シグナムは一歩大きく踏み込み、左足を軸にして身体を一回転させるように剣を横一文字に振り抜いた。「空牙!!」裂帛の気合と共に桃色の斬撃がカイに向かって飛ぶ。対してカイは両腕を交差させてから開くような仕草で剣身に雷を宿らせ、薙ぎ払う。「スタンエッジ!!」剣から射出された蒼雷の刃は桃色の斬撃と真正面から衝突。込められた力と力が互角であった為か、空中でほぼ同時に爆散。それを最後まで見届けることなく、二人は全く同じタイミングで駆け出し、カイは下段から、シグナムは上段から剣を振り下ろす。金属同士が、蒼雷と紫炎が激しくぶつかり合い、その衝撃で視界が明滅する。「やりますね」「カイ殿も」鍔迫り合い越しに視線を合わせて互いを称え合う。弾かれたように二人は距離を離し、剣を構え直す。「流石です。騎士団の中にも貴方程の腕前を持つ者は居ませんよ」カイはシグナムの剣の腕を純粋に褒める。「ありがとうございます。しかし、カイ殿は意地の悪いお方だ。私のことを賞賛しておきながら、ご自身のお力の底を見せてはいませんね?」「……バレていましたか」肩を竦めるシグナムの言葉にカイは苦笑した。「ソルが以前貴方のことをこう言っていました。『剣の腕だけなら俺よりも上だ』と。滅多に人を褒めることの無いあいつにこれ程言わせるのです……まさか”この程度”ではありますまい?」瞳を細め、まるで挑発するように口元を歪め笑みを浮かべるシグナム。一つ溜息を吐くとカイはゆっくりと瞼を閉じ、それからカッと見開く。纏う雰囲気が変わる、放たれる威圧感がこれまでと比べ物にならない程重みが増す、空気が張り詰め過ぎて今にも破裂しそうだ。「失礼、私はどうやら貴方を女性だと見くびっていたようです。ですが、シグナムさんはあのソルが背を預ける程の女傑」静かであるが、胸の内に秘めた熱く滾る闘志が端々から漏れ出てくる声。「少々、本気で行きます」チキッ、と音を立てカイは剣を構え直す。(……来る)シグナムが身構えた瞬間、急激にカイの剣が雷を纏い蒼く光り輝く。「これを使うとは……」一瞬の溜めの後に放たれたのは、先の攻撃とは比較にならない程巨大な蒼雷の刃――スタンエッジ・チャージアタック。「なっ!」自身に迫るそれを見て、シグナムは直撃すればただでは済まないと判断し、かと言って馬鹿正直に受ける気にもなれず、横に大きく跳んで避けた。すぐ傍を通り過ぎた雷に安堵する間も無く、足元から殺気が急速に近寄ってくる。シグナムの足を刈り取らんと地面をスライディングするカイの姿が。(疾い!)「スタンディッパー!!」驚きながらもシグナムは更にバックステップを踏んで退がり、スライディングの後に横薙ぎに振るわれた剣を難無く交わした。攻撃を空振りし地面に座っているような体勢のカイをチャンスと見て、素早く踏み込むと上段から剣を振り下ろす。だが、地面にほぼ座り込んでいた状態のカイはシグナムの予想を越える形で反撃に移る。「ヴェイパースラスト!!!」「何!?」ほとんど屈み込んだ体勢から跳躍、それと共に下から上に向かって剣を振り上げ、受けたレヴァンティンを跳ね上げるどころか”シグナムごと”空中に浮かす。弾き飛ばされながらも空中でなんとか体勢を整えようとするシグナムへ、追い討ちを掛けるような斬撃が振るわれた。「斬るっ!!」雷の力を乗せたそれを咄嗟にレヴァンティンの腹で防ぐが、威力を吸収し切れず後方へ飛ばされる。飛行魔法を発動させ十分に勢いを殺すと、一旦空中で静止して地上に着地したカイを見下ろす。(先程までとは眼つきがまるで別人……これが、聖戦を戦い抜いた法力使い……)程度の差こそあれ、戦闘中のソルと現在のカイは似たような眼をしている。あれは相手を敵と認識した眼であると同時に、生粋の戦闘者の眼。