2012/02/05 全話通じて加筆訂正。話の流れそのものは変えていないので、最新話だけ読んでも話が通じるようになっています
第1話 『この手に魔法を』
「おおっ!?」」
背後から迫る気配に身を屈める。寸暇を置かず先ほどまで頭のあった位置を高速で飛来する物体Xが通り抜ける。
前方から聞こえる爆砕音。
顔を上げればこちらに向き直る黒い物体と粉々に砕かれた壁。
うわぁい。あんなのまともにぶつかったら即死である。あはは。
「なんて言ってる場合じゃねーっ!?」
手を着いて立ち上がり、再び走り出す。振り返らなくても黒い物体が後を追ってきているのを感じることができる。
今の状況を一言で説明すると真夜中に謎の黒い物体と生死をかけた鬼ごっこ!
笑えない。とても笑えない。
興味本位というか保護欲というかそんな気持ちで首突っ込んで、不要な犠牲になって死ぬなんて嫌過ぎる。
どうしてこんな事態に陥ったのか?現実逃避も兼ねて記憶を振り返ってみる。
事の起こりは数時間前。
助けて……
何か聞こえた。ちゃんとした言葉ではないが、はっきりと聞こえた。
小学三年生の春。学校からの帰り道に、その声は脳内にはっきりと響いた。
私立聖祥大学付属小学校に通う小学生である俺、遠峯勇斗は特筆することのないごく普通の小学生だ。
――ただ一点、前世の記憶とでも言うべきものを持っていることを除けば。
たまたまその中に、この世界での人物やこれから起こる出来事の知識があったとしても、それらを活用したり必要とすることもなく、普通に生活をしていた。
俺の記憶にある高町なのはや月村すずか、アリサ・バニングスと言った少女らと同じクラスになったとしても、それは変わらず、これからもそうだと思い込んでいたのだが、ここはちょっとしたターニングポイントのようだ。
確かによくよく思い返してみれば、小学三年生の春といえば、もう無印の開始時期だった。今まで特にこれと言ったイベントもなかったからすっかり忘れかけていた。っていうか本当に魔法イベント起きるのか。
脳内に響いた声に、どうしたものかと考える。原作どおり進めば無事に事件は解決する。するのだが、必ずしも原作どおりに行くという保障はどこにもない。
だからといって俺が手出して良くなる状況がさっぱり思い浮かばない。何しろこちらは特別な力も優れた知恵もないごく普通の小学三年生である。
何が出来るとも思わないが様子くらいは見に行くべきか。なにより魔法絡みのイベントという誘惑には非常に心惹かれるものがある。
原作どおりなら淫獣、もといユーノが拾われて愛さんの病院に連れてかれるだけだから危険はないだろう。そうじゃない場合はそのときに考えよう。
いまだに聞こえてくる声を頼りに移動していく。見知った公園の裏道を進んでいくと、程なくして地面に横たわってる小動物を発見した。
本当にいたよ、おい。
慌てて倒れている小動物に駆け寄り、様子を見る。予想通りというか俺の知っている通りに、怪我はしているがちゃんと生きている。早めに手当てすれば大事には至らないのだろう。
安堵のため息を吐いたまではいいのだが、高町達はまだ来ていない。早いとこ病院に連れていってやりたいが、こいつと高町の出会いフラグをブレイクするのは色んな意味でまずい。かと言って怪我した小動物を放っとくのは精神衛生上非常に後味が悪い。どうしたものか。高町達が来るのにどんだけ時間がかかるんだろう。ってか、本当に来るのか。
なんて、うーん、うーん唸って周囲の警戒を怠ったのがまずかった。
「あれ、遠峯くん?」
背後からかけられた声にビクゥッと振り返ってみると、そこには駆けよってくるクラスメイト――高町なのはの姿があった。
「どーしたのよ、なのは?」
「遠峯くん?」
高町に遅れて、月村とアリサもやってくる。
「遠峯?あんた、こんなところで何やってるのよ?」
「いや、何って言われてもなぁ?」
返答に詰まるが、脳内に声が聞こえたからここに来ました、なんて正直に言えば電波扱い確定である。
「俺のことより、フェレットが怪我して倒れてるんだけどさ」
倒れてるユーノを指差して高町達を誘導する。
