<戦闘より二日後・帝国帝都・美しき騎士のジルヴィア=シュトラウス少佐>
インディゴ中隊が全滅した、その情報が私の所に入ったのは先程だ。
私の恩師が、私の姉が、私の友人が皆殺しにされた。
……いや、戦争に人死は付きもの。
しょうがない事は分かっている。
だが、恨まざるをえない。
私の兄もまた、嘗て王国の佐官に汚らしい手で打ち倒された。
その時は遺品の一つも、帰って来なかった。
「ジルヴィア少佐。」
私の副官であるコリーナ中尉がやってきた。
恐らく私が知っている情報と同じだろう。
「……ああ、話は聞いている。
全滅、だそうだな。」
「いえ、一人生存者が。」
「何だと!?」
生存者!?
「だ、誰だ!?」
思わずコリーナ中尉に詰め寄ってしまう。
「落ち着いてください、少佐。」
「落ち着いていられるか!早く教えろ!!」
「少佐!!」
っ!……いや、そうだな。
こういう時こそ落ち着かなければ。
「すまない、コリーナ中尉。」
「……いえ。
……生存者は、クリスティーナ少尉です。」
「クリス、クリスティーナか!」
生存者が一人でも居た。
しかもそれが自分の友人となればやはり喜ばざるをえない。
……自分は果たして薄情者なのだろうか。
「少尉は重傷ですが、敵が死体を腐らせない為か魔法による完全氷結を行ったようで。
それのお陰で命長らえたようです。
同じ処置がしてあったインゴベルト少佐はお亡くなりになっていましたので恐らく間違いないかと…。」
「……弔いの積りだったのか。
何とも皮肉……いや、敵にも敬意を尽くしたその人物に感謝するべきだな。」
「交戦した部隊についてはご存知で?」
交戦した部隊……確かガルム小隊だったか。
隊長が代わったと聞いたが……今回の事で、よりその存在感を示しただろうな……。
……ああ、思えば情報は敵に漏れていたのだろうな。
例のスパイが裏切るとは思えない。
敵の指揮官が優秀なのか。
「ああ、例のガルム小隊だろう?
……まさかインディゴ中隊を撃破するほどだとは……。」
一個小隊でかのインディゴ中隊を撃破する。
恐ろしい戦果だ。
「その隊長についても分かりました。
スパイからの情報です。
名前は、マリア=エルンスト。
彼のエルンスト夫妻の娘で弱冠……九歳。
中隊の半分以上を撃破しインゴベルト少佐を討ち取ったのは彼女です。
デバイスに残された戦闘記録と彼女が氷結魔法の使い手であることからも間違いないかと。」
「九歳だと!?」
信じられん!いや、クリスティーナは十二歳であるし私も十四歳だが。
同じ少佐である私でもインゴベルト少佐を討ち取るなどと……不可能だ。
それを九歳の女児が!?
「元々は軍の広告塔として利用されていたようですが、優秀すぎるが為に前線へ送られたそうです。
前線では着任早々に絡まれたフレディ少佐を殺し、その次の日の戦果がインディゴ中隊撃破。
その強さからついた蔑称が血塗れのマリア。」
一体何の冗談だ?
コリーナ中尉は薬でもキメているのか?
「今、不快な事を考えませんでしたか?」
「い、いや、考えてないぞ?」
私が弁明しても、尚疑わしそうに睨みつけてくるコリーナ中尉。
「そ、そそそそうだ!クリスティーナ少尉の見舞いに行こう!」
「現在面会謝絶中です。
命に別状はないそうですが……と言うか貴女が行ったら間違いなく取り乱すでしょう。」
よし、矛先は逸らした。
……だが、取り乱す云々は気に入らないな。
「そんな事は無い。
私は何時でも冷静だぞ?」
「…………そうですか。
三日後には治癒魔道師と一緒に此方に搬送されてくるそうです。」
何だその疑わしそうな目は、一応私は上官……あ、いや、その、書類整理は手伝ってくれないか?
……ま、まぁ良いだろう、三日後にこの私の冷静さを証明してやる!
楽しみにしておけ!
リリカルなのはAnother~Fucking Great!~(現実→リリカルなのは TS)
第九話 しかしきっと番外編
<戦闘の次の日・マリア大尉>
やぁこんにちわ、俺は絶賛二日酔い中だが皆さんは元気かな?