冷静に、機械のように、相手の状態を把握し、状況を掌握する為に、敵を殲滅する為に全てを観察するように見ているのだ。勿論、これは模擬戦なので本気で命のやり取りをしようとは誰も思っていないが、ソルやカイは聖戦で人類を超越した生体兵器と常に多対一の戦闘をせざる得ないという死と隣り合わせの状況を強いられ、戦い、生き延びてきた。彼らにとってはそういう環境が当たり前で、命のやり取りなんぞ朝飯前。つまり、彼らは模擬戦一つとっても命懸けで臨んでくる。非殺傷設定が存在しない法力使いであるのなら尚更に。それを証明するように、訓練時のソルは一切手を抜かない、手加減はするが容赦はしない。死と戦闘がそれ程身近なものなのだ。魔導師達などと比べると、戦闘に対する考え方も見方も異なる。勝つことは生きることであり、負けとは死を意味する。全ての法力使いがこのような考え方をする訳では無いだろうが、少なくともソルとカイはこう考えているのだろう。「面白い……」精神が昂揚し、レヴァンティンを握る手が武者震いを起こす。ソル以外を相手に模擬戦で此処まで興奮するのは初めての経験だ。カイはソルと出会って以来、彼を打倒する為に剣の腕を磨いていたと聞く。シグナムはソルの背中を守る為に。形は違うが、二人が目指す先にはソルの背中があり、それを追い続けてきたという意味ではカイはシグナムの先輩に当たる。――もしカイ殿を倒すことが出来れば、私は一歩ソルに近付いたことになるのではないか?そこまで考えに至るとシグナムは改めて気合を入れ直し、己のデバイスに魔力を注ぐ。視線はカイの美しい青緑の眼から離さないが、真に見ているのはその先だ。この先のずっと向こうにソルが居る。「レヴァンティン!!」「ヤヴォール」空から飛行魔法を用いての強襲。臆することなく迎撃体勢を整えるカイ。「紫電、一閃!!」紫炎と蒼雷の激突は、まだ終わらない。高速で動き回り、ぶつかり合う金と黒の雷が両者同時に間合いを離して一旦止まる。「ちっ、速ぇな」「……」自分がスピード負けしていることを素直に認め、シンは楽しそうにフェイトを褒めながら舌打ちした。しかし、褒められたフェイトは若干ショックを受けていた。何故なら、なんだかんだ言ってシンはフェイトの速度に対応してくるのだから。考えてみれば当たり前だ。シンは生後半年程度である事情によりソルに預けられ、それから数年間は共に賞金稼ぎとして暮らしていたのだ。このくらい出来て当然だろう。なんとなく自分と少し境遇が似ている気がする、フェイトはそう思いつつも生来の負けず嫌いがあってシンをあまり認めたくなかった。勿論、シンという一個人を嫌って認めたくないという意味ではない。むしろ人見知りせず天真爛漫で子どものような笑みを浮かべるシンには好感を抱いてる。だが、シンは自分にとって兄弟子であると同時に、ソルから一緒に戦うに値する”戦士”として認められた人物。(これはフェイトの思い込みで実際は違う)未だに管理局の仕事を手伝わせてもらえない自分とは違う。要するに、今の自分に不満を抱いている負の感情がベクトルを変えて嫉妬となり、それがシンに向けられているといった感じだ。「オオラアッ!!」踏み込んだシンが手にした旗を地面に突き刺すと同時に、棒高跳びのようなアクロバティックな動きで跳び蹴りを放つ。横にステップを踏んで交わし、ハーケンフォームのバルディッシュを袈裟懸けに振るうが、巧みな棒捌きで上手く往なされてしまう。やはり戦い方が何処と無く育ての親のソルに似ている。姿勢や構え、動きは常に自然体で、隙がありそうでその実無い。多対一を想定とした戦い方は一見大振りな攻撃だが返しが速い。何よりガンガン攻めてくる。この親にしてこの子あり、といったところか。「ビークドライバー!!」<ソニックムーブ>雷撃と衝撃波を伴った刺突をバルディッシュが発動させた瞬間高速移動魔法で避け、シンの背後に回り込む。