後はそのまま成り行きで三人と一緒にユーノを愛さんの病院に連れていくことに。ユーノは原作どおりに見た目ほど大した怪我でなく、命に別状はないとのこと。
一度、目を覚まして、高町の指を舐めるのはどうかと思ったが。
もう細かいことは忘れたけど、動物形態だと行動までケダモノそのものになるんだろうか。
精神は肉体に引きずられると何かの漫画で読んだことあるし、俺自身、今の体につられて精神的に子供っぽくなった節もあるのでその辺はなんとも言えない。
素での行動だったら、人間形態のユーノとどう接すればいいのだろう。人として普通に接することができるんだろうか。
色々と思うことはあったが、今この場で俺ができることは何もなさそうだ。高町があの場に現れたということは、ちゃんと魔法の素養もあるんだろう。男として情けなくはあるが、あとは全部高町に丸投げしておこうと、安堵する少女たちを眺めながら心に誓う。
とはいえ、暴走したジュエルシードがユーノを襲うことを知っているだけに、そのまま気にすることなく眠りに付くというのも難しいわけで。
なんとなく気になって家を抜け出し、槙村動物病院まで様子を見に行ったのがまずかった。
ユーノが助けを呼ぶ声が聞こえ、それから少しして高町の奴が建物の中に入っていくのと、俺が槙村動物病院に辿り着いたのはほとんど同時だった。
それはいい。が、しばらくして物が壊れたような音がしたと思ったら、すぐに暴走体に襲われた高町とユーノが飛び出していく。
それを見て、思わず壁から身を乗り出してしまった俺。
俺とバッチリ目が合う暴走体。
「こ、こんばんわ?」
とりあえず手を挙げて暴走体に挨拶してみた。
「……」
ぎゅるりと、首?を傾げて嘗め回すように見られたような気がしなくもない。
何がなんだかよくわからない生き物?に対して手を上げてる小学生男子。実にシュールな光景だ。
「じゃ、そゆことで」
何事もなかったかのように回れ右。そして全力ダッシュ。
「やっぱり、追ってきたーっ!?うわっ、うわっうわーっ!?」
「遠峯くんっ!?なんでここにっ!?」
俺の叫び声が聞こえたのか高町がユーノを抱えて戻ってきた。
「と、とにかく走れーっ!!」
「何々っ!?何が起きてるのーっ!?」
高町と並んで全力疾走。怖くて振り返れないけど間違いなく暴走体は追って来ている。
ちくしょーっ!こんなことなら大人しく家で寝てりゃ良かったーっ!
「君達には資質がある。お願い、ボクに少しだけ力を貸して」
高町に抱えられながらケダモノが喋りだした。っていうか君、この状況でよく平然と話せるね。
「資質?」
「おまえ……動物が喋っても普通に受け入れてるのな」
順応早いよ、君。
「遠峯くんこそ」
や、俺は最初から知ってるだけだし。
「えっと、説明を続けていいですか?」
「おう、とっとと手短に迅速に要点だけ話せ」
おずおずと聞いてきたフェレットもどきにぴしゃりと言い放つ。聞かなくても俺は知ってるが、高町はそうもいかない。
すぐ後ろに危機が迫ってるのでさっさと済ませて欲しい。俺が余計な突っ込みいれたせいだろという野暮はなしだ。
「僕はある探し物の為に、ここではない世界に来ました」
「んな前置きはいらんからとりあえず後ろのをとっととどうにかしろーっ!!」
すぐ真後ろに暴走体がいるのに前置きから説明してる場合じゃねぇだろっ!?
さっさとレイジングハートを高町に渡してどうにかしろと叫びたい衝動をグッとこらえる。
「―――っ!」
全身に悪寒が走る。背後に迫っていたプレッシャーが一瞬喪失する。
雄叫びは頭上から。
「危ないっ!」
俺は迷わず高町を突き飛ばし、自らもその場を飛びのく。次の瞬間には一瞬前まで俺たちがいた地面が砕け散る。
「あ、危ねぇ……っ」
一瞬でも遅れてたらあの暴走体の下敷きになっていたところだ。ってか、あんなのの直撃を食らったらマジで死んでしまう。
「大丈夫か、高町!?」
モタモタしてる暇はなくマジで大ピンチだ。さっさと高町に変身して貰ってなんとかしてもらおう。
「きゅう~」
高町は思いっきり目を回して気絶していた。
……あれ?おーい?