祝勝会でPTSDになりかけたマリア大尉だよ?
昨日はうっかり前世のノリで服を脱いじまったんだ。
てか、この体で前と同じノリで酒飲めば前後不覚になるよなって話。
あの時のアンナちゃんの女の目は忘れられないぜ!
俺、狙われてる!?
ふ、震えが止まらねぇ!
……まぁ、冗談はおいといて……冗談って事にしとこうぜ?
今日一日は完全に暇なんだ。
何せあれだけ大規模な戦闘をやったんだからな。
……まぁ昨日の戦闘はとことん後味が悪かった。
せめてもの弔いとして死体が腐らないように氷葬?しておいたけど、どうにもな。
…だが、後悔はしていない。
俺が殺したのは人間で、俺が殺したのは敵兵なんだから。
うん、辛気臭い話はこれで止めようか。
折角の休みだってのに気が滅入っちまう。
現在、俺は小隊連中とポーカーに興じている。
休みだからってぶらぶらするのも、なぁ?
それに小隊連中と一緒に居た方が安心できるし。
これも一種にPTSDなのか如何なのか……どっちでも良いか。
「ツーペア!」
「畜生!ワンペア……。」
「へへ、フルハウス、悪いな?」
「げぇ!?」
上から順番にカール上等兵、ブルーノ軍曹、アントニウス少尉で、またカール上等兵。
最近このメンバーはお決まりになってきたな。
他のメンバーとも仲が悪い訳じゃないけど、何故かこのメンバーが集まりやすい。
……いや、この連中とポーカーをするのは初めてだったか?
「お~い、マリア大尉はどうなんです?」
と、アントニウス少尉がニヤニヤ顔で言ってきた。
自分の手に自信があるんだろう。
ん?ああ、そういや観察しててカード出してねぇや。
「ストレートフラッシュ。」
「二回目!?」「マジかよ!」
「た、大尉、幾らなんでもありえねぇんじゃ!?」
カール上等兵とブルーノ軍曹が同時に叫び、アントニウス少尉が少々遅れて叫んだ。
アントニウス少尉本当に残念になぁ、はっはっは。
いやぁ、俺ってばこっちに来てからポーカーで負け越した事ないんだよなぁ。
……うん、何故か…な?
「イカサマじゃないっすよねマリア大尉。」
「…………。」
カール上等兵の疑惑の言葉に続いて他の二人も疑いの目を向けてくる。
しかし、俺は揺るがない。
……無表情マジ便利。
知らなかったのか?ばれなければイカサマじゃない。
前世の親父との対決で鍛えたイカサマを舐めるなよ?
「とっとと掛け金を出せ。」
俺の言葉に諦めた表情をする三人。
君達歴戦の兵士が、まさかイカサマ疑惑で少女の体をまさぐるなんて出来ないよなぁ?
「うぅ、給料日まだなのに。
明日から何食って生きてきゃ良いん「マリアちゃ~~ん!」だ!?」
カール上等兵がぼやいた瞬間或いは神の采配か、鈍い衝突音が俺とぶつかってきた人物の間で響いた。
次いで俺の服から何かが落ちて地面で軽い音を立てる。
軽い音の正体は、使っているカードと同じ柄の様々なカード。
ぶつかってきた人物、アンナちゃん以外の視線がそれに集中した。
周囲に降りる、沈黙の帳。
間違いなく空気が凍った。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「えへへ~~」
訂正だ、これもアンナちゃん以外。
「大…」
「AL-37FU、起動。」
【大尉ーーーーーーーー!!!】
吼える連中逃げる俺。
腕に抱えたアンナちゃんは、キャーっと嬉しげな悲鳴を上げている。
超音速飛行用デバイスを全力で無駄使いして俺は見事逃げ切った。
あ~これで小遣い稼ぎはもう無理かぁ。
あ、巻き取った分はちゃんと置いてきたぜ?
イカサマはばれれば負けだからなぁ。
<残された人々・第三者視点>
「マリア大尉、油断も隙もねぇ。
流石っつぅかやはりっつぅかなぁ……。
……ああ、だから他の連中はポーカーに参加してこなかったのか。」
と、取られた金を回収しながらアントニウス少尉。
怒りと言うよりも半ば以上呆れている。
「あれは本当に九歳児なのか?
幼児の皮を被った歴戦将校じゃないのか?
