一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。「決着をつけるぞ、ソル!!!」「やれやれ、しつけぇ坊やだ」相対しているのは蒼き雷と紅蓮の炎。「究極奥義!!」「五十%くらいか?」眩い閃光と共に雷鳴が発生し雷が迸る。灼熱の炎が全てを焼き尽くせと猛り狂う。「ライジング――」「ナパーム――」眼の前の敵を殲滅せんと己の最大戦力を以って。この一撃に全てを――「やめんかああああああああああっ!! 連王とフレデリックの二人はヒートアップし過ぎだああああ!!!」込めたそれは、不発に終わった。「全く、王としての自覚に欠けると言わざるを得んな」「……返す言葉もございません」「頭を冷やせ。立場を忘れるな」「お前もだフレデリック!! 少し黙っていろ!!」パラダイムに説教されているソルとカイを遠目で見つつ、皆が皆揃いも揃って呆れたように溜息を吐く。「……頭良いのに馬鹿な親父が二人居る。しかも戦闘について生体兵器のギアに叱られてるとか……」ポツリと零れたアルフの独り言は、幸か不幸かパラダイムの怒声によってかき消された為、当の本人達には聞こえることはなかった。「オヤジ達は放って置いて風呂行こうぜ、風呂。騎士団とか使用人とかが使ってる大浴場があるからさ。ちゃんと男湯女湯で別れてるからよ」ガミガミ言われている光景を尻目にシンが皆に提案する。アリサとすずかの一般人、模擬戦に参加しなかったイズナとパラダイム、子どものツヴァイとエリオを除いて模擬戦を一通り行ったおかげで、全員が泥だらけの汗まみれだったので反対の声は上がらない。真面目に反省して項垂れているカイ、話を聞いてなければ反省の色など欠片も見せないソル、つらつらと姑のように説教を垂れるパラダイムの三人を文字通り捨て置いて、皆は風呂に入ることになった。王宮の大浴場がどんなものか興味が尽きない面々だったが、生憎というかなんというか、シンが言った通り使用人達が普段から使っている所為でそこらへんにある銭湯となんら変わらない。別に悪いことは何一つ無いのだが、若干期待していただけに肩透かしを食らった気分になる面々。それでも汗を流し身体を清めることは出来たので文句は言えない。まあ、王であるカイは謙虚な性格なので、無駄な金を使って必要以上に豪華な暮らしをすることは無い。実際、彼の私生活はとても質素だ。着替えを終えて大浴場を出ると、数人のメイドが待ち構えていた。「夕餉の支度が出来ましたので、こちらへ。連王様と王妃様、パラダイム様とソル様がお待ちです」恭しく頭を垂れ、先導するメイドについていく。「こちらです」開け放たれたドアの向こうは、大人数が食事をする為の長テーブルが一つ鎮座しており、その端に三人の男女と一つの水の球体が座っている。カイとソルにパラダイム、そして見知らぬ女性。女性は皆の姿を確認すると、カイと一度目を合わせてから共に立ち上がる。その隣にシンが走り寄り、カイとシンが女性を挟む。「紹介します。私の妻です」「俺の母さんだ」少し照れくさそうに微笑むカイ、何故か威張るシンの二人に紹介され、女性は綺麗にお辞儀する。「初めまして。私は――」同性ですら嫉妬しそうな美貌に穏やかな声。聖母のような笑みを浮かべて”木陰の君”は自己紹介をした。背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Awe Of She『よもや貴様、このギアに恋をしたとでも言うまいな』『その通りです!! 彼女はイリュリアが捕獲した訳でも、ましてや兵器などでもありません。 ただ純粋に、私達は惹かれ合ったのです。 王として、人として、禁忌に触れる恋と分かっていました。 ですが、一人の人間として私は彼女を愛している。 シンの為にも、彼女を見捨てることは出来ません!!』粛々といった感じで始まった食事会は、十分もせずに一部の人間の手により大食い大会となり(具体的にはアホ息子としっかり息子)、酒が振舞われてからは宴会へと突入した。席替えを行い女子は女子で、男子は男子で話し合ったりしていたのだが、誰が言い始めたのか一発芸を皆でしようという話になる。そして今、隠し芸と称したイズナの一人芝居が終わった。「イ、イイ、イイイズナさんっ!!! どうしてあの時の台詞を一語一句間違えずに覚えてるんですか!?」顔から火が出るほど真っ赤になったカイが大声を上げて立ち上がる。隣では夫の愛の深さに嬉しさと羞恥で頭から湯気を上げる者が一人。「いやぁ~、あん時の連王さんは格好良かったばい。あまりの男らしさに忘れようにも忘れられんとよ」「忘れてください、お願いですから忘れてください!! 