「いやいや、目を回してる場合かーっ!?」
「きゅ~」
ガクガクと高町を揺さぶるが正気に戻る気配はない。
「おい、こらユーノ!?早くどーにかしろ」
「これをっ!」
ユーノが口にした赤い宝石を俺に差し出す。
「僕の力を使って欲しいんです。僕の力を……魔法の力を」
はい?このケダモノは何を言ってやがりますか?
「アホかーっ!?今はギャグやっていい場面じゃないんだぞっ!?勝手に俺の死亡フラグを立てるなーっ!!」
怒鳴りながら思わずユーノの首を絞めつける。
「レイジングハートを渡す相手は俺じゃなくて高町だろーがっ!?俺に渡してどーするっ!?」
「きゅーっ!?きゅーっ!?」
「俺に魔法の力なんてあるか!そんな冗談言ってる場合か、えぇ、おいっ!?」
「じょ、冗談なんかじゃありませんっ。あ、あなたも僕の声聞こえてたんですよね、ならその子とあなたには魔法の素質があるはずなんですっ!」
「……マジ?」
言われてみれば高町以外の人間には聞こえていなかった念話が俺にも聞こえていたことを思い出す。
あー、魔法の素質が無いと念話も聞こえないんだっけ?
「ぎ、ギブギブっ!」
言われてユーノの首を絞めたままだったことに気付く。
フェレットもどきがタップをしている姿は非常にシュールでもう少し眺めていたいところだが、そんな場合ではないので手を緩める。
「げ、げほっ。早くしないと手遅れになります」
高町は目を回してダウン。目の前には今にも襲い掛かってくる気満々の暴走体。淫獣は魔力切れで役立たず。俺の手には赤い宝玉レイジングハート。
「……マジで?」
俺の呟きに答えてくれるものは居なかった。
「俺が……レイジングハートを?」
高町の代わりに俺がレイジングハートを使う。想像すらしていなかった事態に困惑してしまう。だが、それ以上に魔法の力という普通では持ち得ない力への渇望が心の奥底から湧き上がってくる。
高町が魔法の資質を持っていようとも自分には持ち得ないのだと思い込み、初めから諦めていた。例え生きていた世界が変わろうとも自分は凡人としてありきたりの人生を送るのだと。
だけど今。俺の手の中にはそれを変えることの出来る赤き石。ずっと俺が使い続ければ原作フラグを全力全開でブレイクして色々終わる気がするけど、一回くらいならばいいかなー、と邪な思いが過ぎる。
魔法という未知なる力を得る。果たして力を持たざる人間の何人がこの誘惑に抗えるのだろうか?
「上等……やってやるっ」
目を回してふにゃー言ってる高町を横たえ、暴走体と向き合う。その際に暴走体の注意を惹き、高町を巻き込まないように距離を取っていく。
暴走体を真正面から注視する。黒い霧が球状となり、そこから黒い触手のようなものを幾つも伸ばした自然界では絶対に有り得ない異形。
恐怖に体が震える。漫画や小説ではよくある表現だがまさか自身が身を持って体験するとは思わなかった。つくづく今までの自分は平和な日常を送ってきたのだと思い知らされる。震える指を握り締め、今すぐにも逃げ出したい衝動を必死で押さえ付ける。
よくもまぁそこの気を失っているちびっ子は平然と向き合えたものだ。その胆力に感嘆を禁じえない。やはり戦闘民族である一族の血が為せる業なのか。末恐ろしい。
「今から僕が言う言葉を復唱して!我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり!」
ユーノの言葉を復唱しつつ、暴走体の一挙手一投足を見逃さないように注意を払う。
声を張り上げる中、体の奥から湧き上がる興奮が僅かずつではあるが恐怖を凌駕していく。
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」
ドクン。自身の心臓の鼓動と共に全身を何か得も知れぬ躍動が駆け巡るのを感じる。
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に」
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に!」
今ならはっきりと感じることが出来る。自分の中に眠る力。魔力が全身を駆け巡っていくのを。
「この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」
「この手に魔法を。レイジングハート、セェェットアァァァップ!」
全身を支配する高揚感のままにレイジングハートを手にした手を掲げ、咆哮する。全身から溢れ出す力。それが収束し、
『connect error』
「「え?」」
全て霧散した。
「……………」
「……………」
何も起きない。 バリアジャケットも発動しなければさっきまで感じていた魔力の奔流も今は無くなってしまった。
「おい、そこのケダモノ?」
極めて冷静かつ理知的に声をかける。
「は、はいっ!」
ケダモノがとても怯えているように見えるのはきっと気のせいだろう。
「何も起きんぞ?」
「え、えーと……っ」
ユーノが気まずそうに目を逸らす。
「何にも起きんじゃないか、えぇ、おいっ!!なんだよ、人に期待させておいて不発とか何の嫌がらせだよっ!返せっ!俺のドキドキとワクワクを返せーっ!!」
「そ、そんなこと言われてもーっ!?」
ユーノの首を絞めて揺さぶる。なんだよ、なんだよ!せっかく燃えてきたのに!裏切ったな!俺の純真無垢でささやかな期待を裏切ったな!