寧ろ鬼教官。」
ブルーノ軍曹、此方も同じく。
そして実に彼女の存在に対して疑わしげだ、然もありなん。
「うぅ、良かったぁ。
パンの耳だけの生活はもう嫌だ。」
カール上等兵は普通に安堵していた。
涙を流しながら安堵するその姿は情けなく。
一体今の彼を見て何人がガルム小隊の一員と信じるだろうか。
【お前はギャンブル弱すぎ。】
一般の小隊よりも高給取りのガルム小隊。
二人の突っ込みも仕方が無いだろう。
<マリア大尉>
ちっ、今回も結構稼げてたのにな。
カール上等兵は最高のカモだったし。
やり慣れてる奴は用心深くて仕方がねぇ。
少尉達から逃げ切った俺は、基地の裏まで来ていた。
……一先ずアンナちゃんを降ろす俺。
「ま、マリアちゃん、まだ朝だよ?」
「………何がだ。」
最近アンナちゃんが加速度的に壊れてるような気がする……。
……いや、軍に入ってから俺への依存性が上がったからかなぁ。
だが、変な知識を入れているのは誰なんだ?
「アンナちゃん。」
「でも、その、あの、マリアちゃんがしたいなら良い、よ?」
うん、休日だからさ、マリアちゃんって呼ぶのは構わないよ?
だけどな?恥と外面は持とう?
「アンナ中尉!」
「は、はい!」
よし、こってり絞られたから大分染み付いてるようだな。
「……その可笑しな知識は何処から仕入れた?」
「え?…えっとね、お父さんとお母さんと……イリーナ大尉かな!
昨日のはイリーナ大尉が教えてくれたんだよ!」
OK,中々良い度胸じゃぁないかイリーナ大尉……ん?アンナママとアンナパパ?
あれ俺達一家の天敵よ?つぅか俺の。
今度是非イリーナ大尉と格闘訓練をしよう。
なぁに一時間ほどで解放するさぁ、ぶっ通しだけど。
「……アンナちゃん、その知識はアンナちゃんにはまだ早すぎる。」
「?そうなの?」
そうなの、しかもかなり間違っているのだよ。
「あ、そうだ!」
ん?
アンナちゃんが突如何かを何かを思い出したかのように手を叩いた。
いや、何か思い出したんだろうけれど。
「あのね、イリーナ大尉が一緒にお買い物しようって!」
……へぇ、ほぅ、成る程。
まぁ純粋に善意からだろうなぁ。
だが、実に良い度胸をしているなイリーナ大尉は。
「マリアちゃん?」
顔をアンナちゃんの方へ向けると、彼女は少しだけ不安そうな顔をしていた。
そう言えば、昔と比べれば一緒に居る時間は遥かに短くなっている。
もしかしなくとも彼女は不安なのかも知れない。
…………まぁ良いか、休暇くらいはゆっくりと休みたい。
その件については格闘訓練の時にじっくりと……な。
「行こうか。」
「うん!」
一先ずはアンナちゃんの眩しい笑顔が見られたからよしとしようか。
で、だ。
イリーナ大尉と合流した俺達は買い物へと出かけたんだが……。
「ねぇねぇ、アンナちゃんさ!これ可愛くない?」
「あ、可愛い!何処にあったの?」
嬉々として買ったペンダントをアンナちゃんに見せるイリーナ大尉。
それを見て少し羨ましそうにするアンナちゃん。
「えへへ、そこの露天商のおじさんとこで売ってたんだよ。」
「良いなぁ~。」
何時の間にそんなに仲良くなった、つぅか、イリーナ大尉マジアンナちゃんと同レベル。
……いや、別にアンナちゃんを馬鹿にしてる訳じゃないぞ?
アンナちゃんは子供だし……俺も今は子供だけど。
「あ!イリーナさん、あれ可愛い!」
「ホントだぁ~!」
ああ、うん、元気だな二人とも。
なんつぅか俺がついてけないほどに。
「マリアちゃん早く~!
猫さん可愛いよ?」
「そうですよマリアさん!」
正に彼女の買い物に付き合わされる男の図。
いや、つき合わされているのが無表情の幼女ってのは微妙だが。
……ああ、周りの微笑ましげな視線がうっとおしい。
甘く見てたぜ天然二人の女の子パワーを!
買い物始めてから既に三時間経過してやがる!
奴等のエネルギーは無限か!?