一体何年前の話だと思ってるんですか!? 気持ちはあの時から少しも変わっていませんが、何もこの席で暴露しなくても……」アハハと笑うイズナ、頭を抱えながら盛大に自爆していることに気付かないカイ、その隣でどんどん小さくなる木陰の君。皆は「おおおう~」と唸って妙に感心していたり、ヒューヒューと口笛を吹いて冷やかす。「フッ」そんな光景を視界に収めつつ、当時のことを思い出し鼻で笑いながらソルはグラスを呷る。「ウチのソルくんもカイさんに負けとらんで!!」「ブウウウウウーー!?」所詮他人事と思っていたところへはやての言葉が飛んでくる。思わず口の中に含んでいた酒を盛大に吹き出すソル。彼女が懐からおもむろに取り出したるは、彼女の携帯電話。――嫌な予感しかしない。「待てはやて、まさかそれは闇――」「ポチッとな」止める間も無く、非情にも再生ボタンが押された。『愛する女と交わした約束を破る程、俺は落ちぶれてねぇ!!!』「っっっ!!!」声にならない悲鳴を上げて、ソルは崩れ落ちるとテーブルに突っ伏す。沈黙が室内を支配した後、盛大な拍手が響き渡る。特にキスク夫妻は”とても良い笑顔”で手が腫れるんじゃないかってくらいの勢いで拍手を送った。(何の拷問だ、これは?)いっそ殺してくれ、と思いながらソルは羞恥に耐えるしかなかったのである。どんちゃん騒ぎが終わり、それぞれが宛がわれた客室で休むことになる筈だったのだが――『あ、あの、差し支えなければ女子だけで話しませんか? 貴女の話を聞かせて欲しいんです』緊張した面持ちでアインが皆を後ろに引き連れ、木陰の君にそう提案すると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて二つ返事で了承し、一つの個室に女子全員が集まった。元々は二人用の部屋に女子が十一人詰め込まれる。なのは、フェイト、はやて、アイン、シグナム、シャマル、アルフ、ヴィータ、アリサ、すずか、そして木陰の君。少々手狭ではあるが、気にする者は居ない。ちなみにツヴァイはエリオと一緒に”お兄さん”であるシンの所へ行った。どうも三人共、ソルを育ての親とする所為かシンパシーのようなものがあって気が合うらしい。全員が寝巻き姿で枕を抱きかかえながら、うきうきとした面持ちで木陰の君を囲む。一部の者にとって彼女は理想の体現者と言っても過言ではないのである。種族の壁を越えた恋を成就させ、子を成し、今現在は親子で仲良く暮らしている彼女は皆から尊敬の眼差しを向けられていた。「そうですねぇ。私の話といっても、何を話せばいいのか」「ならば、生い立ちから今に至るまでを出来る範囲で話していただけないでしょうか?」シグナムの言に彼女は小首を傾げてから皆を見渡すと、誰もがうんうん頷くので「じゃあ、あまり面白くないかもしれないですけど」と前置きして語り始めた。皆さんもご存知の通り、私はギアです。人ではありません。何時何処で生まれたのかも知りません。両親のことも、碌に知りません……私は捨て子だったんです。そんな私を、とある村に住む老夫婦が拾って育ててくれました。最初の頃は特に問題無かったのですが、私はギアです。成長速度は普通の人と比べれば異常な程早かったし、背中から尻尾と翼が生えてきてしまいましたから。ある日私はギアとして処分されることになりました。たった三年で赤ん坊が大人になれば当然ですよね。けど、養父母が必死になって私を庇い、匿ってくれました。そうして難を逃れて悪魔の棲む地と呼ばれる森で独り寂しく暮らすことになって……孤独に耐えながら森の中で動物達と静かに暮らしていると、私に掛けられた高額の懸賞金を目当てに賞金稼ぎが毎日襲い掛かってくるようになりました。悲しかった、辛かった、何より怖かった……傷つくことも、傷つけられることも……殺すのも、殺されるのも。毎日怯えながら過ごしていると、ある日、私と同じギアの青年が一人現れます。心優しい彼は森の番人となって私を守ってくれるようになったのですが、それも長くは続きません。皮肉なことに私達と同じギアでありながらギアを狩るあの人がやって来たのです。言わなくても誰だか分かりますね? はい、ソルさんです。圧倒的なギアの力を前にして、私は死にたくない一心で必死に抵抗しましたが負けてしまいます。ああ、私は此処で死ぬんだ、私は一体何の為に生まれてきたんだろう、そんなことを考えながら、せめて死ぬ前に最後に一つだけ知りたくてこう問い掛けました。ギアに、生きる価値は、ありますか? って……ソルさんは何て答えたと思います?