ソルの故郷に来訪して一週間が経過。その間、様々なことがあった。転送魔法を使って色々な場所へ行った。皆を先導するシンが昔を懐かしむように説明し、あらゆる土地を観光する。模擬戦も繰り返し何度も行われた。カイが「クリフ団長直伝の聖騎士団闘法の奥義、お目に掛けましょう……ソルを相手に」という風に張り切っていた所為もある。夕飯の時間になるとイリュリアに帰ってきて宴会染みた食事。その後は子ども達は仲良く一緒に寝る、女子は女子で集まって何やら話し込む、他の連中はちびちび酒を飲む、このような一連の流れが出来上がっていた。何故かソルとカイの二人が毎朝焦げ臭かったが、誰も気にしなかった。というか、どうせ下らないことだから気にしても無駄なのだ。賑やかで楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そして、今回の帰郷の発端であるスレイヤーが迎えに来た。それは、別れの時が近付いていたのを意味していたのである。「もう行っちまうのかよ、オヤジ?」名残惜しそうに眼を細めるシンに対して、ソルは肩を竦める。「面倒臭ぇ話だが、向こうでやらなきゃいけねぇことがある」「もう少しくらいこっちに居たっていいじゃねーか」「そうもいかねぇんだよ」「じゃあ俺もオヤジについて行く」「尚更ダメだ、バカ野郎」「……オヤジは、何時も自分勝手だ」シンは唇を尖らせるとソルに背中を向け、愚痴るように自分の心情を吐き出した。「オヤジは何時も、俺を置いて何処かに行っちまう。俺のことガキ扱いして置いてけぼり……もうこれで何回目だと思ってんだよ!?」「いちいち数えてねぇな」拗ねるシンの後姿をソルはやれやれと溜息を吐き、背後から彼の肩に手を回す。「また帰ってくる」「……当たり前だろ。絶対に帰って来いよな」昔と比べると聞き訳が良くなった、そう思いながらソルは言葉を重ねる。「ああ……両親を大切にしろ。それと、鳥野郎の言うことをよく聞いて、常に自分が何をすればいいのかよく考えてから行動する癖を付けろ。お前は考え無しだからな」「母さん以外については自信無ぇけど、分かったよ」「良い子だ」「言った傍からガキ扱いしやがって……」口では文句を言いつつも、シンはソルの腕を振り払おうとはしなかった。「お姉様、折角お会いすることが出来たのにお別れしなければならないとは……とても心苦しく思います」アインが木陰の君の手を取り、瞳を潤ませて別れを惜しむ。「私も寂しいです。でも、皆さんとお友達になれて本当に良かったです」対する彼女は何時もの微笑みに寂しさを含めて皆を見渡す。「祈ってます。皆さんの想いが届くように、皆さんがそれぞれの幸せを掴めるように……だから、頑張ってください……絶対に負けちゃダメですよ。だって、『恋する乙女は無敵』って私のお友達が昔言ってたんですから」その言葉を受け、女性陣は口々に「お姉様……」と呟きを零して木陰の君を取り囲んで縋り付いた。女性陣の間で何があったのか不明だが、一日目の夜を終えて朝になると何故か彼女は「お姉様」と呼ばれ慕われているのである。すっかり仲良くなった女子達は一人ひとりが、この一週間を記憶に刻むように”お姉様”と握手を交わしていた。「最後に、私から一つだけアドバイスします。えっとですね――」「カイさん、ドクター、イズナさん、お世話になりました。皆さんと過ごした一週間は本当に楽しかったです」「名残惜しいが、別れの時のようだ」ユーノが礼儀正しくお辞儀する隣でザフィーラが瞼を伏せる。「いえいえ、こちらこそ仕事を忘れてしまうくらい楽しかったです」「とかなんとか言いながら、連王はしっかり仕事をしていたではないか」「そう言うドクターもね」苦笑するカイとパラダイムとイズナの三人。「またいつか、一緒にお酒を飲みましょう」「ユーノ、それは賛成しかねるぞ。連王とフレデリックには飲ませないという条件ならば構わんが」「アハハ、確かにそれなら安心して飲めますね!!」「連王さん、言われてますよ~」「イズナさん……分かってます、分かってるんです。しかし――」「ソルとカイ殿は相性が良いのか悪いのか、結局一週間二人を観察しても全く分からなかったな」二人の間には言葉や理屈では言い表せないものが存在しているのだろうな、とザフィーラは心の中で結論を下した。「お前ら、俺のこと忘れるんじゃねーぞ」「勿論ですよ。兄さんのことは絶対に忘れません」「兄様もツヴァイ達のこと忘れないでくださいね?」「当たり前だ」シンは屈んでエリオとツヴァイに視線を合わせると、二人を抱き寄せる。「俺さ、一人っ子だから兄弟とか姉妹ってのが何なのかよく分かんねーけど、今の俺達のこと言うんじゃねーかって思ってる」エリオとツヴァイはシンの胸に顔を埋めると別れの涙を堪えながら口を開いた。