……あ、おっちゃんその串焼き一本ちょうだい。
「串焼き、一本。」
「へ、へい!」
どもんなよおっちゃん、目つき悪いのは自覚してるけどさ、無表情だし疲れてるし。
俺は串焼きをなるべく男らしく食らいながら二人の後を付いて行く。
うん、奇異の視線も加わって更にうっとおしい、普通に食べよ。
「あー!マリアちゃん歩きながら食べ物食べてる!いけないんだぁ!」
「あ、ホントだ!駄目ですよマリアさん!」
二人が俺に向かって発言すると、再び微笑ましげな視線が周囲に充満した。
あ~分かった分かった、つぅかイリーナ大尉は俺の呼び名マリアさんで固定なのな。
俺がその事をイリーナ大尉に伝えると。
「ん~だって何か年上のお兄さんみたいな雰囲気しますもん。」
この天然も侮れねぇ。
「あ、そうだよね!
えへへ、一緒に居て安心するって言う感じがするよ。」
と、少なからぬ脅威を感じていると、イリーナ大尉に続いてアンナちゃんもそう言ってきた。
心なしか嬉しそうな声と表情はとても微笑ましい。
にしてもこっちもか、まぁアンナちゃんとは付き合い長いからそう感じ取っててもおかしかないか。
中々嬉しい事も言ってくれてるし。
「……そうか。」
表情は動かない、が、きっと彼女達には俺が微笑んでるように見えているのだろう。
二人は随分と嬉しげな表情をしている。
こう言った連中は、戦場に限らず貴重だな。
「じゃ!ご飯にしませんか?」
「うん、私お腹ぺこぺこ!」
「無論イリーナ大尉の奢りで。」
「ええ!?」
はっはっは、当然じゃぁないか最年長。
……ん?俺の精神の年齢?ヨウジョニホンゴワカリマセ~ン。
うん、と言うわけでやって来たのは近場にあった定食屋。
何でもイリーナ大尉は良く此処へ食べに来るそうな。
最初はごく普通に高級レストランへ入ろうとしたんだが大尉に泣いて止められた。
定食屋は程ほどの大きさでほのぼのとした雰囲気が漂っている。
いかにも町のお食事所と言った風情だ…………何故店名が猫飯?
まぁ、当然の如く和式ではないんだがな……醤油飲みてぇ。
うぅん?これが噂のワールドシック?
「マリアちゃん、如何したの?入ろうよ。」
店の前で立ちながら思案しているとアンナちゃんが訝しげに言ってきた。
どうやらイリーナ大尉は既に店内の模様。
「……ああ。」
俺は短く答えてアンナちゃんに続いた。
ドアベルが鳴り、俺達を歓迎してくれる。
音色が優しげだったのはドアを開いたアンナちゃんの所為もあるのだろう。
店内を見回す……までもなくイリーナ大尉の俺達を呼ぶ声。
店内ではお静かにと言いたくなるほど元気が良い。
イリーナ大尉の声が聞こえた方を向くと……。
「あら、マリア大尉とアンナ中尉もお食事かしら?」
「はい!」
「……ええ。」
此処はお食事ってほど丁寧じゃないと思うが、まあ良い。
あんたも庶民派なんだな、ローザ中佐。
正直こういう場所に居るとしたらフィーネ中佐が思い浮かぶんだが。
……あの人は何ていうか、主婦ってオーラが出てる。
失礼?一応褒めてる積りなんだけどなぁ。
…………あ、あの人もこの人も十九歳だったか、そりゃ失礼。
「……フィーネ中佐はご一緒では無いんですか?」
何となく気になったから聞いてみた。
席に座りながら聞いたんだがローザ中佐は然して気にしてない模様。
「たまには外食もするけど、あの子は何時もお手製のお弁当なのよ。
食費が勿体無いって。」
訂正、奴は主婦だ。
……まぁ、将校は個室だし、共同キッチンも一応あるから弁当くらい作っても可笑しくは無いが。
だが、つい口に出てしまう。
「……主婦ですね。
ローザ中佐は……まぁ聞かないで措きましょうか。」
要らん事まで。
「い、言ってくれるわね。
……そりゃぁフィーネみたいには上手くは無いけれど、料理くらい出来るわよ?」
「Sandwich?」
えーローザ中佐の額に青筋入りましたぁ。
「…………やけに突っかかるわね。
何か気に入らない事でもあったのかしら?」
ニッコリと微笑みながらお聞きになるローザ中佐。