『知るか、テメェで考えろ』って言ったんです。とってもあの人らしいと思いません?その後に『泣くんじゃねぇ鬱陶しい、俺の気が変わらない内に消えろ』って言うだけ言って何処かへ行っちゃったんですよ。今冷静に振り返って見ると何しに来たんだろうって思っちゃいますけど、あの時言われた言葉には今でも感謝しています。だって、そのおかげで私は自分で考えて、自分で行動するようになったんですから。それまで私はただ状況に流されて生きてきただけだったんです。でも、ソルさんの言葉を受けて、私は生まれて初めて自発的に、自分の意思で森から出て外の世界で生きていこうって決意を固めました。森の外に出て一番最初に知ったのは、世界の広さ。私のことを受け入れてくれる、私を危険な兵器としてではなく、一人の人間として認めてくれる優しい人達との出会い。優しい人達に囲まれて、私は生きていていいんだ、そう実感しました。確かに皆が皆、私に優しくしてくれた訳ではありません。中には毛嫌いする人や化け物扱いする人も居ましたが、あのまま森の中で閉じ篭っていたら知ることの出来なかったことをたくさん知ることが出来ました。勿論、あれ以来ソルさんとは何度もお会いしましたよ。その度に『うろちょろしてんじゃねぇ』って叱られましたけど。そんな風に色々な人達との出会いを重ねる内に、カイさんと徐々に仲良くなっていったんです。最初は優しい人だなくらいにしか思ってなかったんですけど、会う度に世話を焼いてくれて、危ないことに遭遇すると決まって助けに来てくれて……自分でも気付かない内にカイさんのことを少しずつ頼るようになっていって。あ、あの、今でも恥ずかしいんですけど、自分の気持ちを碌に自覚してない状態で通い妻みたいなことをするようになって……この話は此処で終わりにしましょうよ? え? ダメですか? 此処まで話したんだから最後まで話さなきゃダメですか? ……恥ずかしいなぁ。ど、同棲するようになるまでそんなに時間は掛かりませんでした。当時は毎日が幸せで、充実していて、楽しかった。それからしばらくして、カイさんにプロポーズされて……私、嬉しくて泣いちゃいました。私みたいなのでもちゃんと結婚出来るんだなって、心の底から愛してくれる男性が、愛する男性が出来たんだなって。プロポーズの言葉ですか? あの、言わなきゃダメですか? ……当然ですか、そうですか……その、カイさんは私に、ずっと傍に居て欲しいって言ってくれたんです……思ってたよりも普通って、何を期待してたんです?そこでやっちゃったとか、シンが出来ちゃったとか言わないでください!! あの子は、私とカイさんがちゃんとお互いを愛し合った当然の結果として、って何言わせてるんですか!?……はううぅ、そうですけど、確かにその、よ、夜に、あの、そういうことを頑張った結果シンを授かりましたけど……歴史は夜に作られるって誰が上手いことを言えって言いました!? なんか皆さん鼻息荒いですよ!?とにかく!! シンを授かったんです!! 子どもを授かる行為についてはこれ以上追究しないでください!!妊娠が分かると二人で手を取り合って喜んだんですけど……それも最初の内だけでした。私のお腹はたった三週間で妊娠五ヶ月くらいの大きさまでに膨らんだんです。異常なまでの胎児の発育。私がギアであり、お腹の子もまたギアであるという事実を突きつけられた瞬間、私達夫婦はどん底に叩き落された気分になりました。繰り返すようですが私はギアであり、公式には死んだことになっている元賞金首。国籍も無ければ戸籍もありません。カイさんの妻とはいえ正式に婚姻届を出した訳では無いので事実婚、内縁の妻です……本来なら、結婚なんて出来っこないんですよ。こうなることは眼に見えていたのに、分かっていながら私達は契りを交わしたんです。信頼出来るお医者様の診断結果によるとギアは卵生、つまり私のお腹の中に居るシンは卵の殻に包まれていた状態で、そのことを知ってカイさんは日を追うごとにどんどんやつれていきました。ギアと死闘を繰り広げた聖騎士団の元団長で世界中から”英雄”と称えられ、当時は国際警察機構の長官として働く公務員。そんな人物がギアを匿っていると知れたら、世界を震撼させる程のスキャンダルでしたから。しかも、相手は聖戦の元凶と言われるジャスティスのバックアップ……これ以上先は言わなくても分かりますね?またあの時のような、森の中で怯えて暮らす不安の中でシンを無事に出産しました。けれど、無事出産出来たことに私達は安堵の溜息を吐くことが出来ませんでした。これから先のシンの行く末を、私達の未来を思うと、どうしても心が闇色に染まってしまって。