(もらった)やっと見つけた隙らしい隙。シンの背中に向かって金の魔力刃で形成された鎌を振り抜く。「へっ、惜しい!」が、流れるような動きで半身になるように振り向いたシンの縦に構えた旗――何故か光り輝いている――に防がれ、あまつさえ弾かれてしまった。エレクトロリヴァーブ。シンが持つ当身技。魔力を纏わせた棒部分で相手の近接攻撃を弾く特殊な効果を付与させた法力の一種。バルディッシュを弾かれ両腕を天に掲げた状態のフェイトが今度は隙だらけで、そんなフェイトの胴に薙ぎ払いが迫る。だが、渾身の一撃は空を斬る。特に慌てもしなかったフェイトが素早く飛行魔法を発動させ、上空へと離脱したからだ。「あ、ズリーぞ」「そんなこと言われても……」抗議の声を上げるシンに対して、フェイトは困った表情になる。空戦魔導師であるフェイトは陸戦よりも空戦の方が得意だ。本来ならシンに合わせる必要性は無い。まあ、ソルのおかげで陸戦も問題無くこなせるが、接近戦を得意とし陸戦を主とする法力使いを相手に勝てると思う程驕っていない。「降りて来い、この野郎ぉぉぉ!!」眼下で旗を振り回しながらバタバタ暴れているシンは、外見年齢なら確実に年上に見える好青年なのに、態度が態度なだけに自分よりもずっと年下に見えてしまう。「サンダーレイジ」「!!」なんか微笑ましいなぁ、と思いつつシンに向かって雷を落とし、続けざまにプラズマランサーを豪雨のように降らせ、砲撃魔法のプラズマスマッシャーもついでに撃つが、一瞬早くこちらの攻撃に反応し猛スピードで走るシンには当たらない。別に当たらないのは構わない。遠距離からちまちま攻撃するだけで倒せる相手だとは思っていない。狙いは他にある。「へへ、そんな攻撃当たんねぇよ……ぐわあぁっ!? 何だ急に!? どうなってんだこれ!?」余裕綽々で走りながら回避するシンの手足に金の枷が突如現れ拘束したのを確認すると、フェイトは心の中でガッツポーズを取った。彼の走る進行上にこっそり仕掛けておいたライトニングバインド。かなり離れた距離から設置しておいたのでちゃんと発動してくれるかどうか不安だったが、どうやら杞憂だったらしい。突然自身を拘束するバインドにシンは慌てふためいている。必死にもがいて拘束から抜け出そうとしているが、逃がす気なんぞ毛頭無い。勝った。勝利を確信してサンダーレイジを唱えようとした刹那――「お、おおお、オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」獣の咆哮染みた雄叫びと共にシンの身体を黒い雷が包み込み、周囲に落雷が発生する。落雷は何度も何度も発生し、シン自身にも落ちたが、彼は全く意に介さず叫び続けるとバインドを力ずくで引き千切り、拘束から逃れた。そして次の瞬間、今にも雷を落とそうとしていたフェイトの上空から黒い雷が襲い掛かり、回避もままならず地面に叩き付けられる。咄嗟にバルディッシュが防御魔法を発動させてくれたおかげで直撃はしていないしダメージも酷くないが、シンが持つ潜在能力にフェイトは戦慄するしかない。出鱈目な量の法力。最大瞬間放出量は間違い無くソルに匹敵する、と思ったところでハッと思い出す。(……そっか。木陰の君さんが人間とギアのハーフだから、シンはクオーターになるんだ)失念していた。シンもソルと同じ”ギアの力”を持つのだ。基本スペック自体が生まれながらにして人類よりも遥かに上で、おまけに魔力もほぼ無尽蔵。強い。純粋にフェイトはシンを評価する。遠距離からの攻撃のみでシンを打倒するのは不可能に近い。だとすると上空から攻撃をするだけでは意味が無いだろう。バインドも効き難い。先のように飛んでいると雷が降ってくる。活路を開くにはやはり接近戦だが、自慢のスピードも通用しない。