「――――はっ!?」
背後から聞こえてくる獰猛な唸り声。
「ぬぁーっ!?」
気付いた時には暴走体が目前に迫っていた。とっさに飛び退いて体当たりをかわす。
暴走体はかわしたものの、暴走体がぶつかったことで砕け散ったブロック塀の破片が降り注ぐ。
「痛っ、痛っ!って、うわぁぁっ!?」
小さな破片どころか、直撃したら子供の頭などトマトのように押し潰しそうなデカイ破片を必死でかわす。危ねーっ、マジで危ねーって!?
まずいまずいまずいっ!冗談抜きで洒落になってない。このままでは本気で死んでしまう。
肝心の高町はというと、電柱の影でまだふにゃふにゃと目を回している。ああ、もうっ、なんか泣きたくなってきた。
「おい、ケダモノ。こいつを持って高町を起こせ。こうなったらもうあいつに任せるしかない」
自分よりちっさい女の子に頼るとは情けない限りだが、他に方法がない。
握り締めたレイジングハートをユーノに渡し、砕け散ったブロックの欠片を両手にそれぞれ拾い上げる。
自分がこれから起こす行動の先にあるものを想像して、深くため息をつく。はっきり言ってやりたくない。物凄くやりたくない。
「で、でもそんな時間は」
「時間なら俺が作る。後は……まかせたっ!!」
今の台詞がヒロインに言ったもののならまだ格好が付くが、相手の見た目が喋るケダモノで魔法少女のマスコットである。カタルシスも何もあったものではない。正直萎えるのだが、元々自分の手落ちなので誰にも文句を言えない。
手にした石を投擲し、素早く走り出す。石をぶつけられた暴走体の意識は俺に向けられ、狙い通り俺の後を追ってくる。
全力疾走しながらつくづく思う。こんなことになるなら大人しく家で寝てるべきだった、と。
以上、回想という名の現実逃避終わり。
どう考えても自業自得ですね、こんちくしょうっ!