「僕も、兄さんを本当の兄さんだと思ってます」「生まれ方が違っても、たとえ血が繋がってなくても私達は兄妹ですぅっ!!」「ああ。俺達は同じ親父に育てられたんだからな。どんなに遠く離れてようが、心はずっと一緒だぜ!!」それを皮切りにエリオとツヴァイの二人は耐え切れなくなって泣き出した。「ソル」「ああン?」歩み寄ってきたカイにソルは身体ごと向き直る。「変わったと思っていたが、根っこの部分は変わっていないのだな」カイの問いにソルは僅かに首を縦に動かし頷いた。「……ああ。やるべきことをやるだけだ」「そうか。私も同じだ……私にしか出来ない、私だけが成すべきことを成している最中だ」「相変わらず青臭ぇな」「構わない、それが私の正義だ。だが、そう言うお前は随分と”甘ちゃん”になっているぞ?」「……ちっ」かつてソルがカイを散々馬鹿にするように言った台詞を、そっくりそのまま指摘されるように言われてソルは不機嫌な表情になって舌打ちする。「また、あの時のように約束してくれ」「……何をだ?」分かっていながら聞き返すソルを、カイは相変わらず私に対してだけは意地の悪い男だと改めて認識しながら言葉を続けた。「再会を」「……フン。ま、俺達にはどうやら縁があるらしい。何時になるか分からんが、いずれ会うことになるだろう」「それでいい」お互いがほぼ同時に握った拳を差し出すと、二人はそれをコツンと合わせる。ソルは何時もの不敵な笑みを浮かべ、カイは晴れ晴れとした表情で、二人は相手の瞳を捉えた。「お別れだ、ソル」「あばよ、カイ」「また何時の日か」「ああ。またな」こうして、ソルの帰郷は終わりを告げた。背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Love Letter From..海鳴市に帰ってきて待っていたのは、桃子のお説教だった。「おかしいわね……確か旅行は三泊四日っていう予定じゃなかった? なのに一週間も音信不通。これは一体どういうことかしら?」帰ってきて早々全員が道場に正座させられ(唯一ソルだけ胡坐をかいているが)、仁王立ちしている桃子を見上げる。桃子は笑顔だ。これ以上無いってくらいに笑顔である。着飾って新宿とか歩けば十中八九ナンパされるであろうくらいに魅力的な笑みだ。眼が全く笑ってないことだけを除けば。『誰かこの状況をなんとかしろよ!!』『普段は穏和な性格の桃子殿を此処まで怒らせたのだ。非は我らにある。此処は甘んじてお叱りを受けるべきだ』『んなこと言って、シグナムめっちゃ震えてんぞ』『私にも怖いものくらいある。ヴィータは桃子殿が怖くないのか?』『死ぬ程怖ぇー』ヴィータとシグナムがコソコソ念話で内緒話をする。ちなみにソル以外の全員が桃子の放つ威圧感に負け、恐怖でガタガタ震えていた。とりあえずソル以外の全員がその場で「すいませんでした」と額を道場の床に擦り付けて謝罪した。ソルもソルで一言「悪かった」と謝罪の言葉を述べる。おかげで、どうにかこうにか桃子の怒りは収まったようだ。「ねぇ、ソル。どういうことか説明してくれる?」「話すと長い」「手短に説明してくれる?」「……俺の故郷に行ったんだ」「短過ぎるでしょ」流石の桃子もこの返答には呆れたのか、腰に両手を当て溜息を吐いた。その横で腕を組んでいる士郎も同様だ。「やれやれ、面倒臭ぇな。ユーノ」「此処で僕に振るとかやめてよ!!」「冗談だ」「……タチ悪い」ユーノの悲鳴に苦笑した後、ソルは掻い摘んで説明し始めた。説明し終えると高町夫妻は「何だ、ソルの”そっち”関連か」と妙に納得し、拍子抜けする程あっさり怒りの矛を仕舞ったが、「これからは行く前に一言連絡しなさい。心配するでしょ」と桃子に窘められた。非があるのはソル達なのでこれを素直に受け止め、今一度真摯に謝罪し、ようやく解放される。すずかとアリサに迎えの車がやって来たので、二人は帰宅することに。「ううぅ……すずかは良いわよね。魔法とかその他諸々に関して家族の理解があるから。それに比べて私は……どうやってパパとママ、鮫島に説明すればいいのよ……」何せ三泊四日の旅行のつもりが一週間に引き延ばされ、おまけに連絡しなかった。その間音信不通。周りからしてみれば一週間失踪していたのと同じだ。まさか馬鹿正直に異世界行ってました、だから連絡出来ませんでしたとは言えない。「災難だったな」「アンタがいけしゃあしゃあと言うなあああああ!!」しれっとのたまうソルに憤慨するアリサ。「上手い言い訳が思いつかないし絶対に怒られるから帰りたくない!! ていうか、せめてソルも一緒に来てフォローしなさいよ!!!」と喚く彼女の背中を無理やり押してバニングス家の豪華なリムジンに叩き込む。