接近戦での技量は非常に悔しいことに若干向こうが上。単純な力比べもギアであるシンに人間であるフェイトが勝てる道理が無い。全く以って分が悪い。だというのに、フェイトは勝つことを全く諦めなかった。諦めたらそこで死ぬと思え。フェイトを含めた皆はソルにそう言われて訓練してきたのだから。諦めの悪さとしつこさは教えた本人であるソル並みに筋金入りである。何より、たとえ兄弟子に当たる人物が相手であろうと、負けるのは嫌だ。――それに、もしシンに勝てたら……私はもう一人前だよね?一人前になればソルの仕事を手伝うことが出来る、そうすればもう彼に子ども扱いされることは無い、一人の女として見てもらえる。これらの響きはなんて素晴らしいんだろう。ソルの為に生きると誓ったフェイトにとって、彼に認められ、役に立つということはこの世の何よりも嬉しいことであり、何事にも代えがたいものである。(勝つ……シンに、勝つ!!)鎌のハーケンフォームから大剣のザンバーフォームに切り替えると、フェイトは意を決してシンに真正面から接近戦を挑む。「お? やる気か?」対するシンはさっきから相変わらず無邪気に楽しそうだ。その笑顔を見ているとこっちまでなんだか楽しくなってくる、そんな魅力をこの青年は持っている。微笑ましさで自然と頬が緩むのを感じながら、旗を構えるシンに向かってフェイトは金の大剣を全力で振り下ろした。背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Holy Orders(Be Just Or Be Dead)「ふむ、なるほどなるほど。あれが魔法か。我々が使う法力とは根本から理論が異なり、プログラムを発動させたものか……それにしてもあの二人、連王とシンを相手になかなかやる。そうは思わんか? フレデリック」「白状すると、俺が一番驚いてる。カイとシン相手にあそこまで戦えるとは思ってなかったぜ」天才法術家としての血が滾ってきたのか、さっきから饒舌なパラダイムの呟きにソルは頭をかきながら応じる。2 ON 2 なのに完璧にそのことを忘れてサシの勝負に夢中になっている四人は互角の勝負を展開していた。カイは元聖騎士団団長であり、物心ついた頃からギアを相手に最前線で戦ってきた歴戦の猛者である。封雷剣を失ったとは言えその実力が色褪せること無く、この世界の人間の中で最強に類する法力使いであることには間違い無い。シンはあの破壊神・ジャスティスの血を受け継ぐギアであり、ギアとして潜在能力は文句無しでトップレベルだ。何よりソルが戦い方を教え、育てた。親馬鹿かもしれないが、シンに勝てる奴などそう居ないとソルは思っている。そんな二人を相手にフェイトとシグナムが互角に渡り合っている。ソルとしては雷親子相手に五分持てば良い方だ、と高を括っていただけにこれは予想外。内心で舌を巻き、二人の成長を純粋に喜んでいた。ただ一つ気になることがあるとすれば、腕を組んで戦闘を見守るソルの隣でなのは達がセットアップした状態で準備運動をしていることだ。「何してんだ、お前ら?」「アップ」なのはへ問い掛けると、返答は至極簡単なものがもたらされる。「勝った方と戦う」「……勝手にしろ」やる気を漲らせるなのは達にソルは半ば呆れながら言葉を漏らす。「お兄ちゃんもだよ」「断る」「ええええええ!? ソルは参加しないの!?」ユーノが驚いた声を上げたことにソルは溜息を吐く。「なんで俺が」「ダメだよ。僕がさっきソルが参加するって言ったらカイさんが凄くやる気出してたし」「ふざけんなお前。つーか何時の間にそんな話になってやがる?」「最初から」「……」「まあ諦めろ。お前はそういう星の下に生まれた訳だしな」黙りこくったソルの肩を慰めるようにアインが叩く。