走る。ひたすら走る。幾つもの曲がり角を越え、他の人が巻き込まれないように人通りの少なそうな道を選んで疾走する。
「って、なんか伸びてきたーっ!?」
風を切る音と共に飛来する触手を無様に転げまわって回避。コンクリートの壁があっさりと貫かれる。背中を冷たい汗が伝う。
いかん、一瞬でも気を抜いたら死んでしまう。
「こんな死に方嫌過ぎるぅーっ!!」
再び全力疾走再開。しかし悲しいかな。今の俺は只の一小学生。ちびっ子の足と体力では逃げられる距離などたかが知れている。
「やべ……」
無我夢中で走りこんでいる内に袋小路にハマってしまった。完全に行き止まりだ。壁に背をつけ、息も絶え絶えな俺とじりじりとにじり寄る暴走体。
誰がどう見ても完全無欠のピンチで詰んだ気がする。
さらに今ふと思ったことがある。目を覚ました高町はどーやって俺を見つけ出すのだろう。
今更気付いてもどうしようもなかった。
絶望感がさらに増しただけだった。
「ちくしょーっ!せっかく魔力あるとか言われたのにこんなオチかーっ!!凡人は凡人らしくストーリーの本筋には関わらず、端っこでギャグでもやってろというのかーっ!?」
世の理不尽を嘆いてみたが何も変わらない。暴走体が身をかがめ、俺に襲い掛かろうとした瞬間――
桜色の光が溢れた。
「封印すべきは忌まわしき器。ジュエルシード!」
「ジュエルシードを封印」
『sealing mode. set up. stand by ready.』
桜色の光に包まれた暴走体が瞬く間に宝石へとその形を変え、学校の制服を模した白いバリアジャケットに身を包んだ少女が手にした杖――レイジングハートの宝玉部分へと吸い込まれていく。
どうやら間一髪命拾いしたらしい。流石主人公と書いてヒーロー。タイミングが絶妙すぎる。
安堵のため息と共に脱力し、へなへなと座り込む。あぁ、疲れた。
「大丈夫、遠峯くん?」
ジュエルシードの封印を終えた高町が意識を失ったらしいユーノを抱えてやってきた。
「疲れた。もー走りたくねぇ」
「あはは。お疲れ様でした」
「おまえさんもな。お疲れ様さん。おかげで助かったよ、ありがとう」
「ううん、こっちこそ。遠峯くんがいなかったらどうなっていたことか」
高町の何気ない言葉がグサリと俺の胸に突き刺さる。
「あ、あはははは」
ごめんなさい、ごめんなさい。俺がいなかったらもっとすんなり上手くいってました。などと口にすることもできず、心の中で平謝りしながら乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。
「そ、それよりもどうやって俺の居場所調べたんだ?」
「え?えーと」
俺の問いに高町はきょとんした表情を浮かべ、その視線を別の方向へと向ける。
「あ~、なるほど」
その視線を辿れば自ずと言わんとしていることが理解できた。視線の先には暴走体による破壊の後。これがあれば後を追うのはわけないよね、と。
冷静になって考えてみれば暴走体の発する魔力探知という手もあったかもしれない。人間テンパるとまともに思考もできないもんだなぁ、としみじみ反省していると、遠くからサイレンの声が聞こえてくる。
暴走体による破壊の痕跡を誰かが通報したのだろう。深夜とはいえ、あれだけ派手にやれば当然だ。逃亡していた俺らがたまたま一般人に遭遇しなかったのは僥倖だろう。
「も、もしかしたら私達、ここにいたら大変アレなのでは?」
暴走体のせいで愛さんの病院も道端の壁とかエライことになっているし、俺が走ってきた道も見るも無残な状態だ。
「と、とりあえず遠峯くん、って、あれ?」
「おーい、置いてくぞー?」
「はやっ!?いつの間に!?」
言われるまでもなく、誰かが来る前にずらかるしかない。事情聴取なんてされても困るし、何しろ見た目子供なのだからこの事とは無関係に補導されるのは確実だ。
これでも品行方正で通してる身だ。わざわざ補導などされて面倒ごとに巻き込まれたくない。
しっかし、これからどうするべきかね。
待ってよー、と追いかけてくる高町の声を後に、今後の動向について思案する俺であった。
とりあえず人気のない公園まで退避。
「ま、ここまで来れば大丈夫だろ。ゼェ…ゼェ…」
「う、うん。そーだね。ハァ…ハァ…」
散々走り回ったせいか高町は完全にバテててベンチに座り込む。そーいや、こいつ運動はからきしダメだったけ。