車の窓から頭を覗かせて恨みがましい眼つきでソルを睨むアリサの姿に、皆は心の中で「グッドラック」とだけ祈って送り出した。桃子と士郎がバニングス家に対して最低限のフォローはしたという話だが、さてはて。「ああああん、私も行きたかったああああ!! スレイヤーさんとちょっとでもいいから話したかった!! そのギアの女の人と語り合いたかったあああ!!」「お姉ちゃん、みっともないからやめて……」ノエルと共にすずかを迎えに来た忍が事情を聞いて駄々をこねる。「鬱陶しいから帰れ」駄々っ子のような態度を取る忍を、ソルは問答無用でリムジンに文字通り蹴り入れる。それから運転席のノエルに「早く出せ」と命令。「すずか、一体どんな旅行だったの? お姉ちゃんに洗いざらい話しなさい」「言われなくても話すから、少し落ち着いて」二台のリムジンが高町家の前から走り去ると、ソルは疲れたように溜息を吐き、皆を引き連れ母屋に戻ることにした。その夜。風呂を終えたソルがエリオとツヴァイの三人で仲良く川の字になって寝始めた頃。一週間ぶりに帰ってきた何時もの地下室。「それにしても凄かったねぇ」アルフが湯飲み片手に呟いた。「何が?」「全部だよ、全部」問い掛けるフェイトにアルフはお茶目にウインクしてみせる。「あいつの人間関係は勿論、あの世界も、そこで暮らす人達も、歴史も、ギアも、雷親子も、そしてお姉様も……全部ぶっ飛んでたからさ」「ソルが生きてきた世界だからな」お茶を啜るシグナムの言葉に皆は大いに納得した。「それにしても、カイさんとお姉様は想像しとった以上にラブラブだったわ」はやてが空になった湯飲みをちゃぶ台の上に置く。「そうですね。見ててとっても羨ましかったです」「ああ。だが、私達もお姉様に負けていられない」シャマルの発言を受けてアインが握り拳を作る。それにシャマルは「ええ!!」と力強く応えた。「私達も、何時かカイさんとお姉様みたいに……」「うん!! 生まれとか種族とか気にするだけ無駄だっていうのが今回の旅行でよく分かったよ」「そやなぁ。私はお姉様の話聞いて、常識とか世間体とか体裁とか、そういったもんにこだわりが無ければ度外視すべきもんやって実感したわ」なのは、フェイト、はやてが口々に自分の考えを述べる。「お姉様は別れ際にとても良いアドバイスを授けてくださった」「成功を収めた人が言うと説得力あるわ」「お姉様は私達の理想の体現者だからな、当然だ」シグナム、シャマル、アインがうんうん頷きながらお茶をお代わりした。――『愛に勝るものは、無いんですよ』彼女達はそう言われた。今もその言葉を頭の中で反芻しているのだろう。表情に自信が溢れている。「アタシも他人事じゃないからお姉様の存在は大きな励みになるよ」横でカラカラ笑うアルフ。そんな皆の光景を蚊帳の外な気分で見つめながら、ヴィータは茶菓子に手を出して胸中で独り言を漏らす。(これが俗に言う”外堀からを埋める”っていうことなんだろうな……覚悟しとけよ、ソル。今まで以上に皆マジになってきてんぞ)煎餅を一枚丸々口に含んで一気に噛み砕き――(ま、アタシは皆の味方だけどな!!)シシシシッ、と悪戯っ子な笑みを浮かべるヴィータだった。一冊のフォトアルバムを手に取り、収まっている写真を眺める。そこには先日の帰郷が夢ではない、確かな時間として存在していたことを静止画が証明していた。鍔迫り合いをしているカイとシグナム。雷撃を撃ち合うシンとフェイト。大食い競争をしているシンとエリオ。その隣でニコニコしているツヴァイ。木陰の君を真ん中に女子のみでの集合写真。寝る前に撮ったのか、全員寝巻き姿である。教鞭を振るうパラダイムの話を真剣な表情で聞いているユーノ。墓場街の薄気味悪さに若干涙目になるヴィータ。イズナ、アルフ、ザフィーラの獣耳三人のスリーショット。ガニメデ諸島にて、そこに住むギア達に囲まれて困った笑みを浮かべるなのは。竜種の巣で、巨大な竜の亡骸に怯えているフェイト。倒れた自由の女神像を見て驚いているはやて。ツェップの街を物珍しそうに首を巡らせるシャマル。ジャパニーズコロニーの夜桜を見て感慨に耽っているシグナム。中華料理屋を前にして入ろうか入るまいか悩んでいるアイン。流星群を眼にして、口をあんぐりと開けたまま夜空を見上げているアリサとすずか。剣戟を重ねるソルとカイ。他にも何十枚という写真を一枚一枚見つめながら、ソルはページを捲る。やがて最後のページに行き着く。そこには、別れ際に撮った全員での集合写真があった。ソルとカイを中心に、皆が思い思いの場所でポーズを決め写っていた。ちゃっかり端の方にスレイヤーが居る。<マスター、時間です>クイーンに促され、ソルは丁寧にフォトアルバムを仕舞う。「さて、行くか……道はまだまだ長そうだがな」今日もまた、彼は賞金稼ぎとして次元の海へと飛ぶのであった。