「とりあえずリーグ戦形式で全員が全員と当たるようにしとこうか」屈伸しながら言うアルフ。結局サシでの勝負となっている。練武場の地面にかなりの大きさの表が描かれ、各々の名前が縦横に記載された。その表を見て、イズナが慌て出す。「ちょ、待つっちゃ。なんでおいとドクターの名前が!?」「んん、おおう? はいぃぃ!?」イズナの慌てようにパラダイムも表を見て驚愕に色を染める。片仮名で『イズナ』、英語で『Dr,』としっかり明記されていた。「フレデリックならまだしも私までやるとは言っておらんぞ。第一私は他の者達のような戦闘に特化したギアではない!!」憤慨するパラダイム。身体を包む水の球体にポコポコ泡が立つ。「勘弁してください」争いごとが苦手なイズナは白いハンカチを取り出すと頭上で振った。そんな態度の二人に皆はあからさまに『え~』という不満顔になるが、本人達が嫌がってるようなので渋々諦める。「……アンタ達、本当に戦うの好きね」「もし私達にも魔法の才能があったらこの中に居たのかな?」アリサがやれやれと呆れ、すずかが苦笑いを浮かべた。「あ、ああ!! フェイトちゃんとシグナムが……」「そんな、さっきまで互角だったのに」ソルがアリサに同意の声を上げようとした時、これまで黙って視線を戦闘から逸らさず見ていたツヴァイとエリオの悲痛な声が聞こえてくる。視線を戦闘に戻すと、エリオの言葉通り先程まで互角に渡り合っていた二人は徐々に押され始めてきていた。攻撃頻度が減った代わりに防御や回避の頻度が増え、体力と魔力も限界に近くなってきたのか肩で大きく呼吸をしている。それでも果敢に立ち向かう姿は半ば意地になっているようにも見えた。「模擬戦開始から二十分か。持った方だな」パラダイムが感心するような口調で言うと、ソルは鷹揚に頷く。「どうして急に?」シャマルの疑問の声。問い掛けられたソルは溜息を零す。「簡単だ。スタミナ不足だ」「何言ってんだい!! スタミナの問題ならアタシら毎日無茶苦茶鍛えてるじゃないかい!!」アルフが納得いかないとソルに食って掛かる。「そうや、あの地獄マラソンを毎日やるように言った本人が何言うとるんや」はやてもアルフに同意見なのか、納得のいく説明を要求してきた。他の皆も今の答えでは納得出来ないらしく、不満そうな顔をする。「なら聞くが、シグナムとフェイトが俺との模擬戦で二十分以上持ったことがあったか?」「……無い、精々頑張って十五分や」唇を尖らせるはやて。「やれやれ……まあいい。まず分かり易い方、シンから説明してやる」肩を竦めるとソルは説明することにした。「あいつはギアだ。以上」「説明する気ねーだろ!!」ヴィータがぷっくり頬を膨らませるのを横目で見つつ、ソルは続ける。「次にカイは戦争で、常に最前線で毎日毎日戦い続けて育った」「フェイトはともかく、我らヴォルケンリッターもそんな経験はいくらでもあるぞ」言外に馬鹿にしないで欲しいと言わんばかりのザフィーラにソルは冷ややかな視線を向けた。「ほう。ならヴォルケンリッターがこれまで相手にしてきた連中は、人類を越えた化け物の大群だった訳だ」「! それは――」「ギアは基本的に群れを形成する。種類も千差万別。人型は勿論、手の平に乗るサイズの小型から飛行機よりもデカイ大型まで存在する。聖戦はそれが常に群れを成して襲い掛かってくるんだぜ」つまり、いくらヴォルケンリッターの戦闘経験が豊富であろうと、それはあくまでも”人間”という枠組みに収まる者が相手の話である。戦闘経験をあくまで”回数”として見るなら何百年と戦ってきたシグナムの方が圧倒的に上だ。対してカイはこれまでギアという法力を使う為に生まれた生体兵器の群れを相手に戦場を駆け抜けてきた。戦闘経験の回数云々ではなく、密度の違いだ。