かく言う俺も暴走体から逃げ回った分、高町と同じくらいバテている。バテてはいるのだが、高町に対する後ろめたさから、すぐに座り込むのを我慢する。
「ちょっと、待ってろ。飲みもん買ってくるから」
「う、うん」
息を切らしている高町にユーノをまかせ、足早に自販機まで走る。
あー、足元がふらついてる。こんなことになるんだったら日ごろからもう少し体を鍛えておけばよかったかもしれないと思ったが、一人でそんなことを初めても三日坊主で終わるのがオチである。
「ほい、オレンジでよかったか?」
「うん、ありがとう」
自販機から戻ってきたころにはすっかり回復していた高町に缶ジュースを渡す。成り行きでここまで一緒に来ちまったけどこれから先、俺やることねーなぁ。
そろそろ体力も限界なのでベンチに座ってぐったりともたれ掛かる。あー、疲れた。当分走りたくねぇ。
「すみません、あなたにもご迷惑をおかけしました」
「おー、目が覚めてたか」
「はい、ボクはユーノ・スクライアと言います」
高町の膝の上でぺこりとおじぎするフェレットもどき。真夜中の公園で見かけるにはなかなかレアだ。
原作どおり、回復に魔力を注いだのだろう。包帯が解かれた体に目立った傷は見当たらない。
「俺は遠峯。遠峯勇斗だ。そこの高町とはクラスメイト」
手にした紅茶の缶に口をつけながら名乗る。
「すみません、あなた方を巻き込んでしまいました」
シュンと項垂れる淫獣に高町と二人して目を合わせる。何かを訴えるような視線に俺は肩を竦めるだけだ。
「えっと、よくわかんないけど多分、私、平気」
「まぁ、結果オーライでいんじゃね?」
特に俺の場合は何が起こるか知ってて巻き込まれ……いや、首を突っ込んだというべきか?その結果、無駄に走り回ったりで被害を拡大させたといえなくもない。
とてもユーノに文句を言える立場でなく、むしろごめんなさいしないといけない立場である。
「ま、とりあえず今日のところは家に帰ろう。この時間に誰かに見つかったら面倒だし」
「あ、うん、そうだね。あっと、ユーノくんはどうしようか」
「高町に任せた。俺はレイジングハート使えないみたいだし、高町のほうが適任だろ」
流石にこれ以上原作の流れを破壊するのはマズイ。そして何より親にユーノのことを説明したり世話したりするのがめんどい。
「とりあえず送ってくよ」
小学生の俺に何ができるとも思わないが、それでも高町と力を使い果たしたユーノ達で帰らせるのも気が引ける。
高町は俺の申し出に迷うような素振りを見せるが、「え、と……よろしくお願いします」と、素直に頷いてくれた。
ユーノを抱えた高町と二人でまったりと高町家への道を歩いていくのであった。
翌日、高町がこっそりと鞄に入れて仕込んできたユーノから授業中に念話による状況説明が行われる。
高町も昨日は昨日で家族に説明やら家を抜け出したことの弁解やら何やらで、詳しい話を聞く余裕はなかったようだ。
『と、いうわけなんです』
ユーノの話は原作どおり、ユーノが発掘したジュエルシード輸送中に事故でこの世界にばらまかれ、ユーノがそれを回収しにきた、と。
しかし念話って便利だ。俺に魔力があるなら念話と飛行魔法ぐらいは会得したい。念話はともかく飛行魔法は資質なさそうだけど。
『そういうことなら、うん。私、協力するよ』
いいよなぁ、高町は。レイジングハートあるおかげでもう念話使えて。今のとこ俺は念話使えないので話を聞くことはできるけど、こちらの意思を伝えることはできない。
念話があるにも関わらず、高町がわざわざユーノを学校まで連れて来たのはそれが理由だ。
『え、で、でも……そういうわけにはいきません』
適当な時間に魔法を教えてもらおうかな。デバイスなしだと習得に時間がかかりそうだけど物は試しに色々チャレンジしてみたい。
高町とユーノの話を聞き流しながら自分が魔法を使うことを想像し、一人で盛り上がる。今の気持ちを表情に出していたらさぞきもいことになるのだろう。
『だってユーノくんが困ってるんなら放っておけないよ。ジュエルシード探し、私も手伝うよ』
『あ、ありがとうございます』
ですよね。原作どおり高町はジュエルシード探しに協力するようです。
『えっと、遠峯くんはどうする?』
頭に響く声に高町に視線を向ければ、子犬のような目線でこちらを伺っていた。