いやぁ、何となくからかえそうだったから。
……とは流石に言わず無難に答えておくことに。
「……いや、母性が足りないかなと。」
「何処を見ながら言っているのかしら!?」
しまった、ついつい胸に目が行ってたらそんな言葉が。
……うん、小さいんだ。
少なくともフィーネ中佐やイリーナ大尉と比べたら圧倒的に。
……大らかさと比例してでかくなるのかなぁ。
「あわわ!ろ、ろローザ中佐落ち着いて!」
「お、落ち着いてるわよ!」
いや、落ち着いてないよ、原因俺だけど。
……あ~ごめんなアンナちゃん、ローザ中佐怖いよねぇ~。
かく言う俺も少し怖くなってまいりました。
どうやら調子に乗りすぎた模様。
「申し訳ない、ついストレスの良い捌け口が見つかったもので。」
「それ謝ってる積り!?」
無言で頷く俺に、何処か草臥れたオーラを纏い突っ伏すローザ中佐。
周りの人間の好奇の目が俺達に突き刺さる……うん、自業自得なんだ。
つい面白そうだからやった。
反省はしているが後悔はしていない。
「ふ、ふふ、フィーネの苦労が少し分かったわ。」
どうやらローザ中佐は人間として一回り大きくなった模様。
キレて本気で怒鳴らない辺りこの人はかなりのお人よし若しくは子供好き。
サウスハンプトン基地は、例外あれど人としてもかなり優秀な佐官が集まっている模様。
「なぁ~~~。」
「?」
突如聞こえた鳴き声。
猫?、と思ってそちらを見ると、何処か困った様子の小さな女の子が一人。
先程からちらほらと同じ服を来た女の子が見えたから、恐らくはウエイトレスなのだろう。
手には『店内ではお静かに』と書かれた看板が掲げられている。
ちなみに、この少女も含め、見かけた子は皆金髪碧眼で可愛らしい顔立ちをしていた。
「……了解した。」
悪かったという思いを込めて短くそう言う俺。
「なぁ!」
それに対して少女が一鳴きすると同時に看板が一回転、今度はそこに『頼むぜ!』と書かれていた。
…………僅かながら魔力を感じたので間違いなく魔法だろう。
定食屋に魔法の使い手が居るとはこの町中々侮れん。
……それが幼女なのは果たしてデフォルトなのだろうか、うん、侮れん。
「なぁなぁ。」
『ご注文は?』と書かれた看板が出されたので俺達は皆メニューを見ながら注文する。
悩みそうなイリーナ大尉とアンナちゃんも。
前者は予め決めていたと言う理由で、後者は俺と同じものをと言う理由で滞りなく答えていた。
「なぁー!」
最後に、『任せろよ!』と言う看板を見せてから、少女は可愛らしく小走りに奥へと引っ込んでいった。
見ていて中々に和む光景だ。
何時の間にやら復活したローザ中佐なんか特に微笑ましげに眺めている。
イリーナ大尉も可愛いなぁと言いながら和んでいて、アンナちゃんはお友達になれないかな等と言っている。
綺麗に纏まった良い店の雰囲気に可愛らしい店員。
これで後は料理が美味しかったら万々歳だな。
ちなみに、全員結局日替わり定食を頼んでいる。
「良い所でしょう?」
ローザ中佐が何処か楽し気な声で聞いてきた。
それはお気に入りの場所を誇る様であり、その場所を守れていることを誇っている様でもあった。
見ればイリーナ大尉も同じ様な表情をしている。
分からないでもない。
何処か子供っぽい理由だが、小さな事でも戦う意義が増えることは大切だ。
多くを背負いすぎなければ、戦場ではそれが生き残る事にも繋がる。
「……ああ、良い場所だ。」
「うん!」
俺に続いてアンナちゃんの元気の良い声が響いた。
ここら一体がほんわかした雰囲気になる。
この様子だと町の人達とも結構良好な関係が築けていそうだ。
……この一箇所を見ただけでも分かる事がある。
此処は、実に護り甲斐のある町である事だ
ちなみに、期待を裏切らず此処の食事はとても美味しく。
俺達は食事開始から終始和やかに過したのだった。
穏やかな休暇はあっと言う間に過ぎていく。
楽しい時間とは須く速く流れ去るものだ。
そういう意味で、今日と言う日は実に良い日だったと言える。
まぁ、あの後ローザ中佐も加わっての買い物は少々疲れたが。