「確かにシグナムとフェイトは並みのギアや法力使いを労せず倒せるだけの実力が、この世界でも上位に食い込めるだけの力がある。だが、あいつらが相手にしているのは対ギア戦闘のプロにして法力使いの精鋭『聖騎士団』を束ねた元団長と、『破壊神・ジャスティス』の力を受け継ぐギア。並みの相手じゃねぇ」改めてカイとシンの肩書きを聞いた上で二人の戦闘能力を目の当たりにして、ごくっと皆が唾を飲み込む。「何よりカイは天才だ。法力、剣、頭のキレ、全てにおいて」「そんなカイを聖戦時代、散々馬鹿にしていたのは何処のどいつだ?」口を挟んだアインのほっぺをソルは両手で摘んで横に引っ張る。「ひひゃいひひゃい」「それだけじゃねぇ。俺や爺、クリフの爺さん、木陰の君、そしてジャスティス……あいつはとことん慣れてんだよ、自分より遥かに強い連中を相手に戦うことと、劣悪環境下で長時間戦うことにな」手首を掴まれたがほっぺを掴む手の力は緩めない。「はにゃふぇー、はにゃふぇー」「お前らも薄々感付いてんだろ? 剣の腕前は段違いでカイの方が上だ。その実力差を埋める為に、シグナムは必死になってハナッから全開で飛ばしてる。それでやっと互角を保ってたんだ」瞳が潤み、目尻に涙が溜まってきたアインが懇願するような眼になるが、まだ放してやらない。「むしろ俺はシグナムとフェイトを褒めてやりてぇよ。フルドライブを使ってないとはいえ、あの雷親子に此処まで拮抗したんだからな」それに、とソルは付け加える。「忘れたのか? 手加減していたとはいえ、カイは俺に勝ったことがあるんだぜ」ま、その度に文句を言われたがな、と彼は意地悪い笑みを浮かべてアインのほっぺを放してやった。フェイトとシグナムが背を合わせるような形でカイとシンに挟まれていた。意図せず追い詰められた結果としてこのような形になってしまったことに、これがタッグマッチであることを今更思い出す。「どうした? もう終わりかよ」「こらシン。そんな相手の神経を逆撫でするソルみたいな言い方はやめなさい」「だー、うるせぇな。カイはすっ込んでろ」「全くこの子は、似なくていい部分までソルに似て――」「オヤジを馬鹿にすんなよ!!」二人を挟んでギャーギャー言い合う雷親子の余裕の態度に緊張感が薄れそうになりながら、念話を交わした。『どうだテスタロッサ、まだいけるか?』『正直、限界……シグナムは?』『情けないことに私もだ。もう少し持つと思ったが、予想以上に体力を削られてしまった』背中越しにお互いが荒い呼吸で肩を上下させているのが分かる。『カイ殿は強い。剣の腕ならソルよりも上だというのは本当だった、勿論私よりも数段上だ。一撃一撃はそう重くはないが美しいまでに完成された剣技で、実際何度斬られると思ったか……』『シンもだよ。戦い方はソルに似てるけど、ソルがパワータイプだとしたらシンはスピードタイプかな? どっちにしろ強い』『冷静に思い返してみると、私達はこの世界でトップクラスの法力使いと戦っているのではないか?』『元聖騎士団団長のカイさん、その息子でギアの力を持つシン、考えてみれば凄い人達だよね』『とは言え、胸を借りるつもりは最初から無い。やるからには勝ちにいく』『うん!!』念話を切り、二人は身体の位置を素早く入れ替えるとシグナムはシンに、フェイトはカイに向かって突撃した。「うおっ!? まだ元気じゃん!!」「今度はフェイトさんですか」喜ぶシンと表情を引き締めるカイはそれぞれの武器でデバイスを防ぎ、そのまま打ち合いに移行するが、数多の剣戟の末、既に体力魔力に限界が来ていたシグナムとフェイトは全く同時のタイミングで後ろに退がらせられてしまう。最早八方塞がり、どうすれば勝てるのか思考する間も無くシンが飛び蹴りをかましてくる、カイが雷撃を飛ばしてくる。「ちっ」「くそ」口汚く舌打ちをして毒吐くフェイトとシグナムは一時離脱する為に飛行魔法を発動させ、上空へと退避。