俺には魔法を使うことはできない。少なくとも今のところは。ゆえにいざ何かあったときに自衛の手段が無い。高町は小学三年生のくせに精神年齢は同年代のそれを遥かに上回っていて、人に対する気遣いも半端じゃない。危険があることをわかっているがゆえに、自分からジュエルシード探しに俺を誘うこともしない。
一度決めたことに対して全力全開で邁進する芯の強さを既に持ち合わせているとはいえ、それでも小学三年生の普通の女の子である。一人より二人。二人より三人のほうが心強いと、その目線が物語っている。本人に自覚はないだろうし、俺の思い込みかもしれないが。
既に朧げになった記憶から高町の姿を引っ張り出す。
過剰なまでの責任感。一度こうと決めたら頑固で絶対に譲らないブレーキの壊れたダンプカー。……ユーノはブレーキをかけようとして結果的にその役目を果たしてなかったなぁ。
むぅ。このまま原作通りに進めば、俺が手を貸す必要性は全く無い。無いのだけれども全てを知りながら知らん振りするのもそれはそれで間違っている気もする。
たとえ全てを知っていても、俺は自分の身すらも満足に守れない。それでも何か俺にもできることがあるかもしれないと思ってしまうのは、自惚れだろうか。
答えを出せないまま、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
結局、休み時間の高町はアリサや月村とずっと一緒だった為、ジュエルシード探しの話をすることはできなかった。
そんなこんなであっという間に放課後。高町とユーノの三人で今後のことを相談する為、移動中。具体的には神社に向かって。
「で、俺がレイジングハート使えなかったのは何でさ?今更、実は魔力ありませんでしたーってオチはないよな?」
ジュエルシード探しに協力する云々の前に一番確認したかったことを真っ先に質問する。
「勇斗さんに魔力があるのは確実です。そうでなければ僕の念話も聞こえなかったはずですから」
高町の肩に乗ったユーノがきっぱりと断言し、思案するかのように口元に手?いや、前足を持っていって考えるような仕草を取る。
「レイジングハートにも確認してみたんですけど、リンカーコアまで、あ、魔力を生み出す源のことなんですけど、回路を接続することができなかったそうなんです」
「んー、と、つまり?」
この世界の魔法は一種のプログラムのようなものだということは知識で知っている。が、それだけではどういうことなのかさっぱりわからない。
「あなたの魔力は他の人に比べて目覚めにくい体質みたいなんです」
「何それ?」
そんな設定、聞いたことがない。高町も興味深そうに淫獣の話に耳を傾けている。
「基本的にリンカーコアを持つ者は素養ときっかけさえあれば魔法を使うことそのものは難しいことではないんです」
もちろん、使える魔法の種類や威力などは本人の資質や適正によって大きな差があります、と付け加える。
高町の場合で言えば、きっかけはレイジングハート。インテリジェントデバイスは確か魔法の発現をサポートし、補助する機能があったはず……あったっけ?
詳しい原理はわからないが、高町のリンカーコアと何らかの方法でリンクを確立して、その魔力を目覚めさせたのだろう。
「ただ、世の中何事にも例外があるというか。ごく稀に素質があっても覚醒しづらい体質の人がいるみたいで……」
「それが俺?」
「はい。勇斗さんの場合、念話や魔力を感知する程度には目覚めているんですが……」
「自分で魔法を使う程度にまでは覚醒できてない、と」
「……はい。その通りです」
うわー、なにその微妙なオチ。全っ然、役に立たねぇぞ、俺。
「はぁ」
「だ、大丈夫だよ。リンカーコアそのものは持ってるんだから何かのきっかけで目覚めるかもしれないよ」
あからさまに肩を落とした俺を見かねて励ましてくれる高町。
「……これが勝ち組の余裕と言う奴か」
「ち、違うよ、私そんなつもりじゃっ」
「貴様にはわかるまいっ!力を持たぬ者の苦しみがっ!」
「えぇっ!?」
ビシィッと指を突きつけた俺に高町はおろおろと慌てふためく。いきなり態度の変わった俺に困惑しているようだ。
「あ、あの勇斗さん」
「フェレットもどきは黙っとく。OK?」
「え?いや、あのボクはフェレットじゃなくて」
「シャラップ、お黙り、お静かに」
ユーノの言葉を手を翳して遮る。決してここでユーノの正体を知らない高町にバレたら後々面白くないからという理由だけではない。
ほんのかすかだけども俺の感覚に引っかかるものがあったのだ。