……未だ下着店などに入るのは抵抗を覚えるのだ。
皆、多少とは言え感情を表に出して嫌がる俺を面白がるから尚更だ。
ローザ中佐のあれは間違いなく意趣返しも入っていたな。
そんな休暇を過した俺は、夕刻辺りに司令室に来てくれと言われていた。
ハロルド大佐から話があるらしい。
基地司令室の前についた俺は二度ドアをノックし、名前を述べる。
部屋の主の了解を得て入ったそこには、ハロルド大佐ともう一人佐官が居た。
「マリア=エルンスト大尉只今参りました。」
「ご苦労、楽にして良い。」
敬礼と共に挨拶をすればハロルド大佐からそんな言葉が返ってきた。
ご苦労……いや、お疲れ様なのは彼の方だろうに。
流石の俺もこれには少々呆れてしまった。
部屋の中にいたもう一人の…中佐殿も同じ様な感情を表に出している。
まぁ、俺の場合は表には出ていないのだろうが。
ハロルド大佐は彼をスルーする事に決めた様子。
俺のほうに向かって続けて口を開いてきた。
「おめでとう、マリア大尉。」
「……?」
唐突にハロルド大佐から唐突に祝言が送られた。
訳の分からぬそれに俺は内心のみで首を傾げる。
そんな俺を見て、ハロルド大佐は何が可笑しかったのか、何処か皮肉気な笑いを浮かべた。
中佐殿は何処か苛立たしげな雰囲気を発し始めた。
優しげな雰囲気を醸し出していた彼がそんな空気を発し始めるとはかなりの厄介ごとらしい。
「予想はしていたか、覚悟は出来ているようだな。」
どちらもNOだが口は噤んでおく。
何処へ転がるか分からないのだから、下手な発言は極力控えた方が良いだろう。
少し間を置いて、大佐は言ってきた。
その目は眼光鋭く真剣味を帯びている。
「マリア=エルンスト大尉。
本日17:00時を以って少佐への昇進を通達する。
まぁ、異例中の異例だ。
所属も今のまま変わらん。」
…………なるほど、厄介だ。
ある程度の覚悟はしていたのだが、やはり軍の上層部は俺を英雄へと祭り上げる積りらしい。
ただ、その行動が予想よりも遥かに早かった。
恐らく今朝の時点ではこの基地にその通達は届いていなかったのだろう。
インゴベルト中隊を撃破したのは彼等にそれだけの衝撃を与えたのか。
「了解致しました。」
たった二日で二階級昇進。
貴様何処の激戦区出身だと言いたくなるようなスピードだ。
いや、それでも尚言い足らないか。
「……君は……それで良いのかい?」
これまた唐突に、ずっと押し黙っていた中佐殿が口を開いた。
……この基地に中佐は三人、とすると……。
「ああ、彼はアルベルト=レオンハート中佐だ。」
「初めまして、マリア少佐。」
彼は自分が名乗っていない事に気づき、一旦雰囲気を元に戻して困った様に言ってきた。
「初めましてアルベルト中佐。」
俺も普通に返しておく。
少し観察するような視線になったのは仕方がないと言いたい。
何せ彼は爽やか系のイケメンである。
元男として少々気になったのだ。
それに、アルベルト大隊はアンナ中尉が所属している中隊の大隊だ。
「はは、俺の顔に何か付いてるかい?」
少々困ったような表情を浮かべるアルベルト中佐。
うむ、イケメン死すべし、かな。
「目と鼻と口が。
綺麗なお顔ですね、少々見惚れてしまいました。」
アルベルト中佐の顔が引きつり、ハロルド大佐は笑いを堪えている。
まぁ、あれだ、無表情に淡々とこんな事を言われても、褒められている気がするわけが無い。
無論、狙ってやってる。
「は、はは、噂に聞いていた人とは少し違うみたいだな。
失礼だがもっとこう、固い感じのする人だと思っていたよ。
……うん、面白い子だ。」
アルベルト中佐の声には少しの嘲りや悪意もなく、ただ今知った事実に驚いているようだ。
最後に付け加えるように呟いた言葉には何処か複雑な意思が感じられたが。
「……それで、何か私に聞きたい事でも?」
一応丁寧に聞いておく。
最近小隊連中とかには俺と言っているが上官に言う訳にもいくまい。
「……いや、良いよ、忘れてくれ。」