「シン、こちらへ!!」「ああ!? ……任せろ!!」即座にカイがシンに何か合図を送る。一瞬だけ訝しげな表情になるシンではあるが、剣を地面に向けてこちらに走ってくるカイの姿に得心がいったのか、シンもカイに向かって走り出す。(何だ?)(どうするつもり?)疑問を持ちつつ警戒心を最大限にまで高めて構えると、眼下でシンが跳躍し、着地予想地点にカイが位置取った。「飛びなさい、シン!!」「オッケー!!」なんと、カイがその場で一回転し、遠心力と全身の力を込めて斜め下から剣を振り上げる。そしてその剣の腹を足場にシンが更に跳躍。シグナムとフェイトにシンが迫る。「オオオオラアアッ!!!」飛んでいる自分達の丁度真上に信じられない速度で文字通り”飛んできた”シンが旗を一閃、二人を纏めて薙ぎ払うつもりのようだ。驚きつつも範囲が大きい故に予備動作も大きいその一撃を二人は難無く交わし、引力に従い落ちていくシンを視界に収めつつカイに視線を向けると――「ライトニング・ストライク!!」カイは剣を持っていない左手。その人差し指と中指をピッと立てて、それを素早く頭上に掲げてから地面に向かって一気に振り下ろす。次の瞬間、シグナムとフェイトにそれぞれ一条の蒼い雷が天から降り注ぎ、二人はなす術も無く地面に叩き付けられてしまう。「きゃああ!?」「くああっ!!」咄嗟にデバイスが反応して防御魔法が発動したおかげで、辛うじてダメージは緩和出来たが倒れてしまった。まさかシンが布石で、本命がカイの落雷だとは予想だにしていなかったのだ。すぐにその場から離脱を図ろうとする二人に、更なる追い討ちが掛けられる。「俺の本気が見たいか?」着地した体勢そのままにシンは前傾姿勢になり、その身体の前に幾何学的な模様、否、魔法陣が現れる。「決着をつけます」剣を右肩に担ぐような構えを取ったカイにも同様に、身体の前に魔法陣が。急激に高まる魔力。黒い光に、蒼い光に、各々が操る雷の色の光に全身が包まれる。何だ? 何が来る? シグナムとフェイトはそんな疑問の余地を挟む間も無く――「「ライド・ザ・ライトニング!!!」」声と共に発動した法力はカイとシンを一発の巨大な雷球に変え、超高速の弾丸となってまだ体勢が整っていないシグナムとフェイトに突っ込んでくる。「――ッ!」あまりの速さに防御も回避もままならず、それどころか悲鳴すら上げることも出来ずにシグナムは蒼い雷球に轢かれ、吹っ飛ばされた。<ソニックムーブ>ギリギリのタイミングでバルディッシュが瞬間高速移動魔法を発動させ、黒い雷球を避けるフェイトではあったが――(嘘!? ターンした!!)黒い雷球はそのまま通り過ぎるかと思いきや避けられたことを良しとせず、すぐに軌道修正を行う。これには流石のバルディッシュでも対応が出来ず、シグナム同様フェイトも雷球に轢かれて吹っ飛ばされたのである。雷親子に軍配が上がった瞬間であった。「おっしゃああああっ、ざまあっ!! 俺の勝ちだ」「俺の、ではなく”私達の”勝利です。それはともかく、良い勝負でした」無邪気な笑みで純粋に勝ったことに喜んでいるシンが旗を振り回し、その隣でカイが腰に剣を差す。「……ぬぬぅ」「負けちゃった……」よろよろ立ち上がりながら敗北の味を噛み締めるシグナムとフェイト。項垂れる二人にソルはおもむろに近寄って、それぞれの肩に手を置くと口を開いた。「頑張ったな」「だが、負けは負けだ」「うん」潔く負けを認めながらも、その悔しさが無くなる訳では無い。この勝負に注いでいた想いも半端ではないだけに、その分勝てなかった自分が不甲斐無いのだ。そんな二人に苦笑しながらソルはこれで良いと思った。人は負けを知るからこそ、次こそは負けないように、勝つ為に努力をするようになる。敗北を知らない人間は成長しない。