シンが生まれて半年後。すくすくと育つシンはたった半年で三、四歳児程度まで成長し、それに反比例するかのようにカイさんは痩せ細ってしまいます。カイさんはもう既に限界でした、精神的にも肉体的にも。元々真面目な人で、規律を重んじモラルを大切にしている人なんです。平和を誰よりも愛する人が生体兵器と結婚して子どもを作ったという事実が何時世間にバレるか、という不安に苛まされて……これまで信じて貫き通してきた己の正義と人道に背反すると分かっていたからこそ、尚更。これからどうすればいいのか分からない。答えの出ない問題に暗澹たる思いで過ごす毎日。……だから、ソルさんにシンを託しました。思えばこれは私達の甘えでした。世界中を放浪するあの人にシンを預ければ、一箇所に長い時間留まることが無いだけにシンの成長速度を周囲から怪しまれることはありません。それに、ギアである私を見逃し何度も助けてくれたソルさんなら、もしかしたらシンも助けてくれるのでは、と。私達の要請にソルさんは戸惑いながらも応じてくれました。断腸の思いでシンを送り出して、なのに私達は少しだけ安心して……親として最低でした。そして、シンと会えない日々が、何年もの月日が流れて。再会したシンがとても素敵な男の子に成長していたのを眼にして、思わず涙が零れました。恨み言の一つや二つ言われることを覚悟していたのに、あの子は幼少の頃と何一つ変わらない無邪気な笑顔で『そんなことない』って言ってくれて。それどころか、生い立ちの所為で仲が悪かったカイさんと仲直りまでしていて。全部ソルさんのおかげです。本当に何から何まで……あの人には頭が上がりません。私はたくさんの人に支えられて、いっぱい迷惑を掛けて、今に至ります。お世話になった人達にはいくら感謝しても足りないです。確かに苦しいことや辛いことは数え切れない程ありましたけど、それと比べ物にならないくらいに良い思い出があります。その過程があるからこそ今私は家族と一緒に過ごすことが出来るんですから、私は幸せ者だと胸を張って言えます。はい? 私にとってソルさんはどんな人か、ですか?そうですね、上手く表現出来ないんですけど、一番近いイメージで例えるなら”お父さん”かもしれません。よく分かりませんけど、そんな感じがするんですよ。以上で、私の話は終わります。話し終えると、誰もが感動したのか涙を滲ませ鼻を啜っていた。そんな皆の様子に木陰の君は苦笑する。「さあ、次は皆さんの番ですよ」夜はまだ始まったばかり。女性陣だけの秘密のお話は終わらない。「じゃあ、私から」なのはが挙手をし、順番に話し始めた。全てを台無しにするオマケ女性陣が集まって盛り上がっている丁度その頃。二人の酔っ払いが些細なことから言い争いとなり、売り言葉に買い言葉を経て醜い罵り合いへと発展させていた。「このロリコンが」「人聞きの悪いことを言うな、この女っ垂らし!!」「っ……!! 三歳児に手ぇ出したテメェに言われたくねぇ」「だが当時の彼女は肉体年齢も精神年齢も大人の女性、セーフだ!! というか、そんなこと言ったらお前の方がロリコンだ!! 百歳以上年が離れてるじゃないか!! しかも未成年者が三人も!!」「ふざけるな!! まだ手は出して無ぇぞ!!」「まだ、ということはいずれ出すつもりなんだな!?」「出すかっ!!」「六人も抱え込んで……男の夢とでも言いたいのか? 見損なったぞこの鬼畜」「……き、き、きち、鬼畜だと……テメェ、覚悟は出来てんだろうな? 表出ろ……!!」「望むところだ!!」しばらくして、遠く離れた場所から雷鳴と爆発音が響き渡ってきた。「あの二人をどう思うね?」イズナの問いにパラダイムが呆れたように鼻で笑う。「フレデリックは近い将来、爛れた女性関係を築き上げるような気がする分、連王の方が遥かに健全だな」「誰よりも年食ってるのに大人気無い性格で、一見完璧超人なのに私生活は割とダメ人間な部分が垣間見えて、天才なのにちょっと抜けてたりするからね。ソルらしいと言えばらしいけど」横でユーノがソル本人に聞かれでもしたら問答無用で丸焼きにされそうな発言をしれっとする。「まあ、ソルだしな」その隣でザフィーラが声を押し殺して笑いを堪えていた。シン、エリオ、ツヴァイの子ども達はどうしているのかというと。「くかー」「すぴー」「ぐー」三人仲良く川の字になって、とっくの昔に夢の中へと旅立っていた。次の日の朝。イリュリア連王国の郊外で、広い範囲にわたって絨毯爆撃でもされた焼け跡のような巨大なクレーターと、その中心で真っ黒焦げになった二人が近所に住む国民に発見されるのはまた別の話。