中佐は何処か無理をしているような表情で言った。
「ではマリア少佐、これが新しい階級章だ。
君の更なる活躍を期待している。」
俺は階級章を受け取り、退出許可を得て部屋を去って行った。
自分の未来には確かに不安を抱かざるをえないが、やってやれない事も少ないだろう。
少なくとも俺には、頼りになる連中が沢山いるからな。
……本来なら、敵かそうでないかだけで判断するべきだろう。
だが、それでは余りにも寂しすぎるじゃないか。
仲間と言う奴がいても良いんじゃないかと俺は思う。
きっとそれは、狂気の中でも美しいものだから。
……まぁ一先ず、腹いせ紛れにいちゃもんつけて、イリーナ大尉と格闘訓練をしたんだ。
かっとなってやった、意外とすっきりしたので今度もまたお願いする事にする。
<戦いから七日後・帝国帝都中央病院クリスティーナ少尉の病室・第三者視点>
夕日の映える病室で、三人の少女が会話をしているようだ。
一人はこの病室の主であるクリスティーナ少尉。
長い金色の髪と穏やかな青い眼を持つ少女。
一人はその友人であるジルヴィア少佐。
こちらは長い銀色の髪に青い瞳を持っている少女。
そして、その副官であり、二人の友人であるコリーナ中尉だ。
彼女は、セミロングの茶色がかった黒い髪に黒い瞳を持っている少女である。
三者三様……少しコリーナ中尉が浮いているか。
しかし、三人とも顔立ちは整っていて絵になった。
年齢は上から順に十二、十四、十五である。
身長も上から順に高くなっていくが、ジルヴィア少佐は少しだけ低めだ。
「ほぅ……成る程、そんな恐ろしい攻撃手段を持っているのか、彼女は。」
「うん……あっと言う間に、半分以上の人が居なくなっちゃった。」
「恐ろしいですね、タイミングと位置が分かっていても避けようが無い。」
ごく普通に学校へ通っているような少女たちではあるが、話している内容は実に殺伐としていた。
彼女は軍の関係者であり、事実一人は患者服だが、二人は軍服を着ている。
「その上インゴベルト少佐相手に接近戦までこなせるのか。」
ジルヴィア少佐はどうやら相手の事で頭を痛めている模様。
彼女にとってその敵はそれほどに厄介なのである。
「……私が生き残ったのは、きっと偶然なんだと思う。
あの人は、私を殺す覚悟をきっと決めていたから。」
何処か遠い目で語るクリスティーナ少尉。
その目には憎しみは無いが溢れるほどの悲しみがあった。
彼女は傷を、心を蝕み続ける傷を負っているのだ。
体の傷と違ってそれは治りにくいものである。
ただ、その傷はほんの少しだけではあるが、癒されていた。
その証拠に、悲しみ以外の色も見える。
「だ、大丈夫!私がクリスを守るから!」
ジルヴィア少佐がクリスティーナ少尉を懸命に励まそうとする。
ジルヴィアにとって、年の近い彼女は親友であり守るべき対象だった。
幼い頃から大人の間で軍人としての訓練を受けてきた彼女にとって。
少尉の存在はそれほどまでに掛け替えの無いものだったのだ。
故に、少尉と恩師と自分の姉を奪ったかの敵を憎み。
同時に偶然とは言え少尉を生かして帰してくれた敵に感謝していた。
コリーナ中尉にとってもそれは同じである。
彼女達三人にとってその敵、マリア=エルンストと言う存在は何とも複雑な人物だったのだ。
当事者たちの中で、知らぬはマリアのみである。
「ジルヴィアは、あの人と戦うんだよね……。」
「……多分。
しかも今戦えば十中八九負けるだろう。」
三人とも思いは複雑である。
先程も述べたように、相手は仲間の仇であり恩人でもあるのだ。
態々敵を弔おうとするのだから戦場には似つかわしくない人物と言えるかも知れないし。
情け容赦なく敵を殺すのだから戦場こそ似合う人物とも言えるかも知れない。
しかも対峙すれば高確率で殺されてしまう。
止めは相手が九歳の少女である事か。
戦う理由は十二分に存在するが、様々な意味で戦いたくは無い敵だ。
「加えてガルム、かぁ~。」
「…………逃げてね?」
「……少なくとも私はそうしたいです。」
三人の苦悩は続く。