事実、ソル自身も何度も敗北を喫している。特に”あの男”に対しては指一本触れることが出来ずに惨敗した経験もある。此処でもし二人が「まだフルドライブを使っていないから負けていない」なんて甘ったれたことを言い出したら問答無用で引っ叩いてやるつもりだった。「お二人共、お怪我はしていませんか?」心配げな顔のカイがやって来た。そのすぐ後ろにはシンも居る。「いえ、心配には及びません」「大丈夫です。ありがとうございます」「そうですか。それは良かった」返答にホッと胸を撫で下ろすカイ。後ろではシンがうんうん頷いていた。「カイ殿、今回は私の負けです。流石はソルと肩を並べて戦っただけのことはあります」「いえいえ、今回はたまたまツキがこちらに回ってきただけですし、まだシグナムさんの奥の手を引き出せていませんので」「ええ。次はフルドライブで、私の全力でお相手させていただきます」「はい。では、次はお互い全力で」滾る闘志を切らせることなくリターンマッチを誓い、シグナムとカイは晴れ晴れとした笑顔で握手を交わす。「シンは強いんだね」「だろう? ま、オヤジ程じゃねーけどな」「うん。確かにソルよりはまだまだ弱いかも」「なんだとこの野郎ぉぉぉっ!!」「今自分で認めたのに!? ソル助けて!!」「あ! オヤジの後ろに隠れるなんて汚ぇぞ!! って、あ痛たっ!? なんで殴るんだよオヤジ!!」ソルの後ろに隠れるフェイト、それを追いかけようとして拳骨をもらうシン。「……やれやれだぜ」深い溜息を吐きながら、ソルは父親のように優しく微笑むのであった。後書きカイ・シンVSシグナム・フェイトはイスカを意識したんですけど、どうでもいいことですか? そうですか……前回の『Communication』は、実はGG2においてカイVSシンの時に流れるBGMが元ネタだったりします。戦うことがコミュニケーションとは、流石GG、色々と「ちょっと待て」と言いたい作者ですwww更にぶっちゃけると、前回も含めて今回もタイトルをどうしようか滅茶苦茶悩みました。で、前回はカイとシンの二人相手に戦うというのであればこれしかない、と思いまして結局『Communication』に。今回は書いてる途中でカイを贔屓してしまっているような気がしたので、じゃあもっと贔屓してやろうということでタイトルがカイのテーマ曲『Holy Orders(Be Just Or Be Dead)』になりました。そしてソルがカイをべた褒め。本人に直接言うってことは死んでもあり得ないし、散々小僧だ坊やだと言ってましたが、なんだかんだ言ってその実力は認めています。つーかね、GG2を全クリした人は分かってくれるかもしれないんですけど、あれのキャンペーンモード(ストーリーモードのこと)をやるとカイの株が上がります。パラダイムの挑発するようなセリフに、自分の妻への想いを臆さずにはっきりと大きな声で打ち明けるシーン。その後のカイを操作することの出来るステージでのパラダイムとの会話シーン。敵の軍勢に向かって王属騎士団を率いて突撃を仕掛け、シンに父親としての背中を見せつけるシーン。いや、もう凄ぇぇカッケーよ!!! 普通に惚れるわwwww 家系図が凄いことになってるけどね!!ちなみに、GG勢力の強さを私が独断と偏見でランク付けするとこんな感じ。ダントツで第一位 ”あの男”同じくらいじゃね? な第二位 ソル、スレイヤー、ガブリエルあれれ? な第五位 木陰の君、ジャスティス、クリフ(最盛期)八位以下のその他大勢 ←カイとシンは此処の上の方大変だ、お母さんを怒らせたらカイとシンじゃ止められないwwwつーことで次回は、次回こそは木陰の君を出します!! 待っててください!!ああう、つーか五話以内に収まらない。無理だorz 六話で終わるようにしたい……