「もっと高町さんちのなのはさんで遊びたいところだけど、それどころじゃなさそうだ」
「え?」
「あ、これって!?」
高町とユーノが顔を見合わせて頷く。それは確かな魔力の発現。場所は俺たちがこれから向かうはずだった神社の方角だ。
どうやら俺の知識どおりにあの神社でジュエルシードが覚醒したようだ。俺という要因を除けば原作との差異はさほどなさそうだ。
「行くよ!遠峯くん!ユーノくん!」
「うん」
「まぁ、がんばって」
走り出した高町の隣に並びながらエールを送る。流石に女の子一人を行かせるのは気が引けるので、ついていくだけついていくけど。
「人ごとっ!?」
「や、だって行っても俺、何もできんし。大丈夫、骨は拾ってあげるよ」
「それ、全然大丈夫じゃないからっ!?」
「あははは、細かいことは気にするな。禿げるぞ?」
「禿げないよっ!」
そんなアホなやりとりをしつつ、二個目のジュエルシードも無事に封印完了。
喋りながら走ったせいで余計に体力消耗してたり、レイジングハートの起動パスを高町が忘れてたりトラブルもあったけど終わりよければ全て良し。
暴走体に襲われかけたお姉さんも無事で何より。やっぱり可愛い女の子は最優先で助けるべきだと思う。
「それで、えっと、遠峯くんはこれからどうするの?私はユーノ君と一緒にジュエルシード探しを続けるつもりなんだけども」
無事に石段を降りていくお姉さんとわんこを見守りながら、おずおずと尋ねてくる高町。
「そうだなぁ」
俺が何もしなくても事件は無事に解決する。するのだけれどもアリサや月村との件など決して負担の軽いことではない。
高町もユーノも深刻に考えすぎる傾向がある。
たとえ、戦う力はなくても月村達との緩衝材になったり、二人のガス抜きをさせてやるだけでも俺が力を貸す意義はあるかもしれない。なにより人に言えないことを話せる仲間は多いほうがいいだろう。
危険がないとはいえない。けれども我が身可愛さに全てを自分より年下の二人に押し付けて、後はおまかせというのは後味がよろしくない。
知識だけでなく、実際にこうして関わってしまったのだ。曲がりなりにも自分の意思で。だから、まぁ。自分に出来る限りの範囲でサポートしていこうと考えるのはそう悪いことじゃないと思う。
「手伝うよ。俺も」
「遠峯くん!」
高町の表情がぱぁっと輝く。この笑顔を見れただけで俺の選択はそう間違ったものじゃないと思える。
「ま、大した役には立たないだろうけども。高町もユーノもこれからよろしく頼むよ」
「うん、こちらこそ。あ、私のことはなのはでいいよ」
「あ、ありがとうございます」
「あー、ユーノもそんなかしこまらなくていいよ?俺もこれから魔法のこととか色々教えてもらいたいし。敬語も使わなくていいから」
「あ、はい、……じゃなくて、うん、わかった。これからよろしく」
「おう」
「三人で頑張ればきっと上手くいくよ。みんなで頑張ろうっ!」
そんなわけで流されるままにジュエルシード捜索なのはさんチームが結成されることになる。
「こうして後に白き魔王と呼ばれる魔砲少女が誕生したのであった」
「変なモノローグつけないで。魔王って何っ!?」
いや、まぁ、この頃は誰もこの子がああなるなんて思わなかったんだけどさ。
「え、え?な、何で遠峯くんが泣いてるの?」
「いや、時の流れって残酷だなぁ、と思って」
こんなに素直で可愛らしい女の子が今年中に悪魔。十年後には魔王と称されるようになってしまうのだ。
俺が思わず涙ぐんでしまうのも無理ないだろう。ネタだけどね。
「よくわかんないけど、もしかしてとっても失礼なこと考えていない?」
恐るべし勘の冴え。これも戦闘民族の血がなせる業か。
「さてさて?」
「なんでそこで目を逸らすかな?」
「大変だ、ユーノ。高町がレイジングハートで俺を狙い撃とうとしている」
「わわっ、ボ、ボクを盾にしないでっ!」
「そんなことしないよっ!」
「あぁ、それとどうでもいいが俺のことも名前で呼んでもいいぞ」
「いきなり話変わった!?」
「話を逸らすのは得意なんだ」
「……本当に大丈夫かなぁ」
ユーノの不安そうな呟きが密かに響くのであった。
■PREVIEW NEXT EPISODE■
勇斗の魔力は目覚めることはなかった。
だが、例え力はなくとも、できることはある。
そう信じた少年は自分の出来る範囲で少女をサポートしていくのであった。
勇斗『今はできることを、ね』