに気づく様子もなく、アーチャーは沈黙を断ち切るように肩をすくめる。
「では、はじめよう。ルビー、君もそろそろ限界だろう。ここで君ごと暴走させては彼女らにあわせる顔がない」
 信じられない。
 いまの出来事をまるっきりキャンセルして、こいつは私たちに話しかけた。
 だが内容が間違ってもいないところが腹立たしい。
「……まったく、変わりないわね。あんたは」
「シロウに通じるものがありますね」
「?」
 アーチャーが首をかしげる。
「気にするほどではありませんよ――――と、ルビー、どうしました?」
 その言葉に意識を戻す。少し考え込んでいたようだ。
「……ん、ちょっとね。まあ、なんでもないわ。それじゃあ、そろそろやる?」
 サーヴァンと同士といえど、こうして彼ら言葉を交わすのはなかなかに楽しかったが、私たちにはやるべきことがある。

「……そうだな、いつまでもこうしてはいられない。私に次の戦いがあるように」
「ええ、きっと私が答えを見つけに次の戦いに行かなくてはいけないように」
 アーチャーとセイバーが構える。それは二人とも光り輝く刀剣だった。
「なるべくなら、痛いのは勘弁してね」
 二人に笑う。
 彼らも笑い、
「ああ、任せておきたまえ」
「ルビー、貴方も気を抜かないように。リンもあれで抜けていましたからね」
 アーチャーと私が苦笑する。それは私が一番よく知っている。

 剣が輝き、聖なる風が巻き起こる。
 それは全てを終わらせる最後の宝具。
 先ほどのやり取りとは裏腹に、真剣な顔を苦痛に歪ませたアーチャーとセイバーが剣を掲げる。
 当然だろう。彼らの魔力はすでに限界のはずだ。
 これは残った魔力を搾り出した一撃。放てば己が消える一撃。
 しかしそんなものは、サーヴァントにとって意味はない。我々は命よりも生前の夢を上位に掲げる狂人だ。

「では、いくぞ」
 アーチャーが紅い柄を持つ魔剣を構え、
 セイバーが不可視の結界を解いた聖剣を振りかざす。
 私を殺す剣を構える彼らに向かいあう。
 きっともうこんな機会はないだろう。
 世界に上げられ、ただ掃除屋として扱われる私やアーチャーには、こんな自由はもうきっと存在しない。
 
 アーチャー。彼は目的を適えていない私と違い完全に座に登録された英霊だ。誰にも救えず、きっとその身を永遠に苦しめ続けるのだろう。
 掃除屋として世界に使われ、人を救うために座に上がった大ばか者。世界のためであり、人のためではなく、人のためではなく人の住処のためにあらゆる災厄を殺す破壊の使い。人のためにと座に登り、人の住む世界のために人すら殺さなくてはいけない現実を突きつけられた愚か者。
 セイバーになんてもっと逢えるはずがない。生きている英雄。生きている霊体。記憶が継承されているというのに英霊として扱われるという彼女はどれほどの苦労を重ねるのだろう。聖杯をえられて英霊が関わる機会など聖杯戦争以外だろうとそうあるものでもないが、彼女はそれにずっと立ち向かっていくのだろうか? ああ、いったいそれはどれほどの苦行なのだろう。

 ああ、だけど。だけど二人はもう大丈夫。
 誰にも救えぬ心は自分自身で救うもの。
 聖杯戦争中に幾度か心をささくれさせていたアーチャーは先ほど遠坂凛に向かって笑っていた。
 セイバーも絶対に挫けまい。先ほどの言葉がどれほどの重みを持っていたのかは知らないが、彼女が答えを見つけるといった以上、その誓いは絶対だ。
 彼も彼女も心配ない。
 だって彼らは笑ってる。
 私に向かい剣を構え、その魔力の放出に顔をゆがめながらもその笑みには満足感しか浮かんでいない。
 この別れのあとも、ともにこの戦いを潜り抜けた戦友が、最悪の結果にならないことを信じてる。

 闇を払う聖なる光。
 光が視界を埋めつくす。
 ああやっぱりあの二人なら安心だ。これならば、この地、桜が住まう私の故郷、冬木の地は安心だろう。
 私はその聖光から逃れようとあがく泥を制御する。
 悪いがこれは私とここで心中だ。
 泥が私を中心に収束し、私は無理やり力を通して聖杯までの道をあける。
 聖杯を壊すのではない。聖杯の破壊ごと聖杯につまる泥を浄化する。
 それは壊すだけでは不可能で、私こそがやらねばならない最後の仕事。
 地を揺らす音が鳴り、天へ伸びる光の柱が生まれ出る。
 私は最後に、大きく息を吸い込んだ。
 アーチャーへ、セイバーへ、衛宮士郎へ、遠坂凛へ。
 そして慎二に桜へ叫ぶ。

「――――まっ、これからも頑張りますかぁ! 初めからやり直しだろうと挫けるような私じゃないわっ、この身は無敵で素敵な魔法少女のカレイドルビー。挫けることは有り得ない。あんたらみんなも負けんじゃないわよっ、頑張んなさい!」

 私は天に届けとそう叫び。

 そして、ようやく。
 ――――――――全ての終わらせる白光が世界を染めた。

 Interlude out ルビー




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